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マスター:スタジオI
シナリオ形態:イベント
難易度:普通
形態:
参加人数:12人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2016/01/26


みんなの思い出



オープニング


 北関東某県にある願い絵神社には、少し変わったどんど焼きの風習がある。
 その年の正月に描いた絵馬や書初めを渡すと、神主が祈りとともにそれを焚火にくべてくれる。
 それが燃えて、天に煙が届くと願いが叶うと言われているのである。
 ちなみに、祈りに時間がかかるので1月15日のどんど焼きの日に限らず、1月後半の日中であればいつでも神主が対応してくれるらしい。
「いい感じの神社なのだわ」
 その神社に振袖姿で参拝に来た、四ノ宮椿(jz0294)は、さっそく境内で焚火をしている神主を見付けた。
「神主様、こんにちは。 これをお願いしたいのだわ」
 神主に書初めが描かれた半紙渡す椿。
 むろん、そこには”結婚”の二文字が書かれている。
 今年で31才。 もはや振袖は今年で卒業したい。
 出会いも果たせていない女の焦りが文字ににじみ出ていた。
「この神社でどんど焼きしてもらうと願いが叶うというのだわ、宜しくお願いしたいのだわ」
 だが神主は椿の書初めを見て、首を横に振った。
「ふむ、これはいかんな」
「ええ〜、だめなの? 今年も結婚出来ないのだわ!?」
 薄々勘付いてはいたものの、厳しい現実を予感させる答えに涙目になる椿。
「いやそうではない、この神社の神様は人の世の字が読めないのじゃ」
「人の世の字が読めない? ということは、ひらがなでも、カタカナでも、漢字でも、英語でもダメってこと?」
「その通り、神様に通じるのはいわゆる”絵”だけじゃ、願いを絵にして持ってきてくれれば神様に届けてやろう。 ほれ、そこの売店で半紙や絵馬が売っておる、カラーペン一式も同梱のお得なセット価格となっておるぞ」
「……意外と商売上手なのだわ」
 渋々、絵馬セットを買う椿。
 絵を描くためのスペースもあったので、そこに座りさっそく願いを絵にして描いた。
「出来たのだわ、これでどうかしら?」
 絵馬を神主に渡す椿。
 そこに描いたのは、花嫁になった自分の絵だ。
 神社なのでウェディングドレスではなく、いわゆる神前式にしてみた。
 白無垢に角隠しを纏った姿を描いたのである。
 ちなみに椿、絵の腕は上手ではないが下手でもない。
 まあ、大抵の人が見て何が描いてあるかはわかるといったレベルだ。
「ふむ、よかろう。 では神様を呼び出そう」
「え? 呼び出すって」
 椿が戸惑っている間もなく、神主は不思議な言葉を唱え出した。
 人の世の言葉とは思えない言葉の羅列のあと、最後にこう叫ぶ
「神よ、このものの願いを受け取りたまえ、キェーイ!」
 叫びとともに、神主の背後に燃えていた焚火が大きく揺らいだ。
 次の瞬間、神主の雰囲気が変わった。
 何かに憑依されたようなオーラを醸し出している。
 神主は、椿から受け取った絵馬を眺めつつ頷いた。
 そして、厳かに顔をあげる。
「よかろう、そちの願い、とくと受け止めたぞよ」
「ええ! 本当に神様が降りてきたのだわ!?」
 本当に神が憑いたのかは眉唾ものだが、いわゆるトランス状態に入ったらしい。 声色も変化している。
「この絵から推察するに、そなたは今年、雪女になりたいのだな?」
「え? なにそれ!? 私は結婚したいのだわ!」
「無理もない、一生に一度は雪女になりたいと思うのが、女心というもの」
「思わないのだわ!」
 どうも白無垢を白装束に、角隠しをゆきんこが被っているような三角形の藁帽子と神主には解釈されてしまったらしい。
「その願い、天に届けて進ぜよう」
 椿の話をまったく聞かずに勝手に話を進めて、神主はポイッと絵馬を焚火の中に投げ込んだ。
 絵馬が燃え、白い煙となって立ち上る。
「見よ、煙がまっすぐに天に上ってゆく、これならば遠からず雪女になれるであろう」
「違う! 雪女になんてなりたくないのだわ!」
 椿がいくら否定しても、神主は聞いていない。
 実にいい笑顔で、天に上ってゆく煙を見上げているだけだった。

 後日、椿は法事で父の実家がある東北の山奥に向かった。
 その途中、猛吹雪に見舞われる。
 椿は雪まみれで祖母宅の玄関に辿り着いた。
「ぶるる、寒かった〜! おばあちゃん、おひさしぶり〜!」
「あんれま、椿ちゃんかい? 雪女かと思ったで」
 鏡を見ると、雪で真っ白になった椿の姿は、三角形の毛糸帽と相まって雪女のようにも見えた。
「あ……なんかマジで叶ったのだわ?」
 どうやらあの神社、ご利益はあるらしい。 ただし誤解スキルMAXな神主である。

 この事象は、叔父である久遠ヶ原TV局長、ワルベルトの耳にも入った。
「ガハハハッ! 面白い神社ではないか! 皆で絵を描いてどんど焼きに行き、それを番組にしてしまえ」
 いつものノリで適当な番組が出来てしまった。
 出演者を募集するので、今年叶えたい願いを絵にして持ち寄って欲しい。


リプレイ本文


「とっくにあけましておめでとう! 大願成就番組! 願い絵神社でどんど焼き!」
 焚火が燃えている神社の境内で黒髭の恰幅のいい中年男がタイトルコールする。
 学園生たちが、盛り上げのための拍手をした。
 TV局長ワルベルト自らが司会者である。
 この局長、極めて目立ちたがりなのだ。
「ここ願い絵神社には、願いを描いた絵を燃やすと、その願いが叶うという言い伝えがある! 皆で願い絵を燃やし、後日それが叶ったか追跡取材しようという企画なのであーる!」
「ちゃんと叶うか、怪しいものなのだわ……」
 すでに一度、痛い目を見ている椿が呟く。
「ではまず、願いを叶えてくれる神主様、御登場なのであーる」
 厳かな音楽が流れ、烏帽子に和服姿の老人が本殿から歩いてきた。
 その後ろには、なぜか二足歩行で人間大のラッコが従っている。
 和服を着て、烏帽子を被り、紙垂を参拝客にしゃかしゃか振っていた。
「おい、あれはもしかして」
「……多分」
 緑髪眼鏡の青年・翡翠 龍斗(ja7594)と緑髪金眼の少年・水無瀬 快晴(jb0745)が視線を合わせる。
 あのラッコのきぐるみには見覚えがある。
 彼らの義兄である鳳 静矢(ja3856)のものだ。
「あのラッコは?」
 翡翠が局長に尋ねる。
「我輩もよくは知らんが、なりゆきで神社の手伝いをさせられているらしい」
「なりゆき?」
「そういえば私、鳳くんの描いた絵を見たのだわ」
 椿が話に割り込んできた。
 依頼の申し込み手続きの後、鳳は斡旋所の待合室で絵を描いていた。
 懐紙と筆を懐から取り出し、さらさらと描いたその絵を椿も見せてもらったのだという。
「ラッコが竿で大量の貝殻を釣り上げてご満悦になっている絵だったのだわ。 あの絵、見ようによっては今の鳳くんの姿に似ているのかも」
「釣りをしている絵と、神主姿じゃ全然違うじゃないか?」
「あの神主さんって目が良くないのか、絵をおかしな方向に見間違えるのだわ」
 数日前、自分に起きた雪女事件を皆に話す椿。
「わけのわからん神社だな」
「……なら、この神社で願いが叶うという噂は本当?」
 金眼を輝かせる水無瀬。
 鳳の絵を見間違えた神主が、間違ったままの形で願いを叶えてしまったのだろうか?
 巫女さんに聞いたところ、鳳は一足早く昨日ここに来て、自分の描いた絵を燃やしまったらしい。
「依頼の日取りを間違えたのか、それとも下見がてらの実験だったのか。 本人に直接聞きたいところだが、今の義兄さんに聞いても無駄だろうな」
 翡翠の視線の先にいる鳳ラッコは、紙垂を振りながらキュウキュウ鳴くばかり。
 何も答えてはくれそうになかった。


