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タイムカプセルから次の品が取り出された。
「おぉ……これはぁ……(ふるふる)」
巨大な胸を震わせているのはウシネ。
この村では豊穣の女神としてあがめられている少女だ。
月乃宮 恋音(
jb1221)の生まれ変わりである。
「不思議な形ですねぇ……器をふたつくっつけたようなぁ……(ふるふる)」
ウシネが手にしているものは、十万年前の人間がブラジャーと呼んでいたものだった。
しかし、あまりにも大きい。
転生前の恋音は、栄養状態の良い時代に育ったのでウシネよりも胸の発育が良かった。
大きすぎて、乳房を覆うための衣類だなどと想像できようもないほどに。
ウシネが取り出した箱には、別の品も入っていた。
「固いですが、透明ですからカチカチではなさそうですぅ……」
ガラス瓶だった。 この時代はガラスすらロストテクノロジーである。
「中身はもしや牛乳ではぁ……?」
開けてみると、嗅ぎ覚えのある香りがした。
「最初に出てきたものは牛乳を入れるための器と考えるのが自然でしょうねぇ……」
「でも、ふたつくっついていたら飲みにくいんだな」
「なにか意味があるのでしょう……繋がった二つの器で同時に牛乳を飲む……古代人は例えば婚礼の時にそういう儀式を行っていたのではないでしょうかぁ……?」
ウシネの推理に、村人たちはうなずいた。
「さすがは乳神様だ」
「心や知恵は乳に宿るのだ。 乳の大きいものに村の統治を任せよう」
村の支配権はウシネに握られんとしている。
ある少女が反対の声をあげた。
「ちょっと待ったです!」
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異を唱えた少女はリフニー。 Rehni Nam(
ja5283)の生まれ変わりである。
髪の色こそ黒いが他はレフニーと変わりがない。 特に乳は十万年前から改善されていなかった。
「乳が大きい方が賢い? 貴い? お前たちは間違っているです! 偉大なる古代人はひんぬーこそ貴しと定めていたのです!」
リフニーは、手にした品をずいっと差し出した。
カードデッキだ。
撃退士TCG・ブレーカーズ。
デュエリストだったレフニーは、デッキをふたつタイムカプセルに封じていた。
ひとつは巨乳撃退士をメインとしたデッキ、もうひとつは貧乳撃退士メインのデッキである。
「なんて美しい絵なんだな! 色がついているんだな!」
「きっと女神の御姿に違いない」
「これはきっときょぬー神と、ひんぬー神だ!」
まともに色のついた絵すらない時代、ゲームカードに描かれた絵は天上の芸術のように見えた。
「これはおそらく、古代人全員が死を賭してまで手に入れんとしていたという伝説の札“オカネ”なのです!」
「聞いたことがあるのだわ! 何にでも変えることのできる魔法の紙があったと!」
「オカネにはランクがあったと言われているのです! これを見るがいいです!」
リフニーはカードのステータス欄を指さした。
各カードの攻撃力/防御力が描かれている欄だ。
「これは古代人が用いた文字と呼ばれるものです。いいですか? 乳の大きな女神の下には90/70と描かれているです! そして乳の平たい女神の下には110/120!」
ナイチチを張るリフニー、知は乳に宿っているものではないと暗に主張をした。
「ひんぬー神のほうが文字数が多いのです! すなわち、巨乳より貧乳のほうが尊いという証拠なのです!」
「ΩΩΩ<な、なんだってー?! 」
ひんぬーに劣等感を持つリフニー、超理論でひんぬーを上位に立たせた。
