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マスター:スタジオI
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2016/01/22


みんなの思い出



オープニング


 アウル格闘技協会本部。
 2016年初頭、アウルボクサーであるメキシコ人のホセは事務室で悩んでいた。
「う〜ん、難題だ」
「なんとか案を出したいんだな、本来的な期限は過ぎているんだな」
 一緒に頭を捻る体重200キロ、相撲出身の協会理事長のクレヨー先生。
 この協会は、アウル格闘技の普及を目的に彼らが設立したものである。
 2014年には第一回になるアウル格闘技選手権を開き、成功させた。
 その後、年一ペースで同大会を開く予定だったのだが、結局、2015年には大会は開かれずじまいだった。
 なぜか?
 大会の方式に課題があったのだ。
「今度は、お客さんに見て貰える大会にして欲しいんだな。 報告書だけじゃ、アウル格闘技の普及にはつながらないんだな」
 実は前回大会は内容的には非常に熱かったのだが、その熱い激闘を参加した選手以外は誰も見ていない。
 というのも、”選手同士が偶然、遭遇した場で即ファイト”というルールだったのだ。
 これは実践格闘技に拘ったがゆえである。
 そのため闘いが行われたのは、掃除中のプールとか、誰もいない調理室とかであり、大部分の試合が観客無しの熱闘となってしまった。
「今回は、久遠ヶ原ケーブルTVと提携もしたから、大勢の人に見て貰ってアウル格闘技の普及に繋げたい」
「もう面倒だから、普通にリングを使った試合でいいんだな」
「それでは、前回に比べて面白みで劣る。 観客に見せる試合にする以上、アウル格闘技ならではの魅力を魅せたい」
 前回と同ルールのまま選手の体にカメラを付けるという方式も考えたが、生観戦ができないし、格闘中にカメラが故障する可能性も高い。
 それでは、TVで試合を見てもらう事も出来ないのだ。
「そもそもアウル格闘技の魅力ってなんなんだな」
 クレヨー先生が口にした根本的な問題にホセが答えた。
「それこそ子供の頃読んだ漫画みたいな、ミラクル技が見られるところだろう? 私も、それに憧れてこの道に入ったクチだからね」
「ホセくんはどんな漫画を読んで育ったんだな?」
「私が読んだのは、日本のボクシング漫画だよ。 選手が技の名前を叫びながらアッパーを繰り出すと、敵が空高く舞い上がり、体育館の屋根を突き破って飛んでいくんだ。 あいいうフニッシュブローで勝てたら気持ちいいんだろうねえ」
「へ〜”リングに賭ける”方とは意外なんだな、同じボクシング漫画ならホセくんのキャラ的に”真っ白に燃え尽きる”方だと思っていたんだな」
「なんだねそれは? 今度読んでみるとしよう」
「ホセくん、漫画の影響受けやすそうだから、変な髪型になったり、片目にアイパッチを付けたりしそうなんだな」
 しょうもない会話を繰り広げていた時、突然、ホセが目を見開いた。
 閃きがアウルボクサーの脳裏に降臨していた
「それだ! 少年が憧れるシチュは、いつの時代も変わらない! 僕が憧れたそのままを魅せてやればいいんだ!」