「では、皆で順番に願い絵を神主様に渡してくれ、一番手はそうだな……一番目立つ恋音から行こう」
「……おぉ?……(ふるふる)」
 何が目立つかって、180cm超の爆乳に決まっている月乃宮 恋音(jb1221)。
 今日は巫女服姿で、ますますふるふるである。
「……絵馬も用意したのですがぁ……食べ物の方が叶うというのでぇ……」
 恋音が取り出したのは、白い団子である。
 その上に、本人とおぼしき人物が2人描かれている。
 イラスト右側の恋音は胸がとんでもなく大きい。
 左側の恋音はもっととんでもなく大きい。
 左側の恋音から、右側の恋音に向かって矢印が伸びていた。
 現状超絶爆乳だが、せめて普通の爆乳になりたいという意味だろう。
「胸を小さくしたいのだな、僕には羨ましい願いだ」
 団子を後ろから覗きこんでこくこく頷く、貧乳幼女・築田多紀(jb9792)。
「恋音さんは、絵が上手いな」
「……”スケッチ”のスキルで描きましたのでぇ……」
「アーティストにジョブチェンしたのか、このごろ流行りの女の子だな」
 胸に比べればお尻の小さな女の子、恋音。
 神主に団子を渡し、うやうやしく頭を垂らす。
「……お願いいたしますぅ……」
 団子を受け取った神主は、まじまじと恋音を見つめた。
「そなた、古に天におわした”乳神様”と風貌が似ておるが、何か関係があるのか?」
「……おぉ?」
 どうやら神主にはすでにトランスモードになっているらしい。
 神の人格で話している。
 彼は団子に描かれた絵を眺め、即答した。
「そちの願い承ったぞ」
「……おぉ……」
「この絵の意味は、”おっぱいミサイルを連射出来るようにしたい”という意味だな」
「おぉ!?」
 予想外の言葉に衝撃を受ける恋音。
「……おっぱいミサイルというのは一体……?(ふるふる)」
 胸を震わしつつ尋ねても、神主は反応してくれない。
 言葉が耳には届いていないらしい。 
 代わって局長が説明してくれる。
「おっぱいミサイルは、古いロボットアニメで女性型ロボットが使っていた兵器だ。 胸からミサイルが発射されるのだよ」
 神主が自分の解釈について説明を続ける。
「この絵を見よ、一発目のおっぱいミサイルを発射した後に、すぐに次のおっぱいミサイルが装填されておる」
 矢印手前の恋音より、矢印先の恋音の胸が小さくなっているのをミサイルの装填図と解釈したらしい。
「今のそちは単発でしかミサイル発射が出来ないのであろう? 連射したいと願うのも無理はない」
「……違うのですぅ……そんなもの発射出来ないのですぅ……(ふるふる)」
「出来ないのか!?」
 他の参加者たちが、たまげた顔をしている。
 恋音乳はもはや、誰の目にも兵器なのである。
「安心せよ、この願いは、我が五臓六腑を通して天に届くであろう」
 神主は、団子を食べてしまった。
「この乳を発射したりしたら、特異体質で大変な事にぃ……(ふるふる)」
 恋音が懇願しても、神主はもごもご団子を食べるばかりで返事をしない。
「恋音ちゃん、無駄なのだわ。 この神主さん、人の話を全く聞かないのだわ」
 ごくりと団子を呑みこむ神主。
 果たして、恋音の願いは叶ってしまうのか?


「二番手は、ミハイル!」
 金髪グラサンの渋イケ男・ミハイル・エッカート(jb0544)が指名された。
「待ってくれ、今、餅が焼けたところなんだ」
 ミハイルは串に刺した餅を、焚火の中から取り出した。
 餅にはプリンの絵が描かれている。
「こうやってプリンの絵を描いておくと、普通の餅でも美味しく感じられるぜ」
「プリンをプリントしたって言いたいの? オヤジギャグなのだわ」
「そ、そういうわけじゃねえよ! 偶然だよ!」
 椿に思ってもみないところを指摘され、恥ずかしそうなミハイル。
「神主に食べてもらう煎餅にだって絵がプリントしてあるからな! こいつはダジャレになっていないだろ!?」
 ミハイルが焚火から取り出した煎餅には、全く違う絵が描いてあった。
「標識?」
 煎餅には、赤丸の中にバッテンのマークが描かれていた。
 誰しも見覚えのある駐停車禁止標識だ。
 ただし、バッテンの奥には自動車ではなくピーマンが描かれていた。
「ピーマン絶滅の願いを込めた絵だ」
 ミハイル31才、好きな食べ物はプリン、嫌いな食べ物はピーマンである。
「ピーマン好きな人だっているのに、単なるわがままなのだわ」
「俺だって、なぜ嫌いになったのかは覚えてねえよ! とにかく味が嫌いなんだ! 中華料理は好きなのに青椒肉絲から取り除いて食うのが面倒くせえんだよ!」
子供のようにわめきつつ、神主に煎餅を渡す。
「神主よ、食べて俺の願いをかなえてくれ」
 渡された煎餅をまじまじと眺める神主。
 煎餅に描いたピーマンはロールシャハーテストに出てきそうな奇怪な図柄になってしまっていた。
 ミハイルも、不安である。
「ふむ、そちの願い理解した。 これは”ピーマン”という舶来の野菜であるな」
 一番の難関をクリア! ほっとする。
「そして、その上にかけられている赤いものは”ケチャップ”というやはり舶来の調味料」
「ケチャップ!? 違う、それは駐停車禁止マークだ!」
 口に出すが、相変わらず神主は聞いちゃいない。
 勝手に自分の世界に入り、勝手に解釈する。
「つまり、そちの願いは”通い詰めているメイドカフェのメニューにピーマンのケチャップがけを加えて欲しい”だな」
「行きつけのメイドカフェなんかねえよ!」
 ミハイルは、ピーマンより先にそこを否定した。
 そんなものに通い詰めていると誤解されては、自分のイメージが危うい。
「メイドさんに”美味しくな〜れ♪”と言ってもらいながらケチャップをかけてもらいたいのだな、老いてくるとそういうあざとい扱いが嬉しくなる、理解出来るぞよ」
「老いてねえよ! 理解するな!」
 
