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ついに開幕を迎えたKOB!
記念すべき最初の競技者は、眼鏡系不憫男子の浪風 悠人(
ja3452)。
「こういうのって、最初に出てきた選手は勝てないって相場が決まっているよね!?」
さっそく順番が不憫である。
『いやいや、浪風君はNBDのチャンプだからね』
『第一選手に相応しいんだな』
「実況はその面子ですか!」
元関取の学園教師クレヨーと、アウルボクサーの伊達男ホセ。
アウル格闘大会で慣れた二人が実況席である。
時間を告げるブザーが陸上競技場に響き渡った。
「やるしかないさ」
腰に決意の黒龍布槍を巻く。
同じルインズで、浪風以上に熟練した選手が二人も出場していることは知っている。
だからといって、どうにかできるわけでもない。
今できることは、今まで積み上げてきたものを出す事だけだ。
浪風は、競技サークルの左後ろの位置に立つとスイングを開始した。
最初から鋭い振り!
回転しつつ、右斜め前方に移動していく。
『ほう、本格的だね』
解説陣が感嘆したのは浪風のフォームだ。
Vハンマー投げ初の競技会。 まだ確立された理があるわけでもない。
それでも理を感じるフォームになっている。
ハンマーは斜め45度上を向いている。
上半身を後ろに反る様に体重を掛けて回転を続ける。
ハンマーが上がれば膝を折り、下がれば膝を伸ばすという重心移動を加える事でハンマーに更に加速を与えていく
それが極限を迎え、正面を向いた瞬間。 踏み切ってハンドルを解放した!
地球軌道から脱出せんばかりの勢いで放たれるハンマー!
見送りつつ浪風は、己が念を叫ぶ!
「眼鏡舐めんなァァァァ!」
理と念により生まれた記録!
「206.5m!」
競技場全体がどよめく。
「ニョロ子の努力はなんだったにょろ!?」
観客席のニョロ子、青ざめる。 自分や椿の倍以上の成績である。
「あれは始球式みたいなものだったから仕方がないのだわ」
「地獄の特訓を軽く流されたにょろ!?」
二投目、浪風は腰に携えた武器をツヴァイハンダーFEに変えた。
いわゆる微調整というやつである。
「不憫でも勝ちてェェェ!!」
魂の叫びも変える!
狩人の執念は黒龍をも貫いた!
「213.3m!」
競技場全体にさらなるどよめき。
だが眼鏡のレンズは、競技場奥に警戒の光を放っている。
「上出来ではあるが、彼らに勝てるのか」
そこにはとんでもない怪物たちが控えていた。
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二番手はSpica=Virgia=Azlight(
ja8786)。
雑念排除のため他人の記録はわざと見なかった。
出場者の中に幾人か怪物がいることは知っている。 総合力では、対抗できない。
「特化には、特化の強みが……」
重視すべき要素が数点あると言っても、それぞれの比重が同じとは限らない。
一点集中で調整すれば、チャンスはあるとスピカは考えた。
物理攻撃力! いわば腕力!
普段から火力重視のスピカ、最も自信のある部分に山を張った。
『スピカちゃんって、脳筋なんだな』
『外見は可憐なのにね』
実況のおっさんたちに言われ放題だが、これも聞いていない。
雑音排除のため耳栓をしているのである。
見ざる聞かざるは、元競技における大選手もとった作戦。
競技前に他人のフォームや記録を見て影響を受けてしまい。 自分のそれを崩すことを避ける効果があるのである。
競技サークルに入ると、スピカは審判に何かを告げた。
すると競技場の電光掲示板から、二投目用の表示枠が消える。
『おお、背水の陣とは』
一投にすべてを注ぐことにより、集中力をさらに高める作戦!
可憐な外見とは裏腹に男気ある選択の連発!
そんなスピカ、唯一無二の投擲に入る!
腕力を頼りに遠心力で勢いを増して回転。
投げる!
