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あるリゾート地。
時期が少し早いもの、この日は猛暑日。
海岸は華やかな水着を着た若者や、家族連れの姿が見受けられた。
「リア充を狙う天魔ですか、クラゲごときの畜生以下の存在が、嫉妬しているとでも言うのでしょうか? だとすれば、少々興味深いですね、まあ、どちらにせよ狩るだけですが」
言い方は生意気だが、可愛い顔をしている赤毛の少年はエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)。
今日はバミューダパンツの水着姿で、右腕にサーフボードを抱えている。
「水着は少し恥ずかしいな……」
露出度が少ない水着を着ているのは雪之丞(
jb9178)。
普段は、男装をしているので、女性らしい格好をしている姿自体が新鮮である。
「自分はサーフィンをやったことないのだが……教えてくれないか?」
エイズルレトラが出来るのかは不明だが、余裕たっぷりな態度からして何とかなるのだろう。
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「詳しくは分からないが海で楽しく遊べばいいんだろう……そんな経験なくてかなり恥ずかしいけれど」
精一杯の水着だというフリル付き黒ビキニとパーカーを身に付けた遠石 一千風(
jb3845)が戸惑うようにして、今日の彼氏役に歩み寄った。
彼氏役の楯清十郎(
ja2990)がやや小柄な事もあり、一千風の方が上背で十五センチも上回っている。
その清十郎はスマホのカメラで辺りの風景を撮影していた。
「遊ぶのに良い所ですね。写真を見せて今年の夏にでも彼女を誘おうかな」
スタイル抜群の美少女・一千風の水着姿を前にして、安定のリア充発言である。
海月に刺されるのは確定かもしれない。
「他の海岸客みたいに、カップルっぽくのは抵抗があるな」
「なぜです?」
「だって背大きいと可愛くないじゃないか」
ぎこちなく俯く一千風。
この海岸にいる女の子の中でも屈指の可愛らしさなのだが、本人は自覚していないらしい。
清十郎は、レンタルした水上バイクに跨った。
「結構スピードが出ますから、しっかり捕まらないと」
二人乗りしてリア充アピールする計画である。
この任務を受けた六人の中で、唯一の恋人持ち。
真リア充である清十郎が、不可視のクラゲ型サーバント討伐に向け、エンジンをかけた。
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「……どうしよう、結局リア充の意味が聞けなかった」
装う必要のない清十郎とは対照的に、装うべき対象すら見えていないのが雫(
ja1894)だった。
十一歳の銀髪眼鏡っ娘で、大人しそうな風貌の彼女は、パートナーを待つ時間、波打ち際に砂のお城を作っている。
かなりの力作のようだった。
雫のパートナーは、草摩 京(
jb9670)。
普段は巫女装束なのだが、水着姿にパーカーを羽織り、地元の漁師さんたちに日本酒を振る舞いながら、情報収集をしていた。
やはり海岸屈指の美貌とスタイルを持ちながら、一人で歩いているので、若い男に次々、声をかけられてしまっている。
背中を預けられるような男性でないと、まず興味自体が沸かないらしく、誘われても適当にあしらっている。
しつこいナンパ男もいるが、戦巫女の異名を持つ京が笑顔のままプレッシャーを出すと、たちまち尻込みしてしまった。
「お待たせしました、借りてまいりました」
京が、釣竿の乗ったゴムボートを引きずって雫の元へ戻ってきた。
「海釣りですか?」
「はい」
「二人きりでキャッキャウフフですか?」
「それもアリかと」
「すみません、想い人がいるので芝居でもそう言うのは遠慮したいのですが」
頬を染め、視線を逸らしながら拒否する雫。
「まあ、雫ちゃんたら、きちんとキャッキャウフフしないと、立派なリア充になれませんよ?」
お母さんみたいな事をいう京。
ともかく、海上にサーバントを誘き出した方が周囲に迷惑をかけずにすむのは事実だ。
砂の城完成は後回しにし、二人はゴムボートを出航させた。
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「最初は、バトリングといってボードを抱え込むようにして、手で漕いで沖まで出るんです」