 早速、イリス・レイバルド(jb0442)や川澄文歌(jb7507)ら女性陣からあらぬ誤解が始まった。
「え〜、ミハイル君ってメイドカフェに通ってるのー? おっさん臭いー!」
「ミハイルさんも大人ですから寂しいんですよ……今年はお嫁さんを貰えるといいですね(アイドルスマイル)」
「だから、通ってねえ! 寂しくなんかねえよ!」
「願いは、我が五臓六腑を通して天に届くであろう」
「届けるなー!」
 大声で叫んでも、神主はすでに煎餅をバリボリ食べてしまっている。
 ミハイル行きつけのメイドカフェに、ピーマンのケチャップがけは加わるのだろうか?
「行きつけてなんかねえよ!」


「三番手は藍那なのである!」
 局長に宣言され、女顔を不安げに歪める青髪少年、藍那湊(jc0170)。
「あの神主さん、ちゃんと絵は見ないし、人の話聞いていないし、大丈夫かな」
「孫よ、誰しも年をとれば目も耳も悪くなる、それは自然の摂理だ」
「燈戴さんに言われても、説得力ないよ」
 藍那と話している赤髪の少年は赭々 燈戴(jc0703)。
 藍那の祖父であり、昭和一桁生まれ世代であるが天使の血のお蔭で、高校生くらいの若さにしか見えない。

 藍那が絵を描いたのは、饅頭の上だった。
「これも流行りのアーティストのスキルなのか?」
「自前だよ、元々絵は得意だったからね、櫛で浅く穴を点々と空けて、点線で下書きして、食用の炭で描いたんだ」
「上手いもんだ。 ところでこの絵はどういう意味なんだ?」
 藍那の絵は、アホ毛を生やした長身の少年と、ポニーテールの少女が並んで立っているというものだった。
「アホ毛の方はお前だろう? 小さい方は……彼女か?」
「うるさいな、燈戴さんには関係ないでしょ!」
 うっとおしげに祖父から饅頭を隠してしまう藍那。
 燈戴の言う通りでポニテの少女は藍那の彼女だった。
 しかし、絵には実際と大きく異なる事がある。
 絵では藍那の方が長身だが、実際には最近、彼女に身長を抜かされてしまったのだ。
 この絵は、”身長を彼女よりも高くしたい”という願いをかけて描いたものなのである。
「これでわかるかな、神主さん」
 饅頭を神主に渡す。
 神主は得心したように頷いた。
「なるほど、このアホ毛の少年がそなたというわけだな」
「そうそう! そうだよ!」
 わかって貰えた嬉しさの余り、アホ毛をくるくる回す。
「そして、もう一人の人物が……」
 ポニーテールなら女の子らしさ全開! 並んでいれば彼女とわかるだろう。
 藍那は期待した。
「もう一人の人物は、将来なりたいそなたの姿というわけじゃな!」
「え」
 予想外の答えに一瞬、固まる。 
 しかし女顔の藍那にとっては、されなれている誤解。
 返しが自然に出る。
「僕は女の子になりたいわけじゃない」
「そなたは全身の栄養をアホ毛にまわしたいのじゃな、例え背が縮んだとしてもアホ毛だけは大きく成長させたいのじゃな」
「背が縮んでアホ毛が伸びるの!? ダメじゃん!」
 神主は、ポニーテールを巨大化したアホ毛と解釈したらしい。
 さきほど恋音が自分を二人描いてビフォア&アフター的表現をしていたが、その類だと思われたのだろう。
 結果”アホ毛を巨大化させたい”という願いだと勘違いされたのだ。
 斜め上なのか斜め下なのかすらわからない、異次元の誤解である。
「男たるもの何か一つでも天下一になりたいと願うもの! そなたが目指すはアホ毛日本一なのじゃな!」
「違うー! 男らしくはなりたいけど、アホ毛で天下なんかとりたくないー!」
 じたばたとだだをこねる藍那のアホ毛。
 神主は構わず饅頭を頬張る。
「美味い! そなたの願いは必ずや叶うであろう」
「叶えないでー!」


「孫よ、どんなことでも良い、天下一を目指すがよい」
赭々は、必死な藍那の様子をほっこりと眺めていた。
 そんな時、足元に小さな影が寄ってきた。
 すんすんと匂いを嗅いでくる。
「お酒の匂いがしますね?」
 参加者最年少の深森 木葉(jb1711)だ。
「あ、酒くさい? やっぱりか。 ちょっと入れすぎたわ」
 赭々が紙袋に入っているのは、自家製の酒饅頭だった。
「酒屋だからな、いい酒粕と酒を使ったんだ、食べるか?」
「お酒はダメなのですぅ」
「かはは、ちみっ子だもんな、大きくなったら食ってみな」
「はい、大人になったら食べるのですぅ」
 素直に応える木葉。
「ちみっ子は可愛いな〜、孫もこんなんだったらいいのに」
 木葉を撫でつつ、藍那をチラ見する。
「着信拒否を解除してくれたのはいいんだが、電話は無視だしメールの返事もねぇ、祖父としては寂しいぞ」
「仲良くしたいのですか?」
 木葉は、酒饅頭に描かれた絵を見ている。
 棒人間が二人、肩を組んで立っている絵だ。
 片方にはアホ毛が、片方には雄ライオンを思わせる髪の毛が描いてあった。
「これはきっと赭々さんと湊さんなのですぅ、肩を組んでいるから仲良くしているのですぅ」
「かはは、正解だ! 絵心は無いが真心なら負けねえぜ! あと孫を想う孫心な!」
 孫よりも、ずっと幼い子に理解してもらえたのなら神主にもわかるだろう。
 赭々の顔に自信が浮かんだ。
「行って来るぜ、またな、ちみっ子」
 木葉に手を振り、神主の前に饅頭を渡す。
「おお、酒饅頭か、珍味じゃな何よりの供え物じゃ」
 喜んで受け取る神主。
「ふむ、描かれている絵はそなたと先程のアホ毛少年じゃな」
 ぴくっと藍那のアホ毛が反応した。
 こちらを振り向いてくる。
 赭々が自分を絵に描いた事に気付き、何を願うのか心配になったようだ。
「肩を組んでいるように見えるな」
 神主の言葉に、うんうんと頷く赭々。
「だろ、仲良くしたいだけなんだよ」

