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生放送当日。
参加者たちは、久遠ヶ原ケーブルTV第四スタジオに入った。
前日に「美味しそうに食べている所を見せるため、食事を抜いてくるように」と局から指示があったため、みんな腹ペコである。
スタジオのドアを開けると、テーブルの上に広がる色とりどりのおにぎり、サンドイッチ。
皆、綺麗な容器に乗せられ、形も彩も様々。
「こんなの見ているだけで幸せな気分になるよ」
夏木 夕乃(
ja9092)がほわ〜んと口を開ける。
「豪勢な料理が並んでいるより、食欲をそそりますね」
眼鏡不憫、浪風 悠人(
ja3452)が喉を鳴らす。
「……お米もパンも、主食ですから食の本能を刺激するのかもしれません……(ふるふる)……」
いつも通り乳を震わせる月乃宮 恋音(
jb1221)。
皆で立ったまま、テーブルを囲む。
「これは、もう食べちゃってもいいかな?」
雰囲気は御嬢さんなのに食欲魔人な蓮城 真緋呂(
jb6120)が、手を伸ばそうとするとスタジオの入り口から二つの人影が入ってきた。
「待つにょろ!」
「みんなが作ってきてくれたものは、作った人が紹介をしてから食べるルールなのだわ」
審査員長のニョロ子と、司会の四ノ宮椿(jz0284)である。
「腹ペコ状態で、それは拷問ですねぇ」
ザジテン・カロナール(
jc0759)が、溜息をつく。
「空腹は最高のソースにょろ」
籤引きBOXが登場。
ニョロ子が名前を引いた順から、自分の持ち込んだ料理を紹介、皆に振舞う流れとなる。
●
「最初は私だな」
ヴァンパイアガール、アリエス(
jb7317)がやや顔をこわばらせて言った。
(テレビに出るのは生まれて初めてだ……少しだけだが緊張するものだな……)
クールに振舞っているが、内心は自分がどう映っているか、声がTVを通すとどう聞こえるのか、気になって仕方ない。
「アリエスお姉ちゃんは、おにぎり国民にょろか? サンド国民にょろか?」
「サンド国民だ、では語らせてもらおう」
PRが始まる。
これから食べるサンドイッチの説明も兼ねているため、皆ワクワクである。
「一般的にサンドイッチにはレタスやトマトなど野菜類を沢山使用する事が多い。 野菜は栄養価が高いものが多いから健康に気を遣わなくともサンドイッチとして食べられるのだ。素晴らしい事ではないか」
「確かに、おにぎりと新鮮な野菜という組み合わせはあまり聞きませんね」
学生主婦の美森 あやか(
jb1451)が主婦目線で頷く。
「レタスはともかくトマトは鮮血のような赤いものが好ましい。赤いからこそ健康に良く“トマトが赤くなると医者は青くなる”とは良く言ったものだな」
ヴァンパイアがトマト推しという風潮は確かにある。
トマトジュースが血に似ているがゆえなのだろうか?
