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久遠ヶ原ケーブルTV、第五スタジオ。
「弱点? 僕に弱点など、身長以外ありませんよ」
カメラの前で自信ありげに微笑む、エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)。
中学二年生、140cm。 その自信は、コンプレックスの裏返しでもある。
その隣、第六スタジオでは別出演者の収録が同時に行われていた。
「天呼ぶ地呼ぶ人が呼ぶ!高みへ駆けろとボクを呼ぶ! そう、ボク参上! 」
金髪ツインテちびっ娘のイリス・レイバルド(
jb0442)だ。
「いぁいぁ弱点克服ですかー、プライバシーというかコンプレックス晒せって意味ですよね 、ふっボクのように魅力に溢れていると弱点を探すのも一苦労だぜ」
このパターンはもしや……。
「身長……」
ぼそっと呟くイリス。
奇しくも身長コンプレックスを持つもの同士、合流して解決に挑む。
「高2で132cmですか、完全に小学生並ですよねー」
「誰が小学生かー!?泣くよ!?遍く銀河に轟き渡るほどに泣き喚くよ!? 小動物でもなーい!? 誰がハムスターのように滑車を回す姿が似合いそうかッ!? 」
「そこまで言っていませんよ……」
イリスの大声に耳を塞ぐエイルズ。
「で、どうやって解決する?」
「身長を伸ばすなど、天使か悪魔でもなければ無理でしょうねえ……というわけで、悪魔を呼んでおきました」
「ボクサンジョー!」
いきなりイリスの芸をパクッて登場したのは、はぐれ悪魔レイ。
昨年の夏にエイルズが無人島から攫ってきた幼女である。
「僕、背を伸ばす方法知ってる!」
「おお!」
期待に満ちたエイルズとイリスの前で、レイは語り出した。
「まず、飛行機に乗る」
「飛行機? 飛行スキルで代用可能かっなー?」
「気圧や重力の問題ですかね、宇宙飛行士って身長って変わるって言いますよね」
ふむふむと話の内容を検証するイリスとエイルズ。
「次に、赤い玉と青い玉を探す」
「なにそれ、薬?」
「抽象的な表現でしょうか?」
「飛行機で赤い玉にぶつかる、墜落する」
「!?」
「銀色の宇宙人が出てくる、もらったカプセルを掲げると背が伸びる」
「40mくらいになりますよね?」
「3分間だけじゃん! ジュワっしか言えなくなるじゃん!」
悪魔の知識は全く役に立ちそうにない。
エイルズとイリスは別の方法を探しに、外に出ていた。
「とりあえずは大人っぽく見られればいいのさ! 身長なんか一夜で伸びるもんでもなし! ボクが魅力溢れる女子高生だということを広めていこうじゃありませんかー」
「僕の目的はこの時点で抹殺されましたね」
元々、無理な注文である。
エイルズもその辺りは割り切っていた。
「じゃあ、ライブでもする?」
「何でそうなるんですか!?」
「アイドルと言えば永遠の17歳! つまり女子高生の体現者!! レッツスクールガール!」
とにかく勢いに任せるのがイリススタイル。
その場で、路上ライブ開こうとする。
「じゃあ、イリスさん歌ってください、僕はタイミングを併せて奇術の演出でもさせてもらいますから」
「いいねー! んで、何歌う?」
「著作権にひっかかると、面倒ですよね」
「じゃあ、オリジナルだねー! 作詞から始めますかー! まずは今の女子高生の心に、ガーンとくるフレーズを調べて見よっかー」
二人はスマホで、女子高生の流行語を検索調査し始めた。
「2015年度最新女子高生流行語というのがありました。 3位はメンディーだそうです。 面倒くさいという意味です」
「いかにも女子高生な感じだっねー!」
