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マスター:スタジオI
シナリオ形態:イベント
難易度:普通
形態:
参加人数:23人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2016/09/10


みんなの思い出



オープニング


 久遠ヶ原学園ではなぜか、あまり本格的に行われていない企画。 臨海学校と林間学校。
 その先行テストを元力士の学園教師クレヨー先生が行っている。 今年は林間学校を行う事となった。

「林間学校って要するに一泊旅行で、山の中にある青年の家みたいなボロいところに泊まればいいのだわよね?」
「うん、山で出来そうなイベントを用意して、楽しんでもらえるかテストするんだな」
 引率はこの二人、斡旋の独身アラサー女子所員・四ノ宮 椿(jz0294)と、クレヨー先生。
 クレヨーが作った林間学校のしおりを椿が開く。
 見開きで、スケジュールプログラムが出てきた。
「出発が深夜二時!? なんでこんなに早いの!?」
「バス内で怪談大会をするんだな」
 いきなり驚きの仕掛けから始まる、林間学校プログラムはこちら!

1・AM02:00 集合〜移動 怪談話大会
移動用の深夜バスの車内で怪談話大会を行う。
希望者は、これから行く山や青年の家にまつわる怪談を発表して他の参加者を怖がらせること。
内容は現地の情報を事前に集めたもの、ただし創作したものでも構わない。
成績優秀な者にはEX。 

2・AM04:00 昆虫ハンティング
 現地到着後、薄暗い林で昆虫狩り大会を行う。 カブトムシ、オオクワガタ、ミヤマクワガタなど定番のものから、昆虫ショップから逃げ出して繁殖してしまった国内外の珍しい昆虫。 新種の昆虫までいるとのうわさ。
 なお山菜各種や謎キノコ。 さらに熊、狐、兎、猪などの野生動物も存在するが、捕獲して表彰される可能性があるのは昆虫のみである。
 成績優秀な者にはEX。

3・AM8:00 川遊び
 現地には渓流がある。ここで各自、自由に遊んでもらう。
 泳ぎ、釣り、自作いかだによる川下りが出来る。 ただし流れや段差が激しく、滝もあるので絶対に落ちないように、絶対に落ちないように。
 違法ペット業者がいらなくなった水棲動物を捨てていくことがあるらしく、国内外のいろいろな水棲生物が繁殖している。 カワイルカらしき生物の目撃情報あり。
 なお、クレヨー先生がイカダNBDとかいう謎の遊びを企画したようだが、忙しくて手が回らないらしく没企画になっている。
 興味のある子同士で内容を想像して、自己責任で行う事。

4・PM00:00 飯盒炊飯コンテスト
 野外のキャンプ場で、希望者に昼食を作ってもらう。
 調理用具や材料は事前に申請してもらえれば用意するが2や3のイベントで自分や友人がとったものを利用してもよい。
 なお現地に水道つきの調理場はあるが、ガスはないので火は自分で起こすべし。
 審査員が味見をして成績優秀な者にはEX。

5・PM04:00 入浴
 男女別に風呂に入ってもらう。
 男子は青年の家の中にある築五十年の大浴場。
 女子は野外の豪華露天風呂を使用。
 以下のイベントを行うため女子は、タオルや水着の着用推奨(あくまで推奨)

 ■露天風呂撮影攻防戦■
 女子の入浴中もしくは着替え中の姿を、男子が学園の用意した使い捨て防水カメラを使って良い写真を盗撮できるかというイベント。
 露天風呂は見晴らしの良い崖の上にあり、崖に面した南側以外は丸太づくりの壁で囲われている。
 空中からの撮影が可能に見えるが、貸与する防水カメラに望遠機能はないため、鑑賞者を満足させうる写真は撮影出来ない。 接近しての撮影が良い写真を撮るには必須。
 男子諸君は撮影の成功、女子諸君は撮影を妨害しながらの入浴成功に尽力すること。
 なお、スキル、アイテムの使用は許可するが魔装、V兵器の使用着用は禁止とする。
 キャラ崩壊、肌露出、ラキスケ、捕まってボコられることを恐れぬ猛者は参加すべし。
 成績優秀な者にはEX。

6・PM06:00 説得力クイズ
 夜、滝の間近でクイズ大会を行う。
 このクイズは正解をいってはいけないクイズである。
 いかにも正解らしく聞こえる、説得力のあるフェイク解答をすること。
 答えを聞いた見学者たちに正解だと思われる答えを投票してもらい、得票数が一番多かったものを正解とみなして勝利となる。 大喜利的なネタ回答が正解になる場合もある。
 なおネット検索して出てくるようなそのものズバリの正解をいうと、容赦なく滝につきおとされる。 他の参加者と回答がかぶってもつきおとされる。
 説得力のある嘘、あるいは面白い答えで人の心を捕えることが重要。
 説得力クイズについてさらに詳しく知りたい方は“久遠ヶ原クイズグランプリ”という依頼の報告ビデオをみること。
成績優秀な者にはEX。
(今回出題されるクイズは解説欄参照)

7・PM10:00就寝
 四人部屋でおとなしく寝る事。見回りが来た時に騒いだり、遊んだり、悪戯をしているとお仕置きされます! 部屋分けは希望に応じます(XXさんと同じ部屋など、男女混合でもOKだが節度は守る事)
成績優秀な者にはEX 

(隠しイベント・深夜の肝試し
 山中で肝試し、EX獲得者のみ参加可)

 以上、起床しだい帰校。


 プログラムを呼んだ椿、なんとも頭が痛そうな顔をする。
「え〜と、どこからツッコんでいいのかわからないけど、この“成績優秀な者にはEX”とかいうのはなんなのだわ?」
「各イベントで、優秀な成績をとった学生だけが、最後にEX(エクストラ)イベントである“深夜の肝試し”に参加出来るんだな」
「肝試し?」
「そう、最初のバスで行った“怪談話大会”で優秀だった物語をもとにした肝試しコースを山の中や青年の家内に作るんだな。 EX獲得者にそこを歩いてもらうというイベントなんだな。 仕掛け人はその話を創ってくれた学生と僕ら、あと久遠ヶ原ケーブルTVのスタッフ」
「なにそれ、要は林間学校中に活躍すると夜中にたたき起こされて、無理やり怖い思いさせられて、しかもその姿をTVで晒されるってこと?」
「そうなんだな」
「めっちゃ理不尽なのだわ」
「思い出が他の学生より一つ増えるんだな、他の人が思い出に残せるのは二つが限度だけど、EX獲得者は三つの思い出を持ち帰れるんだな」
「それはうれしいのかしら?」
「怪談の内容次第だと思うんだな、思い出が多いのはいいことなんだな」
 というわけで、将来の学園イベント拡大のため試験的に行う林間学校。
 出来るだけ多くの思い出を持ち帰れるように、楽しんできて欲しい。


リプレイ本文

●怪談大会
 午前2時林間学校ゆきの深夜バスが出発。
 このとんでもない出発時間に、車内ではさっそく寝息が聞こえてきた。
 だが、けたたましい幼女の声が彼らを眠りから引き戻す。
「ねーねー!あんたたち知ってる?」
 自称学園さいきょー娘・雪室 チルル(ja0220)である。
 バスを待つ間は、他の皆と同じく「何このスケジュール……ちょー眠い!」 などと文句を言っていた彼女。
 だが深夜テンションというやつなのか、バスが走り出すと己の元気リミッターをぶっこわして騒ぎ出した。
「これからいく学校は昔、奴隷を解放したえらい大統領が作った学校なのよ! さいきょーを宿命づけられたあたいが学ぶにふさわしい学校よね!」
「チルルちゃん、それ違う!」
 黒髪の色気ある未亡人、光坂 るりか(jb5577)が慌ててツッコミを入れた。
 ツッコミが打てるものはいいが、咲魔 聡一(jb9491)のように人界の歴史に疎いはぐれ天魔もいる。
「なるほど、この第16代合衆国大統領エイブラハム・リンカーンという人物か、このような偉大な人物にゆかりのある行事に参加できるとはなんて名誉なことだ」
 はぐれ悪魔の咲魔は人間界の歴史にうとい
 スマホで検索したあげく、また間違った歴史知識を手に入れてしまった。

 一方、引率であるクレヨー先生と、四ノ宮 椿(jz0294)にしてみれば、チルルのすっとんきょうな発言が、学生たちを眠気から覚ましてくれたことはありがたい。
 この行事最初にして、最大の伏線である怪談大会を開く時間である。
「さて、そろそろ始めるんだな、何人かにこれから行く林間学校にまつわる怪談を調べてもらったんだな」
「それを聞いて、震えながら入校するといいのだわ」
 椿の発言に怪談大会トップバッターが立ち上がる。
「まずは、私ですねえ……(ふるふる)……」
 月乃宮 恋音(jb1221)。 すでに本人が震えているのは、恐ろしいからではなく、デフォで震えてしまうレベルの爆乳だからだ。
 バスト197cmというとんでもない数値。
 それを持つ恋音は、抑揚のない声で語り始めた。
「偶然聞いた話ですぅ…… 林間学校の近くに立つ中学校があるのですがぁ……数年前そこで酷いいじめにあった女生徒がいましたぁ……いじめの首謀者が優等生だったこともあり、親に相談しても先生に相談しても誰も彼女を信じてくれません。 お前がいじめられるのは、お前に足りない部分があるからだ。 文句を言うのなら、それを補う努力をしてからにしろなどと残酷なことを言うのですぅ……」
「最低の教師と親ですね」
 学園トップクラスの撃退士、雫(ja1894)がプンスカしながら合いの手をうつ。
「彼女は、つらい現実を捨てに山の中に逃げ込みましたぁ……しかし、山の中には女悪魔が住んでいたのです……。 少女は、女悪魔に心の傷を見られ、さらにそれを押し広げられたあげく惨殺されてしまったのですぅ……」
「心の傷というのはなんだったんですか?」
 雫に問われると、恋音はやや気まずげにふるふるしながら、話を続けた。
「少女の魂は今も山の中をさまよいながら両親や教師に足りないと言われたものを求めています……血のついた包丁を手にそれを持つものを追い、こう叫ぶのですぅ」
 辺りを見回し、たっぷりとタメを作ってから恋音は呟いた。
「……乳、置いてけぇ……と」
 恋音の予想に反し悲鳴や叫び声は起こらなかった。
「……お……おぉ?」
「……チチノミヤさん、最低です」
 雫がジト目で恋音を睨んでいる。
「……おぉ?」
「へっ、要するに、主人公の少女はひんぬーだからいじめられて殺されたんだろ? だから山に行くときょぬーは祟られるんだな、俺たちには無縁な怪談ってこった」
 ラファル A ユーティライネン(jb4620)が自分の胸を見つめて自嘲する。
 ラファルも雫も、ひんぬー族なのである。
「……そ、そうなのですがぁ……(ふるふる)……犠牲になるのは私ということで十分なのではぁ……(ふるふる)……」
「それを知りながら、なぜチチノミヤさんは参加したんですか? 乳世主きどりですか?」
 震える恋音の胸をジトーと睨み続ける雫。
 乳アピールされたのが面白くないらしい。
「そ、それはぁ……し、失礼しましたぁ……(ふるふる)……」
 乳を震わせながら座席に座り、退散する恋音。
「うぅ……ひんしゅくを買ってしまいました」
「恋音ちゃん、乳は災いのもとなのだわ」
 椿にたしなめられ、ますます恋音の乳は震える。
「……おぉ?……口は災いのもとではあ……(ふるふる)……」

「次の怪談は私です」
 サムライ娘・不知火あけび(jc1857)が立ち上がった。
「青年の家に入ればおわかりになるかと思いますが、あそこの3F茶室の床の間には市松人形が飾られています」
 これから行く青年の家は三階建てである。
 その歴史はかなり古い。
「十数年前、ある学校のバスケ部が合宿のため青年の家を訪れました。 バスケ部長の少女は信望も厚く、しっかりとした女の子でした」
「そこまではあたいとそっくりね」
 感情移入してくれた様子のチルル。
 真剣な顔で聞いてくれているようなので、あけびもツッコめない。
 そのまま怪談を続ける。
「ところがその部長はどうしたことか、3Fに飾られた市松人形を見たとたん、その可愛らしさに魅せられ欲しくてたまらなくなってしまったのです。 衝動は時間を経ても抑える事が出来ず、練習の合間に部長はひとりでそっと抜け出し、自分のスポーツバックの中に人形をしのばせてしまいました」
 チルルも喉をごくりと鳴らすだけで言葉を発しない、
 あけびが和服姿なのもあり、市松人形という恐怖アイテムにリアリティを与えているのだ。
「部長の様子がおかしくなったのは翌日からでした。 突然、笑い出したり、スポーツバッグのファスナーを開けてはニヤニヤとして中身を眺めていたりします。 毎夜、ふらふらと近くの川に行ってじっと水面を眺めては、夜が明けるころに戻ってきたりもします。 部員たちは異変に気づいていましたが、上下関係の激しい運動部内でのこと、誰もそれを指摘することができません、そして部長は、最終日にとうとう行方不明になってしまいました。 すぐに捜索が行われましたが、見つかったのは部長のバスケットシューズ片方だけでした」
 車内に不思議な寒気が漂い始めた。
 皆、背筋にいやなものを感じている。
「警察が青年の家の管理人に聞き込みをすると“巫女さんの遊び道具を盗んだから仕方ない”と笑うのです。 聞けばこの地方には昔、水難を防ぐための風習があり、少女を巫女と呼んで部屋に閉じ込め、その後、人柱として川に生きたまま沈めたそうなのです。 巫女を閉じ込めた部屋に置いておいたのが市松人形……つまり、あの人形は人柱にされる少女の最後の遊び相手だったのです」
 ほのかだった背筋の寒気が、ぞっとするレベルになる。 明らかに何かがおかしい。
 もうその風習はなくなりましたが人形は行方不明、ですが、今でも夜中にこの話をすると……ほら、貴方のうしろに……」
 身をこわばらせる学園生たち、誰も後ろを振り返ろうとしない。
 その時、幼く純朴な幼女、深森 木葉(jb1711)の背後に口のさけた白い人形の顔が現れた。「そいつぁーこんな人形だったかな?」
 木葉の耳元に、そう囁く人形。
「え?」
 木葉が顔を、絶望的にこわばらせながら振り向こうとしたその時! 車内に大きな声が響いた。
「あたいわかった!」
 チルルである。
「犯人は、青年の家の管理人よ! どう考えても、事件に裏にあるわね! 青年の家についたら名探偵のあたいが管理人を追い詰めて解決してやるんだから!」
「ち、チルルちゃん、怪談だから、探偵ものじゃないから!」
 慌てて言いつくろうあけびだが、車内に漂っていた寒気はチルルの発言で完全に吹き飛んでしまった。
「怪談にみせかけた殺人事件だっていってんの! あたい天才だからわかるんだから!」
 チルルは、めちゃくちゃやる気である。
 このままでは本当に管理人に迷惑をかけかねない。
「む、昔の話だから今の管理人さんとは、たぶん違う人じゃないかな?」
 顔を引きつらせるあけび。
 その陰で舌打ちをしているものがいる。
「ちっ、俺様の名演出が」
 ラファルだ。
 “阿鼻叫喚“で車内に寒気じみた恐怖を走らせ、”R式ガブフェイス「俺の名前を言ってみろ」<クロスグラビティ>”で恐怖のフェイスマスクをつけて人形を演出しようとしていたのだが、チルルのせいでまったくのだいなしである。
「ふえ〜、こわかったのですよぉ……」
 怪談の時点でガタガタ震えていた木葉。
 もしあそこでチルルが、大声を出さずに木葉が振り向いていれば、ラファルの恐ろしい仮面姿を見ていた。
 失神しつつ、おもらしもしていただろう。
 チルルのおかげでセーフである。

