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昼十二時、島内放送にチャンネルを合せると、TV画面に学園のプールが映った。
運動会でよく聞く、せかされるようなBGMをバックに、男女二人の声が入る。
「皆さん、こんにちなのだわ『体格活用! 障害物競走』の企画立案・四ノ宮 椿なのだわ!」
「解説はクレヨー先生こと、小暮陽一です」
最初にアップになったのは、黒髪をショートにしたクールぽい女性・田村 ケイ(
ja0582)だった。
「まずは第一コース、ケイさんなのだわ 156センチ 45キロ インタビューでは『とりあえず完走を目標にするわ。お手柔らかに』とコメントしてくれたのだんだな」
「ケイさんらしいコメントなんだな。 お酒さえ飲まなければ、かっこいい女性なんだな」
「そうなのだわね、お酒さえ飲まなければ」
二人の声が笑っているのは、酔った時のケイを知っているからだ。
続いてTVカメラは、長身細身の、どこか闇めいた雰囲気を纏う男・鷺谷 明(
ja0776)を映し出した。
「第二コースは明くん、183センチ、59キロは出場者中最長身、再重量。 インタビューでは『さてさて、勝負するからには全力で、とねえ』とコメントしてくれたんだな」
「魔物めいた雰囲気があるけど、何でも全力で愉しむのがモットーの享楽主義者なそうなのだわ」
「再重量選手で60キロいかなかったのは、予想外だったんだな」
続いて、シャープで乾いた雰囲気の少年・アルファ(
ja8010)が映し出される。
「第三コースはアルファくん、174センチ、50キロ。 『勝利という気分を記憶に刻んでみようか』とコメントしてくれたのだわ、あとこの競技のためにダイエットしてくれたそうなのだわ、やる気がうれしいのだわ」
「もしかすると、元々は僕と同じ200キロオーバーだったのかもしれないね!」
「それはないと思うのだわ」
今度は、緑色の髪をポニーテールにした健康そうな美少女・桐生 水面(
jb1590)が映った。
「桐生 水面ちゃん、149センチ40キロ」
「可愛い子なのだわ、クラスで三番目くらいにモテそうな顔しているのだわ」
「何なんだな、そのランク付けは?」
「クラスの男子と、きさくに喋って、からかいあったりもするけど、内心、誰もが気になっている女の子って感じなのだわ、一位や二位は眺めるのが精一杯の高嶺の花だから、実質一位なのだわ」
「わかる気がするんだな」
ウェブがかった長い金髪を持つ少女・ヴェス・ペーラ(
jb2743)が映し出された。
「ヴェスちゃんは、161センチ45キロ、『どちらかと言いますと知恵競走ですね』とコメントしてくれたんだな」
「本質を見抜かれてしまった気がするのだわ、その通り、これは自分の体格が苦手な状況をいかにカバーするかという知恵の競技でもあるのだわ」
「鋭いよね、それを競技の中で活かせたら優勝候補なんだな」
椿、眉間に皺を寄せる。
「この手の漫画やアニメで、優勝候補と最初に言われたキャラが優勝出来た試しがない気がするのだわ、恐ろしいフラグなのだわ」
続いて、悪魔っ娘・パルプンティ(
jb2761)が映し出された。
「パルプンティちゃんは、161センチ45キロなのだわ、インタビューでは『おぉ、これはショーガイブツ競争ですよーっ。 漢字にすると生姜異物……アレ? 少し違う気がしますねぇー』とか言っていたのだわ」
「早くも脳内迷走しているね」
最後の第七コース、江沢 怕遊(
jb6968)は茶髪癖っ毛で背が低く全体的になんだか丸っこかった。
「怕遊くんは、118センチ 18キロ、出場者中最短身最軽量なんだな 『ぼくが一番ちっちゃいのですよ……だ、大丈夫きっと有利なのですよ……』と健気にコメントしてくれたんだな」
「怕遊『くん』でいいの? 女の子に見えるけど?」