「栄養価の高い野菜と共に美味しく頂けるサンドイッチこそ、優れている事を覚えていてほしい」
PRを終えて心なしかほっと緩む、アリエスの表情。
「アリエスさんのはトマトたっぷり野菜サンドなのだな、期待がもてる!」
「鮮やかな血の色のトマトが、柔らかなパンの間で瑞々しく始める歯ごたえがたまらないのよねぇ……♪」
「どれがその野菜サンドなんだ?」
皆、色めき立ってテーブルの上から、アリエス持ち込みのサンドイッチを探す。
「ない」
アリエスが断言した。
「え?」
「話だけだ、私は持ってきていない」
なんと一発目が、非持ち込み組。
しかも、アリエスの話で出演者たちは食欲を刺激されてしまった。
「そんな非道な」
皆、飢えた野獣の目になり、次の人間の出番を待つ。
●
「安心しろ、俺はバッチリ持ってきているぜ」
雪ノ下・正太郎(
ja0343)は、皿に盛られた十数個のおにぎりを見せた。
「さすがは正義の味方だ」
ほっとした顔で頷く、礼野 智美(
ja3600)。
今は、空腹を満たしてくれる人が、理屈抜きで正義である。
「だが、食べる前にまずはPR、そしてPRの前に変身する」
みんなの期待に満ちた視線の前で何故か変身ポーズをとり始める雪ノ下。
「我・龍・転・成っ!! リュウセイガー!!」
スタッフ用意してもらったナレーションが流れる。
『リュウセイガーの変身のメカニズムを解説しよう! リュウセイガーは青龍をモチーフにし』
ぶちっとナレーションを切られた。
「解説しなくていい! というか、その変身は必要なのか?」
「ヒーローも、戦ってればお腹がすく」
理屈が理屈になっていない、多分、変身したかっただけである。
「いいからとっととRPしてくれ」
智美にせかされ、自分の持ち込んだおにぎりを紹介する雪ノ下。
「これは、餃子おにぎりだ。 中にぎょうざが丸ごと一個入っている」
「へえ、変わっているのだわ」
「ぎょうざってライスと相性がいいにょろ。 お米の中に入れておけば皮も固くならないしいいのかもしれないにょろ」
「そういう事だ、旨い組み合せは理屈抜きに旨い! 即ち、正義だ! 皆、食べてみてくれ」
雪ノ下が大皿を巡回させると、瞬く間におにぎりが消えた。
皆、本気で空腹なのだ。
「んま〜い!」
「パリッと感はないけど、もちもちっとジューシーです」
意外に好評、餃子おにぎり。
「では、食べながら、改めて変身のメカニズムを……」
「もういいから」
●
餃子おにぎりを食べてほっと人心地つく一同。
しかし、アリエスのようにニンニクが苦手な者がいたり、半端に食べたがゆえによけいにひもじくなった者もいる。
まだまだ皆、腹の虫が疼いている。
ここで籤を当てたのはアイドル部。部長の川澄文歌(
jb7507)。
アイドルが選ぶメニューだから、すきっ腹には物足りない可愛らしいものじゃないかと思いきや、意外なものだった。
「今日はカツサンドマイスターの私が手作りのカツサンドを作ってきましたよ〜」
「カツ……敵に勝つ……」
浪風夫妻の妻、浪風 威鈴(
ja8371)が、何故かおどおどと呟く。
「あわわ、それは私がオチとして言おうと思っていたのですよ」
「まあ、何十年どころか、百年単位で言われ続けている定番のダジャレだから、いつ誰に言われても仕方ないのだわね」
オチを先に言われてしまった文歌、気を取り直してPR開始。
「私がカツサンド推しなのは、それなりに由来があるのです。 皆さん、芸能とカツサンドの関係を御存じですか?」
「そういえば、ロケ弁ってカツサンドが多いのだわ」
斡旋所員のくせになぜか、やたらTVに出ている椿が答える。
「実はカツサンドはとんかつ屋さんが近所の花柳の芸者さんたちが口紅がとれないよう食べやすく配慮して、パンにカツをはさんだものを作ったのが始まりなんです!」
「へえ、必要は発明の母ってわけなのだわね」
「おしゃれも気にする女性撃退士さんにもオススメです!」
PRが終り、皆でカツサンドを食べ始める。
特に先程、餃子おにぎりが食べられなかったアリエスは夢中である。
「ふぐふぐ、しっとりとした生地のパンに、冷めても柔かい豚肉が良く合っている」
