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マスター:スタジオI
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
形態:
参加人数:10人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2016/03/09


みんなの思い出



オープニング


 アウル異種格闘技NBD、即ちネットブレイクデスマッチ。
 その団体戦が成功のうちに終了してより数日。
 アウル格闘技協会本部では次の企画が話し合われていた。

「そろそろタイトル戦をやってもいいと思うんだな」
 協会長のクレヨー先生が提案する。
「タイトル戦? 二代目“アウル格闘王”のタイトルを賭けた戦いか? 少し早くないかね?」
 NBD運営委員長のアウルボクサーホセが難色を示す。
「“アウル格闘王”を賭けた戦いはまだ先なんだな、その前に局地的なタイトルを設けたいんだな」
「局地的なタイトル?」
 よくわからない表現に、ホセがゼンマイ髭をくねらせた。
「例えば”打撃王””関節王””みたいなのなんだな」
「なるほど、職人技的なタイトルだね。 しかしそれをどう決めるんだい?」
「”打撃王”タイトルだからって打撃技しか使えないというルールにしてしまうと、別競技になってしまう気がするんだな。 だから、勝利を決めた時の技が打撃技なら”打撃王” 関節技だったら”関節王”の資格ありとするのが良いと思うんだな」
「ほうFBか! 勝つ事だけではなく、FBでそれを決めることがタイトル獲得のの必要条件なわけだ」
NBDにおけるFBとはフィニッシュブローの事である。
試合の勝利を決める決定的な必殺技こそが、NBDの花であり、また試合を制する必須条件とも言われていた。
「いいかもしれん、それで今回の大会は何を賭ける?」
「一つに絞ってしまうと、参加出来る格闘スタイルが限定されすぎてしまう恐れがあるから二つ賭けよう」
 今回はとりあえず、クレヨーが口に出した”打撃王””関節王”の二称号に絞られる事となった。
 個人戦で勝利した者の中から観客投票で最も見事な打撃技を決めたものに”打撃王”の称号を、 見事な関節技を決めたものに”関節王”の称号を与えるのだ。
 むろん、これらの称号に拘らず勝利だけを目指してもいい。

「あとは、いつも通りNBDマガジンの発行なんだな」
 NBDマガジンはNBDの選手とファンのためのフリーペーパーである。
 クレヨーが提唱するNBD勝利の方程式やNBDリングの概要などが書かれている。
 前回までの号と重複する部分もあるので、新規の記事や更新された部分にはタイトル名に”☆”マークを付けて置く。 前号までと同じ記事はタイトル名の前に”★”マークである。
 なお今回の追加項目は”☆4・FBに至る流れを複数用意しよう””☆5・相手のFBを予測的中させると!?”となる

●NBDマガジン三月号

★1・フィニッシュブロー(FB)を確立させるべし
 相撲で自分の”型”を持つ力士が強いように“この技で決める”というものを持っている選手は強い。
 自分の中でFBを定めてしまえば、技に磨きがかかり威力が増す。
 決め技はリングから相手を弾き飛ばすための技でも良いし、戦闘不能やギブアップに追い込むための技でも良い。 とにかく“自分にはこれがある”と断言できるFBを一つ見出すべし。

★2・決め技を決められる状態に持ち込むべし
 「FBだけ磨いて、試合開始直後にいきなり決める」というのは流石に困難である、
 そこで、決め技が成功する状態に持ち込めるよう、試合を組みたてる必要がある。

【序盤は打撃戦を挑み、その中で相手の右腕を掴む。 関節技に持ち込み、相手の右腕を封じる。 その状態で右脇腹を狙ってエアロバーストブローを打ち込み、リング外に吹っ飛ばして勝利】

 といったものが、単純ではあるが流れの一例である。
 むろん、多くの試合はここまで自分の思い通りには展開しない。
 相手も、やはり自分の流れに持って試合をいこうとするからだ。
 そこで、次項の対策技が存在感を帯びてくる。

★3・対策技で相手の流れを潰すべし
 関節技が得意な相手に対し、ゼロ距離発射可能な打撃技。 蹴り技が得意な相手に対し、足をとっての関節技。 など、対戦相手に会わせて対策技を用意することにより、相手が掴みかけたペースを崩し、試合の流れを有利に変える事が可能である。
 さらにはそれらの対策技に対して、さらなる対策技を用意し、自分の流れを押し通すタイプの闘い方も有効だ。
 対戦前に相手の格闘スタイルを予測して作戦を立てよう。

 ただし、対策技ばかりを用意していて自分の格闘スタイルが見えなくなるのは本末転倒なので、バランスには注意が必要である。

☆4・FBに至る流れを複数用意しよう。
 FBに至るまでの流れを潰されてしまい、そこから攻め手がなく崩れる戦いが多い。
 この手がダメなら次はあの手。 FBは一つでもそれに至る道は複数用意しよう。

☆5・相手のFBを予測的中させると!?
 相手のFBを予測し、それに対する有効な防御策を用意しておくと形勢が一気に逆転出来る。 FBは渾身の力で放つ技ゆえ、破られた時の影響も大きいのだ。 予想を外すと完全な空振りとなるので必ずというわけではないが、一発逆転を狙いたい場合は予測してみてもよいかもしれない。

