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マスター:スタジオI
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
形態:
参加人数:8人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2016/10/22


みんなの思い出



オープニング


 NBD(ネットブレイクデスマッチ)大会終了より2か月。 アウル格闘技協会本部には新たなリングが設営されていた。
 ネットで四方と天井を囲われ、地面は土で出来たリングだ。
「NBDのリングと変わりないようにみえるけど?」
 四ノ宮 椿(jz0294)は、そのリングを見学させられていた。
「その美しい瞳で僕とリングをよーく見つめておくれ、入り口が4つに増えているだろ?」
 メキシコ人ボクサーの伊達男、ホセ。
 この協会の共同代表のひとりだ。
 NBD大会で使用したリングは東西に入口があるのみだった。 このリングにはそれに加え、北と南にも入口がある。
「一片は8m、以前の6.5mより広げてあるんだな」
 協会共同代表、クレヨーが説明を加える。
 ホセが自慢げに宣言した。
「ネットブレイクタッグマッチ。 略してNBT用のリングさ!」
 タッグマッチはNBDの時にも一度行った、その時よりタッグオンリー大会の話は持ち上がっていたのだ。
「タッグではあるが形式が異なる。 M&S形式という新方式をとる」
 M&S方式とはメインファイター1名と、サポートファイター1名を以て成るタッグチームで行う試合方式である。
 メインファイター(MF)は常にリング内にいる状態で戦う。
 サポートファイター(SF)は、普段はリング外。 北か南の入口付近で待機している。
 そして好きな時に乱入する。 自軍メインファイターがピンチになった時、そして相手にトドメを刺せそうな時に乱入して、必殺のツープラトンフィニッシュブロー(TFB)を決める事もできる。
 むろん、敵軍SFのそれらを阻害することも可能だ。
「ただしSFが乱入可能なのは一人二回、一回につき十秒間限りなんだな。 十秒を過ぎると強制退去になるんだな」
「二回の乱入権をどのタイミングで使うかが肝心な訳ね」
 頷いた椿に、ホセがルール表を渡してきた。 
 それに目を通す。
「ふむふむ、NBDと大体は同じなのね」
「そうだね、ただ今までのセオリーが通用しなくなる部分が少々でてきた」
「例えば?」
「前回大会のVTRを繰り返し研究したところ、アウルを籠めて技を繰り出すと無意識に大振りになっていたり、精度に狂いが生ずるなどのケースがある事がわかった。 アウル技は通常技の上位互換という地位ではなくなるだろう」
「それは面白くなる要素かも。 でもこの大会――」

 椿の不安そうな顔をクレヨーが200kgの巨体をかがめて覗きこんできた。
「どうしたんだな?」
「ボッチには辛いのだわ」
 31才独身の椿、孤独の辛さは身に染みてわかっていた。
「私だって友達くらいならいるけど、格闘技までやっているパートナーとなるとそうそう見つからないのだわ」
「それは僕らもわかっているんだな。 アウル格闘技の人口を増やすというのがこの協会の意義なんだな。 格闘技に興味はあるが本格的にリングにあがるのは怖いという人、勝つ自信のない人にはまずSF(サポートファイター)として入って欲しいんだな」
「前回大会も、上位入賞者は通常の格闘技の知識があまりない選手が多かった。 格闘知識が少なくても心配ない。 大事なのは”読み”の鋭さと、隙の少なささ」
「前回の参加者の中にもメインよりもサポートで力を発揮するであろうタイプの選手がいたんだな。 前線型と支援型どちらが上という訳ではない。 それぞれの持ち味を活かして活躍できるよう組んだシステムなんだな」
 主催者たちはM&S方式に自信があるようだ。 だが、椿の方は不安が晴れない。
「でもそういう人は少数派なのだわ、サポートを呼ばないと参加出来ないのでは、新規参加者どころか、今まで出てくれた選手さえ二の足を踏むのだわ」
 にやりと微笑むホセ。
「だろうね、そこでだ。 サポートファイター専門の協会所属選手を用意した」
「専門?」

