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斡旋所の会議室に、六人の編集長が集った。
「キュウ!」
正確には五人と一匹だった。
ラッコの着ぐるみを着たこの男は、鳳 静矢(
ja3856)。
「そのスタイルってことは、さては月刊ラッコだね?」
イリス・レイバルド(
jb0442)に指摘されると、ラッコは刷りたての雑誌を取り出しコクコク頷いた。
鳳はラッコモードでは人語を話せないため、フリップに書き文字で会話する。
歌音 テンペスト(
jb5186)が、月刊ラッコを手に取った。
「なになに“今、ラッコが熱い!”……まあ、これを見て、ラッコマニアは体を熱くするのね」
顔を赤らめるテンペスト。
「なにを言っているんです、テンペストさん?」
雫(
ja1894)が首を傾げる。
「だって、エッチな雑誌を作ろうって依頼でしょ」
「ニッチだ! 棒が一本多い!」
ミハイル・エッカート(
jb0544)がグラサンの下で青い目を見開く。
「そんなこと言ったってほら、この特集なんか“完全図解!ラッコ大解剖!”よ。 脱がすだけじゃ飽き足らず、内臓まで見ようって貪欲さ、このスケベ!」
ミハイルが溜息をつきながら月刊ラッコを取り上げ、目を通した。
「ふむ、ラッコの身体スペックについて書かれているんだな」
うんうんと頷くラッコ。
「“ラッコ目は遠くの貝まで見つけられる 。 ラッコ耳は助けを求める人の悲鳴と遠くで貝の転がる音を聞きとれる」
ミハイルの読み上げに合わせ自慢げに遠くを見渡し、耳を澄ますジェスチャーをしてみせる。
「ラッコ鼻は離れた所にある美味しそうな貝の匂いもかぐ事が出来る。 ラッコ手は一秒に10回の高速貝叩きを行えるパワフルさ」
得意げに鼻をすんすん言わせたり、愛用の石を両手で持ってぶんぶん振り回して見せる。
「ラッコ足は普通」
「まあ、普通の状態でも貝の事ばかり考えるほど性欲がたぎっているのね? 発情期にはどれだけ淫らになるのかしら?」
「キュキュウ!(私のオチをボケで上書きするな!) 」
猛講義するラッコ、なんでもエロにして変換するエロリストと同じ依頼に入ってしまったのが運のつきである。
今度はRobin redbreast(
jb2203)が雑誌を開いた。
「特集『ラッコさんへの質問コーナー』だね
「キュウ!(読者から寄せられた質問にラッコさんが答えるよ!)」
「Q1:ラッコは何故生まれたのですか?(男子高校生・東京)」
「もちろん、お……」
「黙ってろ」
テンペストが開こうとした口をミハイルの掌が抑え込む。
「キュウ!(皆の夢と希望をまもるためだよ!)」
ラッコが雑誌の内容そのままに答える。
「Q2:クラスに付き合いたいと思う子が居ますがなかなか話せません、どうしたらいいですか?(女子中学生・徳島)」
「まず給食に媚薬を」
「だから黙ってろ!」
この依頼は、テンペストを何とかしないと進まないのだった。
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続いて雫の雑誌“週刊ハンティング”
「自分で制作に関わりましたが、売れるんですかね……この本?」
「日本だと、狩りはあんまり盛んじゃないよね」
「あたしは雫ちゃんをハントしたいわ……むぐ」
とりあえずテンペストの口は抑えておく。
「ミハイルさん、お願いがあるんですが」
「なんだ?」
雫のお願いとは、“世界的に丸見えな某特捜番組風”に雑誌を朗読して欲しいとのことだった。
「なるほどじゃあ、いくぞ」
ミハイルは、渋い男声で物真似を始めた。
「まずはこの写真を見て欲しい。 カワイイ動物が写っているように見えるが、よく見ると大きさがおかしい、しかも、近くにいた生徒に話し掛けているではないか! 試しに手に持っていた銃で狙撃してみた。次の瞬間!! 」
「キュウ!」
朗読に合わせるかのようにラッコが倒れた!