きょぬー代表のウシネも反論してくる。
「面白い憶測ですねぇ……でも文字は解読できていませんよぉ?」
「ふっ、確かに文字は種類が多すぎて意味がわかりません。 ですが、どのカードを見ても、この欄には十種類の文字しか使われていない! つまりこれが数を表す文字なのと推理できるのです!」
十を基調とする数字、十進法が再発見された瞬間だった。
「それがあれば胸のサイズも明確に表現できそうですねぇ……」
「わー! 墓穴を掘ったのですー!!」
数字がない世界なら個人の主観でごまかせたものを、わざわざ具体化してしまったのだ。
「いいのです! ひんぬーは貴いのです! こうして光にかざすのです!」
リフニーは太陽に向かってきょぬー神と、ひんぬー神のカードを同時に掲げる。
すると片方だけがまばゆく光り輝いた。
「ふつくしい……まさに後光なんだな!」
ひんぬー神のカードにはプリズム加工がなされていたのだ! SR、すなわちスーパーレアカードというやつである。
「これぞひんぬーこそが尊き証拠! これからは私が村を支配するです!」
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「その理屈が正しいならば、この男が最も貴いことになるぞ?」
リフニーの君臨を妨げんとする男児が現れた。 名はタキ。
築田多紀(
jb9792)にそっくりな容姿だが、転生前とは性別が反転している。
「これもカチカチの筒に入っていた」
タキがとりだしたのは、文庫本だった。 題名は“ちょこふぁくとりーのひみつ”。
その中ほどの頁に煌く男の姿がある。 宝井正博(jz0036)学園長だ。
彼は“いつものポーズ”でしおりとして文庫本の間に挟まっていた。
その姿に村人たちがざわめく。
「なんという貫録! “オカネ”をたくさんもっていたに違いない!」
「この男こそがあがめるべき神々の王だ!
学園長のしおりはSSRモデルであり、プリズム加工は広範囲に施されていた。 まばゆさという威厳はひんぬー神を越えている。
「で、でも、数字が……!」
リフニーは見定めた数字を根拠に、ひんぬーの権威を主張した。
するとタキは本の裏表紙、商品管理バーコードを示した。
「数字なら、もっと大きなものがここに示されているんだが?」
実に13ケタ!
3ケタのひんぬー神など雑魚もいいところである。
「そんなばかな〜」
あと一歩で村に君臨できたであろうリフニー。
悔しさに身を震わせているが、乳は震えない。
「僕が考えるにこの本に描かれているのは皆、古代の偉大な人物なのだ」
タキは地面に棒で絵を描き始めた。
本には挿絵として描かれた登場人物の数々。
緻密さでは到底及ばないが、どんな人物なのか想像して、印象を棒にこめ、地面に刻み付けた。
「そして、輝く男こそが世界の創造主だ。 他の人物は彼の偉業を伝えるために、この村に姿を現したのかもしれない」
タキは本から膨らませたイメージを、空想力豊かに語ってみせた。
「こんな生物なんてどこにいるんだろう」
文庫本に登場した妖精を描き、うっとりとする多紀。
村にメルヘンチックな雰囲気が漂い始める。
それをひとつの叫びが引き裂いた。
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「なんだこの生物は!?」
叫びをあげたのは長身の少女、イチカ。
遠石 一千風(
jb3845)の転生である。
彼女がカプセルから取り出したのはポータブルDVDだ。
未開人には何の道具なのかすらわからなかったが、一番大きなボタンを押してみると動画が再生された。
檻の中でふたりの人物が激しく戦っている。 アウル格闘技NBDの試合映像である。
