●
【AM23:58】
時刻テロップと共に、TVから渋く淡々とした男性ナレーションが流れる。
『ゲーム開始時刻、真実を知らされたばかりの撃退士の中には、戸惑いを見せている者もいる』
●
黒髪の美少女にしか見えない小柄な青年、橘 優希(
jb0497)は、周りの反応を忙しなく見渡している。
「散々色々やったのに、結局これ?」
『泡を食っているのは、橘 優希。 こう見えて、男』
●
内気そうな銀髪の幼い女の子、雫(
ja1894)はガックリと俯いていた。
「騙されました……」
『最年少の雫。 おじさん、ちょっと罪悪感』
●
同じく銀髪だが、より一層、生真面目そうな青年、イアン・J・アルビス(
ja0084)は憤慨していた。
「……なんという……明日も早起きしなくてはならないのですよ!?」
『風紀委員のイアン。 全員眠るまで、風紀委員の仕事は据え置きだ』
●
『一方、現状を楽しんでいる者もいた』
青髪の元気っ子、雪室 チルル(
ja0220)の顔は、負けん気と気合に満ちている。
「んむぅ……ここからが本当の勝負なのね……?」
『突撃少女、チルル。 いつもの元気がいつまで持つのか?』
●
首から上は美女、首から下は痴女、白衣にマイクロビキニ姿の雁久良 霧依(
jb0827)も超本気モードだ。
「素敵な企画ね♪ ……絶対優勝するわ♪」
『言う事も、格好も、番組が仕込んだお色気タレントみたいな霧依。 だが、本物の撃退士』
●
青髪の女子高生、海城 恵神(
jb2536)は、最初から様子がおかしい。
ベッドに怯え、テーブルの下にスライディング潜りして叫んだ
「お布団は危険が危ない! 皆離れるんだ! ここで寝たら……死ぬ……っ!」
『すでに、深夜テンションな恵神。 色々な意味でドクターストップが心配される』
●
【AM0:00】
『ゲーム開始時刻。 広い寝室の中では、撃退士たちが思い思いに過ごしている』
いきなり部屋の真ん中にチルルが、両掌をついた。
「よーし……あたい、特に理由ないけど逆立ちしてみる!」
逆立ち歩きで、寝室内をうろうろし始めるチルル。
「今どれくらい逆立ちしてる?」
年齢の近い、雫に尋ねるチルル。
「まだ三十秒くらいですよ――それより、体を動かしたいなら模擬戦しませんか?」
スタッフに用意してもらった、ウレタン製の武器を取り出す雫。
「いいよ! あたい、逆立ちしたままやる!」
『チビッ子たちも、まだまだ元気だ』
●
一方、イアンは小難しい説教を始めていた。
「そもそも、規則というものは理由があって作られているものであって……」
『難しい話をすれば、ライバルが眠たくなるのではないかという風紀委員の作戦』
その周りには、無人空間が出来上がっている。
『だが、総スルー』
●
優希は、持ち方が独特の、大ヒットポータブルゲームに意識を吸い取られていた。
「今日こそ、宝玉を――あ、武器強化出来そうなのに、材料がイチタリナイ」
『優希、狩りの真っ最中』
●
腕立て伏せしながら、歓喜に満ちた顔で、笑い声をあげている。
「筋トレしようぜ! 動いてたら眠れないだろー! はっはー♪ 我ながら良案! これ、休んでたら眠くなるんじゃないか? ヤバイ! これは失敗フラグッ! 起きてる! 私超起きてるっ! 寝ない子誰だ!? 私だ!」
『恵神、異常なハイテンション。 スタッフが専門医に電話をかけ始めた』
●
『専門医に相談が必要なのは恵神だけでは、ない』
