.


マスター:スタジオI
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/04/19


みんなの思い出



オープニング

ここは久遠ヶ原の斡旋所。
 窓の外には桜舞い散る中を、肩を並べて歩く高等部の生徒たちの姿が見える。
 春風に揺れる制服は、遠目にもまだ真新しく、若さと鮮烈な希望を感じさせた。
「懐かしいのだわ〜、私もあの頃に戻りたいのだわ〜」
 斡旋所の独身アラサー女子職員・四ノ宮椿は、そんな光景を眺めながら溜息をついた。
「ここのところ毎日、そればっかりですよね、椿さん」
 新人職員の堺が、うんざりしたように言う。
 隣席の彼は、四月に入ってから何度も同じセリフを聞かされているのだ。 
「本当にそうしたらどうですか? 一般的な高校でも、義務教育さえ終えていれば、何歳になっても入学可能なんですよ」
 椿は若い頃から撃退士だったので、久遠ヶ原は卒業しているものの、一般的な高校には通っていない。
 その反動か、普通の高校への憧れは人一倍のようだった。
 椿が、はにかんだような笑顔で首を横に振る。
「この歳で、セーラー服はさすがにツライのだわ」
「椿さんが着たら、いかがわしいビデオみたいな感じになっちゃいますもんね」
 椿は、眉を吊り上げて机を叩いた。
「堺くん! そこは『そんな事ありません、椿さんなら、今でも女子高生で通じますよ』と言うべきなのだわ!」
「エイプリルフールは過ぎてますよ?」
「……」
 椿が二の句をつげずにいると、オフィスに蔵馬 千鶴が入ってきた。
 千鶴は二人の上司。
 椿とは同い年だが、独り身オーラ全開の椿とは真逆で、とっくに結婚をして子供もいる。
「久遠ヶ原学園の上層部から依頼が出ているわ、書類を整えてちょうだい」
「学園から? どんな依頼なんです?」
「県立釘橋高校に今春入学したはぐれ天魔の少女を、ウチに転校させて欲しいの」
「釘橋高校って何の変哲もない普通の県立高校ですよね?」
「そうよ、ウチみたいに天魔関係のノウハウがない普通の高校よ、今のところトラブルは起きていないけど、問題が発生した時に対処出来ないでしょ? 万が一を考えて、久遠ヶ原に転校させるべきだと結論が出たの」
「まあ、当然だわね」
「もう上層部が説得に足を運んでいて、一日体験入学してみると、本人が承諾したわ」
「とんとん拍子じゃないですか」
「そうでもないのよ。 承諾したのだって、説得があんまりにもしつこいから『体験入学だけはしてやるから、これっきりにしろ』的意味合いみたいなの」
「妥協したように見せかけて、結局は契約しないパターンだわね。 ダメな営業マンが、頑張り続けた上に泣きを見るパターンなのだわ」
「一日体験入学が望み薄なラストチャンスという事ね、でも上層部は諦めていないみたいだから、撃退士たちに体験入学に協力してもらい、久遠ヶ原に転校したいと思わせて欲しいのよ」
「どんな天魔なのだわ?」
「名前はローゼ。 元は天使でかなり名門のご令嬢ね。 入学したのは調理科で志望動機は『美味しいご飯を作って食べたいから』だそうよ。 魂よりも人間の料理の味を気に入ったのね」
「令嬢の地位を捨てて美味しいものをとるだなんて、相当な食いしんぼなのだわ」
「まだ料理は下手だから、今はバイトをしながら、休日に近隣の名物料理を食べ歩いているみたい。 ゆくゆくは全国の名物料理を全て味わえる総合的なレストランチェーンを起ち上げたいそうよ」
「とてつもない気概なのだわ」
「動機は納得出来ますが、どうして普通の高校なんですかね? 久遠ヶ原にも、調理を教える学科はあるのに」
「周りを撃退士に囲まれていたら、美味しく料理が食べられないから、だそうよ」