「おーい、入ってきてくれ」
 クレヨーが手招きをすると、二つの巨体が姿を現した。
 どちらにも見覚えがある。
「げえ! サスカッチマン!」
 椿がのけぞったのは、雪男マスクの大男に対してだ。
 サスカッチマン。 身長186cm 体重136kg。
 掌で握る事により相手の関節を凍らせ、自由を奪ってからバスター技、関節技でその凍らせた箇所を砕くという恐るべき戦術をもつ男。
 だが余人が恐れるのはその彼がガチホモ、しかも男の股間の臭いをくんかくんかすることを至高とする変態だということである。
「“げえ!“とはご挨拶だな、メスが」
「メスって」
 こういう男である。 ただし実力は折り紙つき。
 そのサスカッチマンの隣には筋骨隆々の腕を組んだまま、むすっとした顔で仁王立ちしている世紀末覇王のような顔がある。
「美甘ちゃん、おひさしぶり」
 椿の方から話しかけると、彼女は天井近くにある頭から轟然と挨拶を返してくれた。
「久しいな、壮健そうでなによりだ」
「は、はは……大きくなったのだわね」
 笑いをひきつらせる椿。
 小暮美甘。 恩師であるクレヨー娘なので椿は小さい頃から知っている。
 9歳、いわゆる幼女である。 だが、まったく可愛くない。
 身長は187cmとサスカッチマンを超している、体重も身長と同数字程度はありそうだ。
 第二次成長期が始まっていてもおかしくない年頃だが胸は分厚い筋骨の鎧が覆ってしまい発達具合がわからない。
 四肢は神木のごとく頑強長大。
 幼女要素はおさげにした髪型と、体操服の胸につけた『5年1組 こぐれ みかん』というゼッケンのみ。
 相撲のために鍛えに鍛えあげた挙句、世紀末覇王な外見になってしまったのだ。
 当然、彼女に匹敵する幼女力士は存在せず、二年前には“アウル相撲大会 美甘杯”という大会を開いて上級生の撃退士とも取組をした。
 だが、そこでも負ける事はなく未だ無敵を誇っている。
「つまり、サポートなしで入ってもサスカッチマンか美甘ちゃんを選んでパートナーに出来るということなのだわ?」
「そう、この二人はメインファイターが指示をだしてくれればその通りに動く」
「いい男を紹介してくれると約束してもらったからな、ガハハッ」
 下品な笑いをあげるサスカッチマン。
「相撲以外の土俵にあがることはないと思っていたが父上の頼みとあらばな。 我は大砲とも石垣ともなろう」
 威厳に満ちた目で点を見上げる巨大幼女、美甘。
「濃ゆすぎるパートナーなのだわ」
 椿、どんびきである。
 そんな事には構わずホセとクレヨーが二人の専用SFのスペックを紹介する。
「サスカッチマンはプロレススタイル。 掴み技、組み技、寝技が得意。 相手を組み止めてしまえば本領を発揮する。 弱点は少し乱入速度が遅いこと。 味方がピンチになってから救援に向かうまで少し時間がかかる。 アカレコAのLv30未満のスキルは全て使用可だ」
「美甘は相撲スタイルだから突き、押し、投げの他、小手投げやサバ折りなんかの立ち関節も得意なんだな。 スタートダッシュは五輪短距離メダリスト以上と言われる力士の立ち合いを使うから乱入速度は誰より速いんだな。 弱点は足の裏以外が地面につけられたときに戦意を失ってしまう事。 十八番の封砲入り諸手突きの他、ルインズのLv30未満のスキルが全て使用可なんだな」
 スペック的には前回大会上位者たちをも上回る二人。 使いこなせれば無類の力を発揮するだろう。
 彼らに対抗できるパートナーを必要とするならば、自らの信頼する仲間を以てSFとするしかない。
 新方式で行われるNBT大会初戦、果たしていかなる闘いを見せる事になるのか?


リプレイ本文


 二万の観客が詰めかけた地方球場。
 青の入場口から雪男が入場してくる。
 SFのサスカッチマンだ。
 その肩に乗っているのが、前大会で狼闘王となったMF遠石 一千風(jb3845)。
「ちっ、女のケツなんぞ乗せたくなかった」
「変態言動は試合中慎めよ、ただじゃおかないぞ」
「慎むよ、彼氏もヒステリーを起こすからな」
「彼氏いたのか、しかもヒステリー持ち!?」
 どうでもいい雪男情報を入手してしまった一千風。
 狼マスクのレスラー、フェンリルとして新リングに立つ。

「うぬはでかいな、でかすぎではないか?」
「187cmの幼女に言われたくねえよ」
 対する赤の入場口からはジョン・ドゥ(jb9083)と、そのSFの美甘だ。
 ジョンは初出場。
だが、226cmの超長身! アドバンテージは巨大だ。

『ジョン君は、ライオンに変身出来るんだな』
『ほう、獅子と狼が檻の中で対決するわけか、面白そうだ』
 解説は相変わらずのクレヨーとホセ。
 実験的新要素を取り込んだNBT、その一回戦のゴングが今、打ち鳴らされた。

