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披露宴会場の司会者が、高らかに宣言する。
「それでは、新郎新婦入場です」
耳慣れた結婚マーチが流れ、会場左右のの大扉が開く。
左からウェディングドレスを着た花嫁、右からタキシード姿の花婿が現れ、中央の祭壇に向かって歩いてゆく。
新婦側親族席を四人の撃退士が囲んでいる。
「チルル、歩きにくそうだ、な」
美形だが、何を考えているのかわからない青年・僅(
jb8838)が独特の口調で言った。
「しょうがないわよ、本物の椿さんと、チルルちゃんじゃ二十三?も身長が違うんだもの」
雁久良 霧依(
jb0827)は、さすがに普段のマイクロビキニに白衣姿ではない、黒を基調とした大人びたドレスを着ている。
ルティスや霧依の言う通り、今、披露宴会場にいる椿は偽物。
その正体は、小柄な元気っ子・雪室 チルル(
ja0220)なのである。
椿の計画段階では、ベールで顔さえ隠せばなんとかなると考えていたようであるが、なぜか身長百三十七?のチルルが偽椿役を買って出たため、物凄い高さのハイヒールを履かざるを得なくなった。
むろん、そんなものを履いていては外見的にも不自然ため、ごまかしが効くように奇抜なデザインのドレスを着せているのである。
それと同じくらい奇抜なデザインのジャケットを着ている三下系青年は三下 神(
jb8350)である.
「変なリスク自分から背負って、ヘンな女だな、花婿はともかく、自分ぐらい参加すりゃいいのに……」
ぼやく神。
新郎を顧問弁護士とするデザイン会社の社長という、説得力のある設定を作って置いたのだが、偽新郎である雪之丞(
jb9178)は女性、新婦役のチルルはチビッ子。
肝心な二人がツッコミ所満載で、いつバレてもおかしくない状態なのである。
「偽の披露宴、か。 椿さんのお爺様には悪いけど、面白いことになりそうだね」
現役ナンバー1ホストであるルティス・バルト(
jb7567)は、苦笑を浮かべた。
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「続きまして、新郎新婦のなれ初めをご紹介させていただきたいと思います。 これは新郎新婦にそれぞれにお書きいただいたものでございます」
司会者が原稿を読み上げ始めた。
「学園主催の婚活パーティで居合わせ、 紆余曲折を経て結婚することにしたのだわ。
具体的には乱入してきた天魔を撃退士の力でワンパンして、 腰を痛めたところで介抱してくれたのが始まりなのだわ。 その時に助けてくれたお礼にって介抱以外にも、 一緒にお買い物とか旅行とか色々してくれて、 最終的に結婚をすることにしたのだわ。 ……べ、別に弁護士だったからじゃないのだわ!本当なのだわ! あた……私、介抱されたときに気が付いたのだわ。 結婚に必要なのは立場じゃなくて愛なんだって」
参列者は何とも言えない微妙な顔で、それを聞いている。
親族席の撃退士もそれは同じだった。
「まあ、チルルちゃんだから」
霧依が笑顔でうなずく。
「私が、代筆を、すべきだった、な」
「僅さんが書くと変なところに句読点がついて、司会者が読みにくいでしょ」
「続いて、新郎からいただいた原稿です。 弁護士で椿とは婚活パーティで出会った。
椿の中身残念さと婚活に対しての必死さをおもし……可愛いと思い結婚を決めた。
椿が好き勝手出来るような家庭にしたいと思ってる」
「雪之丞ちゃんは正直過ぎね」
「私が、代筆を、すべきだった、な」
「今のは、僅さんが書くのよりはまともでしょう!?」
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「新郎新婦がお色直しに入ります、皆さん、お好きなようにご歓談下さい」
撃退士たちにとって、最も危険な時間がやってきた。
この時間はいわばフリータイム、参列者たちが自由にお喋りしあう時間なのである。
当然、来るべき客がこの親族席に来る。
「やあやあ、婿殿の親族御一同」
立派な羽織袴を着た、白髪白髭の老人が近づいてきた。
体格も堂々としており、旧家の当主に相応しい威厳のある顔立ちをしている。
これに怒鳴られたら、歴戦の撃退士といえど、タマひゅんは避けられないと思えるほどのオーラだ。
「儂は四ノ宮 菊助なのじゃわ、これから親戚になる皆さんに、お話を伺いたいところなのじゃわ」