 祖父の想いを聞いた藍那は、複雑だった。
 願いの力で無理やり仲良くされても、嬉しくはない。
 だが、次の神主の言葉に藍那の心境は困惑から混乱へと変わった。
「この絵は”投げの打ち合い”をしている所じゃな」
「?」
 藍那には神主が何を言っているのか、さっぱりわからない。
 赭々は早鐘の如く即答した。
「ああ、相撲か! 確かに土俵際で投げを打ちあうとこういう体勢になるな」
「投げの打ち合いといえば、今でも目に浮かぶ、昭和35年の春場所」
「俺も覚えているぞ! 凄かったなー!」
 神主と赭々は、見た目は違えど実は同世代である。
 この世代には相撲が数少ない娯楽の一つ。
神主が人の話を聞く性格なら、相撲談義で盛り上がりそうだった。
「つまり”おぬしの願いは”孫と相撲を取りたい”じゃな」
「おお、ちょっとズレているが大体あっているぞ、それでいい!」
「僕と相撲!?」
 藍那、青ざめる。
 実は以前、この局の番組で男らしくなるために相撲部屋に入門し、そっちの気がある力士に押し倒された事がある。 TVで相撲をとるのはトラウマなのだ。
「やだやだ! 絶対取りたくない!」
「孫とお相撲はお爺ちゃんの夢だ! やろうぜ」
「やだよ!」
「いいじゃねえか、はっけよい!」
 勝手に相撲を始めてしまう赭々。
 無理やり、四つ相撲に持ち込もうとするが藍那は嫌がる。
「だから、取りたくないってば!」
 赭々を力づくでふりほどこうとする藍那。 四つに持ち込もうとする赭々。
 互いがバランスを崩した。
「これは……!」
 赭々が絵に描いたまさしくそのままの姿勢。
 二人は肩を組みながら地面に倒れていく。
「投げの打ち合いであるな」
 揃って、顔からボターンと倒れた。
「痛い……」
 ぶつけた鼻の頭を抑える藍那。
「かはは、孫とお相撲出来たぜ、お爺ちゃん冥利に尽きるな!」
 赭々は鼻血を出しながらも嬉しそう。
 この勝負、藍那のアホ毛が先に地面についたので、赭々の勝ちである。
「また叶いましたねぇ……(ふるふる)」
「方向性は大間違いだが、願いを叶える力は本物か」
 皆の中で、確信が強まり始める。 
 誤解なく神主に願いを伝えられれば、あるいは!?


「……これって奏?」
「そうだよ、カイも奏を描いたんだねー♪」
 焚火の炎よりも、もっとポカポカした会話を繰り広げているのは、水無瀬と文歌のカップルだ。 
 二人は絵馬に描いた絵を、互いに見せ合っている。
「……文歌の叶えたい願いは”天使も悪魔も人も手を結んで、一緒に歌を唄える世界になりますように”かな?」
「カイ! すごい、ドンピシャだよ!」
 文歌の描いた絵馬はこんな絵だ。
 文歌が左手で天使と手をつなぎ、その天使が悪魔と手をつないでいる。 
 反対側の右手は文歌と面差しの似た幼い女の子と手を繋いでいる、その女の子は水無瀬らしき青年と手を繋いでいる。
 全員、笑顔で口から音符マークを出している。 楽しく歌っているという表現だろう。
「……文歌らしい願いだねぇ、あと、絵はさすがです」
 そんな時、文歌が局長に呼び出された。
 絵馬を持って神主のところへ向かう。
 水無瀬も文歌に付き添った。
「神主様、お願いします♪」
「うむ、拝見しよう」
 絵馬の絵を見始める神主。
 そのまましばし、固まっている。
 文歌も段々、不安になってきた。
「わかってくれるかな?」
「……表現としては明確だし、たぶん」
 耳打ちしあっていると、神主ががばっと顔をあげた。
「そなたの願い、理解したぞよ」
「本当!?」
「左手は天使と悪魔に、右手は普通の人間に繋がっておるな」
「その通りだよ♪」
「つまり、そなたの願いは”私は左手に天使と悪魔を宿したい。 右手は普通のまま”じゃ!」
「ナニソレ!?」
 文言を聞いても、意味が全く不明な解釈である。
「ポイントは左手だけに天使と悪魔を宿すという事じゃな。 ”この左手の中では常に天使の力と悪魔の力が争っているのよ。 ……ふっ、最近では自分でも制御しきれないわ”的なキャラにそなたはなりたいのじゃな」
「……厨二キャラか」
「両手ともに異形の力を宿すと、日常生活に支障をきたしそうだから右手は普通のままにしておきたいというわけじゃな」
「保険はかけておくんだね」
 文歌が、げんなりと項垂れる。
 まさか80過ぎの老人に厨二的解釈をされるとは思わなかった。
「歌っているのは、そんな特殊な環境にあっても余裕を見せたいという心の顕れじゃな」
「……”やれやれ系主人公”みたいな感じか」
 水無瀬も神主がどう解釈したのかを理解した。
 文歌も、神主のイメージしているキャラを掴んだらしい。
 己の左手を見つめつつ、演技を始める。
「こんな感じかな? ”あんたたちが好き勝手するせいで、また面倒な事になったわ。 ま、いいけど”」
 己の左手に宿る天使と悪魔に話しかけている演技らしい。
「……文歌がラノベキャラに」
 困惑する水無瀬。
 神主が眉を二人とは別の角度にひそめだした。
「しかし残念じゃが、この願いを叶える事は難しい」
 神主が願いに難色を示すのは、初めての事である。
「儂は天の住人じゃから当然、悪魔とは敵対している。 天使たちとも部署が違う、別部署にはどうにも頼みごとをしにくい雰囲気が蔓延しておっての」
「神様にも部署同士の確執とかあるんだ」
「すまんが、諦めてくれ」
 文歌、天から初の”お断り”を受ける!
「あんたたちのお蔭で断られちゃったわよ。 ……ま、いいけど」
「……文歌、キャラが抜けてない」