 続いて、幼い天使の少年、ザジテン・カロナール(jc0759)の怪談。
「これから行く青年の家で知人が体験した話です。  雨の夜、廊下に出ると他の利用者なのか、幼い子供4人が遊びに誘ってきたそうです」
「雨の夜に子供が……不思議な話だね」
 合いの手をいれるあけびにザジテンはうなずき、話を続ける。
「知人は断ったのですが、無理やり引っ張られたそうです、子供とは思えない力で手を引かれ、気が付いたら山の中にいました。 さきほど手を引いてきた子供たちはいつのまにか姿を決していました。 代わりに目の前に立っていたのは……」
 ためをつくるザジテン。 怪談のコツは今までの仲間たちの話し方で掴んだ。
 ネタ証の前に空白の時間を作り、想像で煽るのが否決である。
 十分に恐怖をかきたてたあと、続きを話始める、
「目の前にいたのは子供たちと同じ数のお地蔵様。 それは昔、土砂崩れで亡くなった子供達を弔う為に作られた物だったそうです」
 ふうと息を抜くザジテン。
 だが、車内に漂ったのは期待とは逆のハートウォーミングな雰囲気だった。
「それはいい話だね!」
「きっと子供たちは、弔い地蔵の存在に気づいて欲しかったのですよぉ……」
 笑顔のあけび、恋音の乳も震えていない。
「あ、あれ?」
「怖くはねえな」
「なぜですか」
「誰にも危害がないからな、知人も子供も、誰だか知らないが地蔵さんを建ててくれた人も、登場人物の誰も悪意を抱いちゃいない。 俺たちは霊を怖がらない、祖先の霊なんかむしろ崇拝の対象だ。 怖いのは悪意だ、霊だから化け物だからじゃない、悪意を持ったやつが怖いんだ」
 ラファルの批評に、ザジテンはがくりと肩を落とす。
「霊が登場する話、だけではだめなわけですか」

 怪談大会、ラストバッターは金髪渋イケ男・ミハイル・エッカート(jb0544)。
 いつもかけているグラサンが表情を隠し、恐怖を煽る。
「これから行く青年の家は、俺が在籍している会社も社員研修キャンプとして使っていた場所なんだ」
 ミハイルは学生でありながら、大企業に所属するサラリーマンでもある。
「七日間の長期研修だから旅先の社員同士の恋愛、三角関係はよくある話なんだが、その年はこじれた……痴情のもつれのあげく、恋人を刺して殺したやつが出たんだ」
 シリアスな顔で語るミハイルだが、椿がニヤニヤ笑いながら茶々を入れてきた。
「ミハイルさんの会社だと社風からして恋愛関係も、やっぱり男同士なのだわ?」
「どういう社風だよ!」
 言い返すミハイルだが、これまでの依頼で散々、ホモ扱いされてきたため純心なものは信じてしまっている。
「ミハイルさん、フケツです!」
 雫などマジ顔でプンスカしていた。
「俺はノーマルだ! 彼女だっている!」
 ミハイルは咳払いをして話を続けた。
「この事件は会社の圧力で事故死扱い、表ざたにはならなかった。 研修自体は次の年も続いた。 だが、翌年の新入社員は聞いたんだ……夜中の山中に響く断末魔をな!」
「アーーッ!という断末魔ですか、お盛んな社風で」
 咲魔が眼鏡の下から冷たい視線をミハイルに送った。
 彼も、ミハイルホモ説を信じてしまっているクチである。
「違う!」
 それを否定している間に、今度は浪風 威鈴(ja8371)がガタガタ震えだした。
「……夜の山……男二人……七日間……何も起きないはずがなく……」
 涙目で呟いている。
「ちょっと威鈴! なに言ってんの!?」
 ずれた妻の言動に不安そうなツッコミを入れる浪風 悠人(ja3452)。
「違う! 声が聞こえたのが殺害現場だったんだ! 怪談なのになんでホモ話になってんだ!」
「ミハイルさんののせいなのだわ」
「なんでだよ!」
 こうしてハッテン場な空気が漂わせたまま、夜行バスは件の山に辿りついた。
 なお怪談大会の成績発表は、EXステージにて発表させてもらう。

●虫取り大会
 午前四時、辺りはまだ薄暗い。
 この状況でさっそく行われるのが、虫取り大会。
 自然豊かな山林には、昆虫が豊富に繁殖している。
 珍しい昆虫をどれだけ捕獲できるかという競争である
「この林に白いオオクワガタを見たって話があるんだ」
 虫取り網を持って、林を徘徊する 肌の浅黒い青年、逢見仙也(jc1616)。
「白いクワガタ? アルビノなのだわ?」
「さあな、それととまられた人間は婚期が近くなるっていう黒い蝶もいるそうだぜ」
 とたん、椿が目を輝かせた。
「それを捕まえて、私のところへ持ってきた人が優勝なのだわ!」
「勝手にルールを変えるな!」
 一応、ツッコミつつ逢見は翼を広げた。 早朝昆虫採集の始まりである。

 林の奥深くに分け入った逢見はスキルを発動させる。
「出力はこのくらいにして……“氷の夜想曲”だ」
 睡眠のバステを与えるスキルである。 今は活発に昆虫が活動している時間。 動きまくる小さな生物を捕まえるのは用意ではない。 ならば眠らせてしまえばいいという考え。
 スキルを放って数秒後、ボタボタと地面に何かが落ちる音が聞こえた。
 眠らされた昆虫が木から落ちた音に違いない。
「さて回収するか」
 翼をたたみ、地面に這いつくばってそれを拾い集める。
「いくらレアでも、殺しちゃったら意味がないからな」
 まだ暗い上に昆虫は小さく、うっかり踏んづけてしまう可能性もある。
 効率的に見えて、実際は慎重を要する手段である。

 逢見が四苦八苦している間、例の婚期を司る蝶の噂を聞きつけているものもいた。
 ナタリア・シルフィード(ja8997)だ。
 アイルランド出身でドルイドの血を引く彼女は、魔術的研究のために昆虫を求めていた。
「ふふっ、面白い蝶ね。 確かに魔術的な関連性があるかもしれないわ」
「ナタリアちゃんお願い、捕まえたら私に譲ってほしいのだわ」
「そうね、それも魔術の研究になりそう」
 快く引き受けたナタリアだが、
「あら?」
 蝶を手で捕獲しようとするが、あっさりと逃げられる。
 昆虫を捕獲する方法を用意していなかった。
「動くものを捕えるのは簡単ではないのね」
 女の子なのであまり、昆虫採集の経験がなかったのかもしれない。
 さなぎなら動かないだろうとそれを探してみる。
 だが、さなぎこそ自然の中に溶け込む風貌をしているため発見自体が困難だ。
「仕方ないわ、貴重な休養だし満喫させてもらいましょう」
 椿に婚期は、まだめぐってきそうになかった。

 黒井 明斗(jb0525)に至っては、最初から静止物狙いである。
 眼鏡の美少年は、植物図鑑を片手に野草収集に精を出している。
「後から必要になりそうな気がしますので採取させてもらいますか」
 センブリとリンドウを収集している。
「アシタバ、ヨモギと、タンポポは……さすがに季節的にずれていますかね」
 昆虫などには目もくれない。 葉に虫食いがあれば安全な野草なのだと判断基準にする程度である。
 昼の飯盒炊飯用の野草を着実に収取していく黒井。
 果たしてどんな料理を作るつもりなのか?

「……まず見つけるの……樹液の出ている木……そこにいるはず」
「なるほど、天然のエサがある場所に集っているってことか」
 夫の悠人に説明しながら、ゆっくりと虫かごにカブトムシを入れる。
「……悠人……昼ご飯……カブトムシでいい……?」
「よくないよ!」
「じゃあ……別の……調達……」
 カブトムシでは夫の腹が膨れないと判断し、ヒヒイロカネを取り出した。
 狩人の娘の本領発揮、虫などではないもっと大きなものに狙いを変える。

「優勝を狙うなら、あくまで虫狙いだぜ!」
 様々な動植物が住まう山林だが、このコンテストで審査対象になるのは昆虫のみである。
 ラファルは、とんでもない手段でその頂上を狙っていた。
「体の八割機械だとこういう事も出来るんだぜ」
 体のほとんどを義体化しているラファル。 その全身を白い服で固めている。
 それを見て、あけびが近寄ってきた。
「なんか甘いにおいがするね? 香水?」
 尋ねられてにやりと笑う。
「砂糖水だ、この香りで虫を引き付けてライトを全身に浴びる」
「?」
「つまり、俺が人間捕虫器となるのさ」
「ええ、全身に虫がとりつくってこと? 気持ち悪い!」
 どんびきするあけび。
「義体だから、感覚を切ってしまえば問題ないぜ」
「そういう問題じゃない」
 あけびに引かれつつもラファルは林の奥に向かい、作戦を決行した。
 しかし……
「うわっ、また蜂かよ! お前らはお呼びじゃない!」
 寄ってきてくれるのが求めているものだと限らないのは、昆虫採集も恋も同じである。
「げっ、背中にいたオオクワガタがいたのか、足元のカブトムシをとろうとして動いたら、驚いて逃げちまった」
 どうにもうまくいかない。
「よく考えたら、砂糖水を含ませた白い布を木の間に張っておいたほうがましだった気が。死角に止まられたり、俺の動きで虫に逃げられちまうんじゃ苦労の割に実りが少ないぜ」
 ラファル、義体に頼りすぎたがゆえ敗れる。

 まっとうでない事をいつも企んでいる女、黒百合(ja0422)。
 今回は妖艶な顔に笑みを浮かべている。
 両手に持っているのは、大きな虫取り網だった。
「いくわよぉ……♪」
 黒百合、とんでもない速さで木々の間を駆け抜けはじめた。
 とにかくたくさん集めるために、林の中をより速く駆け巡り、時間内に虫のいる場所を多く回る作戦。
 ある意味での堅実志向。
 しかし、移動力が化け物じみている。 馬より早いという評判の持ち主だ
 道具を交換する間も惜しいのか、柄も網も丈夫で壊れにくいものを使っている。
 撮り方も乱暴。 虫を驚かさない、傷つけない、といった配慮はない
「なんだっていいのよぉ……別に死体だったらNGってルールもないじゃなあい♪」
 黒百合、殺してでも奪い取る派。
 生死は問わず、とにかく網を振るう!