 試合が始まると、フェンリルにのしかかるプレッシャーは凄まじかった。
 フェンリルも女としては長身だが、それでも50cm近く差がある。
 しかも闇の翼を背に広げて飛び、真上からじりじりと迫ってくる。
 凄まじい圧迫感だ。
「こうするしか!」
 ネット際に追い詰められたフェンリルは、キックを空中のジョンめがけて放った。
 ジョンは待ち構えていたかのようにそれを右手で受け止め、左手でパンチを振り下ろしてくる!
 フェンリルの体が地面に叩きつけられた。
「がはっ!」
「さっそく俺の時間のようだな!」
 ジョンが追撃の打撃を振り下ろす。
 だが、倒れていたフェンリルも素早く跳ね起きた。
 フェンリルは“外殻強化”でジョンの打撃から身を守っていた。
 攻撃が効いていなかったことに驚くジョンの眉間に、鋼鉄と化したフライングニールキックが撃ち込まれた!
「くっ」
 よろめき空中から落ちるジョン。
 フェンリルはジョンの懐に飛び込むと、鳩尾にエルボーをくらわせた。
「ふぐっ!」
「でかい分、弱点も狙いやすい!」
「ぐぉぉ……」
 鋼鉄と化した肘は、激痛の楔となった。
 ジョンの動きが止まる。
「いけるか?」
 フェンリルが声をかけたのは自らのSFに対してだ。
 雪男には、練習させておいた技がある。
「おう!」
 雪男のリングインに併せフェンリルは、足払いを繰り出した。
「!?」
 体勢を崩すジョンの巨体。
 すかさず襲いかかる雪男。
 狙いはジョンの右足だった。
「冬雷のスピニングトゥーホールドだ!」
 “コレダー”を含ませた回転足首固めである。
 決まればジョンから機動力と攻撃力を断てる!
 だが、新リングも甘くはなかった。
「助太刀いたす!」
 渋い幼女の声とともに、雪男の体がネット際まで吹っ飛ばされた。
 ジョンのSFである美甘だ。 得意のぶちかまし! しかも“ウェポンバッシュ”入り!
 続けざまに美甘は、フェンリルに張り手を繰り出した。
「くっ!」
 横っ飛びに飛びのいて躱すフェンリル。
「二年前より強くなっている!」
 子供の成長は早い。 フェンリルがアウル相撲依頼で会った当時よりも、美甘はさらに強大化していた。

 フェンリルが美甘に翻弄されている間、ジョンはその準備を始めていた。
 左拳を握りこみ、力を籠める。
 左腕の筋肉が、内に膨張する力に震撼している。
 いわゆる溜め撃ちの類だ。
 一対一なら隙の出来る技だが、タッグならばその隙をフォローする戦術も可能だった。
「終焉の始まりだ」
 ジョンが紅の巨針と化した左腕を、フェンリルめがけて解き放った!

 美甘の攻撃を回避するため体勢を崩していたフェンリルは、それを躱せない。
 しなやかな腹部をマグマ色の針と化した腕が貫く。
 フェンリルの体が地をこするようにして地面を飛ぶ。
 大きな衝撃を受けたのに倒れない!
 激痛とともに石と化させるのがジョンの“終焉”の本質だった。
 雪男がリング入口にある開閉ボタンを押した。
「世話の焼けるメス!だ」
 これで二度目、最後の乱入権行使である。
「近づくな!」
 リング入口すぐで、雪男の動きがとまった。
 否、止められた。
「進めんだと!?」
 “紅帝権限・『拒触』“
 敵意あるものの接近を防ぐスキルである。
「美甘!」
 ジョンがSFを呼ぶ。 この合図はTFB発動に他ならない。
「応!」
 再びリングに突入してくる世紀末覇王幼女。
「美甘! 張り手だ」
 ジョンが命じると、美甘は“滅光”を帯びた右掌で石化したフェンリル横面を、力の限り張った!
 炸裂音がして、それで終わりだった。
 ジョンが“終焉”で石化させ動きを止めた敵を、美甘が“滅光”を含めた張り手でたたく。 それがジョンタッグのTFBだったのだ。
 フェンリル、脳震盪によるKO。
 ジョンは初参加にして四闘王の一人を仕留める大殊勲を為した。

「相手が作戦上手だったな」
 リングから出て溜息をつく、フェンリル。
 紅帝権限・『拒触』で雪男の侵入を阻害したのが勝敗を決めたと言えよう。
 フェンリルの闘いも高評価。
 スピニングトゥーホールドをかけている雪男を、美甘から護衛していれば勝っていた。
 NBTはSFの使い方が重要な戦略になることを証明した試合だった。


 二回戦。
 先にリングインしたラファル A ユーティライネン(jb4620)が毎度おなじみのマイクパフォーマンスをしている。
「今日は、義体撃退士らしいフィニッシュで決めるからな! 期待してろよ!」
 彼女は全身の八割が義体。 傷病撃退士たちの期待を一身に背負って戦う少女である。

 続いて入場するのは、初参加の歌音 テンペスト(jb5186)。
 だが、リングまでの花道でSFである美甘と何やら揉めていた。
 歌音、なんと女物のパンツを頭にかぶっている!
「破廉恥なものを観客に見せるな!」
「これがないとマスク・ド・テンペストのリングネームが泣くのよ!」
「つきあいきれん!」
 美甘は肩を怒らせ、一人でリングへ歩いていく。
 その背後で、歌音はほくそ笑んでいた。
(クククッ、あたしに尻を見せたのが運の尽きよ)
 なんと歌音、パートナーである美甘に攻撃!
「おかもちバルス!」
 出前が岡持を差し出す動きで召喚獣を呼び出し“ トリックスター”を仕掛けたのである。
「うぬう!」
 ヒリュウに尻を突かれる美甘。
 お下劣マスクのふざけた行為に、場内からブーイングが沸いている。
 だが、当りが浅く堪えていない。 ただ逆鱗に触れただけのようだ。
「これは我と縁を切るいうことか!」
 ただでさえ顔が怖い美甘の怒りに怯えつつも言い返す。
「そうよ! SFなんかいらない! あたしには召喚獣がいるもの!」
 その言葉に、解説席の二人が反応した。
『歌音君、召喚獣はパートナーにはならんよ?』
『選手の能力強化のためにリング外に呼ぶのはOKだけど、リング内に呼んだら武器使用と同じとみて反則負けなんだな』
「マジ?」
 歌音、絶望。
 実は、召喚獣を中心にした戦闘を想定していたのである。
『そうなのか、こちらの手落ちだ。 NBDでその辺りが常態化していたあまりNBTのルールに召喚獣関係は明記しなかったのだよ、申し訳ない』
 悩む解説陣。 パンツマスクでの仲間割れからgdgd状態である。
 すると対戦相手のラファルが意外な提案をした。
「いいぜ召喚獣、今回は使えよ」
「!?」
「初参加の上に、美甘がへそ曲げちまったからそっちだけSFなしだろ? ハンデが開きすぎても客が白ける」
「さっすがラファル様!」
「まあ、お前の顔を見ていると負ける気もしねえからなあ」
 歌音を挑発するラファル。
 さすがはベテラン格闘家、盛り上げにもソツがない。
「ぐぬぬ、なんだかわからないけど、ぐぬぬ」
 歌音が奥歯を噛みしめて闘志を燃やし、ようやく試合が始まった。

