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ドウエ歴六年十一月。
新王朝建国より六年余が経ち、落ち着きを見せ始めたドウエ王国に一人の男が帰ってきた。
カネダ・ウーノ[鐘田将太郎(
ja0114)]である。
その名の通り、前王朝であるウーノ王族であり、最後の王となったウーノ四世の末弟にあたる人物であった。
「しばらく旅に出ている間に、随分と国の様子が変わったようじゃないか」
カネダは皮肉げな笑みを浮かべた。
この時点でのドウエ王国の公式記録では、カネダは故人となっている。
ウーノ王族の大粛清の際に、替え玉が処刑されたためだ。
当然、その情報はカネダも旅先で耳に入れていた。
だが、兄の死も、祖国の滅亡もカネダに、悲しみを抱かせる事はなかった。
ウーノ王朝復興の兵を挙げようと目論んだウーノ貴族の残党たちが、カネダを担ぎ上げようと何度も説得に来たが、カネダは腰をあげなかった。
玉座などに興味はなかった。
危険を承知で、故郷に帰ってきた動機は別の物であった。
「酷い扱いじゃないか」
カネダが帰国して最初に行った事は、道端に朽ちていたウーノ神像の修復だった。
かつては丁重に祠に祭られ、庶民が触れれば死罪とされてきた最高神像も、国教を追われた今では子供たちに悪戯に首を落とされ、落書きをされる体たらくだった。
「神が過ちを犯したわけではない、人が神を見誤ったのだ」
カネダの帰国の目的は、ウーノ神にかけられた汚名を拭う事。
即ち、再布教だった
「女子は九歳になったらウーノ神の代理人である王に謁見させ、素養を認められたら、十二歳になるまでの間、巫女として王に仕えねばならない、というのはデマだ」
司祭の格好をしてそう説くカネダに対する民の反応は厳しかった。
「デマならば、なぜうちの娘は王宮に連れて行かれたのか?」
「あれはバカ王が私欲に狂ったからだ! ウーノ神は幼女でなく米を所望しておる。 捧げるなら米だ、米!」
「腹が空いているのかい? 司祭が物乞いとはウーノ神教も落ちぶれたものだ」
嘲笑を浴びるカネダ
王族時代にはされるはずもない扱いだった。
「神が所望しておるのだ!」
反論の言葉も、腹の虫に掻き消される。
長旅で手持ちの資金は、使い果たした。
帰るべき王宮も、もうない。
「たらふく食いたい……」
別人のようにやつれつつ説法を続けるカネダに米を差し出したのは、かつて自分に挙兵を呼びかけた旧王朝の残党貴族たちだった。
「正統なるウーノ朝を復興させるのだ」
「神へ謀反したワルベルトを殺せ!」
当初“ウーノ神供物騒動”と呼ばれたそれは、やがて“カネダの乱”となって国全土に広がった。
まだ旧王朝の勢力が根強く残っていた時期。 だが、カネダの挙兵宣言にも民はついて来ず、わずか半月で乱は鎮圧された。
旧王朝派幹部は悉く斬首され、その勢力は激減した。
この時、首魁であるカネダは逃走し、長く行方を晦ます事となる
神を旗印として兵をあげるのなら、聖本本来の姿を取り戻してからでないと求心力は得られない。
ましてや聖本を改竄した王の一族であるカネダが首魁では、それはなおさらであろう。
宮廷画家のアイリス[アイリス・レイバルド(
jb1510)]は、カネダの乱失敗の原因をそう分析している。
アイリスは宮廷画家でありながら、挙兵準備を整えていた時期のカネダと裏で接触をしていた。
「この乱は必ず失敗する、この植物を育てつつ余生を過ごすがよい」
アイリスがカネダに渡した種もみが、麦のものだったことが、カネダの怒りを買った。
「ウーノ人なら米を食え!」
その言葉と共にカネダが種もみをアイリスに投げ返さなければ、ウーノ神王朝はわずか六年の空白を経て復興していただろう。