 数週間後、協会本部のメインバトルホールに新たなリングが出来ていた。
 土の闘技場の周囲を広さ6.5m四方、高さ5mの四角い金網ゲージで覆ったものである。
 ロープ及び、コーナーポストはない。
 こういった金網リングを採用している格闘技団体も多い昨今、見た目には珍しいものではなかった。
 しいて言えば、屋根部分にまで薄くではあるが金網が張ってあるのが珍しいくらいだ。
「さて、では試してみるとするか」
「新しい土俵の感覚を試すんだな」
 オープンフィンガーグローブにボクサーパンツ姿のホセ、相撲廻しスタイルのクレヨー先生が揃ってリングインする。
 中央で対峙し、ゴング!
 なお、この試合、武器の使用以外は禁じ手なしのノールールデスマッチである。
 最初は、ホセが素早く繰り出す右ジャブ!
 それをクレヨーが左右の突っ張りでさばく!
「まえさばきの技術は、力士もボクサーに負けていないんだな!」
 だがこの時、ホセは使っていない左腕にあるスキルを籠めていた。
 ここぞという時をみて、天高く左拳を突き上げる!
「エアロバーストアッパー!」
「うぉ!?」
 クレヨーの巨体が風の威力で宙に舞いあがっていく。
 エアロバーストは、風の玉を作り出して収束した風を一気に解放するスキル。
 相手を吹っ飛ばすのが目的で、ダメージは与えられない。
 だが、この際、吹っ飛ばせれば目的は果たせた
「屋根をぶちやぶってふっとべ! リングアウトだ!」
 この試合、勝ち筋は3つ。
 1つ目は、相手からギブアップをとること。 
 2つ目は、相手を危険な状態に追い込みレフリーによるストップをかけさせること。 
 そして3つ目は相手の体の全てをリングの外へ出す事。
 アウルのパワーで金網ごとぶちぬき、相手をリングの外へ放りだしてしまう!
それがホセが考えた、このリングの醍醐味だった!
 クレヨーの巨体が、エアロバーストの風に圧され、宙に舞っている
 金網がバリバリと砕けていく音が聞こえる。
 だが次の瞬間、鈍い地鳴りがした。
「ふふっ、体重200キロは伊達じゃないんだな、そんなそよかぜで僕を真上に打ち上げるのは無理があったんだな」
「しまった、体重を計算に入れていなかった」
 クレヨーは、闘技場の土の上に着地した。
 体が浮き上がった際に、屋根を掴んだため屋根部分の金網が破れたが、”相手の全身をリング外に出す”という勝利条件には程遠い。
「アッパーでは無理があったか、漫画で憧れたシーンに拘り過ぎた!」
 歯噛みしながら、今度はストレートでエアーバーストブロウを放とうとするホセ。
 だが、それよりも速くクレヨーがホセの胸めがけぶちかましを放った。
「はっきよい!」
 背後の金網にクレヨーの巨体がホセを押し込む!
 金網が大きくたわんだ!
「うぉぉ!?」
 力士のぶちかましは体重の5倍以上の威力が出せる。
 つまり、クレヨーのぶちかましには1t以上の威力があると計算出来る
 しかもスキルなしでの数値である。
 今、ホセがとんでもない圧力で押されているのは事実だった。
「くっ、金網が!」
 リングの周囲を囲む金網は、屋根を覆うそれよりも遥かに弾性に富んでいる。
 これは、ロープの跳ね返りを利用したプロレス技などを放てるようにするためだ。
 だが、この金網は特殊金属で出来ており、限界を超えた圧力がかかると一気に砕けるように出来ていた。
 合計300キロを超す大男たちの体重と、スキル”鬼神一閃”をおびたぶちかましの威力に金網を構成する金属が破れた!
 クレヨーはホセを腹の下に敷いた体勢でリング下に落ちた。
 この勝負に引き分けはない。
両者ともリングアウトしているもののこの場合、ホセの全身が一瞬早くリング外に出たとみなされる。
 つまりクレヨーの勝ちである。

 試合後、リングを見つめながら両者は語り合う。
「やれやれ、自分が考案したリングでの最初の敗者になるとは」
「最初に漫画のシーンの再現を狙って失敗したのが焦りにつながったんだな、次にやればどうなるかわからないんだな」
「ぶつかりあう格闘技スタイルや体格によってもどうなるかわからんね、これは大規模な大会を開く前にアウル格闘者たちに新リングを試してもらう必要があるな」
 NBD(ネット・ブレイク・デスマッチ)と名付けられた新たなる闘いの聖地で、格闘者たちの闘志が爆発しようとしていた。


リプレイ本文


「ウォォォォン!」
 戒めの鎖を断ち切りつつ、金網リングの中で狼女は咆哮した。
 狼女のマスクの下には遠石 一千風(jb3845)の顔がある。
 一年半ほど前にアウルレスラーとして登場したので観客の中には覚えている者もいる。
 リングネームでの声援が飛んだ。
「フェンリルー!」
  対戦相手は、蒼いワンピース水着の少女・桜庭愛(jc1977)。
「みんなー! ありがとー!」
 フェンリルとは対照的に、手を振り愛嬌を振りまいている。
 アウルレスラー同士、今日はプロレススタイルで戦うよう示し合せは済んでいる。
 しかし、戦いは真剣勝負である。