黒百合(
ja0422)もご満悦。
「パンに甘辛いソースが絡んで完成された味なのよねぇ♪ 西洋人が考案したサンドイッチを、日本人が昇華させた見事な味だわぁ♪」
最後に文歌、エールを送る。
「というわけで、サンド国の皆さん、私のカツサンドを食べてサンド国民の勝利を祈念しましょう!」
「結局、言うにょろね」
●
「実はこれ、私の初依頼なのよね」
銀髪ショートボブの少女、シェリー・アルマス(
jc1667)は、面持ちをやや緊張させていた。
「おにぎりVSサンドって私の両親が喧嘩した時のネタなのよね、それを仲裁したのが今回の私のおにぎりよ」
洋風な外見に反してシェリーはおにぎり国民だった。
「随分、想い入れのあるネタなのだわね?」
「ふふっ、さっきおにぎりには新鮮野菜が合わないみたいな欠点を指摘されたけど、サンドにはない長所もあるのよ」
「ほう?」
アリエスの問いかけに勝気な瞳で応えるシェリー。
「それは、中身の具を隠しやすいという事よ!」
シェリーが差しだした皿には三つの一口サイズおにぎりが乗っていた。
「恐怖のロシアンおにぎりよ」
挑戦者を自薦他薦して、ロシアンおにぎり勝負が開始された。
「怖い……」
一人目は涙目になっている浪風威鈴。
本当は夫の悠人が他薦されたのだが、なぜかディレクター命令で威鈴に変更された。
「悠人くんが出ると、オチが見えてしまうから仕方ないのだわ」
「何で、俺がハズレを引くって決めつけているんですか!?」
もはや鉄板の不憫キャラである。
二人目は恋音。
「……おぉ……(ふるふる)……」
怯えて乳を震わせている。
別番組でロシアンシューをやり、外れを的中させたがゆえのリベンジという理由での局推薦。
三人目は、真緋呂。
「別に私が三つとも食べてもいいわよ」
とにかく食べたいという理由で立候補。
三人で一斉にロシアンおにぎりを口に放り込む。
「これ……アボガド……」
威鈴、ハズレを回避。
不憫夫大好きな新妻だが、自身が不憫なわけではない。
「……私のもアボガドですねぇ……」
恋音もハズレ回避。
今回は、乳が震えていない。
前回のロシアンでは隠そうと我慢したあげく、乳が震えてバレた。
自動的に、ハズレは真緋呂になるわけだが、
「私のも、アボガドよ?」
首を傾げている。
「一応、全部アボガドおにぎりなの、ただソースが醤油、明太子、ハバネロとあってハバネロがハズレだ」
シェリーが言ったとたん、真緋呂の舌がハバネロ部分に到達したらしい。
「辛い辛い!」
もの凄い勢いで、まだ許可が出ていない皿のおにぎりまで食べ出す真緋呂。
「まだ辛い! もっとたくさん食べて、中和しないと!」
「どさくさにまぎれて食べたいだけなのだわ」
●
「諸君、実は僕はおにぎりも好きだ、大好きだ。 だがしかし僕はサンドを取った。 何故か。 サンドには一つだけ、おにぎりを凌ぐ力があるからだ」
幼く可愛い顔で、どこかの総統閣下のように演説を始める夕乃。
シェリーの方を力強く見やる。
「さきほどシェリーさんは、“おにぎりは具を内包できるのが長所だ”と言ったがそれが弱点となる事もあるんだ!」
持ち込んだサンドイッチを差し出す。
「見よ、このサンドを!」
「それは! その具は!」
「ステーキサンド!」
「その通り! 分厚いステーキをトーストでサンド! この分厚い肉を見よ、赤身を見よ。
カットされたステーキの断面から覗く赤みがジューシーさを強調している! かぶりつけ! さればジュワっと口の中に肉汁と特性ステーキソースのハーモニーが広がる!」
「おお、これはマジで旨そうだ」
おにぎり国民までもが、口の中に涎を溢れさせた。
白いパンの間の肉の赤身を強調したサンドのルックスが、視覚からも食欲を煽るのだ。
「彼の者に、この肉力を存分にアピールすることが出来るだろうか? 否! 出来ない!
何故なら、おにぎりは内包するものであるからだ! 故に僕は、解放者サンドを支持する」
ど総統閣下口調で、力強いPRを繰り広げる夕乃。
だが、その内心は、
(サンド国民を選んだけど、やっぱりおにぎりへの未練は捨て切れないよ……!)
