●
動物園前の駅。
特別に用意された動物列車にエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)は乗り込んだ。
ホームには、発車ベルがすでに響き渡っている。
「やれやれ、ぎりぎりでしたね」
エイルズが乗り込んですぐドアが閉まり、電車が動き出す。
客車にいくと、最初に見付けたのは二つの背中。
大きなペンギンと、それより少し背の低い少女が並んで車窓を眺めている。
「ほら、カイザー! 動き出したわよ! 電車っていうの、さいきょーに速いのよ!」
自称学園さいきょー娘の雪室 チルル(
ja0220)だ。
「チルルさん、でっかいペンギンですね」
話しかけると、振り向きざまにチルルが自慢してきた。
「コウテイペンギンっていうのよ! 南極さいきょーの動物なんだから!」
「アザラシとかの方がカチれば強い気がしますが」
「うっさいわね! あたいのカイザーとやるってえの? あんたの旅パ出しなさいよ!」
「僕の旅パは世界一レアでそうそう見せられないんです、あとのお楽しみに!」
シュタッと逃げ出すエイルズ。
チルルをからかっているのもいいが、一通り車内の動物を見て回りたい。
本日の遠足に行く先が三つあるが、電車組は全員この電車なのである。
少し歩くとクリス・クリス(
ja2083)が、座席に座っていた。
「元気してた?今日はよろしくね」
頭上に掲げた褐色のボールのようなものに話しかけているクリス。
「クリスさん、なんですかそれ?」
「マ次郎だよ」
「名前から察するにアルマジロですね」
「久しぶりだから恥ずかしいのかな? ずっとこのままなんだよね」
マ次郎は、丸まり体勢のまま元に戻ろうとしない。
「ところでミハイルさん見かけませんでした?」
エイルズが尋ねたのはクリスの義父的存在のミハイル・エッカート(
jb0544)の事である。
「それがいないんだよ、さっき電車中探したのに」
「遅刻ですかね」
エイルズが首を傾げた時、ドヤ顔でチルルが飛び出してきた。
「あたし知ってる! ミハイルは救急車よ!」
「ええ」
「かんどーの再会とかで、クマとハグしたら背骨をバキっとやられちゃったの!」
「かんどーの再会?」
「例のヒグマですか」
一年余り前の動物園依頼で、ミハイルは仲のよくなったヒグマにじゃれ付かれて重体になったのである。
今回も同じヒグマと再会し、思わずハグをしたあげく同じ目に遭ったのだろう。
「じゃあ、ミハイルさんは今回は欠席?」
「ううん、救急車で集中治療を受けながら遠足先に行くそうよ」
「救急車で遠足って」
「非常識な三十路ですねえ」
溜息をつくクリスとエイルズ。
ミハイルとの合流は山での事になりそうである。
徒歩組が多かったため、この電車にいるのは他に鐘田将太郎(
ja0114)と斉凛(
ja6571)だけだった。
二人は、自分の飼い猫を旅パにしている。
現在、凛の猫が鐘田の猫に興味を示しているようだ。
「小凛と申します、宜しくお願い致しますわ」
凛が自分と同じ、白い毛並と赤い目を持つ猫を抱きかかえながら丁寧に頭を下げた。
小凛と名付けられた白猫もみゃあと挨拶をする。
その先には、鐘田の膝の上に乗せられた猫用のバスケットがある。
蓋は、閉ざされたままだった。
「マルコメ、挨拶くらいしろよ」
鐘田はバスケットの中にいる猫に話しかけているがマルコメはうずくまったまま動こうとしない。
「ダメだ、相変わらず人見知りだな」
「同じ白猫でも性格が違いますのね、小凛は人懐っこくて物怖じしませんの」
「せっかく友達が出来そうなんだ、マルコメ、勇気を出せ」
鐘田が激励してもマルコメはバスケットの中にうずくまったままだ。
「すまんな」
「いえ、また機会もありますわ、それでは」
凛はスカートをつまんで挨拶をすると、小凛と共に鐘田のいる席から去っていった。
とたん、バスケットからマルコメが飛び出し、鐘田の首にじゃれ付いてくる。
「はははっ、不安だったのか、しょうがない奴だな」
ごっつい体とはミスマッチなまでに表情を蕩かし、鐘田はマルコメを撫でまわした。
マルコメと一緒に車窓を眺める。
「いい景色だな、マルコメ」
窓の外には春の海が煌めいていた。
反対側の客車から窓の外を見ていたチルルが声をあげた。
「お馬よ! こっちはお馬が走っているわ!」
●
河川敷にある土の道路。
袴をひらりと閃かせ、白馬の“上様”に飛び乗る少女がそこにいた。
「上様、電車と競争しましょう」
電車に並んで白馬を走らせる蓮城 真緋呂(
jb6120)。
羽織袴に黒髪もあってなかなか様になっている。
しかし、電車はあっという間に視界から去ってしまった。
「う〜ん、電車の走り出しならもう少し勝負出来たと思うんだけど、駅の周りはアスファルトだったし」
蹄鉄ははかせているものの、サラブレッドの脚に負担はかけられない。
「でも、馬なら走った方が気持ちいいに決まっているものね」
河川敷を並足で走り、海を目指す。
晴天の下に響く蹄鉄の音が快い。
その蹄鉄の音がある時、二重になった。
振り向くと、黒百合(
ja0422)がいた。
上様そっくりの、だが黒い馬に跨っている。
「いいところで会ったわぁ♪ 私のお品代ちゃんと競争しなぁい?」
お品代というのが、黒百合が借りた馬の名前である。 上様の双子の弟にあたる。
「競争、面白そうね」
黒百合が、五百mほど先に見える鉄橋を指差す。
「あの橋の麓を先に抜けた方が勝ちって事でどぉ? スキルは禁止ぃ、馬の頭と騎手の頭の両方が抜けた時点でゴールって判定でぇ……♪」
「細かく決めるわね?」
「双子だしぃ……真緋呂ちゃんの腕前も私と似たようなものでしょお……♪」
真緋呂と黒百合は二週間前から動物園内の牧場に通い、乗馬の練習をしていた。
乗りこなしぶりは真緋呂から見ても互角である。
「じゃあ位置に着いて」
手綱を改めて握りしめる二人」
「スタートぉ♪」
白黒二頭の馬体が同時に走り始めた。
予想通り互角の展開!