後世の歴史家たち共通の見解である。
古来、ウーノ神への供物、ウーノ民の主食はともに麦であった。
それを四百年程前に米の味に見入られたカネダの祖先が、聖本に書かれたウーノ神への供物と、この国の主作物と米に改竄していたのだ。
「この海の外、世界の裏側に住む人たちは皆、この麦という植物を食している。 この国の風土には米より麦が適している」
「ガハハッ! この海の外には巨大な滝しかないのだ! 世界の裏側の人? そいつらはずっと地面にぶら下がって生きているのか! そんなわけなかろう、ホラ吹きが!」
アイリスの進言を、カネダが笑い飛ばしたのは当然だった。
世界が球体だなどと誰も信じなかった時代。
アイリスは本来の聖本に書かれていた真実を口にするたびに、人々からホラ吹きと笑い飛ばされていた
宮廷画家アイリスが、聖本の真実に肉薄出来たのは王侯貴族だけではなく、庶民の生活をも画のモチーフに選び、彼らと触れ合っていたからだと言われる。
激務と貧困で神殿に説法を聞きに行く暇などない庶民は、親から子、子から孫へ聖本の内容を語り継いでいた。
王の都合による改竄に、彼らの記憶は影響を受けない。
真の聖本は、庶民の口伝の中に残っていたのだ。
「我が王よ、カネダは私の提案を退けました」
「やむをえまい、再び戦火で民が傷つくのは見たくなかったのだが――アイリスよ、我輩の死後でも良い、本来の聖本とウーノ神を蘇らせてくれ」
「承知しております“人が神を殺す事なかれ”です」
出陣を前にしたこの時の願いがいかな効果をもたらすか、この時、国父ワルベルト一世といえども予想していなかった。
カネダの乱後、数年間のカネダの行方には諸説ある。
最も有力とされているのはフミカ[川澄文歌(
jb7507)]の神殿に匿われたという説だろう。
フミカは、ウーノ神を祭る山から出た鳳凰が神殿に遺したという出生の逸話を持っていた。
世が世なら、王城に召しだされウーノ王の妃となったであろう娘だった。
だがウーノ神が国教から廃されたこの時は、一巫女として神殿で暮らしていた。
「もう出て来ても大丈夫――そうウーノ神は仰せです、カネダ様」
「すまんなフミカ、奴らはしつこい」
カネダがドウエ王朝の執拗な捜索から逃れきれたのは、フミカにウーノ神の声を聞く力があったお蔭だったとされている。
「ここにいてはいずれ見つかってしまうでしょう。 隠れ住むならゴルゴン族の里はいかがでしょう? 邪眼を持つと言われるゴルゴン族の元へは捜索の手も及ばないはず」
カネダをゴルゴン族の里に逃がしたフミカは、彼の志を継いで再布教に勤めた。
だが、カネダの乱以後、ウーノ神教への弾圧は日々強まってた。
フミカは布教中に捕えられ、大衆の前で火炙りの刑に処せられた。
この時、フミカを包んだ炎が鳳凰の形になり、フミカを連れ去ってしまったという伝承があるが真偽は定かではない。
確かなのは、その一週間後にフミカと同じ姿をした人物が、各地のウーノ信者たちの前に現れ、ゴルゴン族の里に逃げ込むようにと説法をした事である。
この説法が世に言う“死の公演(デスライブ)”である。
ワルベルト一世の死後、国内全てのウーノ神像は取り壊された。
残っていた信者たちは弾圧から逃れて信仰を続けるため、フミカの像を造り、ウーノ神の現身・イドルとして信仰した。
後のイドル教の原型である。
闘技場は、前王朝半ばから流行した庶民の娯楽であった。
鍛え上げた奴隷たちが、武器や素手で殺し合うのだ。
「庶民とっては娯楽でも、訓練施設で同じ釜の飯を食った仲間たちと殺し合いをさせられる奴隷本人はたまったもんじゃない」
後に将軍となったソウイチ[咲魔 聡一(
jb9491)]は、歴史家のショウタロウ[雪ノ下・正太郎(
