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マスター:スタジオI
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
形態:
参加人数:10人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2016/02/16


みんなの思い出



オープニング


 2016年1月アウル格闘技協会本部において、初のNBD公式大会が行われた。
 NBDとは即ち、二人のアウル格闘者が金網リングに入り、相手を金網から出したら勝ちという試合方式だ。
 使用可能な技には、ほぼ制限がない。
 つまりはダウンした相手への攻撃はもちろん、目つぶし、金的、噛みつきまで許されるというデンジャラスな格闘技大会である。
 最初の大会後もいくつか小規模なNBD試合を行いつつ、2016年2月を迎えた。

「次なる大会には、団体戦を提案したい」
 NBDの考案者でもあるアウルボクサー・ホセが口髭を撫でつつ発言した。
「団体戦というと柔道の大会とかでやる5 VS 5のあれかな?」
 協会長は小暮陽一、学園ではクレヨー先生と呼ばれている元関取の大男だ。
「さよう、先鋒、次鋒、中堅、副将、大将を両チームが用意して、先鋒は先鋒同士、次鋒は次鋒同士闘い、勝ち数が多かったチームが勝利という方式だ」
「ずいぶんシンプルなんだな」
「シンプル イズ ベストというからね」
「前みたいな、どの格闘技が最強かを競う個人戦はやらないんだな?」
「まだ早い、どの選手もまだクレヨー先生の提唱する勝利の方程式を体現していない。 個人では限界がある。 全体のレベルを向上させるためにもチームを作り、仲間同士で研磨するのは有意義だと思うのだよ」
「ふむ、確かになんだな」
 勝利の方程式というのは、協会長・クレヨーがこれまでのアウル格闘技試合から導き出したデータを元に提唱している理論である。
「ホセくんには、飲み話しついでにちょいちょい話しているけど、次以降の大会参加者のためにもここらで冊子にまとめておくんだな」

☆アウル格闘技勝利の方程式

1・フィニッシュブロー(FB)を確立させるべし
 相撲で自分の”型”を持つ力士が強いように“この技で決める”というものを持っている選手は強い。
 自分の中でFBを定めてしまえば、技に磨きがかかり威力が増す。
 決め技はリングから相手を弾き飛ばすための技でも良いし、戦闘不能やギブアップに追い込むための技でも良い。 とにかく“自分にはこれがある”と断言できるFBを一つ見出すべし。

2・FBを決められる状態に持ち込むべし
 「FBだけ磨いて、試合開始直後にいきなり決める」というのは流石に困難である、
 そこで、決め技が成功する状態に持ち込めるよう、試合を組みたてる必要がある。

【序盤は打撃戦を挑み、その中で相手の右腕を掴む。 関節技に持ち込み、相手の右腕を封じる。 その状態で右脇腹を狙ってエアーバーストブローを打ち込み、リング外に吹っ飛ばして勝利】

 といったものが、単純ではあるが流れの一例である。
 むろん、多くの試合はここまで自分の思い通りには展開しない。
 相手も、やはり自分の流れに持って試合をいこうとするからだ。
 そこで、次項の対策技が存在感を帯びてくる。

3・対策技で相手の流れを潰すべし
 関節技が得意な相手に対し、ゼロ距離発射可能な打撃技。 蹴り技が得意な相手に対し、足をとっての関節技。 など、対戦相手に会わせて対策技を用意することにより、相手が掴みかけたペースを崩し、試合の流れを有利に変える事が可能である。
 さらにはそれらの対策技に対して、さらなる対策技を用意し、自分の流れを押し通すタイプの闘い方も有効だ。
 対戦前に相手の格闘スタイルを予測して作戦を立てよう。

 ただし、対策技ばかりを用意していて自分の格闘スタイルが見えなくなるのは本末転倒なので、バランスには注意が必要である。

4・アウル技は強い
 アウルスキルで強化した格闘技(アウル技)は、使用していない格闘技(ノーマル技)に比べると圧倒的に強い。
 回数制限があるとはいえ、出し惜しみをしていると流れを掴まれ、負けてしまう。
 相手が全力で来るなら、自分も全力!
 アウル技は最初から、出し惜しみなく使うべし。

5・有効な技とその対策
 ここまで累積した試合データでは以下の事がわかっている。

・打撃系の相手には”不撓不屈”などの蘇生系が有効。 相手の渾身の一撃に耐えて、まさかの逆転が狙える
・蘇生系を使う相手に対しては関節技や、極め技でじりじり体力を奪う戦術が有効。
・アウルを利用した投げ技はRO(リングアウト)勝ちが狙えるので強い。 現在のFBはこれが主流となっている。 対策技の開発が望まれている。

 以上、勝利の方程式の草案をクレヨー先生は察しにまとめた。
「と、いった感じなんだな。 みんなの活躍次第でこの方程式はどんどん追加、上書きされていくと思うんだな」
「ふむ、いいね。 それと新規参加者もいるだろうし、金網リングに関しても冊子に明示しておくか。