 脳筋といえば、この人も。
 久遠ヶ原初のレベルキャップ達成者である雫だ。
「う〜ん、他の人もやっていましたが、正攻法が一番だと思うんですよね」
 雫も樹に水あめを塗ったり、白い布に光を当てたりして昆虫のおびき寄せを試みている。
 ここまでなら脳筋とは言い難い。
「あっ、きましたね」
 白い布にミヤマクワガタがとまった。
 雫は隠れていた木陰から小さな体をゆっくりと出していく。
「逃げないでくださいよ」
 虫取り網を雫が振るおうとした瞬間!
「あはぁ……♪ レアゲットだわぁ……♪」
 とんでもない勢いで飛び出してきた黒い影に、横からそれをかっさらわれた!
 黒い影は、とんでもない勢いのまま、茫然とする雫の視界を去っていく。
「あ、あれは! また黒百合さんだ!」
 あっけにとられる雫。 度々、依頼で黒百合に出し抜かれているのである。
「ストレスがたまりましたー!
 悔しさに地団太をふむ。
「こうなったら! えい!」
 雫は“闘気解放”を発動した。
 そして、うっぷんばらしとばかりに、罪もない樹木に体当たりを食らわせた!
 森全体が揺れるような音がして、樹木にとまっていた昆虫が雫の足元に落ちてきた。
 あまりの衝撃に気を失っている
「あ! オオクワガタです! 超レアです! やりました!」
 脳筋な手段であるが、あらかじめ樹木に蜜を塗っておいた賜物でもある。
「これで黒百合さんを出し抜き返せたかも! 優勝もありえますね!」
 ご満悦な雫。
 いつも同じ人間に、出し抜かれっぱなしじゃないのだ。
「あ〜、力を出したらお腹が減りましたね……あ! お前、ちょうどいいところに」
 雫が声をかけたのは、森を徘徊していた大きな猪である。
 自分の体の何倍も思いであろう猪を、恐れるでもなく追いかけはじめる。
「私の食事になりなさい!」
 もうここからは、スピードと力に任せた脳筋の狩りである。

 久遠ヶ原で脳筋といえば、チルルは外せない。
 だが、昆虫採集におけるチルルは一味違っていた。
「これはね、ソーラーランタンっていうの! 安いけどすっごい明るいのよ! 明るいと虫が寄ってくるからね! ソーラーランタンに蜂蜜を塗った木片をとりつけておくと、捕えやすいの!」
「お前、意外と知性派だな」
「ふふん、あたいは昆虫博士なの!」
 ミハイルに褒められ、ナイチチを張るチルル。
 持っている虫取り網が実によく似合う。
「なぜなのかは言及しないほうがいいな」
「なに、なんか言った?」
「いや」
 ミハイルは危険なので考えるのをやめた。
「あ、あんたアオカナブンね! 綺麗だけどレアまではいかないわ。 あんたはヒゲコガネ、レアだけど見た目で損しそうなのよね」
「本当に詳しいな」
「あんたは……あっ!」
 14cmの巨体に漆黒の角剣と黄金の鎧をまとった王者然とした姿。
 チルルの目が、ソーラーランタンの明かりを反射して美しいアイスブルーに煌めいた。
 図鑑でしかみたことのない存在、だがそれは今、現実に目の前にいる。
「超珍しくて、超かっこいい! ヘラクレスオオカブトムシゲットよー!」
 おそらくは昆虫マニアか、昆虫ショップが逃がしてしまったものが繁殖した外来種。
 だが、子供のロマンには違いないそれをチルルは、虫取り網の中に捕えたのだった。

 14cmではすまない獲物を追い続けるものもいる。
「虫なんか腹の足しにならん! お前の肉をいただく」
 逢見は弓矢を構えて、猪を追い回している。
 さきほどの氷の夜想曲作戦はうまくいったように見えたが、落ちた虫を回収してみるとすでに死んでしまっていたものがいた。 昆虫は小さいがゆえに生命力も弱い。
 いかに出力を抑えても耐えきれなかった個体がいたのだ。 “手加減”スキルを併用すれば別だったのだろうが……。
 逢見的に本意ではない結果だったので、ストレス解消を兼ねてターゲットを切り替えたのだ。
「大猪相手なら手加減なんか必要ないからな、単純なフィジカルは俺たちより野獣のほうが強い、殺るか殺られるかの勝負だ!」
 そこに別の声が割り込んでくる。
「逢見さん! それは私の獲物です!」
 同じ猪を追い回している雫。
 こっちは山での狩猟生活に慣れているらしく、ほとんど本能で追っている。
「こういうのはとったもの勝ちだ!」
「いいましたね! 後悔しませんね?」
 逢見の言葉を挑戦状挑戦状と解釈したのか、雫は受けてたってきた。
 対天魔戦闘では適わずとも、狩りの技能はまた別である。
 猪を追い回す二人。
だが、それは結局どちらの手にも入らなかった。
「……悠人の……ごはん……とった……」
 威鈴である。 彼女はむやみやたらに追うことなく“地形把握”で猪の逃げそうな場所に回り込み、死角から自分の武器である四神八角棍を振り下ろしたのだ。
 倒れた猪の四肢をロープで拘束し、肩に担いで持ち帰る。
 その背中をようやっと追いついた逢見と雫が見つけた。
「ああ! 黒百合さんに続いて威鈴さんにまで出し抜かれた!」
「うまくやりやがった、むやみに追うだけじゃダメだな」
 こうして最大の獲物は威鈴が捕えた。

 当然ながら、猪は昆虫とはカウントされない。
 昆虫に限定して、もっとも珍しく、最も大きな獲物を狩ったのは、
「やったー! あたいの優勝よー!」
 レアかつ大きいヘラクレスオオカブトを手にしたチルル!
 優勝である。
「うぅ、オオクワガタをゲットしたのに負けた……」
 猪に続き優勝までかっさわれ、雫、なんだか散々である。
 だが林間学校は始まったばかり、ここからレベルキャップ到達者の巻き返しはあるのか?

●川遊び
 天陽昇って午前八時。
 青年の家に荷物を預け、朝食もとった学園生たちは山間渓流の河辺に集まっていた。
 渓流の周りは緑にあふれ、澄水は傍に寄るだけで絶妙な涼を肌に与えてくれる。
「威鈴ががんばったんだし、俺もなにかとらないと」
 釣り糸を垂らす悠人。 先日、アウル格闘大会NBDで劇的な逆転優勝を飾った新王者。 だが、大自然の中にあっては一人の釣り人である。
「……捌いた……使える……?」
 威鈴が猪を毛皮にくるんだ猪肉を悠人に渡す。
「おお! とったのか! これだけあれば腹いっぱいにはなりそうだ」
「……よかった……」
「けど嫁に食わしてもらいっぱなしだとヒモ扱いされちゃうんだよ、俺も何か釣る」
 格闘王になろうが、不憫思考からは逃げられていない。

 釣竿もなく、のんびりと川辺に腰をおろしているのは白蛇(jb0889)。
 人に堕ちた神を名乗る少女である。
「やはり、イクサばかりでなくこういった時間を持つ事こそ、戦力を保つ秘訣よな」
 司と呼ぶ召喚獣を召喚し、川辺で一緒に涼んでいる。
 召喚獣の一体、白鱗金瞳のフェンリルが相槌をうつ、
「さすがは白蛇さま、世のブラック企業経営者にも聞かせてやりたい台詞だ」
 などと召喚獣が思っているのかどうかはわからない。
 ともかく、清流の流れと音色が産むヒーリング効果は絶大である。
「主らもこの機に、緊張の糸を緩めておけ、次の戦場は、もう、すぐそこじゃ」
 愛する召喚獣に囲まれながら白蛇は静かな時を楽しんだ。

 ザジテンも、召喚獣と川辺で涼んでいた。
「海に惹かれて人界へ来ましたが、この水たちも海へと向かっていくんですね」
 渓流の水を自分と重ね合わせながら、清らかな流れを見つめるザジテン。
 視界の先では、木葉が椿と遊んでいた。
「冷たくて、気持ちいのですぅ〜」
 脱ぎ揃えられた小さな草履が、川辺に置いてある。
 おそらくは木葉のものだろう。
 流れのゆるい河の浅瀬で、椿と水のかけあいっこをしていた。
「紀州の山奥の故郷を思い出すのですよぉ〜」
「木葉ちゃんのおうちのそばにも、こういう川があるの?」
 返事の代わりに冷たい水をかけられる椿、楽しげに笑いつつ木葉に水をかけかえす。
「はい! 小さい頃……」
 言いかけて足を滑らせ、ずぶ濡れになる木葉。
 きょとんとした後、尻もちをちいたまま急にきゃはは〜と笑いだす。
「大丈夫?」
 苦笑しながら木葉の小さな体を抱っこする椿。
「おかあさん、ありがとうなのですよぉ」
「はしゃぎすぎちゃダメなのだわ」
「おかあさんあったかいのですよ〜」
 木葉に抱き着かれた椿の濡れたTシャツから透ける胸のボリュームと、ホットパンツから覗く太ももの豊潤さに、ザジテンの目は無意識のうちに惹きつけられていた。
「なにを見ておるのじゃ」
 ふいに話しかけられ、ぎくりとして振り向く。
 白蛇がニヤニヤしながら立っていた。
「最初はロリコンかと思ったが、おぬしの興味はそちらにいってはいないようじゃの。 おばショタというやつか」
「そんなんじゃないです!」
 浅黒い顔を真っ赤にするザジテン。
「ふむ……いずれにせよ考えものじゃぞ。 学園内に人と魔、人と天の組み合わせは幾組か出来ているようじゃが、持っている時間の流れが違いすぎるからのう。 いくら想いあおうとずっと一緒にはおられん。 人が花瓶に挿した花は、いくら愛でたとて数日も経てば枯れてしまう」
 ザジテンはうつむいたまま返事を出来ない。
 そんな時、威勢のいい声が聞こえた。
「ひゃっほう! いい船になったぜ」
 渓流の中央にイカダに乗った男が現れた。
 向坂 玲治(ja6214)だ。
 右手に櫂代わりの細長い丸太を持ち、左手で河辺に手を振っている。
「ほどほどにしてくださいね、滝壺に落ちますよ!」
「滝壺なんかまだまだ先だぞ! このまま全速全進するぜ!」
 恋人の葛城 巴(jc1251)と河を挟んだ掛け合いをしている。
 そういえばこの二人も、人と半天魔の組み合わせだ。
 ザジテンは、会話がやんだ隙をみて巴にかけよった。
 今しがた胸に沸いたわだかまりをぶつけてみた。
 巴が半天魔としての能力を使用して加齢を止めているのか、これから止めるつもりなのかはわからない。
 ザジテンが椿をどう思っているのか、ザジテン自身もよくわからなかったが、問わずにはいられなかった。
 無言が巴の答えだった。
 巴がとても悲しい顔をしたのでそれ以上、言葉で追うことは出来なかった。

 一方、向坂も巴の表情の変化に気づいてはいた。
 だが、それどころではない事態に見舞われる。
 何者かの鋭い牙に足を噛まれ、イカダから渓流の中に引きずりこまれかけたのだ。
「なんだこいつ! 巴ー! 巴ー!」
 河岸にいる恋人に呼びかけたが、シリアスモードに入っていてこちらには気づかない様子だ。
「くそ、離せ!」
 櫂代わりの丸太で、噛みついてきたものの頭をぶっ叩く。
 よくみればそれは、ワニだった。
 体調5mはあろう大ワニ。
 仮に天魔なら総力を動員して殴り殺すまでだが、ワニだとすると話が違ってくる。
 絶滅危惧種だったり誰かのペットだったりした場合、法的、金銭的に面倒なことになりかねない。
 撃退士なだけに、一般人と同じ単純な正当防衛では世論から許されない恐れもあった。
 しかも、向坂はそれなりに大人である。 子供撃退士より責任は重い。
(どうすりゃいいんだ)
 足に食い込む牙の激痛に顔をしかめつつ、心中で悪態をついた時だった。
 ワニの体が後ろに引っ張られた。
 水中に潜む何者かに、ワニが水中へとひきずりこまれていく。
 足を噛まれていた向坂の体も自然、水中に落ちた。
「うぉ!?」
 ワニは向坂から口を離し、自分を水中に引きずり込んだ何者かと格闘を始めている。
 対戦相手の顔が見えた。
 召喚獣、ティアマトだ。
 そのティアマトの召喚主が、少し遅れて現れた。
「どうだ、得意のデスロールを自分がされた気分は」
 小気味よさげな笑みを浮かべておってきたのは逢見だ。
 さきほど、一緒にイカダを組んでいた男である。
 向坂よりやや遅れたようだが、彼もイカダを完成させたようだ。
「金持ちが捨てたデカいクロコダイルがいると聞いて、探していたんだ」
 逢見のイカダの上に引っ張り上げてもらう。
「サンキュ、助かったぜ。 ぶっそうで身勝手な金持ちもいたもんだ」
 向坂はホッと息をついた時、後方からまた別の妙な声が接近してきた。

「さあ、懲りずに始まりました小梅探検隊、前回は雪男探しが何故かプロレス。 そして今回は、幻の人食い魚!」
 冒険ドキュメント番組のナレーションのような解説をしているのは、発育の良い体にふわふわな雰囲気のjc、マリー・ゴールド(jc1045)だ。
 彼女はイカダに乗っており、ハンディカメラを構えていた。
 そのイカダにポニーテルのjs、白野 小梅(jb4012)が同乗している。
「じゃーじゃじゃーじゃん! 探検隊必死の救助も間に合わず人食い魚による第一の犠牲者が出てしまったあ! 小梅は向坂青年のカタキをとることを胸に誓うのだったー!」
「では向坂さんが、編集で食い殺されたように見せますね」
 小梅の発言にあわせ、さらさらとメモをつけるマリー。
「勝手に改ざんすんな」
 向坂は抗議するが、ふたりとも聞いちゃいない。
 冒険動画作りに夢中なようだ。
「あのワニが、伝説の人食い魚の正体ということでよろしいのでは?」
「決定なの!」
 イカダのマストに縛り付けておいた巨大釣り竿を小梅が手にとる。
「決定的に釣るのー!」
 竿をティアマトと格闘しているワニめがけ思い切り振る小梅。
 糸の先についた巨大ルアーは、あさっての方向に飛んでいった。
 行き先は、逢見の頭だ。
「うお!?」
 巨大な針が逢見の服にとりつく。
「いてっ!」
「あー、ひっかかっちゃった! もう!」
 めんどくさいとばかりに、力任せに竿を引く小梅。
 肉に釣り針をひっかけられた逢見はたまらない。
「いたいいたい! ばか! やめろ!?」
 当然の如く、逢見は急流の中へ落ちた。
 時間制限でティアマトが消え、興奮したままの巨大ワニが逢見にくらいつく。
「ぎゃー!」
「第二の犠牲者が出てしまいました! 人食い魚はどこまで恐ろしいのでしょう!」
「ここでは逢見さんが、編集で食い殺されたように見せますね」
「おそろしいのはお前らだよ!」
 今度は向坂が逢見を引っ張り上げる。
 その様子を木葉が浅瀬から涙目で見ていた。
「お母さん、この河は恐ろしいのですよぉ」
 椿の裾を引っ張っている。
「紀州の山奥とは違うのですぅ」
「木葉ちゃん、撃退士が絡んだ以上、どこへいってもこんなものなのだわ」

 浪風夫妻もまた、久遠ヶ原のそんな部分を具現化した存在ともいえる。
「……巨大魚……捕る……悠人に食べさせる……」
 河岸では釣りをしていた威鈴が狩人の目になって刃物を取り出していた。
「あんなの連れてこないで! むしろ食われるのは俺だから!
 それを必死で止める悠人。
 不憫属性だけに、そういうオチがつくのは疑いない。

「次の戦場はそこじゃなどと言ってしまったが、早くも始まってしまったのう」
「はい、ボーっとしているとそのまま三途の川に流れ着きそうですね」
 河で涼をとることを諦める白蛇とザジテン。
 学園生たちの川遊びは、いつもの調子だった。

 これに優劣をつけねばならない引率者は大変である。
「これで優勝を決めるとかムチャぶりなんだな、でも本人たちが楽しそうな上に、VTRという成果物を残してくれたマリーちゃんと小梅ちゃんにEXあけちゃうんだな」
 あげちゃうなどといっても、その報酬内容はロクなものではない。
 チルルに続き、またも幼女二人が深夜の肝試しに連れ去られることが決定してしまった!