「来たか! 『なのじゃわ』と来たか!」
頭を抱えて呻く神。
「まず、新郎の親御さんは不幸にも入院中だと聞いているのじゃわ、他にご家族はおられないのじゃわ?」
「私が実姉です」
霧依が手をあげた。
「ほう、高い気品を感じる方なのじゃわ。 差支えなければ、どういったお家柄か知りたいところなのじゃわ」
霧依が白衣にマイクロビキニで往来を闊歩している女だとは夢にも思っていないらしい。
さすがは椿の祖父だけあって、目が節穴である。
「家柄は普通です、私も弟も、努力で今の地位を得ました。 気品を感じていただけるとしたら、そこから滲み出てきたものだと思いますわ
「今の地位と言われたが、姉君はどういったご職業なのじゃわ?」
「私は株式のトレーダーで、年間数十億を稼がせていただいております。 インドア派でモニターといつも睨めっこしておりますので、世間知らずでお恥ずかしい面もあるのですが、何卒、宜しくお願いいたします」
女は皆、女優という言葉通り、霧依は礼節に基づいた完璧な自己紹介をした。
「とれーだー? いんどあ? 何かよくわからんが、とにかく凄そうなのじゃわ」
古い人間を煙に撒くために、横文字を連発したのも妙手である。
霧依以外の三人に関しては、新郎の知人であり、今後親戚になるわけでもない事がわかったので、深くは追及せずに爺様は帰っていった。
だが問題はこれから、宴が闌に近付くほど、この披露宴の混沌は深まってゆくのである。
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「お色直しを終えた新郎新婦が、皆さんのお席へキャンドルサービスに参ります」
雪之丞とチルルが、初めて式の参列客と直接話す機会が訪れた。
「さあ、お手を……」
さらに奇抜な衣装のカラードレスに着替え、歩きにくさを増したチルルに、雪之丞が手を差し伸べる。
この辺りのふるまいは完璧な雪之丞だ。
問題は話しかけられた事に対する対応である。
椿の親族らしき一人のおばちゃんが、さっそく爆弾を投げつけてきた。
「新婦さんの親族席、若い人ばかりのようだけど、ご両親はどうしたんだい?」
来た!
仲間の撃退士たちも、背中に冷や汗を搔いて聞き耳をたてる。
いた方が良いとわかっていながら、誰もその役を希望しなかったのだ。
「実は天魔の襲撃で、大変なことになったのよ……なのだわ」
チルルがとっさに答えた。
「まあ、天魔! 恐いねえ……」
椿の親族だけあって、チョロイようだ。
やがて、キャンドルサービスが撃退士たちの元へ回ってきた。
「雪之丞くん、大丈夫かい?」
小声でルティスに尋ねられ、雪之丞は頷いた。
「こんなことのために男装してたわけではないのだが……」
落ち着いている、大丈夫なようだ。
「チルルちゃんは、どうにかなりそう?」
「あた……ううん、私の演技は完璧……なのだわ!」
霧依の問いかけに、自信満々の大声で返答がきてしまった。
演技という単語に、周りの参列者たちが顔を向けてくる。
「このドレス、素晴らしいデザインですね。 同じ業界の人間として嫉妬する出来だ」
神が注意をそらすべく、大声で業界人アピールする
「それに先生、先日はお世話になりました。 例の許可が下りたのも先生のお陰です。 どうぞ今後共ウチの事務所をよろしくお願いします!」
新郎の弁護士設定も使って、大物デザイナーだという印象を裏付ける。
『業界の偉いっぽい人が褒めるんだから、変に見えるけど良いデザインなんだろう』
神、必死のアシストで、どうにか周囲の疑念を芽のままで摘むことができた。
チルルは鍔広帽子のベールの下で『あたいってば名女優ね!』とドヤ顔をしているが、周りの者たちは本当に大変なのである。
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「では、宴も闌でございますが、これにて披露宴をお開きにさせていただきたく思います」
皆が帰り支度を始めたその時、会場奥の大扉が音を立てて開いた。
「幕を閉じるのは、待ってもらおうかな」
金髪の青年・ルティスが赤い花束を手にそこに立っていた。
先程まで親族席にいたのだが、我慢しきれずに飛び出してきたという態だ。
会場全体に大きなざわつきが起こる。
「あ、あんたは、え〜と……花婿をワンパンした時に一緒にいた人なのだわ」
チルルは仲間の名前を思い出せず、設定だけ思い出した!