総統閣下は敵国に亡命したがっているのだった。
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「美味しい! 美味しいわよこれ!」
夕乃のステーキサンドをもっしゃもっしゃ食べ続ける真緋呂。
会場内で一番食べているのは疑いない。
「あの……真緋呂さん、ステーキサンドは単価も宜しいのでほどほどに……あと、真緋呂さんの順番です」
夕乃がどんびきしつつ声をかけると、真緋呂は最後の一切れを口に放り込み、しっかり飲み込んでから語り始めた。
「けれど、どんなサンドでもおにぎりには勝てない! 最大の弱点があるわ!」
「そんだけ食べてから言われても……」
「それは、挟むものがなければ成立しない点よ! 具の無いサンドはただの重ねたパン!
その点、おにぎりは具がなくてもおにぎり! 偉大だわ!」
大量のおにぎりの乗せられた大皿を皆に廻す。
食べ専な人間かと思ったら、作る方の腕もなかなかのものだった。
「おお、これは絶妙な塩加減です」
感心する赤髪の少女、アルティミシア(
jc1611)。
「しかも中身は焼き鮭ほぐし身! オーソドックスかつ食べやすい選択、なかなかやるな」
同じくおにぎり国民の智美も絶賛する。
「そのまま食べて良し! 焼おにぎりも良し! 揚げても良し! おにぎりはアレンジの幅が広いのよ!」
焼きおにぎり、揚げおにぎりをもぐもぐ食べ続ける真緋呂。
「確かにそれはそうですがぁ……サンドにもホットサンドというものがぁ……」
未だ、どちらの所属か明かさない恋音が恐る恐る乳を震わせた。
すると、真緋呂はテーブルに置かれていたポットを取り上げた。
「おにぎりはこうも出来る!」
ポットの中のお湯を、丼に置いたおにぎりに豪快にかける真緋呂。
箸をとり、さらさらと食べる。
「おにぎりを、鮭茶漬けに変化させるとは!」
「……おぉ……確かにサンドを汁びたしには出来ません……うぅん……」
「というわけで私はおにぎり推しなの! あ、と言ってもサンドも食べるけどね!」
おにぎりもサンドも構わず、もきゅもきゅと食べ続ける真緋呂。
“後程、スタッフが美味しくいただきました”テロップは用意しなくてよさそうだった。
●
「あらぁ♪ バリエーションの豊富さならサンドの方が上だと思うわぁ……♪」
反論を入れて来たのは、サンド国民・黒百合。
「美味しければどっちでもいいわ」
食べるのが忙しいのか、真緋呂は一刀両断してくる。
「まあ、聞きなさぁい……♪ サンドには肉や野菜を挟んだ軽食風のものから、ジャムやピーナッツバターを塗ったお菓子風のものまでと多種多様であるでしょぉ? おにぎりの場合はそうもいかないわぁ……♪」
「そうか、米の底力ならなんでもいけると思うが?」
雪ノ下が反論すると、黒百合は妖艶な笑みを浮かべて、二つのおにぎりの乗った皿を差し出した。
「じゃあ、これを食べてみて……♪」
「黒百合はサンド国民じゃないのか?」
「実験よぉ……おにぎりとサンド、どちらが優れているのかぁ……♪」
嫌な予感を覚えながらも、おにぎりを一つとり口にする雪ノ下。
とたん、口元を抑える。
「うっ、なんだこれは!?」
「いちごジャム入りおにぎりよ、いちごジャムのサンドは美味しいけど、いちごジャムおにぎりは美味しくないでしょぉ……? だからサンドの方が優れているのぉ……♪」
「くっ、なんとう悪の理論だ! しかし俺も正義の味方! 食べ物を無駄にしたりはしない!」
気合と正義の心で、いちごジャムおにぎりを食いきる雪ノ下。
そこに黒百合がもう一つのおにぎりを突きつける。
「次はピーナツバター入りおにぎりよぉ……♪ 召し上がれぇ……♪」
「ピーナツバターおにぎりだと? それは無理だ! 自分で食べてくれ!」