『記念すべき、NBD第一試合! ついにゴングだね』
 アナウンサーのホセの声と共にゴングが鳴り響いた。
「さてと、私のスピードについてこれる?」
 先に動いたのは愛。
 リングの中を縦横無尽に駆け回り始める。。
『愛選手は体格差を埋めるため、フェンリルをスピードで翻弄するつもりなんだな』
 二人の体格差は見た目に明らかだ。
 愛の163cmに対しフェンリルは179cm。
 リーチもパワーもフェンリルの方が上である。
 だが、戸惑っているのは、フェンリルだ。
 愛はその様子を伺うとランニングの方向を変え、フェンリルに向かって走った。
 愛を視界に捕えたフェンリルは、横薙ぎに”薙ぎ払い”を繰り出す!
 リーチ差を活かした、カウンター!
「沈め!」
 フェンリルの視界内で愛が沈んだ!
 だが、薙ぎ払った掌に手ごたえはない。
 次の瞬間、フェンリルの左スネに痛みが走る。
 愛が沈んだのは、自らの意志だった。
 フェンリルの掌底を躱しながらローキックを放ったのだ!
 身長の不利を、逆利用! 
「くっ!」
「まだまだいきますよ!」
 愛は再び、リングを駆け回り始めた。
 フェンリルは足の痛みを堪えつつ、愛の動きを捕えようとする。
「ここだ!」
 フェンリルは愛の動きを止めるべく、今度は打ちおろし気味に”薙ぎ払い”を繰り出した。
 愛の黒い髪が横へ靡いた。
 攻防の流れから、次は縦方向への攻撃が来ると予測していたのだろう。 横に回り込んでのローキック!
 「うぐっ」
 うめき声が狼の口から洩れる。
 スキル“サイドステップ”の応用技である”居合”を込めたキックは、蹴り技の斬撃に等しかった。
右膝に強い衝撃が走る。
『愛くんは、足を殺しに来ているようだね』
 感心したように呟く解説席のホセ。
 フェンリルにもそれは理解出来た。
(次は、思い通りにはさせない)
 縦への対応も横への対応も、もう覚えた。
 手負いの狼の目が鋭く輝く。
 とたん、また愛の動きが変化した。
 青の水着を来た体が、リングを覆うネットに向かって飛んだのだ。
 金網は豊富な弾性でそれを受け止め、弾き返す。
「飛び技か!」
 フェンリルは、痛む足で地面を蹴った。
 ともかく、今いる位置から逃れたい。
 だが愛の体はフェンリルが元いた地点からも、移動した地点からも程遠い方向へ飛んでいった。
「誤爆か?」
 いぶかしんでいると、愛は飛ばされた先でさらにネットに弾かれた。
 フェンリルの背中に、ドロップキックが打ちこまれる!
「ぐぁ!」
『跳弾なんだな』
『リングの形状を利用しての立体的機動殺法。 これこそが愛くんの狙いだったんだね』
 解説席のクレヨーとホセが感嘆する。
 背中を撃たれ、倒れたフェンリル目がけ、愛は再び立体機動殺法を放つ。
 今度は空中で前転しつつ、フェンリルの頭に背中を叩きつけた。
『トペ・コンヒーロ! メキシコプロレス・ルチャの技なんだな!』
 連続攻撃を受けたフェンリルは、だが、よろよろと立ちあがった。
「さすがに打たれ強い! けど!」
 すでにネットに向かって愛は飛んでいた。
 再びトペの技!
 もう動きにはついてこられないだろうと、確信した愛。
 だが、次の瞬間に衝撃を受けたのは愛の背中だった。
 フェンリルの”薙ぎ払い”が、愛を捕えていた。
 “逆風を行く者”で突き進み、愛が空に描いていた立体的な動線を断ち切ったのだ。
「お返しのハイジャック・バックブリーカーだ!」
 動きの停まった愛を背中に担ぎ上げ、背骨を曲げて傷めつける!
「うぅ」
 必殺の気迫が狼の体に漲った。
「狼牙に砕かれろっ!」
 ”雷打蹴”を籠めた足が大地を蹴る。
 その頭が、天井を突き破るまで飛んだ。
 落下!
 衝撃で、愛の背中にトドメの一撃!
「フェンリル・クラッシュ!」
 数秒前まで溌剌としていた愛の体から、急速に力が抜けていった。
 