ルティスは構わず、演技を続ける。
「失って気付いたんだ。椿のことがやっぱり一番、大切だ……って!」
雪之丞が挑発をする。
「負け犬か……今更、何をしたところで……」
ルティスは雪之丞の脇を通り、花嫁の掌をとった。
「婚活パーティに列席したのも、俺の所為だよね? ごめん…そんなに傷付けてたなんて……思ってもいなかった……」
深い過去を感じさせる言葉を紡ぎながら、なめらかな頬に涙を伝わせてみせるルティス。
さすがは、現役ナンバー1ホストである
「さぁ、こんな茶番はもうお仕舞だよ」
ルティスは、扉の外へ導くかのようにチルルの手を引いた。
「元通りになってくれ、なんて都合の良いことは言わないさ、だけど、これからまた、これまで以上に新たに幸せな関係を築いていこう」
花束を渡しつつ、手の甲にキス。
そのまま、 攫って逃げだそうとした両足は、すぐに止まった。
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つい先程、ルティスが入ってきた扉の前に、もう一人の男が立っていたからだ。
「一寸、待った、だ」
その男、僅を見据えるルティス。
「僅さんでは役者不足だよ……椿さんには包容力が必要だからね」
「椿、は、私のモノ、だ。私は、椿のモノ、だ」
僅もルティスを睨み返す。
花嫁の右手を引く僅。
「椿は、私と共に、地球の……否、銀河の果てまで逃げるの、だ」
左手を引くルティス。
左右から腕の引っ張り合いになった。
「痛い! 離してよ!……なのだわ!」
「ふむ……昔話かなにかで、子の手を引っ張り合、い。 離した方が真、の……とやらがあった気がする、が」
「では僅さん、離してくれるね? 僕は離さないよ」
「例え、椿の腕がもげようと、腕だけになろうとも、椿は、離さん、ぞ」
混沌化してゆく事態を収めるべく、新郎側親族席から一人の女が立ちあがった。
今宵一時だけ完璧な花、という意味では文字通りの月下美人である霧依。
「此処をどこだと思ってるの! 立ち去りなさい!」
乱入者たちを強く制止する。
霧依の登場で一瞬怯んだルティスの隙を付き、花嫁を連れ去ろうとする僅。
「椿、逃げる、ぞ」
その花嫁に追いすがり、背中から抱きしめる霧依。
「待ちなさい! 椿さんは私のよ!」
余計に事態が混沌化した。
「弟に紹介された時に惚れ込んだのよ、結婚後に奪い取るつもりだったの」
花嫁を後ろから抱きしめ、髪の匂いをクンカクンカする。
普段の地が丸見えである。
完璧な美女っぷりは、植物の月下美人よりも儚く散ってしまった。
「うら若き乙女がこんなコトじゃいけない。ちゃんとイイオトコが周囲に居るハズだよ」
霧依を熱っぽい目で口説こうとするルティス
五人の男女による、昔のドラマより酷い愛憎劇が演じられていた。
「い、一体これはどうした事なのじゃわ!?」
新婦側親族席では、椿の爺様が茫然として事態を眺めていた。
「祖父の因果が孫に廻ったんですよ、私の最初の結婚式だって貴方がぶち壊したんじゃありませんか」
婆様が懐かしそうに事の成り行きを眺めている。
爺様は恥ずかしげに顔をかいた。
「ゴホン……それはさておき、椿があそこまで魔性の女だとはしらなんだ」
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「醜い争いは好きじゃないんだが」