何者かに狙撃されたのだ!
「おい、静矢大丈夫か?」
「……キュウ!」
立ち上がるラッコ。
「凶弾はゴム鉄砲、撃たれたのは着ぐるみをきた撃退士だった、当然の如く無事である。これには取材班一同、苦笑い、それにしてもこの着ぐるみ男、ノリノリである」
強さを見せつけるかのように胸板を突き出すラッコ。
ミハイル、朗読していた隣で起きていた事にようやく気づく。
「なんだこの茶番は?」
「巻頭ページは写真が足りないんで今、作らせてもらいました」
雫はカメラ片手にラッコをパシャパシャ撮影している。
「まだ出来てなかったの?」
「出来ているコーナーもあります、こことか」
“天魔に聞いたこんな罠は嫌だ”というコーナーを開く
またミハイルが物真似で読み上げを始めた。
「学園に通う天魔生徒に内緒で行く先々に罠を仕掛け、実験終了後にどれが一番きつかったかを尋ねる企画、であったがここでアクシデント 」
ページをめくると髪が蛇で出来ていてにょろにょろ蠢いている美幼女が映っていた。
イリスには面識のある少女だ。
「あっ、ニョロ子ちゃんだ」
道行くはぐれ天魔の子・ニョロ子(jz0302)の前に生卵が落ちている。 スルーしようとするが頭の蛇たちが卵を求めてニョロ子を引っ張る。 そして、卵の元に行くと、落とし穴に落ちる。
「蛇は生卵が好物だから仕方ないよっねー」
とらばさみや、囲い罠にも同じ卵の罠で引っかかるニョロ子。
しかし、ニョロ子が最も悶絶したのが誘蛾灯の罠。
無数のやぶ蚊が集う誘蛾灯にむざむざ突っ込んでいく
『かゆいにょろー!』
体をぼりぼりかいているニョロ子の写真で終了。
「なんで引っかかっちゃうんだろ? 誘蛾灯に生卵は用意してないよね?」
「キュキュウ(蛇には虫という字が入るからではないかな)」
強引な考えオチだが、学園最速のレベルキャップ到達者が絶大な能力を無駄遣いして起ち上げた雑誌 “週刊ハンティング”こんな内容なのである、必見!
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「天呼ぶ地呼ぶ人が呼ぶ!ボクを呼ぶ声がする! そう、ボク参上!」
「イリスさん、さっきからいた気が」
「自分のパートがきたらやっぱこれ! 叫ばないっとねー!」
目立ちたがりな金髪幼女、イリスが編集した雑誌は“月刊 世界の美少女”
「ニッチ、なのかな?」
Robinが首を傾げる。
「うんうん、美少女好きは多いよねー でもボクの編集した雑誌は小学生以下限定なのだー! 手に取りにくいって意味ではニッチー!」
「余裕だわ! 他の本に挟んでレジに持っていく必要などまるでないわ!」
「うんまあ、テンペスト君みたいのをターゲットとした雑誌だよね。 でもエロくねぇから ボクの趣味じゃないし」
「趣味になるように、イリスちゃんを調教……ほぐっ」
テンペストはラッコの貝割石で後頭部を殴られて気絶した。 野獣の恨み炸裂である。
「まずは“ウチの子一番”のコーナー! ウチの子が一番かわいいに決まっている! そう、人とは大事な宝物を自慢したくなるもんだ。 というわけで子供に可愛い服を着て世間様に自慢しようという企画! 子どもに何着せていいかわかんない親御さんに好評……に、なる予定」
この時点ではまだ第一号が刷り上がった状態。 定期購読の受注広告も打っていないのである。
「さっき、アレな趣味の人がターゲットの本だって言ってたよね?」
Robinにツッコまれる。
「あははー、次、次! 今月の○○特集のコーナー! 今月はツンデレ特集! ちなみに来月はヤンデレ特集!」
「キュウ!(オタク向けサブカル雑誌か!)」
「子持ちの夫婦向けなのか、エロなのか、サブカル好き向きなのかはっきりさせろよ」
「あははー、ブレブレこそがボクの軸なのだー!」
イリス、もはや勢いだけである。
「付録は、読者投稿のデザインのコスチュームに着替えたボクブロマイドー 、読者投稿から抽選で指定されたコスチュームをボクが着ちゃうよー!」
