●
族議員が作った道路の脇に椿とニョロ子が佇んでいると、一台のトラックが止まった。
「椿、乗れ」
荷台の上に、ミハイル・エッカート(
jb0544)が乗っている。
運転手は、伊藤 辺木(
ja9371)だった。
「敵の群れが迫ってきているんです。 こんなところに立っていたら危険ですよ」
「ありがとにょろ」
荷台に乗る椿とニョロ子。
伊藤の言葉通り敵が後ろから追ってきた。
巨大蜘蛛の群れ。 走る速度は車よりも速い。
「このままじゃ追い付かれちゃう」
「ふっ、任せておけ」
ミハイルは、スーツの内ポケに手を差し込むと不敵に笑った。
「ミハイルさんはこっちでもインフィなのだわ」
「インフィ、なんだそりゃ? 俺は今も昔もバリバリの」
懐から投げ放たれたものが、蜘蛛たちに向かって鋭く飛ぶ!
「”営業マン”だ」
蜘蛛たち細長い足を切り裂いたもの、それは名刺だった。
名刺は営業マンの武器なのだ。
「今月は営業成績TOPだぜ。 だからこんなスキルも使える。 “今日は俺の奢りだ”」
景気よく声をあげつつ、また何かをばら撒き始めるミハイル。
なんと、万札である。
「気前良すぎなのだわ」
「アウル万札だ。 化物連中にも通じる」
ばらまかれた万札めがけ、トラックの正面からさらに多くの蜘蛛たちが殺到してくる!
伊藤が運的席からサムズアップをした。
「ついにこの時が来たか、俺の”ドライバー”としての力を見せる時が!」
伊藤、迫ってくる蜘蛛の群れを前に、迷わずアクセルを踏み込む。
「いけ、アウルトラック! “轢殺フルスロットル”」
トラックに轢かれた蜘蛛がぐしゃぐしゃに潰されていく。
「透過などさせるものか! 死ね! 死ぬのだ!!」
血走った目でハンドルを操り、蜘蛛たちを轢き続ける伊藤。
「待て、伊藤あそこに誰かいるぞ」
ミハイルが指を指した森の中に、少女がいた。 クリス・クリス(
ja2083)だ。
蜘蛛の群れに取り囲まれている。
伊藤がクラクションに指をやる。
「椿、耳を塞げ、伊藤が” 不快クラクション”のスキルを使うぞ」
とたん、背筋がぞわっとなるような不快なクラクション音が辺りに響いた。
怪物たちが、文字通り蜘蛛の子散らして辺りから退散していく。
「怪我はないか」
しゃがみこんでいるクリスに手を差し伸べる伊藤。
クリスはツンとそっぽを向く。
「助けていただいた事は感謝いたしますが、今の音楽はいささかお下品すぎますわ」
「私の知っているクリスちゃんと、キャラが違うのだわ」
「当然ですわ、私のジョブはあなた方のような庶民とは違いますの。 私、”実はお嬢様”なのですわ」
「”お嬢様”っていうジョブ?」
「他人のジョブを略するなんて失礼ですわ ”実はお嬢様”と正確に発音してくださいまし」
助手席のドアを開け勝手に乗り込むクリス。
「おい、俺たちは危険な海岸戦線に行くんだぞ」
「まさかわたくしに歩いて敵の所まで行けと?」
クリス、銀色の目を見開いて伊藤を睨む。
とたん、辺りの空気が変わった。
「当然エスコートいたしますよ、小さなレディ」
名家の執事的な態度に変わる伊藤。
クリスの掌に軽くキスをする。
「伊藤君、キャラがぶれすぎなんじゃ」
呆れている椿に、ミハイルが説明する。
「クリスのスキル”ハイソフィールド”なのでおじゃる。 周囲を上流社会の雰囲気に変えてしまうのでおじゃる」
「ミハイルさんの上流社会はおかしいのだわ」
「そこは右ではなく左ですわ! なーぜわたくしの言うことが聞けませんのっ」
クリスにビシバシ指導を受けながら、伊藤のトラックはどうにか海岸に辿り着いた。
海岸戦線は情報通りの激戦。
魚人を思わせる大軍の海からの侵攻を、撃退士たちが食い止めている。
その防衛線には、見覚えのある撃退士たちも参戦していた。
「主、この下僕にご命令を」
二足歩行の猫人間の脇で、愛想笑いを浮かべているのは九鬼 龍磨(