★6・アウル技は強い
 アウルスキルで強化した格闘技(アウル技)は、使用していない格闘技(ノーマル技)に比べると圧倒的に強い。
 回数制限があるとはいえ、出し惜しみをしていると流れを掴まれ、負けてしまう。
 相手が全力で来るなら、自分も全力!
 アウル技は最初から、出し惜しみなく使うべし。

★7・有効な技とその対策
 ここまで累積した試合データでは以下の事がわかっている。

・打撃系の相手には”不撓不屈”などの蘇生系が有効。 相手の渾身の一撃に耐えて、まさかの逆転が狙える
・蘇生系を使う相手に対しては関節技や、極め技でじりじり体力を奪う戦術が有効。
・アウルを利用した投げ技はRO(リングアウト)勝ちが狙えるので強い。 現在のFBはこれが主流となっている。 対策技の開発が望まれている。


★金網リングについて
 6.5m四方の土の闘技場に、特殊金属の金網をかぶせたリングです。
 金網の網の目はひし形になっており、網を伝っての上り下りも可能です。
 金網は弾性のある特殊合金で出来ており、ぶつかるとプロレスリングのロープのように伸びます。 
 ただし弾性を越える圧力が加わるととたんに砕けます。
 リングを覆うネットの弾性や砕けやすさは場所によりまちまちです。
 ただ、脆い部分でも自分からぶつかった場合、壊れる事はまずありません。
 威力のある必殺技で相手を吹き飛ばした時に、壊れる可能性があると考えて下さい。

 屋根部分の金網のみ別の弱い金属で出来ており、体重40キロ程度の者なら雲梯のように移動できますが、体重60キロ程度の者なら数秒間なら何とかぶらさがれるレベル。 それ以上だと重みのみで千切れます。

 レフリーがリング外におり、阻霊符で透過スキルを防止しています。
 透過スキルは使えないものと思って下さい。


 以上、勝利の方程式と舞台の特性を心に刻み、NBDのタイトルと勝利を目指してリングに臨んで欲しい。


リプレイ本文


 NBD称号戦当日。
 関節王”と”打撃王”の称号をかけた戦いの開幕を、満場の観客たちが待ちわびている。
 開始予定時刻直前、突然、会場の照明が消えた。
 光に代わって、鎮魂の鐘の音が場内を満たす。
 再び照明が灯った時、金網リングの中には漆黒のパンツにタンクトップの男、ゼロ=シュバイツァー(jb7501)が立っていた。

「ハッピーホワイトデー!」
 西側入口から、黒タンクトップの男が寸胴から飴を場内の客にまき散らしていた。
「飴まくどー! 飴まくどー!」
 ガハガハ笑っているATAKEこと阿岳 恭司(ja6451)。
 その時、ゼロが右腕をあげた。
 それを合図にATAKEの足元に、爆発!
 爆音と煙だけだがびっくりして飴の入った鍋を落としてしまう。
「なにをするだー!」
 抗議に詰め寄るATAKE。
「あまっちょろい真似をしているからだ」
 ゼロは、抗議など意に介さずATAKEの首を右掌で捕まえ、邪悪な笑みを浮かべる。
「死んで…くれるなよ?」
「うっ」
 威圧されてしまうATAKE。
 毎回やっていた握手パフォーマンスは、出来る雰囲気ではない。

 ゼロがペースを握ったまま、ゴング!
「うらー!」
 ATAKEが飛び出す!
 ゼロの腹めがけて、前蹴り!
 これで動きを止めてから、関節技に入る作戦。
 だが、ゼロは悠然と十字受けでそれをブロック。
 続いて放たれたローキック、
 これも右腕で薙ぎ払われる。
 
 ゼロは予測防御でATAKEの前蹴りを受けていたのだ。
 完璧な受け防御である。
 だが次の瞬間、両腕に激痛!
(しまった、痛打か)
 受け防御でダメージは緩和出来ても、痛みそのものは防げない。
 激痛による眩暈。
 その隙にATAKEに右腕を取られた。
「わっはー! 金網リングで僕と握手だ!」
 地面に倒された。 そのまま二の腕を両脚で挟まれる。
 脱出を試みるがATAKEの体は鋼鉄の如く固くなり抜けられない。
「無駄無駄! ゼロちゃん、この鍵は日本古来伝統の仕組み、それを鋼鉄で固めては簡単には開けられんよ」
 ATAKEの”外郭強化”腕ひしぎ十字固めは完璧に極まっていた。

「これは抜けられないかな」
選手席からこれを観戦していた桜庭愛(jc1977)が早期決着を予感する。
  現にレフリーが立ち上がり、腕ひしぎ十字固めの極まりを見極めようと観察を始めていた。
 ゼロは自由に動く方の左腕で、ATAKEの体へ掌底を打ち込んでいる。
「あの体勢からの打撃では効かない……?」
 Spica=Virgia=Azlight(ja8786)の言葉に、雪ノ下・正太郎(ja0343)は険しい顔をした。
「いや、ゼロさんのあれはおそらく”勁”」