☆金網リングについて
 6.5m四方の土の闘技場に、特殊金属の金網をかぶせたリングです。
 金網の網の目はひし形になっており、網を伝っての上り下りも可能です。
 金網は弾性のある特殊合金で出来ており、ぶつかるとプロレスリングのロープのように伸びます。 
 ただし弾性を越える圧力が加わるととたんに砕けます。
 リングを覆うネットの弾性や砕けやすさは場所によりまちまちです。
 ただ、脆い部分でも自分からぶつかった場合、壊れる事はまずありません。
 威力のある必殺技で相手を吹き飛ばした時に、壊れる可能性があると考えて下さい。

 屋根部分の金網のみ別の弱い金属で出来ており、体重40キロ程度の者なら雲梯のように移動できますが、体重60キロ程度の者なら数秒間なら何とかぶらさがれるレベル。 それ以上だと重みのみで千切れます。

 レフリーがリング外におり、阻霊符で透過スキルを防止しています。
 透過スキルは使えないものと思って下さい。

 金網リングに関して、協会の冊子に追記するホセ。
「まあこんなものだろう、細かいルールなどは別紙記載だな」
「そちらは毎回変わりそうなんだな」
 勝利の方程式と舞台を心に刻み、2月に行われるNBDの団体戦に臨んで欲しい。


リプレイ本文


 NBD団体戦当日十八時。
『正統軍・ラクナゥ VS 異端軍・桜庭!』
 実況と共にリングサイドに席を設けられた両軍陣営から、先鋒二人が立ちあがる。
 フード付きマントを、ばさっと脱ぎ捨てる桜庭愛(jc1977)。
 その下から現れる赤いビキニに満場の観客たちから歓声があがった。
「ラクナゥちゃん、いつも可愛くてどきどきしちゃう、けど今日は別の可愛さをみせてもらうね!」
 ラクナゥに意地悪く微笑む。
 付き合い始めたばかりの恋人同士だ。 
 対してラクナゥ ソウ ティーカナィ(jc1796)は黒いタンクトップに赤のキックパンツ姿。
「いい試合にしようね!愛ちゃん!」 
 高ぶった心を深呼吸で落ち着けると、一礼し右拳を突き出した。

 まずはラクナゥが、左右のコンビネーションジャブを繰り出した。
 愛の黒い髪が横に揺れ、ジャブをかわす。
 そこを狙い、強襲したのがラクナゥの前蹴り!
「くっ」
 愛の小柄な肉体が、ネットめがけて吹っ飛ばされた!

「ムエタイか!」
 正統軍副将・雪ノ下・正太郎(ja0343)がベンチで声をあげた。
 ラクナゥのスタイルは、最強との噂もあるムエタイだった。 
 吹っ飛ばされた愛は打たれ強さに定評のあるプロレスラー、これでは終わらない。
 弾性のあるリングネットを蹴り、得意の空中殺法に打って出る。
 四角いリングの角を利用し、発射角を変化、ラクナゥの側面から膝蹴りを浴びせた。
 紅の矢が褐色の肉体に突き刺さる。
 ラクナゥがリングの土に倒れた。
 「ムエタイの選手はこれが苦手かなぁ?」
 ダウンしたラクナゥの足首を狙う。
 ヒールホールド。 両足で相手の膝を固定しつつ、フックした相手のかかとを体ごとひねって極める技である。
 極まればラクナゥの武器である脚を殺す事も可能だ。
「させません!」
 掴みにきた愛の腹に、ラクナゥの蹴りが食いこんだ。
「ぐっ」
 ラクナゥにしてみれば、まだコンビネーションの半ばで愛が吹っ飛んだのだ。
 わざとだと悟れた。
 だから、自分も同じ手で衝撃を和らげた。
「続きですよ!」
 中断していたコンビネーションを再開!
 前蹴りから今度は、ローキックを放つ。
 足元を狙われては、愛は得意の空中殺法に入れない。
 ローの連発! 
「あれをやられるとダメージが蓄まるんだよな、あいつもドSじゃないのか?」
 異端派ベンチではレディ・スフェスニクスのリングネームを持つ、ラファル A ユーティライネン(jb4620)が、自分の価値観を勝手に押し付けた。
 ローが読まれ始めると今度は、ワンツーミドルキックから肘! 膝! 
「ムエタイ式のコンビネーションだな、よく基本が出来ている」
「控室で散々アップしていたのはあれの練習か」
 ATAKEこと阿岳 恭司(ja6451)と、ミハイル・エッカート(jb0544)がラクナゥの技術に敵ながら感嘆を漏らす。
 だが、愛もガードしてそれに耐えていた。
 打撃の隙を縫い、ラクナゥの首に抱きつく。
 関節技を嫌うラクナゥは鳩尾に膝や肘を打ち込む。
 愛はひたすらに根性で耐える。
「打撃戦じゃあムエタイに勝ち目がないからね、泥臭くいくよ!」
 フロントヘッドロックで首を固めると、そのままラクナゥの体を軸に旋廻。 投げる!
 竜巻旋廻を描く事から、トルネードDDTとも呼ばれる技である。
 泥臭いという言葉とは裏腹に、華麗だった。
 金網に叩きつけられ、ラクナゥは跳ね返ってうつ伏せに倒れた。
 愛の追撃!
 覆いかぶさりながらフェイスロックをかける極め技・STF。
 ラクナゥの首を、愛の肩と肘とが作った三角形が締め付ける。
「むぅぅ」
「あはぁ、可愛い悲鳴。 ラクナゥちゃんのこれが聞きたかったんだよ」
 恍惚とする愛。