画面にモザイクがかかり、代わりに霧依のチビキャライラストが映し出された。
【しばらく、イラストと音声でお楽しみ下さい】
白衣マイクロビキニの霧依が、鞭で、蝋燭で、激しく自分の柔肌を痛め付けているイラストを背景に、本人の生音声が流れる。
「ああん!やああっ……ち、違うわっ私は魔女じゃないっ……」
魔女裁判にかけられ、拷問の苦痛を感じずに寝たら魔女。
寝なければ無罪で解放される。
という脳内妄想を元に、一人SMを楽しんでいるらしい。
『霧依、深夜番組の限界を突破』
●
【AM0:30】
寝室内に司会のノブタが飛び込んでくる。
「みなさーん! 起きてますかー! 指令のお時間でーす!」
これから三十分ごとに、参加者が書いた指令書を読み上げ、それを全員で実行するという企画である。
皆が書いておいた指令所入りのクジ箱。
それに手を入れるノブタ。
「最初の指令はこれ! 優希さんの指令で、“皆でお料理をする”こと!」
優希がニコニコ顔になる。
ちょうど、夜食が欲しくなる時間だ。
「調理場を借りて、夜食でも作りましょう♪ 各自好きなのを作って下さい。 あ、料理苦手な人は言ってください。僕が手伝います」
『満腹にし、眠気を誘う。 それが優希の狙い』
「それじゃあ、僕は……ほいっと、コーヒーゼリーとレモンアイス」
手早くデザート二品を作り上げる優希。
コーヒーのカフェインとレモンの酸っぱさで、眠気を吹き飛ばす。
しかも、腹に溜まらないゼリーとアイスで満腹感による眠気を防ぐという作戦。
イアンは、おじや。
雫は、甘めのホットミルク。
チルルはかき氷。
霧依は、唐辛子たっぷりの焼きネギ。
恵神は冷奴と、それぞれ消化に良い物や、刺激となるものをチョイス。
【AM0:29】
寝室の真ん中で食卓を囲み、皆で夜食を食べている撃退士たち。
「みなさん、ホットミルク召し上がりませんか?」
「私の得意料理、冷奴もどーぞ!」
『団欒の雰囲気の中、訪れるのは、またもこの時間』
●
ノブタが寝室に飛び込んでくる。
「特殊指令のお時間でございます! 二番目の特殊指令は!?」
クジ箱の中から指令書が取り出される。
「恵神さんの指令! 内容は“ハードコアッ! ハードコアッ! と叫びながらドラムを全力で叩きまくる”です」
「は?」
キョトンとするイアン。
「だって、そう書いてありますもん」
スタッフがぞろぞろと部屋に入ってきて、人数分のドラムセットを設置し始める。
設置完了と同時に、嬉しそうに、ドラムを叩き始める恵神。
「ハードコアッ! ハードコアッ!」
それを茫然と見ている他の撃退士たち。
「さあ、皆さんも一緒に、ハード! コアっ!」
「いや、あの、これにはどんな意味が?」
雫が恐る恐る尋ねる。
『特に意味などない、ハードな運動をさせ、疲れた体に鞭を打つという単純な作戦』
しかし、特殊指令は絶対である。
「ハードコア! ハードコア!」
チルル、霧依はノリノリで。
「……ハードコア……ハードコア……」
イアン、雫、結希は木魚のようにドラムを叩く。
『一見、効果がなかったかに見える優希と恵神の指令。 だが、CMの後、それらが恐るべき意味を持って参加者たちを襲う』
●
【AM1:32】
真っ暗になった寝室。
その中で、六人の撃退士が、それぞれベッドに潜っている。
『第三の指令、それは霧依が出した“寝室を暗くして、静かな状態で横になり、しばらく目を閉じる”というもの』
ベッドの中の撃退士は、全員、瞼を閉じている。