「男性なんだな、最近の久遠ヶ原には『女の子を見たら男の娘と疑え』という言葉があるんだな」
「いやな学校になったものだわ……」
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号砲と共に七人の参加者は第一の競技である『薄氷の湖』のプールへ走った。
「まず最初に飛び出したのは、明選手、水面選手、ヴェス選手、怕遊選手の四人なのだわ」
この四人は、恐れる事を知らず、凍ったプールの上を駆けてゆく。
「薄氷を踏むような、という表現を実践するとは思いませんでした」
皆、慎重になって無言だが、ヴェスがそんな凝った事を言っているのが聞こえた。
「しかし、明選手は大胆なんだな、選手中再重量なのに」
「箇所によっては、体重二十キロオーバーで割れるのかもしれないのに度胸あるのだわー」
当然、二十キロがボーダーだという事は、出場者に知らされていない。
この競技で安全なのは、十八キロの怕遊だけなのである。
「それを見越して工夫している人もいるね」
アルファは、袋の中から前方に向かって白い粉を撒きつつ、氷上を走っている。
「あれは何かな?」
「食塩なのだわ、氷の強度をあげるそうなのだわ」
やや塩を撒くのにやや手間がかかるものの、極めてクレバーな工夫と言えた。
「授業で習ったことを最大限生かす俺、パーフェクトだね」
知的な一面を見せるアルファの後方で、やや慎重すぎるほどのそのそと氷上を這っている二人がいた。
ケイとパルプンティである。
表面積を広くして、氷にかかる体重を分散させようとしているのだろう。
ケイは途中までヘッドスライディングで進んだ。
その後、勢いが止まりかけると、以降は手に填めた軍手でこぐようにして、慣性を維持し続けている。
一方、パルプンティは特に何の工夫もなく四つん這いになっていた。
それを後方から、煽るようにしてカメラが撮影している。
「カメラさん微妙なアングルなのだわ、パルプンティちゃんのパンチラ狙いかしら?」
「彼女、撮るパンツをもう履いていない可能性があるんだな、放送中止になっちゃうから気を付けたほうがいいんだな」
パルプンティは、何もしていなくても勝手にパンツが脱げて、落としてしまう特異体質なのである。
その時、プールの前方で大きな着水音がした。
「誰か落ちたのだわ!」
大きく割れた氷の下、冷水の中に緑色のポニーテールが見える。
「水面ちゃん! やっちゃったのだわ、ついてない」
ロープを投げられ係員に救助される水面。
プールサイドのストーブ前で、寒さにうずくまっている。
「ば、バカな……うちの計算は完璧やったはず…… そうか、これが……慢心という奴なんやな」
ガクッと、その場に崩れる水面。
「可哀そうなのだわー、でもこれ、水面ちゃんのクラスの男の子は大喜びなのだわね」
「どうして?」
「明日からこれをネタに、からかえるのだわー、水面ちゃんが『んもー、だから体重をごまかしてなんかないってばー』とか顔を真っ赤にして怒るのだわ、それが可愛くて、またからかってしまうのだわー」
「勝手な脳内水面ちゃん像なんだな、でも大いにアリだと思うんだな」
結局、その後は誰も氷を踏み抜く事なく、ゴールに成功した。
現時点での消化ターン【ケ8 明5 ア6 水10 ヴ5 パ9 怕5】
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第二の競技はパン喰い競争。
ランダムに伸縮する紐の先に付けられたパンを、口でキャッチする競技である。
最初にパンにかじりついたのは、百八十三センチの長身を持つ明だった。
「これは妥当なとこだわね、百八十センチ以上あれば届くように設定したから」
ところが明は、先へ進もうとはしなかった。
リュックから水鉄砲を取り出すと、そこから放つ黒い水流で両隣のコース――ケイとアルファのパンを濡らしたのだ。
