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雪凡村の雪屋台祭り当日。
朝から月乃宮 恋音(
jb1221)は雪凡神社を訪れていた。
「初めましてぇ……雪祭の間、催しものとして、お社型のかまくらを創りたいのですが、それをこちらの神社の兼務社として認めていただくわけにはいかないでしょうかぁ?」
兼務社というのは、本来の神社以外に管理している神社の事である。
話を持ちかけられた神主、とたん平伏した。
「ありがたやありがたや、高天原より乳神様が降臨なされたぁぁ、祭らねば祭らねばぁ!」
「あ、あのぉ……神ではないのですよぉ?(ふるふる)」
「ただちに氏子を集め、仰せの通りのお社を建てまつりますー」
何だかよくわからないが、御社は出来そうだ。 乳神教の信者もまた増えた。
完成した雪の御社をミハイル・エッカート(
jb0544)が訪れた。
盛況なようで列が出来ている。
参拝客たちは皆、巫女服を着た恋音の乳に向かって柏手を打っている。
乳にご利益があると思われているらしい。
列に並び自分の順番が来るとミハイルは聞こえよがしに大声で注文をした
「恋音、蕎麦をくれ! 蕎麦は二八蕎麦に限る! かけを、ピーマン抜きで!」
蕎麦通アピールをする。 万一のため、いつもの保険も付け加えた。
「おぉ……ミハイルさん……では、御神籤を引いて下さい」
蕎麦を出される前に御神籤を差し出された。
「これは御神籤だな! 神社や仏閣で吉凶を占うために引く日本の籤だ! 知っているぜ! 俺は知っている!」
なぜここまで日本通アピールをするかというと。 そうしないと、この村では”外国人さんに、日本の事を教えてやろう”というおせっかい過ぎる田舎のおばちゃんたちがたかってくるからだ。
ど田舎である。
「吉だ! 吉は普通だと勘違いされているが、実はNO2だ! 中吉よりも上!」
金髪のおっさんが注目を集めまいとムキになって日本通アピールしている姿が、却って注目を集めてしまっている。
「では券三枚ですねぇ……この券はトッピングとお引き替えになれますぅ」
かけ蕎麦にしては割高な料金だったが鴨肉なら4枚、なめこなら1枚という風に券と取り換えられる券を御神籤次第で貰えるらしい。
「ところで、大凶だとピーマントッピングとかいうペナルティはないだろうな?」
「ないのですよぉ……」
ミハイルは安心し、白く澄んだ壁の中で湯気の立つ蕎麦を二杯平らげた。
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店が昼休みに入った恋音はRobin redbreast(
jb2203)の屋台に行く。
「おぉ……かまくらがハート型ですねぇ」
Robinの出店は大きなハート型のかまくらを中心に、周りを小さなかまくら六つが取り囲んだ構成で出来ていた。
「村コンですかぁ。 街コンの村バージョンのようなぁ……?」
「そうですね、雪凡村の人と、遊びにきてくれた他の地域の人との繋がりを目指しました、大きいハートの中に参加者を集めて自己紹介しあって、気に入った人同士が小さいハートの中でお話をしてもらうんです」
「おぉ……素敵ですねぇ……私の神社でも、いつか結婚式を出来るといいのですがぁ……どうしても別の目的の神社だと思われてしまうのですよねぇ……(ふるふる)」
恋音がいるところ、そこが乳神様の聖地なのだ!
「司会をワルベルト局長にお願いしたいと思って探しに言ったんですけど、いないんです」
「……この依頼の資料に、運営関係者は四ノ宮さんしか来ていないとありましたねぇ……」
局長たちは別の【雪祭】イベントを準備しているのである、詳細は後日!