退散する正義の味方。
「困ったわねぇ、私も今、この時だけ食欲がないのよぉ……」
黒百合が舐めた事を言っていると、横からひょいと手が伸びてきてピーナツバター入りおにぎりを瞬く間にもきゅもきゅと食べきった。
むろん真緋呂である。
「空腹は最高のソース! お腹が空いていれば何でも美味しく食べられるわ!」
「これだけ食べておいて、まだ空腹だと言い張るのだわ……」
●
「ふむ、余計なものが入っているよりはよほど良い」
雪ノ下がほっとした顔で食べているのは、ザジテンが自作した塩むすび。
「シンプルですみません、ただ」
塩むすびをたべながらザジテンは目をかすかに潤ませた。
何か思い出を語りたいらしい。
「僕、こっちにきて始めて食べたのがおにぎりだったんです」
「こっちって人間界の事かな?」
夕乃に尋ねられ、頷くザジテン。
「はい、天界時代、食べ物を一切食べた事がなかったんです。 おにぎりが人生初の食事でした。 初めて食べたおにぎりはとってもやさしい味がして、僕の大好物になったです」
「それは幸運な経験だったね。 もし最初に食べたものが、美味しくなかったり、凝り過ぎたものだったら今ほど馴染めていなかったかもしれないもんね」
文歌の言葉におにぎりを見つめながら頷くザジテン。
「本当にそうですね、おにぎりは、綺麗な手で心を込めてにぎると凄く美味しい、と思うのです。 具はどれもご飯に合って美味しいけど、一番はお米のほんのりとした甘さが引き立つ塩おにぎりだとおもうのです。 サンドイッチも好きだけど、やっぱりおにぎりの方が大好きです」
「おにぎりがおふくろの味、みたいなもんか。 それなら人間界出身と変わらないな」
悠人が呟く。
皆、米の一粒一粒にザジテンの想いを感じながら、素朴な塩おにぎりを食べるのだった。
●
「次は悠人お兄ちゃんにょろ」
ニョロ子が次の籤を引いたとたん、悠人の顔に影が差した。
「え、このタイミングで俺?」
「悠人……どうしたの……」
心配そうな顔の威鈴。
「もしかして、何も準備して来ていなかったのだわ?」
「そんな事はありませんよ! ちゃんと用意してあります!」
皆に、何かの包みを配る悠人。
おにぎり二個とたくあん二枚を包んだ筍の皮、暖かい緑茶もセットで出す。
「なんか懐かしい感じなのだわ」
「そうでしょう? 俺は山間の田舎出身で田畑が多く米とは切っても切れない生活を送っていました。 農作業や山を移動する際の弁当におにぎりは最適な上、栄養価や腹持ちも良く、山海を問わず食材を活かしてくれるので具材に困ることが無いんです」
「確かに食材を活かすという点では、おにぎりもパンも食卓の“主役”でありながら、“名脇役”なのですよね♪ 私もアイドルとしてかくありたいです」
今日はカツサンドを推したが、文歌は元々、和食大好きである。
「おにぎりはまさに日本人の知恵の結晶ですよね! 準備も簡単で持ち運びにも困らないし、梅干しを入れれば傷みにくくなる。 こうしてたくあん等の漬物やお茶を付ければもういっぱしの満足いくお弁当になる!」
悠人の唱える正論中のド正論に頷きながら、皆、筍の皮を開け、おにぎりをかじる。
「お、これも塩おにぎりだな」
「俺のもだ、二回連続で塩おにぎりか……」
皆、食べながらにザジテンと悠人を交互に眺めている。
視線に気づいた悠人、いつもの不憫ツッコミを展開する。
「なんですか その“俺がザジテンさんのいい話に乗った“みたいな目は? 最初から用意していましたよ! 塩おにぎり見ればわかるでしょう? 何でよりによって塩おにぎりの直後に塩おにぎりの順番が回ってくるんですか? どんだけ不幸体質何ですか、俺は? ていうか、仕組みやがったでしょう、スタッフ!」
●
「さて、そろそろ珍しい具のおにぎりを食べて貰おうか」