 水無瀬は自分の描いた絵馬をマジマジと見つめた。
 人並みに絵を描け、水無瀬が一目見てテーマを理解出来た文歌の絵でもこの体たらくなのだ。
 水無瀬は絵が苦手である。
 文歌は理解してくれたが、それは愛の力に他ならない。
「うにゅ? アルパカくんかな?」
 悩んでいると、イリスに後ろから絵馬を覗きこまれた。
「……娘なんだが」
 描いたのは、文歌との間に将来出来る予定の娘の姿だ。
 ”奏”というのがその名だ。
 未来の存在なのに顔も名前も確立しているのは、二人が共通して見ている夢の中に出てくるからだ。
 水無瀬の頭にも、はっきりと奏の顔が思い浮かぶ。
 ところが、それを絵に描いてみるとアルパカ扱いされてしまう存在になる。
 水無瀬の画才は行方不明だった。
「アルパカ可愛いよねー♪」
「うん、もっふもっふさ!」
 文歌は、もふリストのイリスと盛り上がっている。
 水無瀬はこの絵馬を、神主に渡して良いのか悩んだ。
 最悪”アルパカになりたい”などという願いだと勘違いされかねない。
「これはまた面妖な存在じゃのう」
「……しまった」
 悩んでいる間に神主が水無瀬の絵馬を取り上げ、それを眺めていた。
 文歌の顔と、絵の中の奏を見比べ初めた。
「その娘と似ているような気もするが」
「……やばい」
 奏と文歌はかなり面差しが似ている。
 このままだと、文歌がアルパカにされかねない。
 ママがアルパカでは奏も困るだろう。
「その娘を”こういう獣に変えてくれ”という願いか? ――これが何の動物か儂にはわからんのう、残念ながらこれでは変えられん」
「……よかった」
 神主はアルパカを知らないらしい。 お蔭でセーフである。
「むむ、わかったぞ! そちは、この娘が好きなのじゃな!」
「……」
 付き合い始めてからだいぶ経つ。 高校を卒業してから結婚しようとも思っている。
 だが、改めて他人に言われると恥ずかしいものなのだ。
 水無瀬と文歌は、互いに顔を赤くした。
「さては、”この娘を動物のようにもふもふしたい”という願いじゃろう! 良いぞ、この場でもふるがいい」
「……え?」
「苦しゅうない、叶えてしんぜる、今すぐもふるのじゃ」
「……人前だし」
 苦しゅうないと言われても、人前、しかもTV収録中に文歌をもふるのは水瀬の方が心苦しい。
 戸惑っていると、神主がさらに残念そうな顔をし始めた。
「なんじゃ、違うのか? やはり、その娘を面妖な動物の姿にしたいという方が正解じゃったか……」
 もはや、迷っている間はない。 やらなければ文歌がアルパカの姿にされてしまう。
「……文歌、ごめん」
 水無瀬は、文歌を人目はばからずに抱きしめ、その柔らかな黒髪をもふりはじめた。
「……もふもふ」
「カイ、恥ずかしいけど、嬉しいよ♪」
 水無瀬の腕の中で、文歌は気持ち良さそうに撫でられている。
「うむ! 願いが叶ってよかったのう」
 神主も、満足顔である。
 水無瀬が絵に籠めた本当の願いは、”文歌との間に奏を誕生させ、家族三人で幸せに暮らしてゆきたい”というもの。
 神仏の力を借りなくとも、この分なら叶いそうである。


「次は、イリスの番なのであーる!」
 局長に呼ばれ、イリスはいつものキメゼリフを叫んだ。
「天呼ぶ地呼ぶ人が呼ぶ! 局長さんがボクを呼ぶ! そう、ボク参上!」
「とっくに参上していた気もするが」
「いいの! これを言わないと調子が出ないんだよ!」
 局長に負けず劣らずイリスも目立ちたがりなのだ。
「それで、イリスはどんな願いを叶えたいのであるか?」
「ボクはねー」
 イリスの碧眼がちらりと見たのは、番組開始以来画面に一度も発言していないアイリス・レイバルド(jb1510)の横顔だ。
 イリスの姉なのだが、性格は対照的である。
 さきほどから焚火の向こうで無表情に淡々と、何かをスケッチしている。
 イリスにも構ってくれないし、なにが目的でこの番組に出演したのかすら、わからない。
「昔は、こんなんじゃなかったんだけどねー」
 イリスは、ポケットから1枚の写真を取り出した。
 金髪碧眼の少女が笑っている。 イリスに似てはいるが本人ではなさそうだった。
「誰であるか?」
 局長が首を傾げる。
「お姉ちゃんだよ! 小さい頃は活発に笑う笑顔が可愛いお姉ちゃんだったんですよ?  もう、お姉ちゃんの生笑顔を何年見ていないことか……だから見たいッ!っていうのがボクの願いさ!」
「なんだ、身長の事ではなかったのか?」
「……局長くん、ちょっと境内裏へ」
 ハンマーをチラッと取り出す。
「いやいや、イリスが別番組で言っていたのではないか」
 イリスは”弱点を克服しよう”という番組に出た事がある。
 女子高生にして132cmという身長をなんとかしたいと奮戦した。
 だが、未だそれは叶っていない。
「それはいいの! 今はお姉ちゃんの事なの! ほれこれ」
 姉の写真を元に描いた絵馬を神主に渡す。
 現在のアイリスが、笑顔を浮かべているものだ。
 小さい頃からアイリスの真似をし続けていたお蔭で、そこそこ絵は描けていた。
「ふむ、この絵はそち……ではないようだな、あそこで絵を描いている娘のことか」
「そうそう! やっるねー、神主くん!」
「そちは、この娘に笑われたいのだな?」
「笑わせたいんだよ! 微妙に違うよ!」
 比較的近い、今までに比べればマシな解釈をしてもらえた。
「よかろう、程なく叶うであろう」
 果たしてこれが、いつどのように叶うのか? 神主はそこまでは語ってくれなかった。


「アイリスよ、こちらへ来い」
 局長に呼ばれると、アイリスは無表情に歩いてきた。
「今までずっと絵を描いていたようだが、それほど壮大な願いなのか?」
「無関係だ」
 スケッチブックを開いて見せる。
 そこに描きかけているのは、目の前で繰り広げられている収録の様子そのままだった。
「願いはこちらに描いておいた」
 アイリスが取り出したのは、餅。
 そこには、元気に駆け回るイリスを始め、家族の姿が描かれていた。
「うひゃー、ボクだー! お姉ちゃんはこう見えて家族思いなんですよー! みなさん!」
 イリスが、嬉しそうに姉をアピールした。
「うむ、お前たちが元気で健康ならそれで良い」
 呟くアイリス。 そっけないがそれが願いらしい。
「おねーちゃん優し〜、だから好き〜!」
 イリスがほわわ〜んと頬を好調させる。
「神主、どう解釈する?」
 アイリスが、神主に餅を渡す。
 神主は、それを見つめ。
「うむ、そこの童女を含め家族が皆、元気で健康であれということだな」
 言いざまに餅をパクッと口に放り込んだ。
 アイリスが頷く。
「当たりだ」
 なんと初の誤解なし! 完全的中である。
「さすがお姉ちゃんだっぜー!」
 ぴょんぴょん跳ね回るイリス。
 完全無欠の元気っ娘だ。
「この様子を見ている限り、もう叶っている気もするがな」
 ミハイルがニヒルな笑みを浮かべる。
 だが、当のアイリスはどこかつまらなさそうな顔をしていた。
「噂に聞く誤解スキルを体験したかったのだが、残念だ。 まあいい、引き続き観察を続けよう」
 再び、スケッチブックを開き、番組収録風景を描き始める。
 果たしてアイリスは何を観察したいのか? スケッチは、何のために描いているのか? その答えは番組での最後で!