 解説席でも、ホセがクレヨーに尋ねていた。
『” 勁”というのは?』
『中国拳法の技なんだな。指先から足先まで体の一部が相手に触れれば敵内部へダメージを与える事が出来るんだな、しかもどんな体勢からでも打てる』
『そりゃすごい! 中国四千年の神秘だ』
『超能力的なものではないんだな。 要は脱力や体重移動を利用した攻撃。 1インチパンチなんだな』
『それは凄いね、ボクシングでも使ってみたい』
『そこなんだな――どんな体勢からでも凄い打撃が打てたら、ボクシングはもちろん、相撲でだって総合でだって、抜群の効果が出せる。 けど、それで格闘界を制した話は聞かない。 止まった目標に立ち状態で打ち込んでいるのしか見たことがないんだな。 実在はすれど、謳い文句ほどには便利な技じゃないというのが僕の見解なんだな』

(まどろっこしい! こうなりゃ!)
 ”効果薄しと見たゼロは、頭を切り替えた。
 今までの掌を打ち込むのと同じ動き、だが掌にアウルを集中させ、打ち込む。
 鋼鉄と化したATAKEの体を、貫通するような衝撃を走らせる。
「ぐっ」
 ATAKEが仰け反った隙に脱出。

『勁は勁でもスキルの”発勁”というわけだ』
『NBDではこの方が実用的なんだな』
 レフリーは、ゴングを鳴らす直前だった。
 とっさの判断でゼロは危機を免れた。

 ゼロの反撃が開始された。
 痛打を込めた前蹴り! ローキック!
「ぐ……この技は、私の」
 試合開始直後からのATAKEの技をそっくり返し始めたのだ。
「年季の違いや。古今東西天人魔界、俺に知らん格闘技はない」
「だが自分と同じ動きならば、読める!」
 ローキックをひらりと跳躍でかわすATAKE。
「こちらも読んでいたぞ」
 跳躍したATAKEに”星の鎖”を浴びせ、絡め取る。
 動きを封じた隙に、ATAKEの背中に回り込み、両腕をチキンウイングに極めた。
 そのままATAKEの顔を地面に叩きつける。
 グロッキーになったATAKEの顔を金網に押し付け、削り取るかのようにこすり付けた。
 ゼロは愉悦した顔でATAKEの顔にやすりがけをしている。
『ああ、これは残酷なんだな』
『このまま関節技に極めてしまった方がいい、関節王になれる』
 解説席からの声にゼロは答える。
「関節王?違うな。俺は悪の王や」
 掴んでいたATAKEの首根っこをそのまま持ち上げる。
「落ちよ……地獄より深き闇!」
 ”闇撫”のスキルを込めた腕でATAKEの頭を地面に叩きつけた。
 完全なる手ごたえ。
「Rest in peace」
 安らかに眠れという意味の言葉を残しリングを去ろうとした時、
「ゼロちゃん! 俺は ! 俺は今! 猛烈に感動しているぞー!」
 暑っ苦しい声とともにATAKEが立ち上がった。
 Tシャツには”N”の文字が浮かび上がっている。
 ”起死回生” 蘇生技への対策がゼロにはなかった。
「こんないファイトが出来てな! これに耐えたらゼロちゃんの勝ちだ!」
 ATAKEは正面からタックルを仕掛けにきた。
 ゼロは”予測防御” 体勢を崩さずがっちり受け止める!
とたん、激痛から眩暈。
 タックルにも”痛打”が込められていた。
(痛打と予測防御の相性最悪や……)

『この技は!』
『炎の鉄槌! バーニングハンマーなんだな!』
 ATAKEはファイヤーマンズキャリーにゼロを担ぎ上げた。
 その体勢から、体を傾け、ゼロの頭を叩きつける。
 こめたのは”鬼神一閃”! 槌に穿たれたかのように大地が唸った!
 ゼロは起き上がってこない。
 場内にATAKE勝利のゴングが鳴り響いた。
 観客から声援が飛ぶ。
「いいぞー! 寸胴鍋男!」
「TシャツのNはなんなんだー!」
前回から続く疑問にATAKEはマイクで答えた。 
「Nの意味は……答えは皆さんの心の中にあります!」
 意味はNothingのNだった。


 二戦目。
「相手が王者でも、勝たせてもらう」
 フェンリルこと遠石 一千風(jb3845)が、狼マスクで鎖を断ち切るいつものパフォーマンス見せてのリングイン。
 対する雪ノ下は、淡々とリングインする。
『前回、連勝が止まった王者だけど、表面上、動揺はないようだね』
『相撲でも、負けた翌日の土俵に横綱の真価が問われるんだな』
 果たして魔狼は青龍の首をとれるのか?