「なんという嫌がらせ、食べ物を粗末にするのはいけないんだな!」
クレヨー先生が、顔を赤くする。
「あの黒い水、イカ墨だし、少し躊躇するだろうけど食べられるのだわ」
「イカ墨?」
「みんなからメモを預かってコンビニに買い物にいったのは私なのだわ。 明さんのメモには水鉄砲と黒ペンキってあったのだけれど、ペンキが売っていなかったの。 代わりにイカ墨スパゲティの素にしておいたのだわ」
一方、ヴェスはベタベタした床に缶詰を並べ、それを踏み台にしてジャンプ、パンをゲットした。
余計な邪魔に時間を喰っていた明と肩を並べ、次の競技へ走ってゆく。
「他にも、売ってないものを書いてきた子がいるのだわ、ほらほら」
椿は、空に向かって一生懸命にハサミをチョキチョキしている怕遊を指差した。
「怕遊くん、メモに『高枝切りバサミ』って書いてあったのだわ、そんなもの売っているないから、児童用のハサミを買ってあげたのだわ」
小さなハサミを空に向かってチョキチョキやりつつ、とうてい届かないパンを見上げながら、118センチの怕遊は目に涙を浮かべている。
「可愛いのだわー、いい買い物をしたのだわー」
「椿ちゃん、結構、Sだよね」
しかし運が良かったのか、意外に早く届く範囲にパンが背丈の位置まで降りて来てくれ、突破に成功した。
遅れて入ってきたケイは、リュックの中身を見て、目をしばたかせている。
『バナナを結んだ縄跳び』という、謎の物体が入っていたのだ。
「何なんだな、あれは?」
「ケイさん、メモに『フック系鉤針とタコ糸』って書いてきたのだわ、コンビニにはないから、売ってたもので自作したのだわ」
「縄跳びはいいとして、なんでバナナなんだな?」
「コンビニにあった商品で、一番のフック具合だったのだわ」
「ごめん、椿ちゃんはSなわけじゃなく、単純にバカなんだな」
ケイは道具を諦め、普通にパンが降りてくるのを待ってキャッチした。
アルファ、パルプンティ、水面は、同じくビニル製のゴミ袋を敷いて、床の粘着性を封じる事でジャンプをして、パンをキャッチした。
イカ墨付きの二人は食べるのに躊躇したようだが。
「この程度のトラップ、主催者もまだまだだね」
余裕げに言いながら走り去ってゆくアルファ。
「言われてしまったのだわ」
現時点での消化ターン【ケ15 明11 ア13 水16 ヴ11 パ14 怕12】
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第三の競技は『寄り切れ! ヨコヅナくん』。校庭に七つの土俵が並び、それぞれに相撲ロボ・ヨコヅナくんが待ち構えている。
これを土俵から出せば突破出来ると言うゲームだ。
先頭を走るのは明とヴェス。
二人の行動は対照的だった。
明は、土俵にあがると組みあいもせずに、あっさり逃げ出し、罰ゲームの四股を踏み始めたのである。
「明くんは、勝つためなら手段を選ばないタイプだね」
「ヴェスちゃんは、ちゃんと組んでいるのだわ」
ヴェスは立ち合い相撲ロボの廻しをとった。
45キロのヴェスを、ロボは押し返してきたが、押され始める瞬間、ロボの直線状から横へ回避し、ロボに突進させては前に戻り、再度突進させたり、背後から押して、ロボ自身が土俵から出るよう仕向けたのである。
「正面から押し続けて寄り切れ、とは言われてませんよ」
気高い美貌を保ったまま、土俵を降りるヴェス。
「相撲上手だねえ、意外過ぎだよ」
「決まり手は、出し投げなのだわ」
続いて土俵にあがったのは、怕遊、そしてアルファ、パルプンティ。
アルファ、パルプンティは、明と同じく自らあっさりと土俵を出た。
「勝利のための手段は選ばないよ、喜んで四股を踏むよ。 批判はしないでくれよ、飴をあげるからさ」
なぜか、辺りの係員に飴を渡してから四股を踏む、律儀っぷりである。