ja0343)]にそう述懐したという。
ソウイチは王朝崩壊の混乱に乗じ、自らを慰みものとしていた富豪を殺し、脱走した。
カネダの乱時の徴兵に乗じて、民兵になりすましたソウイチは、戦功により正規兵にとりたてられ、国内外の戦に奔走する事となる。
その時に赴いた隣国マゴスチカのラチェンスクで、ソウイチは魔法の書を手に入れた。
「これが前王朝の禁じた神に仇す力、魔法の力か。 この力で僕たち奴隷を貶めた薄汚い神の手先どもを焼き尽してくれる」
帰国後、ソウイチは各地に潜伏していたウーノ王朝の残党を炎の魔法で焼き払った。
「汚物は消毒だ〜!」
ショウタロウが記した“ソウイチ将軍伝記”から読み解くに、ソウイチの手に入れた書物は、火炎放射器を造り出すための技術書だったと見られている。
むろん、現代のものに比べれば簡易的なものであろうが、魔法ではなく何か仕掛けがあったのは確かなようだ。
炎の魔法を見て、目を輝かせたショウタロウに告げた言葉が、それを裏付けている。
「奇跡も、魔法も、ありはしないんだよ、知っていれば誰にもできるただの手品さ」
奴隷からついには将軍とまでなったソウイチは、ドウエ歴三十年に退役するまで奴隷時代の自分を弄んだウーノ教の残党を“汚物”と呼び、“消毒”と呼ばれる苛烈な粛清を続けた。
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ドウエ歴四十二年。
四代国王レオ一世は、政務を疎かにし酒食に溺れていた。
道徳と宗教がイコールだった時代、国教を廃したドウエ王朝においてはそれが王侯貴族の堕落をより顕著にさせたようである。
その頃、王国の片隅にあったサリエーラ神殿にシェリー[シェリー・アルマス(
jc1667)]という少女が神官見習いとして入殿してきた。
サリエーラは火神であり、主神ウーノとは神話中でも血縁がない。
そのため弾圧に遭わずに、神殿が残されていた。
この神殿には火の精霊と対話し、その力を操れる者が神官として集められていた。
だが、シェリーはそれが出来なかった。
落ちこぼれ扱いを受け、下働きをさせられていたようだ。
毎日、大量の洗い物を押しつけられ、川辺で働かされていたシェリーに、川辺の小屋に住んでいた一人の老人が声をかけた。
「火の力が操れないがゆえに神官としての勉強もさせてもらえないとは不憫だな。 よし、この杖と本をやろう、僕にはもう必要のないものだからな」
老人が渡したのは、炎の杖とその技術書だった。
シェリーはモヒカン姿のこの老人を火の精霊サラマンデルの化身だと解釈し、崇めた。
だが、この老人は隠棲していたソウイチ将軍その人である事が、後世の研究で明らかになっている。
シェリーはこれまでの屈辱をバネに、ソウイチに授かった書物を研究し、炎の神官としての地位を高めていった。
“ソウイチ将軍伝記”“ドウエ王朝史”“ツバキ伝”などこの時代の人物に関して数々の書を記したショウタロウに関してはその業績に対する評価が分かれる。
英雄活劇を思わせる文体から、歴史家ではなく劇作家だったのではないかと説もあり、著書の内容に信憑性を疑う声もあがっている。
だが、何れにせよ当代の人物の姿を伝えてくれる貴重な資料を残してくれた人物である事は間違いない。
彼は前王朝の歴史を編纂していた父の元に生まれた。
王朝の庇護を受ける家柄の子だったが、少年期には剣闘士として闘技場に立つ事もあったという。
父の代から交友のあったソウイチ将軍への憧れからの戯れだったようだが、ソウイチ自身から強く咎められたと“ソウイチ将軍伝記”にはある。
青年期に入ると、ショウタロウは国内各地を旅するようになった。
