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とある山奥を通る県道。
山林沿いの路肩に停められたワゴンの元に、銀髪の天使が舞い降りてきた。
ワゴンの後部座席に乗り込み、仲間たちに報告をする。
「いました、さっき見えた山小屋前の草むらです、何をするでもなく、じっとしていました」
イリン・フーダット(
jb2959)、とある事情により人間に与するようになった元天使である。
「あのー、強そうでしたでしょうか?」
青髪の小柄な少女・ブランシュ・リゴー(
jb9976)が預かったライブカメラを調整しながら、不安そうに尋ねた。
「弱そうでした」
イリンの返答に、全員が小さく溜息をついた。
「強そうに演出するのには、骨が折れそうだな」
維新の剣客を思わせる青年・鳳 静矢(
ja3856)がそんな懸念をする。
「ボクなんか、こんなものまで用意してきたからね、カンペキだよ」
ギャル男系美少年の藤井 雪彦(
jb4731)が取り出して見せたのは、ケチャップを入れた袋だった。
これで血を演出するつもりらしい
「え、えっと、嘘はいけないような……あ、ごめんなさい。なんでもないです。 撮影役、頑張ります!」
ブランシュが慌てて前言撤回したが、参加した全員同じ心情なのである。
これから繰り広げる嘘芝居のバカバカしさに、うんざりしつつも、ダメな爺さんを放っておけないお人よしたちだ。
「まさに年寄りの冷や水だな、だが正式に依頼され正式に受けたのだから全力で成し遂げるだけだ」
唯一、ハッキリと愚痴を言うのは、金髪少女のアイリス・レイバルド(
jb1510)だが、数ある任務の中からこれを請け負った時点で、お人よしなのは間違いない。
「ところで、ご本人はまだなのでしょうか?」
「近くまで来ていると、今、光太郎さんから連絡があったよ」
イリンの問いかけに静矢が答えた時、後ろでブレーキ音がした。
白い乗用車から、二人の男が降りてくる。
片方は、紺の着流しに模造刀を携えた八十過ぎの老人・末蔵。
もう片方は――全く同じ姿をした老人・末蔵だった。
「見事な変装術だな、全く見分けがつか――なくもないが」
助手席から降りてきた方の末蔵は、瞳孔を見開いたまま天を仰ぎ、全身をブルブル震わせているのである。
明らかに緊張しすぎだった。
「やれやれ、苦労して衣装合わせまでしたのにこれじゃあなあ」
緊張していない方の末蔵、スタントマンこと嶺 光太郎(
jb8405)は、面倒くさげに頭をかいた。
古着屋に行って、末蔵のものと全く同じ着流しを買い、細かいところからボロが出ないよう、破れ目や汚れまで完全に合わせたのだが、本物の末蔵がテンパりすぎているのである。
「す、すまん、物の怪と戦うなど、初めてなのじゃ」
「安心せよ、危険ではあるが何とか護りぬいてみよう」
静矢が頼もしげな顔で頷いて見せる。
「ほら、力を抜いて、お孫さんにいいとこ見せたいんだよね? 気持ちはわからなくもないけどぉ〜、もし何かがあったら、そのお孫さんも悲しませちゃうんだよ? そんな風にはさせらんない……絶対にさせないからさ」
見た目ギャル男な雪彦であるが、非常に家族思いな一面もある。
静矢と雪彦のお蔭で、どうにか末蔵は緊張を解きほぐした様子だ。
イリンの先導で、若き撃退士たちと、『伝説の撃退士』末蔵は、サーバント討伐への路を歩み始めた。
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山小屋の前に着き、ブランシュがカメラを作動させると同時に静矢が言った。
「これからいよいよあのサーバントの討伐か、気を引き締めていかなければいけないな、まぁ、今回は末蔵さんが居るから大丈夫だろう」
レンズを末蔵の方に向けつつ、ブランシュも、
「まさか、あの伝説の撃退士の末蔵さんと、一緒に戦えるなんて……」
用意しておいた台詞だが、興奮し、震える声を意識して出した。
そのまま草むらを歩いて進むと、子牛ほども大きさのあるカマドウマをカメラが捉えた。
「いました、あれが数百人の撃退士を殲滅した怪物、マ・カドゥーです!」
名無しサーバントだと弱そうなので、皆で『カマドウマ』を適当にもじって命名しただけなのだが、それなりにオサレで強そうな響きになった。
「宜しくお願いします、末蔵さん」
静矢の頼みに、末蔵がうなずくより早く、アイリスが突進を開始した。
「伝説の撃退士だというが知ったことではない。今はただのロートルだ」
憎まれ口を叩くアイリス。
よくあるかませPRを実行中である。
マ・カドゥーの二mほど手前、そこに見えない障壁が出現した!