 救護室のベッドで目を覚ました愛の傍らには、雪ノ下・正太郎(ja0343)がいた。
 部活の先輩であり、前大会の覇者でもある男だ。
「なぜ負けてしまったんでしょう」
 悔しさに潤んだ目で問う愛に、雪ノ下は答えた。
「試合の組み立ては見事だった、流れはものにしていた。 観客にも魅せた」
「ならなぜ?」
 雪ノ下は強く優しい眼で答えた。
「決め技だ、これで相手を仕留めるという気迫を込めた技を身につけるんだ。 それでもっと強くなれる」
 熱い涙の浮かんだ目で天井を見上げつつ、愛は頷いた。


『第二試合! ATAKE選手VS仁良井選手!』
 ホセの宣言と共に、東側の入場口から黒のタンクトップ、バギーパンツに迷彩バンダナを巻いた闘士体型の男が入ってきた。
 阿岳 恭司(ja6451)だ。
「今日はチャンコマン封印だ!」
 寸胴鍋型のオーバーマスクを、観客席に投げ入れる。
 前回大会の敗因と考えている”遊び”を捨てて戦う決意。
 ATAKEはマイクを握り、場内に宣言する。
「最強なのは、真久遠プロレス、そしてこの俺、阿岳恭司だ。 覚えとけ!」
 
 リングに入ると仁良井 叶伊(ja0618)が待っていた。
 空手着に絞めた白帯は2mの屈強な体にミスマッチだ。
 格闘スタイルが” うちはらいて”とあった。
 響きからして古武術系の何かなのだろう。
「良い対戦にしよう」
 笑顔で握手を差し出すATAKE。
 前回大会で産まれた格闘家同士の絆は確かなものだ。
「よろしく」
 快く握手を握り返そうとする仁良井。
 とたん、ATAKEはさっと手を引っ込めた。
 肩透かしを食らう仁良井。
 見るとATAKEはニヤニヤしている。
 むっとさせて冷静さを奪う作戦だとわかっていても、これは効く。