だが、その手はサムズアップしたり、Vサインを出したりと、必死で“起きてますアピール”をし続けていた。
『ただでさえ、眠ってしまいそうなシェチューション。 しかも撃退士たちは、現在』
夜食を食べていたシーンが、映し出される。
『満腹で』
ドラムを叩いていたシーンが、映し出される。
『疲れている』
ノブタが、静かに寝室を歩きながら、優希の耳元に囁く。
「起きてますかぁ?」
彼は、何もアピールしていない。
「はっ! いや、眠ってません! 眠っていませんよぉ!?」
声をかけられ、裏返った声を出す優希。
セーフである。
「起きてますかぁ?」
次に声をかけられたのは、頭から布団に潜っている恵神。
これに対するリアクションは、
「ぎゃらららぁぁぁ!」
破滅的な悲鳴だった。
恵神は、布団の中で瞼の下に練りワサビを塗っていたのだ。
声をかけられた拍子に、目の中に入ってしまったらしい。
「洗面所! 洗面所に行って!」
緊急事態なので、ノブタに突き添われ、洗面所に飛び込む恵神。
水で目をジャブジャブ洗う。
『凄まじい勝利への執念――だが、高レベルの参加者が、もう一人』
寝室に戻ってきたカメラが捉えたのは、ベッドの中で甘い声をあげて悶える、霧依だった。
「あん、雫ちゃんったらそんな潤んだ目をしちゃって……うふふ♪ チルルちゃんも、もぉ我慢出来ないんでしょ? いけない涎がたぁーぷり出て来たわ」
霧依が相手をしているのは、脳内雫と脳内チルルなのである。
本物の雫とチルルは、それをガクガク震えながら聞いている。
己の出した指令に抗うため、興奮して眠れなくなるような妄想をしているのだ。
結果的に、妄想対象のロリっ娘二人も、恐怖で眠れなくなっていた。
残るは、イアンであるが――。
「起きてますかぁ?」
リアクションがない。
ガチ寝していた。
彼は初心で女性が苦手であり、優勝して賞品の添い寝なんぞしたら、却って眠れなくなると判断。
とっとと寝てしまう事にしたのである。
【イアン失格】
イアンは、チルルに氷砲『ブリザードキャノン』を喰らって、強制的に目覚めさせられた。
『失格してもゆっくり眠れるわけではない。 他の参加者全員が眠るまで、起き続けていなければならない。 それが、ルール』
●
【AM2:06】
夜のコンビニで買い物をしている撃退士たち。
『第四の指令はチルルが出した“みんなでコンビニへお買い物” 眠気に侵された体には、コンビニの灯りが眩しく、嬉しい』
判断力の鈍った頭で、欲しい物を何となくカゴに入れてゆく撃退士たち。
チルルは、漫画コーナーで一冊の週刊誌をめくった。
合併号なので、もう読んだ号かどうか、確認したいのだ。
『この時、チルルに不運。 たまたま開いたページが、あの有名な“体が縮んだ高校生探偵”漫画』
圧倒的な活字量と、小難しい理屈に耐えきれず、立ち読みしながら眠ってしまうチルル。
【チルル失格】
「……っ! 寝てない! 寝てないんだからね!」
揺り起こされ、慌てるチルルだが、カメラにはばっちり寝顔が映っていた。
『眠っている間に難題解決――とはならず』
●
【AM2:03】
「ジョーカーは、チルルさんですぅー!」
『機嫌よさげな声をあげたのは、第五指令の発令者、雫』
雫のテンションが、おかしくなり初めている。
眠気に抗うための脳内麻薬が出過ぎているのか?
飲み続けている、エスプレッソや紅茶の影響か?
はたまた幼い眼に、いろいろな物を見過ぎてしまったせいか?