「やるわね、黒百合さん」
中盤までは抜きつ抜かれつの攻防が繰り広げられる。
残り150m。
波乱は起こった。
「黒百合さん?」
お品代が大きく前に出た。
野生の馬を思わせる奔放な足取りで、無遠慮に前進していく。
いくら真緋呂が頑張っても、上様の脚は追いつかない。
「まさか、私の体重?」
大食いの報いかと絶句する真緋呂。
次の瞬間、真緋呂は気付いた。
前を走るお品代の背に、黒百合が乗っていない。
黒百合がいるのはお品代のさらに前方。 自分の脚で走っているのだ!
「嘘でしょ?」
人を乗せていない馬がより速いのはわかる。 だが馬よりも速く走れる人間というのは非常識すぎる!
最初にゴールを切ったのは黒百合。
続いてお品代。 最後に真緋呂を乗せた上様。
「勝ちぃ……♪ 楽しかったわぁ♪」
お品代に跨り、走り去っていく黒百合。
それを茫然と見送る真緋呂。
「上様、奇天烈なものをお見せして申し訳ありません」
久遠ヶ原の奇天烈さに関わらせてしまった事をまずは詫びる。
「御気分直しに道草でも」
競争してお腹が空いたのか、河原の草を食べ始める上様。
文字通りの道草だ。
「いい天気ですねえ」
いろいろあったが、見上げる蒼天の壮大さや、道々の草を躊躇なく食べる馬の雄大さと比べれば、全てはどうでもいい事のように思えるのだった。
ヨチヨチとした速度で海へ向かう者たちもいた。
水無瀬 快晴(
jb0745)とその恋人・川澄文歌(
jb7507)である。
彼らの旅パは、水無瀬の愛猫・ティアラと文歌が動物園で仲良くなったジェンツーペンギンの幼鳥、ペソちゃん。
ペソもティアラも体は小さいが、一生懸命歩いている
暑さがれば、ペットボトルから冷水をかけてやれば克服出来る。
この組で辛そうなのは動物たちより文歌だった。
「だ、だいじょうぶだよ!」
精一杯強がっているが、文歌はバテバテだった。
いつも通りペソに合わせて、ペンギンのきぐるみを着て来た。
そこそこ暖かくなってきた春の一日。 暑いきぐるみを着ての十km遠足は堪える。
「……電車にしたほうが良かったんじゃ?」
昨夏、文歌が着ぐるみの暑さに負けて倒れた事を知る水無瀬。 心配である。
「でも、こうやってカイとデートしたかったし」
「……二人きりになれるわけでもない」
二人と二匹の周囲には、たびたび人が集まっていた。
「きゃー! 可愛い!」
「何の宣伝? 映画、ドラマ?」
なにせペンギンの子供を連れて歩いているのである。 レアかわなのである。
水無瀬はイケメンだし、文歌はきぐるみ姿なので、舞台か映画の宣伝かと勘違いされる。
道行く人々に囲まれるのである。
何度目かのそれが、通学路の横断歩道上で起きてしまった。
今度の相手は小学生、興奮していうことなんか聞きやしない。
「ペンギンさんだー! かわいい〜」
「猫さんだっこさせてー!」
信号が赤に変わっても子供たちは退いてくれない。
渋滞の原因になってしまっている。
「……ここはスキルで隙を作って突破しよう、フミカ」
水無瀬が話しかけたが、文歌から返事はない。
「フミカ?」
「おっきいペンギンさん、倒れちゃったよ」
「ペペ〜ん……」
なんとここに来て文歌が、子供の体温と車の排気ガス熱にやられて目を回してしまった。
さすがに、ティアラとペソと文歌ペンの三匹を抱えては動けない水無瀬。 困り果てる。
そこに、ハスキーボイスが響いた。
「アカハトマレ アオハススメ」
現れたのは肩に大きなオウムを乗せた男・小宮 雅春(
jc2177)だ。
ちなみに喋ったのはオウムの方である。 動物園で借りた60歳のオウム”師匠”だ。
「オウムさんだ〜、きれ〜」
「お話できるの?」
半分くらいの子供は小宮に釣られて横断歩道を渡ってくれた。
だが、残りの半分はペンギンや猫がいいらしく動いてくれない。
「……まいったな」
水無瀬が呟いた時、今までテコでも動かなかった子供たちが突然、顔色を変え、蜘蛛の子散らして横断歩道上から逃げ出した。
「虎だー!」
体長3mはあろう真っ白な虎の出現。
子供たちも本能レベルでの恐怖に駆られ、逃げた!