 ゴング! フェンリルが積極的に攻めてくる。
 長身からしなるようなソバット!
 この後ろとび蹴りを雪ノ下は、バックステップで躱す。
 続く二撃目のソバットを、捕まえた
 このまま、身を回転させつつ投げればドラゴンスクリューなのだが、フェンリルの蹴りが低すぎたがため、体勢が整わず、膝を破壊出来ない中途半端な投げに終わった。
「さすがは王者、うかつに蹴りは出せない」
 フェンリルが眼光を鋭くする。
「今日は俺もアグレッシブにいくぜ」
 前回受けに回りすぎたがため苦杯を舐めた雪ノ下、掌打を連続して繰り出しプレッシャーをかけていく。
 それを後ろへ下がりつつ腕でさばいていくフェンリルだが、一度、大きくバックステップで後ろに下がると、一転して瞬間的に加速!
 ”逆風を行くもの”で、飢えた狼の如く雪ノ下に飛びかかった。
 目の前に急接近してきたフェンリルの顔にたじろいだ雪ノ下の足元に、刈り取るように足払い!
「しまっ……」
 体勢を崩した雪ノ下の後ろをとり、腰に両腕をからめる。そこを支点に身を弓に逸らせた。
 後ろへと放り投げるジャーマンースープレックス!
 地面に雪ノ下の頭が打ちつけられた瞬間、紅血が飛沫をあげた。

「フェンリルは華麗ですね」
 翡翠 雪(ja6883)の感嘆を、夫である翡翠 龍斗(ja7594)が否定した。
「違うな、あの血は」

 紅血の出どころはフェンリルの瞼だった。
 ジャーマンに入る直前、雪ノ下がとっさに放った肘打ちが瞼を切っていたのだ。
 強引に投げたものの、体勢も崩れていたため威力は十分でなかった。
「くっ」
 右目の視界を奪われたフェンリルの後ろに今度は雪ノ下が回り込む。
 今日の狙いはドラゴン殺法。
 フェンリルを羽交い絞めにし、ドラゴンスープレックス!
 こちらは空に鋭い弧を描き、フェンリルの頭を大地に打ち付けた!
 だがフェンリルもダウンしない。
 起き上がろうとするフェンリルの後ろをとり、右腕をフェンリルの首に襷掛けるように巻きつける。 
さらに左腕をフェンリルの背中に回し、ロックして締め上げる!
『龍の第三殺法は、ドラゴンチョークスリーパー!』
 一度、決めてしまえば脱出は至難と言われる技!
『フェンリルギブアップか?』
「ああっ、ギ、ギブなんか」
 悲鳴と呻き声、だが数秒しないうちに苦悶の声は女声から男声へと変声した。
 フェンリルが雪ノ下の横面に”徹し”を放ったのだ。
 首筋を衝撃に貫かれ、雪ノ下が倒れる。
 苦悶の声をあげたまま、起き上がれない。
『これは首をやられたんだな』
『フェンリルチャンスだ』
 狼が獲物を仕留めに走る! 狙うは必殺のフェンリルクラッシュ。 前回は破られたが、雪ノ下ならばATAKEより小さい。
 だが念のために、
「ウォォン!」
 苦しみに蹲る雪ノ下を足元に、咆哮!
 ”闘気解放”で力をあげる。
 この咆哮に危険を感じた雪ノ下、痛みをこらえて立ち上がる。
 がっぷりと組み合う二人。

 選手席で、雪が呟く。
「闘気解放の間がなければ、もうフェンリル様が決めていたかもしれませんね」
 龍斗はそれに頷いた。
「ここからだ、FBに持ち込んだ方が勝ちだ」


 闘気解放により、力はフェンリル有利!
 だが、王者・雪ノ下ここで新技を発動!
 フェンリルの相手の胴に腕を絡めると、燃焼するアウルを流しつつ、相手を捻り倒した。
「ドラゴンスピンだ!」
 沸き立つ会場。
 地面に倒れるフェンリル。 
 雪ノ下がFBに入る。体勢は再びドラゴンスリーパー!
『だが、この技は?』
『先ほど、破られたんだな!?』
フェンリルが、雪ノ下の横っ面に”徹し”を込めた掌を伸ばす。
「喰らえ、狼の牙!」
 だが、雪ノ下の技、ただのドラゴンスリーパーではなかった。
「狼が喰らいつくなら、龍は巻き付きそれを砕くっ!!」
 狼の牙が届く前に、一気に背骨を砕きにかかったのだ。
 時間をかけて絞めるのではなく、勢で仕留める技!
 両者の体から、同時に何かが弾ける鈍い音がした。

 数秒後、雪ノ下の脇に極められていたフェンリルの頭がゆっくりと抜ける。
 両者は同時に地面にうつ伏せに倒れた。
 そのまま、二人の肉体は動かない。
『これは、どうなるんだ』
 ホセの漏らした呟きの答えを誰も知らなかった。
 雪ノ下は再び”徹し”を首に受ける事を知りながら、ドラゴンスリーパーの体勢に入ったのだ。
 だが、その目的は絞める事ではなく、一瞬に全力を注ぎこみ、背骨を砕く事。
『NBDに引き分けはないが』
『これはやむをえないんだな』
 両者の状態が危険と判断し、主催者権限で引き分けを宣言しようとするクレヨー。
 その時、雪ノ下の体が動いた。
 片腕で上体を持ちあげ、ネット外のレフリーに呻くように告げる。
「フェンリルを、先に看てやってくれ……」
 魔狼と青龍の死闘は、青龍が制し”関節王”の称号を手に入れたのだった。