●飯盒炊飯
 なぜか幼女快進撃な林間学校。
 他の属性もちは、巻き返せるのか?
 時刻は正午をまわり、キャンプ場でも野外炊飯の時間である。

「言っておくが俺は“姫”属性ではないぞ、よく考えると“叔父”もイメージが違うな」
 “姫叔父”などという妙な称号を付けられてしまっている不知火藤忠(jc2194)。
 女顔ゆえの“姫”。 血縁上あけびの叔父にあたるため叔父なのも間違いない
「叔父は妥協しようよ、私の叔父さんなんだから」
「しかし、そんな歳では」
「国民的家族アニメなんか小学生の時から叔父な子がメインキャラなんだよ」
「あれは普通にお兄ちゃんと呼んでいるだろ、俺だってまだまだお兄さんだ」
「藤忠ちゃんはたぶん“お兄ちゃん”って呼ばれるとズキューンとくるタイプなのよぉ……♪ あけびちゃん呼んであげたらぁ……?」
「通りがかりに、余計なことを言わんでくれ」
 暇つぶしの対象を探して、うろうろしている黒百合を追い払う藤忠。
 彼が作っているのは野外炊飯定番・カレーである。
「ここまですればあとは煮込みだ、この間にオムライスを作ろう」
「普段、料理なんかしないのにいろいろ作るんだね、お兄ちゃん♪」
「乗るな!」
 藤忠、思わず声をあげてから咳払いをしてとりつくろう。
「一応、酒のつまみ程度なら作るんだ」
「そうなんだ」
「前にお前に付き合わされた洋食屋ほどうまくはないかもしれんが、俺なりに作ってみる」、
 ケチャップにトマトピューレでチキンライスを味付けする
 甘過ぎると酒にあわない。
 卵は半熟にしてチキンライスの上からコーティング。
 その上に煮込みあがったカレーをかける。
「おお、本格的!」
 あけびとともに味見をする
「むぐ……まあ悪くない、俺好みだから当然と言えば当然だが、あとは審査員の判断だな」

 続いて色黒巨乳美女属性と呼ぶべきか? 天願寺 蒔絵(jc1646)。
「聡一さん、火をつけてください」
「お安い御用だ、蒔絵さん」
 薪を用意し、恋人の咲魔に火を付けさせている。
「炎焼!」
 藤忠はライターを使用していたが、咲魔はスキルによる発火である。
 薪以外には燃え移らない安全設計。
 蒔絵、この火でご飯を炊く。
 炊きつつ山椒の実をすりおろす。 傍らでは咲魔が味噌、酒、三温糖などを用意している。
「この材料で、なにを作るの?」
「出来てのお楽しみだよ」
 恋人を軽くじらしつつ、山椒を、味噌と酒と三温糖をブレンドして作ったたれに加え山椒味噌を作る。
 カシューナッツを醤油とオイスターソースで炒めると、炊き上がったご飯をおにぎりにした。
 最後に山椒味噌を塗って網の上で軽く焦げ目がつくまで焼く
「おお、言わば山の幸焼きおにぎり!」
「どう?美味しい?」
「もちろんだよ、蒔絵さん」
 大自然の中で食べる料理、こと恋人が握ったものなら咲魔にとっては格別だった。

「スキルによる火ですか、果たして燃え移らないという特性が料理の出来にどう影響するのか?」
 興味深げに黒井は呟いた。
 元々、料理好きな少年である。
 以前、たこ焼きを作って腕前を披露してくれたことが一部の間では印象深い。
 果たして今回は、何を作るのか?
「まずはここからですね」
 黒井が用意した材料は、林で拾ってきた木の棒と弓の弦。
 これを組み合わせて三角形の道具を作る。
「それ、どうやって食べるの?」
 友人の小梅が興味半分に駆け寄ってきた。
「食べませんよ、火を起こす道具です」
「火? 他の方はライターやマッチを使っているようですが」
 小梅に付き添っているマリーも不思議そうな顔をしている。
「手間をかけて火をつけても味に変わりはないのはわかっているんですが、せっかくの野外炊飯ですから気分を出そうと思いまして」
 火を起こす苦労に汗を流す黒井。
 ユミギリが完成すると光纏して摩擦し、一気に火を起こす。
「ふう、ここからは普通にいきます」
 飯盒でご飯を炊き、油の入った鍋でてんぷらを作る。 具材は昆虫採取の時間に採取したアシタバなどの野草だ。
 炊きあがったご飯の上にてんぷらをのせ、天つゆをかける。
「野草天丼できあがりです」
 小梅とマリーの分も天丼を作り、ふたりに差し出す。
「わーい」
「いただきます……いかにも大自然の味ですね」
「なつかしい原始時代の味なのよ!」
「原始時代にこんな料理はないと思いますよ」
 サクサクほくほくと天丼を味わう。
「ところで野草が、ずいぶん余っているようですが?」
 籠の中には、昆虫採集のときに集めておいたセンブリとリンドウが手つかずのまま山積みになっていた。
「念のための用意です。 使わずにすむのならそれに越したことはありません」

 爆乳娘の恋音も飯盒炊飯に参加。
「バーベキューにするのですよぉ……雫さんは塩だれと醤油だれ、どちらがお好みでしょうかぁ……(ふるふる)……」
 近くで様子を見ている雫に、それとなく尋ねた。
「やっぱり、チチノミヤさんは炎焼派ですか。 その脂肪の塊に引火したら大惨事ですもんね。 七日七晩は燃え続けると思います」
「……おぉ……胸ではなく料理に関心を払って欲しいのですよぉ……(ふるふる)……」
 雫は、揺れる恋音の胸をガン見している。
「乳は災いのもとと言います、安全上の問題で監視させてもらいます」
「口は災いのもとではぁ?……(ふるふる)……」
 本日二度目のこのツッコミ。
 ひんぬー真面目っ娘な雫にペースを乱されながらも、バーベキューを焼いていく。
「あんまり量は焼かないんですね?」
「私が小食なものでぇ……皆さんに食べてもらう分もありますが、荷物の量も考えればそれでもこんなものかとぉ……」
「いざとなれば、肉の補充はいくらでもききますからね」
「……どこを見ながらおっしゃっているのでしょうかぁ?……(ふるふる)……」

 一方、浪風夫妻も仲睦まじく料理に興じていた。
「威鈴、猪の肉はそっちの鍋に入れて?」
「……こっち……違うの……?」
「こっちはビーフシチューなんだ。 猪はポークに近い味だからね、牡丹鍋の主役にするんだよ」
 威鈴が、驚きに目を見開く。
「……それ……すごそう……」
「すごくおいしいよ」
 笑顔を返す夫。
「……押したら……五億年くらい経つ……?……」
「ボタン鍋じゃないから!」
 ツッコミつつ、料理を勧める悠人。
 威鈴がとってくれた猪が大きかったので、周りに振舞ってもまだ余りがある。
「俺がとった魚もあるから、かなりの量だよな」
 悠人自身が釣った魚は、串に刺して焼く。
 商売をするわけではないが、ちょっとした露店なら開けそうである。
 さっそく最初の客がやってきた。
「もし余りそうなのならでいいんだけど、分けてくれないかしら」
 未亡人・るりかがカレー鍋を持ってやってきた。
「定番でカレーをと思ったんだけど、せっかくだから皆が採ってくれたものも入れようと思いまして」
「ああ、だったら猪の肉でどうですか? 食べきれずに夏の暑さで痛めてしまったらもったいないですから、どうぞ」
 猪肉を渡す悠人。
「……ワニも……入れる?……なら……とってくる……」
「とってこなくていいから!」
 るりかは浪風夫妻にもらった猪肉を引率に申請した材料に加え、ごく普通にカレーを作り始めた。
「特別なことをしなくても、ここが特別な場所だから特別な料理になるのよ」
 普通を善しとしたるりか。 このコンテストの審査基準がなんなのかはわからない。
 果たして、この選択は吉と出るのか?

 数十分後、全員の料理が完成。
 審査が始まった。
 藤忠のオムライスカレー。
 蒔絵&咲魔の山の幸焼きおにぎり。
 黒井の山菜てんぷら。
 浪風夫妻のビーフシチュー&ぼたん鍋&焼き魚。
 恋音の乳肉バーベキュー。
 るりかの猪肉カレー。
 優勝に輝いたのは?
 審査委員長・クレヨー先生が宣言する。
「蒔絵ちゃん&咲魔くんの山の幸焼きおにぎりなんだな!」
 ぴりっと香ばしい風味と、ぱりっとした焼きおにぎりの表面、その中にひそむ炊き立てご飯の柔らかさに舌鼓をうつ。
「他の子の料理も美味しかったと思うのだわ、勝敗を分けたのは時間なのだわ」
 副委員長の椿がドヤ顔で解説し出す。
「時間?」
「私たちは夕べの深夜から起きっぱなし、イベントしっぱなしでそうとうに疲れているのだわ。 そういうときはボリュームのあるものや刺激のあるものよりも、優しくて食べやすい料理が体に嬉しいのだわ」
 食べる人の身体状況に、マッチした料理ゆえの優勝という評価である。
「なるほど、疲れた人にマッチする料理が正解か」
 逢見が得心したようにうなずいた。
「二号車班の方なんか、疲れが過ぎて食中毒まで出してしまったのだわ」
 二号車班というのは、こちらの班の学園生とは別のバスできたグループである。 男子生徒が多い。
 黒井は今、食中毒でぐったりとしてしまった彼らの口に何かを押し込んでいた。
「センブリとリンドウを磨り潰し手作った薬草茶です! 飲んで!」
「ぐえー!  これ、死ぬほど苦いぞ、これ! い、いらん! 普通の薬くらいもってきている!」
「だめです! 自然の中で病んだ以上、自然のもので直すのが一番なんです!」
「ぐえぇぇ!」
 黒井は真面目でまっすぐな少年だった。

●入浴
「いいのかな? 私たちだけこんな豪華な露天風呂に入って」
 露天風呂の中、ナタリアは申し訳なさげに呟いた。
 この露天風呂、大理石やら御影石やらいかにも高そうな材料ばかり使っている。
 対して青年の家の風呂場はかなりのおんぼろだ。
 築50年だけあって、老朽化しまくっている。
 新しいタイルを買うお金が惜しいのか女湯からタイルを剥がし、男のタイルがはがれた場所に張り付けてあるような状況だ。
 なぜそれがわかるのかというと、タイルの色が違っていたからである。
 青のタイルの中に赤タイルが不自然に混ざり、へたくそなパッチワークめいた姿になっていた。
 他の部分もひび割れたり、錆びている。 お湯の上にも、ムカデや蛇の死骸が浮かんでいて男子が可愛そうになるほどだった。
 いわゆるニコイチ修繕で、どうにかごまかしているらしい。
「こちらの露店風呂を作るお金で普通に両方とも直せば、おつりが来た気が」
マリーが指摘する通り、こちらの女湯は黄金のマーライオンがダイヤモンドの目を光らせながらお湯を吐いている。 
 ジャグジーも音波風呂もあるし、浴槽の底は映画のスクリーンになっていて洋画が流れていた。
 ただ、スクリーンが足元にあるので何が映っているのかまるで判別できない。
 助成金をもらった時の地方自治体にありがちな、無駄な金のかけ方である。
「わーい、このお風呂、おもしろーい!」
 小梅は浴槽をバチャバチャ泳いでる 。
 ビート板代わりにしている桶すら、白木造りで相当に高級そうだ。
 40年前に薬局でもらったようなカエルのイラスト入りのプラ桶を使っていた男湯とは、えらい違いである。
「あっちは入る気になりませんもんね、そんな時間があったらこっちを覗きにくる子もいるんじゃないかしら、特に若い男の子は」
 色気に艶めく未亡人の肉体を洗いながら、るりかがイタズラっぽく笑う。
「まさか」
 マリーが軽く流そうとした時、不穏な気配がした。
 この露天風呂は三方を木柵で囲まれ、南だけは崖になっている。
 南側の崖の下に広がる林で気配がする。
「これは」
 雫は闘気を漲らせる。 感知能力で察したものなので、ちょっとした勘レベルだが崖の下の森に何かが潜んでいるのは確信していた。
 問題は崖の下にいるのが本当に覗き犯なのかである。
 あの林には、罪もない猪やら兎もいる、思い過ごしならそれが一番いい。
 雫が迷っていると、崖の下に突然、小梅の姿が現れた。
「小梅さん! さっきまでそこで泳いでいたのに!?」
 “瞬間移動”を使ったらしい。
 よって彼女、全裸である。
「幼女だ! 幼女だ!」
「裸んぼ幼女がでたぞー!」
 興奮した声がして、林に身を伏せていた男たちの一部が姿を現し、全力移動し始めた。
 この夏に流行したスマホゲー・チミモンJOで、レアモンスターが出た時のような民族大移動である。
「あー、本当にいた!」
 雫が事態を把握した時、脱衣所から電話着信音がした。
 あけびのスマホらしい。
 しばらく脱衣所から会話声がして、それが収まるとあけびが脱衣所から戻ってきた。
「今の電話ラルだった」
「なんです?」
「彼女、覗き集団の中にもぐりこんで情報を探っているんだって」
「ええ!?」
「覗き集団は2号車の男の子たちみたい、1号車の男子はいないみたいよ」
「だとすると、特に注意すべき人物はいないということになるかな」
 ナタリアの言う通り、2号車の男子たちの中に依頼や大規模作戦で目立った活躍をしたものはいない。
 仮に1号車の面子が一人でもいれば、覗くものと覗かれるものの知恵比べになっていたのだが、君子危うきに近寄らずを体現したのか誰も覗きグループには加わらなかったようだ。
 2号車の連中も肩書上は学園生とはいえ、手ごわい相手はいない。
 ただし数だけは多い。 2号車は大型バスで50人は乗ってきていたのだ。
「だったらぁ、競争しなぁい……? 誰が一番たくさん、ぶちのめしたかのぉ……♪」
 ふいに黒百合が、ぶっそうな提案をしてきた。
 この状況をレクリエーションにしてしまおうというのだ。
「いいでしょう受けて立ちます! いつも黒百合さんに出し抜かれているわけにはいきませんから」
 雫は受けて立った。