「水無瀬さん、今のうちに文歌さんを」
子供たちのほとんどより小さな少女、雫(
ja1894)。
白虎のリードを握っているのは彼女だった。
水無瀬は頷くと、フミカをおぶって横断歩道を渡った。
「助かったよ、ありがとう」
水無瀬、小宮、雫にそれぞれ礼をいう文歌。
「いえお気になさらず。 それよりも、動物たちの様子がおかしくないですか?」
小宮が気付く。
雫に抱えられたペソがガタガタ震えている。
猫のティアラも毛を逆立て、オウムの師匠は羽根をバタバタさせて逃げようとしていた。
「すみません、私、動物に怯えられる体質なんです」
小さな肩を落とす雫。
彼女が連れている白虎もリードの許す限りの範囲で雫から離れている。
今朝、動物園で動物を見繕う時、どの動物にも怯えられ、誰もついてきてもらなかった。
諦め半分で以前の依頼で自分に怯えて服従ポーズをとった白虎の檻を訪ねると、怯えと憐みの混じった複雑な目でついて来てくれたのである。
「お前も協力には感謝しますが、その憐れみの目は止めなさい。本気で傷つきますから」
離れて突いてくる白虎を雫がたしなめた。
水無瀬は、休憩中の文歌に手を差し伸べて微笑む。
「……フミカ、きぐるみは海でまた着ればいい」
「そうだね、安全に行こう」
文歌はきぐるみを脱ぎ、仲間たちと再出発した。
一歩ごとに、潮風の香りが強くなっていく。
●
まだ雪の残る白い山。
そこを目指す一行の中にも、ペンギンがいた。
「れっつ、ぺんぺん!」
鳳 蒼姫(
ja3762)。
ペンギンのきぐるみを着ているが、こちらは外気が寒いので元気一杯。
小脇に抱きかかえているのは、フェアリーペンギンのペック。 世界一小さいペンギンである。
この国道沿いで今しがた、動物園の車から受け取ったのだ。
「山って良いですよねぇ、静矢さん」
夫の鳳 静矢(
ja3856)に話をふる蒼姫。
「キュウ!」。
夫はラッコのきぐるみ姿。
なりきっており、身振りと鳴き声でしか会話しない。
「明も寒くないですかぁ?」
「わう!」
元気よく返事をしたのは、防寒着着用の柴犬・明。 静矢の飼い犬である。
「みんな大丈夫ですねぃ、それでは山へ向かいましょぅ☆」
音頭をとりながら、なぜか静矢の背中に飛び乗る蒼姫。
「きゅう!?」
「アキのきぐるみは足が短いのですよぉ☆ 静矢さんがおぶっていってください」
「キュウ! キュウ!」
いやだとばかりに体が横に揺する静ラッコ。
だが、蒼姫ペンはこなきジジイのように離れない。
「ああ、大丈夫です。 ペックはアキが抱えてあげますからぁ☆」
「キューーウ!?」
それではますます重くなるじゃないかと抗議する静ラッコだが、自分に課したキュウキュウの制約によりキュウとしか言語化出来ない。
「きゅー……」
涙を流しつつペンギン二羽を背負い、山に向かう静ラッコ。
ブレーメンを思わせる集団の行進を道行く人々は、遠巻きに眺めている。
明のつぶらな瞳だけが、主人を心配げに見上げてくれるのだった。
「さぁ今日はのんびりゆるふわな旅にでかけようね」
雪道を一人旅する翡翠 雪(
ja6883)
今日は旦那を置いてきたが、ラブラブモード。
抱きかかえているユキウサギ相手に目がハートになっている。
仮に旦那が横にいても目に入らないかもしれない。
「あんまり触るとストレスになっちゃうかな〜……ダメ! ちょっとだけもふらせて〜」
取手付のゲージからユキウサギのユークを、取り出しては数mごとに抱きしめている。
全然、前に進まない。
「何をしている」
後ろから声をかけられ、びくっとする雪。
振り向くと、シベリアンハスキーを連れた軍服姿の男、ルーカス・クラネルト(
jb6689)がいた。
シベリアンハスキーも、カウガウほえたてている。
しかし、雪は動じない。
「ルーカス様も、もふりますか?」
「いや、いい」
クールに通りこそうとするルーカス。
だが、旅パのハスキーは前足を突っ張ってガウガウ吠え立てたままその場を動こうとしない。
「人懐っこい性格なんだが、不審者にはチェックが厳しい」
「私、野性的に見て不審人物なんですねえ」
雪はおっとりとした笑顔で微笑んだ。
●
南方の田園地帯を通る農道。
暖かい山を目指す学園生たちが、この道を歩いていた。
「こんにちはなのですぅ〜」
すれちがう農家のおじさん、おばさんに挨拶しているのは壺装束姿の小さな少女、深森 木葉(
jb1711)。
壺装束とは平安から鎌倉にかけて上流階級女性が外着にした衣装。
市女笠と呼ばれる凸型の帽子とそこから落ちている、ショールの様な布が優雅さを醸し出している。
「おお、お嬢ちゃん可愛いねえ、お芝居の稽古かい?」
木葉の挨拶に目を細めるお婆さん。
「遠足なのですぅ、鈴葉と一緒なのですぅ」
鈴葉が、木葉の市女笠上でピイと鳴いた。
鈴葉は雀である。
「巣から落ちて弱っていたので、お家に連れていったら元気になったのですぅ」
「偉いねえ、仲良くするんだよ」
道々にすれちがう人と会話を交わしながら、暖かな気持ちで田舎道を歩いていると、前方に不思議な乗り物を見付けた。
「牛さんなのですぅ〜、二匹? もしかすると三匹かもしれません」
藁ぶき屋根ついた小さな木製の牛車に並んで乗っているのは、牛以上の乳を持つ少女、月乃宮 恋音(
jb1221)だった。
その隣には、恋人のメガネ少年、袋井 雅人(
jb1469)がいる。
「……やつでさん、ダンさん、田んぼに落ちないよう気を付けて下さいねぇ」
「思ったより快適ですね、恋音」
牛車を引いているのは、ホルスタインのやつでと、黒い水牛のダンである。
「もお」
「もお」
のんびりと鳴く二頭。
牛車は、極めてのんびりした乗りもの、人の歩みでも楽々追いつく程度。
だが、晴天の田舎道をのんびりと進むこの時間は、恋人たちにとっては幸福だった。
「こんにちはですぅ」
木葉が、その二人に声をかける。
「木葉さん! 素敵な衣装ですね!」
