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咲魔 聡一(
jb9491)は、専業俳優になっていた。
今日はTVカメラが付いてきている。 レギュラー出演しているバラエティ番組での緊急企画で聡一のパパとしての顔を撮ろうというものだ。
「あの娘がマスコミの前に出てしまうと心配だな。 いろんなプロダクションからスカウトが来るんじゃないかと」
黒髪を三つ編みにした愛娘・詩乃の背中を見つめながら聡一が言う。
「心配しすぎよ、詩乃は学芸会でも木の役だったじゃない」
教室の後ろでぼやくと妻が苦笑いしながら答えた。 旧姓を天願寺 蒔絵(
jc1646)、聡一の下積み時代に木工職人としての稼ぎで家計を支えてくれた糟糠の妻である。
「あの学芸会では、詩乃の木が一番輝いていた。 プロの俳優が見て言うのだから間違いない」
親馬鹿全開の父を尻目に、詩乃は自分の作文を朗読し始めていた。
日曜日にお父さんとお母さんと一緒に、博物館にいきました。
南の国の綺麗な蝶々や、大きなカブトムシが、たくさんケースに入って動いていました
私が南の国に行きたいというと、お父さんは”ケースに入っているのを見ている分にはいいが、こんなデカいのがブンブン飛んでいる国に行くのはごめんだ”と言いました。
お父さんは、ドラマでカブトムシの超人にやっつけられる役をやっているので怖いのかもしれません。
お家に帰ってから、お母さんの作ってくれたカレーを食べました。
カレーには、野菜が入っていました。
私は小さい頃、野菜が嫌いだったけど、野菜を食べないと病気になりやすいので、心配したお父さんが畑を作ってくれました。
自分で作った野菜なので、食べられるようになりました。
パプリカ味のピーマンと白いブロッコリーです。
両方とも、お父さんの畑でしか育たない、世界で一種類だけの野菜です。
おかげで私は、学校に入ってから一度も病気になっていません。
私はお父さんもお母さんも大好きです。
詩乃は作文を読み終えると、両親の方をくるりと向き
「ねぇねぇ、ボクの作文どうだった?」
と尋ねてきた。
聡一と蒔絵が笑顔でうなずくと、
「だっよねー、さすがボク!」
とドヤ顔。
家に帰ったら、撫でてやろうと思った。
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「親が大学生っていう小学生は珍しいのかな?」
星杜 焔(
ja5378) と妻の星杜 藤花(
ja0292)のは少し居心地悪そうにしていた。
「このクラスでは、私たちだけみたいですね」
周りは、皆、主婦や社会人のオーラを放っている。
自分たちだけにそれがないのは、明白だった。
二人が若々しい理由は学生なだけではない、まだ子供を産んだことがないのも理由である。
息子の望は、いわゆる戦災孤児なのだ。
栗毛と桃色の瞳を持つ少年。
だが不思議にその面差しは、焔と藤花に似ていた。
お休みの日に、パパとママともふらさまとお散歩に行きました。
もふらさまは、白いマルチーズです。
舵天照というアニメに出て来る犬と同じ名前にしました。
すごく可愛いですが、アニメみたいにもふもふお喋りはしません。
大きくなってもお喋りは出来ないそうです。
僕はお話出来る弟か妹が欲しいです。
お散歩の途中にキャベツ畑がありました。
パパとママに弟か妹が欲しいというと、パパはキャベツを三個くらい見て「今は良いキャベツがないんだ」と言いました。
いいキャベツがないと赤ちゃんが入っていないそうです。
パパは農家のおじさんに「ウチのキャベツにケチをつけるな」と怒鳴られました。
あのおじさんが意地悪をしているから、僕には兄弟が出来ないのだと思いました。
その後、お家に帰ってパパの料理を食べました。
パパは、学校を卒業したらコックさんになりたいそうなので、料理が上手です。
キャベツロールは、とても美味しかったです。
農家のおじさんとワカイしたので、良いキャベツを二つも貰えたと話していました。
なので、もうすぐもう一つのキャベツから弟か妹が生まれるのだと思います。
パパとママがコックさんになったら、僕は生まれてきた兄弟と一緒にウエイターさんをやってパパとママをお手伝いしようと思います。
望の作文が終わると微笑ましげな笑いが父兄たちの間から湧きあがった。
反面、星杜夫妻の顔は引きつっている。
これはもう、望に弟か妹を作ってやるしかないのではないだろうか?
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「キャベツ畑なんてメルへンね♪ その点、我が家は現実的な性教育をしているわ♪」
学生時代から ロリコン変態貴婦人で有名だった雁久良 霧依(
jb0827)。
現在は、なんと官能小説家になっている。 まさに天職!