『第二試合は大型選手対決なんだな!』
 試合は、中距離からの打撃戦から始まった。
 仁良井は突き刺すような鋭い打撃を繰り出す。
 だが、試合前の動揺が残っていたのだろう。 やや大振りになっている。
 そこをATAKEに突かれた。
 左腕をとり、飛び上がって肩を両太腿でロック。
 そのまま100kgある体重と勢いで引き倒す!
 飛びつき腕ひしぎ十字固めだ。
「くっ!」
 倒れたその瞬間、仁良井が肉の間から素早く腕を引き抜いた。
 立ち上がり、距離をとる仁良井。
 その姿に解説席が違和感を覚える。
『仁良井選手、左腕を気にしているようにも見えるね』
『今の技で痛めたのかな?』
 ATAKEも負傷を見抜いたのか、仁良井の左を狙い延髄斬り!
 仁良井の痛んだ左腕が動き、これをカードする。
 今の延髄斬りには”鬼神一閃”が籠められていた
 決まっていたら即KO。
 それを避けられたのと引き換えに、左腕が本格的に言う事を聞かなくなる。
(チャンコマンの戦い方とは違う!)
 勘付いた仁良井。
 それを、ATAKEのタックルが襲う!
「遊びも、情けもない。 本当の真剣勝負って奴を、俺がこのNBDで見せてやる」
 仁良井、とっさの膝蹴りで応酬。
 鼻づらを穿たれ、鼻血を出すATAKE。
「ふごっ」
(反撃の切っ掛けを作るとしたら、今しかない)
 顔をあげたATAKEに“ウェポンバッシュ”を籠めたパンチ!
 ネットリングの角に吹き飛ばす。
「こんなもんで参るか!」
 追撃をしかける仁良井。
 だがプロレスラーは打たれ強い。
 ATAKEとの壮絶な殴り合いが始まる。
『こりゃ面白いボクシングだ』
『ボクシングなら反則で失格なんだな』
 解説席が茶化した通り、途中からはほとんど子供の喧嘩だった。格闘スタイルも何もない。
 掴み合い、殴り合い、頭や膝をぶつけ合う。
 こうなれば、片腕の使えない仁良井が不利と予測された。
 だが実際には徐々に仁良井の方が押し始めている。
 ATAKEの腹に何度も膝を入れ、長身からのヘッドバッドでATAKEの頭を穿った。
 『仁良井選手は”緊急障壁”で防御力を増していたんだな!』
 消耗戦は仁良井が制した。
 だがATAKEは終わらない。
 ふらついたふりをして油断を誘うと、腕を引き、三角絞めに持ち込んだ。
「これが本当の三角絞めってなぁ!」
 力任せに振りほどこうとする仁良井。
「くっ!?」
 文字通り金具にでも挟まれたようにロックが外れない。
 それもそのはずで、ATAKEは” 外殻強化”で自らの体を鉄と化していた。
 柔かい肉が硬い鉄に代れば、ロックをほどくのは至難となる。
 レフリーが立ちあがった。
 完全に技が決まった事を見極めたのだ。
 仁良井はギブアップしない。
(師匠に”自分に恥じぬ戦いをせよ”と言われましたからね)
 想いとは裏腹。 レフリーが非情にも決着のサインを出そうとしたその時、ATAKEのロックが緩んだ。
「!?」
 とっさに振りほどいたものの、仁良井自身が驚いている。
『散々、膝や頭に叩き込んだダメージが今になってATAKEに隙を作ったんだろうね』
 仁良井はATAKEをファイヤーマンズキャリーに担ぎ上げると、柔術の肩車で投げ飛ばした!
「貫け!」
 投擲目標は、眼前のネット!
 ”ウェポンバッシュ”を籠めて投げられたATAKEの巨体が至近距離からネットを突き破る!
 これが、NBD公式戦初のネットブレイクによる決着となった。

「防御の技をあえて、関節技に使うとは見事な発想です」
 試合後、ATAKEの”外殻強化”ロックを褒める仁良井。
「しかし、なぜ最後になって? 最初の腕固めの時にそれを使っていれば勝てていたのに」
「クライマックスまではアウルの技を使いたくなかったんだ」
 敗れながらも、観客たちの顔を眺めるATAKE。
 観客を楽しませるため、勝機をあえて先延ばししたのだろうか?
 非情に徹する格闘家。
 観客に魅せるプロレスラー。
 ATAKEは、二つの顔の間でまだ揺れているのかもしれない。


「三回戦! 雪ノ下・正太郎 VS 翡翠龍斗」
 カードが宣言されると場内が沸き返った。
 雪ノ下・正太郎(ja0343)が前回大会王者であることを、観客たちは知っている。
 王者の戦いを皆が見たいのだ。
 一方、翡翠 龍斗(ja7594)の方は、この大会におけるデビュー戦。
 だが、未知数の新人が王者を倒すのは闘いの醍醐味である。
 雪ノ下も無敵の王者ではない。 幾度もの屈辱の末に掴んだ王座だ。
 そのことをよく知る雪ノ下はストレッチをし、呼吸を整え、翡翠に胸を借りる一挑戦者としてリングにあがった。

 ゴングとともに翡翠は攻撃を開始した。
 基本に忠実に打撃を繰り出して様子を見る。
 だが、雪ノ下の動きがおかしい。
 打ち返すのでも、さばくのでもなく、逃げている。
 しかもキレのない、酔っぱらいのようなフラフラした動きだ。
 体調でも悪いのか?
 一瞬、そう思った翡翠。
 だが、あえて攻撃をやめ距離を開ける。
 雪ノ下は、構えたが相変わらずフラフラとしている。
「翡翠さん、こないんですか?」
「罠だろう? まだ殴ってもいないのに、いきなりフラフラし出したら誰だって不審に思うさ」
「バレましたか」
 酔八仙拳を祖父に習っていた雪ノ下。
 いわゆる酔拳を利用した技を繰り出そうとしたようだが、タイミングが悪かった。