順番が回ってきたのは智美。
サムライ娘な風貌に違わず、おにぎり国民である。
彼女が用意したのは、緑鮮やかな木葉にくるまれたおにぎりだった。
「これはなんなのだわ?」
「葉山葵お握りです。 ワサビの新芽を醤油付けにしたものを刻み、ご飯に混ぜこんだものです」
「ワサビにょろか、辛そうにょろ」
「辛子高菜とはまた別の、爽やかな辛みが味わえる。 辛味が苦手な子供は避けた方がいいかもしれないな」
「大丈夫にょろ、ニョロ子、舌が大人だから辛いものも美味しく召し上がれるにょろ」
葉山葵お握りをパクパク食べる七歳児。
「辛いのがペナルティにならない人が多いわね。 黒百合さんみたいに、甘いものを入れるべきだったかしら」
自分のロシアンの中身について再考するシェリー。
「俺がおにぎりを押すのは浪風悠人さんと同じく、農村育ちなためです。 体を動かすと、特に夏場等は汗をかいて塩気が欲しくなります。お握りだと定番の塩むすび・塩鮭・梅干し等塩気は手軽に取れますが、サンドイッチだと塩気のある具材は難しいと思います」
「あらぁ……アンチョビサンドとか思い切り塩辛いわよぉ……♪」
サンド国民、黒百合が反論。
「アンチョビサンド? 俺の田舎ではそんなハイカラなものは……」
「でも、日本で育っていないボクなんかからすると、智美さんの葉山葵お握りも新鮮でハイカラに感じますね」
「アンチョビサンドも名作よぉ♪ スタッフに頼めば持ってきてもらえるかしらぁ?」
自分の知るおにぎりやサンドのレシピを、交換し合う参加者たち。
シンプルな料理だけに無限のバリエーションを見いだせるのは、おにぎり、サンド、双方に共通した魅力である。
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「サンドイッチ国民として揺るがぬ心にてサンドイッチを勝利に導かせてもらいましょう」
アルティミシアが自信満々にバスケットを広げる。
小麦色のバスケットの中には、色とりどりのサンドイッチが並んでいた。
「ミックスサンドです、シンプルだが、作り手によって見た目も味も千差万別に楽しめます」
「いいよね〜、バスケットにサンドイッチを入れてピクニック。 外国の童話やアニメのワンシーンに出てきて、憧れたよ」
頬を蕩かす夕乃。
それぞれ好みのサンドに手を伸ばし、食べ始める。
部屋の中ながらピクニックのような光景に、アルティミシアが淡々と語り始めた。
「ミックスサンドには思い出があるのです」
「どんななのだわ?」
「ボクの故郷で、唯一真悪魔だった友達に、つくってあげたのが、これです」
「真悪魔?」
「人間界風に訳せば“真人間”というところでしょうか」
「全く逆のド外道のようにもとれるんだけど……」
「彼は、満面の笑顔で、“美味しかったよ、だけど俺は…君が良いな”と言って、くれたんです……だから、ボクは言いました。 “ボクは、食べ物じゃ、ありません、よ”……って」
幸せオーラを大出力で放出するアルティミシア。
椿のジト目が、アルティミシアを貫く。
「……あれ?ボク、変なこと、言いました、か?」
独身アラサーの目の前でそんな事を言うアルティミシアが、椿的な解釈での真悪魔だった
●
「パン……おなかすく……」
浪風威鈴の場合それが、おにぎり推しの理由だった。
「確かに腹もちの良さではパンよりコメの方が上よね」
「登山や遠出……依頼で疲れる時……食欲がなくても食べられる……ふりかけとかで……見た目も可愛くなる……好き……」
威鈴が広げたのは色とりどりのふりかけをかけた、ファンシーおにぎりの花園だった。
「うわぁ、可愛い」
「こういうの、威鈴さんが作っているんですか? 女の子らしいですね」
夕乃の声に威鈴は首を横に振る。
「悠人が……作った……」
