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マスター:スタジオI
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2016/11/26


みんなの思い出



オープニング


 最も優れた撃退士を決めるべく行われるスポーツの祭典、KOB。
 求められるは能力、そして知能。手加減無用の熱きフェスティバル。
 幻の名匠が手がけた自分だけの武器を手に入れんがため、ここでも戦いの火蓋が切って落とされようとしていた――。

※このシナリオは【KOB】連動シナリオです。
 優秀な成績をおさめたキャラクターには「メダル」が配付され、
 その数が多いキャラクターには、オリジナルの魔具が与えられるチャンスが与えられます。
 詳しいルールについては【KOB】特設ページをご確認ください。


 今回の舞台は美しき銀盤、スケートリンク!
 独身アラサー女子所員 四ノ宮 椿(jz0294)は真紅のフィギュアスケートコスチュームで現れる。
「どう、美しきプリマドンナ!」
「椿さん、プリマドンナはバレエの人です。 もしくはオペラ」
 後輩職員の堺 臣人と天然漫才をかわす。
 その堺は、黒の全身タイツでスピードスケートスタイル。 今日は椿と堺の対決を軸に試合前の広報番組を構成する。
「今日はなんの競技なのだわ?」
「パワースケートです」
「そんなのあるの?」
「ありません、スピードスケートがあるのにパワースケートがないのはおかしいから作ってみたそうです」
「安直な思いつきなのだわ」
「これが専用スケート靴だそうです」
 パワースケート用の靴を履くふたり。
 その名にふさわしくエッジが肉厚である。
 それ以外はスケートと同じように見える。
「あ、あれ?」
 運動神経のよい椿がバランスを崩した。 とっさに壁に捕まって転倒を防ぐ。
「まともに立てないのだわ!?」
「V兵器開発の過程で生みおとされた変な品ですからね。 アウルを籠めればバランスが整います、と取扱い説明書にあります」
「いつものごとくね」
 椿がアウルを籠めると、バランスが戻った。 壁から手を離して軽やかにスイーっと滑る。
「パワースケートというだけあって力が籠めやすいのだわ!」
 少し足に力を籠めて銀盤を蹴ると、椿の体はロケットの如く加速した。
「では、僕も」
 堺も靴ひもを締め、アウルを籠めて立つ。
 その0.5秒後。
「1ゲットズサー!」
「何ちゃんねるかしりませんけど、煽りはやめてください」
 思い切り顔面で滑ってしまった。
 堺はアウルを籠めてもまともに立てない。
「身体能力は覚醒者だからそれなりにあるんですが、運動センスがからきしなんですよ」
 自虐しつつ壁を伝いながらよたよたしている堺。
 対して椿は、フィギュアスケーターのようにアクセルジャンプまで決めている。
 勝負前から、歴然と差がでていた。