「四ノ宮さんは参加したがる側かもしれませんがぁ……」
「なら、あたしが司会をやります」
そういうわけで、椿を呼んできて村コンを開始した。
意外にも、と言うべきか? 椿はモテモテである。
都会から来た美人、しかも三十歳はこの村では若い。
過疎化が進んでいるので、年配の独身男が山ほどいるのだ。
この際、性格のおかしいところとかどううでもいいから嫁に貰いたいという男が沢山現れた。
「では一番人気の四ノ宮さん、御指名をどうぞー!」
Robinが最初にかまくらに入るパートナーの使命を促す。
「この人と入るのだわ……」
椿が低いテンションで指名したのは、なんと自分の抱えていた雪だるまだった
つまり、寄ってきた男を全員フッたのだ。
「どうしたのでしょうかぁ……? お金持ちも多かったですし、四ノ宮さんはかなり年上もOKなはずですがぁ……?」
腑に落ちない部分はあったが、その他の組み合わせはうまくいき、雪の村コンはロマンチックに進んだ。
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「ほう、椿がねえ……まあ、恋愛に関しては俺もポンコツだからわかんねえや」
村婚が一段落したRobinは一連の出来事を、逢見仙也(
jc1616)に話した。
逢見のかまくらは中華まんの形をしている。 看板には串焼きの雪像。 饅頭屋だが串焼きも出しているという表現だ。
饅頭を噴かす湯気と、串焼きを焼く煙が溜まると、天井の穴からポオーと煙が出て饅頭が蒸けたような姿になる。
それに引かれて、Robinもやってきた。
「うちの店のお奨めはこれだ」
逢見はチーズ串を差し出した。
「こいつのアツアツトロっとしたチーズを口に入れて、酒で流しこむと美味だぜ」
「……あたし、未成年」
「失礼、人間だから見た目のまんまの齢だよな。 あの島にいると右を向いても左を向いても天魔だからな。 感覚がおかしくなっていた」
はぐれ天魔やハーフは希少種だと聞いていたが、最近はどうにもそう思えない。
「女の子なら甘いものがいいか? 薩摩芋餡の中華まんなんかおススメだぞ」
「チーズ串食べる。 焼いているところ見たら食べたくなった」
「そうか、酒なしでも旨いもんは旨いからな」
涼しげなかまくらの中で、暖かいものを食べるのはテンションがあがる。
Robinの他にも随分、客が来ていた。
今は昼時を随分すぎたので落ち着いてきたが。
最後の客がお会計に立ちあがった。
おつりを渡すと、土産物はないのかと尋ねて来たので、近くのかまくらに団子屋があるのでそこで買う事を奨めた。
そこでふと不安になった。
あの団子屋は、自分で商品を全て食べていやしないだろうか?
なにせ食べ神様の異名を持つ女である。
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「そんなに食べてやいないわよ、失礼ね……もきゅもきゅ」
蓮城 真緋呂(
jb6120)の店である。
「食べきってはいないが、”試食”はしているんですね」
今そこに、咲魔 聡一(
jb9491)が遊びに来ていた。
「試食だけよ、味を見ないと自信を以てお出しできないもの」
真緋呂の店は、三つ重ねの串団子の形をしていた。
雪で出来たかまくらであり、一番下の団子は中がくり抜かれて店舗になっている。
「ところでこの村、時々、私の胸に向かって手を合わせていく人がいるのよね、あれは何なのかしら」
「恋音さんと勘違いしているんじゃないですか」
「私、あそこまでじゃないわよ? 小さくはないけど」
今日の真緋呂は絣の着物で、村娘な雰囲気を出している。
豊富な栄養に育まれた胸は和服の下に控えつつも、その存在をしっかりと主張していた。
「食べ神様とか、乳神様とかあだ名がついているから噂が混同するんでしょうね、神などいないというのに愚かな」
無神論者の咲魔は、いまいましげに呟く。
「とりあえず団子を下さい」
ミハイルから貰った割引券と小銭を出した。
「どれにする? 組み合わせ自由よ」
「組み合わせ?」