 三戦目。
 レディ・スフェスニクスことラファル A ユーティライネン(jb4620)がリングに向かうと観客から歓声と罵声が同時に沸き起こった。
 相反する言葉がぶつかり合って何を言っているのかはよくわからない。
『レディちゃんは前回、ゴング前攻撃で瞬殺勝利だったんだな。 手段を選ばない系が好きな人は喜ぶし、嫌いな人は怒るんだな』
『前回は、重体だったから仕方ないね』
『でも、今回はいよいよレディちゃん本来の戦いが見られるんだな』
『いや、無理だろうね。 なにせ今回も重体だから』
 解説席での会話に、会場は一瞬静まり返り、それから爆笑が巻き起こる。
“またか”とか”マゾか”とか”重体ちゃん頑張れー”とかいう言葉が断片的に聞こえた。
「うるせぇなあ、なんだよ、そのあだ名は」
 レディが痛む体を圧しつつ、悪態をつく。
「今回も1ターンキルを決めてやんぜぇ、FBは前回と同じ”闇討ち”だ!」
 ハイメガマウス砲を発射。
リングインをすると、そこにはすでに光纏した染井 桜花(ja4386)が待っていた。
 前回、レディが奇襲勝ちしたのと同じ相手である。
 桜花はいきなり、襲い掛かってきた!
 むろん、ゴングはまだ鳴っていない。

「……獣は今 ……解き放たれる」
 桜花は”神速”を足に込め、超高速で踏込みつつアッパーを解き放つ。
  前回の意趣返しだ。
「おっと慌てんなよ、桜花ちゃん」
 さすがに自分と同じ手は読んでいたのかラファルは右にステップ。 
アッパーが躱された。
 目標を見失った直線高速運動は止める事が出来ず、そのままネットに突っ込む。
 弾性で跳ね返ると、すぐ振り返りリング内を見回す。
 レディがそこに見えた。
 しかし、なぜかカラーリングをリングの土と同じ色に変えている。
「……2Pカラー?」

「げ、見えてんのか?」
 ”ボディペイント”を改良した”展開、俺俺俺式光学迷彩!!”が見破られた。
 前回は、桜花が奇襲によるパニック状態になったがため通用した”潜行”だが、手の内が見えている以上、通用しない。
 のんきなゴングがここでようやく鳴る。
「まいったな、作戦変更だ」
 本来は潜行からフェイスクラッシャーで相手の後頭部を掴んでリングに打ち付けたかった。
 そこに”幻霧”を込め、桜花がスキルを封印されたことに気づかないまま戦いが展開すれば、FBを放つチャンスも生まれる、という計算だったのだが……。
こうも正面からじっと睨まれていたのではやりようがない。
 重体のレディは、一発入れられたら終わり。
 そうなると、作戦は一つしかなかった。
 即ち、相手の技をかわしてのカウンターである。
 

「……来ないか?」
「お前こそ」
 リング中で睨み合ったまま、両者は動かなくなった。
『クレヨー先生、これは?』
『よくある状態なんだな。 お互い攻め手がなくなり、相手が仕掛けてくるのを待つ戦術しか残らなかった時にこうなるんだな』
『なるほど、攻め手は豊富に用意したいね』
『皆、積極的に行って欲しいんだな、盛り上がりに影響するんだな』
 解説席での会話が耳に入ったのか、桜花が動き出す。
 勢いを逆手にとられないようにという作戦か、ゆったり堂々とレディに歩み寄る。
「な、なんだ」
「……頭突き合戦」
 とんでもない事を言い出す桜花に面食らうレディ。
 桜花がレディの肩を両手で掴む。
「……この前のお返し」
 予告通りの頭突き!
 鈍い音が場内に響く。
「っあ」
 レディが白目をむく。
「……比べ合いと行こうか」
 反撃を請求する桜花だが、レディは動かない。
『これは、もうKOかもしれないんだな』
『なにせ重体だからねえ』
 レフリーが確認に入ろうとしたが、その前に桜花はベアハッグに移行。
 気を失っているレディの背骨をギゴギゴと締め上げる。
「……フリかもしれない」 
 どうやら気絶したフリをして、また奇襲というのを警戒しているらしい。
 悪意なく、追撃する天然ぶりが桜花の恐ろしいところである。
 レディを真上に放りなげ天井ネットにぶつける。
 跳ね返ってきたところを、”全力跳躍”
 空中で後頭部を捕まえ、重力任せに地面に叩きつける!
 ぐしゃっと何かが潰れる音がした。
「……フェイスクラシャー……英名絶技その2」
 奇しくも、レディが狙っていたのと同じフェイスクラシャーが桜花のFBとなった。
 前回とは逆の勝者を示すゴングが鳴り響く。
「頭突きの時点でKOしていたやろ」
「うむ、死体蹴りだな」
 リングサイドでゼロとATAKEが脂汗を流す。
“桜花、よくやった!”“重体ちゃん、頑張ったぞ〜”“ざまぁwww”“今度はお互い万全でやれよー”様々な歓声が轟く中、桜花は無傷でのリベンジを成し遂げたのだった。