 数時間後、堺が猛特訓の末に滑れるようになる。 ゆっくりとなんとか前に。
 苦労してようやくこれである。
「これ以上は撮影スタッフも待たせるのは気まずいですね、勝負しましょう」
「かわいそうだけどそうするしかないわね、パワースケートってどんな競技なのだわ?」
「本番のリンクで説明します」
 撮影現場である西リンクへ移動するふたり。
 そこには3m四方ほどの氷の壁が、ドミノのように何枚も並んでいた。
「氷壁ドミノに向かって全速でぶちあたり、何枚の氷壁をぶち破れるかという競技です」
 氷壁の破り方は、体当たりでもパンチやキックでもいい。
 砕いたものも倒しただけのものも、カウントする。
 なおルール上、身体強化以外のスキルは禁止となっている。
「じゃあ、私からいくのだわ」
「いきなり氷壁にぶつかってぺちゃんこになるとかいうベタなオチはやめてくださいね」
「うるさいのだわ!」
 椿、プンスカしながらスタートラインを切る。
 1枚目の氷壁までの距離は200m。
 力強い加速! 氷壁が視界を覆い始める。
 このまま顔面からぶちあたったら、堺の言った通りのオチになってしまう。
 顔と胸が潰れたら結婚が危うい!
 撃退士としての判断力が蘇り、エッジでブレーキをかけつつ拳を構えた。
「はあ!」
 正拳突き!
 5歳の時より祖父の言いつけとして毎日500回の修練を今日まで繰り返している。
 単純にして、最も技巧溢れる技!
 肉の槍が、氷を貫いた。
 1枚目の氷が砕け、2枚目がひび割れながら3枚目の氷壁を押し倒した。 4枚目を押し倒し、5枚目に寄りかかったところでドミノ倒しがとまった。
「記録4枚ですね」
「やった! 私、まだいけるのだわ」
「いや、もうダメですね。 がっかりすべき成績です」
 勝ち誇る椿に、堺は憎まれ口を叩いてきた。
「なによ? 堺君に言われたくないのだわ」
 一応、滑れるようになった堺だが椿の演技を見ている間にまたヨタヨタし始めている。
 練習だけで疲れ、もう足元が怪しくなってきたのだ。
「そんなんで私に勝てるはずないでしょ、勝ったらなんでもしてあげるのだわ」
「ん? 今、なんでもするって言いましたよね!?」
 堺、大興奮。 憎まれ口は大好きの裏返しという面倒くさい男である。
「じゃあいきますよ! 5枚以上倒したら僕の勝ちですからね!」
 煩悩をパワーに変えてスタート!
 堺、猪突猛進!
 だが、氷壁の前にくると体力が尽きた。
 運動不足のパソコン青年、三十路の椿より体力がない。
「2ゲットズサー!」
 また顔面から倒れて滑った。
 1枚目の氷壁に脳天を思い切りぶつける。
「ほーらね」
 椿が笑いをあげかけたその時、堺がぶつかった氷壁がゆっくりと倒れ始めた。
 1枚、2枚、3枚、4枚……、
「うそでしょ!?」
 5枚目を経ても、ドミノ倒しは止まらない。
 スローモーではあるが、実に7枚目までを倒してようやく氷壁の倒壊は終わった。
「そんなバカな! 速度も技もすべてにおいて私が上のはずだったのだわ!」
「僕の勝ちですね」
「こんなのおかしい、もう1回!」
 とんでもなく低レベルな堺に負けてしまった椿、その理由がさっぱりわからない。
 得意の運動でまで堺に負けるわけにはいかないので、万全を尽くす。
「これ! この文字、氷に映して!」
 実はこの氷壁、スクリーンにして好きなものを投影することや出来る。
 椿が投影したのは“若さ”という文字だった。
「私が堺君に負ける要素なんて、これくらいしかないのだわ!」
「ひどい評価だ」
 若さあふれる久遠ヶ原、そこに住むアラサーにとってはコンプレックスとして苦しめられてきた存在。 怒りの眼差しを籠める。
 ハンマー投げのときはこれで成績が伸びた! 今度も!
「はあ!」
 椿の体が真紅の螺旋を描いた。
 今度はスピンしざまの回転正拳突き!
 スカートが花びらのように舞い、スタッフから感嘆が漏れる。
 手ごたえも確実! 先程よりも、さらに技巧が冴えている!
 その結果!
「……6枚、結局僕の勝ちです」
「うそお!?」
 スクリーン投影技法にとって成績は伸びたものの、堺に及ばず。
 椿、惨敗。
「ちなみに、年齢が敗因じゃないと思いますよ」
 ここで清掃をしているパートのおばあちゃんにやらせてみる。
 ぷるぷる足を痙攣させながらすべって、おりゃっと押しただけで9枚も倒した。
 覚醒者ではあるが、老齢を迎えてからだったため能力は椿に比べればはるかに下なのは確実である。
「なんなのこの競技!? 私のなにがいけないのだわ!?」
「過ぎたるは及ばざるが如し。 撃退士としては優れていた何かが、パワースケーターとしては足を引っ張る結果になっているんじゃないですか?」
「え? 一体なにが!?」
 キミはパワースケートに隠された謎を解き明かし、銀盤よりも美しい金色のメダルを手にすることができるのか!?


リプレイ本文


 KOB競技パワースケート、その実況席を学園教師で元関取のクレヨー先生が務める。 もう一人は、この男。
『堺くんが実況は珍しいんだな』
『なぜ僕が椿さんに勝てたのか、この謎が勝敗を分けますからね』
 謎と氷壁ドミノの深きまでもを切り裂くものは、出現するのか?