「こんにちはぁ……鈴葉さんもお元気ですねぇ……」
「むむ、やっぱり、牛さんよりも大きいのですぅ」
恋音の一部とやつでの一部を見比べて、前々からの疑問を解消する木葉。
「ハハハっ、比べたくなりますよね!」「
「おぉ……(ふるふる)」
「さて、木葉さんも牛車に乗りますか?」
「乗りたいのですぅ」
木葉も牛車に乗り込み、旅は続く。
ダンの見事な角を、鈴葉は止まり木にしていた。
「鈴葉に新しいお友達が出来たのですぅ」
三人と三匹での和やかな旅が始まった。
「珍しいものに乗っているじゃないか」
ラファル A ユーティライネン(
jb4620)が牛車に併走してきた。
「こんにちはですぅ」
「おぉ……ラファルさん、その子はぁ……?」
「温泉大好きカピパラくんですね!」
ラファルがリード紐に繋いで歩いているのは、袋井の言う通りカピバラだった。
大型犬ほどのサイズがあるが、端的にいうならでっかい鼠である。
「俺はこのバラー君を山頂の温泉に入れてやろうと思ってな。 どだ、もふもふだろ?」
「もふもふですぅ」
木葉がカピパラを抱っこしてもふる。
「私にも撫でさせてください!」
「じゃあ、俺もそれに乗っけてくれ」
牛車の四人目の乗客となるラファル。
「のろまだが、楽だなこりゃ」
「これはカンボジア風の牛車ですぅ……馬車よりもパワーがあるので、現地では運搬用に使われているそうですよぉ……」
「牛さん二頭がかりだからこそ、こうして恋音の胸を運べるんですよ!」
「……おぉ……(ふるふる)」
そろそろ2mを越えそうな勢いのバストの恋音。 その重みは測定不能。
登山道に入ると勾配もきつくなってきた。
「頑張るのですぅ、やつでちゃん、ダンちゃん」
「目的地はもう少しですよ」
見晴らしのよい丘に差し掛かる。
田園地帯を一望できる緑の丘に、銀髪長身の少女が座っていた。
「……あれは、レフニーさんですねえ?」
「何してんだ、あいつ」
Rehni Nam(
ja5283)は、レフにゃんと一緒に丘に腰かけてお弁当を食べていた。
「レフにゃん、大好物のチキンソテーですよー」
「みゃ♪」
嬉しそうに万歳するレフにゃん。
レフにゃんは人型猫型生物である。
レフニーの家の近所に住んでおり、よく家にご飯を食べにくる。
掌に乗るほど小さくて、猫耳が生えているが、顔はレフニーそっくりである。 レフニーにも理由はわからない。
「レフにゃんもここまでよく歩きましたね、脚は痛くないですか?」
「みゃあ」
余裕さとばかりに、指を振るレフにゃん。 二足歩行のあんよにはいたブーツが可愛らしい。
チキンソテーをあぐあぐしている様を微笑ましく眺めていると、
「何してんだ」
「こんにちはですぅ」
丘の下からラファルと木葉が声をかけてきた。
牛車が停まっていて、そこに袋井と恋音も乗っている。
「レフにゃんとお弁当を食べているですよ」
「レフにゃん? その猫の名前か?」
「猫じゃねーですよ、 レフにゃんは人型猫型生物です!」
膨れ面でラファルに反論するレフニー。
「人型? どう見てもただの猫だろ、なあ?」
他の三人にラファルが尋ねると、三人とも不思議そうな顔をして頷いた。
「可愛い猫さんなのですよぉ……(ふるふる)」
「白猫さんなのですぅ」
「どこにも人型要素はない気がします」
レフにゃんを掌に乗せ、ドヤ顔で四人に突きつけるレフニー。
「何を言っているですか! ただの猫なら二本足で歩きません! 可愛いおべべも着たりしません!」
だが四人は、レフにゃんがただの猫であるという見解を変える様子はない。
「何と申しますか、そのぉ……服は着ていないように見えるのですぅ……(ふるふる)」
「レフニーさん、お疲れなのでは?」
「ひんぬーをこじらせすぎだろ、お前」
レフニーの胸を見ながらラファルが真顔で言う。
「自分もたいした事ないくせに何を言うですか」
レフニーがとくわーっと牙を剥く、レフにゃんも揃ってくわーっと牙を剥いた。
「真実を見るがいいです!」
スキル“奇門遁甲”を放つ。
幻惑させれば、レフにゃんの真の姿が見えるでしょうという作戦。
「どうです?」
四人が口を揃える。
「だたの猫」
全く考えを変えてくれない。
「もういいです、どっかいっちまえです!」
プンスカしながら四人に背中を向け、レフにゃんとのお弁当タイムに戻る。
その後“奇門遁甲”に巻き込まれ方向感覚が狂った牛たちが、見当違いな方向に歩き始めたらしく四人が大騒ぎをする声が聞こえたが、レフニーはしらんぷりをした。
誰がなんと言おうとレフにゃんはレフにゃんなのだ。
登山道中腹の湖。
山頂を目指すに途中、湖畔へ立ち寄るものたちがいた。
「疲れたか、食事にしよう」
麦わら帽子のワンピース姿の少年、鴉乃宮 歌音(
ja0427)は、足元に話しかけた。
そこには舌を出してゼハゼハ言っている雌のコーギー犬・ギコがいる。
コーギー特有の短い脚。 登山道を登るのはきつそうだった。
途中から電車に乗ることも考えたが、駅がなかったのでここまで自力で登ったのだ。
「水をかけてやるからな」
ペットボトから水をかけ、わしゃわしゃしてやる。
「そんなにくっつくな、私まで濡れるだろう」
はしゃいで鴉乃宮にじゃれつくギコ。
いつもは淡々としている鴉乃宮も、今日はどことなく嬉しい気分だ。
「今からごはんを捕まえるからな」
店から釣竿を借り、釣り糸を垂らす。
釣竿をスタンドにかけて様子を見つつ、ギコと遊んでやる。
鴉乃宮とギコは穏やかな時間を過ごした。
鴉乃宮が釣り餌を飼い足しに、山道沿いの店によると顔色の悪い男がヨタヨタとしながら歩いているのを見付けた
「大丈夫ですか? 顔が青いですよ!?」
「少しだけ気分が悪くて、休めばまあ」
息も絶え絶えに言いながらその場に座りこんだ男は、逢見仙也(
jc1616)。
彼の手首に黒っぽい毒蛇がまとわりつき、噛みついている。