「タイトルマッチ…なら、負けられない…」
 リングに白い戦装束姿の繊細で可憐な銀髪少女・Spicaがあがる。
 対するは、蒼いハイレグワンピース水着に笑顔のプロレス美少女・愛。
「私より強い女に闘(あ)いにいくです」

 リングイン後、両者ともゴングを待っている。 奇襲を行うタイプではないようだ。
「あなた可愛いね。美少女プロレスに興味ないかなー」
「……試合前の勧誘お断り」
 あっさり袖に振られる愛。
 ゴング。
 愛は左右にフットワークを効かせながら間合いを詰め始める。
 間合いに入ったところでローキック!
 一方、Spicaはステップでそれを躱す。
 まずは手を出さず、相手の戦い方を把握する作戦のようだ。
 続いて愛が再びローキック。
 また、Spicaはステップ……だが、躱しきれない。
「……くっ」
転倒するSpica。
「今のローキックには”飛燕”を込めたからね」

「……虚実二種類のローキック」
「これでSpicaはステップを奪われたな」
 リング下で桜花とフェンリルが評した通り、Spicaは右膝を故障してしまった。 
 倒れたSpicaに寝技をかけようと、愛が覆いかぶさる。
「可愛いスピカちゃんを関節技で痛がらせちゃうぞ」
 だが、次の瞬間、ふっとんだのは愛の蒼いボディ!
「はうっ!?」
 Spicaは尻餅をついた姿勢で掌底を放ったのだ。
 愛は仰向けに倒れたまま動かない。
『この吹っ飛び方、ただの掌底突きじゃないね』
『動けないところをみると、おそらくは、”薙ぎ払い”系がかけてあるんだな、Spicaちゃんの場合” 具現化―ミョルニル”か』

 Spicaは痛めた足をかばうため、翼を広げた。 本来足技からのエアリアルコンボを狙っていたのだが、ここは次善の策でいくしかない。
 翼で愛の上をとり、競泳水着の腹に地獄突き!
「ごほっ」
さらに追撃しようと滑空するSpicaだが、怪我をした足首を愛に掴まれる。
「……回復が早い」
「レスラーはね、お腹を鍛えてあるんだよ!」
 Spicaの両足首を掴んで起き上がった愛、バックドロップの要領で地面に落とす。
「……くっ」
「寝技コンボいくよ!」
 Spicaの両足を掴んだまま背中に乗り、逆エビ固め!
 両足をと腰を痛めつけたところで、今度は両手を掴む。
 相手のひざ裏と両腕を支点に、天地を逆にするように倒れこんでSpicaの体をそり上げる!
「大技! 痛恨固め・ロメロスペシャルだぁ!」
「……くぅー」
 Spicaは痛みに、目じりを濡らした。

 医務室ではTVを通してこの様子を怪我人三人が見ていた。
「ロメロか、見た目は派手だが、さして痛くない技のはず?」
 Spicaの痛がり方にフェンリルは納得のいかない様子だ。
「どうせ”痛打”でもかけてあるんだろ、ドS御用達のスキルだからな、あれは」
 レディが嘲笑を放つ。
「前に比べて惜しみなくアウル技を使うようになったな、愛さん」
 雪ノ下が愛の成長を認めた。

「それじゃあ、とどめだー!」
 愛はロメロを外し、地面で小さく喘いでいるSpicaを抱き上げた。
「可愛いSpicaちゃんを抱きしめちゃうよー!」 
 ヘアハッグ!
 桜花も使った背骨を傷めつけるプロレス技から入る。
「……はあっ」
「からの〜!」
 フェンリルを背中にまっさかさまに担ぎあげる。
 そして、飛翔!
 空中から滝の如く、Spicaの頭を地面に叩きつけた!
「スプラッシュマウンテン!」
 地面に杭を打ち込むような音。
「……っ」
 Spicaは意識を保ってはいるが動けないようだ。
「レフリー! カウント」
 愛がレフリーを促す。
 するとレフリーが、ぽかんとした顔をした。

「え?」
 リングサイド席の皆も、一瞬、呆気にとられる。
 桜花が選手席から指摘した
「……フォール勝ちルールはない」
 NBDではKOか、リングアウトか、ギブアップか、レフリーストップでしか勝ちをとれない。
「そ、そうだった」
 愛が動揺している間にSpicaは後転してフォールから逃れた。

 Spicaの回復にリングサイド席でもどよめきが起きる。
「あのえげつないスプラッシュマウンテンから、よく起き上がれたな」
「おそらくはスキルを籠めていなかったのです、重体でもない限り通常技ではFBとして力不足なのでしょう」
 翡翠夫妻の評通り、Spicaには反撃する力が残されていた。
 痛みが浅い方の足で大地を蹴る。
 万全の時よりは威力は劣るが、そこは”縮地”でカバー、
 愛の起き上がりざまにタックルを浴びせる。
 愛の体がネットにふっとばされ、跳ね返ってきたところに再び突進!
 ショルダータックルを腹に入れる。