アイリスは、それに吹っ飛ばされた――かのように見えるよう自分で後ろに倒れた。
「馬鹿な……」
震える手で土を握りしめ、さらに血糊を垂らす事でダメージを表現する。
「あわわ……こりゃいかん」
アイリスの小芝居に本気でビビったのか、末蔵がまた震え出した。
それをカメラから隠すため、雪彦がさりげなく、末蔵さんの前に入り込んだ。
「フッ、末蔵さんが出るまでもない……こう見えて学園、最高の陰陽師であるこのボクが引導を渡してくれるわぁぁぁ!!」
雪彦が、マ・カドゥーに突撃した!
やはり、見えない壁のようなものに跳ね飛ばされる雪彦。
「ヘモロゲッ!!」
斬新かつ、イケメンにあるまじき悲鳴をあげ、きりもみしながら吹っ飛ばされる。
「クッまさか…このボクが何もできないだとぉ……ゴフゥ」
あらかじめ用意しておいた袋入りケチャップで吐血を演出する。
「……末蔵さん…すまない…敵を…頼む…やべぇ目が…霞んできやがった」
仰向けに倒れ、光を掴まんとするかのように掌を伸ばす雪彦。
「………今日、帰ったら…あの子にプロポーズを……」
かくりと、首が地面に落ち、雪彦は目を閉じた。
享年十七歳――死亡フラグも忘れない、繊細な気配りの出来る少年だった。
「アイリスさぁんッ! 雪彦さぁんっ!」
カメラを持っているブランシュが声で悲しみを表現する。
その時、末蔵が刀を抜いた!
達人の所作で、抜刀!
地面に叩き付けるかのように鋭く刀を振り抜く!
刃の影が大地を走りながら地面に隆起する。
刃は一瞬にして、マ・カドゥーの身を切り裂いた。
「こ、これが伝説に聞く、末蔵さんの奥義・十刃強襲翼!」
驚いた声を出すブランシュだが、当然、末蔵の奥義でも何でもない。
刀を振り抜いた末蔵は、光太郎の変装なのである。
老人の細腕で、重い模造刀を振り抜かせては、怪我をさせかねない。
そこでスタントマンを使い、かっこよく刀を振り抜く演出を可能にしたのである。
さらに、地面から刃が出たのは、すでに死亡扱いで画面からフェードアウトしているアイリスのスキル、影の従者【十刃強襲翼】を利用したものである。
演出重視のあまり、威力は最低限に落ちてしまったのだが――。
「カメラ止めて! 死にかけています!」
上空にいたイリンが携帯メールで皆に合図を送った。
マ・カドゥーは腹を天に向け、長すぎる六本の脚をヒクヒクさせていた。
ブランシュが慌ててカメラを切り、皆で集まって緊急会議を行う。
「思っていた以上の弱さだな」
「これで終わりにしていいんじゃないか?」
「それはまずいですよ、今の流れでは『末蔵さんが強い』と受け止める人より、『雪彦さんと、アイリスさんがカマセすぎた』と決めつける人の方が多いと思います」
「敵を回復させて仕切りなおしましょう、あまり気はすすみませんが仕方ないです」
ブランシュは、瀕死のマ・カドゥーにライトヒールを二度かけた。
単純な肉体構造ゆえか、すぐに元気になって立ち上がるマ・カドゥー。
そこから再びカメラを廻し始める。
「末蔵さんの奥義を受けてなお、一瞬で復活するとは、何たる生命力! 奴は不死身なのか!」
恐れ慄いた声をあげる静矢。
「恐怖の余り、私もカメラを落としてしまいました。 放送が中断した事をお詫びいたします」
ブランシュが局アナっぽい心配りを見せる。
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マ・カドゥーが反撃してきた。