「だめだよぉ……ふうー!」
 崖下では小梅が覗き魔の一団をスキルでふっとばしていた。
 “北風の吐息”のスキルである。
「これでもう動けないでしょ、覗きはメッなのよ!」
 麻痺して動けない覗き魔たち。
 しかし、目の前にでてきた小梅が全裸なので目標は果たしたといえる。

「やはり、まだ下にいる“獲物”が多いようですね」
 雫もより多くの敵を倒すため、崖を降りたかったが翼も瞬間移動もないため移動手段がない。
 なんとか降りる方法を考えているうちに、崖の上にも“獲物”が現れ始めていた。
 速いものは翼スキル、瞬間移動、壁走りなどを駆使してここへ来ている。
 そうでないものも、ピッケルを崖に打ち込んで温泉の死角になった場所から這い上がってきていた。
「男の子ってバカねえ……まあそこが可愛いんだけど」
 るりかが大人の余裕に満ちた笑みを浮かべている。
 歴戦の彼女たちにとってこの状況は、お楽しみイベントだった。

「さあ、いまから色欲にまみれた邪悪な男子から女風呂の平和を護るジハードが開始されようとしていますです」
 またもハンディカメラ片手にドキュメンタリー風の解説を始めるマリー。
 男子生徒たちの恥ずべき姿を逆に撮影してやろうという算段なのだ。
 しかしマリー、中学生にしては豊満すぎる肉体をバスタオルで隠しているだけで、まったく攻撃しようとしない。
 男子生徒たちが持つカメラの多くはマリーに向けられている、シャッター音をパシャパシャたてまくられた。
「撮らないでください! 私は撮る側なんです!」
 マリーが言っても、シャッター音はやまない。
 その時、温泉の湯気の向こうから少女の声、
「私をみろー!」
 カメラのレンズは、その声がした方へ反射的に集まる。
 全裸を撮り放題させてくれる露出狂出現かなどという期待にそそられたのだ。 久遠ヶ原学園生ならばそれは非現実的な話ではなかった。
 しかし湯気の向こうから現れた少女、あけびは水着の上にパーカーという完全防備スタイルだった。
“水上歩行”で温泉の上をまっすぐに走ってくる。
 シャッターを切るものもいたが、その写真は鮮明ではなかった。
「“影縛の術”」
 束縛のバステをあたえるスキルで腕の制御を狂わせ、カメラのピントをぶれさせたのだ。
「水着写真くらいはとらせてあげてもいいんだけど、画像加工で脱いだことにされてはたまらないもんね……剥ぎコラ、だっけ?」
 あいまいな知識に苦笑いしつつ、あけびはそのまま直進し“壁走り”の術で崖を駆け下りた。
 小梅が全裸を撮られている。 本人に恥じらいはないとはいえ、後々を考えれば問題である。
 あけびは、小梅の周りで倒れている男たちのカメラを破壊した。
「だめだよ、小梅ちゃん」
 バスタオルを小梅にかけてやるあけび」
「うん、お風呂からあがったら体をちゃんと拭かないと風邪ひくんだよね!」
 小梅はなにがダメだったかわかっていない。

「そこにぶらさがっていたほうが景色がいいんじゃないかな」
 ナタリアは崖をあがってくる覗き魔どもを小気味よさげに見下していた。
 侵入経路を予想し、崖から壁走りやピッケルで昇ってくる連中を“異界の呼び手”でその場に足止めしているのだ。
 断崖絶壁で黒い手に捕らわれ、身動きできなくなった男どもが、恐怖の悲鳴をあげている。
 しかし相手は数が多い、ナタリアの隙をついて崖登りに成功したものもいた。
 バスタオルを巻いたナタリアの体がシャッター音を浴びる。
「私も多趣味だけど、そういうのは感心しないかな」
 マジックスクリューを放ち、カメラごと男子生徒を打ち倒す。
 崖の上で足止めだけされたもののほうがまだ幸せだった
「私のバスタオル姿を見た分、痛い目も見たんだからまあ公平よね」

 公平とは言い難い状況も発生している。
 るりかの標的にされたものは幸せだった。
 美しき未亡人である彼女は、崖から登ってきた男子の前になまめかしいレオタード姿で現れた。
「そんな装備で大丈夫ですか?」
 にっこり微笑むと、長くしなやかな足で蹴り上げて手に持っていたカメラを跳ね飛ばす。
 男子がそれを回収に走ると後ろから組みつき、腕で首を締め上げるのだ。
「幸せスリーパーホールド!」
 苦しいが、背中にあたるのはふたつの柔肉の山。 少年たちにとっては天国の幸福だった。
 抵抗せねば絞め落されることはわかっていても、その感覚を一秒でも長く感じたいらしく、抵抗しない。 ただ失神を一秒でも遠ざけようと気を張っているだけだ。
「キミもだよ、ほら」
 その横を通り過ぎた他の少年の首根っこを掴まえる。
 両脇に一つずつ少年の首を差し入れて絞める。
 むしろ少年たちの方が、すすんで絞められているようにも見えた。
「さあ、眠りなさい。 お姉さんが見ていてあげるから」
 るりかの優しい目を、陶酔した目で見つめ返す少年たち。
 その目がやがて、とろんと下がり、幸せそうに堕ちる。
 討伐完了である。
「あの子と比べると私はちょっと丸すぎるわね、さすがのトップというべきか」
 るりかが写した視線の先には、阿鼻叫喚の地獄が広がっていた。

「えい! えい! とにかくえい!」
 地獄を展開しているのが、トップレベル撃退士、雫。
 とにかく殴り倒している。
 バステはいつか解けてしまい根本的解決にはならない。 そう考え、ダメージ重視の攻撃スキルを容赦なく繰り出し、覗き魔たちをボコボコにしてしまっているのだ。
「見たこともない人たちだからジョブも種族もわかりませんが、痛かったら当たりということで」
 カオスレートを変動させる“アーク”や“乱れ雪月花<鬼神一閃>”を使っているが、カオスレートは撃退士同士でも見た目にはわからない。
 なのでひたすらに力いっぱい殴る。
 ロクに依頼にでたこともない連中と雫では、天地ほども実力差があった。
 スキルなど使わずとも、とにかく殴れば行動不能に追い込めるのだ。
「あ! あんなところからも! えい!」
 翼スキルでとんできた男を“兜割”で、崖下に叩き落とす。
 相手の命に関する配慮はポイ捨てしていた。
 湯あみ着姿の小さな女の子の足元で、男子学生たちは動かぬ屍と化していた。
「ふう、あとは黒百合さんの戦果しだいですね」

「蟲を捕獲すればいいのよねェ……きゃはァ、必ず生きて捕らえろ、って条件は無いわよねェ……いくわよォ♪」
 本来は昆虫採集時にいうべき台詞ではあるが、黒百合にとって、覗き魔たちは虫けら同然だった。
 剪断蟲<飛燕>で崖を登ってくる連中を死角から突き落とし、すでに登ってきた男は首筋に噛みついて吸血幻想<吸魂符>で精気を吸い取る。
 前者のほうは地獄直行だが、後者の方は趣味によっては天国へ行ける終わり方だった。
「羽虫もいるのねぇ……♪」
 黒百合自身が飛べるので空から来ようと同じこと、落下距離に比例して入院期間が長引く結果になってしまう。
「あきらめた子がいるみたいだけどぉ……逃がさないわぁ……♪」
 黒百合は視野を広くもち、崖下を逃げていく連中までを標的に定めていた。
 陰陽の翼で崖をおり、容赦なく叩きのめす。
「あはぁ……♪ 温泉よりもこっちの方が命の洗濯になるわぁ……♪」
 ぶっそうという観念を擬人化した存在、黒百合。
 彼女もまた、雫と同じ地獄の創造者だった。

 結果、最も多くの覗き魔たちを退治したのは……。
「私の勝ちみたいねぇ……♪」
「くやしー! また出し抜かれたー!」
 足をバタバタさせて悔しがる雫。
 温泉の地形を考慮し、空を飛べることと、遠距離スキルを用意した分、黒百合の方が多くの敵を仕留める結果となった。
 バステで足止めをしただけのものは、撃墜数0。
 ナタリアは攻撃スキルも使用したが、半分をバステで終わらせた。
 るりかはゆっくりまったりと少年たちを虜にしていた分、撃墜数は少ない。
 結果、撃墜数は雫と黒百合が飛びぬけていた。
 最終的に寸差で黒百合がトップに立ったのだ。
「私もせめて、遠隔攻撃スキルを使っておけばー!」
 雫、また惜しくも及ばず。
「悔しがっている雫ちゃんって、かわいいのよねぇ……♪」
 温泉に入らずとも、黒百合は雫のそんな雫の姿に恍惚とし、体の芯まで温まるのだった。

●説得力クイズ
 午後6時、学園生たちは夕闇に包まれた渓流沿いに再び集められた。
 背後に流れ落ちるのは千仭の谷の飛瀑。 見ただけで恐怖を感じるほど高く、豪放な滝である。
 滝の上に設置された回答者席に座っているのは、三名。
「こんなにとんでもない滝だとは聞いていないぞ」
 一人目がミハイル。
 パトランプがついた派手なシルクハットをかぶらされている。
 落ちたら無事ではすまないことが一目瞭然な滝の上に連れてこられ、顔を引きつらせていた。
「ここから突き落とされるのか、酔いも醒めるのう」
 二人目はさっきまで渓流を眺めながら一杯ひっかけていた白蛇。 とんでもないイベントに参加したことに気づき、今はげんなりしている。
 そして三人目。
「クイズなんだから当てればいいのよ! あたいはちのうしすうが高いから、全問正解するのよ!」
 自信満々なチルル。 その台詞だけで見ているものは絶望を覚える。 どう考えてもクイズに向かない女である。
「しかもチルルさん飛べないんですよね。 あそこから落ちたら、いくらさいきょーでもただではすまない気が」
 顔を引きつらせる咲魔。
「頭ぶつけたら、むしろよくなるんじゃねえか? あいつの場合」
 ラファルが、失礼なことを真顔でコメントした。

「このクイズはいかに説得力のある答えを言えるかにかかっているんだな! ネット検索して出てくるような真の正解を言ったら、その瞬間に滝壺送りなんだな! 」
 同じく滝の上に据えられた司会者席で司会のクレヨーがルールを確認する。
「相手をだませるウソをつけってことか、大人の独壇場だな」
 社会人ミハイル、グラサンをぎらつかせる。
「元は神ぞ、みなのものわしを信じよ」
 白蛇は正解基準となる滝の下の観客たちに向かって、そう言い降ろした。
「う〜ん?……とにかく当てるのよね!」
 チルルは、わかっていない。