「二位は“まぢルンルン御機嫌丸!”だそうです」
「“激おこ”の類でしょ? まだ流行ってんの!?」
「らしいですね、一位が“ガチしょんぼり沈殿丸”になってますから」
「そういうの使いこなさないとまぢルンルン御機嫌丸な女子高生になれないのかー、メンディーね。 諦めよう、ガチしょんぼり沈殿丸だよ」
「それなりに使いこなしているじゃないですか」
背は伸びなかった二人だが、ちょっぴり大人になれた気がした。
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続いては曲作りも手掛ける本格派アイドル川澄文歌(
jb7507)。
だが、悩みはそこにあった。
「私って地味じゃないですかね?」
この島では金髪銀髪は当たり前、緑とか紫とか色彩豊かな人々が跋扈している。
「あと、種族が人間でジョブは陰陽師なの? ふつー……って意見もあったんですよ」
陰陽師のどこが普通なのだろうか? スタッフには理解しかねる意見である。
しかし昨今の島は、はぐれ悪魔天使はおろか、希少種のはずのハーフなんちゃらまでがやたらいるように錯覚するほどの状況、人間が普通すぎると思うのも無理はない。
「というわけで、ふみのん星からやってきたふみのん星人ですのん!」
金髪に染めてきた文歌。 確かに宇宙人は希少だが、間違った方向に行っているのは誰の目にも明らかだった。
「あれ?なんですのん、その反応は?」
語尾に何か付けてキャラ付けしている。
言いたい事もあるスタッフだったが、局長の姪からして“なのだわ”とか言っている状態である。 余計な一言で、ハローワーク通いになりかねない。
とりあえず好きにさせようという事で放置し、一週間後。
「あれ、あんまり人気が出てないですのん」
文歌が毎週行っている週末ライブには人が集まっていなかった。
電波キャラが受け入れられず、明らかに人気が減衰している。
他にもぶりっ子など様々なキャラ付けを試す文歌だが、一向に良い反応を得られない。
「うぅ、何キャラなら皆、受け入れてくれるんだろう」
悩む文歌の元へ、ニョロ子が訪れた。
かつて悩みを文歌に解決してもらった仲だ。
「いつもの文歌お姉ちゃんが一番いいと思うにょろ」
「ええ、それじゃあ目立たないよ」
ニョロ子は、文歌の綺麗なストレートヘアーを羨ましげに見た。
「ニョロ子は文歌お姉ちゃんの黒髪が羨ましいにょろ。 日本人の男の人は黒髪が一番好きだそうにょろ。 いつもの文歌お姉ちゃんが一番魅力的だと言う事にょろ」
そのままの自分が一番魅力的に受け止めてもらえるとは、何という幸せだろう。
顔を輝かせる文歌。
「でも、どうしてもというなら、ニョロ子の蛇さんと黒髪を交換して、ニョロドルになる道もあるにょろが、どうにょろ?」
「ううん、普通のアイドルのままでいい、私のまま真っ直ぐ突き進むよ!」
スクールニョロドルは誕生せず、文歌はアイドルのまま立ちあがるのだった。
「ニョロ子的には、トレードOKして欲しかったにょろ……」
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「私の弱点か……“女性らしい可愛らしさがない”事かな」
「そんな事ないんだな」
遠石 一千風(
jb3845)の悩みを、速攻で否定したのはクレヨー先生。
「一千風ちゃんは、ちっちゃくてとっても可愛いんだな」
2mの高みから頭をぽんぽんしてくる。
「いやいや、先生に比べれば小さいですけど!」
現在、身長が大台の180cmに近づきつつある一千風。
どうにかして、女の子らしい可愛さを身に着けたいらしい。