「大人しく四股四股しますよーぅ」
「パルプンティちゃんは、意味わかってて言っているのだわ?」
一方、怕遊は、土俵にペットボトルの水を撒いている。
「あれで、滑りをよくする作戦かな?」
同じように土俵に何かの液体を撒いたのが、ケイと水面である。
ただ、結果は対照的だった。
怕遊は、押し出され、ケイと水面は寄り切ったのである。
「怕遊君のは水、ケイさんと水面ちゃんのは油だったのだわね、土俵は広いから持ち歩ける量の水では意味がないのだわ。 その点、油はナイスチョイスだったのだわね」
現時点での消化ターン【ケ21 明17 ア19 水22 ヴ17 パ20 怕19】
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トップの二人が最終競技『闇の中を走れ!』に突入した。
ランダムで天井の高さを変えるトンネルを、目隠し状態で突破するという競技である。
係員に目隠しをされた二人は、トンネルに接近する。
明は最初から不向きな競技だと諦めているのか、腰をかがめ、ゆっくりと前進した。
一方、ヴェスは軍手をはめた手を片方を上に、片方を右に差し出している。
「トンネルの高さを確認して高くなったら一気に行く作戦なんだね」
「これは、ヴェスちゃん優勝かなあ?」
第一競技から完璧な作戦を見せていたヴェス。
だが、なんという不運! 天井さえ高くなればそのままゴールなのに、それが低いままなのである。
「優勝候補と言われてしまったフラグには、やはり勝てないのだわ?」
明とヴェスが、屈みながらゆっくり前進しているうちに、他の競技者たちも後方から迫ってきた。
犬が走るように、馬が翔るように、両手両足揃えたハイハイを見せるケイ。
体にサンオイルを塗るアルファ。
「走らなきゃいけないなんて誰も決めてないよね。勝利を刻むためにはオイルだって気にしないさ。さあ、これから究極のヘッドスライディングを見せてあげるよ」
摩擦係数を減らしてスライディングする。
しかし、元々の距離が長いので、勢いは途中で止まった。
目隠し状態で自信満々に何かを取り出すパルプンティ」
「秘密は懐中電灯です。 これで頭をぶつけないではしれるです!」
「パルプンティちゃん、目隠しされていたら懐中電灯は意味ないのだわ……」
「これは背の低いうちには有利な種目やな」
傘を使って、天井の高さを確認しながらダッシュしようとする水面。
創意工夫をこらし、最終関門を突破しようとする選手たち。
だが、そんな苦労などせずとも、無人の野を駆け抜けるが如く走破してしまった選手がいるのである。
そう、身長118センチの怕遊。
トップだった明とヴェスをも抜き、あっさりとゴールしてしまっていた。
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「背がちっちゃくたって……大丈夫なのです!」
優勝カップと、宝狩地図破片を受け取りながら、怕遊はVサインをした。
一歩遅れてゴールしたのが、明とヴェス。
名コメント賞はヴェスの「薄氷を踏むような、という表現を実践するとは思いませんでした」に決定した。
「勝者の視点を見せてくれよ」
アルファは、表彰台に立つ怕遊の高さに目線を合せようとしたが、台込みでもアルファ方が高かった。
「面白かったですよーぅ♪ ぶっちゃけ、下着を落とさずに完走できたので、順位とか関係無く私的には大成功ですー♪」
パルプンティはご機嫌だが、スタートラインにパンツを落としている事には気付かなかったようだ。
選手全員で、小さな勝者・怕遊を祝福し、障害物競争は終了した。
最終結果【ケ31 明27 ア28 水32 ヴ27 パ30 怕26】
「痩せている子が優勝したけど、椿ちゃんはダイエットどうするんだな?」
「先生に言われたくないのだわ……」