「STFは相手との技量差がない完全には決まりにくい。 かける相手を吟味せねば」
 異端派ベンチでのATAKEの言葉通りラクナゥは背筋力で愛の体をゆさぶり、やや強引に首をひっこ抜いた。
 立ち上がったものの、ラクナゥの動きがおかしい。 明らかに首を痛めている。
「今だ! 決めさせてもらうよ!」
 再びネットを蹴り、愛が空へと舞う。

 愛はリングの角を使い、多角的に空中移動をする。
 思いもかけない角度から、攻撃が飛んでくる事はラクナゥにもわかっていた。
(落ち着け……落ち着け!)
 ラクナゥは逃げ出したい欲求と、とびかかりたい欲求の両方を抑えながら愛の動きを読んだ。 
(タイミングを見極めるんだ!)
 愛の体が、紅の矢となってラクナゥに向け飛んできた。
 右脚は前へと開いている。
 その体が捻りを帯び始めた
(ソバットか!)
 愛の背後に逃げては逆に危険だ。
 ラクナゥは愛の捻りに合わせて位相をずらした。
(今!)
 ステップインし、愛の脇腹に見えた死角めがけ膝蹴りを穿つ。
 山を砕く”砕山”の重みを籠めて!

 愛の呻く声。
 地面に体を叩きつける音。
 レフリーが鳴らすゴング。
 観客の歓声。
 それらが連なって、楽曲を奏でた。
 正統軍に第一の勝利を告げる楽曲だった。

「ありがとう。いい勝負だった」
 倒れた愛を抱き起こし抱擁し合うラクナゥ。
 死闘を演じた恋人との甘い逢瀬。
 だが、それは長くは続かなかった。
 リング内に担架が飛び込んできたのだ
 愛の体は力なくうなだれたまま、それに運ばれていった。

「惜しかった、せめて寝技が極まっていれば」
 異端軍ベンチで、咲魔 聡一(jb9491)が運ばれてゆく愛を労う。
「ヒールホールドかSTF。 どちらかでもFBとして特訓していればあるいはな」
 フェンリルこと遠石 一千風(jb3845が、狼のマスクを頷かせた。

「……睨まれている」
 正統軍ベンチで染井 桜花(ja4386)が呟いた。
 先程から鋭い視線が、自分を射すくめているのを感じている。
 視線の主は異端軍ベンチにいる。 だが、ミハイル、フェンリル、レディ、咲魔、いずれの視線とも違うように思えた。
「……獣の目だ」
 この視線の主は誰なのか、桜花は白い肌に不気味な恐怖を感じていた。


『次鋒戦 正統軍・仁良井 VS 異端軍・ミハイル!』
 異端軍側から、金髪青年が入場した。
 白人ならでは均整のとれた185cmの長身。
 黒ガウン姿に赤いアウルは異端軍ならではの悪役的風貌である。
 だが、リングで待ち構える東洋人の少年と対峙すると、ミハイルの体格は小さくすら感じられた。
 身長で15cm、体重で30kgの差。 見る者によっては絶望すら感じる差だ。
 威圧感を圧し返すかのように、バンテージを巻いた左拳を仁良井 叶伊(ja0618)に向かって突きつける。
「狙った獲物は逃さない、闇の狙撃手とは俺のことだ。 サムライ戦士よ、ここがお前の墓場だ!」

 ゴング!
 互いに距離をとりながら移動しての睨みあい。
 慎重な出だしである。
(次鋒というのは注目度が低い気がするし、先鋒が一勝してくれたので気は楽ですね)
 団体戦には少し重みも感じたが、状況がこうなればどうという事はない。
 貴重な機会だと楽しめてきた。
(思い切って行きますか)
 仁良井は、距離を詰めると打撃を繰り出し始めた。
 ボクシングでいうジャブ、牽制である。
 ミハイルは赤地に黒い髑髏マークのパンツ姿。
 ボクシング系のスタイルと推測出来る以上、カウンターも警戒せねばならない。
 ミハイルが撃ちかえしてきた。
 打撃の応酬!
 ミハイルのパンチを、仁良井は円の動きで払ってゆく。
「それが叶伊の武術か、”うちはらいて”だったな」
「白帯ですけどね」
 それは仁良井が師事していた”名前の失われた武術”のうちの組打ち術だった。
 “撃って払う””得って払う”などを基本とし、間合と崩しを重視している。
 だが、その概念に反してミハイルの体勢は崩れない。
 仁良井は、ミハイルの赤い瞳を気に留めた。
 先程まで、この瞳は蒼かったはずだ。