 最初の競技者は龍崎海(ja0565)。
 学園生の中でもトップクラスの実力の持ち主である。
 スタートラインに立つ龍崎は氷壁ドミノを見据えた。
 椿と堺の対戦で圧倒的能力差が覆された以上、龍崎も安心は出来ない。
 目指すは、アールトアーム!
 洞察力と警戒心を高めるべく“聖なる刻印”を発動した。
(単純に考えれば、ドミノ倒しをするなら壁を粉々しては次の壁を倒す勢いがなくなるということなんだろう……でも俺はあえて、パワーで押す。 パワースケートなんだから!)
 謎解きを捨て、撃退士として培った力を前に出す決意をする。
(体当たりもOKってことは、勢いがあればそのまま進んでもいいということのはず)
 本来なら空を飛んで突撃したいところだが、ルール上そうもいかない。
 スタートの合図とともに、滑走を開始する。
 視界に現れた壁を、仇敵の如く鋭い眼光で睨みつける。
「熟練防御で1割増! 高速機動でいつもより駆けてまた1増!そして1割増しで回転することで、普段の3割増しの威力だー!」
 己をファイティングコンピュータと化して飛び上がる龍崎。
 空中で回転しつつドロップキックをしかける!
 肉厚な銀の刃が、銀壁に穿つように迫る!

『ああ!』

 会場全体が声をあげた。
 驚くべき現実!
 龍崎が1枚目の氷壁に弾き返されたのだ!
 氷壁は砕けていない!
「そんなバカな」
「あの龍崎さんが!?」
 観客席にいる後輩たちがどよめく。
 誰もが予想していなかった光景が出現していた。
 実況席でクレヨーも慌てる。
『どういう事なんだな!?』
『龍崎選手は非常に優秀な撃退士、だからこその結果です』
 事態を理解しているのは、堺だけのようだ。
『龍崎君レベルが1枚も砕けないんじゃ、競技として成立しないんだな!』
『そんな事はありません、次の競技者が一端を明かしてくれるはずです』


 次の競技者は鬼仮面の少女、鬼塚 刀夜(jc2355)。
 順番はラストを希望した刀夜だったが、却下されてしまった。
 謎解きが重要な以上、それが解けた後は練習したものと根本的に動きが変わってしまうためだ。
 だが、めげる刀夜ではない。
「目指すはナンバー1! 絶対に優勝して刀を作ってもらうよ!」

(氷壁を砕く、破壊というのはミスリード……ドミノのように押して倒す)
 龍崎も行き着いていたのと同じ答えだ。
 驚愕の光景を見せられた後では、その自信も揺らぐ。
 しかし、銀盤を後に進むわけにはいかない。
 意欲向上のため、氷壁スクリーンには己の目指す刀を投影させる。
 全身のバネ(物回)、柔軟性(魔回)動作の正確性(物命)、精度(魔命)。 この4つを必要項目と見て調整をしてきた。
 例え周囲の能力が上でも、今の自分でぶつかるしかない。
 スタートの笛が鳴った。
 風を切って走り出す。
 その速度は、龍崎の半分程度。
『これじゃ倒せないんだな!』
『いえ、いけます』
 堺の断言と同時に、刀夜は氷壁にぶつかった。
 八極拳の鉄山靠のような背中での打撃。
 全身のバネと柔軟性を使い、叩くのではなく広い接地面で壁を押し出し、動作の正確性と精度で最初の壁を次の壁に向かって押し倒す!
 それが刀夜の答えだった。
『おお、倒れたんだな!』
 1枚目が2枚目を押し倒し、続く壁を次々と押し倒していく。
 氷壁は7枚までを倒したところで止まった。
 観客席は安心と驚きの声に包まれる。
 刀夜も小さくガッツポーズを作って嬉しそうに倒れた壁を見つめていた。
『刀夜ちゃんが謎を解いたんだな?』
『いえ、まだ謎を為すピースの1つを示したに過ぎません、この先を見ていけばわかってくるはずです』