jb8028)。
「うなー」
「カリカリですね承知いたしました」
懐からキャットフードを取り出し、うやうやしく口元に運ぶ。
猫人間は、ふてぶてしい態度でそれをボリボリとかじった。
恐る恐る猫にお願いをする九鬼。
「あの主、そろそろ猫パンチをしていただけませんか? 仲間がピンチなのですが」
「うな!」
「ひい、すみません! 主の気が向かれた時で結構です」
不機嫌そうな猫人間に、九鬼は涙目になっている。
「九鬼君、この猫はなに?」
「失礼な! このお方は”にゃんこ騎士”たる僕のご主人様だ」
すると、また例の謎説明が島内に響いた。
『にゃんこ騎士とは猫を愛でる者がなれるジョブ! 猫の可愛さに魂を奪われ下僕となったものなのだ』
「何それ、情けない」
「いいのだーこれが僕の幸せなのだー」
猫の毛づくろいをする九鬼。
あきれ顔でそれを見ていた椿に、物腰柔らかな男の声がかかる。
「なすべき事は人それぞれさ、彼の感情はボクには興味深いよ」
振り向くと、長髪のV系男。 ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)が立っていた。
「ジェラルド君は戦わないのだわ」
海岸防衛線を形成する撃退士たちは、敵の侵攻に次々に倒れていっている。
椿も、元の世界に置いてきたヒヒイロカネさえあれば、その穴を埋めたいところだった。
「戦う? ”ST.ANGER(セイント・アンガー)”であるこのボクがかい」
また聞いたことのないジョブ名。 例のアナウンスが鳴り響く。
『ST.ANGERは、自身及び他者の心のエネルギーを怒として取り出し、干渉するジョブなのだ』
「ボクの関心は人の感情だけさ、戦場には無慈悲を母とする慟哭が満ちている、ボクにとっての楽園だよ」
仲間たちが死んでいく様を満足げに眺めているジェラルド。
「こっちのジェラルド君はぶっこわれているのだわ」
また別の聞き覚えのある声が聞こえた。
「あのー、戦ってるとこ悪いんですがちょっと通していただいてもよろしいですか」
咲魔 聡一(
jb9491)だ。
海岸防衛部隊の一角に交じっているが、海岸から押し寄せる敵に話しかけている。
当然、敵は聞く耳持たない。
「折角彼女に会えるっていうのに……邪魔してくれやがって……! こいつら、彼女と同じ空気を吸っているのか」
咲魔は明らかに情緒不安定だった。
「”ヤンデレ”のジョブだね、興味深い」
「ヤンデレって属性でしょ、ジョブなの?」
苛立ちが頂点に達した咲魔の髪の毛が、ぞわっと逆立った。
髪の毛が金色に輝き、全身から凄まじいアウルを放ち始める。
「ゆ、許さん……よくもよくも! 人の恋路を妨げる蛆虫風情が…消し飛べええッ」
アウルは旋回する光線となり、周囲の敵ばかりか、味方までもを無差別に破壊し始めた。
『説明しよう! 咲魔の放った病照光線砲(ヤンデレーザーキャノン)は想いの丈を破壊力に変えてぶつける技! 周囲のものを無差別に攻撃するのだ』
病照光線砲にやられた味方が勝手に撤退を始める。 病照光線砲の追加効果で”ドン引き”のバステを受けてしまったのだ。
このままでは、味方の防衛線が崩れてしまう。
「仕方がない、ボクも今、死ぬのは本意ではないからね」
ぱちりと指を鳴らすジェラルド。
「”feel so numb”」
すると、咲魔の髪の毛が一瞬で真っ白になった。
「ハアハア、オクレ兄さん」
体はガリガリよぼよぼになり、プルプル震えながら内股でへたりこんだ。
「何をしたのだわ」
『怒りを無駄に燃焼させ放心状態を作り出したんだ」
「敵に使えばいいのに」
「人間の心だからこそいじりがいがあるのさ。 さて次の観察対象を探しに行こうかな」
笑みを浮かべながらジェラルドは去っていった。
椿に、ぴょこんと小さな影が飛びついてきた。