(見えるぜ、今はこの”見抜きの魔眼”で勉強させてもらう)
 ミハイルはその瞳に緑火眼のスキルをかけていた。
 敵の関節の角度、視線、呼吸、光纏の流れ、道着の下に動く筋肉を見極める技だ。
 これで攻撃を避けながら相手の動きを見切ってゆく。
 赤色化してしまう上、短時間しか使えないスキルだが、予め見て置いた仁良井の試合映像などとミックスさせ、キャリアの差を埋めていくしかない。
 だが仁良井はいつまで経っても、本格的な攻撃を仕掛けて来なかった。
 牽制程度の拳の応酬ばかりだ。
(持久戦か?)
 考えてみると、仁良井にとってはかなり有利な戦術だった。
 格闘経験値が低いミハイルは、長期戦になるほどボロを出す可能性も高い。
「くくく、やれってこったな、危険を承知で」
 ミハイルは打って出た。
「その堅牢な鎧を崩してやるぜ!」
 ”アシッドショット(AS)”のスキルを、右ストレートに籠めて放った。
 だが踏み込んだ瞬間、その拳は縦方向の払いに崩される。
「くっ!?」
 体勢を崩されたところに、刈りとるようなフックの一撃!
 左頬に、鈍く重い痛みが植えつけられる。
 第二撃が来るやに思えたが、それ以上、追撃してこない。
 あくまで焦らしに徹するようだ。
「若いってのに慎重じゃねえか、だが時にはそれが仇となる事もあるんだぜ」
 ミハイルが腫れかけた頬で不敵に微笑んだ時、それは始まった。
 仁良井の体を、血まみれの小さな手が這い始めたのだ。
「なんだ!?」
 さしもの仁良井にも動揺が見える。
「”鎧崩し”だ。 これでお前はサンドバッグだぜ。 ガードしてもその腕をへし折ってやる」

 小さな手が、仁良井の腕や足を掴み、動きを封じてゆく。
(いけない!)
 仁良井は”臨戦”のスキルでひたすら耐えた。
 絡みつく手は力こそ強くないものの、動きを充分に妨げてきた。
 円の防御は技術ゆえに、こういった妨害に弱い。
 打ち払いが十分に働かず、ミハイルのパンチが通り続けている。
 空手着や皮膚の一部が黒ずんでいく。 血まみれの手には腐食の効果があるのか。
「けれど、無限に続くわけでは!」
 この不気味な手が時間制限で消えれば、自由に動けるようになるはずだ。
「その通りだ、だが!」
 手が消える寸前、また次の血塗れの手の一群が現れた。
 ミハイルが、次の”鎧崩”しを放ったのだ。
 どのパンチにスキルが籠められているか見極められるのなら、”緊急障壁”という対策がとれる。 体に直接触れさせなければ、血塗れの手は出現しないはずだ。
 だが、幾多のパンチの中のどれにASが籠められているかは察知できない。
 仁良井は、”じりじりと押されてゆく。
 ネットに背中がかかり、押し込まれ、なお殴られ続ける。
 弾性が限界に達し、ネットが伸び切り始めた。
 だが、仁良井は諦めていない。
(一度だけ……その一度を見極められるかが勝負です)
 
 ミハイルは仁良井を打ちのめしながらも、諦めを知らぬ彼の目に気付いていた。
(起死回生の策でもあるのか)
 心の中で呟いて気付く。 その四字熟語、そのものの名のスキルがあるのだ。
 ミハイル自身、それを用意していた。
(なら使わせなければいい、こいつで決めちまえば!)
 このまま殴り続けていてもネットは破るには時間がかかる。
 最後の鎧砕きも、間もなく時間切れだ。
  今ぞFBを放つ時!
  ミハイルは身に三色の蒸気を纏わせながら、それを放った。
  ”デスペラードレンジ”のスキルを乗せた三連撃の拳を。
 
 仁良井が待っていたのはミハイルの動きが変わるこの瞬間だった。
「肉を切らせて……」
 相手の強打に合せたカウンター。
 一度しか使えない絶対的反撃技。 それを籠めた拳がミハイルのコメカミを殴りつける。
 脳を揺らす手ごたえ!
 仁良井は、回り込んで体を入れ替える。
 ネット際に追い込む側と追い詰める側が逆転した。
 反転のエネルギーで加速。 全体重と脚力にスキル”掌底”を乗せた諸手突きを叩き込む。
(大砲突き!)
 それが仁良井のFBの名だった。
 ミハイル自身の猛攻で疲弊していたネットは砲撃に脆くも破れ、白皙の青年をリング外へと押し飛ばした。 

「皮肉なもんだ、勝った側が担架組とはな」
 “臨戦”で耐えたとはいえ、無数のパンチを食らった仁良井。
 検査と治療を受けるため医務室へと運ばれていく。
 ミハイルがまともに受けた攻撃はわずか三発。 それでも負けだ。
 仁良井は己の血の味を、ミハイルは敗北の味を、それぞれの口の中で今、じっくりと味わっていた。