「むしろ長身を逆手にとって、性格や仕草でギャップ萌えを狙うのが正解なんだな」
「なら、甘い物好きになりたいです」
昔、激甘チョコレートで地獄を見た経験から甘いものが大の苦手なのだそうだ。
どのくらい苦手か検証する。
まずは一粒で三百m走れると言われたキャラメル。
栄養価も甘さも充分な定番コンビニ菓子。
だが、箱を見ただけで一千風の眉間には皺が寄る。
恐る恐る口に含むと、天魔と激戦を繰り広げているような表情になる。
完食した後は肩で息をしていた。 栄養補給どころか消耗している。
「すみません、無理ですよね、これ……ご迷惑でしょうし降板させてもらいます」
集まってきた不安そうな視線に、しょぼんとする一千風
だが、クレヨー先生には妙案があった。
「二人でに食レポ生放送にょろ〜」
ニョロ子と一緒にケーキ店に食レポに向かう。
一千風は責任感が真面目で強い。
仕事ならば食べるだろうし、良質な甘味を食べればきっと好きになるだろうという算段。
「ここの苺オムレットは、フルーティな甘さにょろ。 限定50食だから、買いたい人は開店30分くらい前から並んで欲しいと店員さんが言っていたにょろ」
カメラに向かい、流暢にレポートするニョロ子。
流石のグルメ幼女、慣れている。
その横で、一千風はオムレットを必死に食べていた。
「すごく甘くて美味しいぞ……」
笑顔を浮かべつつも、顔が引きつっている一千風。
それを見たニョロ子もオムレットを口に含む。
「うん、本当にょろ! 蛇さんたちも大満足にょろ!」
ニョロ子が微笑むと、頭の蛇さんたちが“にょろ〜♪” “にょろ〜♪” “にょろ〜♪”と歌いながら立った。
その姿に一千風の緊張が解ける。
「あはっ、何だそれ可愛いな」
「美味しさによって立つ蛇さんの数が変わるにょろ、次のお店では何匹立つにょろか〜?」
「うん、行こう! 次は、タルトの店だな」
ニョロ子と蛇さんたちと楽しく美味しくスイーツ巡り。
一日で、すっかり苦手が克服出来た一千風だった。
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「泳ぐのが苦手なのを克服したいな」
依頼で溺れてしまった経験のある藍那湊(
jc0170)。
25mプールを泳ぎ切ることを決意して参加。
しかし、いざプールサイドに出ると決意が鈍る
「プールを凍らせたら渡りきれるよね、氷伽藍のスキルで……」
いきなりズルしようとする。
一筋縄ではいきそうにない。
そこで番組スタッフは、爆乳スポーツインストラクターによるレッスンを提案する。
「え? 爆乳……僕、あんまり耐性が」
顔を赤らめる藍那、だがどこか期待しているように見える。
そこに登場したインストラクターを見て藍那が目を剥く。
測定不能の大爆乳!
しかもトップレス!
「人間、誰でも泳げるはずなんだな!」
「ああ、クレヨー先生ですか、お約束ですね」
アホ毛が萎れる藍那、ちょっと残念そう。
プールサイドに何故か浴槽が運ばれてきた。
「何です、これ!?」
「水が怖いのは根性がないからなんだな! 熱湯風呂で根性を付けるんだな!」
「それ大昔の体育会系理論ですよ!」
なにせクレヨー先生は昭和時代に相撲部屋で修行した身、指導方法にやや難があった。」
「入らなくてもいいから縁に腰かけるんだな、度胸付けの問題なんだな」
番組的お約束という雰囲気には勝てず、熱湯風呂の縁に腰かける藍那。
「押さないで下さいね! 絶対に押さないで下さいね! 熱いの苦手なんですから!」
番組的には、絶対、押すべきである。
だが、優しいクレヨー先生は押さなかった。
代わりに、浴槽の縁が突然崩れた!
番組スタッフの方が鬼畜だったのだ!