「要はアイス屋のトリプルよ。 好きな団子をコーディネイトして1本の串を作るの。 例えば、上からしぐれ煮、高菜、芋餡だと、食後のデザートって感じになるかしら?」
「では野菜餡、いちごクリーム、杏子ジャムを」
出てきた団子を見た咲魔はその見栄えに惹かれた。
白い生地の中にほんのり透ける餡は、見栄えから趣がある。
餡が表面ではなく中に仕込まれている形だ。
これは食べやすい。
「食べ歩きしやすいようにしたの、商品が売れた上で宣伝にもなるから一石二鳥だわ」
言葉通り、一連の店の中で真緋呂の店は一番、客の出入りが激しかった。
「汁気さえ大丈夫なら、郷土料理なんか入れてもOKだと思うけど、この村ってあんまり美味しいものないのよね」
「クレヨー先生が言うには、本当に美味しい郷土料理ならメジャー化するから誰も郷土料理だと思わなくなるそうですよ」
「まあ理屈としてはありね」
「おかわりください」
「いくわね」
真緋呂に劣らず咲魔も大食である。
「この際、食べ神様とかいう妙なあだ名をゆずってあげてもいいわ」
「遠慮しておきましょう、自分が神になるなど悪寒がする」
「あら残念、その代わりにおでんを無料にしてもらおうと思ったのに」
「ウチの店を潰す気ですか」
ゆったりと時が過ぎる空間。
何も無いなら、田舎感を前面にという真緋呂のコンセプトは当たったようだった。
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「なにげに入りにくいな」
肉まん屋が休憩に入った逢見は、雪で出来た巨大な美幼女の前で立ち尽くしていた。
どう見ても、ヘビー級オタク向けショップである。
立ち去ろうとすると、その背中に声をかけられた。
「入れ、退屈でかなわん」
振り向くと、この店の店主であるアイリス・レイバルド(
jb1510)が立っていた。
どうやら、あまり客が入っていないらしい。
ここは過疎の村で高齢化している上、雪祭にくる客は大半が家族連れか、カップル。
外見がオタク向けだと敷居が高い。
「なんで、こんなデザインにした?」
「一応、身近なモデルがいるのだよ。 雪は白い、私の中では白といえば彼女。 あとは企業秘密だ」
逢見にはよくわからないが、あの幼女は家族か何かなのかもしれない。
店内に入ると、その人物をモデルにしたと思われるフィギュアがたくさん並んでいた。
ポンチョとロングマフラー姿の幼女だ
寝ている。 枕を抱えていたりコタツに入って寝ていたり、バリエーションはあるが、どれも、寝ている場面だった。
「自分で作ったのか?」
「そうだ」
「雪像も?」
「プロとかいう輩が押しかけて来たが追い返した」
作りたいだけで、特に売る気はないらしい。
「売らなきゃもったいない」
「なら呼び込みをやってくれ」
「ギャラは?」
「きみの好きな雪像を作ってやろう」
手をわきわきさせるアイリス。 なんでもいいから創りたいらしい。
「いらねえよ、持って帰る前に融けるだろ」
「ふむ、それは考慮していなかった」
首を傾げる。 本当に創りたいだけで後の事は考えていないのだろう。
「そのサービス、今まで売れたのか?」
「一つだけな、四ノ宮女史にだるまを作った」
逢見の頭の中で、Robinから聞いた話とアイリスの話が繋がり線となった。
「なるほど、そういう話か」
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「ここが咲魔さんのおでん屋ね」
夜。 真緋呂が訪れたかまくらは、花の入ったバスケットの形をしていた。
「……変わった形のおでんね」
いぶかしみながらもかまくらに入る真緋呂。
しかし、店内にも色とりどりの花。
とても食用には適さないものも多い。
「咲魔さんの食生活って変わっているのね、私は遠慮しておくわ」
真緋呂が帰ろうとした時、咲魔が煎茶を持って奥から出てきた。
「これは食べさせませんよ、おでんは裏手に置いてあります」
「なんだ、そうなのね。 でもなんで花屋? 寒いところだと萎れそうな気もするんだけど?