『中堅戦 正統軍ATAKE VS フェンリル!』
 腕を縛っていた鎖を引きちぎり、レオタードに狼マスクの少女が咆哮する。
「ウォォォン!」
 対するはバギーパンツと黒のタンクトップスタイルの巨漢、ATAKE。
 リングインしたフェンリルに、握手を差し出す。
「キミの成長ぶりをみせてくれ」
 フェンリルは、自身の師でもあるATAKEの掌を掴もうとした。 
 ところがそれが、空を切る。
 ATAKEの手は、悪ふざけを示すかのようにバッテンを作っていた。

『またか』
『前回は仁良井君にやっていたんだな』
 解説席でクレヨーとホセが、苦笑いしている。
 開幕戦でも、この展開はあった。
リング内でATAKEは観客に中指を突きだすわ、舌を出すわで煽りまくり。
会場からはブーイングの返答しか返ってこない、まるきり悪役だった。
 フェンリルはというと、狼マスクに表情が隠れていて挑発の効果は伺い知れない。

 ゴング。
「この試合、絶対負けないわ!」
 フェンリル、いきなりのドロップキック!
 ATAKEは、予想済かのようにそれをひょいっと躱す。
「挑発成功だな!」
 ATAKEは地面に不時着したフェンリルを狙って通打! 通打! 通打!
 スキルを乗せた連続蹴りを浴びせる。
 狼が激痛に咆哮をあげた。

『ATAKE君、師匠なのに大人げないんだな』
『それよりフェンリルの様子がおかしくないか』
 続いているATAKEの猛攻。
 それを躱そうとしているフェンリルだが、右脚が動いていない。
『ATAKEの蹴りは関節狙いだったんだな』
 挑発してペースを握ってからの間接破壊。 ATAKEの戦術は、功を奏していた。

 異端軍ベンチからラファルが声を飛ばしてきた。
「フェンリル、距離をとれ!」
「わかっているが……つっ」
 痛打の威力が足に残り、動かそうとすると激痛が走る
 人体が激痛に危険察知し、機能を半ば凍結しているのだ。
 鈍った動きを見極められたのか、第二の痛打蹴り!
 今度は、右肘!
 新たな激痛にのけぞっていると、ATAKEが笑った。
「えげつないかな? あの時は俺が知っている技を全て教えてやれる時間がなかった。だからお前には早く習得できる技のみを教えて来た。 俺が見せてないジャベは52どころじゃないぞ?」
「何を言っているんだ一体!?」
一年半ほど前、アウルレスラー六闘神とのアウルレスリング対決の前に、ATAKEとはタッグマッチで対決した。
 確かに師匠ではあるのだが、コーチというよりリングでの闘いを体に叩きこまれた感じだ。 52もの技を伝授されてはいない。
「おや、おぼえていないか? 額に”肉”の字を書いてみろ、思い出すかもしれんぞ」
「嫌だよ!」
 ATAKEは、どんどん煽っていくスタイルのようだ。
 フェンリルが反撃にと繰り出した左腕、ATAKEはそれを捕まえた。
「これ以上はいけないなあ?」
 立ち状態でのアームロック、それを極める!
 しかも、” 外殻強化”で全身を固めてきた、ロックがより強固になる。
「ギブアップしたまえ」
 攻守ともに万全。
 勝利を予感したATAKEにフェンリルが吠えた。
「この時を待っていた」
 フェンリルはATAKEの脇腹に這わせた右掌から、それを放った。
 ”徹し” による零距離からの打撃技。
 現在ATAKEの体は鎧のように固くなっている。
 徹し衝撃波の伝導率は向上していた。
「ぐぉ!?」
 激痛は内臓にダイレクト!
 ATAKEはこみあげる嘔吐感に悶絶する。

「決めさせてもらう!」
 逆襲する狼はATAKEを背に担ぎあげた。
 万が一リバースされた時用の保険も兼ねて、背中合せに担ぐ!
 自分の両腕でATAKEの両腕を掴み、無理やりに万歳させた。
 そのまま内側に締め上げる!
 実況席の二人が呻いた。
『これは背骨が痛そうだねぇ』
『ハイジャック・バックブリーカー……フェンリルがこの技を出したという事は』
 前回も使用したFBの登場である。
「狼牙に砕かれろっ」
 足に” 雷打蹴”を籠めて、大地を蹴る。
「フェンリル・クラッシュ!」
 しなやかな長身が天井に舞った。
「フェンリルちゃん、あの時から強く…なった…な……んちゃって」
 飛びあがった瞬間、ATAKEは片腕を抜いていた。
 二度の痛打による関節破壊で、フェンリルの力が弱まっていたのだ。
 体勢を崩され、不完全なフェンリル・クラッシュで着地する。
  完全に決まればATAKEの背骨を砕いたはずの衝撃。 それが今はフェンリルを襲っていた。