 ゴング。
 それと同時に歌音は召喚獣を……投げた!
「おかもちスロー」
 ヒリュウをぶつけて物理ダメージを狙うシンプルな技である。
「当たるかよ!」
 それを彗星と化してかわすラファル。
「アウルオーバーロードVMAX始動! 今の俺にストライクゾーンはない!」
 “ウィンドウォール”を強化したラファルの回避スキル。 
 ヒリュウはネットの目を抜け、向こうへ飛んで行った。
 ラファルはテンペストに接近! 胸元に“掌底”を打ち付けた!
 歌音の体が背後に飛ぶ!
 立ち上がろうとした歌音を追撃!
 魔刃「エッジオブウルトロン」をかけたアックスボンバーを見舞う!
「イチバァーン!」
 ガード無視の大ダメージが歌音の体を貫いた。
 地面に落ちた歌音、早くも痙攣を起こしている。
「か、考えていたのと違う」
 歌音は嬌声をあげて相手の気勢を下げることで、攻撃をしのごうとしていたのである。
 だが、怒涛のラッシュ嬌声をあげる余裕すらない。
「椿ちゃんの斡旋所から出た依頼だったから思い違いするのも無理はねえ、あそこは基本的にしょうもない番組依頼ばかりで、思い通りに面白い事してれば基本的にOKだからな」
 ラファルは、倒れた歌音にニヒルな笑みを向けた。
「この依頼だけは逆なんだ」
「逆?」
「思い通りになんて滅多に出来ねえ! 相手に考えを読まれたらどんな練りこんだプランでもそっくり潰される! 隙を見せたらボコボコにされてKOだ! シビアで血も涙もない殴り合いの世界、それがアウル格闘技なのさ!」
「ひ、酷い……」
 歌音は立ち上がった。
「でも、どMだからまだやる」
 勝ち目がないことはわかっていた。
 リングに関する理解レベルが違いすぎる。
 だが、せめて、
「パワーボムの一発くらいは!」
 ラファル目掛けて突進する歌音。
「大技か、そういうのは相手に隙を作らないと決まらないぜ! メモしとけよ」
 ラファルは、歌音の突進を軽やかにかわした。
 だが瞬間、臀部に激痛!
「でっ!」
 先ほど投げて躱されたヒリュウが、戻ってきたのだ。
 美甘の尻に食らわせたのと同じ技、おかもちバルスである。
「やった! 隙あり!」
 歌音はラファルを担ぎあげた!
「いくわよ、おかもちパワーボ……」
 地面にラファルを叩きつけんとする歌音。
 だが、衝撃に襲われたのは歌音の方だった!
「おっと、お前が担いでいるのは偽物さ!」
歌音の前、右、左、さらには後、上、あらゆる方向にラファルが現れている。
その数六人!
「六神分離合体ゴッドラファル見参!」
 歌音を袋叩きにしつつ、全ラファルが同時に名乗りをあげる。
「そ、そんな」
 “幻影・影分身”の応用技なのはわかるが、どうしようもない。
歌音は防御スキルとして“ホーリーヴェール”を用意していた。
 だが、ラファルはバステよりも圧倒的速度と物量による物理ダメージ戦術をとってきた。
 袋叩きにされ、グロッキーになる歌音。
「やめて、我々は殺し合いをしてるんじゃないんだ!」
 和平交渉をしたが、そんなものがラファルに通じるはずもない。
 非情のFBタイムがやってきた。
「フランケェェェン!」
 全ラファルが声を併せ、エコーのかかった声で雄叫ぶ。
 一人のラファルが歌音の首に両足をかけた
「シュイタイナァァァ!」
 投げ放った!
 パンツマスクをかぶった歌音の顔面が地面に打ちつけられる。
「ぐはっ」
 KOのゴングを聞きながら、一人のラファルが背に翼を広げて天井近くに飛びあがる。
「ゴォォォッドラファルゥゥゥゥ!」
 他のラファルたちもそこをめがけて飛び上がり、空中でスタリッシュにドッキングする。
 派手なエフェクトの後、一人のラファルに戻った。
 颯爽たるKO、勇壮なる勝利。
 新人を導きつつ、圧倒的な力で勝利したその姿に「アニキ!」の歓声がスタンドから湧いた。
 ラファルの試合の中でも今回のはピカイチだろう。
「嗚呼……一度も出番がなかった」
 リング外で待っていたSFの雪男が嘆く。
「まあ初心者用のチュートリアルってやつだ。 本気を出しても大人げないだろう?」
 NBDでは独創的な奇襲を実験することに注力し、勝率に恵まれなかったラファル。
 正攻法に専念すると強い!
 今後、アウル格闘界の台風の目となるのか!?