「ぐぅっ」
「遊びは、おしまい…」
 ボディへの攻撃で動けなくなった愛に近づき、その胴を掴む。
“鬼神一閃”を改良した”具現化―レーヴァテイン”をこめる。
蒼い少女の体が、普段扱っている武器のように手になじんだ。
 己の体を軸に回転を加える、回転する体が紫炎を纏う。
遠心力エネルギーが溜まったところで、ネットに向かって投げる!
青い体がネットを突き抜け、ネットの金属片が銀色の煌めきを降り注がせた。
「……レヴァテインスロー」
 勝利を意味するゴングに混ぜるようにSpicaはその名を小さく口の中で呟いた。

 試合後、Spicaは愛に歩み寄る。
「……プロレスなら負けていた」
「Spicaちゃん、学園美少女プロレス部に入ろうよ♪」
 試合後も愛の勧誘は続くのだった。


 NBD称号戦、最終試合。
 リングに上がったのは、翡翠 龍斗とその妻・雪。
 即ち、夫婦対決!
「やったれやったれ」
 リングサイドで煽ってくるゼロを、龍斗があしらう。
「言っておくが、夫婦喧嘩ではないぞ」
 当然、来ると予測していた煽りである。
 会場も物珍しさに沸き立っている。

 解説席では二人の格闘技について解説がなされている。
『龍斗君の方は翡翠鬼影流だね』
『うん、開幕戦では雪ノ下君を追い詰めたんだな』
『雪君の方も同じ流派かな?』
『いや、八極拳とプロフィールにあるんだな』
『ほう、僕でも聞いた事がある』
『接近戦を重視する有名な中国拳法だね』
『龍斗君の視点から見れば奥さんを間合いに入れずに戦えるか? 愛妻への甘さを今、この場だけ殺せるか? お互い、精神面の強さも問われる戦いなんだな』

 NBD史上初、夫婦対決のゴングが鳴る!
「我が威、示しましょう。いざ、尋常に」
 雪が大地を強く踏みしめる。
 震脚と呼ばれる基本動作。
 この踏みしめた力を利用するのが八極拳!
「最初から、全力で行かせて貰う」
 一方、龍斗は体の中でリミッターを外した。
 髪が黄金に、眼が朱に変化していく。
 潜在能力を解放させる” 静動覇陣”のスキル!

リング外から見ている桜花や愛にも殺気が伝わってくる。
「……容赦なし?」
「リミッターを外したって事は、そういう事だね」
 
 龍斗は攻撃も容赦がなかった。
 雪の膝を狙い、鋭いローキックを繰り出す。
 足が刃の如く膝を斬った、かに見えた。
「む?」
 雪の足は脛当てでも付けているかのように動かない。
 発勁壁、即ち”アウルの鎧”で防御していたのだ。
 その隙に龍斗の懐へ飛び込む!
 震脚からの肘打ち!
 龍斗の顎を狙う。
 龍斗がバックステップで躱したところで腕を掴み、投げを打つ。
「はあ!」
 震脚で威力が増している!
 だが、龍斗は仰け反らせたままの体を利用して足で着地、逆に投げ返しにきた!
 これは不発に終わったものの、序盤からの激しい攻防は観客たちにこの夫婦の戦いが単なる話題作りではないことを伝えた。

 龍斗の髪が金から緑に、瞳が朱から青に戻った。
「全力はもうおしまいですか?」
 雪の問いかけに、龍斗は不敵な笑みを浮かべる。
 リングの西側にどっかと正座した。
「秘伝が一つ……使わせて貰う。 どこまで、投げれるかわからんが、ね」
 どう見ても、龍斗はただ正座しているだけである。
 だが、隙を感じない。
「……隙がないならば、作らせていただきます」
 雪は震脚からの開拳を放った。
 これは体を開くように打つ武術の掌底である。
 威力はあるが、この場合は牽制。
 龍斗の動きを見極めるための虚の拳だ。
 だが虚の拳は、一瞬で掴まれた。
「!?」
 右腕を掴まれたまま、肘を極められる。
 痛みとともに、雪の中の天地が二度ほど回転した。
 連続で投げられたのだ。
 いくら龍斗とはいえ、これは異常な運動速度と言える。
「くぅ……」
 投げから逃れた雪の右肘に残されたのは、痛みと痺れ。
 関節を外されたのだ。
 すぐ立ち上がろうとして、痛みに妨げられる。
 ここで追撃を喰らえば、終わりだとわかった
 龍斗は動かない。 元の位置でじっと正座をしたままだ。
「龍斗様、手加減ですか?」
 やや棘が声に出てしまいそうになるのを抑えながら、龍斗に尋ねる。
 夫は妻の問いに無言だった。
 違和感を覚えたが、正体がはっきりしなかった。
 雪は立ち上がり、考えを改めなおす。
「今は武の時、夫婦とはいえ言葉でなく拳で意を確かめよ、という事ですね?」
 雪は攻め方を変える事にした。
 まず一呼吸おいて、その肘にヒールをかける。
 幸いにも出血や目立つ腫れはないので、治療は悟られないはずだ。
 雪は、龍斗の陣へと踏み込んだ。
 今度は腕も足も使わない。 背中でぶつかる。
 貼山靠、別名・鉄山靠とも呼ばれる技!
「はっ!」
 気合が交錯し、貼山靠が止められた。
 おそらくは両掌に張られた”シールド”を盾とされたのだ。 
 その瞬間、龍斗は立ち上がった。
 雪の膝に足を飛ばしてくる。
 とっさに飛び退く雪。
 ローキックは外れ、お互い距離を置いて睨み合う形となった。
 再びの膠着を悟ったのか龍斗が、正座に座りなおす。
(どうもおかしいですね)
 二度目の攻撃に龍斗は反撃してきた。 それ自体は不自然ではない。
 だが、雪がダウンし、肘も負傷した一度目の攻撃の時の方が、より大きなチャンスだったはずだ。
 座った状態からは自発的な攻撃が出来ないのかとも考えたが、今の流れがそれを否定した。
なぜ隙の大きな一度目を見逃して、小さかった二度目を反撃の時に選んだのか?
 考えられるのは――。