『茨城県のTさんからのお便りです! イリスたん、マイクロビキニを着てください! 雫たんとRobinたんも一緒にお願いします!』
ハガキ職人化するテンペスト。
「キュウ(ラッコのマイクロビキニは需要ないか?)」
マイクロビキニを着け、テンペストに見せつけるラッコ。 野生の恨みは恐ろしい。
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「俺のはイリスの自慢コーナーを特化した感じだな」
ミハイルが手に持っているのは“月刊のろけ”
「あー」
「あー」
雫とイリスが揃って唸る。
「ミハイルさん、彼女が出来てから浮かれっぱなしですよね」
「調子に乗る事に関して、ボクが負けるとは思わなかったよ」
幼女たちの批判も聞かず、ミハイルは米国人丸出しのウキウキモード。
「俺の雑誌を見てくれ、ご機嫌な内容だぜ!」
雑誌の中身を見せつける。
「まずは写真コーナーだ、熱愛中のカップルのデート写真、ツーショット写真が満載だぜ!」
「熱が冷めた頃に見直したら、恥ずかしさで悶え死にそうだね」
ジト目で呟くイリス。
「写真にはデート報告、恋人自慢、愛をつづったポエムも添えてあるぜ!」
「別れた時には黒歴史の書です」
雫もミハイルに厳しい。
「俺と彼女の写真は、この通り一番大きく載せてあるぜ!」
写真コーナーには“今週の恋人ランキング”というページがあり、ミハイルと恋人女性が、ドレスアップして社交ダンスしている写真が載っている。
「むろん、俺達が今月のカップルランキング一位だ!」
自慢げに雑誌を見せつけるミハイルの脇で雫がイリスに耳打ちしている。
「イリスさん、聞きました? 編集者による捏造ですよ」
「マスコミの闇って奴だね」
だが、ミハイルの捏造はそれだけに留まらなかった。
「“手作り弁当自慢“のコーナーも俺の彼女が一位だ! 」
開いたページには、重箱に入ったお弁当の写真が載っていた。
オニギリを持ったミハイルが微笑んでいる。
「体の大きい俺にはこれくらいが丁度いい 、彼女の小さな手がこのオニギリをにぎにぎしたと思うだけでも笑みがこぼれるぜ!」
調子に乗りきっているミハイル。
だが、雰囲気の悪さにようやく気づき、慌てて取り繕いを始めた。
「これは若者が結婚をせず、少子高齢化問題が噴出する中、パートナーを持つことにポジティブなイメージをしてもらうための雑誌なんだ。 いいか、二次元に満足するな。 画面の中の恋人とはデートもできない、トークも出来ないぜ」
必死なミハイルを無言で眺めている一同。
「うぅ」
ミハイルが口ごもった時、ようやくRobinが静寂を破った。
「ふーん、そうなんだ、すごいね」
全く抑揚ない感想は、浮かれているミハイルの心に深く突き刺さった。
「す、すまん、調子に乗った」
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そんな時、テンペストが声をあげた
「思い出したわ! これをミハイルさんの雑誌に載せてもらいたかったの」
「なんだ、見せてみろ」
テンペストが持参した封書を受け取るミハイル。
中身を見た途端、その顔が凍りついた。
「どうしたの」
ミハイルの手元を、他の面子が覗き込む。
「うわ、これは」
「ふーん、すごいね」
「きゅうー」
ラッコなど写真を見た途端、気絶してしまう。
「椿ちゃんのボディ、マジ爆エロ!」
イリスが大声で叫んだ。
隣の事務室にいた椿がそれを聞きつけてやってきた。
「なんなのだわ?」
テンペストが、口元をゆるませながら答えた。
「椿お姉さまの盗撮シャワー写真よ」
椿の顔がミハイルとは対照的に真っ赤になる。
「え」
「でゅふふ、胸もお尻もボリューミーで張りがあって素敵だわ」
「だめ、みちゃだめ! みないで!」
声をかすれさせて叫ぶ椿。