すると咲魔が、顔を輝かせた。
「よくぞ聞いて下さいました! これしきの寒さで枯れるような軟弱な花は扱っていません! 初めて人間界に来たとき、此方の花の美しさに魅せられた僕は、これならば荒廃した冥界を変えられると……(略)……どうにかこれを故郷に持ち帰ることができないかと考えました。 ……って真緋呂先輩。勝手におでんを食べないで下さい!」
真緋呂はかまくらの裏手に回り、おでんを自分でとって食べていた。
「もきゅもきゅ……だって話が長いんだもん」
「つまらなかったですか? でも安心して下さい、ここからが本編なんですよ。 故郷では植物は奇異でおぞましいとされ…(略)…知っての通り冥界は光も水も乏しい。だからよほど強靭な植物でないと生き残れないのです。その冥界の植物との交配を……(略)……そこで僕はまず冥界の植物を……何帰ろうとしているんですか? 話はまだ終わってませんよ?」
「話だけでお腹一杯だわ、御馳走様」
真緋呂は、お金をおいて逃げ去った。
「ああ、真緋呂先輩でもダメか。 花屋としての志を知ってもらうため、セールストークにこの話をしているのに、いつも途中で逃げられてしまう」
一人店に残された咲魔は悩んだ。
そしてあることにハッと気づく。
「わかった! 僕のルーツわからないから感情移入しにくいんだな。 なら僕の四代前のご先祖がした奇妙な冒険の話から始めよう。 単行本十冊分くらいの話になるが花が売れるなら容易いことだ、それがいいそうしよう」
経営不振だという咲魔の花屋。 その真の理由には、当面気付きそうにもない
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夜も更けたころ、ミハイルは自分の店の暖簾を下ろそうとしていた。
今夜もずいぶんと客が入った。 しかし、吹雪の予報が出ている、早めに店を畳もう。
「夜になるとやはり映えるな」
ミハイルの店は徳利型をしたかまくらになっており、花の咲く木を眺めながら酒を飲める趣向になっている。
本来、冬に花の咲く木ではないのだが除雪車が噴出す雪に色粉を混ぜて枝に吹きかけ、花を想起させるようにしたのだ。
夜はライトアップして、光の花を咲かせる。
木に集う兎や熊もLEDで表現した。
「凝りすぎて片づけが大変そうだな」
苦笑した時、アイリスが店に訪れた。
「もう終わりか?」
「いや、開けておくさ、何か飲むか? お前、未成年だっけ?」
アイリスにホットココアをコクコクやらせながら話をする。
フィギュア店は夕方頃から忙しくなり出したらしい。 地元TV局が取材に来たから、オタク客が足を運んだのだろう。
「そうか、最初に売れた雪像は椿が買ったのか」
「黒髭の達磨を作れと言われた」
「黒髭の達磨? 局長だな。 似てるもんな」
そこへ、他の仲間たちが暖簾をくぐって入ってきた。
「エビ天と鴨肉をどうぞぉ……」
「肉まん、さめても美味いぞ」
「この店、おつまみは持ち込み式なんですね」
「僕もおでんを持ってきた」
「お団子、明日は余分に作らないと」
皆からいろいろ話を聞いていくうち、椿がRobinの村コンに参加した話に行きあたる。
「椿さん、モテモテだったのに持ってきていた黒髭の達磨と二人きりでかまくらにこもっちゃったんですよ」
「……そうか、ここにも局長以上の男はいなかったか」
夢に向かって前進する行動力に関して、あの局長を超える男がそうそういるとは思えない。
局長に会えないこの雪祭、寂しくなって達磨を抱えてかまくらに引きこもったのだろう。
「まさか、まだかまくらの中じゃないだろうな」
「かまくらの中ですよ、寝ちゃってました」
あっけらかんととんでもない事を言うRobin。
「雪の中で寝かすな! 死ぬぞ!」
慌ててミハイルが椿の携帯に電話をかける。
「椿、寝るなー! 寝たら死ぬぞー!」
学園生たちが来てから何もない村にいろいろな事が起こり始めている。
雪祭はまだ始まったばかりだ。