「あはは、我が家の料理は大体、俺が担当しているんですよ」
気まずげに頭を掻く悠人。
「ボクは……材料調達してくる……」
「ああ、お買いものですか、楽しいですよね」
ザジテンはそう解釈したが、
「買い物違う……狩り……」
「狩り?」
「威鈴はデパートもこないだ初めて行ったくらいで、食糧調達は狩りが主なんですよ」
どんな夫婦生活を送っているのか、ツッコみたくなる一同。
“撃退士の私生活拝見”番組企画が急遽立ちあがりそうだった。
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「おにぎりも可愛く出来ますが、サンドも可愛く出来るんですよ」
あやかが採り出したのはくるくるロールしたおやつパンだった。
サンドイッチ用のパンに苺・ブルーベリー・マーマレードなどの定番ジャムを塗り、くるくる巻いて両端を爪楊枝で止め、斜めに半分に切ったものだ。
可愛さでは威鈴のおにぎりに負けていない。
「うわぁ、こんなの小さい頃、お料理の本で見て憧れました!」
これも夕乃。
おにぎり、パンに関わらず女の子は可愛いものには憧れが強い。
「さきほど、腹もちの話が出ましたけど、十時と十五時に栄養補給の面でおやつが必要です。 ご飯だと腹持ちが良すぎてお昼やお夕飯がどれ無くなる事もあると思いますから、間食としてはパンの方が向いているのではなかと思います」
「確かにスナック菓子でも小腹は満たせるけど、そればかりでは健康に良くないんだよね」
プラようじの刺さったロールサンドを一口食べる文歌。
アイドルには、コンビニ菓子よりもよく似合う。
「お子さんのおられる家庭の場合、サンドイッチですと、具材を挟んだり塗ったりするのをお子さんに任せて親子で一緒に作業も出来ますし」
「いいね、そういう光景♪ 私もいつか奏と一緒にお料理したいよ!」
奏というのは、文歌とその恋人の夢に共通して出てくる女の子。
将来の娘である。
「ウチもそうしたいな、威鈴」
「……おぉ……私たちもいつか……」
浪風家も、恋音も、パートナーがいて、さらにそのパートナーと将来産み、育む子供のビジョンまではっきり浮かんでいるらしい。
最近の久遠ヶ原はフィーチャーベビーブームである。
その影には、ブームに乗り遅れた女が、独り。
「……私にはまるで浮かばないのだわ……これは結婚も子供も出来ないという事なのだわ……?」
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「最後に残ったのは恋音お姉ちゃんにょろね? でも、PRの前にここまでの国民数を集計するにょろ」
ニョロ子の背後にあるモニターに文字が表示された。
【おにぎり国民7人 サンド国民6人】
「おにぎりリードか」
「あれ? これで恋音ちゃんがサンド国民だと7-7で同点になってしまいますね?」
「確かおにぎりか、サンドか、国民が多かった方の専門店を出す。 両方扱うのは無理と言う話だったな、オーナー」
アルティミシアが呼びかけたオーナーとは、この番組のスポンサーでもあるレストランオーナーの松井である。
食材も松井のレストランから提供してもらった。
このスタジオで見学はしているのだが、若い子たちの集まりにおじさんが入るのを躊躇ったがために、ここまで一度も映っていなかった。
今回も無言で、うんうんと頷いただけである。
「大丈夫にょろ、引き分けになった場合用にニョロ子が票を持っているにょろ。 今日食べたおにぎりとサンドの味を総合して、美味しいと思った方に一票入れるにょろ」
「やった、味ならサンド国が勝つですよ♪」
まだワンチャンあると喜ぶ文歌。
「そうですかな? 消費量はともかく味は食べている時の反応はおにぎりの方が良かったきがするけど」