「なんですかこれ? 日本の蛇じゃあありませんね? 動物園から借りたんですか?」
矢継ぎ早の鴉乃宮の質問に頷く逢見。
「ブラックマンバです」
「それ、超毒蛇ですよね?」
さすがに声をあげる鴉乃宮。
サバンナに生息し世界最凶の毒蛇と呼ばれる存在、それがブラックマンバだ。
声を聴きつけたのか湖畔で釣りデートをしていた樹月 夜(
jb4609)と支倉 英蓮(
jb7524)のカップルが寄ってきた。
「どうしました?」
「実はですね」
事情を説明する鴉乃宮。
「思い切り噛まれているじゃないですか!?」
毒蛇に牙を埋め込まれている逢見の手首を見て、英蓮がドン引きする。
「心配ご無用、レジスト・ポイズンを活性化していますから」
紫色になった腕を震わせながらガッツポーズをとる逢見。
「そのスキルって毒を送り込まれるたびに自動で使用回数を消費していくタイプですよ」
「歩いてくる間に噛まれっぱなしだとしたら、とっくの昔に切れている事になるよね」
果てしなくドン引きする樹月と英蓮。
「いや、撃退士は毒への耐性が強いですから大丈夫」
プルプル震えながらそう言い、自分の言葉にコクリとうなずく逢見。
「ものには限度が」
「顔を見ている限り、大丈夫では全くないと思います」
英蓮と樹月が断言した。
「お医者さんを呼んできます」
湖畔の向こうに救急車の赤いサイレンが見える。ミハイルを運んできた救急車だ。
優秀な医師が同行しているはずである。
脚の短いギコを置いて、鴉乃宮がそこへと走った。
「お医者さんが来る前に、まずはその蛇を取らないと」
樹月が却って焦りを帯びた声を出した。
逢見の手首に絡みつくブラックマンバを離さねば治療は出来ない。
もし医者が噛まれれば、ミイラ取りがミイラなのである。
「かといって、私たちも」
撃退士の反射神経は蛇のそれを上回るものではない。
今はV兵器もなく噛まれれば、さらにミイラが増えるだけだ。
そこで樹月は考えた。 野生の反射神経には野性を以てするしかないと。
「ロボさん、あの蛇をとれますか?」
樹月が尋ねた相手は、動物園から借りてきた銀色の狼である。
群れのボスらしく、風格があって落ち着いている。
「ぐう」
自信満々にロボが歩み寄る。
「待って夜くん、ロボさんの牙に噛まれれば蛇さんの方が死んでしまうかもしれません」
英蓮がロボをけしかけようとした樹月を止めた。
「ここは睨にお任せを」
英蓮の頭には、アフリカオオコノハズクの睨がとまっている。
これは動物園から借りたものではなく、英蓮の愛鳥である。
「睨は、あたしのいう事を聞いてくれるから」
フクロウなら毒蛇を取るのはお手の物。 英蓮は睨をけしかけようとした。
「睨! きみに決めた!」
だが睨は頭の上から飛び立たない。
「支倉さん、睨がその状態では無理では?」
英蓮の頭の上で、睨は体を棒のように細め、枝に擬態していた。
前門に世界最凶の毒蛇、後門に狼。
フクロウ的にはこうするしかなかったのだ。
「ああ! 睨、ごめんね、怯えさせちゃった」
彼らの連れてきた動物は強すぎたり弱すぎたりしてどうしようもない。
彼らが頭を抱えたその時、
「わう」
鴉乃宮の置いて行ったギコが短い前足を一閃。
こともなさげにブラックを逢見の手首から払い落とした。
ヒーラー犬として牛や羊の尾を追いかける習性のあるコーギー。 うねうねしたものは弄りたくなるのだ。
逢見は、小さな勇者ギコの本能のお蔭で無事に医師の治療を受ける事が出来た。
●
正午。
スキー客でにぎわうゲレンデの山頂に、ルーカスと彼の連れであるシベリアンハスキーが姿を現していた。
その背中には、立派な犬ぞりを装備している。
アラスカの友人から聞いたいぬぞり、一度は乗ってみたくてハスキーを選んだのだ。
「いくぞチョビ」
ハスキーの名を呼んで、犬ぞりに乗り込む。
飼育係が”ベタな名前でごめんな”と謝っていたが、何のことやらルーカスにはわからない。
白い斜面を犬ぞりが滑り出すと、辺りから視線を感じた。
(ふふっ、スキー客は驚いているかもしれんな)
ルーカスが心中でほくそ笑む。
背後から馬鹿でかい声がした。
「直滑降なのよ、カイザー!」
斜面を超直線的に、チルルが滑りおりてきた。
スキーをはき、巨大なペンギンを伴って滑っている。
「あんた用のスキーがないのはガッカリだったけど、なかなかやるじゃない!」
チルルは多くのイラストや漫画で描かれているように、ペンギンがスキーで滑れると思い込んでいた。
レンタルスキー店にペンギン用がないと聞いて愕然としたが、ペンギンは道具などなくとも腹這いヘッドスライディングで雪上を滑る名スキーヤーなのである。
「きゃっほー! 麓まで競争よ!」
「とんでもないのがいるな」
チョビともに唖然とするルーカス。
だが、すぐに次の衝撃が滑り降りてきた。
「へいへいへーい★」
「キュキュー!」
ペンギンのきぐるみを着た女が、ラッコのきぐるみを着た男とともに滑り降りてくる。
ラッコ男は柴犬に、ペンギン女は小さなペンギンを抱きかかえている。
すれちがいざまに旅パたちの目を見ると、二匹とも自分が何をしているのかわからないのかキョトンとしていた。
「静矢さん、ジャンプ台がありますよぉ!」
「きゅー!」
全力跳躍をかけたのか、とんでもない高さまで跳ね上がるそり。
スキー客もチョビも、呆然とそれを見上げていた。
「ショックだったか」
あまりにも衝撃的なものを見せつけられたため、チョビがそりを引かなくなってしまった。 そり引きとしての自信を失ったに違いない。
「どうされましたか? ルーカス様」
そこにさきほど会ったうさもふ女、雪がスキーに乗って滑り降りてくる。
道で会った時は変わり者だと思ったが、今の二組と比べれば常識人である。
「そういう事ですか。 では失礼して」
状況を察し、マインドケアをかけてくれる雪。
チョビが我を取り戻し、そりをひきはじめた。
「ありがとう」
「いえいえ、では、ユークいきますよぉ!」