「正光、いざとなったら霧依さんを止めろ」
「ネロに母親が捕まるところは、そう見せたくないですね」
雪ノ下・正太郎(
ja0343)が、耳打ちをすると弟の雪ノ下正光(
jb1519)がそう返した。
正太郎も正光もこのクラスに自分の子がいるので授業参観には、兄弟が揃って来たという状況である。
ネロというのは霧依と正光の娘。
黒のショートヘアで小柄な娘である。
正光と正太郎がハラハラと見守る中、ネロは雁久良家の内情を作文にして暴露しようとしていた。
うちのママは、とても厳しいです。
おねしょをすると、お尻ペンペンされます。
でもおしおきが終ると優しいです。
抱き締めて、おっぱいを吸わせて一緒に寝てくれます。
ママとパパは、私やお友達と遊んでくれます。
この間は二チームに分かれてお馬さんごっこをしました。
ママとパパが四つん這いになって、馬になってくれました。
お庭で競争しました。
ママやパパを鞭で叩くと、早く走ります。
二人とも裸なのでとても痛そうです。
でも、大人になるとこれが気持ち良いのだとママは言います。
だからいっぱい叩きます
ママは凄く喜びます。
その後、お家に入って、ひねりゲームをしました。
ひねりゲームというのは、四つん這いになって、ルーレットで当たった色のマスに手や足を置かなくちゃダメなゲームです。 倒れると負けになります。
服を脱いで裸でやります。
負けると、全員でくすぐりの形です。
ママは厳しいけど、一緒に遊ぶと気持ちよくなれます。
私は、ママとパパが私は大好きです。
作文を読み上げた後、校庭にパトカーが来て霧依を連れて行った。
かっこいいパトカーに慣れた仕草でさっそうと乗り込むネロのママは、クラスのみんなに憧れの目で見られたのだった。
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雪ノ下正太郎は撃退士の傍ら、俳優業を営んでいる。
詩乃の作文の中で聡一演じる悪役を粉砕した、カブトムシのヒーローも正太郎が演じたものだ。
子供の名は竜正(りゅうせい)。 正太郎のヒーローネームであるリュウセイガーと同じ音を含む名だけあり、いかにも正義感の強そうな姿に育っていた。
休みの日に朝起きて、お父さんとお母さんと格闘技の稽古をしました。
お父さんは格闘技がとても強いです。
僕が産まれるずっと前に、アウル格闘王なったそうです。
時々、強そうな人たちがお父さんに挑戦にきます。
でも、お父さんが勝ちます。 負けたところを見たことがありません。
稽古の後、お父さんと一緒にTRPGの大会に行きました。
TRPGは、大人の人がやるゲームでルールが難しいです。
でも、子供でもルールがわかるチミモンのTRPGをお父さんが捜してきてくれたのでそれをやっています。
お父さんは、ファンブル王と呼ばれています。
強そうな名前ですが、弱いです。
僕の方がもう強いです。
大会が終わると、チャンチックマイというタイ料理屋に行きました。
ゲーン・ペットという真っ赤なカレーを注文しました。
お店のおじさんにどのくらい辛くするかと言われ、僕は甘口にしました。
お父さんは大会での出目が納得できなかったのか、ダイスで決めると言い出しました。
またファンブルして、涙目で食べていました。
お父さんはダイス運のパラメータを、格闘技の才能に全振りしてしまったのだと思います。
僕はダイス運も格闘技も強い男になって、お父さんと一緒に正義を守るために戦いたいと思います。
息子の作文が読み終えられた後、正太郎は弟に弁解をした。
「誤解するな、正光。 俺はそこまでダイス運が悪いわけじゃないぞ。 肝心な時に限ってファンブルするから印象に残るだけなんだ」
「そういうのをダイス運が悪いっていうんじゃないですか、兄さん」
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教室に入ってきた黒髪の少女の姿に、黒髪の少年は不機嫌そうな表情をとった。
「なんで雅がいるんだよ、自分の学校はどうしたんだよ」
「今日は午前中授業だもん! お母さんが付いて来ていいって言ったんだもん!」
この二人、大和と雅は双子の兄妹である。
だが、妹がアウル覚醒者でないため島内の一般人用小学校に通っているのだ。
「兄弟喧嘩をするな、皆の迷惑だ」
なだめすかした金髪の女性が双子の母親、アイリス・レイバルド(
jb1510)。
子供たちとは全く似ていない。
血の繋がらない、いわゆる養母だった。
しかし、あまり気にはしていないようだ。
「はあ、そもそも授業参観って何だよ、親に授業態度見られて喜ぶなんて小学生かってぇの」
「小学生でしょ、お兄ちゃん」
大和は” 作文なんてかったるいな”などとラノベのやれやれ系主人公に影響されたようなことを呟きつつも、作文を読み始めた。
俺の母さんに休日はありません。
ずっと家にいて毎日、何かものを作っています。 何を作っているのかよくわからないし、作るものも毎日違います。
出来たものを取りにくる業者さんも毎日違います。
謎の仕事で、謎の人です。
作るといえば、母さんの作る料理も謎です。
野山に狩りに出て、捕ってきた猪や鹿を庭で、丸焼きにしたものを俺達に食わせます。 味が付いていないのでまずいです。
文句を言うと。栄養には問題がないと言って無理やり食わせます。
かと思えば、パティシエばりに凝った装飾菓子を作ったりもします。
どういう性格なのだか、よくわかりません。
こんな母さんに要望を言っても無駄なのはわかっていますが、とにかく無茶はしないで欲しいです。
そんな大和の作文を聞いたアイリスは、ふむふむと頷いていた。
雅が双子ならではの通訳を、大声で母親に報告する。
「お母さん、要するにお兄ちゃんはお母さんの事が大好きなんだって!」
「なに、そうなのか?」
アイリスが首を傾げると、大和は真っ赤になって言語にならない何かを喚いていた。
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「パパ、スーツに皺寄ってるじゃん、ダッサ〜イ」
教室に入るなり娘のかすみに、嫌な顔をされ不二越 武志(
jb7228)はまた胃が痛くなった。
「うぅ、電車が満員だったから多分、その時」
「電車で来たの? なんで? 車で来ればよかったじゃん」
「斡旋所の車を私用で使うと、所長に小言を言われるんだ」
所長の顔を思い出してまた胃の具合が悪化したのか、お腹を抑える武志。
「ほんと、ださいな〜、パパじゃなくママに来てほしかったのに」
娘からのトドメの一言でうずくまる武志。
さらに娘の読み上げようとした作文タイトルを聞いて驚愕。
『休日のパパ』
いつも娘は妻とばかり話しているから、妻の事を描くと思いきや!