神がそう呟き、親族席から立ちあがった。
新郎新婦席ではチルルを台風の目として、激しい言い争いが繰り広げられている。
当のチルルは、今後のシナリオを、チルルだからすっかり忘れてしまっている。
その困惑の表情が、五角関係の中心にいる女の動揺を現しているように見え、リアリティになっていたのは、『天然キャラ特有の強運』としか言いようがない。
「返さなくていいぜ」
神が、チルルに元に歩み寄り、ジャケットの胸ポケットからチーフを差し出した。
さりげなく耳打ちする神。
「もうフィニッシュでいいと思うぞ」
このシナリオのラストは打ちあわせ上、『ルティスが花嫁の指から結婚指輪を抜き取り、ウェディングケーキの中にぶち込んで逃避行する』というものだった。
繰り返しになるが、チルルはそれを覚えていない。
「フィニッシュ! とどめを刺せって事……なのだわね!」
チルルはケーキ入刀用に使ったナイフを手に取ると、そこに渾身のエネルギーを溜め始めた。
「おいバカやめろ!」
神が腰を抜かす。
小さくておバカな女の子として通っているチルルだが、実はとんでもない強キャラである。
口癖である『学園さいきょー』を真っ向から否定出来る者は、久遠ヶ原学園中探したとしても、見つけるのが難しいというレベルなのだ。
そのチルルが、シナリオに反して必殺スキルをぶちかまそうとしている事に、他の撃退士たちも気付いた。
「やれやれ……」
花婿役の雪之丞が、面倒臭そうに撤収した。
「レディ、武器を降ろしたまえ、お爺様にでも当たったらどうするんだい?」
ルティスが爽やかに宥めようとする。
「わかったのよ、お爺様には当てないのよ」
口調が素に戻っていることからもわかるように、チルルは一度に一つの事しか考えられない。
お爺様に当てない、事に集中し始めたということは、他の参列客の事なんか眼中になくなったという事なのだ!
ナイフから放たれる氷砲『ブリザードキャノン』
開放されたエネルギーは吹雪のように白く輝き、射線上の敵をすべて吹き飛ばす。
「やむをえないわ」
「女性客を危険に晒すわけにはいかないね」
「くそお!」
「うむ、面白い、な」
場に残っている四人の撃退士……霧依、ルティス、神、僅は、白き破壊の輝きの前に、身を挺して立ち塞がった。
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ここは久遠ヶ原にある某斡旋所
「みんなー、お疲れ様なのだわ、無事でよかったのだわ」
本物の椿が、撃退士たちを出迎えた。
「さっき、お爺様から連絡があったのだわ『この魔性の女め! もう少し待ってやるから、一人に絞れ』との事なのだわ、助かっちゃったのだわ」
全然、無事じゃないのが四名ほどいるのだが、安心してニコニコしている椿を見ていると文句を言う気分ではなくなってきた。
唯一、口を開いたのは僅だった。
「ま、この次は、本物の披露宴である事を楽しみにしている、ぞ、また攫いに行って、ぶち壊してやってもいい、ぞ。」
「あら、僅さんありがとう、でも本物の披露宴を開ける相手が見つからないのだわ」
「この際、相手は生きていさえすれば、相手は誰でも良いだろ、う。 地球外生命体とか、な」
いつも下らない目に遭わされるので、いっそ銀河の果てまで椿を攫っていってもらえればと思う撃退士たちだった。