雪はユキウサギを抱きかかえたまま、自分のそりで滑り始める。
「俺たちも行こう、チョビ」
「わう!」
ゲレンデに描かれるシュプールは、雪が融けても思い出として記憶に刻まれるのだった。
●
海辺では、水無瀬と文歌が岩場に腰かけ釣り糸をたらしていた。
「お魚さんを目指してがんばろうっ」
「さあ、いっぱい食べるべし」
水無瀬が釣り上げた魚をキラキラした瞳で見つめるティアラとペン。
熱帯魚の一種なのか、宝石のように綺麗な魚だ。
「みゃー」
「きゃう」
「綺麗な魚ばかりだね」
「……うん、俺たちが食べられそうなのは釣れないね」
苦笑する水無瀬と文歌、綺麗すぎて食欲が湧かない魚だ。
それでもティアラとペンは食べたがる。
ティアラは地面に置いてあぐあぐと齧り、ペンは丸のみにする。
食べる姿それぞれに、可愛らしさがある。
「私たちも、お腹すいているんだけどね」
「……我慢だな」
釣り場を変える事も考えたが、ティアラとペンの期待の眼差しが純粋過ぎてここから離れられない。
水無瀬と文歌は、お腹を鳴らしながら春の海に釣り糸を垂らし続けるのだった。
鐘田は愛猫マルコメを連れて砂浜で潮干狩りを楽しんでいた。
「ほら、でかいのがとれたぞ、マルコメ――ってまたか」
人見知りのマルコメは、誰かが通るたびに鐘田の背中にもぐりこんでしまうのだ。
「誰が通ったのかと思えば、立派なお馬だな」
マルコメが驚いたのも無理はなく、海岸を通りがかったのは黒百合の黒馬、お品代だった。
黒百合は掌に乗せた角砂糖をお品代の鼻づらに持っていき、舐めさせようとしている。
「3個? 甘いの3個ほしいのぉ……? イヤしんぼねぇ……♪」
何かのマンガで覚えたらしき台詞でお品代をからかっていた。
その様子を眺めている鐘田の背中を、マルコメの掌がペタペタし始めた。
「なんだ、お前もあれが欲しいのか? いかんぞ猫に砂糖は毒だ」
「みゃあ」
物欲しそうな声を出すマルコメ。
その可愛らしさに頬が緩む。
「フリマがあるらしい、そこでお前の食べられそうなものを買ってやる」
マルコメには甘い鐘田。 潮干狩りを中断し、フリーマーケットに向かう。
海辺のフリマは若者が多く、オサレな雰囲気だった。
しかし、中には“雰囲気ナニソレ”な地元の老人がむしろを敷いて海産物を売っている店もある。
そして、そういう店こそ美味かったりもするのだ。
「小凛、スルメはだめですの、猫には毒ですのよ」
メイド服姿の少女・凛は、海産物露店で愛猫のこねるだだに付き合わされていた。
甘え声と、ぺたぺたの肉球でねだってくるのだ。
飼い主にはたまったものではない。
「だめだ、スルメは猫には毒だ」
凛の隣で鐘田もまた、同じ苦しみを味わっている。
「鱚、鱚にしましょう! 美味しいですのよ」
「うちも同じのを! それと握り飯!」
素早く買って、それぞれ物影に移動する二組。
猫たちは”スルメ食いたいよ攻撃”をまだ繰り返しているが、心を鬼にするしかない。
「小凛! 特産品の贅沢なお食事ですわ」
鱚を与えると、小凛はスルメの事など忘れたかのようにむしゃぶりついた。
鐘田もマルコメに同じ事をしている。
人見知りなマルコメも空腹に気を取られ、警戒心がマヒしているらしい。
「美味しいかしら?新鮮な魚を食べられる機会はありませんでしたものね」
目を細めて小凛を眺める凛。
鐘田はマルコメが鱚を食べるのを見つめつつ、握り飯を大口で齧っている。
「食い終るまでに、俺も食わんとマルコメが欲しがるからな」
動物の前で食事をするのは大変なのである。
小宮はアクセサリー露店の前で、へりくだっていた。
「師匠、何がいいですか? あまり高いものはご勘弁を……私の分がなくなります」
相手は、肩に停まっているオウムの“師匠”である。
「アカハトマレ アオハススメ」
児童交通指導教室の特別教官だった師匠。 的確な事を言う。
「そうですか、赤はダメですよね」
小宮が追従したとたん、反論するような声が隣から響いた。
「赤がいいですの!」
見れば、凛が白い猫に貝殻つきの赤い首輪を買ってやっていた。
「小凛、記念の品ですのよ。 凛もお揃いのブレスレットを付けますの」
嬉しそうに首輪を愛猫につけている凛を見て、小宮も羨ましくなる。
「私たちもお揃いのものを買いましょうか?」
露店を見回す小宮。
ふと、小宮好みの赤い西洋人形に目を止めた。
値段は3000久遠、手持ちぎりぎりである。
しかして人形遣いとしては即決!
「すみません店員さん、あの赤いお人形を」
注文しようとすると、すかさず師匠が異を唱える。
「アカハトマレ アオハススメ」
そのお金を使っては、師匠の分が買えなくなる。 そう抗議していると小宮は解釈した。
「ああ、師匠すみません!浮気しました、見捨てないで下さいお願いします」
小宮がペコペコしていると、後ろから幼女の声が響いた。
「え? あれが欲しいんですか!?」
雫である。
フリマ内が大きく凍りつく。
猫やオウムならまだしも、本物の猛獣なんかフリマに来た事がない。
白虎を連れた雫は、空気を読まず小宮に話しかけてきた。
「そのオウム、売ってくれますか?」
「え?」
「この子が食べたいらしいので」
空腹そうな白虎を指差す雫。
「ダメです! 師匠は売りものでも食べ物でもありません!」
小宮は慌てて、掌で師匠をかばう。
「やはりそうですか、ワンチャンあるかと思ったのですが」
しょぼーんとする雫。
「今日一日私の我儘に付き合ってくれたお礼に、一つだけ好きな物を買ってあげると約束したらこの有様です。 動物というのは思い通りにはなりませんね」
艱難辛苦の末、ようやく自分に付き合ってくれる動物を見付けたものの、むしろ苦労が増えたようだ。
雫が溜息をついた時だった。
動物園の住人同士、前々からオウムの美しい姿に目を付けていたのかもしれない。
白虎が、雫の握っていたリードを振り払い小宮の師匠に襲い掛かった!