「お母さぁ〜ん」
深森 木葉(
jb1711)だ。 元の世界でも椿に、亡き母の影を重ね続けていた幼女である。
「木葉ちゃん、こっちの木葉ちゃんは、何のジョブなのだわ?」
「お母さんの娘ですぅ。認知してくださぁ〜い」
「認知て」
話を聞いた限りでは、こちらの椿もアラサー独身らしい。
「私のジョブは”椿の娘”なのですぅ〜」
「木葉ちゃん、認知はともかく百歩譲ってもそれはジョブじゃないのだわ、ただの立場なのだわ」
「あう〜、お母さんを強く出来るジョブなのに残念ですぅ」
引退した椿ひとりのために、学園がそのジョブの学科を新設するとは考えがたい。
「”幼女”にジョブチェンなのですぅ “みんな、ふぁいと〜”なのですぅ」
木葉が応援を贈ると、撃退士たちが奮戦し出した。
「おお、主がついに最強の猫パンチを!」
「” Set It Free!” キミたちの怒りで苦痛を消してあげよう」
「ニョロ子も、出番がないけど頑張るにょろ」
やせ細って倒れていた咲魔までもが立ち上がる。
「僕、この戦いが終わったら彼女と結婚して、木葉さんみたいな可愛い女の子を産んでもらうんだ」
一名は死亡確定だが、幼女パワーは絶大。
戦線が押し返し始めた。
ほっとする椿。
その眼前から突如海が消えた。
●
椿が次の瞬間に見たのは島の田園地帯と、そこにいるサムライ娘、礼野 智美(
ja3600)だった。
「む、生身で召喚してしまうとは? これでは憑依出来んな」
「智美ちゃんが私を召喚したのだわ」
「異界のジョブである阿修羅を指定召喚したのだが――まあ、阿修羅は範囲攻撃スキルがないに等しいから失敗して正解だったのかもしれん」
「なにげにディスられたのだわ」
辺りを見回すと椿。 蝗を思わせる顔を持つ魔犬の群れに取り囲まれている事に気づいた。
「こっちにも敵が」
「慌てるな、ドレットノートを呼ぶ」
智美が右手を天に掲げると、空中に異界への門が開き、背に刀を背負った乙女の幻が下りてきた。
その幻を見に纏う智美。
智美は実体化した背の刀を抜く。
「怒涛乱舞」
刀が銀色に瞬くと同時に、五体の魔犬の身が斬りさばかれた。
その威力に恐れをなしたのか、他の魔犬たちはキュンキュンと吠えながら逃げていく。
『智美は異界召喚士、異世界の戦士の力を身に宿し闘う事が出来るのだ』
「万能職ね」
智美は首を横に振る。
「そうでもない、憑依は時間制限ありだし、極めて近い世界のものしか召喚出来ない。 それを越えて召喚すると”版拳”という巨大な拳に捕まれ”ソショー地獄”という場所に連れて行かれてしまうのだ」
「恐ろしいのだわ」
智美と別れて田園地帯を進むと、蓮城 真緋呂(
jb6120)の後姿が見えた。
魔犬の群れの中の一頭に掌を差出し、マイクに向かって何やらレポートをしている。
「ん〜、あなたの体、脂身と肉の赤身の比率が美しいわ。 噛むたびに肉汁がじゅわ〜としみだして口の中いっぱいに広がりそうよ」
すると、魔犬の群れが真緋呂に食レポされた魔犬を見て、涎を垂らし始めた。
「ガルゥ」
「き、きゅーん」
たまりかねたかのように食レポされた魔犬に襲い掛かり、その肉を食べ始めてしまう。
溢れだす肉汁に夢中になっている犬たち。
真緋呂の白い掌には、箸が出現した。
軽く掌をひらめかせると、箸は空を跳び犬たちの喉元に刺さる。
魔犬たちの息の根は止まった。
今のスキルは何なのかを、椿が尋ねる。
「あら知らない? “食聖騎士(フードパラディン)”のスキルで”食レポ”よ。 相手に空腹のバステを与えるの。 知能が低い相手ならこうして共食いも狙えるわ」
『食聖騎士(フードパラディン)は飲食店チャレンジメニューを百以上制覇した撃退士のみがなれるジョブなのだ』
気づけば先ほど、倒した魔犬の死臭を嗅ぎつけたのか、さらに多くの魔犬が襲い掛かってきた!