「それは、わかりますね」
「鉄砲持った猟師に囲まれていたら、どんなに図太いクマでも安眠出来ないのだわ」
「でも普通の高校で、天魔がうまくやっていけているんですか?」
「今のところ、天魔である事はクラスメイトには隠しているみたいね。 翼も力も見せていないわ。 むろん、価値観や常識の差は出ているけれど、そこは外国人という設定にしてごまかしているわ。 同級生にも親切にしてもらっているみたいよ」
「つまり、うまくいっているのだわね」
「そうね、依頼としては逆にそこが壁になるわ」
「どうしたらいいんでしょう?」
「まずは仲良くなる事ね、食べ歩きが趣味と言っても、まだ人間界に来て数か月だから、知らない味も多いみたい。 撃退士たちが自分に縁のある各地の名物料理を教えてあげれば喜ぶんじゃないかしら?」
「話のネタにはなりそうだわね」
「体験入学には、調理実習室を貸すわ。 料理に自信のある撃退士は、簡単なレシピを教えながら、実際に作ってみせるとより効果的よね」
「胃袋を掴む事は、心を掴む事って事だって言いますもんね? 必死で婚活している割にレトルト食品しか作れない椿さん!」
「う、うるさいのだわ! 私だって、昔はポテトチップにマヨネーズを乗せた料理をボーイフレンドに振る舞って、喜んでもらった事があるのだわ」
「それ料理じゃありません」
「料理じゃないわね」
「うるさいのだわ! 乗せる量とか角度とか、あれには匠の技が必要なのだわ!」
「でも、案外いい案かも。 ローゼは一般的なお菓子も好きらしいのよ、それを美味しく食べられる裏ワザは喜ばれるかもね」
「椿さん、ここでドヤ顔をされるのは非常に困ります」
「まあ、そうして親密になったら、普通の高校に通い続けたあげく、正体がバレた時のリスクを説く事も必要よね」
「天魔をよく知らない人だと、偏見が強い事もありますもんね」
「正体がバレたとたん、友達の態度が変わったら辛いのだわ」
「あとは、久遠ヶ原の良さをアピールする事、これは大事よ」
「そうなのだわ!ここならはぐれ天魔にも理解があるし、同族の生徒もいるのだわ。 何より、万が一、裏切り者として刺客を送り込まれても、撃退士たちが守ってくれるのだわ!  
 その点を愛と情熱を以て訴えればきっと理解してくれるのだわ!」
 椿は撃退士として活躍していた若い頃に、はぐれ天魔と縁があったらしく、熱意の籠った口調でそう言った。
「基本はそんなところね。 ただ他に一つ、大きな問題があるのよ」
 千鶴が、深刻げな顔で言った。
「大丈夫、どんな問題でも、誠意を以て説得すれば解決出来るのだわ!」
 椿は成功を確信したような笑顔を浮かべている。
「ローゼはクラスに恋人が出来たらしいの、一般人のね。 転校によって、恋人と学校が離れてしまう事を本人がどう見るかよ」
「そうですね。 引き離されると受け止められて反発される可能性もありますね」
「万が一刺客に狙われた場合に、学校が違えば恋人を巻き込まなくても済むと考えてくれると良いのだけれど、そこは説得の言葉しだいね」
「千鶴、この依頼、私が引き受けたいのだわ」
 椿が、突然、震え声でそう言った。
 彼女も撃退士だが、活動はもう何年も前にやめ、この斡旋所での事務仕事に専念している。
 その彼女が、突然、任務に立候補した事、そして何よりも、そこに浮かんだ貼りついたような笑顔が不気味だった。
「椿、どうしたの?」
「入学したとたん、恋人が出来るようなリア充はぶっとばしてやるのだわ! 倒してしまえば、今後問題も起きようもない! 万事解決なのだわ!」
 いきり立ち、往年の武装まで手にしようとしている椿。
 堺は彼女を、必死で羽交い絞めにしている。
 千鶴は溜息をつき、二人に頼むはずだった依頼用書類を自分で整えた。