不意を突かれた雫が思わず声をあげる。
「あ、バカ!」
白虎の爪が師匠を捕えようとする。
金切声をあげる師匠。
「アカハトマーーー!」
その時、突然の戦慄とともに白い巨体がそれを遮った。
辺りに響くは、暴れん坊な征夷大将軍ドラマの主題歌。
現れたのは白馬に跨り、主題歌を鼻歌で歌っているの真緋呂!
羽織袴姿で颯爽と登場する。
「いいタイミング! さすがは上様」
真緋呂は白馬の上様から降り、雫に落としたリードを渡す。
「気を付けてね」
「ありがとうございます! ――お前、あとでお仕置きですよ!」
「がる〜う」
雫に叱られショボーンとする白虎。
真緋呂は茫然としているフリマの一般客をよそに買い物を始めた。
「上様に似合いそうなアクセないかなぁ?」
のんびりアクセサリーを見繕っている。
「お花とか可愛い? 私とお揃いにしましょう」
上様の視線を察し、花の髪飾りを二つ買う真緋呂。
「上様、つけて差し上げます」
ははーと畏まりながら片方を上様の白いタテガミにつける。
もう片方を、真緋呂は自分の黒髪につけた。
凛とした容貌に華やかさが加わった。
「では、御免!」
上様に跨り、真緋呂はフリマを去っていく。
「なんなんだ、こいつらは……」
海辺のフリマで繰り広げられた動物騒動は、翌日の地元紙に掲載されたのだった。
●
暖かい山の中腹。
先程は鴉乃宮、樹月、夜が釣りを楽しんでいた湖に、ミハイルは降り立った。
今朝、ヒグマの熊吉にベアーハッグされて大ダメージを受けた彼は救急車で集中治療を受けながら、ここまで来たのである。
迷惑な30男だった。
「パパはすっかり元気になったぞ、遊ぼうぜクリス」
湖畔で待っていた義娘のクリスに歩み寄る。
「ぱぱー、マ次郎が丸まったままなんだよー」
クリスはクリスで困っている。
電車の中で丸まりっぱなしだったマ次郎が、未だに丸まり状態を解除してくれないのである。
「パパに任せろ、こういう時はメシで釣ってみるんだ」
「そのミミズは釣り餌じゃなくマ次郎のおやつー」
魚釣りをしようとミミズを手に取ったミハイルだが、クリスに怒られてしまった。
アルマジロは、そもそも魚が好みではない。
大好物のミミズにも、今は興味を示さなかった。
「皆でマ次郎いじめて……」
プンスカするクリス。
「俺は、いじめているわけじゃないぞ、熊吉も含めてな」
実はミハイルは自分を救急車送りにした熊吉と懲りずに合流していた。
熊吉は先程から、丸まっているマ次郎にチラッと手を出しては、ミハイルにたしなめられてはひっこめるを繰り返している。
ミハイルの言う事は聞くし、フレンドリーで他の動物ともじゃれる。
ただ、力が強すぎて周囲が命がけになるフレンドリーさなのだ。
「熊吉はボール遊びが大好きだけなんだ」
「――もしかして、今、マ次郎がこうなっている原因って熊吉に怯えているんじゃ?」
疑わしげな目で熊吉を睨むクリス。
電車の中にも皇帝ペンギンや猫がいたのである。
「マ次郎は、キミの餌じゃないよ」
「がう」
熊吉、悪びれていない。 ボール遊び大好きの熊、食べられるボールなど最高に決まっているのである。
「ぱぱ、ボクはマ次郎とここで遊んでいるから、熊吉と温泉へいってきて」
「クリスも一緒に入ろうぜ」
「あっちはいろんな動物があっちに集まっているみたいだし、マ次郎は二人きりにならないときっと起きないよ」
「仕方がないな、気が向いたら来いよ」
ミハイルは去っていく。
娘に一緒のお風呂を断られた父親の背中は寂しげだった。
その温泉には、すでに学園生たちが集まっていた。
「柚子湯としゃれこむか。 なあバラー」
フラットボディにバスタオルを巻いたラファル。
カピパラのバラーくんに話しかけながら袋から、黄色い果実を取り出す。
「高いんだよな。 この小サイズ温泉がぎりぎりだぜ」
3000久遠でようやく買えた15個ほどの柚子を湯船に浮かべる。
この温泉は、大きさや薬効様々な湯船が同じ浴室に連ねてある。
最も小さな湯船を柚子湯にし、バラーくんと入る。
カピバラは温泉大好き、動物園でも毎日入っている。
ラファルとバラーくんは共に頭にタオルをのっけ、肩までつかる。
揃って目をほそめた。
「気持ちいいだろバラー」
リラックスに満ちた温かさにウトウトしかけているラファル。
そんな時、浴場にますます眠くなるような鳴き声が響いた。
「もお」
「もお」
恋音と袋井が連れてきたホルスタインのやつでと水牛のダンだ。
恋音が、流し湯で牛たちの体を洗っている。
「やつでさんもダンさんもお疲れ様でしたぁ……」
長旅をねぎらう恋音。
「いやー、やっぱり温泉はいいものですねー」
袋井は湯船に入りながら、ブラシを動かすたびに揺れる恋音の乳を楽しんでいた。
「綺麗になったのですよぉ……」
「恋音もお疲れ様でした! あっちに柚子湯がありますよ! 一緒に入りませんか」
「……おぉ……血行に良さそうなのですぅ」
袋井に手を引かれ恋音の乳が、ラファルの柚子湯に近づいてくる。
一歩近づくたびに、乳が視界を支配した。
ひんぬーサイドに堕ちたラファル、目を凶悪に光らせながら柚子を恋音に投げつける。
「くんな! お前が入ったら、溢れだして湯がなくなるオチが見えているだろーが!」
「お、おぉ……!?」