「真緋呂ちゃん、お願い」
「だめ、お腹が減って力が出ないのよ」
「食べ物、持ってないの?」
「おかしいのよ、いつもなら、”大喰”スキルを使えばどこからともかく出てきたのに」
大幅なステアップが望める“大食い”スキルを使おうとする真緋呂だが、空間に自販機の取り出し口のようなものが開くだけ。 探っても何も出てこない。
「ええ、しっかりして」
爪研ぎ澄まし、喉唸らせ、魔犬の群れが真緋呂と椿を穿とうとした。
だが牙が二人の柔肌に、至る事はない。
不可視の障壁に突進を阻まれたのだ。
「……うるさい ……読書の邪魔はするな」
見れば、そこには本を読みながら歩いている少女・リベリア(
jc2159)がいた。
「この障壁はリベリアちゃんの?」
リベリアは辺りを包囲する魔犬の事など無視して、歩きながら本を読み続けている。
『“読書家”は戦場で本を読める程に胆力のある者がなれるジョブである。 そのスキル”静寂地帯”は読書中、半径三メートル程の結界を作成する事が出来るのだ』
「つまり、リベリアちゃんが本を読んでいる間はこいつらに襲われる事はないだわね」
リベリアのバリアに便乗して隠れ、彼女が読んでいる本を覗き込む真緋呂と椿。
「これ漫画ね」
「すぐ読み終わるので有名な格闘漫画なのだわ」
リベリアのコミックは巻末まで半分程度の頁しかない。
しかも手持ち最後の一冊らしい。
リベリアは、さっさか頁をめくっている。 読み終えてしまえば魔犬の襲撃を防ぐ障壁はなくなってしまうのに。
「リベリアちゃん! じっくり読んで」
「……無理、話に内容がない」
椿が慌てた瞬間、魔犬の群れが、十戒の海の如く割れた。
一台のトラックが突っ込んできたのだ。
「やあ、遅くなった。 敵に補給基地を破壊されてね、決死の強行突破をしてきたんだ」
停車したトラックから降りてきたのは鴉乃宮 歌音(
ja0427)だった。
鴉乃宮はトラックの荷台にあるキッチンから大鍋と釜を運んできた。
「私は、”料理長”。 兵站担当のジョブですね」
中にはまだ温かいカレーとご飯が入っている。
「やった! いただきまーす」
大喜びでカレーを食べ始める真緋呂。
「このカレー、私がスキルを使うと出てきてたのと同じ味ね?」
「私がいた補給基地で作ったものを、食料召喚スキルに応じて供給するシステムだからね。 基地が敵にやられた影響で使用不能になっているんだ」
「戦況が悪化しているのね」
皆の顔に焦りが浮かぶ。
このタイミングでリベリアが本を閉じてしまった。
「……読了」
「ええ!」
結界が解かれ、魔犬たちが一斉に襲ってくる。
「真緋呂ちゃん早く」
「まだ全然だめ、腹一分目くらいよ」
食聖騎士は強いが、エネルギー補給に時間がかかるのだ。
その時、鴉乃宮が何かに気づいた。
「鐘田さん!」
魔犬の群れの向こうに、鴉乃宮は白いボールのようなものを放り投げた。
「おう」
そのボール――おにぎりを空中でキャッチしたのは、鐘田将太郎(
ja0114)だった。
「やはり米はうまい! 力百倍だぜ」
おにぎりをかじりながら、にやりと笑う鐘田
「“米農家” 鐘田将太郎復活だ! 食い物の恨みは恐ろしいぞ、ワンコロども!」
鐘田は得物の鎖鎌を振り回すと、魔犬の群れをなぎ払った。
「”握り飯食い”からの” 稲刈り取り”だ」
「きゃうーん」
椿たちに襲い掛かろうとしていた魔犬たちが、田んぼの稲の如く、鎖鎌に刈り取られていく。
『米農家は”握り飯食い”でグステ”怪力”を得て ”稲刈り取り”で敵を一掃するのを得意とする前衛型の戦士なのだ』
海岸に続き、島の補給要所である田園地帯も戦況が好転した。
「鐘田君、ありがとーなのだわ」
「いやいや、これも米の力だ。 皆、米農家にならんか」
「……今日も激しい戦いだった。…本の中で」
「ところで敵は何者なのだわ」