涙目になるが、ふと気づいたように呟く。
「あれ? うちのお風呂、シャワーとかないのだわ」
ミハイルもある事に気づいて声をあげた。
「この傷、筋肉のつきかた! こりゃ、俺の裸じゃねえか!」
テンペストが持ち込んだ写真はミハイルの裸体の上に、椿の顔を張っただけのコラ写真だった。
「どうやって俺のシャワー姿を撮ったんだよ、盗撮したのか!」
テンペストに詰め寄るミハイル。
「あたしはしていないわよ?」
「じゃあ、誰が?」
「お祭りの露店で元カレだっていう人が売っていたの」
「なにぃ!」
「ぽっちゃりした童顔な中年男性だったわ」
「ミハイル君、まだ例の元カレにストーカーされてんだねー」
「諦めきれないんですよ、可愛そうに」
ミハイルをチラ見しながら、イリスと雫がぼそぼそ呟く。
「お前ら勝手な事言うな、いねーから、そんな奴!」
慌てて否定するが誰も信じない。
自業自得だった。
ようやっと、雑誌紹介。
「あたしが作ったのは“月刊生パン”よ!」
「なにそれ?」
「焼いていないパン?」
「創刊号には付録で椿お姉さまの生パン付なの、色・形・生地・触感やアレとかソレ等々を再現したレプリカを作るわ」
「そっちの生パンかよ」
「だから椿お姉さまが今、履いているの下さらない?」
椿のミニスカに向け手を差し出すテンペスト。
「絶対に嫌なのだわ!」
「じゃあ、ミハイルさんのでいいわ。 ミハイルさんの裸を、椿お姉さまの裸にしたてあげた以上、嘘にはならない!」
「絶対にやらねえ!」
肝心の中身を開くとこんな文言が、
『歌音様にいただいた原稿は、公序良俗に反するため掲載できません、今一度ご検討をお願いいたします』
「印刷されてないじゃん……」
“月刊生パン”創刊前に廃刊。
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最後は、Robinの雑誌。
「バラクラバの専門紙をつくったよ」
「バラクラバ?」
またも初めて聞く単語。 顔を見合わせる一同。
Robinの取り出した雑誌の表紙を見て、ようやく気づく。
「これか!」
「顔をすっぽり覆う目出し帽。 ドラマなどだと銀行強盗やテロリストの符号としても使われるフェイスマスク、それがバラクラバだった。
「キュウ(拝見)」
ラッコが雑誌を受け取り、目次に目を通す、
・初心者のための、バラクラバの選び方
・二着目は、何を選ぶ?
・ボーナスでオーダーメイドにチャレンジ
・最新トレンド
・一週間のワードローブ-今日は銀行でお仕事!-
・バラクラバ占い
ラッコ、目次からページをめくれない。
「き、きゅう(すごい、目次だけで内容がわかる上に興味の欠片もわかない)」
「そもそも、バラクラバに興味がねえからな」
「本当に好きな人だけ徹底的に好きな世界なのだわ。 これぞまさにニッチと言えるのだわ」
そのマニアックさに圧倒されてしまう一同。
「あたしは興味があるわ。 コラボ企画もしたのよ」
「コラボ?」
「バクラバも生パンもかぶるためのものだもの」
ページをめくるとバラクラバを被ったテンペストと、生パンを深く被ったテンペストがそれぞれ駅前を歩いて、どちらが職質されるかという企画をやっていた。
早く職質されたのはバラクラバ着用時だが留置所のお世話になるだけですみ、生パン着用時には下着ドロとして逮捕された。
総合的に見て、生パン勝利というテンペストの誇らしげな批評で締めてある。
「これで勝ったといえるのか」
まったく理解出来ない世界に、一同は言葉を失うのだった。
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今回発行された雑誌は、世のほとんどの人の目につくことはないだろう
だが、世に認められていないものに愛を注ぐがゆえの孤独を感じている人は、密かにいるのではないのだろうか?
そんな人の救いとなるという意味で、発行する意義はあるのである。