 開幕戦、愛との試合でもフェンリルは足を痛めつけられつつも、フェンリル・クラッシュをかけ逆転勝利した。
 状況は全く同じなのに結果が今は、真逆になっている。
「愛ちゃんとは体格が段違いですからね、高度な技だけにATAKEさんの体重とパワーでバランスを崩されてしまったんでしょう」
 ラクナゥが分析した時、会場にどよめきの波が起こった。
 リング内のATAKEの体に異変が起きたのだ。

「あれは!?」
 ATAKEの着ていたTシャツに紫色の”N”の文字が浮かびあがったのだ。
「……何のN?」
「阿岳恭司でも、チャンコマンでもないな」
 正統軍ベンチに残るラクナゥ、桜花、雪ノ下も首を傾げている。
「答えはこれだ! アタケだましジンジャー!」
 ATAKEはうずくまるフェンリルのリストをクラッチし、鬼神一閃を乗せた変形型ノーザンライトボムを放った。
 己の背中を倒れこませながら、フェンリルの頭を地面に叩きつける!
 杭を打つような手ごたえから数秒、ATAKEのKO勝利を意味するゴングが打ち鳴らされた。

 試合後、今度はしっかりと握手をする師弟。
「師匠と本気で闘えて嬉しかったぞ」
「俺も、フェンリルちゃんの成長がうれしい」
 ハグしあう二人。
 麗しい師弟愛だが正統軍ベンチは、まだ頭を捻っていた。
「……変形型ノーザンライトボムだから”N”?」
「アタケだましジンジャーなら”A”でよかったんじゃないか?」
「そもそもその名前だと、ATAKEさんがだまされる側ですよね?」
 ATAKEのTシャツは、仲間に不評だった。


 ここで再び会場がざわめく。
 原因は結果を示す大モニターである。
 副将戦を前にして3-0で正統軍の勝利が確定しまったのだ。
『やれやれ、ATAKEが異端入りしていたらこんな事にならなかったのに』
『そもそもあの戦い方で正統とか、おかしいんだな』
 仲間のみならず解説陣にまで理不尽なボヤキを入れられ、ATAKEは口からエクトプラズムを吐いていた。
「あぁ、勝ったのにボロクソだぁ……」

 一方、負けが決まった異端軍。
「まあいいさ、次で勝ったら俺様的には2勝分の価値がある!」
 レディ・スフェスニクスことラファルが、副将・咲魔を景気づけていた。
「確かに格闘王と称えられる男を倒せたら、いや善戦でもできたら……」
「善戦じゃなく勝つんだよ!」
 喝を飛ばされても、咲魔は自信なさげだ。
 咲魔の中では、戦闘依頼で一度も目立った活躍をしたことがないという自己評価がコンプレックスとなって渦巻いていた。

 咲魔と雪ノ下がリングインする。
「我・龍・転・成! リュウセイガー!」
 リングに青龍を模したヒーローが変身し名乗りを上げる。
 その正体は、初代アウル格闘王・雪ノ下!
 一方、咲魔は特撮映画に出た時の悪役のコスプレをしている。
 対峙する両者はヒーローショーそのまま。
 だが、咲魔は脱ぎ忘れたマントがリングのドアに引っかかり、係員に助けて貰うなどまるでサマにならない。 
 映画や芝居に出る時とは、質の違う緊張に動揺しているらしい。
『咲魔君はどんな格闘技の使い手なのかな?』
『プロフには冥花滅天流柔術とあるんだな』
『聞いた事がない、しかも使うのは数十年ぶりとある』
 団体戦の勝敗が決まっている上に、この経歴差。
 観客も、ヒーローショー観戦気分になりつつあった。

 リュウセイガーの無軌道な突きから、副将戦は始まった。
 その指は御猪口を持つ構えになっている。
 開幕戦でも見せた酔拳。 しかも”掌底”のスキルがかけてある。
 今回は罠としてではなく、積極的な攻めに使う。
 乱軌道な突きが、咲魔を襲った。
 萎縮して逃げ腰の咲魔。
 瞬殺の結末が見えかけたその瞬間。
「トリッキーさが売りの酔拳、読めてしまえばどうという事はない」
 咲魔が突如、特撮の悪役幹部さながらにほくそ笑んだ。
 突きをかいくぐりざま、リュウセイガーの左脚を右手で取り、胸を左手で突き飛ばした。
(朽木倒し!?)
 人間界の柔道やサンボではそう呼ばれる技が、王者をダウンさせた。

 王者ダウン。 
 冷めかけていた会場が再び湧く。
 対して咲魔は冷めた瞳で、王者を見下していた。
「ヒーローがこれでは倒す面白みもない」
 悪役の口調と目つき。
 咲魔は俳優としての本能から、下がり始めていた観客の熱を察知していた。
 熱を取り戻す事と、己の恐怖を取り払う事、二つの命題を同時解決するとっさの策。
 それが悪役俳優としての演技力で、自分の人格を上書きする事だったのである。
 だが、すぐにやられてしまっては何にもならない。
 “予測攻撃”のスキルをかけ、酔拳の軌道を読む事で一矢を報いたのだ。