エイズルレトラと雪之丞はボードに腹ばいになり、手足でこぎながら沖へと進んでゆく。
「なあ依頼とは言え、私が相手ですまんな」
「何言ってんですか、僕は雪之丞さんとがいいんです」
「でも、姉弟に見られるし」
切なげに顔を背ける雪之丞。
外見上は、エイズルレトラが中学一年生程度、雪之丞が二十歳前後なので、姉弟に見えてしまう。
「そんな事ありません、同世代の女の子より雪之丞さんみたいな大人の女性の方が、僕には魅力的なんです」
「ふふっ、イケナイ子だな」
普段なら絶対に言わないような台詞だが、どうにかしてオネショタカップルまで持ってゆき、クラゲにリア充認定されたいのだ。
撃退士が引き付けないと、海岸にいる一般人に犠牲者が出かねないのである。
沖に出ると、エイズルレトラは波に向かった。
「こうやって波に乗るんです!」
一瞬、ボードを沈め、その反動で波に乗り、ボードの上に立ち上がる。
「これでテイクオフ」
さらに波の斜面のトップ部分でターンをした。
「トップターンです!」
「おお、うまいな」
どこで覚えたかはわからないが、手品が得意なだけあってエイズルレトラは器用だった。
「手を繋いで、一緒の波に乗ってくれないか?」
「あ、それダメです、一つの波に二人以上が乗るのはルール違反なんです」
「そうなのか、では手取り足取り基本を教えてもらったほうがいいかな?」
恋人同士に見えにくい年齢差である以上、多少、スキンシップを濃厚にすべきだという判断だ。
「うーん、それもどうですかね。 サーフィンでは体に触れて指導する機会があまりないんです」
「サーフィンで、キャッキャウフフするのは、難しいな」
「キャッキャウフフしなくても、やれるだけでリア充認定されるスポーツ、それがサーフィンです」
そう言った瞬間、エイズルレトラの全身に雷が閃いた。
刺されたのだ!
「……!」
「おいエイルズレトラ、大丈夫か!?」
刺されると声も出ない痛さというのは本当らしい。
サーフボードの上に腹ばいになったまま、脂汗を流している。
海月は海と同化しており、全く目視出来ない。
雪之丞は海月に目印を付ける対策をしていないし、エイズルレトラは痛みで動けない。
「だ、大丈夫です、噂ほどじゃないな」
数秒後、精一杯の強がりを言ってエイズルレトラは目を開けた。
「無事か、よかった」
「これは僕も甘かったですね、刺されてからでは召喚獣を呼ぶ余裕がなかった」
その時、二人の目に、海の上空を舞う女性が映った。
水着にパーカー姿、背には小天使の翼が見える。
「京だ!」
「戦闘ですね、救援に行きましょう」
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時はわずかに遡る。
京は沖に出て、ゴムボートの上で釣り糸を垂らしていた。
「あの、京さん」
同じボート上で釣り糸を垂らしながら、雫が尋ねる。
「どうしました?」
「こんな事をしていて、海月を誘き寄せられるんですか? 確か、釣り人の前には現れないと依頼書の中にあったような」
にっこり微笑む京。
「誘き寄せられますよ――囮組のところに」
「囮組!?」
雫は驚いて声をあげた。
「すると何ですか? 京さんは、自分が刺されるつもりは最初からなかったと!?」
「大丈夫ですよ、清十郎さんはリア充真っ只中ですし、エイズルレトラくんも素質はあります。 一般の方にご迷惑はかかりません」
微笑みながら言う京。
時々、巫女にあるまじき黒さを発揮するのである。
そのうち、海月以外の何かに刺されるかもしれない。
雫が二の句が接げずにいると、遠くから若い男の悲鳴が聞こえた。
「今の悲鳴! 清十郎さんのですよね!?」
雫の顔に緊迫が走る
京は、微笑みながらゆっくりと釣竿をあげた。
その先には銀色に輝く魚が跳ねていた。
「ほーら、釣れました」
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さらに時は遡る。
清十郎と一千風は、海の真ん中で水上バイクを乗り回していた。
ハンドルを握るのは清十郎、一千風はその腰に手を回すように二人乗り。
水しぶきと風が気持ちいい。
何より、清十郎にとっては背中に当たっている一千風の胸の柔かさが気持ちいいはずだ。
だが、全く狼狽える様子がない。
彼女持ちはうろたえない!