勝気なシェリー。
そこまで意地を張る事でもないのだが、本日用意してもらった食材から見て、松井の出す店はレベルが高いのは確実。
出来る事なら自分が推す方の専門店を出してもらいたいのだ。
「えぇとですねぇ……専門店を出店するに当たっては、競合店の存在は意識せざるをえないものだと思いますぅ……スーパーやコンビニは、両方扱っているから除外するとして……それ以外ですと、サンドはパン屋に加えハンバーガー等を含むなら、大手ファーストフード店とも競合するのですよぉ……対しておにぎりの競合店は一部のお弁当屋さんくらいでしょうかぁ……」
「つまり、おにぎりの方が商売上、楽だという話か?」
「……それを踏まえた上で、これを食べて欲しいのですよぉ……」
恋音が取り出したのは、カルビサンドだった。
「やったパンだ!」
「サンド国民、万歳♪」
勝利の気配に湧き立つサンド国民。
眉を潜めるおにぎり国民、雪ノ下。
「どうも腑に落ちないな、さっきの話だと“オーナーはおにぎり店を出すべし”みたいな流れだったが」
「……食べて頂ければわかるのですよぉ……(ふるふる)……」
恋音のカルビサンドを口にする一同。
悠人が眼鏡の奥を瞬かせる。
「これは!? 米の味です!」
「……米粉パンなのですよぉ……イースト菌があれば、炊飯器で作成できるのですぅ……」
「ふぐっ、米で出来たパン、意外にいける」
「肉との相性はパンの方が上だと思っていましたが、米と肉もベストカップルですよね」
もうお腹一杯のはずなのに、カルビについた醤油たれがまた食欲をそそり、胃袋を動かす。
皆が米と肉の相性を再確認していると、司会と審査員長が声をあげた。
「ちょっと待って、米粉パンのサンドイッチって、おにぎりとしてカウントするかサンドとしてカウントするか微妙すぎるのだわ」
「恋音お姉ちゃんの中で、どちらとしてカウントしているかで全てが決まるにょろ!」
「おにぎりだよな?」
「サンドよね?」
おにぎり国民とサンド国民、双方からの期待の目が恋音に注がれる。
「……おぉ……申し訳ないのですよぉ」
プレッシャーにふるふる震える乳。
「……事業主的な観点から見て、“おにぎり“といいう事にしたいのですぅ……(ふるふる)……」
「ですよねー、材料が米だからおにぎりですよ!」
「ええ、見た目どう見てもおにぎりじゃないだろ!」
おにぎり・サンド戦争はおにぎりの勝利に終わり、久遠ヶ原島には新たなおにぎり専門店が出来る事となった。
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各賞の発表。
美味賞は、夕乃のステーキサンド。
ただ美味しいだけではなくその美味しさをTV越しに表現したがゆえの勝利。
食いっぷり賞は真緋呂、問答無用。
思い出賞は、最初に食べた食物がおにぎりだったというザジテン。
ネタ賞は、ロシアンおにぎりのシェリー。
そしてアイディア賞として、おにぎりかサンドか最後まで引っ張って興味を引き付けた恋音の米粉カルビサンドが選ばれた。
選ばれなかった料理も、文句なしに美味しかった。
参加者たちが、おにぎりをサンドを、それぞれ愛している事は間違いない。
番組の最後に、この人から一言。
「食べる前は感謝の気持ちを食べた後は後片付けを忘れない事、リュウセイガーとの約束だぜ♪」
安価で手軽に作れ、携帯性にも優れ、様々な栄養を取りこめるうえ、飽きずに美味しく食べられる二つの料理。
皆も、これからの人生の中で何万回と口にする事だろう。
和の食文化と、洋の食文化、それぞれの原点に近いがゆえに無限の発展性を秘めたおにぎりとサンドイッチ。
それらを生み出し、受け継いできてくれた先人たちに感謝をしながらこれからも楽しんで欲しい。