後ろの四本の脚で大地を蹴り、明らかに一番弱い敵――本物の末蔵に向かって跳躍してくる。
反応すら出来ぬまま、弾丸のような頭突きを胸に受ける末蔵。
だが、痛みはなかった。
代わりに胸を抑え、自己回復しているのは。末蔵の頭上に入るイリン。
庇護の翼。
仲間のダメージを肩代わりするスキルである。
そのお蔭で、敵の攻撃にも身じろぎ一つしない屈強の戦士のような演出を末蔵に施す事が出来た。
「どうやら敵は此方のリーダー格を集中的に狙うつもりらしいな……だが、末蔵さんなら安心だ」
そう言いつつ、静矢はマ・カドゥーに愛刀・白皇で斬りかかった。
「くっ、やはり硬い! 」
普通に切ったら、スパッと切れて終わってしまうので、寸止めに近い手加減をしている。
マ・カドゥーはあくまで末蔵狙いで、飛びかかってくる!
静矢は敵の攻撃に合わせ、その射線を塞ぐと、後ろに跳び、敵の攻撃で吹き飛ばされたかのように見せかける
「ぐっ、すさまじいパワーだな! やはり末蔵さん以外では傷つける事も出来ないか!」
おだてられたり、攻撃を受けても痛みすらなかったりで、末蔵もその気になり出した。
マ・カドゥーを指で差し、変なポーズをとった。
「物の怪よ! 伝説の撃退士・末蔵の力をとくとみよ! キェェイ!」
気勢をあげたところで、何かが出るではない。
末蔵の変なポーズだけを、カメラは捉えている。
何だか、気まずい雰囲気が漂い出したので、イリンが気を利かせて自らの得物であるラジエルの書を開いた。
末蔵の気勢が生み出した、力ある頁の刃!
それがマ・カドゥーを切り裂いた!――ように見せかけた。
そしてまた、マ・カドゥーが死にかけた。
「いやぁー!」
悲鳴をあげるブランシュ。
『カメラ止めま−す』の合図である。
「う〜ん、確かに、今のはフィニッシュとしては不自然すぎたね。 アイリスさんが考えた派手なヤツの後、光太郎くんの演出で決めるのがベストだと思うね」
ドラマ上、画面に出るわけにいかない雪彦は完全に演出監督に回っている。
「いかん、これは放っておいたら死んでしまうな、ブランシュさん早めに回復頼むぞ」
「こんなに何度も、敵にライトヒールを使う機会が来るとは思いませんでした」
静矢とブランシュは、すでにマ・カドゥーの看護役と化している。
「その演出だと爺さん本人には難しいな」
「うむ、光太郎に任せる、ポーズは最初、こんな感じで、その次に――」
フィニッシュの演出を打ち合わせている光太郎とアイリス。
緊張感や熱気はあるのだが、本物の天魔と戦っている時に、何かが間違っている気がする。
やがて、マ・カドゥーの回復が終り、放送が再開された。
敵も、目を真っ赤にして本気モードである。
触覚を光らせ、末蔵めがけエネルギーの矢を放たんとしている。
「少しまずいかな」
雪彦がカメラの後ろから、風妖精の嫉妬を放った。
本来、風で敵を切り刻む技だが、倒してしまうと面倒が発生するので、狙いを逸らす目的で砂埃をあげる。
だが、マ・カドゥーは本能で弱者の位置がわかるらしい。
矢は本物の末蔵めがけ正確に放たれてしまった。
静矢がバランスを崩したように見せて 末蔵を軽く突き飛ばす形で押しのけ射線から退避させた。
「ああ!……末蔵さん、邪魔をしてしまいすみません」
謝る静矢の肩に、エネルギー矢が突き刺さった。
「ぐっ!」
肩から血を滲ませる静矢。
「静矢さん! ああ、でももうライトヒールが!」
回復係だったブランシュのライトヒールは、マ・カドゥーへの治療で使い果たされていた。