浪風ほど理に裏打ちされてはいないが、気力では負けない。
物静かで普段は控えている叫びを競技場の空に爆発させる!
「あああぁぁぁぁぁ!」
その戦意に応えるかのように飛ぶハンマー。
記録は?
「163.3m」
浪風には及ばず!
「山一つでは動かず……」
嘆息するスピカ。
腕力では勝っていたし、重要であるのは間違いない。
だが、それだけでは勝てない競技だったようだ。
重要4項目すべてを看破したものに勝機は訪れる!
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「気合でやるか」
逢見仙也(
jc1616)は遠い目で競技場の空を見上げた
やることはやった。
出場者中、逢見は学園入学が最も遅い。
そのハンデ補うため、山籠もりで修行を積んだのだ。
足場の悪いところで回転し、動きの精度やバランス感覚を養った。
逆立ち歩きで腕の筋力を鍛えた
飲み物もプロテインにして体を作った。
無謀だったのは、目隠ししての綱渡り。 人気のない山の中ではさすがに死にかけた。
「あれはやりすぎた」
リジェネレーションがなければ、山中で動けなくって死んでいたかもしれない。
やりすぎは禁物である。
「浪風さんのもスピカさんのも参考になりそうだな」
前二人の競技を参考に、逢見は本番前最後の練習に勤しんだ。
『この辺りはスピカちゃんと正反対なんだな』
『短時間で自分のものにできるか、付け焼刃となってしまうか、賭けだね』
実況にもそう評される。
元々、特訓自体が付け焼刃であることは自覚している。
付け焼刃に付け焼刃を継ぎ足す。 このくらいしないと怪物たちの喉元に刃は届かないのだ。
競技開始。
スピカとは異なり二投目を放棄しない。
いや、事実上は放棄していると言ってよい。
一投目は浪風やスピカのフォームを自分に取り込むための練習なのだ。
ターゲットは、浪風の屈伸による加速と、スピカの遠心力。
一投目、なるべく回転数を稼ぐために握力で耐える。
勢いが乗り切ってからハンドルを離す。
空に向かって叫ぶ。
「授業忘れてたああっ」
……ハンマーが扇の外側に落ちた。 ファールだ。
『忘れていた、というのが間違っていたんだな。 そういう時は依頼事由の欠席届を出すのが手続上、正しいんだな』
『クレヨー先生、そういう問題かね?』
二投目、これがラストチャンス。
一投目の失敗を肥やしに、もう一度回転を始める。
それが三回転半した時、
「くっ!」
……右膝がブレた。 自分のイメージと実際の体の動きに誤差が生じ始めたのだ。
モデルにした二人とは、身体条件が違う。
是正をするのに、短期間ではどうしようもなかったのだ。
それでもなんとか持ち直し、勢いが乗ったところでハンドルを離す。
「科学室の連中、的確にお気に入りだけ砕きおって! 人の命に関わる仕事道具で実験して遊ぶなああああああああああああああああ 」
言いたいことを叫び終える前にハンマーが落ちてしまった。
飛距離はファール時より短い、だが扇の内側に入った。
「154.6m!」
スピカに及ばず。
他人の影響を遮断し、自分のフォームを維持するスピカ戦術の方が短期決戦では正しかったようだ。
『他者の長所を取り込むやり方も、長期に渡る選手生活なら活かせたと思うんだがね』
『さすがに、練習期間が短すぎたんだな』
逢見、無念。
だが、強大な敵に工夫でと挑戦心で立ち向かったその魂に観客は盛大な拍手を送った。
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グランドに姿を現したラファル A ユーティライネン(
jb4620)に観客も実況席も目を疑った。
ジャンボだ。
「技術屋の野郎どもめぇ……長距離砲撃型装備だと! ハレの舞台にこんな格好で出しやがってー」
ラファルは体の大部分が義体というメカ撃退士である。 とはいえ普段は普通の少女と大差のない容姿をしている。
しかし今は、戦艦の砲塔の如き巨体を以てサークルへ進行している。
キュイーンガシャズガァァな足音だ。
『さすがにこれはどうなんだろーね、クレヨー先生』
『義体撃退士が競技用に体を作るとすると、当然こうなるんだな』
『そういう意味の作るなのか!?』
顔からしてカリカリしているラファルだが、不機嫌な時の方が力を出せるタイプでもある。
その辺りを考慮して技術屋たちも調整したのかもしれない。
「腹立たしいが技術屋たちが日夜奮闘して頑張ってくれたからな、他の傷病撃退士のためにもいい色のメダルはいただいていくぜ」
今回、ラファルは以下の4つに能力を絞った。
まずはスピカも特化してきた腕力(物攻)。
並んで背筋力(物受)。
動作の正確性(物命)。
バランス感覚(物回)。
『ふむ、大体は合っているんだな』
クレヨーが頷く中、ラファルの競技開始!