「それがわからんのだ、ひと月前から突然島に出現してな」
椿は少しでも力になるべく、ヒヒイロカネをとりにアパートに向かった。
途上、市街地でとんでもないものを目撃する。
●
「七海ちゃん? うわっ、エロす」
ボディラインにフィットするラバー製のくのいち衣装を着た一川 七海(
jb9532)だ。
「この”退魔女忍”ナナミがお相手するわよ! ヘイヘイレッツゴー」
対峙している敵は触手の大群である
「百人斬り目指すわよー」
「”退魔女忍”ね」
スマホで検索する椿。
「いかがわしいゲームの名前しか出てこないのだわ」
スマホから顔をあげると案の定、七海は触手に体を絡み取られ、胸や股間をまさぐられていた。
「こんな辱めを受けるくらいなら……くっ、殺せ」
くっころモードに入る七海だが、触手は聴く耳持たずネトネトした体を七海の体に這いずり回らせている。
「大変、七海ちゃんが快楽堕ちする前に、誰かを呼ばないと」
辺りを見回し、見つけたのが通りがかりの浪風 悠人(
ja3452)だった。
「うわっ、よりにもよって”不憫騎士”の俺に」
七海の様子を見て青ざめる悠人。
『不憫騎士(フビンズナイト)はあまりに不幸過ぎて他者から不憫だと言われ続けた者が辿り着くジョブなのだ』
嘆きながら、触手軍団に突撃していく浪風。
「男があの手の相手に挑んだら、速攻で殺されるか、嫁に見せられない状況になるに決まっているじゃないですか」
絶望が浪風の内に溜まった負のエネルギーを解放した。
闇のアウルが、暗黒空間への入り口を開き触手たちを飲み込んでいく。
「おお、不憫騎士強いのだわ」
しかし多勢に無勢、無数の触手が浪風の手足に絡んで、徐々に動きを封じていく。
「くそ、一人じゃ無理だ。 誰か助けを」
必死に抵抗しつつ、救援を求める浪風。
そこに若松 匁(
jb7995)が駆け寄ってくる。
「あ、どうも〜。 お困りみたいだね、“不思議の国林檎姫”であるあたしに、何をして欲しいのかな」
「そのジョブはサポート系ですよね。 こいつから逃れられるパワーを下さい」
「ん〜、これ食べる? 沢山あるよ〜」
匁が浪風の口元に”林檎スフレ”を差し出す。
口に含む浪風。
「はむはむ……なんか、目の前が霞んできましたよ」
「林檎スフレはね〜、目がよくなる効果があるんだよ。 度入り眼鏡の人は外さないと却って見えにくくなるかもね〜」
「不幸だ〜」
全く役に立たないサポートスキルに絶望の声をあげる浪風。
「なら、足が速くなる”林檎飴”はいかが」
「動けないのに、意味ないですよ! 触手を引きちぎるために力が強くなるのを下さい」
「残念力をあげる” 林檎パイ”は品切れなの」
「不幸だ〜」
浪風が再び叫んだ時、
「その林檎飴、俺が貰おう」
赤髪黒肌の青年が現れた。
「おお、”バーサーカー”ジョンじゃないか、さぁ、頑張ってっ」
林檎飴をジョン・ドゥ(
jb9083)に投げつける匁。
ジョンはそれを口でキャッチして飲み込む。
さらに左指を右手首に添える動作をした。
「タイラント!!」
ジョンが、獅子の顔をした悪魔に変貌し戦いを開始する。
バーサーカーの威力は凄まじく、触手という触手にそのスキル名通り”暴力の嵐”を吹き荒れさせた。
「■■■■■■■■■ーーー!!!!!」
叫びはもはや人の言葉とも、獣の唸りとも表現出来ない。
林檎飴で強化されたその速度は、触手が絡みつくことさえ許さなかった。
そして数分後、
「……」
へばった。
「バーサーカーの”炉心暴走”は凄まじく攻撃力をあげる代わりに生命力を削るからね」
「俺はこのままかー」
触手に、貼り付けにされたままの浪風が嘆く。
その触手を苛烈な斬撃が断ち切った。
退魔女忍・七海だ。
ジョンの暴走で触手が砕かれたお蔭で、脱出出来たのだ。