 三戦目、青の門より桜庭愛(jc1977)が入場してきた。
 黒ロングの髪に、蒼いハイレグ水着、手を振って観客に愛嬌を振りまいている。
 そんな雰囲気に反し、愛の現状は明るいものではない。
『この愛嬌は今回こそ勝つという自信の表れかな?』
 NBD六戦全敗。
 特に掌握編では前準備なしに大技を出す悪癖を突かれ、一矢報いることすらなく惨敗している。
 今日の対戦相手は、その時の相手と同じだ。
 並の格闘家なら、張り詰めた顔になるだろうとホセは言う。
 愛も試合前インタビューでは、
「前大会の雪辱戦というか、再戦という心境です。  今回は勝利して訴えたいことがあります」
 と、決意を語っていた。
『連敗から己を鍛えなおした面もあると思うんだな、それに自信の源が背中からついてきているんだな』
 クレヨーが言っているのは愛のSFとなる選手のことである。
 雪ノ下・正太郎(ja0343)。
 栄えある初代格闘王。 ヒーロー的な戦闘スタイル。 格闘知識に明るく、魂も熱い。
 雪ノ下も無敵というわけではなく、ミスや敗戦もあるのだが”こいつがいれば大丈夫”という信頼感において右に出るものはいない。
 久々にリングに帰ってきた初代王者を圧倒的歓声が出迎えた。

「あちらの…SF…すごすぎ…です」
 対する赤の門から入ってきたSF秋姫・フローズン(jb1390)は気おされ気味。
 アウル格闘技は今回がデビュー戦である。
「……気にするな」
 そのMFは染井 桜花(ja4386)。
 小柄な体を黒のボンテージに包んだ可憐な少女。
 掌握編で愛に完勝した総合格闘家である。
「……愛を倒せば……勝ち」
 桜花が入場すると、雪ノ下に注がれていた声援の何割かが桜花に移った。
 彼女も人気選手である。
 不運もあり勝率こそ伸びていないが、勝ち方が極めて華麗でありそれに魅せられるものが多い。
 アウル格闘技の世界では、勝ち星数と、その内容が人気を決めるのだ。

 ゴングと同時に、愛は愛嬌たっぷりに声をあげた。
「私たちの美少女プロレスを見せてあげるね♪」
 愛はその身に強化スキル“これが私のプロレススタイル”をかけている。
 さらには雪ノ下にかけてもらった“聖なる刻印”。
 バステ対策も万全だ。
 その愛の眼前、桜花の全身には紋様が浮かび始めていた。
「きた!」
 桜花の“心技・獣心一体”
 愛はこれを予想し、対策技を用意していたのである。
 繰り返してきた練習に、自然に体が動く。
「お見通しだよ、桜花ちゃん!」
 愛は前進しつつ両掌を前に差し出した。
 桜花の両頬にあてがい顔を近づける。
 それは、恋人にキスをする前準備のように見えた。
 だが、桜花は愛の恋人ではなかった。
 構えていた拳を容赦なく愛の顎に叩きつけた!
「……絶技・拳断舞踏」
「あぅ!?」
 愛は直撃を受けた。
 “心技・獣心一体”は強化スキルだ、物理攻撃力が大きく増している。
 愛の体が大きく揺らいだ。
 用意した対策技は、対策になっていなかった。
 むしろ、隙だらけの顔面を自ら晒す結果になった。
 桜花はさらに愛が倒れきる前に、ソバットを腹に叩き込んだ。
「ぐほっ」
 嘔吐交じりの声とともに愛の体は南へふっとび、そこで倒れた。

「いかん!」
 北口で控えていた雪ノ下がリングに飛び込んだ!
 序盤はアドバイスをしながら様子を見るつもりだったが、展開が予想を超えている。
 おそらく愛が狙っていた技は、リップロック! 相手に無理やりキスをして精神的打撃を与える技。
 ショープロレス用の技だ。
 真剣勝負で、万全に構えた相手に仕掛けたらこうなるに決まっている。
 なぜこんな暴挙に走ったのか、パートナーとしても理解出来ない。
 そもそも桜花の“心技・獣心一体”は強化技だ。 攻撃中に生じる隙を狙って放つのがカウンター技。 強化技に仕掛ける事が理解しがたかった。
「今はただ!」
 雪ノ下は、身に青龍色のアウルを漲らせた。
 愛の行動理由はどうあれ、救出するのが先だ。
 まずは桜花の手足を捕える。 今は、愛に気を取られているから難しくないはずだ。
 極めて、アウル技のドラゴンスピンで投げる!
 これならば、愛と桜花のダメージを対等近くにまで持って行ける……はずだった。
 白銀に輝く一条の矢さえ飛来しなければ。