リプレイ本文


 久遠ヶ原学園にある、小さな調理実習室。
 ここで今日、はぐれ天魔・ローゼの体験入学が行われようとしていた。
 参加する八人の撃退士たちは、わかっていた。
 この体験入学の成否は、自分たちが作る料理の味にかかっているのだと。
 胃袋を掴む事と、心を掴む事。
 撃退士たちは、料理の得意な者を中心に、腕によりをかけた料理を準備した。
 これらの味が、彼女の中で合格ラインを越えれば、彼女の説得は難しくないだろう。
 そして朝九時、黄金の髪と白い翼を持つ天使が調理実習室に入場してきた。
 
 黒髪ポニーテールの少女は、ローゼに快活な笑みを向けた。
「はじめまして、天宮葉月です。 早速だけど、うどんの卵の固さの好みは? 嫌いな物とかあったら遠慮なく言ってね」
 天宮 葉月(jb7258)は、この実習室に四つある調理台の一つを借り、味噌煮込みうどんを作った。
「嫌いな物はございません」
 ローゼは言った。
 名門貴族の令嬢という出自に相応しい、気高い表情だった。
「なら良かった。 固さはどうする? 柔かめ? 半熟? 固め?」
「多めでお願いします」
「あれ? 量を聞いたわけじゃなかったんだけど」
 首を傾げつつも、葉月は卵を一つ余計に入れたうどんの丼を、ローゼに渡した。
 受け取るなるや、ローゼがそれを食べ始める。
 速い!
 箸の動きも日本人顔負けだが、何よりその食の速度だ。
 滝の水が落ちゆく速度で、うどんが唇の奥へと吸い込まれてゆく。
 丼を空にするまでに十秒とかからなかった。
「ごちそうさまでした。 この味噌煮込みうどん、赤味噌を使っていますね」
「うん! これは譲れないね!」
「まことに良い出来です」 
 煮込みうどんを気に入ってくれた様子のローゼに、葉月は安堵した。
「もう一杯、どう?」
「十杯ほど」
 冗談かと思い、一杯だけ渡したのだが、その丼の中身も数秒せずにローゼの胃袋に消えてしまう。
 また次の丼を渡す。
 大盛りにしたうどんなのに、わんこそばのように、よそってもよそっても一瞬で丼が空になった。
「二十玉全部なくなった」
 茫然としている葉月から最後のうどんを受け取ると、ローゼはその丼を左手に持ち、右手の箸でずるずると啜りながら、手前の調理台へと向かっていった。
 
「やはりガス加熱式に限りますよ、ホットプレートで作る人もいますが、僕個人としては論外ですね」
 黒井 明斗(jb0525)は、にこやかな表情でそう言いつつ、朝から鰹節で煮出しておいた出汁を添えて、たこ焼きをローゼに渡した。
 一粒目を口にしたとたん、ローゼの瞳孔が大きく見開かれた。
「こ、これは! 表面はフワッとしていながら、中からジュワっとした熱さが口内粘膜に広がり、奥歯にはコリっとしたタコの食感が伝わってきます! 未知の味覚です!」
 ローゼはまだ、人間界に定着して間もない。
 食に関心が深いだけに、一口食べて分析出来る味がある反面、知らない食べ物があっても不思議はなかった。
「どうですか? 飾らない庶民の味は、僕は、凝った料理も良いと思いますが、肩の凝らないのも良いものでしょう」
「素晴らしい味です! 何という料理なのでしょう?」
「たこ焼きです」
「その名はいささか庶民じみすぎています。 わたくしの高貴な舌をも魅了するこの料理には似つかわしくありません。 ふさわしい名を与えましょう! そうですね……」
 ローゼは自信に満ちた顔で、こう宣言した。
「フワン・ジュワール・コリーニ。 これこそがこの料理の真の名です!」
「僕のたこ焼きがフランス料理っぽい名前に!?」
 食べていて、肩が凝りそうなくらい高尚な名前な響きだった。
 高尚かつ安易だ。
 フワン・ジュワール・コリーニ。 
 フワッ、ジュワ、コリッというたこやきの食感をそのまま名前にしただけである。
  普通のソース味、塩味、ネギたっぷりのネギマヨ味、バジルソースとチーズで食べるイタリアン風、そして海老煎餅でたこ焼きを挟んだタコ煎。
 明斗が焼き上げた百二十個のたこ焼きを様々な形で全て平らげてしまうと、ローゼは次の調理台へと移動した。
 