「青い海。 眩しい太陽。 仕事じゃなければ最高ですね」
そう、美少女の胸なんかより、太陽が眩しい。
それがリア充の感性なのだ!
「 私も運転してみたい」
清十郎の運転を後ろから見ていて、操作を覚えた一千風が運転席を代わり、水上バイクのハンドルを握った。
とたん……。
「アッーヒャヒャ!」
人が変わったように笑いながら、アクセルを全開にし始めたのだ。
「ち、ちょっと?」
「飛ばすぜ! びびってんじゃねえぞ!」
迫りくる大波を次々にぶち抜いて暴走する一千風。
某超ロングラン警官漫画の、白バイ警官みたいな性格が彼女の裏には隠れていた。
だが、惜しむらくは、水上バイクに関してはまだ素人という点である。
何もないところで急につんのめり、海に投げ出された。
海に飛び込み、一千風を優しく支える清十郎。
「っと、大丈夫ですか?」
「はい……あの、今、私は何を?」
こういう時の記憶がなくなるのは、やはりお約束らしい。
その時だった。
清十郎が悲鳴をあげた。
「痛っ」
とか、そんなレベルではない。
断末魔の叫び。
今回、リア充があげあげるべき叫びを、清十郎は空へと轟かせた。
一千風はとっさに、バイクのハンドルにひっかけておいた砂袋を、清十郎の周りの海にぶちまけた。
こうやって、見えない海月の位置を判別するのだと、さっき清十郎が話してくれたのだ。
濃紺の水面に、広がる一瞬だけの砂漠。
その中央に、浮かび上がった!
文字通り海の月の如く円が!
不可視の敵は、この刹那、その不可視性を失った。
一千風は光纏し、逃がさないよう剣で引っかけるように海月につかみかかった。
「隠れて楽しみを壊すとか陰湿なっ」
だが、剣撃に怯んだ様子が海月にはない。
極めて軟体なため、水中で斬られたところで、暖簾に腕押し状態なのだ。
一千風が海月を足止めしている間に清十郎は、失う寸前だった意識を、どうにか引き戻していた。
そして、目を開けると同時に周囲の海を凍てつかせた!