「アタシを守ってくれた悠人君、そしてジョン君を、今度はアタシが守るわ」
毅然とした顔で双刀を構える七海。
その眼前でジョンに倒された触手から流した黒い粘液が集まり、黒い七海の姿をなし始めた。
その数百体。
「大変! 敵のボスは、七海ちゃんの偽物をたくさん作って、島の男の子に悪戯させようとしているのだわ」
「よいこのナナミシアターで、そんなの流せないわ」
七海は正面に巨大な雷を放った。
「お の れ 偽 者 ! 電裂究極拳」
雷が偽七海たちを打ち滅ぼす。
「ふう、蔵倫回避」
市街地も解放、ほっとした空気が流れた。
次の瞬間、大気が激震した。
●
「なに、あの塔は」
島の中央に、黒い巨塔が出現していた。
その頂点には、黒百合(
ja0422)が立ち愉快そうに笑っている。
「あはぁ♪ がんばるじゃなぁい♪ でもまだ全然、終わらないわぁ♪」
塔の出現とともに、今まで倒した敵が再び立ち上がり、島の各地で再び撃退士たちに襲い掛かかり始めた。
「ああ、やはり大変なことに」
嘆きの声に椿が目を向けると、そこには雫(
ja1894)がいた。
「何か知っているの、雫ちゃん?」
「島がこうなったのは、私と黒百合さんのせいなんです」
幼い顔をしょぼーんとさせて、雫は語った。
「私のジョブは”MS”で黒百合さんのジョブは”作家”です。 両方とも世界を改変出来るスキルを使えます」
「なんか凄そうなのだわ」
「それを使って、私がした事があったんですけど、黒百合さんが邪魔するために世界改変をしてきて、私も対抗して改変し返したんです」
「意味がわからないのだわ」
雫は後ろめたげに言い淀んでいる。
塔の上から黒百合が語りかけてきた。
「いいじゃない♪ 雫ちゃんは貧乳のままの方が可愛いものぉ」
それにムキになって言い返す雫。
「ずっと貧乳のままなんて嫌ですよ」
雫と黒百合の話を総合すると、こうだった。
雫は最近” 状況改変”というスキルをマスターした。対象の各種数値をプラマイ出来るスキルだ。 それを使って自分のバストの値をプラスし、巨乳化した。
だが、黒百合は”文書修正”のスキルでその事象を削除、雫を貧乳に戻してしまった。
いくら雫が書き直しても同じことの繰り返し。
仕方なく、黒百合を弱体化させようと彼女の各ステータスをマイナスしようとしたのだが、うっかり”モラル”の値を最低値にしてしまった。
これにより、黒百合は悪の化身になってしまったのである。
「それで島がこのありさまなのだわね」
「私の連載に出てくるキャラが無限に湧き出すようにしたの、楽しいでしょお♪」
ようやく倒した敵が復活し、再び苦戦の中に引き戻されている撃退士たち。
いずれ全滅は免れない。
「雫ちゃんが、黒百合ちゃんのモラル値を元に戻せば解決するのだわ」
「ダメです、黒百合さんはスキルの力で、私を含め自分以外の作家の連載を奪ってしまったんです。 連載のない”MS”や”作家”は事象改変力を発揮出来ません」
自称改変能力持ちの悪の化身、おおよそ最悪の敵である。
「そんな」
椿が悲鳴を上げた時、それを聞きつけたかのように彼女は出現した。
「乳がでかくなると聞いて飛んできたのです」
銀髪貧乳娘、Rehni Nam(
ja5283)だ。
「レフニーちゃん」
「私の名前はレフリー・ナム」
レフニーは、プロレスのレフリーを思わせる格好をしていた。
「"レフリー”はルールに則った勝敗条件と対価を決定するジョブなのです! それに基づいてこの騒動の解決方法を提案させていただくのです」
「提案?」
「勝敗条件は日没までに撃退士側が黒百合の塔の頂にたどり着き、黒百合さんを倒せるかどうかです。 負けた方は勝った側のいう事を一つきくという事でいかがでしょう」
「なら、私たちが勝ったら黒百合さんは”作家”を引退してください! それで騒動は治まるはずです」