2m近いバストに当たった柚子は、その弾性にぼよーんと跳ね返って遠くへ飛んだ、
飛んできた柚子が、別の湯船に入っていたレフニーの胸に当たる。
当然の如く跳ねない柚子。
あまりの弾性の差に、レフニーの目が濁り始めた。
「狩るか……」
レフニーの中に眠る妖怪・乳置いてけが目覚めた。
「その乳、置いてけよ……お前巨乳だろう」
恋音の乳をもぐべく、湯船から立ちあがる。
その時、腰の辺りから声が聞こえた。
「みゃあ、みゃあ!」
湯船の上に浮かべたタライ。 そこに湯を張って入浴していたレフにゃんが鳴いている。
湯が揺れたのでタライが傾いたのだ。
母性本能から我に返る。
「おお、レフにゃん、悪かったのですよ」
タライを支えてレフにゃんを落ち着かせてやる。
「私はどこへもいかないのですよ、レフにゃんと一緒なのです」
タライの湯船に落ちてしまった、タオルを絞ってレフにゃんの頭に乗せなおしてやる。
「みゃあ♪」
レフにゃんが微笑む。
他人にはただの猫にしか見えなくても、レフニーにとっては血を分けたのにも等しい存在。 乳よりも大切な世界に数少ないものなのだ。
木葉は、雀の鈴葉をタライの中で洗ってやっていた。
お湯をかけると鈴葉が暴れる。
「チヨ チヨ」
褐色の翼から飛んだしぶきが木葉の顔にかかった。
「鈴葉、あばれちゃめっ、ですぅ」
言葉に反して、木葉の顔は楽しげに微笑んでいる。
隣の浴槽では、コーギー犬・ギコが小さな手足をちょこちょこさせて泳いでいる。
浴槽につかりながらそれを見守る鴉乃宮
お湯からあげてタオルで体を拭いてやる。
「今日は疲れ様、お手柄だったな」
「どうしたのですかぁ?」
尋ねてきた木葉に、ブラックマンバから逢見を救った事を教えてやった。
「偉いのですぅ、握手してくださぁい」
短い前足を木葉に握られ、ギコは舌を出したままあちこちを向く。
その表情は戸惑ったようにも、照れたようにも見えるのだった。
大浴場の外にある露店風呂では、英蓮が湯船に徳利を乗せたおぼんを浮かべていた。
「湯船酒は最高ですよ〜♪」
猫耳を全力びったんピコココさせる、中身はマタタビ酒なのでネコミミ撃退士はご機嫌である。
「支倉さん、あんまり呑みすぎないほうがいいですよ」
英蓮を心配しながら、洗い場で狼のロボを洗ってやっている樹月。
「夜くんも入るのですよ」
お互い水着はつけているのに、英蓮と一緒に入るのが樹月には気恥ずかしいらしい。
「いえ、俺はこの子たちを洗ってから」
大人しくしているロボにシャワーをかけてじゃぶじゃぶと洗う。
「ロボも洗うと睨と同じになっちゃうんですね〜♪」
普段は毛並みが立派でもふもふとしているロボだが、毛が水を含むととたんに細くなる。
オオコノハズクの睨が、怯えて枝に擬態する姿とどこか似ていた。
「ドライヤーをかけてあげましょう、睨もロボももふもふに戻るのです〜♪」
英蓮は風呂からあがり、脱衣所で睨とロボを乾かし始めた。
温泉とマタタビ酒、そして樹月や動物たちへの愛の力で英蓮の体はポカポカだった。
「ちっ、皆楽しそうだな」
そんな仲間たちの様子を物影からミハイルがチラチラと見ていた。
ヒグマの熊吉を伴ってここまで来たが、まだ風呂には入っていない。
そこにエイルズがニヤニヤしながら現れた
「覗きですか、ミハイルさん」
「うぉ、エイルズ! 今までどこにいってた?」
「電車の中でゲームをしていたら終点までいってしまいましてねえ、ようやく折り返してきましたよ」
「お前らしいな」
「ミハイルさんこそ、なにをしているんですか?」
「どうせならクリスと一緒に入ろうと思って待っていたんだ」
「クリスさんなら駅をおりたところの湖で、マ次郎とキャッキャうふふしていましたよ」
「おお、丸まりモードが解除されたのか」
周りに他の動物がいなくなったので、マ次郎も警戒を解いたのだろう。
だが、熊吉を連れたミハイルと合流すれば元の木阿弥だ。
「クリスはマ次郎と遊ばせてやろう。 俺もそろそろ入るか、エイルズ、一緒にどうだ」
「あれ、ミハイルさんは小さな女の子と一緒がいいんじゃないですか?」
「いわれのない属性を追加するな!」
ミハイルは最近、ホモだの、裸だの勝手な属性を押し付けられている。
これ以上、属性が増えると自分の本質を見失いそうだった。
露天風呂に入り、熊吉の背中を洗い場でごしごししてやる。
「お前を洗うのはいいが洗われるのはごめんだな、帰りも救急車は勘弁だぜ」
ちなみに帰りの救急車の乗客は毒蛇に噛まれた逢見に決まっている。
「がう」
熊吉が、気持ちよさげに返事をした。
「ところでエイルズの連れはどうした? とっておきの珍しい動物を連れてきたと聞いたが?」
「僕の連れはこれですよ」
エイルズは、洗い場で召喚獣のハートを洗っていた。
「なんだ、ヒリュウの幼体じゃないか」
シャンプーされているハートは両目を閉じてじっとしている。
「撃退士にとっては特に珍しくもないぞ」
「いいえ、ハートは僕にとって世界でただ一匹の存在なんです。 どんなありふれた種の動物でも注げばオンリーワンになる。 それが愛情というものでしょう」
「こいつめ、無難にシメやがって」
目を閉じっぱなしのハートが、早くシャンプーを流せとばかりにピイピイ鳴く。
無邪気な動物たちとの遠足は、戦いに疲れた撃退士たちの心を癒してくれたのだった。