「第一問!」
 司会席でアシスタントの椿が、問題を読み上げた。
「訪問販売や通信販売などで購入後、8日以内なら無償で契約解除できる方法があります。どんな方法でしょう」
 出題も途中に、白蛇が解答ボタンを叩く。
 派手なシルクハットの上のパトランプが、赤く光って踊った。
「くーりんぐおふ、というヤツじゃな!」
 白蛇がドヤ顔で答えた。
 観客陣がしーんと静まる。
 白蛇は、まだ事態に気づいていない。
「これは簡単じゃ、単に、送り元の住所へ送付し返すだけで良い。 無論、簡潔に事情を書いた手紙は必須じゃが……」
 注釈をつけているうちに白蛇が座っている椅子の仕掛けが作動した!
 戦闘機の脱出装置のように椅子ごと打ち上げられる!
「うよぉぉおぉ!?」
  背後にある大瀑布へ向けてとぶ!
 悲鳴をあげつつ白蛇の姿は、滝の中へ飲み込まれていく。
「白蛇ちゃん……そのものずばりの正解を言ってはならないと言ったのに」
 しょっぱなの答えからオチ。
 白蛇の姿はもはやどこにもない。
「あのコ間違えたのね、あたいみたいにちのうしすうがたかいひと以外は参加すべきじゃなかったのよ」
「お前の知能指数がいくつかしらんが、ルールくらいわかれ」
 回答席に残ったチルルとミハイルが、それぞれ別の意味で切なそうな顔をしている。
「次、わかる人?」
「制限時間内に無回答なのも突き落とし対象になるんだな」
 司会席の二人が、回答をせかす。
 焦燥を誘うためか、時計の針が高速で進む音をわざわざスピーカーで流していた。
「ちっ、しょうがねえな」
 ミハイルが解答ボタンを押した。
「説得力か、観客が大半は日本人だと考えると……」
 どうにか票を集めるため、熟考するミハイル。
 “地雷”は白蛇が踏んでくれたため、そこは安心である。
「答えは、“お上に直訴”だ! 日本では“お上”に直訴するとあらゆる問題が解決する  契約解除を頼む直訴状の表に“上”と書いて渡せばいい“ お上は馬車で通り過ぎるので轢かれないようにな!」
 気合を込めて言い放ったミハイルだが、観客たちはきょとんとしている。
 日本慣れしていない外国人が聞きかじりの知識で形成した日本像を聞かされたといったような顔だ。
「は、外したか?」
 回答席に顔を伏せるミハイル。
「あとはチルルちゃんだけなのだわ」
「なお、説得力を感じた観客人数が全回答者合計で40名以下の場合。 回答者全員、滝壺送りにするんだな」
「そんなルール聞いてねー!」
「今作ったんだな」
 クレヨー先生、引率の権限を悪用してフリーダム進行である。
 教室内ではお山の大将である学校教師。 それがTVにですぎてバラエティ番組特有の悪ノリに染まってしまっため、こうなるのである。
 ちなみに滝の下から観戦している人数は五十人。
 彼らが説得力の審査当行をする。
 説得力を感じる答えがなければ白票も許される。 五十人中四十人は割ときついハードルなのである。
「チルル、なんとかしろ!」
 言いつつもミハイル、顔が半分あきらめている。
 命運を託す相手が、チルルなのである。

「……悠人より……不憫?……」
「今、この瞬間に関してはそうかもしれない」
 滝の下からミハイルを心配そうに見上げる浪風夫妻。
 不憫王悠人がこういう以上、よほどの状況である。

 皆が見つめるチルルが出したその答えは!?
「ルソーの契約解除法」
「!?」
 観客席がざわめいた。
「ルソー、ルソーだと!?」
「チルルちゃん、ルソーって!?」
 チルルの口から出てくること自体想像だにしない響きだった。
「チルル、お前、ルソーがなんだか知っているのか?」
ミハイルが問いかけると、チルルはいつになくキリッとした顔で答えた。
「ルソーといえば法学的な著名人よね? そんな人が万が一に備えて考えたのだから、間違うはずはないわ、フランス革命にも大きな影響与えたんだし」
 観客たちが大きくざわめく。
「よくわからんが、まともなことを言っている気が」
「チルルちゃんがフランス革命を知っているだなんて……幻滅しました。 ファンやめます」
「あれ、チルルか? チルルっぽいけど誰かの変装じゃないか?」
 動揺が走る中、採決がとられる。
 説得力を感じた答えに観客がスマホで投票すればそれが正解となる。
 ちなみに滝壺に落ちた白蛇のものは、投票対象外である。
 10以上の白票が出れば、チルルっぽいひととミハイルも滝壺に突き落とし!
 果たして結果は?

【チルル34 ミハイル8】

「よっしゃあ! のりきったああ!」
 雄叫びをあげるミハイル。 合計40名を越えたため、滝壺送りは免れた。
 しかし疑問なのはチルルが、知的でまともな回答をしたことである。
「チルルさん、頭をどこかにぶつけたんですかね?」
「昆虫採集のときかもしれないわぁ……世の中には脳を食い荒らす蟲もいるからぁ……♪」
 ものすごく失礼なことをいう雫&黒百合。
 観客たちのざわめきが収まらぬ中、第二問が出題された。

「日本の戦国時代、軍師が持っていた軍配にはある機能がついていました。 確かに便利と納得なこの機能。 果たしてどんな機能だったのでしょうか?」
 問題を聞いたとたんミハイル、舌打ちをする。
(日本史問題かよ。 一通りは勉強したがそんなマニアックな部分まではわからん。 一問目で滝壺に落ちなかったのはいいが、下手に応えると真の正解を答えてしまいかねん)
 さきほど地雷を踏んでくれた白蛇は、そのせいでもういない。
 ミハイルが解答ボタンに手をかけたまま躊躇していると、早押しボタンの音が鳴った。
 ミハイルのものでも、チルルのものでもない。 その隣の回答席だ。
「これには答えが3つある」
「げぇ! 白蛇!?」
 ミハイルが幽霊でも見るような顔で彼女を眺めている。
 滝壺に落ちたはずの白蛇には血の一滴もつかず、滝の水に濡れた様子もない。
「なにを驚いておる? わしは翼もあれば透過も持っておるのじゃ」
「ああ、考えてみりゃそうか……お前だけズルい気もするが、とりあえずはよかったな」
 無事をねぎらうミハイル。
 ところが司会席から、またとんでもない発言。
「ルール変更なんだな、ここからは阻霊符を使うんだな、翼を使ったら観客全員が遠距離攻撃スキルを使って撃墜するというルールになるんだな」
「鬼か!」
 クレヨー先生が、またも勝手にルールを変えてしまい、無事は保障されなくなった。
「白蛇ちゃん、答えの続きお願いなのだわ」
「ああ、そうじゃった。 ひとつ目は団扇じゃ、これはそのまんまじゃな」
「また地雷くさいな」
 顔をしかめるミハイル。
「二つ目は、柄紐ダウジングチェーン。 地図上で敵の配置を読むのじゃ」
 クレヨー先生が、突き落としスイッチに手をやっている。
 またも突き落とされるフラグである。 白蛇の答えが真の正解と重なった瞬間、アウトなのだ。
「三つ目は奥の手じゃ、あれは総鉄製でな、武器代わりに用いられる、刀より短い分取り回しが良く、防御に向いておる、他の者の援護あるまで、それで耐えるのじゃよ」
「白蛇さん、可愛そうに……もうだめですね」
 ナタリアがシクシク泣きながらも、掌に“マジックスクリュー”のエネルギーをチャージした。
 突きおとされて翼で逃げようとしたら、全員で撃墜するというルールである。
 しかし、クレヨー先生、突き落としボタンを押さなかった。
「セーフなんだな」
「おお、きわどいところを突いたか。 これは説得力にも期待できるのう」
 したりと微笑む白蛇。
「それが際どいとわかれば、道筋も見えてくるぜ」
 ミハイルが、怯えから解き放たれたかのうように回答ボタンを押した。
「筆記用具だ! 柄に短冊を丸めた紙と筆と墨汁が入っている。 戦場でも文をしたためる必要があり、扇のような部分を下敷きにして書いていたんだ」
 おおっという声が観客席から湧く。
 わかりやすく、理もある答えである。
 突き落としボタンも押されず、これは良い回答だったといえる。
「どうだ、俺は日本通だからな」
 にやりと笑って挑戦的な目を白蛇に送るミハイル。
 だが、その視線は通らなかった。
 ふたりの間にあるパトランプの光に阻まれてしまったのだ。
(そうだ、こいつがいたんだ!)
 もしまたチルルっぽい人が、さきほどのような知性溢れる答えをだしてくれば滝壺ゆきの危険はなくとも優勝は持っていかれてしまうのである。
 皆の視線がチルルっぽい人に集中する。
「白蛇のひとつめの答えは惜しかったわね、防御用というのは合っているわ。 ただ違うのは、盾というよりは受け流し、撃退士スキルでいうパリィに特化した機能だったということね」
「お、おぬし?」
 白蛇が仰天している。
 脳筋おバカ娘のチルルしか、白蛇はみたことがない。
「1561年(永禄4年)に起きた第4次川中島合戦で武田信玄が上杉謙信の刀の一撃を軍配で止めたことはあまりに有名よ。 信玄はこの戦いで手傷を負い、甲斐の隠し湯でその傷を癒したそうね。 山梨県の各地にその伝説を残す温泉があるわ。 ただ戦国に名だたる名将の一騎打ちは“甲陽軍鑑”という武田氏の戦略戦術を記した軍学書にしか書かれていないのよね。  これほどの大事件なら、もっとたくさんの記録に残ってしかるべきだから捏造だという説もあるのよ。 けれど信玄も謙信も現代戦の将軍のように安全な場所から部下に命令するだけではなく、自ら刀をとって戦う勇将だったことは確かだわ、現代に至るまで人の心を惹き付けているゆえんよね」
 解説を終えるチルル。 その顔は知的にきりっと輝いているように見える。

「チルルちゃんが壊れたー!」
 滝の下で、あけびがむせびなく。
「さいきょーを名乗った雪室さんが……なんて儚い」
 咲魔も肩を震わせ、眼鏡を濡らしている。
 滝の上にいるチルルっぽい人が、皆の知るチルルでないことを皆、改めて思い知らされていた。

「それじゃあ、皆、説得力を感じた答えに投票してほしいんだな」
「なお白蛇ちゃんのは、三つ全部含めて一つの答えとするのだわ」
 スマホで皆が投票を行い、集まった結果は!?

【ミハイル20 チルル19 白蛇11】

「どうにか俺が一番か。けどトータルでは勝てないな」
「むう? わしの答えは三つとも反応が悪くなかったはずじゃが一番少ないのか?」
 首を傾げる白蛇。
「白蛇ちゃんのは三つ答えがあったがゆえに、一つ一つの答えへの自信が足りないと解釈されたと思うんだな。 “三つの機能を答えよ”って出題じゃないから一つで十分のはずなのになぜか三つ出してきたことで点が辛くなったと思うんだな」
「なるほど、難しいのう」
 肩を落とす白蛇。
「ちなみに、真の正解は“方位磁石”なんだな、戦場で方角を間違えて作戦を出したら命取りなんだな」
「二問目はミハイルさんが辛勝したけれど、一問目がチルルちゃん圧勝だったから総計上、チルルちゃんが優勝なのだわ!」
 優勝したチルルっぽいひと、知性に満ちた顔で優勝コメントを述べる。
「このくらいの説得力は専門知識がない場合でも瞬時にだせて然るべきよね。 事実に近いか、理が通っているかというよりも、出題の事象に対して権威となる人物を探し出し、いかにもその人物の言動であるかのような裏付けを作り出すことがこのクイズで安定した得点をする方法と思うのよ。 観客の大半が専門知識など持っていないわけだから、少なくとも短時間なら権威が求心力を持つのは当然よね」
 このクイズの攻略法まで見抜いている。
 チルルは天才を自称していたが、チルルっぽいひとは本当に天才のようだった。
「まてまて! さすがにおかしいぞ、お前、誰かの変装じゃないのか?」
 変装を暴こうというのか、チルルっぽいひとのかぶっているクイズハットをミハイルがとった。
 すると、チルルっぽいひとの青い髪の中から何かが這い出してきた。
 カブトムシだ。 さきほどチルルが昆虫採集で捕まえたヘラクレスオオカブトである。
 髪の毛の中から出てきたヘラクレスオオカブトは、その黄金の鎧を左右に展開すると水晶色の羽根を広げて空へと飛び立った。
 そのとたん、
「はっ! あたいは今までなにを!?」
 チルルが、今まさに起きたかのように目をぱちくりする。
 辺りを見回し、空の中に見覚えのあるシルエットを見つけた。
「あ! あたいのヘラクレス! まて〜!」
 ヘラクレスオオカブトを走って追い始めるチルル。
「みんな、捕まえてえぇ!」
 必死に追い続ける。
 だが、相手は翼をもつ身。 その上、この時刻では空に浮かぶ小さな影など、舞い降り始めた夕闇の中に溶かされ消えてしまう。
「あたいのヘラクレスー! うわぁぁぁん」
 大べそをかくチルル。 そこに知性はない、いつものおバカ可愛い脳筋娘・チルルの顔である。
 この時点で皆、何がどうなっていたのかそれぞれに解釈した。
「“脳みそにカブトムシが入っている“という表現はあるが、まさか賢くなるとはのう」
「チルルだからな」
 カブトムシに負けたふたり、EXへの扉は開けず無念の敗退。

●就寝
 午後10時、就寝。
 普段なら早すぎる時間であるが、なにせ昨深夜から起きっぱなしである。
 眠気は凄まじく皆、あっさり眠りの国の住人になってしまう。
 にも関わらず、起きているものもいる。
「眠れねえ……興味ねえイベントの時に、ちょいちょい寝ていたからな」
「私もあなたの寝顔を見ていたら、ついうとうととしてしまって、ふふっ、寝付けませんね」
 一組目は、睡眠十分な向坂と巴のカップル。
「こういう合宿の時は、寝たふりをしながらも寝ずに監視員の目を欺くことがマナーだってことくらい僕も知っているよ」
「欺くことがマナーって人間界は変わっているんだね、聡一さん」
「就職面接の時なんかは、いかにお互いを欺きあうかで人生が決まる国だからね」
 人間界の知識が間違っている悪魔とハーフ天使のカップル、咲魔と蒔絵である。
 この四人は同じ部屋。 女子を上とした二段ベッドの上下で会話をしている。
 そしてもう一人。
「皆、寝静まってしまったようだな、やれやれ寂しく飲むとするか」
 酒飲み仲間を探していた藤忠。 同室のものが皆、寝息を立ててしまい、あきらめて一人酒を決め込む。
「しかし、こうしてベッドの中に隠れて飲むというのは旨くない……未成年に戻った、というよりは、酒を医者に止められているのに、看護婦から隠れて飲んでいるアル中の入院患者になった気分だ」
 寝室を監視人が数名巡回している。
 椿やクレヨー先生だけではなく、この青年の家に住み込んでいる職員がその役を担っているようだ。
「見つかると罰則か……むむむ」
 藤忠、考えた末に隠密突破することに決める。
 どうせなら景色の良い場所で飲みたい。
 “明鏡止水”のスキルで潜行しての脱出作戦だ。

 一方、向坂カップルと咲魔カップルの部屋でも脱出作戦が練られていた。
「……と、こんな感じで準備万端かな?」
「なるほどこれは良い策だな、気づかなかったぜ」
「一時間以内ですね、それまでに戻りましょう」
「さすがは蒔絵さん、用意周到だね」
 蒔絵が寝室内に仕掛けた策を確認すると、四人は青年の家からの脱出を計ることになった。
「“ボディペイント”だ、巴にも塗ってやるぜ」
「わ、私も“遁甲の術”がありますので、体に塗られるのはスキルとはいえ気恥ずかしいですよ」
 向坂と巴はともに潜行を得て気配を殺す。
「玄関って監視がいませんかね、壁走りで非常口からの突破を狙います」
「俺は窓から飛び降りるぜ、あの殺人滝ほど高くはねえからな、この建物は」
「うまく連携して脱出しましょう、そのあとは現地で」
 逢瀬の場所はすでに打ち合わせ済みの向坂と巴、まずは脱出を狙う。
「考える事は皆、同じか」
「聡一さんでは、私たちも」
 咲魔と蒔絵も同じく潜行と壁走りを使用し、脱出を試みる。
 抜け出しを狙うのは藤忠を含めて五人。
 果たして、誰が成功するのか?

