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マスター:スタジオI
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
形態:
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/07/06


みんなの思い出



オープニング


 閑静な森の奥に貴神家の洋館はある。
 明治の頃には華族にも叙せられた伝統ある旧家だ。
 現在は、貴神財閥となりさらなる発展を遂げている。
 九代目当主、貴神 安榮は慈善事業にも積極的に取り組み、温厚な人柄として高いカリスマ性を持っていた。
 その妻、エリも美しく聡明であり、政界に進出し大臣職を二期務めた。
 その二人が謎の失踪を遂げたのは、七年前の事だった。
 警察は入念な捜査をしたが、未だ夫妻の行方は知れず、今年、ついに戸籍上の死を宣言された。
 洋館に住む安榮の子供たちは、それ以前から果てしなき跡取り争いを繰り広げている。
 安榮が跡取りの名を認め屋敷内大金庫に保管しておいたはずの遺言書が、消失していたためだ。
  兄弟たちは財閥が保持する会社や、政権基盤を激しく奪い合いながらもこの洋館で共に暮らし続けていた。
 洋館を出て暮らす事は、相続権の放棄と一族の慣習により定められていたのである。

 この貴神家は使用人を度々、募集する。
 住込みメイド、執事、家庭教師、料理人……。
 高給、高待遇、貴神家の名声に惹かれ、当初は応募するものが少なからずいた。
 だが最近、そんなものは皆無に近い。
 これまで一族に仕えたものたちの多くが、精神を病み逃げ出してしまったからだ。
 彼らは、一族の衝撃的な秘密や実態を垣間見てしまった事により、心の均衡を失ってしまったのだという。
 だが今日、新たな使用人が洋館の門を開いた。
 相続争いの混沌が闇を生んだのか? この一族こそが闇より生まれしものなのか?
 全ては、まだ高貴なるベールの中に隠されている。


「このドラマで決まっている事ってこれだけなのだわ?」
 叔父であるワルベルト局長から“混沌生演劇-貴き血の館-”の仕様書を預かった椿は、目を瞬かせた。
 書かれているのは上記の設定の他に、“望ましい配役の人数“や”おおざっぱな流れ“だけ。
撮影場所は、借り受けた洋館のみ。
カメラマンや、演出は局の人間を使うようだが、総監督名は“全員が総監督”となっている。
 台本に至っては“アドリブで決めてね”としか書かれていない。
「なんなのだわこれ、こんなんで生ドラマやっていいの?」
「役者はそれぞれ自分で自分の役柄設定を決めて、好きな台詞や演出をすればよい。 全ては役者にまかす」
「そんなことしたら絶対、話の筋や設定が合わなくなるのだわ」
「そこがこのドラマの売りだ、設定や話の筋に矛盾が生じたら“ドラマパート”から“楽屋裏パート”に切り替えて放送を続ける。 出演者皆で話し合って設定や筋の擦り合わせをするドタバタ模様をそのまま流すのだ」
「追い詰められて泡食っている場面を流すわけ!? とんだリアルコントなのだわ!」
「そうだ、だがだらだらとコントばかりもやってはいけない、それも含め90分以内にドラマを完結させねばドラマは失敗となる」
「出演者を追い詰めるゲームなのね。 叔父様の発想は相変わらずトンデモなのだわ」
 というわけで九十分生ドラマ“貴き血の館”の出演者募集が開始された。

●必要配役
1・貴神(たかがみ)家の兄弟(五名前後)……相続争いをしており、各人“衝撃的な秘密”を持っている。
2・使用人(二名前後)……洋館に住込みで働くメイド、執事、家庭教師、料理人など。 悪評のある貴神家にわざわざ遣える以上、彼らにも秘密が?
3・その他(二名前後)……兄弟の恋人、配偶者、子供、親戚、友人、出入りの医師や業者、行方不明事件担当の警察官、実は生きていた父母などなど。 むろん秘密持ちでもいい。