「ジョーカー引いたら、どうするんだったかしら?」
コンビニで買った氷菓子をかじりながら、尋ねるチルル。
全員でトランプを引き、その結果で指令に従う人を決めると言う指令である。
「チルルさんが一人を指名して下さい。 その人に数値が一番低い人と、一緒にお布団で寝っころがってもらうんですぅ」
意外とえぐい指令である。
『もはや限界が近い撃退士たち、ここでまた三十分、布団に抱かれたら、落ちる確率は極めて高い』
「数値が一番低いのって、私だな!」
嬉しそうにダイヤの2を掲げる恵神。
『優勝しなくても、添い寝が出来る。 添い寝目的の両刀使いにチャンス到来』
「もう誰でもいいわよ……優希にしとくわ」
漫画を読みながら、興味なさげに指差すチルル。
「僕ですか!?」
隷属者のはずの恵神が、指名権のある優希を引きずってベッドに連れ込んだ。
「優勝して巫女服か白スク水着、着せたかったとこだけど、これで満足しとくぜ!」
優希の隣で、頭の方から布団に顔をツッコむ恵神。
恵神の顔が、優希の下半身の前に来る体勢になる。
「やめてー、何するんですか!?」
「心配ねーぜ! 優希がお嫁に行けなくなる程度の事だぁ!」
「僕、男ですよー!」
助けを求めたが、指令なので誰も手を出せない。
必勝の執念を燃やしながらも、勝たずして煩悩を満たしてしまった恵神。
そのせいで、緊張が緩んでしまう。
布団に顔に突っ込んだ体勢で眠りこけてしまった。
【恵神 失格】
貞操の危機を脱し、安心した優希も、そのまま眠りに落ちた。
【優希 失格】
●
【AM2:32】
『残るは、霧依と雫の二人。 どちらか片方が眠った時点で優勝者が決まる』
撃退士たちは、イアンを中心に扇状に並び、漢文のテキストを読み上げている。
「大同殿生玉芝龍池上有慶雲百官共覩聖恩便賜燕樂敢書即事――ここで言う、大同殿とは興慶宮の正殿の事です、わかりますね?」
「なるほど、わからん」
今までの攻撃の中で、最強かもしれなかった。
意味がわからない人には、ただの漢字の羅列にしか見えない。
イアンが、深い意味があるのだと解説してくれるのだが、それでますます眠くなる。
さしもの霧依も、漢文からエロ妄想は出来ず、うつらうつらとし始めていた。
誰もが、ゲーム終了の予感に、期待と安堵を感じ始めていた時。
「イアンさん! どうせ漢文なら麻雀しませんか!?」
テンションがおかしくなっている雫が、妙な提案をし始めた。
「え? 麻雀のどこが漢文なんですか?」
「クスクス、漢文ですよー! 国士無双とか、九連宝灯とか! クスクスクスクス」
自分の冗談に自分で笑いが止まらなくなっている。
かなりやばい。
「ダメです!」
「わかりました! 麻雀はダメなんですね! なら脱衣麻雀で!」
「もっとダメです!」
その時、半分眠りかけていた霧依の目が、パッチリ開いた。
「雫ちゃんと脱衣麻雀ですって! 寝てなんかいられないわね♪」
そのまま、トイレにすっとんでゆく霧依。
何だろうと、皆がトイレ方角を見ていると、
「あがあああああ! ひぎいいいい!」
獣のような唸り声が、ドアの向こうから聞こえてきた。
勢いよく戻って来た霧依は、顔を激痛による苦悶に歪めながらも、目が欲望でギンギンになっていた。
「あんた、下半身から唐辛子と、かゆい時に塗る薬の匂いがするわよ!?」
鼻を摘まむチルル。
これは、相当な量だ。
「さあ! やるわよ、脱衣麻雀♪」
「ダメですよ!」
イアンがきっぱり言う。
「この時間は僕の指令を守ってもらう規則です! そもそも、規則というものは理由があって作られているものであって……」
藪蛇という奴で、漢文以上につまらない話が始まってしまった。
その結果――。
「この子、寝ているわよ」
チルルが雫の頬をぷにっと摘まむ。
『つまらなさすぎるイアンの話に、ハイテンション雫、ついに陥落』
【雫失格】
●
「ご主人様……雫を好きにしてくださぁい……」
「あたい、もう霧依なしではいられないのよぉ」
布面積極小の白マイクロビキニを着た、雫とチルル。
二人を両脇に抱きかかえ、耳元でお好みの台詞を囁かせて眠る霧依。
「そのままよ、そのまま、雫ちゃんの(ピー)をチルルちゃんが(ピー)して(ピー)――」
寝言が、放送コードにひっかかる単語で埋め尽くされている。
それほど、幸せな夢を見ているのだろう。
『欲を以て、欲を制す。 睡眠欲を制したのは、強力過ぎる――性欲』