 そこでは、月乃宮 恋音(jb1221)と袋井 雅人(jb1469)のカップルが、東南アジア料理を作っていた。
「これは?」
「ガイ・タックライと言います。 タイの鶏肉串焼きですね」
 一品目として、それを出した雅人が説明を終えるのも待たず、ローゼは皿に盛られたそれを完食していた。
「これはレモン風味の鶏肉にココナツミルクのソースの相性が抜群! タエです!」
「タエ?」
 雅人が聞き慣れない単語に首を傾げた。
「トゥロンが出来上がりましたぁ、召し上がってください」
 恋音が、ややはにかみ気味にバナナの春巻きを差し出す。
「ふむ、パリパリとした皮を歯で突破すると、中から三温糖に浸されたバナナが出迎える。 これもまたタエ!」
「もしかして、『妙なる味』の『タエ』なのかな?」
「美味しいって事ですねぇ、どんどん召し上がれぇ」
 その後も、ローゼは料理の一皿ごとに、『苦みの中にも、独特の香りが生きていますね。 タエです』『噛めば噛むほど、香ばしさが増すようで、タエです!』などと批評をしていたのだが、二十皿目を越えた辺りから表現が面倒臭くなってきたのか『タエ! タエ! タエ!』と甲高く連呼しながら料理を書き込むだけになった。
「何かの武道かな?」
「珍しい動物の鳴き声にも聞こえますねぇ」

 最後である四つ目の調理台では、絶対味覚を持つと言われる少女、聖蘭寺 壱縷(jb8938)が待っていた。
「ローゼさん、韓国料理は食べた事がありますか? 韓国料理には冷麺やビビンバ、ナムルなど……いろいろあるのですよ♪」
 ローゼの目の前には、すでに出来上がった三皿の料理が並べられている。
 それらもあっと言う間に平らげてしまうと、ローゼは壱縷の顔をじっと見ながら言った。
「今のが冷麺、ビビンバ、ナムルでしょうか?」
「そうです」
「よろしければ、『など』の方を頂けますか?」
「え?」
「おっしゃっていたではありませんが、冷麺、ビビンバ、ナムル『など』、いろいろあるのだと」
「いえ、この場合の『など』というのは料理名ではなく」
「わかっております!」
 ローゼは力強く断言をした。
「わたくしは! この韓国料理とやらを今! 全種類食べたいのです!」
「無理です!」
 韓国料理と一口に言っても何百種類あるかわからない。
 何より、もう食材がない。
 ローゼの食が量、速度ともに凄まじすぎるせいで、食材も、費用も、全て使い果たしてしまったのだ。
 本来、この後、久遠ヶ原を案内がてらに散歩しながら、美味しいお店で昼食をとり親睦を深める予定だったのだが、根本から潰えてしまった。
「おしまいですか、では御馳走になった料理の総評をいたしましょう」
 ローゼは実に残念そうな顔をしつつ、口元をナプキンで拭った。
 この総評が、任務の成否に直結することを悟った撃退士たちは固唾を呑みこんだ。
 