娘が、父親に関してポジティブな事を描いてくれた予感はゼロ。
周りの父兄たちの目が自分に集まっている。
これは明かに晒しものだった。
ウチのパパは休日に、いつも眠っています。
職場で怒られてばかりなので、ストレスが溜まっているのだとママには聞いています。
ママと同じ斡旋所の仕事なのに、ママは怒られないそうです。 パパはダサイです。
時々、近所の公園で鳩に餌をやっているのも見かけます。
リストラされたサラリーマンみたいなので、やめてもらいたいです。
こないだの休みには、餌をやった鳩にウンチをかけられて、慌てて帰ってきました。
鳩にまで馬鹿にされています。
その後、家族でレストランに行きました。
ステーキグリル半額フェアをやっていたので、私とママはそれを注文しました。
パパはうどんです。
胃が弱いので、うどんか雑炊しかいつも注文しません。
その日は、ステーキグリルの方が、うどんより安かったのにもったいないと思います
昔、私があげた唐揚げを食べた時には、胃がおかしくなって三日くらい何も食べられませんでした。
生まれたての猫よりも貧弱な胃袋です。
私は、胃が丈夫で体力のある人と結婚しようと思います。
聞き終えた武志はその場にしゃがみこんでむせび泣いた。
結婚式での花嫁の父のように泣いた。
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情けないパパが胃をキリキリさせていると、窓の外からバリバリという音が響いてきた。
「なんだ?」
皆が、教室の窓に目を向けるとそこにはホバリングしている一台のヘリコプター
「とおっ!」
「うわあ!?」
突然、そのヘリから窓へと飛び込んできた男に騒然となる教室内。
栗色の少女が立ちあがり、抗議する。
「パパ! ちゃんとドアから入ってきて!」
「すまんなユーリ。 この校舎、屋上にヘリポートが見当たらなかったんだ」
去っていくヘリの爆風に金髪を靡かせるこの男は、ミハイル・エッカート(
jb0544)。
このクラスのユーリ・エッカートの父親である。
「今朝、ハバロフスクでの仕事が終わったんでな、会社のヘリで送ってもらった。 お前の作文はもう読んだのか? 読んでないなら、パパに聞かせてくれ」
何食わぬ顔で父兄たちの列に加わるミハイル。
格好いいのに、どこかズレている様は学生時代と変わりがなかった。
私のパパは大きな会社の部長さんです。
椅子に座っているだけじゃなく、現場に出て戦います。
訓練を見せてもらいましたが、パパはとても強いです。
でも、そんなパパにも弱点があります。
ピーマンです。
この間、家族で中華料理屋に行った時、青椒肉絲のピーマンを全部取り除いて食べていました。
ママに怒られても食べないので、私が「パパ、好き嫌いはダメよ」と言ったら、噛まずに飲みこんでいました。
サングラスの下で涙を浮かべていました。
帰り道でも不機嫌だったので、ママがデパートでプリンを買ってくれると言いました。
私とママは普通サイズのを買いましたが、パパはバケツプリン買ってとだだをこねました。
家に帰るとバケツプリンに名前を書いて、誰にも食べられないように冷蔵庫にしまっていました。
男の人って大人になっても、こんなに子供っぽいものなんでしょうか?
私とママは、諦めるしかないのでしょうか?
教室にいるお母さんたち、教えて下さい。
なぜか作文で人生相談を始めるユーリ。
母親たちはそれに触発され、あれこれ夫の愚痴を言い始める。
教室内は、男にとって非常に居心地の悪い場所になってしまった。
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今日読み上げられた作文は、父兄たちに渡された。
子供が成長した時に、親の手で本人に返してやって欲しいそうだ。
それは、いつになるのだろう。
中学に上がった時? 就職した時? 結婚した時?
その時の、子供の恥ずかしそうな顔を見るためにも、親たちは日々、子育てに励むのだった。