その時、ゴルゴン族の里に立ち寄った事が後年、彼が書く“ドウエ王朝史”の内容に大きな影響を及ぼす。
ゴルゴン族の村に宿を求めたショウタロウは、粗末なローブを纏った老婆の家に招かれた。
老婆はかつての宮廷画家、アイリスと名乗った。
アイリスがショウタロウに聖本の修復手伝いを依頼したため、ショウタロウは長くゴルゴン族の里に留まる事となった。
歴史家の家系であるショウタロウの力で、聖本の修復は加速した。
半ば以上原典の姿を取り戻した聖本を見て、一人の老人が腰をあげた。
かつて乱に失敗し、この里に逃げ込んでいたカネダである。
「若い頃、アイリスの話をホラだと笑い飛ばしたが、今こそ口元を引き締めねばならんな」
カネダは、敗残の将である自分の名にもはや求心力がない事を知っていた。
彼が担ぎ上げたのは、フミカの娘、カナデだった。
カナデはこの地に築いた神殿に母の石像が祭りあげられた事で、神の子として扱われていた。
「今、民は暴政に苦しんでいます、聖本が原典に帰ったのならそれを御旗にウーノ神への回帰を呼びかけられるはず」
二人は、ドウエ王国で再び布教を始めた。
布教の名を借りた募兵である事は明らかだったが、それを察知できないほど、ドウエ王朝の統治力は低下していた。
ドウエ歴五十七年、カネダは再び挙兵する。
その軍はイドル軍と呼ばれた。
“ドウエ王朝史”においては、ショウタロウが “偉大なる”という意味の“ア”を冠じたため、この挙兵は“アイドル革命”と呼ばれている。
当初のイドル軍は民兵の集まりに過ぎず、劣勢を強いられた
だが、長じて神官戦士長となっていたシェリーの助力を得られた事から形成が逆転する。
シェリーは、ソウイチのそれを発展させた炎の杖の力で、ドウエ軍を焼き払った。
「愚王の悪行、サリエーラ神の名の下に、止めてみせます!」
シェリーの声が響くところ、ドウエ兵たちは皆、震えあがって逃走し、その場に留まった者は、紅蓮の炎に包まれたという。
ドウエ歴60年、ついにレオ一世は降伏し、ドウエ王朝の歴史に幕が下りた。
カナデは王位に就き、イドル教を国教としたレト王朝が開かれた。
ショウタロウはカナデの治世で“ドウエ王朝史”の全てを書き記すと、レト歴9年に肉親や弟子たちに看取られつつ世を去った。
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「皆、ご苦労だったのである! アドリブ架空史がよくも纏ったものだ! ガハハハッ!」
撮影終了後の久遠ヶ原ケーブルTV第六スタジオに、ワルベルト局長の笑い声が豪快に響いた。
「戦場では空から華々しく降臨したかったんだけどなあ」
番組構成上の都合で空中戦シーンをカットされシェリーは残念そうである。
「“ドウエ王朝史”ではそうなっていると思いますけどね、なにしろ英雄活劇調らしいですから」
宥める雪ノ下が小脇に抱えた古書“ドウエ王朝史”
その中身は想像で補って欲しい
「老けた俺も渋いじゃないか」
鐘田は、老人メイクをした顎を満足げに撫でまわしている。
「いいですねえ、私なんか最後は石像でしか登場していませんよ」
石像メイクをしたアイドル文歌、番組終盤は神像としてじっと立っていた。
「モヒカン姿にされた僕よりマシだろう……え、脱げない!?」
モヒカンヘアにされた咲魔。 ハマりすぎたのか、ウィッグが外れない。
「ふむ、ソウイチのこの姿は面白いな」
焦る咲魔をアイリスがスケッチした絵は、番宣素材に使われる事になる。
そのお蔭もあってかソウイチは、最も歴史貢献度の高かったカネダと並んで人気アンケート上位に輝いた。
”ドウエ王朝興亡史”は好評のうちに放映を終え、久遠ヶ原ケーブルTVの歴史に新たな一頁を刻む事となる。