「させません…よ…?」
 桜花のSFである秋姫だ。 光の翼による高い打点からのとび蹴りを浴びせたのだ。
 急所は外したものの、雪ノ下がひるんだ隙に秋姫は攻撃をしかける。
「どいてくれ!」
「いや…です」
 雪ノ下は愛を助けようと必死だが、秋姫も必死である。
 相手は格闘王。
 桜花へ攻撃をさせないよう、妨げになるのが精一杯だ。
 とにかく雪ノ下の前に立ちふさがり、絡む。
 蹴りの速さ、拳の重さ、王者の技に喘ぎつつそれに専念した。

「……秋姫」
 雪ノ下と秋姫に視線を奪われかけた桜花、その脇腹を熱い閃光がかすめた。
 ネット際で愛が立ち上がろうとしている。
 “神気拳”を放ったのだ。
 桜花はボンテージの焦げを気にする間もなく、“神速”を籠めた足で地面を蹴った。
 愛が“神気拳”を次に放てるまでに少し時間がかかるはず。 その前に距離を詰める!
 その時、愛が笑った。
「それもお見通しだよ」

 愛は“神速”への対策技を用意していた。
 攻撃技へのカウンターであるから的を射ている。
 頬を包むようにして自らの両掌を突きだし、唇はキス口。
 またもリップロック狙い!
 無防備になる愛の頭部。
“神速”で勢いを増して前進する桜花が、鼻面を思い切り殴りつけた!
 骨がぐしゃりと砕ける音がした。
 紅の飛沫が愛の顔を覆う。
 頭部は人体における弱点の密集地である。
 無防備に差し出した代償は大きい。

「時間です! 両者退去!」
 審判のSF退去宣言が響いた。
 雪ノ下と秋姫はリング外に戻る。
 愛の救出は果たせなかった。
 会場の雰囲気は冷え切っている。
 愛の思惑はどうあれ観客から見れば、真剣勝負中にキスを迫った。 あるいは、自ら殴られにいったように見えてしまう展開だ。
 一方、秋姫は早くも二度目の乱入権を行使する。
「……真打」
 この状況は即ち、TFB発動!
 雪ノ下にも二度目の乱入権が残っている。
 TFB阻止は可能だ。
「リュウセイガー!」
 スタンドから、幼い声が聞こえた。
 おそらくは雪ノ下のファンだ。
 正義の味方に仲間を救えと訴えているのだ。
 だが、雪ノ下は動かなかった。
 もう、愛は負けている。
 リングで桜花と組み合っているように見えるが、それは桜花が肩で支えて立たせているだけだ。
 審判は気づいていないが、二発目のリップロックを砕かれた拳でKOされていた。
 今、桜花がTFBをかけようとしているのは残酷さからではない。
 審判に気づかれたら愛は、自滅負けになってしまう。
 愛の格闘家としての面目が立たない。 最大級の技で葬ることで、矜持を保たせようとしているのだ。
 その証拠に、普段は無表情な桜花の頬が強張っていた
「今…です…決めますよ…!」
 秋姫の合図とともに桜花は、肩で抱き支えていた愛の体を押し出すように放った。
 すでに抜け殻となっている愛の体が、よたよたと前に出る。
 桜花が“神速”により得た加速。
 秋姫は“陽光の翼”で得た位置エネルギー。
 二つの力が、愛の首を前後から拳で挟みつぶす!
「……氷双技・重ね雀蜂・真打」
 リングに倒れる愛。
 流麗なTFBはこの試合で唯一、拍手を呼んだ。

 治療後、医務室。
「なぜあんな事をしようとしたんだな」
 目覚めた愛にクレヨーが尋ねた。
 桜花と秋姫のTFBは、愛を傷つけてはいなかった。
 沈んだ顔で愛は答えた。
「まぁ、私、レズですし」
「そういう動機か」
 聞き込んでみると、愛は自らがFBに持ち込んだ時も桜花にリップロックをかけるつもりだったことがわかった。
「リップロックは台本ありで互いが同意している時のみ許される技だ、実戦試合で力ずくにねじ伏せてのキスを見せたりしたら多くの観客を引かせてしまうよ」
 アウル格闘技に観客が求めるのは本物の熱き闘い。 前身であるアウルプロレスから継いだ伝統だ。
「桜花君はキミを瞬殺したこともある。 他の要素を取り入れる余裕を持っていい相手じゃない、最初から倒すことのみに全力を注ぐべきだったと思う」
「勝つ以外の要素に力を注いだがゆえに負ければ、愛ちゃんに初勝利をもたらそうとSFになってくれた雪ノ下君はどう思うのか? 友人に無断で力ずくに唇を奪われる桜花ちゃんの気持ちは? 雪ノ下君は子供たちのヒーローだし、桜花ちゃんには彼氏がいる。 事を決める時は身近な人の気持ちを考えてみるといいんだな」

