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部活エピソード交換会。
その当日、集合場所の空き教室に呼ばれた各部代表たちは、入り口で立ち尽くしていた。
「あの、これを配りたいのですが、どこに置けば?」
万事屋『祝福の鈴』代表の四月一日蓮(
jb9555)がクッキー等のお菓子やペットボトルの入った手提げ袋を持て余している。
この部屋には椅子も机も一つもない、完全な空教室なのである。
カーペットは敷いてあるとはいえ、これからイベントを開催する場所という雰囲気ではない。
「集合場所、間違ったんちゃうの?」
和洋折衷の衣装が煌びやかな少女・葛葉アキラ(
jb7705)は、配られたレジュメを再確認したが、やはり指定されたのはこの教室である。
参加者、皆が戸惑っていると、サングラスをかけた金髪の青年、ミハイル・エッカート(
jb0544)が余裕に満ちた動作で教室に入ってきた。
「ああ、驚かせたかな、俺が昨日のうちに片づけておいたんだ」
「なんでまた?」
「どうせなら、こいつを囲って話した方が楽しいんじゃないかと思ってね」
ミハイルの背中について教室に入ってきたのは、異様な動物だった。
炬燵である。
炬燵を動物と表現するのは誤りのようだが、四本の脚は犬のもので、天板に犬尻尾がついている。
かつ、人懐っこく、ミハイルの背中に身を摺り寄せてくるのだから、動物と表現しても誤りではない。
「なんなんですか、それ!?」
「自走式犬型炬燵だぜ」
「まさか、今日の茶話会はその炬燵に入って行おうという事でしょうか?」
「ち、ちょっと不安です」
アイドル部。部長の川澄文歌(
jb7507)がやや、怯えている。
「心配しなくていい、夏仕様で炬燵布団はないから」
「心配しているのは、熱さじゃないです」
即返答した文歌の膝小僧に、犬型炬燵はじゃれついている。
「ツッコむのも面倒だし、まあいいか、こいつもハーフと言えなくはないしな」
ハーフ学科代表の嶺 光太郎(
jb8405)が面倒くさそうに頭をかいた。
「なんやこいつ、涼しいし、可愛いやないか!」
銀髪に淡い緑の瞳を持つ少年・草刈 奏多(
jb5435)がデレデレしているのは、犬炬燵ではなく、その後から入ってきた、猫扇風機にである。
「そいつは、自走式猫型扇風機だ」
猫耳と猫尻尾がついた扇風機は、猫好きな奏多と相性が良いようで、首振り機能を使い頭を奏多に摺り寄せていた。
「『待て』! そこで『待て』だ!」
ミハイルが、教室のカーペットの中心で、そう命じると犬炬燵は大人しくなった。
「あの、お菓子はこの上に置いて良いのでしょうか? 激しく不安なのですが」
蓮は、持ち込んだお菓子やペットボトルのお茶、紅茶を犬炬燵の上の天板に乗せて良いのか、激しく戸惑っている。
入学して二ヶ月。
蓮はまだ、久遠ヶ原学園のカオスに完全には染まっていない時期なのである。
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「ほな、はじめよか」
最初に犬炬燵に座ったのは、煌びやかな衣装の少女、アキラだった。
「だ、大丈夫なんですかね、この炬燵」
アキラと炬燵を共に囲むのは、このエピソード会のきっかけを作った少女、美冬。
そして、彼女と同じく部活探し中の新入生たちだ。
炬燵に全員は入りきらないので、エピソードを話す順番の部代表と、その部に興味のある新入生だけが炬燵を囲む事にしたのだ。
その間、他のメンバーは、カーペットの上でゴロゴロしながら、猫扇風機と戯れたり、お菓子を食べたりしている。
まったりとしたカオスがここでも展開されていた。
「おもろい部活のエピソード……なぁ。 うちは「飯処『楽』」っちゅー部活主催してんねんけど……今、アツいのは料理対決、かもしれへんな」
「料理対決って、漫画みたいなやつですか?」
美冬が尋ねると、 アキラは頷いた
「始めは、お客はんとして来てくれはった人やったんやけど、今は友達の男の子が料理人でな。 そのコとアツいバトルを繰り広げてるワ。 何やったら、試食も可能やさかい、皆、寄ってってやー! 」
「漫画でしか見た事ありませんが、面白そうですね、料理勝負」
「他にもあるで、面白いお客はんが居ってな。 蜆が好物なんやて〜。若いコやのに渋い趣味やんな、今度、蜆定食……ならぬ、蜆御膳を作ったる約束とかしてるで! ま、お客人も色々っちゅーワケで毎日、楽しいワぁ」
アキラの言葉に、興味を示したのは、美冬と同じく四月入学生の蓮だった。
「面白そうなので遊びに行ってもいいですか?」
「むろん、大歓迎やで!」
「ありがとうございます、もし良かったらうちの部活に遊びに来てくれたら嬉しいです」
こうやって部同士の親睦を深めるのも、このイベントにおける目的の一つなのだ。