「あっ! あっつつつ!」
崩れた浴槽から溢れ出る熱湯を全身に浴びる藍那。
「藍那君、プールに飛び込むんだな!」
体を冷やすため、藍那は25mプールに飛び込む。
「ふう」
体が冷え、あがろうとした時、クレヨー先生がプールの中央めがけてポリ袋を投げ込んだ。
「あー、手が滑っちゃったんだな! あれには藍那君の大事なアレが入っているのに!」
「ええ! まさかアレですか!」
「しかも、手が滑って袋の中に時限爆弾も仕込んでしまったんだな、水に浸かって30秒以内に引き上げないと木端微塵になるんだな!」
「どんな滑り方ですか!」
大事なものを守るため、プール中央に向かう藍那。
必死さが遺伝子に眠る本能を呼び覚まし、気付けば藍那は見事な平泳ぎをこなしていた。
回収したポリ袋に入っていたもの、それはお守りだった。
「安産祈願のお守りです、恋人に貰ったんですよ」
ほっとする藍那、笑顔が可愛らしい。
「これからもマタニティスイミングに励んで、藍那君そっくりな可愛い赤ちゃんを産んで欲しいんだな」
「妊娠してない! っていうか僕、男ですよ!」
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いつもは渋イケ残念男なミハイル・エッカート(
jb0544)。
だがこの日、スタジオに現れた彼は、普段と様子が違っていた。
「誰か俺に“人を愛してもいいんだ”と納得させてくれないか」
ミハイルにはかつて、結婚まで考えた女性がいたという。
だが、恋人はある日、銃口をミハイルに向けた。
恋人は使徒だったのだ。
かつてミハイルが討った使徒が恋人の姉であり、その復讐のために恋人自身も使徒になりミハイルに近づいたのだという。
愛情が偽物である事を知ったミハイルは怒りと絶望のままに、恋人を返り討ちにした。
だが、恋人が握っていた銃は模造品だった。
偽物だったのは愛情ではなく、殺意のほうだったのだ。
かつては愛情が偽物で、殺意が本物だった。
いつしかそれ二つの感情が入れ替わっていた事に、恋人本人も気付いていなかったのだろう。
後悔は深くミハイルの心を蝕み、今も彼女の死に様が脳裏にちらつくのだという。
「というわけだ、悪かったな、つまらん話を聞かせて」
話を終え厭世的な笑いを浮かべるミハイル。
スタッフは困惑していた。
明らかに他の悩みとは違う、ヘビーな課題。
ミハイルが参加すると聞いた時に大量に買い込んでしまったピーマンと同じく、どうしてよいかわからない。
「カウンセラーに相談しては?」
スタッフの一人が、常識的な意見を出す。
番組的には地味だが、やむをえないだろう。
局のネットワークで、カウンセラーを探し始めようとしたその時だった。
「その必要はないのである」
局長のワルベルトが声を発した。
「ミハイルよ、お主の悩みはすでに解決されている」
「どういう事だ?」
「お主は仲間たちと随分、仲良くやっておる。 我が姪の椿や、この番組参加者のイリスやニョロ子ともな、それに義理の娘とも先日共演しておったな」
「そいつはそうだが、恋愛と、友情や家族愛は別だ」
「我輩はそうは思わない、恋も愛も本質的には同じものだ。 違いは、性欲が伴うか否かのみ。 なあにそんなものすぐに蒸発する、あとは泉が干上がるか、愛と言う名の水が湧き続けるかだけの違いだ」
「そんなものか」
「お主には友や娘を愛する心がある、健全な心の持ち主だ」
「だが、また恋をするのが怖いんだ、その相手を殺してしまうんじゃないかと」
「確かに大きな過ちだったかもしれん、だが、特殊な状況で、しかも一度だけだろう? 恋をするたびに、相手を殺してしまうというなら確かに問題だが、もしそうなら、そうなった時に大いに悩めばいいではないか。 日本男児が一度の失敗にくよくよ悩むな!」
局長の恫喝は、ゼウスの雷の如く会議室に響いた。
スタッフたちは文字通り感電したように顔を強ばらせる。
ミハイルは力を抜いて笑った。
「わかったよ……失敗は二度繰り返してから悩むとしよう」
立ち上がり会議室から立ち去るミハイル。
彼は出口で、スタッフにこう言い残した。
「ただ、俺は日本男児じゃねえからな、訂正とお詫びのテロップは入れておけよ」
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欠点のない人間に魅力はないという。
背負い続けるのも魅力なら、それを克服したのも魅力。
皆は欠点を砥石とし、人間性を魅力的に砥ぎあげて欲しい。