 役名は貴神家の者の場合、貴神××(PCの名前)
 それ以外は、本名のまま出演。 
 なお主人公はまだ決められておらず、相続権を勝ち取ったものが主人公としてEDロール等にクレジットされる。
 今回は、ADやカメラマンなどの裏方は募集していません、全員役者です。

●ドラマのおおざっぱな流れ(現在想定しているもの、流れ次第で変更になる可能性あり)
1・新人使用人が洋館各部屋に住む貴神一族、及び先輩使用人に挨拶に行く。(キャラ紹介)
2・貴神一族が持つそれぞれの衝撃的な秘密を、使用人が覗き見てしまう(個別パート・一族同士の絡みあり)
3・食堂に一堂に介し相続権を決定する食事会(完結)


リプレイ本文

●登場人物紹介パート
 貴神邸の門を、新たな使用人が潜った。
「ここが噂の貴神邸、確かに給料は良さそうね」
 真新しいメイド服に身を包んだ加賀崎 アンジュ(jc1276)は、豪華なロビーを眺めまわした。
「給料日まで持てばいいのですが」
 金髪の先輩メイド、アイリス・レイバルド(jb1510)が呟く。
「今、何か言った?」
「いえ、何でもありません。 ご主人様たちに御挨拶に伺いましょう」
 アンジュは、アイリスに連れられ屋敷の奥へと向かった。
 廊下を歩くたびに、猫たちがあちこちから飛び出してきて、ニャアニャアとアイリスの足に纏わりついた。
「随分な猫屋敷ね。 ご主人様たちは猫好きなの?」
「いえ、これは私が勝手に拾ってきたものです」
「メイドが野良猫を? 貴神家の方たちは寛大なのね」
「感心がないだけです、あの方たちは今、相続の事で頭が一杯ですから」

 最初に案内された部屋でアンジュが見たのは金髪長身、美形だがガラの悪そうな男だった。
「長男の貴神ミハイルだ、宜しくとは言わねえぜ、また短い付き合いになるだろうからな」
 ミハイルはこちらを見もしようともせずに挨拶をした。
 まだ昼間だというのに、高価そうなウィスキーを水で割っている。
「来た使用人はどういうわけか皆、おかしくなっちまうんだよ。 椿やそこにいるアイリスみたいな変人は別だがな」
 グラサンの下から鋭い視線を投げかけられたアイリスは恭しくお辞儀をする。
 乾いた笑いをあげると、ミハイルは水割りを煽った。

 部屋から出たアンジュが怪訝そうな顔をしていると、アイリスが説明をしてくれた。
「ミハイル様は先代御当主様が若かりし頃に、外国人メイドに手を出して、悪戯に産ませた子なのです。 その後、お母様はいびられて、自ら命を――」
「なるほど、やさぐれているわけだわ」
 自分もやさぐれキャラのアンジュ、適当に流す。
 だがその目は、その向こうにある別の何かを見抜いているようでもあった。

 次に訪れたのは、長女である瑞穂の部屋だった。
 正妻であるエリの子のためか、ミハイルとは随分と年齢が離れている。
「新しい使用人ですの? 今度は長続きすると良いのですけど……ねぇ、緋色」
 瑞穂は悩ましげなアンジュを一瞥しつつ、アンティークソファーの隣に腰かけている精巧な少女ドールの頬を愛撫した。
「そのお人形、緋色ちゃんというの?」
 アンジュが尋ねると、答えたのは瑞穂ではなく、緋色自身だった。
「帝神 緋色です、瑞穂お姉様と仲良くさせて頂いています」
 アンジュの驚いた顔に、帝神 緋色(ja0640)は悪戯っぽい笑みを向けてくる。
「ホホホッ、緋色はこの近所に住んでいる幼馴染でしてよ」
「お屋敷にもちょくちょく遊びに来させてもらってますが……時々、ご家族の方に驚かれるのですよね」
 楽しげに笑い合う瑞穂と緋色。
 友人というより、恋人同士のような仲睦まじさだった。