「四十点、不合格です」
 不合格と言われた事は元より、あまりの点数の低さに撃退士たちは愕然とした。
「四十点? まさか、百点満点の四十点ですか!?」
「千点満点です」
「あんなに食べておいて、それはないよ!?」
 ローゼと同族の天使で、幼く無垢な容貌をしたエマ・シェフィールド(jb6754)が抗議の声をあげた。
「みんなの料理美味しかったじゃん!」
 料理がさほど得意でない彼女は、ローゼが来るまでの間、仲間の調理の手伝いをしていた。
 味見をしては、美味に感激して、隠していた翼をピョコピョコ飛び出させていたほどだったのだ。
「味は確かに上々でした、料理店であの味を御馳走になったら、さぞ満足するでしょう。 ですが、場所が問題です」
 ローゼは撃退士たちを睨み付けるように言った。
「ここは久遠ヶ原! 天魔を狩る者の本拠地ではありませんか! 天魔であるわたくしは、不安で食事が喉を通らなかったのです!」
「物凄い量が通っていたように見えたが」
 和服姿の少女が、冷静なツッコミを入れた。
 食の太さに自信があり、当初はローゼとの競い合いも考えていた生駒 カコ(jb9598)だが、もはや、比べる事すらバカバカしくなっている。
 ローゼは言葉を続けた。
「島の外で暮らした方が、わたくしにとっては幸せなのです」
「果たしてそうでしょうか?」
 ローゼの前に歩み出たのは、ディアドラ(jb7283)、紫銀の髪と金色の瞳を持つ、どこか神秘的な美貌の少女だ。
「私もエマさんも、貴方と同じく堕天した身ですが、この久遠ヶ原で幸せに暮らしています。 ここだと、天魔であることに気兼ねなく過ごせますし。気を抜いて過ごせる場所っていいですわよ」
「貴方にとってはそうかもしれませんが、でもわたくしが、美味しく食事が出来る場所ではないのです、久遠ヶ原は」
 そっけなく反論するローゼに、恋音が遠慮がちに言葉をかけた。
「あの……ならば、どこなら美味しく食事が出来るのでしょう?」
 恋音は、元来内気な性格である。
 だが、ローゼに関しては依頼を聞いた段階から言いたい事があったようだ。
 引っ込み思案を推して、その胸の内を吐露した。
「撃退士を警戒するのであれば、いつ討伐に来るかわからない刺客を警戒するのも一緒ですぅ。 それなら、少なくとも撃退士が警戒してくれる分、学園の方が安心の筈では?」    
 それが正論である事は、ローゼにも理解出来たようだ。
 だが、理性に従えない感情がローゼの中にはあった。
「それでもなお、今の学校を離れたくない理由があるのです」
 ローゼは、そこに宿った誇りを守るかのように左胸に拳を当てながら語った。
「わたくしには透という盟友がおります」
 盟友と言っているが、そこに宿るものが恋である事はローゼの表情を見れば明らかだった。
「今の学校で透と出会った時、私は彼の事など意にも介していませんでした、彼は太っていて、ちんちくりんで、顔など卵とじカツ丼そっくりだったからです」
「どんな顔ですか、それ?」
 雅人は想像してみたが、見当もつかなかった。
「けれど、彼には夢があるのです。 世界各地の名物料理を一か所で食べる事が出来る巨大なレストランチェーンを作るという夢が。 天魔から見れば、蜻蛉ほどの時しか生きられない人間が、巨大な夢に向かってひたむきに努力している姿を見た時、わたくしは彼に惹かれました」
 ローゼは、頬を桜色に染めてうなずいた。
「わたくしは彼のそばにいたいのです。 一緒にいて、彼と共に夢を叶えたいのです」
「大切な人がいて、叶えたい夢がある。 良いことじゃないか。 少し羨ましいな」
 カコが穏やかな顔で呟いた。
「ローゼの夢、私にも応援させてもらいたい。 だからこそ、私個人の意見として述べさせてもらう、その夢の成就を願うなら、此処への転校が最良だと思う」
「なぜです?」
 ローゼの疑問に答えたのは、同じく堕天をした天使・エマだった。
「ボクが久遠ヶ原に来る事にしたのはね、追手の話をきいたからだよ。 今のボクには、いざっていう時みんなを護れるだけの力は、ないって気付いてたから。 自分のせいでみんなに危害が及ぶのはもっといやだって思ったんだ」
 それは、とりもなおさず、追手が透に魔手を伸ばす可能性を示していた。
 ローゼ一人なら、追手から逃げられる可能性もあるのかもしれない。
 だが、そうなれば最も近しい透の命を餌に、ローゼを炙りだそうと考える天魔が、いつか必然的に現れる。
 その餌に釣られてローゼが姿を現したとしても、透を無事に返してもらえる可能性はゼロに等しかった。