「撃退士って、料理の腕も重要なんですか?」
「久遠ヶ原では料理スキル持っていると強いで、料理系の依頼が割とあるから、戦闘慣れしていない新人でも安全に稼げるんや」
「全然、安全じゃない料理対決とかざらにあるけどな」
ミハイルは真実を知っており苦笑している。
ちなみに彼の安全、危険の水準はピーマンが入っているかどうかだけらしい。
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「安全じゃない料理といえば、ウチの話だな」
猫扇風機と遊んでいた奏多がアキラに代わって炬燵に座った。
「ドーナツ屋『white cat』での出来事なんだけど……」
部活対抗のエピソード会だというのに、ドーナツ屋が同列に扱われるのが、この学園のカオスたるゆえんである。
生徒運営ならどんな部活、クラブだろうが、店だろうが等しく部活動として認められている。
アキラの飯所『楽』もそうなのだが、天魔と戦う人材を育てたいのか、料理人を育てたいのか、青年実業家を育てたいのかさっぱりわからない。
奏多の説明によると、ドーナツ屋『white cat』とは最近人が居なくて店主がボーッとしているドーナツ屋なのだそうだ
店の中に猫がおり、触れ合えるコーナーもある。
ドーナツはプレーンのような普通のものから、鰹節味など目を疑うようなものまで幅広く扱っているらしい。
「それで、奏多さんのところの安全じゃない料理ってどんなのですか?」
蓮の問いかけに、奏多はポツリポツリと話し始めた。
「とあるお客様の注文で、車型のドーナツを作ったんですよ」
「それは可愛くていいですね」
アイドル部。だけあって、文歌は可愛いものに敏感である。
「トラックサイズのですね……店で作れないので外で作りました……」
「サイズが、可愛くない気がしてきましたね?」
「なんで、そんなもん作ったんや!?」
文歌とアキラに問われ、奏多は答えた。
「うちの店、ドーナツの女神がよく降臨して、特大サイズを注文する客が多いんです」
「そうか、女神ならなら仕方ないな」
ツッコミどころが多すぎてキリがないので、仕方ないと言うことにして、話を進めさせるしかない。
「出来上がったものを、駐車場に置き、お客様に渡したところ…そのドーナツ動いたんですよね……それ以来、駐車場に停めてある車型のドーナツは動くという認識になってしまいましたよ」
「なんで、駐車場に車型のドーナツが停めているのが当然みたいな状態になってんねん!?」
奏多は返答をしない。
『この人は、今の話の何が理解出来ないのだろう?』みたいに真顔でアキラを見つめている。
「なんか、もうええわ」
話をアキラが切り替えようとしたところに、蓮が割り込んできた。
「わかります、そういう事ってありますよね」
「あるんかい!?」
蓮は自分の部活・万事屋『祝福の鈴』の話を始めた。
「ある日の出来事です、Hさんが術を使って林檎をアップルパイにしました。 そのアップルパイを切ろうとした所逃げるので――」
「この学校って、食べ物が自発的に動くのが普通なんですね」
美冬が感心した顔をしている。
「S君が、アウルの力で苺の茎を成長させ見事アップルパイを茎で刺し食べたというお話です」
「もう、あんたらのドーナツとアップルパイで料理勝負したらどうだ」
光太郎が溜息をつく。
「物理的な勝負ができそうだな」
ミハイルが快活に笑った。
彼はピーマンさえ入っていなければ、食べ物に関しては何でもOKなのである。
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犬炬燵の主が文歌に代わった。
「私が紹介するのはアイドル部。 『。』まで入って正式名称です、間違えちゃダメですよ」
「全てが間違っているこの学園で、唯一間違っちゃいけないのが『。』なんかい」
アキラはもはや、げんなりしていた。
「アイドル部。では部員さん達のイメージカラーを決める為、イメージカラー総選挙ってイベントを定期的に開いてます。 総選挙って名前ですが色が被ったらサイコロで勝負!」
「それ選挙じゃなく、抽選じゃねえの?」
諦め半分に光太郎が呟く。
「選挙にしちゃうとCD三千枚買うファンとか出てきちゃうじゃないですか」
「ネーミングはともかく、その辺りは良心的なのは評価出来るぜ」
「ありがとうございます、だから前回ピンクの子が今回はグリーン、とかあります。 イメージ色が変わると気持ちも一新で楽しいです♪」
「色変えええんやないか、戦隊ヒーローだったら、あかんけど」
「レッドに変身していたお兄さんが、翌週からピンクに変身するようになったら、小さい子が混乱しますからね」
「アイドル部。はあくまで部活の延長、アイドルにちょっと興味がある子からプロ志望の子までいつでも大歓迎です♪」
そう言いながら文歌は皆にCD配った。