「他愛もないものだ、鳳凰には苦労をかけたが」
 まずは藤忠。
 青年の家の廊下で、クレヨー先生とはちあわせかけたが“ 鳳凰召喚(幼体)”で目をふさぎ、自身は脱出に成功した。
 時間制限で鳳凰の方ももう消えているはず、完璧な物証隠滅工作である。
「明かりはもってきたが……この月明かりの前には無粋か」
 夜道用にペンライトは持ってきたが、それを懐から出すことはなかった。
「ここがいい、月明かりに照らされるとまた格別だな」
 渓流沿いに腰を下ろす。
 昼間見繕っておいた場所だ。
「酒の肴が、夜風というのもオツなものだな」
 夜の渓流を見つめながら持ってきた酒をチビチビと嗜む藤忠。
 至福の時間だった。
 
 一方、咲魔も脱出に成功していた。
 山の頂に近い森の合間の広場で蒔絵と落ち合う。
「聡一さん、大丈夫だった?」
「特になにもなかったかな、運がよくてね」
「私は椿さんに見つかったかな、と思ってヒヤっとしたけど物陰で猫の鳴きまねをしたら、通り過ぎてくれたの」
「椿さんでよかったね」
 ほっとしながら、望遠鏡を取り出す咲魔。
 昼間景色を観察する名目で借りたもので天体観測用のものではないが、そこは仕方ない。
「すごい星空だよね、なにもない山だけどその分、すべてが見えるんだ」
「綺麗だねー、天界でもこんな星空は見なかったなあ」
「本物の星空をちゃんと見るのは初めてだから……できれば君と二人で見たかったんだ」
 冥界生まれの咲魔と天界生まれの蒔絵はそのはざまの世界で出会い、共に星を眺めた。
 空の向こうは天界でも冥界でもない。 誰も知らない未知の世界だ。
「こうしていると、お互いの世界と戦争しているのが馬鹿らしくなるね」
「星の向こうに住んでいる人から見れば、この戦争もほんのちっぽけなどうでもいいことなんだよ」
「きっともうすぐ終わるよ、蒔絵さん」
 夜風がそんな予感を運んできてくれた。
 聡一が無言で蒔絵に顔を近づけた。
 この時、蒔絵はようやく聡一が眼鏡をかけていないことに気づいた。
 コンタクトレンズをしているのかもしれない。
 美しく澄んだ星空の下で、美しく澄んだ思い出を作るために。

 向坂と巴も滝の下で落ち合うことが出来た。
 結局、五人とも特に大きな難はなく脱出成功したことになる。
 だが、だからといってハッピーエンドになるとは限らないのだ。
「付き合い始めて、もう1年ですね」
 巴の雰囲気がおかしいことは向坂も気づいていた。
 向坂が川下りをしている時に、巴が川辺で誰かと何かを話していたのはイカダの上から見えていた。
 その時からだ、巴が悲しげな眼をしているのは。
 これまでも時折、あることだった。
「まだそんな、か」
 とりあえず、軽く返事をする。
 一年というには、あまりにいろいろなことが起き過ぎた。
 それが久遠ヶ原学園であり、戦争というものなのかもしれない。
「私がここまで来られたのは、貴方のおかげです。 感謝しているんです。 言い尽くせないほど……」
「そりゃお互い様だ」
 そっけなく返事をする向坂。
 こんな時に、恋の唄でも奏でられればよいのだが、向坂の唇は楽器ではない。
 飯を食って息をして、たまにぶっきらぼうに返事をするのが精々な代物だ。 実用品といっていい。
「このままでいいんですか?  幾ら待っても私が貴方の妻になる日は来ない、って分かってるのに?」
 月明かりに悲しげな色を深めた目が向坂を見上げてきた。
 結婚できないという言葉は前にも聞いていた。
 だが心は夫婦同然だ。 法律上は夫婦でも心はそうではないカップルなど世にいくらでもいる。 それよりは、遥かに幸せだ。
 そう向坂は思っている。
「ごめんなさい。 私、分かっているのに、自分を止められない… 貴方が好きだから……」
 巴は向坂の胸板に顔をうずめた。
 小さな嗚咽が心音とともに、向坂の体の芯を通して聞こえてくる。
 それに対する返事を、向坂は向坂なりにした。
「これからどうなるかだなんて、誰にもわかんねえよ。 だから、いられるときは一緒にいようぜ」
 巴を胸に抱いたまま月を見上げる。
 来年の今頃どこで、誰と、どんな形の月を見上げているのだろう。
 そんな風に考えたことを、一年後の夜空を見上げたその時に思い出せるだろうか?
「わかんねえな」
 向坂は巴に聞こえないように小さく呟いて、苦笑した。

 脱出には全員が成功した。
 だが、だからといってハッピーエンドになるとは限らない。
 そのことを思い知らされたもの、約一名。
「いや、何のことを言っているやらさっぱり」
 青年の家に帰り、ベッドに潜りなおしてから数分後、叩き起こされたものがいた。
 藤忠である。
 二十二歳の男は、部屋の前の廊下に正座させられクレヨー先生と椿に説教を受けていた。
「とぼけても無駄なのだわ、私たちは巡回中ベッドに誰がいるかもちゃんとチェックしているのだわ。 藤忠さんだけがいなかったのだわ」
 くんくんと藤忠の顔の臭いをかぐクレヨー先生。
「それ以前に酒の臭いがプンプンなんだな」
「語るに落ちるのだわ」
「うぅ、面目ない」
 部屋の中から姪のあけびがジト目でこちらを見ている。
 説教の声に目を覚ましたらしい。
「藤忠さん、かっこわるーい」
 屈辱である。
「蒔絵ちゃんたちはそこんとこ、うまくやったんだな」
「天願寺さんたち?」
「蒔絵ちゃんは、部屋の人間の人数分“命の彫像”を作ってベッドに残しておいたの。 だから、そとから見る限りちゃんと寝ているように見えたのだわ」
「蒔絵ちゃん、マジMVPなんだな」
 つまり蒔絵たちが脱走したのも、引率たちは知っていたということになる。
「それがわかっていながら俺だけが説教を受けているというのは?」
「むろん、これが学園の授業の一貫だからなんだな」
「アリバイ工作なんかもうまくやることが、依頼の成功につながる場合があるのだわ」
 がくりと肩を落とす藤忠。
 命の彫像までいかなくとも、毛布を巻いて布団に誰か入っているようには見せかけるべきだったのである。
 見回り中に、一つだけぺしゃんこの布団があればさすがに疑われる。
「不覚」
「さて、藤忠くんにはペナルティを受けてもらうんだな」
「ペナルティ?」
「ちょっとした裏方仕事なのだわ」

●EXステージ肝試し
 午前1時。
 チルル、小梅、マリー、咲魔、蒔絵、黒百合の六人は、青年の家の茶室に集まっていた。
「ねむいねむい! なんなのよ! いきなり起こして!」
 ご機嫌斜めの小梅。
 さもあらん、20時間近く起きっぱなしで行動させられたあげく、ようやく寝られたと思ったら椿に起こされ、ここへ引っ張ってこられたのだ。
 おまけに椿本人は、いつの間にか姿を決している。
「この人選? 共通点があるような、ないような」
 マリーがむにゃむにゃ言いながらも、茶室で卓を囲んでいるメンバーの顔を見る。
「共通点……これをもらったことかな?」
 蒔絵がポケットから掌の上に“EX”と書かれたメダルを移した。
「これぇ……お風呂からあがったあと、椿ちゃんからもらったのよねぇ……?」
 黒百合もそれを持っている。
「各イベントの成績優秀者に与えられるみたいだね、僕は飯盒炊飯と就寝が優秀だったからって……まあ、蒔絵さんとペアでもらって一つずつわけたんだけどね」
 咲魔がいうと、チルルが声をあげた。
「おかしい! あたしさいきょーだから二回も優勝したのよ、けどメダルは一個しかもらってないのよ!」
「そうえいばチルルちゃん、虫取りとクイズで二回優勝しているんだよね、すごい」
 その時、茶室のドアが開き誰かが入ってきた。
 雫だ。
「それ、これじゃないんですかね?」
 小さな掌にEXメダルを乗せている。
「雫? どうしたのそれ」
「さっき四ノ宮さんに起こされて、渡されたんですよ、EXメダルは2枚持っていても意味がないんで、昆虫採集とお風呂の両方で次点だった私にあげるって。 これを持って茶室に行けって」
「なんなのよ、このメダル」
 自分の掌の上のメダルを眺めるチルルだが、他のものはそのチルルを眺めていた。
「それより、チルルさんが持っているその人形の方が気になるんですが」
 マリーが指摘したのは、チルルが背中に括り付けているおんぶひも。 そこに赤ん坊のように背負われている市松人形のことである。
 紅い和服を着たおかっぱの人形だが、白い肌には経年による劣化なのかシミができていた。 髪の毛が乱れ、どことなく恨みがましそうな顔をしている。
「こういってはなんだけど、ちょっと不気味だね」
 咲魔の言葉に幾人かが小さく頷く。
「チルルさん、その人形はどうしたんです?」
「これね、さっき椿が起こしに来た時にもらったのよ。 渓流の中州にあるお堂に収めてこいって」
「お堂、あそこ?」
 幾人かは川遊びの時にそれを確認している。
「あそこに収めるって?」
「これ呪いの人形で、見た人は子子孫孫まで呪われちゃうんだって、それを防ぐためにはお堂に収めないといけないんだって」
 はあ〜っと、チルルを覗く全員が溜息をつく。
「雪室さん、なんでそんなの受けちゃったの?」
 咲魔に問われると、チルルは自慢げに微笑んだ。
「あたいがさいきょーだからあたしに頼むんだって! さいきょーである以上、引き受けるしかないのよね!」
「なんというちょろい女」
「……例のカブトムシ、また捕まりませんかね」
 窓を開け、辺りをきょろきょろとする雫、外は暗くカブトムシなど見つかりそうにない。
「こういう形ではあれ、人形を見ちゃった以上、私たちも付き添うしかないんじゃ?」
 見たら呪われると言われた以上、放置すればここに集められた七名全員が呪われることになる。
「まあ、椿さん発だから99%イタズラだとは思うけど、放置して帰るとすっきりはしないよね」
「要するに肝試しなのね!」
「面白そうじゃなぁい……♪ 私は付き合うわぁ……肝試しで雫ちゃんがおもらしするところも見たいしぃ……♪」
 黒百合ほどノリノリである。
「おもらしなんかしません!」
 皆、人形の不気味な姿には胸騒ぎを抑えることが出来ない。 他の人間に任せて、その人間が人形ごと山の中に消えてしまったなどという展開になったら気分としては最悪である。
 この林間学校に悔いを残さないためにも、人形を連れてお堂に向かうことにした。

「深夜の怪奇探検隊は、呪いの人形を鎮めるため謎のお堂に向け出発しました!」
 ハンディカメラを持ってマリーが実況を始めると、小梅が唐突に口を開いた。
「ドロリラドロリラ〜ぷはぁぁぁぁん〜」
「こ、小梅さん、大丈夫ですか?」
 意味不明な言葉を発し始めた小梅から一歩離れる咲魔。
「ん? ホラー番組のOPテーマなのよ!」
「びっくりしました、人形の呪いで頭がおかしくなったのかと」
 肝試しにもかかわらず緊張感ゼロである。
 チルルが背負っている人形だけが、ホラー臭の源だった。