「そうですね、わたくしは彼の夢の後押しをしているつもりで、いつか足かせになってしまうのかもしれません」
 ローゼは寂しそうに呟き、涙を流した。
「仕方がありません、彼から離れましょう。 透のオム焼きそばのような顔を見られなくなるのは残念ですが、彼の夢を潰えさせるわけにはいきません」
 ローゼは転校に関する検討をし始めた。
 撃退士たちに、この学園での生活や、そこにあるメリットを真剣な顔で尋ねてゆく。
 一つ目、特に、恋音が話した三つの利点には興味を持ったようだ。
 全国各地、さらには海外出身の方もいる為、居ながらにして各所の料理のお話を聞くことが出来、さらに一般に知られていないマイナーな名物の情報も得やすい事。
 二つ目、撃退士の収入が開店資金の調達に繋がる事。
 三つ目、色々な人に会うため、将来のレストランチェーンの開店顧客のコネを作るチャンスもある事。
「四つ目、私たちがローゼと友達になれる事だよ、それが最大のメリットだ」
 カコの言葉に撃退士たちがうなずいた。
 ローゼと仲良くなりたいというのは、この依頼を受けてよりの皆の、共通した願いだった。
「そうです、ここの方たちは、私たちはぐれ天魔を友人として守って下さるのです」
「いつか種族とか刺客なんて気にしなくてもすむ日がくるって、ボクは信じてる! ここにいれば、それが信じられるんだ」
 ディアドラとエマが口ぐちに言った。
 ローゼは、穏やかに頷いた。
「わかりました、帰ったら透に正体の事を含めて全てを話しましょう」
「そうだね、きっとそれで離れるような相手じゃないだろうし」
 葉月の言葉にローゼがうなずく。
「その方が透も安心して夢を追える事でしょう」
 撃退士たちは、顔を見合わせ、安堵の笑みを浮かべた。
 転校の決意は固まったようだ。
 だが、ローゼの顔には一抹の寂しさが残っている。
 透との距離が離れる事に、未練があるのは、誰の目にも明らかだった。
「ローゼさん、今の人間界では離れたからって顔が見られなくなるわけではないですよ?」
 ディアドラが言うと、雅人が学校から借りてきたノートPCを二台、テーブルの上に広げた。
「これね、ビデオチャット、便利なんだよ」
 葉月とディアドラがビデオチャットを起動させ、使ってみせるとローゼの顔が興奮に輝いた。
「す、すごい! これなら確かに離れていても、透の煮込みハンバーグのような顔を、毎日見る事が出来ます」
 これを通せば、学校が離れていても顔を合わせて夢を語り合う事が出来る。
 互いの学校で覚えた料理を、カメラ越しに作ってみせる事だって出来る。
 二手に別れて夢を目指すのではなく、二人三脚のまま、より速度を増す事が出来るのだ。
「遠距離恋愛って、直接会う機会は減りますけれど、こうしてネットで顔を見ながら会話も出来ますし、逆に直接会うことが新鮮になって――燃えるそうですわよ、恋心が!」
 ディアドラの言葉に、ローゼは照れ隠しのように手を振った。
 全ての問題は解決した。
 だが、一つだけ気になっている点が雅人にはあった。
「透さんの顔、どんどん変わってない?」
 卵とじカツ丼、オム焼きそば、煮込みハンバーグ。
 次々に変わりゆく透の顔を、雅人はぜひ見てみたいと思った。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: 大祭神乳神様・月乃宮 恋音(jb1221)
 混迷の霧を晴らすモノ・エマ・シェフィールド(jb6754)
 この想いいつまでも・天宮 葉月(jb7258)
重体: −
面白かった!:6人

鉄壁の守護者達・
黒井 明斗(jb0525)

高等部3年1組 男 アストラルヴァンガード
大祭神乳神様・
月乃宮 恋音(jb1221)

大学部2年2組 女 ダアト
ラブコメ仮面・
袋井 雅人(jb1469)

大学部4年2組 男 ナイトウォーカー
混迷の霧を晴らすモノ・
エマ・シェフィールド(jb6754)

大学部1年260組 女 アカシックレコーダー:タイプA
この想いいつまでも・
天宮 葉月(jb7258)

大学部3年2組 女 アストラルヴァンガード
おまえだけは絶対許さない・
ディアドラ(jb7283)

大学部5年325組 女 陰陽師
絶対味覚の持ち主・
聖蘭寺 壱縷(jb8938)

大学部2年45組 女 アカシックレコーダー:タイプA
揺れる炎に道を探して・
生駒 カコ(jb9598)

大学部2年247組 女 アストラルヴァンガード