雫が出したこの条件に対し、黒百合は、
「私が勝ったら島の住人全員、一生、私の玩具ねぇ♪」
レフニーはレフリーとして、首を横に振った。
「承認出来ません、条件が不公平すぎます」
「なら、サービスぅ、負けたら私が捕まえたこの娘をあげるわぁ♪」
黒百合が連れてきたのは縄でぐるぐる巻きにされた露園 繭佳(
jc0602)だった。
「うぅ、捕まっちゃった、ごめんだよ」
繭佳は和服幼女である。 しかして乳はぶるんぶるん。
「この子のジョブねぇ“乳神の巫女”なのぉ♪」
「なんですと」
雫とレフニーが眼をギャピーンと光らせた。
繭佳が自分で自分のジョブを説明する。
「乳神の巫女は”豊穣の雫”と呼ばれるミルクによって、飲んだ人の乳を大きく出来るんだよ。 でも貧乳のお姉ちゃんたちが殺到してまともに生活出来ないから、普段は素性を隠しているんだよ」
レフニーの人相が変わった。
「わかりました。 黒百合さん側が勝ったら島の住人は全員、黒百合さんの玩具。 撃退士側が勝ったら黒百合さんは“乳神の巫女”を私たちに引き渡す。 以上の条件でこの勝負合意と見て宜しいですね?」
「レフニーちゃん、島の平和とか肝心な条件が抜けているのだわ」
「そんな事どうでもいいのです! チチトル、ファイトー」
決戦が確定したところで、繭佳が付け足す。
「あ、実は大きくなる素質のない人はスキルを受けても無駄なんだよ」
ガビーンとなる雫とレフニー。 自分たちのことは自分が一番よくわかっていた。
各地で激しい戦闘が続く中、塔攻略決死隊が結成された。
そのメンバーは、
「演技の映える状況、本望です」
“アクター” 神谷春樹(
jb7335)。
「仁良井さんと一緒に暴れ回るぜ」
“龍甲拳士“雪ノ下・正太郎(
ja0343)
「お世辞にも守りには自身の無いクラスなので、必然共闘になりますね」
“白虎拳英(ホワイトタイガー・フィスト)”の仁良井 叶伊(
ja0618)。
この三名である。
神谷と仁良井は、深刻げな顔をしている。
「塔の頂に辿りつく自信はありますが、僕たちで黒百合さんを倒せるかは疑問ですよ」
「黒百合さんは、自身の能力でスペックを爆あげしていると聞きますからね」
「きついわね、私に何か出来るといいんだけど」
ヒヒイロカネのない椿に満足な戦闘力はない。
すると、不知火藤忠(
jc2194)が歩み出てきた。
「”キャリアカウンセラー”の俺が力になろう、魔具なしでも戦えるジョブに転職させてやる」
「そんな事が出来るの?」
「”ジョブのお告げ”というスキルで、個人ごとに最適な職に変更可能なのだ。 見立ててでは、椿は”婚活戦士”だ」
「婚活してる場合じゃないのだわ」
「むう、今の黒百合を破れるジョブといったらアレしか」
不知火が口ごもった時、元気のよすぎる声が辺りに響いた。
「待たせたわね! 英雄は遅れて登場するものよ」
雪室 チルル(
ja0220)である。 椿のいた世界では最強を名乗っていた脳筋娘だ。
「”さいきょーせんし”である、あたいの力にかかれば黒百合なんかワンパンよ」
「こっちでもそのノリなのね」
「確かに今の黒百合を倒せるのは”さいきょーせんし”だけだろう。 ただ問題が」
ここでアナウンス。
『“さいきょーせんし”が全力パンチをしたら、余波だけで地球が砕けるのだ!』
「強っ」
「さいきょーすぎるのも困ったものよね」
チルル、明らかにドヤ顔。
「俺の見立てでは、一発のパンチを六時間かけてゆっくりと繰り出せば黒百合を倒せて、かおかつ周囲への影響も少ない」
「そんなスローパンチじゃあ余裕で避けられるのだわ、使い物にならないのだわ」
チルル、チチっと指をふる。
「さいきょーに死角はないわ! 要はインパクトの瞬間に敵に拳が当たればいいのよ。 あたいは六時間かけてパンチを繰り出すから、あたいのフォームを崩さないように誰かがおんぶして塔を登ってくれればいいの」