「うわー! 小さな箱の中に人がいるんだな!」
「魔術なのだわ! 魔術なのだわ!」
未開人がTVをみたときのお約束の反応を、村人たちはしっかり押さえてくれた。
しかもふたりの人物のうち片方は狼の顔をした人間……未知の生物だ。
十万年前、遠石 一千風はフェンリルのリングネームを名乗り、狼マスクをつけて戦っていた。
卒業前に実家にいる厳格な母にみつかっては大変と、カプセルに封じたのがこれである。
それから十万年、イチカがNBDで戦うかつての自分の動画を見つめている。
正体はわからないが、懐かしい感覚に捕らわれていた。
「この人たちはなにをしているのだわ?」
ツバキの問いにイチカは答える。
「おそらくは求婚の儀式だ」
「おぉ……私が想定したもののほかにも儀式があったのでしょうかぁ……」
「ウシネのは成婚が決まってからの儀式、こちらは成婚を決めるための儀式に思える」
「相手を選別するための儀式ですかぁ」
「これは我々もするべきだろう、 強き両親から強き子は産まれる。 誰か私の相手になるものはいないか?」
イチカは年頃であるが、まだ夫となる相手を決めていない。
村一番の狩人であり、容姿も美しい。
ただ強すぎる。 守るべき女よりも弱いのはこの時代の価値観としては恥だった。
男たちは今回も、この高根の花に手を伸ばすことができなかった。
「いないのか……残念だ」
溜息をつくイチカ。
その時、男の声が響いた。
「戦いによる求婚の儀式、わしが行いたい」
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声の主はクマノサダキチだった。
上野定吉(
jc1230)の転生であり、村の大長老である。
この時代の平均寿命は30才程度。
光纏う戦士の末裔とはいえ、85才まで生き伸びた彼は奇跡の存在だった。
「大長老様が私と?」
イチカは最初、その年齢差に戸惑った。
しかし、すぐに頬を引き締める。
「優れた子孫を残すのは村の女の役目。 戦って私に勝つのであれば受け入れよう」
構えをとるイチカ。
動画を見た影響で、十万年前のプロレススタイルになっている。
クマノはしわがれた顔を横に振った。
「わしが娶りたいのは、この女じゃ」
クマノは嫁候補をその背に背負っていた。
臓物が抜けたような平たい熊だ。
背中にはファスナー。
十万年前にはきぐるみと呼ばれていた物体である。
「熊の抜け殻かしら?」
「熊もセミみたいに脱皮するんだな?」
「熊ではない、古代人じゃ」
「古代人、そうか!」
さきほど見た狼マスクの女を古代人とするならば、熊の姿の古代人がいてもなんらおかしくはない。
「カチカチの筒に入っていたのじゃ、ええ香りがする」
洗濯直後の状態で上野がカプセルに詰めたそれは、十万年前と同じ洗い立ての香りがした。
「すでに死んでおる、臓物は抜かれたのじゃろう。 じゃが、わしは彼女に恋をしてもうた」
とんでも発言だったが、村人たちはあっさり受け入れた。
「聞いたことがあるんだな。 古代人は絵や人形を嫁と呼んで愛でていたそうなんだな」
「そのひそみに倣うとは、さすがは大長老さまだ!」
ウエノへの敬意が、村人たちの間で高まった。
「古代人と結婚をするなら、今判明したばかりの古代にならって婚礼の儀をすべきだ。 だが、彼女はまともに立つ事もかなわんじゃろう。 すまぬが若い衆、藁をとってきてくれ」
ウエノは上質の藁を村の貯蔵庫から持ってこさせた。
それをきぐるみの中に詰める。
きぐるみは、自力で立てるようになった。
求婚の儀開始。
「お前さんが好きじゃ! わしと結婚してくれ!」
愛の言葉とともに、ウエノがきぐるみを殴る! 蹴る!