 三人目はキノコボーイ、橘 樹(jb3833)。
 だが、様子がおかしい
『橘君は妊娠でもしたんだな?』。
 普段は、スリムな体なのになぜか腹が突き出ている。
 詰め物をしているわけでもなさそうだ。
「うぷ、いくらなんでも食べすぎたんだな」
 体重を増やすため、めちゃ喰いしたという橘。 バルーンボディになっている。
「では、わしの番だの!」
 橘は銀盤上で四股を踏み始めた。
「わしは力士わしは力士…… 」
 どうやら自己暗示をかけているらしい。
 元力士のクレヨーもやや引いている。
『あれは謎の核心に迫っているんだな?』
『全く無関係です』

(腕力があると氷が砕けてうまく倒せないのではないかの? 代わりに動作の正確性や頑強さが重要ではないのだの?)
 そう考えて脂肪をつけた橘。 氷の世界における脂肪は頑強な防具だ。
 氷壁スクリーンにも投射をしてもらう。
 映し出された文字は

“ゼロベースでイノベーションすればよくない?”

 憎しみを籠めて氷壁に突撃する!
 意識高い系の人との間に、なにがあったのか伺い知れない。
「日本語で喋れなんだのおおおおおおお」
 1枚目の氷壁をエッジで踏ん張りをかけ、増やした体重を乗せて押す! 押す!
 力士の如く押す!
 氷壁が倒れた!
「どうだの!?」
 パタパタ倒れていく意識高い系氷壁。
 その枚数は!?
「6枚!」
 刀夜には及ばず!
「あう……食べ過ぎた体重だけが残ってしまったの」
 橘はしゃがみ込んだ。
 実況席のクレヨーが励ます。
『キノコダイエットをお勧めするんだな。 ローカロリーだから、食べていれば自然に痩せるんだな』
『それはクレヨー先生が実行すべきです』


 リンクに立つ第四の選手は間下 慈(jb2391)。
「冗談がスベることは日常茶飯事ですが、滑るのは初めてですー」
 観客に話しかけ、さっそくスベっている。
 空気が寒い。
 ごまかすかのように、スタートが告げられた。
「厚い氷を倒すには、皆さんの熱い応援! よろしくお願いしまーす!」
 間下、観客に拍手を促しながら滑り始める。
 銀盤に反響する会場からの手拍子。
 しかしテンポの遅い手拍子に合わせるかのように間下の滑走もスローだ。
『こんなんで大丈夫なんだな?』
『おそらく』
 間下の顔つきが変わったのは50mを過ぎた頃。
 コートを脱ぎ捨て、スキル“慈殺”を発動!
 魔法物と理両面で命中と回避をあげるスキル。
 だが……。
「ありゃー?」
 まるで早くならない。
 この競技には無関係な要素だったらしい。
 仕方なく慌てて本気を出して滑り始める。
『こんなんで大丈夫なんだな?』
『……だめかも』
 堺が匙を投げかける前で、間下は加速を続けた。
 エンタテイナーの顔は捨てている
 加速、加速……氷壁目前に迫っても減速しない!
 それは赤信号を前にブレーキをかけない暴走に見えた。
『危ない!』
 クレヨーが声をあげた瞬間、間下は氷壁に激突した。
 昔の漫画のように、べたっと張り付く。
 コートを脱いだ分、綺麗な大の字の格好になっていた。
『こりゃダメなんだな』
『いいえ、正解です』
 氷壁が倒れていく。 テンポよくドミノ倒しに!
 ここまでのトップである刀夜の7枚を超え、9枚、10枚、11枚……。
最終的には!
「13枚!」
 会場から歓声があがる。
 平凡な人生を送ってきた間下、痛む体をさすりながら笑顔で立ち上がる。
 こんな栄光の時が一度は欲しかったのだ。 両腕をあげ感無量を示す。
『すごいんだな間下くん! 理由はわからないけど』
「はっはは、大記録を出したいもので大の字になってみました」
 歓声が嘘のように止んだ。
「……またスベりました」
 間下 慈、短い喝采の時間であった。


 飛びぬけた長身の青年がリンクにあがってきた。
 仁良井 叶伊(ja0618)、身長2m、体重120kgの恵まれた体格。
 一部ファンにはアウル格闘家として馴染がある。
 その仁良井、軽く滑り氷の具合を確認している。
「少し気温が高めなのが気になりますが……氷の出来は悪くないですね」