「行くぜ、超電磁方式ハンマー投射あぁぁあ」
叫びつつ巨大な砲身からハンマーを電磁加速で投射する!
一発しか打てない高出力兵器! 二投目は放棄した背水の陣!
「いっけぇぇぇ!」
扇の要に向かって飛ぶハンマー。
飛ぶ! 飛ぶ! 飛ぶ!
『う〜ん、優等生的な飛び方なんだな』
『なにか力強さに欠けるね』
実況席の言う通り弾道は正確なものの、その分なにかを喰われているような飛びだった。
記録は?
「195.3m」
浪風に及ばない!
「くそ! ……けど、この体じゃあしょうがねえ」
巨体ゆえにサークルから出てしまうファールを避けるため、正確な動作への注力を強いられてしまった。
狙いを絞った4つのうち3つは当たっていた。 だが、最後のひとつは、どうやら正確性(物命)ではなかったようだ。
すべてを看破するものは現れるのか?
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TOPを死守し続ける浪風。 その彼が警戒し続けた怪物のひとりがついに姿を現す!
「盛り上がっているようね! けど、さいきょーのあたいがいるから結果はミエミエよ!」
久遠ヶ原学園さいきょー娘・雪室 チルル(
ja0220)!
おバカキャラだが、それゆえに己のさいきょーを疑うことがない。
『チルル君はハンマー投げの経験があるのかな?』
解説席からインタビューされるとチルルは真顔で答えた。
「ないわ! けどルールブックは読んだわ! ナナフシとかいう首が太いヤツのビデオも見たわ!」
『ナナフシは首が細い虫なんだな、たぶんなにかと間違っているんだな』
「あとハンマー投げに必要な筋肉とか運動とかも調べて鍛えておいたの、武器も先端部分をやたらめったら重くして振りまくったのよ! 今のあたいはジュウナナフシ……ううん」
チルルは信念の籠った顔で空を見上げ、大きく右掌の五指を広げた。
『ゴジュウナナフシくらいのレベルに達しているわ!」
実況席が素の顔で頷く。
『自信は感じるね』
『間違ったまま進化させてるんだな』
一投目、フォームはインタビュー通りに首が太いっぽいアレ!
練習を徹底! フォームを体が覚えている!
チルルの手から放たれ、蒼空を裂いて飛ぶハンマー。
その時、チルルは肝心なことを忘れていた事に気づいた。
(あれ、ここでなんか叫ぶのよね……なんだっけ?)
得意技の封砲と同じ叫びをあげるつもりだったのだが、なぜか思い出せない。
ふと観客席に椿の顔が見えた。
(そういえば椿のとこの依頼だとツッコミでしか封砲を撃ってなかったわよね。 天才のあたいが忘れるなんてそのせいよ! う〜んでも、叫ばないとかっこわるいわ。 なんかかっこいいこと……さいきょーぽいこと)
強そうな技の名前を思いついて叫ぶ。
「チルリオンハンマァァァァ!」
だが叫び始めた時、ハンマーはとっくに地面に落ちていた。
その落下地点は?
「206.2cm」
どよめきが会場を包む。 浪風に肉薄した記録!