(金的も床ドンもなしとは意外に紳士的、いや淑女的だな雪)
 警戒していた妻の技は気配もなく、その点に関しては安心する龍斗。
 とはいえ、次は何を仕掛けてくるのかわからないのが現状だ。
(終わらせよう)
 龍斗は、磨いておいたFBの発動を決意した。
 その瞬間、雪が踏み込んできた。
 震脚から掌底突き! 最初との唯一の違いは、突きに使う手の左右だ。
「これなら!」
 龍斗は”荒死”を発動させる。
呼吸投げ!
 荒死による超反応により、相手の打撃を捕まえ、関節を極めながらの連続投げにより相手の戦力を奪い去る技。
 雪の小柄な体を一度目で宙に舞わせ、二度目で地に叩きつける。 
 そこに何の躊躇も感じない。 愛あるからこそ躊躇しない!
 ここがFBを仕掛ける好機だった。
 だが龍斗の体は動かない。
 荒死の反動による硬直。 これで先ほどもトドメを逃したのだ。
 だが、雪も投げの痛みで動けない。 さらには両肘を殺した。
 動きが回復すればFBを放てる。
 そう龍斗が考えた瞬間、雪が動いた。
 顔からは脂汗が出ている、痛みを強力な精神力で抑え込んでいるようだ。
(痛みを覚悟していたのか、雪)
 来るとわかっている痛みを、雪は覚悟の強さでこらえたのだ。
 ”荒死”を帯びた技の弱点が読んだがゆえだ。
 最初に殺したはずの雪の右手刀が、振り上げられた。
(動いた!? ヒールしていたのか)
 龍斗は、動かぬ己の体にひたすら動けと命じた。
 今、動けば間に合うはずだ。 なぜなら龍斗の奥義は無式――”疾風突き”の速さを加えた技!
「龍斗様、お覚悟!」
雪が頭上から手刀を振り下ろす。
「動け、我が拳!」
 わずかに遅れ龍斗は、座したまま疾風の拳を打ち上げた。
 二つの拳が空に交差する!

 雪は自分の手刀が、夫の拳より早く届いた事に感謝した。
 夫が足元にゆっくりと倒れていく。
 FB金剛掌、相手の直上より”粛清”を乗せた手刀を打ち下ろす単純明快な攻撃である。
 雪はかける言葉を探した。
 これで試合は終わり、自分たちは元の夫婦に戻る。
 だが、その瞬間、倒れかけていた龍斗が地面に手をついた。
「まだ、終わらない……いや、終われない」
 再び、金髪朱眼に変わってゆく。
 死地において黄龍を纏うスキル”変生・修羅”だ。

 龍斗はさらに”静動覇陣”をかけた。
 圧倒的な力を得て、先ほど不発に終わったFB、無式を問答無用で解き放つ。
「これが、最後の一撃だ」
 雪の腹に無式が食い込んだ。
 確実な手ごたえ。
 だが、雪は倒れない。
 無式の火力、速度は極限まであげている。
 これも覚悟の強さ? いや、違う。
「地に伏し倒れながら、尚も心折れず立ち上がらんとする英雄よ……」
 雪が口ずさんでいるのは”勇ありし者の凱歌” 気絶を回避するスキル!
 にこりと笑顔を浮かべる雪。
「夫婦であろうと容赦はしません、龍斗様がまた、そうであったように」
 雪は手刀を振り上げる。
 天から降り注いだ二度目の金剛掌に、黄龍は撃ち落とされた。

「いやー! よい戦いだった! ベストバウトだったぜ! 翡翠夫妻!」
 ゴングと同時にATAKEが飛び出し、マイクを手に感動を叫びだした。
 場内からも喝采。
 龍斗が”荒死”をFBに廻し、連続投げによるリングアウト狙いなら、結果は逆だっただろう。
 打撃FBで勝利した雪には”打撃女王”の称号。 龍斗にも健闘を祝してMVPが贈られる事となった。

 ここでバックスクリーンに重大発表が投影される。
『次回より、アウル格闘王の称号を賭けた本戦を開催する!』
 ついに訪れた約束の時、真の王者を目指す戦いが始まる!


依頼結果