 今回の負け方は、“自ら隙を作ったがゆえの瞬殺”である。
 掌握編での桜花戦とほぼ同じだった。
「同じになんかしたくありませんでした、他の技も練習したのに」
 愛は無念そうだった。 勝って訴えたい事もあったらしい。
「愛ちゃん桜花君が毎回使う技をトリガーに対策技を用意した、的中したからトリガーはひかれた。 だが、内容が隙だらけの技ではこうなるしかないんだな」
「まずは現実的な想像をすることさ、自分にとって心地よいイメージに誘惑されずにね。 それが出来れば今回のような結果は避けられるはずさ」


 今、アウル格闘界において最も多くの光を浴びる者が入場してきた。
 二代目アウル格闘王となった浪風 悠人(ja3452)である。
 右腕を高々と掲げ、「クルックー!」の大歓声の中を誇らしく歩いている。
 しかし、今日の主役はこの男ではない。
「……凄い……悠人が……王様……」
 悠人の妻、浪風 威鈴(ja8371)、本日初参戦の彼女がMFである。
 島内では不憫男で通った夫がこの会場では栄光ある王者であることを実感し、目を見開いていた。
「俺は威鈴を必ず守る。 けれど油断してはいけないよ。 相手は仁良井さんだ、大器と呼ばれる男だ。 隙を見せれば一瞬で葬り去られる」
 アドバイスを送る顔もイケメンで、威鈴は惚れ直したかのように頷く。
「…うん…仕留める」
 リングに入った威鈴は、悠人とリング越しに掌を打ち合わせるとリング中央で相手選手を待った。

 対するは仁良井 叶伊(ja0618)。
 2mの恵まれた体格はそれだけで女子選手の威鈴に威圧感を与える。
 もっとも彼のSFである美甘も女子選手の上、幼女なのだが、威圧感はむしろ仁良井が受けていた。
「9歳でその体格……骨格とか痛めませんか?」
「杞憂だな。 人体工学を無視した肉体を持つ武人が、久遠ヶ原にはいくらでもいよう」
「ごもっとも、アウル万能って事ですね」
 こちらは即席タッグ。
 だが、真面目な性格同士で相性に問題はなさそうである。
 
 互いに礼を躱し合った後、ゴングが鳴った。
「いざ!」
 仁良井は闘気を解放した。
 誰であれ竦みはある初リング。 熟練者の圧倒的闘気は精神的優位にも繋がる。
 威鈴も肩の力を抜こうとしているが、難しいだろう。
 敵意を持つものの前では緊張せざるをえないのが人体だ。 ましてや初リングでは!
 仁良井が右拳を繰り出した。
 顔をこわばらせつつも左腕でそれをはじく。
 左右のコンビネーションを仁良井が見せても、威鈴は辛うじて捌き、直撃を避けた。
(基本は出来ている、問題ない)
 仁良井はギアをあげた。
 直線的な拳から、左右に振りつつ変幻自在の打撃を繰り出していく。
 肘も拳も駆使する。
 仁良井の流派“うちはらいて”の本領だ。
 だが威鈴、それにも対応してくる。
(とても初心者とは?)
 仁良井は、威鈴の後ろにいる格闘王の存在を思い出した。
(“絆”か)
 今の威鈴は、悠人と経験を共有しているのだ。
 動きに慣れたのか威鈴も反撃を始め、打撃合戦が展開された。

 仁良井は闘気を解放している。 体格差も仁良井に有利だ。
 貫手を放っても、仁良井の“ケイオスドレスト”に阻まれる。
 威鈴はかまいたち――“回避射撃”を利用した打撃さばきで優位な体勢を作った。
だが、仁良井は“神速”と体躯を利用した突進で振り切ってしまう。
 明らかに仁良井が強く、試合巧者!
 強力な突進の前に、威鈴がダウンした
 それを見た仁良井は、南門の美甘に手招きをした。

 北門で眼鏡が光る。
「もうTFBか!?」
 北門で控えていた悠人である。
 威鈴は立ち上がろうとしている。
 TFBは時期尚早にも見えるが美甘は乱入速度が速い。
 動き出されてからでは救出が間に合わないかもしれない。
「威鈴!」
 悠人は門のボタンを押しリングに突入した。
 美甘の動きを再確認する悠人
 彼女はリングの外から動いていない。
「!?」
 代わりに待ち構えていたのは仁良井だ。
 仁良井は問答無用で手刀を放ってきた。
「謀ったな!」
 あの手招きは、乱入権を消費させるための罠だったのだ。
 “サンダーブレード”を纏った手刀が喉元に届こうという時、悠人はとっさにそれを繰り出した。
 王者奪取にも貢献した技! “肉を切らせて…”
「くっ」
 両者の拳が同時に炸裂した。
 仁良井も悠人も、体の自由に効かなくなる。
 サンダーブレードと同じく、悠人も拳にスタンエッジを纏わせていたのだ。
 仁良井の策は成功した。 だが、悠人もそれに対抗できる策を用意してあった。
 リング中央には威鈴がいる。 突進のダメージからようやく立ち上がり、夫と仁良井の方へ向かってきた。
「……悠人……大丈夫……?」
「それより」
 悠人は、体を痙攣させつつも立ち上がった。
 麻痺した肉体、歩きは出来ないが腕はどうにか動く。
 対して仁良井は、意識が飛んでいる。
 この上ない好機である事は疑いない。
「……闘砕鏃」
 それは二人のTFBの名。
 悠人は頷く。
 威鈴の右脚が宙を舞った。
「……はあ!」
 立ったまま意識を飛ばしている仁良井の長身に三段蹴りを炸裂させた。
 デスペラードレンジを含んだその威力に仁良井の長身が宙を飛ぶ
「とどめ!」
 自分の元へ飛んでくる仁良井の背中に向け悠人は放つ、“絆・連想撃”!
だが瞬間、巨大な機関車がリングを駆け抜けた。
 悠人の体をリング外に跳ね飛ばす。
「!?」