「当たったとあれば今が好機だ、こういうのは連続するものだからな」
 多紀が自ら次の挑戦者に志願した。
 このタイミングを狙うのは、彼女が描いた絵が極めてピーキーだからである。
「おぉ……サツマイモでしょうかぁ?」
 恋音の言う通り、多紀が絵を描いた場所はサツマイモの切り口だ。
「うん、いわゆる芋判というやつだ」
「懐かしいのだわ、小学生の時に授業で作ったのだわ」
 多紀の芋判は横に輪切りではなく、縦に切ってある。
 面積を広くして、細かい彫刻を施せるようにした。
 食用の墨で着色するという工夫もしてある。 
「これはぁ……もしや宝井学園長でしょうかぁ?」
 学園生ならば誰もが知っているナイスミドル、宝井正博の絵だった。
 学園長部分は褐色に着色されている。
「僕は学園長を尊敬している、今年の目標は学園長の等身大彫刻をチョコレートで作る事、じっくり眺めた後にそれを食べる事なのだ」
「……おぉ……」
「この芋判を焼いて、焼き芋判にしてみた。 神主よ、どうか食べてくれ」
 焼き芋判を神主に渡した。
 正直、伝わるか多紀にも自信はない。
 学園長の像は凛々しい眉毛を含め気合を入れて掘りこんだももの、”それを眺めてから食べる”という表現が出来なかったのだ。
 しかし、学園長の彫刻にかぶりついている多紀の姿を絵に折り込んだとしたら、それはそれで危なかった。
 今までの誤解傾向からいって”学園長に噛みつきたい”とかいう意味にとられかねない。
 果たして、神主の解釈は!?
「ふむ、年配の男性が描かれている――おそらくは、そなたのおじいちゃんだな」
「お、おじいちゃん……」
 ガーンとなる多紀。
 確かに五十代半ばの学園長に対して、自分は六歳程度に見間違えられるほど幼い。
 おじいちゃんと孫に見られても、何ら不思議はないわけだ。
「そのおじいちゃんがチョコレート色に染められている、これは……”おじいちゃん.ってば、色白で貧弱に見えて情けな〜い、チョコレート色に日焼けしたガチムキマッチョになって欲しい!”という意味じゃな!」
「なんだそれは!?」
 否定する多紀だが、神主の耳に届いている様子はない。
「……日焼けしたガチムキマッチョな学園長……(ふるふる)」
 想像したのか、恋音が乳を震わせている。
「確か、週刊マンガ誌の裏表紙に”冬でも日焼けが出来るライト”とか、”一日10分のトレーニングでマッチョになれるエキスパンダー”とかの広告漫画が載っていたぞ、そういうのを使えばそちのおじいちゃんも色の浅黒いガチムキマッチョになってくれるのではないかな?」
 願いを叶えるというより、単なる悩み事相談になっている。
「そんなのいらない! 学園長は今のままで充分に素敵なんだ!」
 いくら反論しても、神主は美味そうに焼きイモを食べているだけ。
 学園長が怪しい通販に手を出して変貌しないか、多紀はひたすらに心配だった。


「木葉ちゃんは、なんの願いを叶えたいの?」
 椿に問われ、木葉は切なげな声で答えた。
「もう一度、お父さん、お母さんとお話を……」
 返事に詰まる椿。
 木葉の両親は、幼いわが子の前で天魔に殺されてしまったのだ。
 椿の困った顔に気付いた木葉は、辛そうな笑顔を浮かべた。
「無理なのは承知なのです。 亡くなった人は、黄泉返りはしないのだから……」
「木葉ちゃん……」
「だからせめて、夢の中でお話をさせてくださいとお願いしたいのです。 いつもお父さんとお母さんの夢を見るときは、悪夢だから、楽しい夢を……」
「神主さん、お願いをわかってくれるといいのだわね」
「これなのですぅ、わかってもらえると思いますか?」
 木葉は、半紙に描いた絵を広げて椿に見せた。
 とたん、椿の表情が先程よりもさらに困惑したものになる。
「これは……」

 木葉に絵を渡された神主の表情も椿のそれと同じ形をとった。
「これは……難解じゃの、三つの面妖なる生物が繋がっておるようじゃが? 一番小さい生き物は、赤色の蝶に頭を喰われている!? 地獄絵図かのう?」
 誰が見ても、木葉の絵はよくわからない。
 三つの奇怪な生物が、触手のようなもので繋がりあっているようにしか見えないのだ。
 木葉の画才も行方不明だった。
「抽象画か? いや、そんなものを描ける年齢ではなし……」
 不安そうに神主を見上げる木葉。
 彼女と目の合った神主は、そこに気付いたようだ。
「そうか、ここに描かれている赤色の蝶は、そなたのリボンじゃな!」
 木葉は、お気に入りの赤いリボンを今日もしてきていた。
「つまり一番小さい面妖な生き物はそなたということじゃ!」
「そうなのですぅ、さすが神主さまなのですぅ!」
「だとすると、大きな二体の面妖なる生物は……」
「お父さんと、お母さんなのですぅ!」
 大声で叫ぶ木葉。
 人の話を聞かない神主でも、ここまで推理できるのならあとは簡単なはず!
 周りの皆は、そう踏んでいた。
 だが――。
「この姿からして、この二体は異次元の人間じゃな」
 木葉、涙目。
「違うのですぅ」
「異次元人に連れられて、異次元世界に行ってみたい! それがそなたの願いじゃな!」
「違うのですぅ、違うのですぅ! そんなところ行きたくないのですぅ!」
 もしこの願いが叶ってしまったら、奇怪な人間の住む異界に連れ去られかねない。
 木葉は神主の袴を掴んでピョンピョンとジャンプした、
 神主は、自分の世界に埋没していてまるで気にしてくれない。
「いや待て、果たしてこのような童女が異界に連れ去られる事を望むのだろうか?」
 また、難しい顔で考えこみ始める神主。
 考えを改めてくれるようだ。
「この絵には何かもっと深い意味が――異次元人、つまりは異人……異人さん! わかったぞ、童謡だ! 童女よ、そなたは”赤い靴”が欲しいのじゃな」
 ズビッと木葉を指差し、ドヤ顔の神主。
「赤い靴が欲しい! それなら童女の願いとして、得心もいく!」
「うぅ、もうそれでいいのですぅ」
 異次元に連れ去られるよりマシだと、木葉は妥協する。
「それならそうともっと素直に表現すれば良いのに、乙女心は複雑じゃのう」
 神主は小気味よさげに笑う。
 この想像力をなぜ、もう少しまともな方向に働かせないのだろう。
 神主にとりついている神様とやらは、人間と感性が違いすぎるようだ。