 雪ノ下はすぐ気持ちを切り替える。
 今度は打撃の応酬戦。
 その中で雪ノ下は翡翠の突きを受け流して腕をとり、アームロックに入ろうとする。
 場合によってはフィニッシュホールド、腕を折る事も可能な危険な技だ。
 だが、翡翠は掴まれていない方の腕を素早く雪ノ下の脇腹に密着させた。
「こんな技を受けた事あるかい?」
 零距離の”掌底”が雪ノ下を吹き飛ばす!
『王者いきなりのダウン!』
 観客席が湧き立つ。
 どうやらこの新人は王者の引き立て役ではなく、打倒を期待できるタイプの新人のようだ。
 翡翠は、さらに追撃を仕掛けた。
 リングを囲むネットに向かって走る。
 蹴って、反動をつける。
 起き上がってくる雪ノ下を”雷打蹴”で仕留めようというのだ。
 だが、誤算が生じた。
 リングネットの弾性は、場所によりまちまちである。
 それが発射のタイミングを狂わし、本来の軌道を逸れた。
 自分の横を通過しようとする翡翠の蹴り足に、雪ノ下は飛び付いた!
 そのまま自らの体を回転させつつ投げる。
「飛龍竜巻投げ(ドラゴンスクリュー)」
「ぐっ」
 竜のアゴに翡翠の右膝は捻じり食われ、破壊された。
 そのまま第二の龍・ドラゴンチョークスリーパーに入ろうとする雪ノ下。
 だが、翡翠はその腕に指を打ち込む。
「この程度じゃ終われん」
 獅穿……石化を籠めた高速の突きである。
 痛む腕を抑えつつ、翡翠から離れる雪ノ下。
「くっ、やはり簡単に決められる相手じゃない」
 だが、翡翠も傷ついている。
 受け身は用意していたが、膝を直接破壊する投げには通用しなかった。
「愉しいなぁ」
 翡翠は嬉しそうに呟いた。
 想定外の強さを持つ者と渡り合う、それこそが喜びなのだ。
 緑髪碧眼が金髪紅眼に変わってゆく。
 黄龍を纏う闘気解放の応用技“静動覇陣”を発動させたのだ。

 激しい打撃の応酬が繰り返される。
 互いに手数は多いがある意味、手詰まりだ。
 一撃必殺の技は使えない。
 お互い阿修羅がゆえだ。
 ”不撓不屈”の類を備えている事は互いに予想済。
 渾身の一撃を放った後で、蘇生され逆激を被れば今度は自分が危機に陥る。
 その対策には絞め技・極め技が有効だが、雪ノ下は翡翠の獅穿や獅哮を警戒しているし、翡翠に至っては、決定的なそれらを用意していない。
 結果、地味に体力を削り合う消耗戦となる。
 殴り合い、顔も腫れ上がり血みどろになる。
 こうなると“静動覇陣”の分、雪ノ下が不利だった。
(ここまでか)
 朦朧としかけた雪ノ下の意識は、時間を遡り始めた。
 あるいは生誕時にまで戻るかに思えた精神の旅。
 だがそれは、早過ぎるほどの終焉を迎えた。

「決め技だ、これで相手を仕留めるという気迫を込めた技を身につけるんだ。 それでもっと強くなれる」

 先程、愛にかけた言葉。 それが雪ノ下を現実に引き戻した。
 雪ノ下は放った。
 源流は“斧を降る雷神”という名の古式ムエタイの技。
「リュウセイガー・アックス!」
 跳躍で相手の真横に回り込みつつ、肘打ちを脳天に打ち込むという単純な技だった。
 蘇生スキルも恐れず渾身の気迫で放ったその技が、消耗しきっていた翡翠の体を貫いた。 
 朽木に落ちる雷の如く!
 穿たれた翡翠は倒れたきり動かなくなる。
 試合続行を危険視したレフリーによって雪ノ下に勝利が言い渡された。

 死闘を終えたリングは、観客の熱狂の余熱を残しながらも静まり返っている。
 今度はこの檻の中で、どんな熱戦が繰り広げられるのだろうか?
 アウルの炎はどこまでも熱く、戦士たちをリングへと誘う。


依頼結果