「叫びなしでアレか!?」
浪風、驚愕。
二投目で叫ばれたら、完全に抜かされてしまう!
「叫びってやっぱり大事だったんだ……」
「俺の叫びは長すぎた、しくじったな」
スピカや逢見の言う通り、大事なのである。
チルル二投目。
今度は、己の信念を叫びに託す!
「あたいさいきょおおおおおおおおおおおおおお!」
その結果、記録は驚愕の!
「228.0cm」
圧倒的数字に会場が湧く。
「やっぱこうなるよなあ」
嘆息する浪風。 首位が入れ替わった。
果たして最後の怪物は、この大記録をも塗り替えるのか?
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ルインズ最後の怪物が、競技場に姿を現した!
「キュゥ♪ 」
ロボットダンスを踊りながら、サークルに入っていく。
『確かに怪物……怪獣というか、海獣だね』
怪物はラッコの着ぐるみを着ていた。
持っているホワイトボードには『シズラッコ、ハンマー投げの大地に立つ!』と書かれている。
鳳 静矢(
ja3856)、ルインズを極めたとされる超一流撃退士だ。
「キュウ♪」
鳳はそのままの格好でサークルに入った。
『ふざけているようだが理には適っている。 ラッコは石で貝を割る、いわば天性のハンマー使いだからね』
尤もだと頷くホセ。
『ラッコはハンマーを投げたりしないんだな』
クレヨーがツッコんだその瞬間、鳳が投げた!
実況席はフォームを見逃した。
見えるのは、鋼の虹を描くハンマーの軌跡!
その記録!
「190.6cm」
「ゆるキャラに負けるとは」
頭を抱える逢見。
「ふざけているように見えるけど中身はあの人だもの……」
スピカの見るところ、今のフォームはハンマー投げを理解していた。
サークルの外に置いたホワイトボードには『腕力、背筋力、バランス感覚が大事!』と書かれている。
この3つはラファルと同じ見解だ。
「俺と同程度には競技の要を抑えているな」
ただし着ぐるみを着てのスポーツは完全ではありえない。 自分をリラックスさせる効果があるとはいえ、高性能+ガチの浪風やチルルには及ばない。
争点となるのはラファルとの銅メダル争いだ。
ラファルも高性能だが、鳳はさらに上である。
能力をより引き出す二投目をされると、ラファルは三位の座を失う!
鳳が投擲動作に入った!
腕と背筋に力を籠め、投擲の瞬間正面に体が向くよう回転動作を行う。
肩と全身のバネを活かして投げる!
空の海原に向かってラッコは咆えた!
「キュゥゥゥゥゥ!」
その距離は!
「206.1cm!」
「まけたー!」
肩を落とすラファル。
「あ、危なかった!」
胸を抑える浪風。
ラッコハンマーは、彼の足元をもかすめたのだ!
「完全にガチられていたら、あたいといい勝負だったわね」
チルルも冷や汗を流している。
当のラッコは勝者を讃えるダンスを踊っていた
『順位はついても挑戦する人は皆、勝者!』
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表彰式。
228.0mを出したチルル。 黄金のメダルで飾ったナイチチを自慢げに張る。
「あたいが出たら勝っちゃうのは当然よね!」
銀メダリスト浪風が尋ねた。
「最後の重要項目はなんだったんですか?」
腕力(物攻)、背筋力(物受)バランス&肩(物回)と並ぶ第4項目は判明していない。
『基礎体力(生命)だよ。 こういう特殊な動きを強いる競技は練習命! 体力なくば練習量も減ってしまう』
「キュウ(着ぐるみをきての練習は辛かったよぉ!)」
銅メダリスト鳳がなく。
着ぐるみなしでは感覚が変わってしまうので、練習中もこの格好だったようだ。
ニョロ子も、重要4項目だけは椿を上回っていた。 勝利への鍵はあったのである。
まだ第一種目。
撃退王を巡る死闘は、始まったばかりだ!