「オーラスは翡翠なのであーる!」
 緑髪のメガネ青年・翡翠 龍斗が怪訝な顔で歩み出る。
「まともな結果になるとは思えんが、請け負ってしまった依頼だし仕方がないだろう」
 無駄な動きは省かんとばかりに、半紙に描いた絵を手早く神主に渡す。
「うむ、これはわかりやすい」
 翡翠の絵を見たとたん、得心したように神主は頷いた。
「そう言いつつ、見当はずれな事を言うんだろ」
 諦観の失笑しか翡翠には浮かんでこない。
「”自分の作った料理を美味しく食べてもらいたい” そういう願いじゃな」
「む?」
 ちょっと驚いた様子の翡翠。
「もしかして当たったんですかね?」
 文歌が察した通り、当たっていた。
 翡翠が描いたのは料理をしている翡翠と、料理を食べて笑顔になっている人々の絵。
 正確には” 、料理が上手くなりたい”という願いなのだが、大筋同じ事である。
「ついに完全な形で望みが叶うかもしれませんね!」
 興奮する文歌。
 だがその隣では、水無瀬がジト目で龍斗の背中を見つめている。
「……それは、神様でも無理だろ」
 義兄弟だから知っている。
 翡翠の料理の腕は殺人級だ。
 デス料理人なのである。
「その願い、天に届けて進ぜよう」
 神主は、半紙を焚火の中に投げ込んだ。
 絵馬が燃え、白い煙となって立ち上る。
「見よ、煙がまっすぐに天に上ってゆく、これならば遠からず美味しく料理を食べてもらえるであろう」
 翡翠が、局長に顔を向ける。
「そうか、ではさっそく実験してみよう。 局長、例の車は用意してもらえたかな?」
「あの通りもうスタンバイさせているのである」
 神社の鳥居の境内裏にピンク色のトラックが停まっている。
 クッキングカー。
 その名で解る通り、キッチンを荷台に乗せたトラックである。
 この局のゲリラ料理番組で使用しているものだ。
「ではさっそく作ってくる、試食は椿さんに頼んだ」
「ええ、なんで私!?」
「どうせ味海苔しか食ってないんだろ? たまには美味い物を御馳走しよう」
「味海苔でいいのだわ!」
 死にたくないのでジタバタして抗う椿。
「待て翡翠、それはいかん」
 翡翠を局長が止めた。
「さすが叔父様! 助かったのだわ!」
「どうせなら全員で食べよう!」
 とんでもない提案に、皆から悲鳴があがる。
 知らない者でも、今の流れで翡翠の料理の腕がいかなものかは察する事が出来た。
「作るのは構わんが、俺は一人分の材料しか用意してこなかったぞ?」
「材料は局で用意してある、ほれあの通り!」
 局長が合図をすると、クッキングカーの荷台がオープンされた。
 そこに出現したのはキッチン。
 そしてまな板の上に横たわらされ、鎖に縛り付けられている一匹のラッコ!
「キューウ!」
 ラッコは嫌がってジタバタしているが、鎖が外れないようだ。
「先程も説明した通りこの神社の神の従者はラッコだ、ラッコは正月の間は神主の元で働き、どんど焼きの最後に自らの身を人々に食わせる事で大願を成就させる聖獣だと言われておる!」
「キュウ? キュウ!?」
 嫌がって泣いているラッコ。
「……あれって、静兄なんじゃ」
「鳳さん、さっきから姿が見えないと思ったらあんなところに」
 唖然とする水無瀬と文歌。
 対して翡翠はやる気満々、クッキングカーに向かう。
「なかなか活きの良いラッコだな、腕が鳴る」
 椿が慌てて止めに入る。
「翡翠くん、あれは鳳くんなのだわ!」
「俺にはただのラッコにしか見えん」
 ドS全開! 翡翠は足を止めない。
 クッキングカーの中に入り、包丁を握った。
「よく切れそうな包丁だ」
 すりこぎを試し切り。
 太さ五センチはある木の塊が、すっぱりと切れた。
「これなら骨ごと肉をばっさり捌けるな」
「キュー……」
 ドS義弟の視線に、恐怖のあまりラッコは泡を吹いて気絶した。

 数分後、クッキングカーの周囲には布で目隠しがされていた。
 生きラッコを捌くシーンを放送すると、視聴者から苦情がくるのでこういう措置にしたのだ。
 布の内側からは肉を捌く音や、お湯を沸かす音が聞こえる。
 他の皆は、境内で料理が出来るのを待っていた。
「ラッコって食べられるの?」
 イリスが当然の疑問を口にする。
「検索してみるね」
 藍那がスマホを取り出し、調べ始めた。
「う〜ん、毒とかはないみたい、一応食べられる……でも」
「でも?」
「昔、毛皮目当てで乱獲されたことがあるんだけど、その時にも不味すぎて肉だけは捨てられていた、って出た」
「そんなに不味いの!?」
 赭々が口を挟む。
「今より食料がずっと貴重だった時代の話だろ? 俺も米粒一つ残しただけで怒鳴られたもんだ。 そういう時代に食べられるものが捨てられるってのは……ま、よっぽどだな」
 昭和一桁の男、赭々がいうと余計に説得力があっいた。
「物凄く不味いのだわね、それに翡翠くんの料理の腕が加わるとなると」
 青ざめる椿。
「誰も静矢さんの心配をしないんですね!?」
「……文歌、それは演出だってみんなわかっている」
 水無瀬が言った通り、鳳ラッコは食われていなかった。
 ほどなくして出来上がったラッコ料理を運んできたのは、鳳ラッコ自身だったのだ。
 高給そうなトレイに乗せたステーキをワゴンに乗せ押している。
 タキシードを着たその姿は、三ツ星レストランのシェフのごとく凛々しかった。
「キュウ!」
 鳳ラッコは配膳した後、メニューの描かれたカンペを差し出した。
『ラッコのフィレステーキ翡翠風でございます』
 皆、絶望的な目でそのカンペを見つめる。
「せっかくの”フィレステーキ”が”ラッコ”と”翡翠風”に挟まれたせいで死んでいるな」
「オセロのようなものですねぇ……(ふるふる)」
 怯える多紀と恋音。
 当然、誰もが手を出そうとしない。
「なんだ、皆、食わんのか? なら我輩が食べるのであーる!」
 局長が、いの一番にパクッといった!
「叔父様、だめー! 死んじゃうのだわ」
 椿が悲鳴をあげる。
 漂う死の予感。
 だが一瞬後、局長の口から眩いレーザー光線が輝き弾けた。
「んまーぁーーい!」
「え?」
「うまい! これはうまいぞ!」
 自らの皿の上の料理を無我夢中で食べる局長。
 その様子に、皆も心が動きはじめる。
「マジでうまそうかも」
「……食べてみようかな」
 ラッコステーキを食べ始める一同。
「龍斗さん、これ美味しいです!」
「翡翠さんの料理とは思えない」
「すげえステーキだ! アメリカでも、ロシアでも食ったことがないぞ!」
 翡翠への絶賛が、神社の境内を満たす。
 数分後には、全ての皿の上からステーキが綺麗に消えていた。
「あー、美味かった」
「これだけでも番組に出たかいがあったぞ」
「翡翠さん、ありがとう!」
 皆が幸せオーラを出している。
「きっと、神様が願いを叶えてくれたのですぅ」
 素直に天へ感謝する木葉。
 鳳ラッコは、カンペを出す。
『マイナスとマイナスを掛けるとプラスになる』
 不味い肉での不味い料理、それが美味い理由を数学的に分析していた。
「俺の料理の腕があがったんだ、今度はどんどん皆にふるまおう」
 シェフ翡翠、今後に向けてやる気満々な様子である。
 そんな中、アイリスだけが不審そうに首を傾げていた。
「はて、これは本当に美味いのか?」