「それで最後に黒百合さんの前にチルルさんを置けばいいってわけだ? 女の子は喜んで俺がおぶるぜ」
こっちの雪ノ下はいささか軽いようだ。
「いえ、雪室さんを背負いながら敵と戦闘するのは難しいです」
「しかもあの塔を登るとなると」
神谷と仁良井が難色を示す。
すると、不知火が目を見開いた。
「おお、椿には隠された最適職“おんぶババァ”があるぞ、このジョブなら魔具なしでチルルをおぶって塔をのぼれる」
「なにその妖怪みたいなジョブ名」
椿は散々ごねたが、背に腹は代えられない。 不知火の力でジョブチェンし、チルルをおぶって塔に挑んだ。
塔での戦闘は、雪ノ下、仁良井、神谷に任せきりだった。
「この塔の敵は、皆、格闘タイプのようですね」
「黒百合さんの連載作品に出てきたレスラーキャラだな」
レスラー集団を前に、仁良井がアウルを極限まで高める。
「”百帝衝嵐陣”」
白い輝きが流星群となって塔に飛び散り、敵を薙ぎ払う。
しかし、仁良井のジョブである白虎拳英は神火力の紙装甲タイプ。
防御の甘いその背中に、生き残った敵が掌底を飛ばしてきた。
「男をかばうのは趣味じゃないんだが、相棒は別さ」
仁良井の背中に、雪ノ下が立ちふさがる。
「”龍鎧召喚”」
雪ノ下が声と共にまとった青龍の鎧が、掌底を弾き返した。
「結局、雪ノ下君は変身するのだわね――や、きた」
チルルをおんぶしている椿にも容赦なく敵が襲い掛かってくる。
おんぶババァにはおんぶしている間は疲れないというスキルしかないので、対抗出来ない。
「俺が守りますよ」
“アクター”神谷が両手に持った拳銃を的確に連射。
向かってきたレスラー集団の厚い胸板を打ち抜いた。
「飛び道具なんて卑怯よ、あんたもプロレスで戦いなさい」
チルルが神谷に野次を飛ばす。 おぶられながら、六時間かけてゆっくりパンチを撃つという作業が退屈でならないらしい。
「雪室さん、余計な事を言わないでください」
言いかけた瞬間、神谷の両手から拳銃が消えてしまった。
「ほらね”アクター”のジョブはどんな役割でも超一流にこなせますが、場の雰囲気が壊れる役割は出来ないんです」
今はSP役を演じていたのだが、チルルが許可しない。
「プロレスで戦えって言ってるの」
「魔法や拳銃はおろか、剣すらも不許可ですか、仕方ないですね」
神谷、諦めて素手で構えをとった。
「軍隊格闘術で勘弁してください」
無駄のない動きの膝蹴りや、肘打ちで敵をなぎ倒しはじめる。
「神谷さん、さすがですね」
仁良井は、次々に打撃を繰り出し、虎の爪の様な跡を敵の体に刻みつける。 “白虎烈爪斬”のスキル!
「”龍尾絞”(ドラゴンチョーク)」
雪ノ下は得意の絞め技!
彼らの奮戦が敵を食い止めている間に、椿はチルルをおぶったまま塔の頂に昇り詰めた。
「いらっしゃぁい……」
最上階にいた黒百合は、青ざめ痩せこけていた。
「編集長からの催促がきつくてぇ」
事象改変能力を自分だけのものとするため、他の作家の連載全てを奪っていた黒百合。
その結果、雑誌の連載全てを一人で描く事になってしまっていた。
「もう無理ぃ……作家引退するわぁ」
なんとラスボスが戦闘前にギブアップ宣言。
「労せずして勝ったのだわ」
レフニールールにより撃退士側勝利。 島に平和が戻った!
「ねえ、あたいのさいきょーパンチはどうなるの」
六時間かけて撃っていたさいきょーパンチを無駄にされたチルル。
腹いせに繰り出すのは、全力パンチ!
「うっぷんだらけなのよー」
次元を切り裂く威力で、椿はさらに別の平行世界に飛ばされていた。
見たこともない撃退士が、また続々と現れる。
「私は重課金騎士!」
「ずっと窓開け待ってるマン!」
「……きりがないのだわ」