きぐるみはボコボコにされ、KOされた。
「ふう、これでお前とわしは晴れて夫婦じゃ」
「おめでとうございますぅ……では、この器で牛乳をぉ」
ウエノは恋音のブラで牛乳を飲んだ。
続いてきぐるみを抱きしめ、誓いの口づけをする。
もはや変態を超えたなにかである。
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ウエノが婚礼の儀を終えようとした時、奇怪な音が周囲に鳴り響いた。
「あわわ、この鳥、おかしな声でさえずるよ!」
腰を抜かしているのは村の少女フミ。 水無瀬 文歌(
jb7507)の転生である。
フミの前にあるのはペンギンの形をしたオーディオプレイヤーだった。
そこから歌が流れてくる。 アイドルだった文歌の歌声だ。
この時代にも歌はある。 鳥や獣の鳴きまねから始まったものだ。
楽器演奏がついた21世紀風の歌は、それとは別次元の衝撃を人々にもたらした。
「これはハミングバードという鳥じゃ! 罪を犯した者をひたすら追いかける恐ろしい鳥らしい」
「さすがは、大長老さま!」
「むう、このさえずりを聞いていると何かが湧き上がってくるのう」
ウエノの言葉にフミはうなずいた。
「確かに……闘志、眠っていた熱い血潮が!」
ペンギン型オーディオから流れていたのは、バトルアニメの主題歌だった。
歌詞の意味はわからない、だが、アニソンに籠められた熱い魂は未開人たちにも伝った。
「正義のために燃えて、叫んで、戦わなくてはいけない気がしてきたよ! 熱く! 高く!」
感受性が高いフミは特に歌に影響された。
「長年抗争していた隣の村を叩き潰せという思し召しだよ! みんな出撃だよ! もえきゅんあたーっく」
ペンギンの歌を戦いの啓示と解釈、その歌詞を織り込んだ号令をかけた。
フミは村人たちを率い、隣村に強襲をしかけた。
隣村の番人がそれに気付く
「敵襲! 敵襲!」
仲間を集めて迎撃せんとしたが、クオン村軍の先頭にはフミが立ち、抱えたペンギンはヒーローソングを歌っている。
ヤックデカルチャ。 まったく得体の知れない存在だった。
混乱の中で、数刻もせずに決着がついた。
隣村は焼き払われ、紅蓮に包まれる。
そんな時、ペンギンが歌う曲がラブソングに変わった。
「はっ、私たちは何をしていたのだわ!?」
「みんな、なぜ戦争なんかするの! 争いはなにも産まないよ! 手を取り合おう! 恋をしようよ!」
美しい涙を流して訴えるフミ。 なにをいまさらな状況である。
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さらに、一万年の時が流れた。
人類は、新たな繁栄を迎えていた。
再び高度な文明水準を獲得した新世界、その様子を見てみよう。
世界は二大陣営に分かれ相容れることなく争い続けている。
原因は一万年前のクオン村。 ウエノの着ぐるみを見た時に、ウシネが発した言葉である。
「おぉ……よかったですねぇ……リフニーさん以上にぺったんこな女性が現れてぇ……」
ウシネにとってはなにげない言葉だったが、リフニーにはとうてい許せるものではない。
分かたれた陣営は国家となり、恒常的な戦争状態に発展した。
そんな中で救いをもたらすのがタカライ教である。
妖精を探すべく旅だったタキが、世界に広めたものだ。
挨拶を聖言としこれを神聖視する宗教。
きょぬー陣営とひんぬー陣営も創世神タカライの誕生日にだけは、争いの手を止める。
この世界には恋愛に独自の掟がある。
恋をしたら即、相手を殴って失神させねばならない。
これはNBDが、ゴング前奇襲も上等なノールールに近い試合方式だったことにちなむ。
恋は、血とあざと激痛からのみ生まれるのである。
夫婦となったものはやがては同じ墓に入る。
だが大半のものはブラで牛乳を飲みあい配偶者となったその相手ではなく、好きな絵や像と一緒に入った。
考案者のウエノが着ぐるみと夫婦になり、墓に入った影響である。
この時代でも二次元は至高であり、三次元はカスなのだ。
戦争のときは歌いながら戦う。
フミが記憶に遺して子孫に伝えたアニソンを、今も人々は口ずさんでいる。
ペンギンは戦を呼ぶ鳥とされ、極地の島で実物が発見されて以来、魔王として恐れられている。
地球の寿命は百億年以上とも言われる。
十万年など、うたたねの一時に過ぎない。
この時代も、我々が生きる文明世界も、地球が見たうたかたの夢物語なのである。