 美甘だ。
 仁良井を救助すべく、ぶちかましを慣行したのだ。
 悠人が割り込んできた際には、独自の判断で突入するよう仁良井は指示をだしておいたのである。
 美甘は仁良井を担ぎあげ、浪風夫妻から離れた位置に運んだ。
「助かりました、美甘さん」
「夫婦とも一筋縄ではいかぬな」

 悠人も美甘もすでにリングから出ていた。
 MF同士で再びリングに対峙する。
 互いにダメージが深い、長くは戦えないだろう。
 だが、SFの乱入権はまだ一度ずつ残っている。
 上手く利用できた側が勝つ!
「小暮さん!」
 仁良井の声に応じ、美甘がリングに入ってきた。
 今度はぶちかましをせず南門付近に立っている。
 胸前に構えた両掌には、光が集まりつつあった。
「あの光は、封砲!」
 悠人も十八番とするその技。
 光は悠人の方を向いている。
 SFを倒しても勝ちにはならない。 仁良井がそんな無駄をさせるわけがない。
「気をつけろ! 何か仕掛けてくるぞ!」
 悠人は妻に警戒を呼びかけた。

(ここからが大仕掛けです)
 仁良井にしてもこの策が100%成功する見込みはなかった。
 美甘砲と名付けたこのTFBは、簡単に言えば美甘の封砲の前に仁良井がMFを突き飛ばし、SFもろともに倒すという技である。
 難所は突き飛ばしだ。
 理想的にはMFの死角から“掌底”でノックバックさせたい。
 そのために“瞬間移動”で威鈴に接近する。
 だが、“瞬間移動”は精度に誤差がある。 狙った場所から最大二m程度は見ていい。
 相手優位の間合いに出現してしまう危険性があるのだ。
(要は出現位置勝負!)
 仁良井は腹をくくり、瞬間移動を慣行した。
 出現した位置は、
(どちらかと言えば可!)
 威鈴の真横だ!
 視界の端に捕えられすぐに反応されたが、威鈴の間合いからは遠い。
 対して仁良井の長い腕の間合いには入っている。
 仁良井は腕に“掌底”を纏わせ、伸ばした!

「そういう事か!」
 悠人も仁良井の思惑を悟った。
 封砲による二人まとめてのKO。
 これはNBDで悠人自身が成功させたものだ。
 その相手の一人が仁良井だった。
 リング内に突入する。
 美甘の封砲が自分を狙っているが、威鈴を救うためなら撃たれても構わない。
(俺も封砲を用意しておけば)
 今に限って活性化していない。
 肉を切らせて…の間合いからも外れている。
 その間合いに近づかれるのをさけるかのように、美甘が両掌を突き出した。
 封砲の光を帯びし諸手突き、覇王砲!

 仁良井の掌も威鈴目掛けて繰り出されている!
 威鈴はとっさに対抗技を繰り出した!
 かまいたち!
 “回避射撃”を利用した打撃さばきの技。
 “掌底”とそれがぶつかりあう。
 二つの技がかちあう
 弾き飛ばされたのは……仁良井だった!
「なに!?」
 本来、体勢的にも体格的にも仁良井は有利だった。
 だが仁良井は“瞬間移動”直後に“掌底”を放った。
 スキルの連続使用には無理が生じる。
 万歳するような体勢になった仁良井の腹に、威鈴の貫手が突き刺さる!
「うっ」
 畳み掛けるように飛ぶ。
 威鈴の習得した猟犬空手。 その秘技に“精密殺撃”を加えた獣牙の蹴り!
 FB、穿抉牙!
「お、お見事です……」
 格闘王の妻もまた格闘の申し子だった!
 仁良井の体はしなやかだが鋭い脚に穿たれ、地に沈んだ。
「……悠人……!」
 初参戦初勝利!
 嬉しそうに振り向く威鈴。
 そこに見た夫は黒焦げになってKOされていた。
 威鈴を守るため、覇王砲の直撃を受けたのだ。
 悲しげに夫を見つめる威鈴。
「……悠人……王者でも……不憫……?」
 リングの四選手に向け万雷の大拍手!
 互いに知恵と技を尽くした死闘は、冷えていた会場の空気を暖めなおしたのだった。


 アウル格闘技の魅力は、熱風渦巻く真剣勝負である。
 リングが燃え尽きるほどの熱闘をファンは待っている!


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