「なら私が!」
アイリスがライトヒールを活性化させようとしたが、静矢は痛みを堪えつつ、微笑んだ。
「これしきどうという事もない、それより、ご老人の晴れ舞台を華やかに飾ってやってくれ」
アイリスはうなずくと、黒の障壁を偽末蔵である光太郎に纏わせた。
これは本来、防御に使う技であるが、今回は黒いオーラが立ち上るが如く演出に使っている。
「心清き若者を傷つけおって! 許さんぞ、物の怪め!」
末蔵のアテレコに合わせ、光太郎が口パクをしている。
光太郎が刀を天に掲げると、そこから無数の彗星が降り注ぎだした。
降り注ぐ彗星は雨霰の如くマ・カドゥーを殴りつける。
本来、これでもトドメになりうるのだが、光太郎が最後の演出を付け加えた。
刀を振りざま、火遁・火蛇を使用し、まるで刀から炎の蛇の形をとった気勢が放たれ、相手を喰らい尽くすかのような演出を決めたのだ。
彗星に打ちのめされ、火蛇に丸呑みにされたマ・カドゥーは跡形すら残らず、完全な消し炭となった。
「これが末蔵さんの伝説の奥義……じかに見たのは初めてだが、聞きしに勝る凄さだ」
律儀にそれだけ言うと、痛みに耐え続けた静矢は、安心して気を失った。
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帰宅した末蔵は、ライブカメラからの生映像を見た家族たちに、称賛と尊敬を以て迎えられた。
「おじいちゃんすごーい! 本物のヒーローだったんだね!」
キラキラした目で自分を見上げる孫の勇を抱き上げる末蔵。
子供の温かさを感じた末蔵の胸に、あるものが去来していた。
その夜、勇が寝入った後、末蔵は遺書を書いた。
今日明日、死のうというのではない。
何年か、十何年後かに、自分は確実に世を去るだろう。
勇が、それを受け入れた頃に読んでもらうために。
『勇くんへ
お久しぶりです、おじいちゃんです。
おじいちゃんが、この手紙を書いている日、勇くんはおじいちゃんの撃退士としての活躍を見て、とても喜び、尊敬をしてくれました。
おじいちゃんはとても嬉しかったです。
けれど、だからこそ、勇くんには、謝らねばなりません。
おじいちゃんは、本当は撃退士ではないのです。
おじいちゃんの周りで、みっともなくやられていた、お兄さんやお姉さんたちこそが本物の撃退士であり、ヒーローだったのです。
撃退士さんたちは、おじいちゃんが勇くんに対して何も誇れるものがないと悩んでいる事を知り、助けてくれたのです。
それまで苦しい修行や、命がけの戦いで築きあげてきた力と誇りを、かなぐり捨ててまで、おじいちゃんの事を勇くんのヒーローにするために頑張ってくれたのです。
その事実をおじいちゃんは、生きている間は勇くんに告げる事は出来ないでしょう。
おじいちゃんは、弱くて卑怯な男です。
けれど、そんなおじいちゃんにもたった一つだけ誇れる事があります。
人生の最後近くになって、あの撃退士さんたちに出会えた事です。
若い頃は、皆、プライドが高いはずなのに、あの人たちはおじいちゃんのためだけに、格好の悪いお芝居をしてくれました。
もし、勇くんが、この情けないおじいちゃんの事を思い出してくれる機会があったら、あの撃退士さんたちの事も思い出してあげて下さい。
そして、彼らのような大きな優しさ、強さ、思いやりを持った人間に、勇くんにもなって欲しいのです。
それだけが、おじいちゃんの願いです』