 翌日、久遠ヶ原ケーブルTVに悲鳴混じりの電話がかかってきた。
「助けてー!」
 藍那からである。
 局長は、控えさせていたアイリスに命じた。
「アイリスよ、お主が予想した通りの事が起こり始めたようだ、調査してきてくれ」
「番組のノルマは果たしたが、私のノルマはここからだ」
 オカルト好きな彼女は、願い絵神社で願った事がどんな行く末を迎えるのか観察すべく番組に参加したのである。

 さっそく藍那の部屋に行く。
「僕のアホ毛がー! 身長がー!」
 巨大なアホ毛に振り回されている藍那がいた。
 肥大化しすぎて、ポニーテールのようになっている。
 反面、アホ毛に養分を吸われたのか身長は縮んでいた。
「朝起きたら、こんな事にー!」
「ふむ、藍那の願いどおりだな」
「願ってないよ、こんなの」
 嘆き慌て続ける藍那。
 それを無表情に放置し、アイリスは次の観察対象の元へ向かった。

 恋音のところでも、予想通りの事が起きていた。
「……おぉ……私の胸から謎の破壊物質がぁ……(ふるふる)」
 180cm超の爆乳からアウルのミサイルが、空に向けびゅんびゅん飛び出している。
 強そうだが、自分では制御不能らしい。
「ふむ、藍那と恋音の件は翡翠の料理によってアウルが暴走し、一時的に細胞へ干渉をしたという仮説が立てられるな」
 ラッコステーキを美味く感じたのも、翡翠の破壊的な料理スキルがラッコ肉に作用。 謎成分を発生させ、味覚そのものを狂わせたのだろう。
 藍那と恋音に関しては、それに加えて願い絵神社のオカルティックな力でさらなる副作用を受けたに違いない。
「他の皆の様子も観察に行くか」
「おぉ……私はこのままなのでしょうかぁ……助けて頂きたいのですがぁ……(ふるふる)」
 撃退士に起こるこの手のトラブルは、一日も放置しておけば治る。
 アイリスは、それがわかっているので高射砲状態の恋音を放置した。

 アイリスは、放送までの数日間を願いの事後調査に奔走した。
 収録中に願いが叶っている、鳳、翡翠、水無瀬、赭々。 神主にお断りされた文歌、今年一年家族が健康であれという願いのアイリス自身。
 それ以外のメンバーの願いは、どうなったのか、カメラマンを引きつれ”観察”しにいく。 

 まずはミハイル。
 ”メイドさんの手でピーマンにケチャップをかけて貰いたい”という願い。
「うおっ、店主!? なんだその格好は!」
「今まで抑えつけていた”本当の自分”を解き放つ勇気が、ある日突然湧きましたの♪」
 ミハイル行きつけのレストランは、なぜかメイドカフェに改装されていた。
「美味しく召し上がれますよーに♪」
 渋い髭面の店主がメイドの格好をしていた。
 注文もしていないピーマンの丸茹でを出し、ケチャップで停車禁止マークを描いている。
「お・ま・じ・な。い♪ こうして、丸バッテンを書くと嫌いなものでも美味しく召し上がれますのよ♪」
「いらねーよ! ていうか、もう来ねーよ!」
 その光景をアイリスが陰から観察していた。
「ふむ、まずは叶ったようだな」

 続いて木葉。
 赤い靴が欲しいと言う願い。
「わーい! 赤い靴をもらっちゃったのですぅ!」
 木葉の元に、可愛らしい赤い靴が送られてきていた。
 またも奇跡のように思えるが、
「これはオカルトな力は働いていないな」 
 アイリスの推測通り、これは奇跡ではない。
 木葉を可愛がっている椿と、番組を面白くしたい局長が示し合せた、粋なプレゼントである。

 続いて多紀。
 ”学園長を色黒マッチョにして欲しい”という願いだ。
 多紀本人の元に行っても仕方がない。
 学園長室に直接観察に行く。
 怪しげなセールスマンが来ていた。
「ほう、今年は中年男性の間に日焼けブームが来るのかね? 面白そうだね」
 学園長に日焼けライトを売りつけようとしている。
 果たして学園長が購入するのかは、まだわからない。

 経過観察を終えたアイリスは、再び願い絵神社に来た。
 神主は寝込んでいた。
 翡翠のラッコ料理のせいで、再びトランス状態にはなれなくなったらしい。
 もうこの神社での妙な現象は、起こらないかもしれない。 
 仕方なく自分で焚火の中に、絵を投げ入れる。
 あの日スケッチしていた、皆の楽しそうな姿の絵だ。
 興味深い観察結果をくれた神様へのお礼である。
 煙を見上げながら、思い出す。
「そう言えば、イリスの願いだけ叶っていなかったな」
 ”姉であるアイリスの笑顔が見たい”
それがイリスの願い。
 良い観察結果の得られた今日は、何年ぶりかのいい気分だ。
 家に帰って、イリスの前で笑えそうな気がした。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: Eternal Wing・ミハイル・エッカート(jb0544)
 大祭神乳神様・月乃宮 恋音(jb1221)
 蒼色の情熱・大空 湊(jc0170)
 おじい……えっ?・赭々 燈戴(jc0703)
重体: −
面白かった!:6人

撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
盾と歩む修羅・
翡翠 龍斗(ja7594)

卒業 男 阿修羅
ハイテンション小動物・
イリス・レイバルド(jb0442)

大学部2年104組 女 ディバインナイト
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
紡ぎゆく奏の絆 ・
水無瀬 快晴(jb0745)

卒業 男 ナイトウォーカー
大祭神乳神様・
月乃宮 恋音(jb1221)

大学部2年2組 女 ダアト
深淵を開くもの・
アイリス・レイバルド(jb1510)

大学部4年147組 女 アストラルヴァンガード
ねこのは・
深森 木葉(jb1711)

小等部1年1組 女 陰陽師
外交官ママドル・
水無瀬 文歌(jb7507)

卒業 女 陰陽師
学園長FC終身名誉会員・
築田多紀(jb9792)

小等部5年1組 女 ダアト
蒼色の情熱・
大空 湊(jc0170)

大学部2年5組 男 アカシックレコーダー:タイプA
おじい……えっ?・
赭々 燈戴(jc0703)

大学部2年3組 男 インフィルトレイター