「個性は強いけど、御長男様よりは与しやすそうね」
 部屋から出たアンジュはそう感想を述べた。
「そうですね、貴神家の中では上のお二人は、お話がしやすい方かと思います」
「下のはもっと強烈なのね」
 うへぇと舌を出すアンジュ。
「覚悟はしておいた方が宜しいかと――今度は次女の一千風様のお部屋です」

 そこは何かの研究施設のようだった。
 よくわからない機器があちこちで唸りをあげている。
 その隅で必死にキーボードを打っている白衣の女性が一千風だった。
「一千風様、新しいメイドの――」
 アイリスの言葉を一千風は面倒そうに遮った。
「そう、用事があったら呼ぶわ」
 一千風は顔立ちこそ整っていたが白衣はよれよれ、髪はぼさぼさだった。
 富豪令嬢というより、マッドサイエンティストの印象だ。
「一千風お嬢は何の研究を?」
 返答は、冗談としか思えないものだった。
「死者と会話をする研究よ」
 一千風は、失踪した両親や亡くなった先祖と話す事で“貴神家が呪われている理由”を知りたいなどと意味のわからない事を延々とまくしたてた。
 それに対し、アンジュが無言でいると、きつい表情で睨み付けてきた。
「わからないならいいわ、出ていって」
 一千風は二度とアンジュには目をくれず、キーボードを叩く作業に戻り始めた。

「どうなっているの、あれは?」
 廊下に出たアンジュが、また尋ねる。
「一千風様は死者を呼び出す研究に莫大な費用をかけているのです。 兄弟が関心を示さず、援助を得られないため、資金面でかなり焦っておられで――」
 研究完成のために、遺産に対する執着は他の兄弟以上だとアイリスは言った。
「マジキチね、間違って気に入られない事を祈るわ」
 使用人なのに、アンジュは無礼な事を平気で言った。

 最後は末っ子である聡一の部屋。
 部屋の中で、聡一は何やら電話をしていた。
「俺のwhip論文を学会で発表したいのですか? 授業中暇つぶしに書いたラクガキですよ? あんな低レベルなものを発表すれば田中博士、貴方の底が知れるだけだと思いますがね?」
 電話を切った聡一に、アイリスが話しかける。
「聡一様、新しいメイドをお連れしました、是非、ご挨拶を」
 聡一は、視線を二人に向けてきた。
 承諾を得たものと見て、アイリスがアンジュの紹介をする。
 それが終った頃、ようやく聡一は口を開いた。
「“聡一“と呼ばれたところは聞いていたが……その後はあんまり酷い声なので聞くに堪えなかったな」
 それだけ返事をして、聡一は不機嫌そうに本を読み始めた。
 その後、二人が何を言っても二度と目をくれることはなかった。
 
 部屋を出たアンジュは、これまでで最も目を白黒させた。
「なに、あれ?」
「聡一様はどなたに対しても敬意を払いません」
「見下しているって事?」
「高校生ながら学会からも注目を受ける天才でいらっしゃいますから――才覚と家柄に言い寄る女性も多いのですが、皆、見下され、傷けられて去っていくのです」
「気に喰わないわね、まあ仕事だから世話はするけどさ」
「これで貴神家の方々のご紹介は終わります、次は使用人なのですが――」
「メイド長の椿さんになら面接で会ったわよ?」
「はい、他にあと一人――」
 言いかけた時、屋敷のチャイムが鳴った。
「ちょうど恋音先生がお帰りになられたようです」

 玄関に姿を現したのは、ある意味最も驚愕すべき人物だった。
「……おぉ……新しいメイドさんですかぁ、宜しくなのですよぉ……(ふるふる)……」
「乳……」
 アンジュとしては、そうとしか感想しようがない。
 あまりにも巨大な乳を震わせる月乃宮 恋音(jb1221)だった
「月乃宮 恋音と申します。 この家の顧問弁護士をさせていただいているのですよぉ……(ふるふる)……」
「乳……」
「子供に見られる事が多いのですが、もう二十四なのですぅ……貴神家の顧問は先代である祖父から継がせていただきましたぁ……(ふるふる)……」
「……その乳のどこが子供なの?」
「……おぉ……(ふるふる)……」
 このメンバーにアンジュが加わり、この邸宅における新たな生活が始まった。