リュウセイガーの魂にも火が灯った。
「いい戦いになりそうだぜ!」
 酔拳の突きを連続で繰り出す。
 咲魔からは再び朽木倒の返しがくる。
 この流れは、”予測攻撃”など使わずともリュウセイガーには読めていた。
 咲魔に足を取られるより早く、咲魔の足を取る!
「く!?」
 倒れたのは咲魔だ! 
 流れるように、得意の寝技へと持ち込む。
 これは、王道パターンと言えた。
 だが、激痛!
 湿った生温かな痛み!
 見れば咲魔が、リュウセイガーの二の腕に噛みついていた。
「っ!?」
 その表情はまさに野獣。
 先程、桜花が怖れていた”獣の目”の主は咲魔だったのかと思えるほどだ。
 必死に振りほどき、咲魔の歯から離れる。
 肉がごっそり噛み千切られていた。 青い腕装甲から赤い血が滴り劣る。
「ごちそうさま、冥花滅天流柔術ってのは噛みつき、金的、何でありなんだよ」
 かじり取った大きな肉辺を、ぺっと吐き捨てる咲魔。
 金的対策は充分にしていたが、噛みつきには対処を考えていない。
 王者が素人のラフファイトに唸り声を漏らした。

 医務室。
 負傷した格闘者たちはここに運び込まれ、治療を受けつつも生中継をTV観戦していた。
「二人は、どうして動かないのかな?」
 愛の問いかけにフェンリルが答える。
「咲魔さんの方はわかる、ブランクがあるし、自信のある攻め手が見つからないんだろう。 けど、雪ノ下さんは攻め手が豊富じゃなかったか?」
「今の彼は守りを固め過ぎているように見えます」
 部活仲間でもある仁良井が、心配そうにTVの中の友人を見つめた。
「勝ち続けているがゆえに、負られない気持ちが過剰な慎重さを生んでいるのかもしれません」

 仁良井の声が届いたわけではあるまいが、己自身をリュウセイガーは叱咤していた。
(臆病風に吹かれるな、リュウセイガー!)
 咲魔に噛み千切られて出来た腕の傷が、血を滴らせ続けている。
 見た目よりそれは深い、右腕を使用した技は使えそうになかった。
(この出血では先にバテるのは俺だ。 体力のあるうちに仕掛けるしかない。 最も自信のあるあの技を)
 青龍は天空へと飛んだ!
「リュウセイガートライアングル!」
 三角絞めを元とし、幾度となく勝利を決めてきたこの技。 今回は立ち状態の相手にもかけられるよう改良を施している。
 その威力を試す時が来た!

(来た本当に……!)
 咲魔は信じがたい事実に一瞬、困惑すらした。
 王者が今、必殺技を自分に繰り出そうとしている。
(読みが当たった! ピンポイントで)
 それは王者の豊富な技の中から、たった一つの技に賭けるという分の悪い賭けだった。
 惨敗覚悟の賭け。
 だが、万馬券は当たったのだ。
 練習してきた対策を繰り出す。 リュウセイガーの足に絞められる直前、両腕を己の首の前にねじ込んだ。
「な!?」
 腕が邪魔で、三角絞めは極まらない。 
 首にかけられたトライアングルを、内側から両腕で引きちぎる!
 空中で体勢を崩すリュウセイガー。
 咲魔は己のFBを仕掛けた。
「ここしかない!」
 巴投げ!
 だが、リュウセイガーは王者!
「対策済だ!」
 体を回転させて、受け身をとろうとした。
 だが、青い体は動かない。
 それもそのはず、巴投げの掴みの瞬間に咲魔はアウルの針を突き刺していた。
 針を通して送り込んだのは、体を麻痺させる毒。
 相手を痺れさせ、受け身を取らせない冥花滅天流柔術奥義!
「毒蜂巴投!」
 投げが、アウルを帯びて飛ぶ!
 青龍の化身がネットを突き破り、リングの外に広がる荒野へと落ちた。

「僕が勝った! 信じられない!」
 咲魔の喜びようは素直そのものだった。
「僕はもう最弱じゃないんだ」
 涙腺が崩壊、声は震えていた。
 ラファルが、ミハイルが、フェンリルが次々に声をかけてくれる。
「当たり前だろ、お前が最弱だなんて言っていたのはお前だけさ」
「最強の王者に勝ったんだ、聡一が最強だ」
「これは確かに二勝分の価値ありだな」
 自分の弱さを責め続けた少年が、殻を破った瞬間だった。


 大将戦。
 だが、団体戦の勝敗は決まり、王者が破れる波乱も見られている。
 これ以上の盛り上がりはない事は明らかだ。
 実況の二人からも気が抜けている。
『桜花君は前大会に実績があるけれど、ラファ……レディ・スフェスニクス君は初出場だね。 どんな選手なんだろうね』
『さあ? 始まらなきゃわからないんだな』
『そりゃそうだ』
 オヤジ同士の居酒屋トークになっていた。
『普段はメカメカしい戦い方をする娘だけど、この大会じゃ使えないんだな、』
『始まってもわからないかもね、レディ君、重体だし』
 クレヨーの眠たげだった目が見開く。
 ホセが今、とんでもない事をさらっと言った。
『重体!?』
『メールが来ていたよ。 戦闘依頼でボロボロなのに病院を抜け出したから探してくれって』
『大変なんだな! 試合を中止にするんだな』
『中止? なぜだね、重体者をリングにあげてはいけないというルールを僕たちは作っていないよ』
『ルール以前の問題なんだな!』