 渓流に沿って山をくだる。
「このまま歩くと、中州なのね?」
「とっとと終わらせて帰りましょう、もう眠りたいですよ」
 チルルと雫の言葉に頷きつつ、渓流沿いを進む学園生たち。
 ふと、その足が止まる。
 川辺の一本道、その先に誰かが立っている。
 セーラー服を着た長い黒髪の少女だ。
 こちらを向いたまま、力なくうつむいている。
「きましたね、最初の仕掛けです!」
「椿ちゃんかしらぁ……♪ セーラー服着たかったのねぇ……♪」
 張り切っている雫と、なぜか嬉しそうな黒百合。
 仕掛け人が椿とクレヨーである以上、あの少女は椿の変装である可能性が高いのだが。
「椿さんにしては、胸がないような気も」
「身長も、違いますよね?」
 蒔絵とマリーがそれを否定した。
 セーラー服の少女はかなりの長身で、ひんぬーなのである。 椿は中背の巨乳だ。
 品定めされた少女は、ゆっくりと顔をあげた。
「……おいてけ」
「え?」
「……乳、置いてけ〜!」
 不気味な呻きとともに、少女は血の付いた包丁を両手に襲いかかってきた。
 おそろしい速度である。
「乳がでかいのは、お前か〜」
 マリーに襲いかからんとする少女。
「きゃ!」
 うずくまるマリー。
 少女はその後ろにいた蒔絵と目があうと突然、そちらに標的を変えた。
「もっとでかいのは、おまえか〜!」
「え?」
「危ない、蒔絵さん!」
 恋人の前に立ちふさがろうとする咲魔。
 だが、それより早く事態は動いた
「乳、乳、うるさいんですよ!」
「なんかむかつく!」
 雫とチルル、レベルキャップ&さいきょーふたりのパンチが少女を殴りつけた。
 空高くにふっとばされ、渓流に落ちる少女。
 落下の際起きた水しぶきが、学園生たちの頭に降りかかる。
 しかし、夜の河の水の冷たさですらふたりの頭を冷やす事は出来ないようだ。
 目を三角形にしたまま、川に落ちた相手に凄んでいる。
「ひんぬーは相手にしないって、その思考が気に入りません!」
「あたいお年頃なの! デリバリーにきをつけてよね!」
「デリカシーですよ、チルルさん」
 マリー、すかさずつっこむ。

 一方、対岸では、
「まさか、こんな恰好で水泳することになるとは」
 セーラー服姿の少女が川の中から岸へとあがっていた。
 水にぬれて重くなったウィッグを外す。
 水月明かりに照らされたその顔は少女ではなく、二十二歳の男、藤忠のものだった。
 さきほど押し付けられた“ペナルティ”がこれである。
 椿もクレヨーも“巨乳”のため、恋音の怪談にでてきた“乳を狩る貧乳亡霊”を演ずるのには的確ではなかった。
 そこで藤忠がセーラー服を着せられ、こんな役をする羽目になってしまったのだ。
「こんな姿、あけびにみられたら……」
 つい数時間前まで。風流に河を眺めて酒をたしなんでいた男が、えらい落ちぶれぶりである。
「どうなるのかしらねぇ……♪」
 シャッター音とともに、背後から襲ってきたその声。 背中を引きつらせる藤忠。
 振り向くとそこには黒百合が、嬉しそうな笑顔で立っていた。
「……今、写真をとったのか!?」
「いい感じにぃ……♪」
 黒百合が見せたスマホの画面には、水も滴るセーラー服の美少女の姿がばっちり映っている。
「消せ!」
「いやよぉ……♪ 写真で見る分には可愛いしぃ……とっておいた方が面白そうじゃなぁい……♪」
 藤忠をからかい続ける黒百合。
「もっと過激なのを撮りたいわぁ……♪」
「やめろ! それよりいいのか、仲間は先にいってしまったぞ?」
 チルルや雫らは黒百合が勝手にいなくなったことに気づかないのか、いつものことだと割り切っているのか、川沿いの道をもう先に進んでしまっている。
「いいのよぉ……♪ さっき、面白そうなメールがきたんだけど、私の趣味には合わないのよねぇ……ここで撮影会をしたほうが楽しそうだものぉ……♪」
 セーラー服姿の藤忠を黒百合はスマホカメラでシャバシャ撮影し続ける。
「だからやめろ!」
「きれいよぉ……♪ 一枚脱いでみましょうかぁ……?」
「どこのカメラマンだ! 俺は脱がないぞ!」

 数分後、川沿いを進んだ学園生たちの前に不思議な光景が見えた。
「こんなお地蔵さん、昼間はいた?」
 膝くらいのたかさの地蔵が四体、並んでいる。
 どことなく子供っぽい顔をしていた。
 学園生たちが近づくと、その地蔵たちが囁きだした。
『こっちへきてよ』
『ぼくらと一緒に遊んでよ』
『キミだよ、青い髪のお姉ちゃんが背負っているその子……』
『その子を置いて行ってよ』
 地蔵たちはチルルの背負っている市松人形を欲しているようだった。
「つまり、この人形と友達になりたいってことよね?」
「大体、筋書きが見えてきましたね」
「さっきのが恋音ちゃんのネタ、これはザジテンくんのネタだよね」
 バスの中で行われた怪談大会。 四人が披露した怪談がミックスされたような筋書きになっている。
「怪談大会はMVPナシとして全部混ぜた……というところなんだろうね。 演出上、ここで人形を置いていくか、椿さんの忠告どおりにお堂に収めるか、ストーリー上の二択を迫っているんだろう」
「どうするの?」
「もちろん行くよ、この罠に引っかかればバッドエンド決定だろうからね」
 お地蔵さんを無視し、咲魔を先頭に再び歩き始めた学園生たち。
 だが、ひとりまたひとりと人数が減っていく。
 気づけば歩いているのは、咲魔だけになっていた。
「どうしたんだ? まさか本気でホラーな展開になったんじゃ……」
 不審に思い、きた道を戻る。
 まず最初に姿が見えたのはチルル。
 真剣な顔でスマホを睨んでいる。
「雪室さん、どうしたの?」
「あ、バカ! 話しかけないで! 手元が狂ったじゃない!」
 怒られたのでびっくりしてチルルのスマホを覗きこむと、この夏話題のアプリ、チミモンJOをやっていた。
「雪室さん、そんなことしてる場合じゃ」
 苦笑する咲魔だが、チルルは真剣な顔のままスマホから顔をあげない。
「この山、タカライドンがいるの!」
「タカライドン?」
「超レアなチミモンよ!」
 チルルのスマホ画面には、どことなく宝井学園長に似たモンスターが映っていた。
「全然可愛くない」
「知らないの? これ百匹捕まえるとさいきょーのタカライゴスになるのよ!」
「僕、やってないから」
 学園生や教師をモデルにしたモンスターが多く登場し、とりわけ久遠ヶ原学園生に人気があるのは知っていた咲魔だが、なんとなく手を出していなかった。
「それはあとにしない? 今は人形を収めにいかないと」
 まずは肝試しのクリアを促す咲魔。
 するとチルルは、背負っていた市松人形をぽいっと咲魔に投げつけた。
「あたいはここにいるから、あんたがしまってきなさい!」
「ええ」
 反論したかったものの“さいきょー”が絡んだ状況でチルルを説得する言葉など持ち合わせていない。
 しかたなく、蒔絵ら他のメンバーをさがすべくさらに引き返した。
 彼女たちは全員、例のお地蔵さんの周辺をスマホを睨みながら歩いていた。
「タカライドン! タカライドン!」
 皆、チミモンJOに夢中だった。
 放置された四体のお地蔵さんは文字通り壊れたテープのように、
『こっちへきてよ』
『ぼくらと一緒に遊んでよ』
『キミだよ、青い髪のお姉ちゃんが背負っているその子……』
『その子を置いて行ってよ』
 と繰り返しているが、蒔絵たちは完全に無視している。
「聡一さんあたしこのコが、どうしても欲しいの!」
「久遠ヶ原にはいないんです!」
「この機を逃したら、一生後悔します!」
 呪いよりも、タカライドンをとり逃すことの方が恐ろしいらしい。
「わかった、みんながそういうのなら、僕が一人でいってくるよ」
 男らしく宣言したつもりの咲魔だが、それすら誰も聞いていない。
 タカライドンGETに夢中だ。
「な、なんて恐ろしいゲームなんだ……」
 呪いよりも人を変えてしまうゲームがこの世に出現したことを実感しつつ、咲魔は市松人形を抱いて中州のお堂に向かった。

 翼を広げ、川を渡る。
 中州は広く、お堂も意外と大きかった。
 暗いので全容はよく見えないが、人が寝泊まりできそうなくらいの大きさである。
 入口には、格子状の扉があった。
「この中に、人形を置けばいいんだな」
 扉を開ける咲魔。
 中は真っ暗である。
 あまり奥ふかくへ踏み入りたくないので、入口付近にちょこんと座らせすぐに扉を閉じた。
「それじゃあ、これで」
 立ち去ろうと背を向けた時、閉じたはずの扉が内側から開いた。
 咲魔は口を大きな男の掌でふさがれた。
「むぐ!?」
『せっかく来たのにもう帰っちまうだなんて、つれないじゃあないか』
 掌の主は、ねっとりとした色気のある声でそう言った。
『夜の山、男ふたり、何も起きないわけがないだろ?』
 男の掌が、咲魔のズボンの中に無遠慮に分け入ってくる。
 そして……。
「アーーーーッ!」
 ふたりの男の絶叫が夜の山に響き渡った。

●帰路
 国道を走る帰りのバスの中。 咲魔はまだ震えていた。
「怖かった……本当に怖かった」
 隣席の蒔絵がその背中を撫でている。
「よしよし、ごめんね。 途中から、聡一さんをひっかけるためのどっきりになっちゃったの」
 咲魔以外のスマホに種明かしとその後の指示が書かれたメールが来て、ああいった流れになったらしい。
 聞けばタカライドンはレアモンスターでもさいきょーでもなく、どこにでも出現して挨拶を促すだけのネタモンスターらしいのだ。 チミモンJOをやっていなかった咲魔には見抜けるはずもない話である。
「メダル獲得者の中に、咲魔くんしか男の子がいなかったから仕方がないのだわ。 ミハイルさんが怪談でホモネタを出したせいなのだわ」
「ホモネタじゃねえよ! お前らが勝手に改ざんしたんだろうが!」
 大声をあげて否定するミハイル。
 ちなみに最後に咲魔を襲ったのはクレヨー先生である。
「新弟子時代、部屋にああいう趣味の兄弟子がいたから物まねはお手の物なんだな」
「どうりで重い上に力が強くて、振り払えないと思いました」
 元関取で、プロレスラーで、撃退士のクレヨー先生。 後ろをとられては咲魔もかなわない。
「藤忠くんに任せる案もあったけど、そのままふたりがそういう仲になっちゃったら蒔絵ちゃんがかわいそうなんだな」
「俺はそんな趣味じゃないぞ!」
 慌てて否定する藤忠。
「あはぁ、女装は似合っていたわよぉ……♪ 卒業後はそっちの道に進んでも結構いけるかもぉ……♪」
「進まん! 写真データは消してくれ!
 藤忠は、黒百合に猛抗議した。

 未だにぎやかな車内を眺めながら椿はクレヨーに尋ねた。
「去年は臨海学校、今年は林間学校とやったわけだけれど、来年は?」
「……できれば卒業旅行がいいんだな」
「そうだわね」
 この場合における卒業旅行。 それは久遠ヶ原学園が半ばその役目を終えることを記念した慰安旅行である。
 すなわち、望ましい形での戦争終結を意味していた。
 果たして来年それを行うことを、本当に果たせるのか?
 それは、キミたちひとりひとりの選択と行動にかかっているのである。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 伝説の撃退士・雪室 チルル(ja0220)
 赫華Noir・黒百合(ja0422)
 歴戦の戦姫・不破 雫(ja1894)
 鉄壁の守護者達・黒井 明斗(jb0525)
 Standingにゃんこますたー・白野 小梅(jb4012)
 そして時は動き出す・咲魔 聡一(jb9491)
 UNAGI SLAYER・マリー・ゴールド(jc1045)
 食べ物は大切に!・天願寺 蒔絵(jc1646)
重体: −
面白かった!:11人

伝説の撃退士・
雪室 チルル(ja0220)

大学部1年4組 女 ルインズブレイド
赫華Noir・
黒百合(ja0422)

高等部3年21組 女 鬼道忍軍
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
おかん・
浪風 悠人(ja3452)

卒業 男 ルインズブレイド
崩れずの光翼・
向坂 玲治(ja6214)

卒業 男 ディバインナイト
白銀のそよ風・
浪風 威鈴(ja8371)

卒業 女 ナイトウォーカー
白銀の魔術師・
ナタリア・シルフィード(ja8997)

大学部7年5組 女 ダアト
鉄壁の守護者達・
黒井 明斗(jb0525)

高等部3年1組 男 アストラルヴァンガード
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
慈し見守る白き母・
白蛇(jb0889)

大学部7年6組 女 バハムートテイマー
大祭神乳神様・
月乃宮 恋音(jb1221)

大学部2年2組 女 ダアト
ねこのは・
深森 木葉(jb1711)

小等部1年1組 女 陰陽師
Standingにゃんこますたー・
白野 小梅(jb4012)

小等部6年1組 女 ダアト
ペンギン帽子の・
ラファル A ユーティライネン(jb4620)

卒業 女 鬼道忍軍
撃退士・
光坂 るりか(jb5577)

大学部8年160組 女 ディバインナイト
そして時は動き出す・
咲魔 聡一(jb9491)

大学部2年4組 男 アカシックレコーダー:タイプB
海に惹かれて人界へ・
ザジテン・カロナール(jc0759)

高等部1年1組 男 バハムートテイマー
UNAGI SLAYER・
マリー・ゴールド(jc1045)

高等部1年1組 女 陰陽師
永遠の一瞬・
向坂 巴(jc1251)

卒業 女 アストラルヴァンガード
童の一種・
逢見仙也(jc1616)

卒業 男 ディバインナイト
食べ物は大切に!・
天願寺 蒔絵(jc1646)

大学部2年142組 女 アーティスト
明ける陽の花・
不知火あけび(jc1857)

大学部1年1組 女 鬼道忍軍
藤ノ朧は桃ノ月と明を誓ふ・
不知火藤忠(jc2194)

大学部3年3組 男 陰陽師