 実況席は他の選手とは異なるそのこだわりに関心を示していた。
『スケートにも造詣があるみたいなんだな、期待できるんだな』
『僕が集めた独自データによると、仁良井選手は現在1位の間下選手に比べ、この競技で重要な全要素で上回っています』
『さらに期待出来るんだな!』
『でも、その辺りに開いているものなんです、落とし穴というのは』
『思わせぶりなことを言っているけど、仁良井君は堺くんが知らない独自特訓をしているんだな』
『独自特訓?』
『じきにわかるんだな』

 氷壁にプロジェクタが映像を投射した。
『升目模様ですね?』
 今までの選手は、自分の欲しいものや、嫌いなものを投射してテンション操作をしていたが、仁良井の場合は升目模様だ。
『実は、仁良井君は升目模様が大嫌いなんだな』
「そんなわけがないでしょう、目印ですよ」
 クレヨーの出鱈目を否定する仁良井。
 気を取り直して精神を集中する。
 氷壁の中心線にぶつからねばならない。
 少しでもずれると痛い思いをしかねないのだ。
 準備運動は入念に行った。
 ブザーの合図とともに銀盤に駆ける。
 アウルをスケートに籠め、二割の余裕を残しつつ加速していく。
 氷壁手前のラインに来ると、加速を止める。
 両掌を胸の前に差し出す。
『いい構えなんだな!』

 クレヨーは知っている。
 仁良井はこの競技に備え、相撲部屋で修行をした。
 恵まれた体に反して、入門自体が出来ない覚醒者ということで関係者に残念がられはしたが、技はしっかり身に着けたようだ。
『諸手突きなんだな!』
 他の選手もそうだったが仁良井も、砕かずドミノ倒しにしていくことに活路を見出していた。
 効率のよい技として、諸手突きを選択したのだ。
 脱力して氷壁の中心線に両掌を押し当てる。 慣性で氷壁に接近する上半身から逃すかのように水平に突き放す!
 重要視するのは速度と、体のバネ。 そして体重を乗せるための蹴り脚!
「目標20枚!」
 氷壁がばたばたと音をたてるかのように傾き、倒れていく。
 勢いは間下の時以上。
 よし、と拳を握り占める仁良井。
 だが、8枚目辺りからその勢いが失速。
 12枚目でとうとう連鎖がとまってしまった。
「!?」
『間下君に1枚及ばず……諸手突きの技術は完璧だったと思うんだな』
『互いにいいとこどりをしたら20枚も夢ではなかったでしょうね、間下選手と仁良井選手は』
 謎、未だに解けず!
 残る選手はあと一人。


 最後の選手は金髪グラサンアラサー男、ミハイル・エッカート(jb0544)。
 黒のタキシード衣装で氷上を踊る。
 ふいにジャンプしてトルネード回転!
 クワドラプルアクセルを決めた!
 拍手に湧く会場の中、ミハイルの視線の先には婚約者である真里谷 沙羅(jc1995)がいた。
「ミハイルさん、頑張って下さいね、心を込めて応援していますから」
 沙羅の声に、頬を蕩かすように緩ませる。
(俺、この戦いが終わったら沙羅の弁当を食べるんだ)

『死亡フラグが浮かんでいるんだな』
『赤っ恥かいてオチ要員?』
 ミハイルには厳しい実況席。
「くそ、あいつらめ見てろよ」
 カリカリしながらスタートを切る。
 脳裏には、するべきことが蘇ってくる。
 ミハイルがこの競技に必要なだと感じたもの。
 まずは脚力の生む速度。 適度なパワー。 そしてもう一つ。
 プロジェクタが作動し、眼前に迫った氷壁に映像を映し出した。
 投影されたのは女神たる沙羅、彼女が両腕を広げミハイルを迎え入れようとしている姿だ。
「沙羅!」
 その姿に無意識に“縮地”が発動。 さらに速度を増す。
 観客から見たら危険行為だ。
 3mある氷壁の手前で速度を緩めるどころか、さらに加速してしまうのだ。
 まさに自爆行為である。
 反してミハイルの脳裏には天国が浮かんでいた。 女神にして太陽たる沙羅のいる場所、ミハイルヘブン!
「アイ、ラーーービューーー!!!!」