 大将戦開始時間になっても、ゴングが鳴らない。
 正統軍大将・桜花は不思議そうに解説席の荒れ模様を、リング内から眺めていた。
「……重体?」
 異端軍大将・レディに問いかける。
 だが、そこにレディはいない。
 ならならば、すでに桜花の顔の横にいたからだ。
「その通りだぜ、ドジっちまってな!」
 桜花の右瞼に衝撃!
 何が起きたのかはわからなかった。
 実感出来たのは、脳の揺れと、視界が半分赤く染まった事だけだった。

 解説席は依然、揉めていたが、
『おっと始まってしまったね、では、始めるしかない』
 いち早くホセが試合開始に気付き、勝手にゴングを鳴らしてしまった。
『ゴング前攻撃も各人の倫理感次第さ。 武具使用以外、何でもありだと定めてしまったからね』
 クレヨーは言わんとした事を、先んじてホセに封じられた。
 議論などしている場合ではない。 試合は、まさに超高速で進んでいた。

 立っているのがやっとの状態だった。
 普段通りの軽口も、重体を隠すための空元気。
 かすりでもすれば、どんな攻撃でも致命傷だろう。
 特に桜花の紅牙剣闘円舞術は総合格闘技、何をされるかわからない。
 レディの出した結論は……。
「やられる前に、やるしかないってこった!」
 ”潜行”で気配を消し、ネットの反動と隼突きを乗せたニードロップ。 このゴング前奇襲には成功した。
 その衝撃で桜花は今、動けない。
 自分が動けるのは今だけ。
「だったら今、決めるしかねえ!」
 最後の力を振り絞り、一撃を繰り出す。

 レディの繰り出した打撃、だが桜花は全てカウンターに返した。
「……絶技・拳断舞踏」
 続いてレディの首を両太腿で締め上げつつ、頭に打撃を浴びせる。
「……絶技・蛇太鼓」
 トドメは“全力跳躍” 脚にスキルを帯びさせる
レディを空中に蹴りあげた後、自身も飛び上がり、落下してきたレディを、すれちがいざま地面に蹴りつける。
「……絶技・流星」」
 レディが地面にめり込み、リングに地割れが起きる。
 大将戦だからこそ出来る派手な勝ち方。
 桜花の理想の流れがそれだった。
(……現実は厳しい)
 赤く揺れる視界の中で、桜花は不覚を実感していた。
 何が起きたのかわからないが、とにかく考えていたのとまるで違う事が起きている。
 桜花はまず”神速”で逃げる事にした。
 円の運動で走れば、しばらくは時間が稼げる。
 その間に血を拭い、状況を把握したい。
 だが”神速”を発動させようとして、光纏していない自分に気付いた。
 光纏しなければスキルは使えない。
「……参る」
 ゴング後、その一言を言ってから光纏するという演出を予定していたのである。
 “油断しない” そう決めていた。
 だが心で言い聞かせれば消える程、単純なものではない。
 何かをしようとすれば、別の部分に隙が出来る。
 今すべきこと以外に意識がいった時、油断は発しうるのだ。
 演出が致命となったのは、明らかだった。
 思えば先鋒戦から感じていた鋭い獣の目は、レディのものだった。
 手負いの虎の目。 極悪な条件下で桜花を狩る事、それにより観客を沸かせる戦いをする事だけを見据え続けた目。
「遅いぜ!」
 声がして、首元に何かがからみつく感覚がした。
 天地が逆転し、体が重力に引かれる。
 
 両足に挟みこんだ桜花の頭が、ずっしりと地面に食い込んだ。
 “闇討ち”スキルの威力を加えての、フランケンシュタイナー。
「これで動けるなら、もう好きにしろよ」
 ボロボロの肉体を、ネットによりかからせる。
 なぜ病院から脱走したのか、なぜ勝敗の決まった団体戦でこんな真似をするのか自分でもわからない。
「要するにさ、生来のピーキー好きなんだよな」
 自嘲した時、ゴングが鳴った。 レディのKO勝利を意味する鐘だった。 
 歓声と罵声の入り乱れた観客たちの声。
 結構、好みの状況だった。


 団体戦は正統軍の勝利に終わった。
 だが、最も観客の熱狂を呼んだのは勝敗が決した後、異端軍として勝利した咲魔と、レディの闘いだった。
 絶望の中にあっても己のすべき事を見極め、睨み続けた虎の目。
 それを手に入れた時、人は真にゆくべき道を見出すのだろう。
 言葉に出して言わずとも、観客たちは戦士の目からそれを感じ取ったのだった。



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