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「次は俺たち、不良中年部の紹介だぜ」
「そんな名前だったんかいな」
「面白発明部だとばかり思っていました」
炬燵犬やら扇風機猫やらシュールかつファンシーなものが、なぜ不良中年部なんて渋い名前のところにあるのか、にわかに理解がし難い。
「こいつらは、うちの正式部員の門木先生が科学室で作ったもんなんだ、他にもいるぜ」
ミハイルが招きよせると、教室に妙な物体がゾロゾロと入ってきた。
冷蔵庫の形をした電子レンジ。
こいのぼりの形をした空中を泳ぐクーラー。
パソコンモニターの形をした熱燗マシーンもある。
「見ての通り、我が部では面白おかしい発明品で飽きないぞ、こんな光景が見られる部は不良中年部だけ!」
力説するミハイルの足元に炬燵犬がじゃれついて、みぞおちに前足がヒットした。
「ごふっ、これも愛情表現なんだぜ……」
「不良中年部って、年齢が高い人しか入ったらいけないんですか?」
「そんな事は……ねえぜ、俺だって二十九才でまだ中年じゃない……しな」
痛みに呻きながら、懸命に答えてくれるミハイル。
年齢的に二十九歳は、十二歳の美冬の両親と大差がなかったりする。
だが、かっこいい大人の男の風情を持つミハイルのこんな場面は、却って美冬に親近感を持たせた。
どうしても年齢的な壁は感じるが、確かに楽しい日々は送れそうな予感がした。
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「さて……語れっつってもな」
バトンを渡された光太郎が頭かきかき話し始めた。
「とりあえず自分が所属してる、ハーフ学科について語るか」
「所属って、光太郎さんが部長なんでしょ?」
美冬に聞かれたが、光太郎は気のない返事をする。
「……部長?そんな偉そうなもんじゃねえよ。 ただ場所貸してもらうのに名前登録するっつーからしてるだけだよ」
「まあ、こういうタイプはやる気のないふりして、やる時はやるもんだぜ」
ミハイルが大人の見解を述べた。
「で、面白いエピソードな、特にないんだよな」
「ないんかい!」
「とりあえずハーフが集まってゴロだらしながら駄弁ってる。 別にハーフに限ってるわけじゃねえんだが、場所柄ハーフしかいねえな。 常にいる奴もいるし、偶に顔だす奴も、全く顔ださない奴もいる。まあ皆好き勝手してるぜ。 でもな、それでいいんだよ。元々俺らが慣れて、居場所できるまで駄弁ってればいいって借りた場所だからな。好きにすればいいんだ」
「他の方の紹介して下さった部活もそうでしたけど、私が小学校で経験した部活と違って、人を縛るための活動っていう雰囲気がないんですね」
「まあ、俺も好きにしてるしな。 最近アイス置いた。 美味え」
持参したアイスを銜える光太郎
それを見て、美冬は何となく心が安らいだ。
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「全員終わったみたいだし、各賞の発表をする?」
「そうですね、この際、美冬さんに決めてもらうのはどうですか?」
奏多と、蓮が提案をした。
「わ、私ですか?」
「いいんじゃねえの? ごちゃごちゃ揉めるのも面倒くさいし」
「この出会いのきっかけを生んでくれたのも、美冬さんですからね」
光太郎と、文歌にも促され美冬は恐縮げな顔をした。
「賞の名前とかてきとーでいいと思うで」
「難しいと思うなら、この中で入りたいと思う部を二つばかり選べばいい、それで本当に入部する義務もないしな」
アキラとミハイルに緊張を解きほぐされ、美冬は表情を和らげた。
「そうですね、では、一つ目、『唯一無二で賞』は不良中年部さんで」
「お、ウチか」
「はい、犬炬燵ちゃんや、猫扇風機ちゃんはそこでしか見られないと思うし、仲良くしたいとも思ったので」
「ありがたくお受けしよう」
「二つ目は、『好印賞』です。 ハーフ学科さんで」
光太郎が少し意外そうな顔をした。
「うちか? ウチ来てもなんもないぜ?」
「それがいいんです、私、部活って言葉に縛られて身動きがとれなくなっていました。 大きな目標に向かって、血を吐くような思いをしながら仲間とともに突き進んでいくのが部活だと思い込んでいたんです。 でも、光太郎さんの話を聞いて、何の目的もなく、仲間とゆったりした時間を過ごすという形もあるんだなって気付いたんです」
半ば騙されて入部させられ、地獄を見せられた上、何も実を結ばなかった小学生時代の部活とは違うものが、久遠ヶ原の部活にはある気がしたのである。
大きな目標はない、達成感も得られないかもしれない、けれど何をするでもなく一緒に仲間や、その時間というのは人生において大きな絆や糧になるのではないか?
そんな予感を美冬にもたらしたエピソード交換会だった。