 愛を叫んだ瞬間、ミハイルは間下同様大の字になって氷壁にぶつかっていた。
 静まり返る会場。
 数秒後、氷壁からはがれミハイルは、アメコミのようにペラペラになってリンクの上に落ちた。
 失神した顔には恍惚の笑みが浮かんでいる。
 だが、オマヌケなさまとは裏腹に氷壁は倒れ始めていた。
 桁違いの勢いである。
 12枚! 13枚! 仁良井や間下のそれを超えてまだ倒れる!
『これは……!?』
『お待ちかねの正解です』
 実況席で堺が頷いた。
『この競技に必要な要素全部で4つ、ただし1つはマイナス要因です』
 まずプラスとなるもの。
 基礎体力(生命)、すべての基本、これがなくば練習もままならない。
 速度(移動)、突撃スケートでは当然、大切。
 さらに攻撃技術(魔攻)、選手たちは様々な技術を用いたが、それらの礎となる要素だ。
 だが、この三つを揃えようとも勝てない。
 椿が堺に負けた原因、撃退士としてはプラスでもパワースケーターとしてはマイナスとなるものに気付かねばならないのだ。
『警戒心(特抵)です、これは大きく足を引っ張ります!』
 ベンチにいた龍崎がはっと目を見開いた。
「そうか、俺は警戒心がただでさえ高い。 さらに“聖なる刻印”で高めてしまった。
だから1枚も破れなかったのか!」
『そういう事です。 椿さんのように氷壁の目前で立ち止まってスピンしたりするとダメなんです。 警戒心を捨て、ひたすら猪突猛進しなければ』
 堺は椿の演技前に、憎まれ口に混ぜて警戒心を促す言葉を流しておいた。
 能力に勝る椿に勝つための、心理戦だったのだ。
 その事に気付いたと思われるのはミハイルと間下。
 だが能力とその調整に勝り、大きく上回る18枚を倒したのはミハイル!
 派手に壁にぶつかった彼は今、気を失っている。
 沙羅の膝の上でライトヒールをされ満足げに涎を垂らしていた。
「お疲れさまでした。真剣な姿がとても格好良かったですよ」
 橘が、それを眩しげに見ている。
「さすがだの…愛のぱわー恐るべしなんだの!!」
 刀夜が頷く。
「剛なる壁を剛なる蛮勇が制した。 でも、それを制するのは柔なる愛だね」


 表彰式。
「やったぜ 沙羅! 愛しているぞ!」
 歓声の中、ミハイルは婚約者に向け金メダルを堂々と掲げる。
 この後、二人で食べる弁当はおそらく至上の味だ。
「能力差を埋められたのは、誇りに思っていいですよねー」
 銀メダル間下。 惜しむらくは警戒心(特抵)を上昇させる装備をつけたままだった事である。 なおミハイルも同じミスをしていたため、装備さえ外していれば間下にも優勝の芽があった。
「技能賞ってところですか……警戒心を捨てるあらゆる努力をしたのに、加速を緩めてしまったのは無念です」
 銅メダルの仁良井。 猪突猛進していれば優勝はおろか、20枚も夢ではなかっただろう。

 パワースケートはこれが初の大会。 今後、アウルスポーツとして存続することになれば、表彰台に立つミハイル、間下、仁良井の名は歴史の一頁目を永遠に飾り続けることとなる。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 撃退士・仁良井 叶伊(ja0618)
 Eternal Wing・ミハイル・エッカート(jb0544)
重体: −
面白かった!:7人

歴戦勇士・
龍崎海(ja0565)

大学部9年1組 男 アストラルヴァンガード
撃退士・
仁良井 叶伊(ja0618)

大学部4年5組 男 ルインズブレイド
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
非凡な凡人・
間下 慈(jb2391)

大学部3年7組 男 インフィルトレイター
きのこ憑き・
橘 樹(jb3833)

卒業 男 陰陽師
戦場の紅鬼・
鬼塚 刀夜(jc2355)

卒業 女 阿修羅