氷の夜想曲。
自らの周りの敵に凍結と眠りを与える技だ。
元々本調子ではない清十郎が凍てつかせられたのは、海面のほんの表面だったが、それで充分だ。
ワイヤーを海月に投げつけ、拘束する。
「やりましたね」
「海で砕いたら、分裂しかねません、陸に運びましょう!」
そう言い、水上バイクに再び乗ろうとした清十郎
彼は、本日二度目の断末魔をあげた。
海月は複数体確認されている。
もう一匹いたのだ。
あまりにも行動がリア充イケメン過ぎるため、集中攻撃を喰らうのである。
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「そこですね!」
海月が清十郎を刺した瞬間、雫が銃に籠めたペイント弾を撃ち込んだ。
最初の悲鳴を聞き付け、ボートで駆けつけたのだ。
二匹目の海月も不可視性を失った。
逃走しようとする二匹目を空を舞う京が、弓矢で狙い撃つ。
海月にはペイント弾で真ん中に丸い印がついている。
「弓術の的のようで、実に狙いやすいです」
だが、海水内で衝撃は軟体が吸収してしまう。
「なるほど、では、水揚げいたしましょう」
京は釣竿を取りにボートへ戻った。
一方、災難なのは清十郎である。
二度目の激痛にはさすがに耐えられず、気を失ってしまっている。
「大丈夫でしょうか?」
「ダメージは大した事ないみたいだ、激痛のショックと痺れで動けないだけだと思う」
雫と一千風とが協力して、清十郎の体をゴムボートに乗せた。
その間に、体表面が凍てついていた一匹目の氷が溶けつつあった。
柔軟さを取り戻した肉体で、巻き付いたワイヤーから逃れようとする。
砂もとうに洗い流され、再び不可視の存在に戻ろうとしていた。
「おっと、さっき僕を刺しておいて無事に逃げようとはムシがいいんじゃないんですかね? 僕を刺した個体かどうかは知りませんが、連帯責任で」
幼いが冷酷な声が飛んできて、海月の体にアウルで作り出した無数のカードが貼りついた。
エイズルレトラと雪之丞が、サーフボードからゴムボートに乗り替え、駆けつけたのだ。
少年はさらに、ダイヤでストレイシオンを召喚した。
カードが貼りついた海月を、召喚獣に追わせる
「陸に追い立てましょう、雪之丞さん」
「ああ海で切り付けても、無駄のようだな」
漕ぎ手である雪之丞は、オールを剣代わりに鬼神一閃を放ち、ゴムボートに推力を与え、
空を舞う召喚獣と、連携をとって海月を浜辺へと追い込んだ。
一方、もう一匹の――射的の的と化した海月も、浜辺近くまで逃げて来ていた。
少しの休憩の後、ボートから釣竿を取り、再び小天使の翼で上空に舞い上がった京は、
それを釣り針にひっかけ簡単に吊りあげていた。
「雫さん、そちらへ落としますよ」
「だめですよ!」
雫のボートの上には、ザ・リア充である清十郎が眠っているのだ。
落とされた海月が、三度目の悲鳴を清十郎があげさせる事は間違いない。
「仕方ありません」
釣竿の先で宙ぶらりんになっている海月を、雫はウェポンバッシュで、浜辺へと吹っ飛ばした。
そして、実に不幸な事に、海月が吹っ飛んでゆく先には雫が作りかけていた砂のお城があったのである。
「あ!」
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浜辺にあがった雫は俯き、表情を見せずに不気味に笑っている。
「海月の分際で、私の渾身の一品を壊すなんて……覚悟は出来ているのでしょうね」
ほとんど自分のせいなのだが、人間何事も抱え込み過ぎると精神衛生上よくない。
たまには他人のせいにする事も必要なのだ!
雫が吹っ飛ばした海月と、雪之丞とエイズルレトラで追いたてた海月、二匹とも浜辺にあがり、しぼんだ風船のようになっていた。
元々、水中棲に作られたサーバント、放っておいても死に至るだろう。
むろん、撃退士たちはそんな残酷な事はせず、全員でボコボコにして、一思いに仕留めてやった。
海月がふっとばされてきた事やらで、騒ぎになった海岸の客には京がお詫びに得意の魚料理を無料で振る舞い、楽しい夏の雰囲気を取り戻した。
「もういませんよね?」
清十郎がかなり怯えた目で、海を見渡した。
「確認は簡単でしょう、清十郎さんを海に漬けておいて、刺されなければ、もういないという事です」
ニッコリと笑顔で言う京。
「僕はサーフィンしている時だけですが、清十郎さんは年中無休でリア充ですから、とても勝てませんねえ」
エイズルレトラも刺され跡に薬を塗りながら、尤もらしく同意する。
「私たちは夜になったら花火をしようと思いますが、清十郎さんは終わるまで海の中でずっと見守っていてください」
「楯さん、今日はありがとう、楽しかったぞ」
「リア充の証である真っ赤な炎症が、いくつ増えるか楽しみですね」
「そんなもの、いりませんよ!」
撃退士たちの夏は、まだ始まったばかりである。