●楽屋裏パート1
 登場人物紹介パートは終了。
 カメラが邸宅内に設置された楽屋に移る。
 貴神ミハイル役、ミハイル・エッカート(jb0544)は他の出演者が書いた自己設定を読んで声をあげた。
「なんだこりゃ!?」
「どうしたのかな?」
「緋色、お前、裏設定を“正体は悪魔”にしているじゃねえか」
「そうだよ、正確に言えば魔神だけどね」
「俺も“正体が悪魔”なんだ! 恋音も“正体が魔女” 椿も“正体が魔女”かぶりまくりじゃねえか!」
「なんですって! それでは、私たちが目立ちませんわ!」
 立ちあがる桜井・L・瑞穂(ja0027)。 とにかく目立つ事に命をかけている。
「そういう事だ。 いくら強烈でも、皆が似たような秘密を抱えていては驚きがなくなる。  
 キャラ立たなくなるということだ」
 ミハイルの言葉に恋音も同意した。
「確かに……それに相続ドラマではなく、魔界バトルドラマになってしまいそうですねぇ……」
「余分な要素は駆除しないとな」
 ぎらっとグラサンを輝かすミハイル。
 すると椿が、
「私は遠慮しておくのだわ。 魔女設定があると私の下乳シーン必出だし」
 争いの予感と、勝ってもデメリットしかないことを悟り一抜けした。
「僕は譲れないかな、“瑞穂が呼び出した、この家の繁栄を担う魔神”って設定を崩すと瑞穂に勝ち目がなくなるからね」
 抗戦の構えを見せる緋色。
「私の設定ですとぉ、乳が魔力回路なのですよぉ……」
 この恋音の発言が、皆の顔色を変えた。
「なんだと? 卑怯すぎだろ! 魔力がでかすぎて誰も逆らえねえじゃねえか!」
「ひんぬーな緋色は、抗う術すらないことになりますわ!」
「瑞穂、僕は男だから! ひんぬーなわけじゃないから!」
 錯乱している瑞穂を取り繕おうとする緋色。
「仕方がねえ、実力行使だ」
 ミハイルは立ちあがり、光纏する。
「いいねえ、カオスだよ」
 緋色も光纏。
「加勢いたしますわ、緋色」
 瑞穂が緋色の傍についた。
「お前らだけタッグかよ! こうなりゃ恋音、俺たちもタッグだ!」
「……おぉ……私は非戦闘員なのですよぉ……!?」
「やめろ! まじで屋敷が壊れる!」
 遠石 一千風(jb3845)の制止も聞かず、緋色&瑞穂タッグVSミハイル&恋音タッグの戦いが始まろうとしたその時!

「なんの騒ぎだ?」
 アンジュ、アイリス、咲魔 聡一(jb9491)が戻ってきた。
 登場人物紹介パートのラスト部分の収録が終わったのだ。
 かくかくしかじかと説明すると、聡一が鼻を鳴らした。
「なんでもいい早く決めろ愚図が。 いつまで俺を待たせるつもりだ愚図が」
「なんだと!?」
 無礼な物言いに眼を剥くミハイル。
 二人の間に椿が割って入る。
「あ〜気にしないで咲魔くんは役から抜け切っていないのだわ。 要は“押してますから、もうジャンケンで決めて下さい”と言っているだけなのだわ」
「ジャンケンか、屋敷を壊すよりはいいけどTV的には面白くないわね」
 アンジュの言葉を受け、アイリスが何やらタッパーを皆の前に置いた。
 そこにはシュークリームが並んでいる。
 “ロシアンシューだ、中に一つだけクリームの代わりに練りカラシが入っているものがある。 それを食べた者が辞退というのはどうだ?”
 と、口では言わずスケブにさらさら書くアイリス。
 ドラマ中は普通に喋るのに、楽屋では猫語しか話さないアイリス。
 こうしないとドラマ内で猫が言う事を聞いてくれないらしい。
「それでいいのですよぉ……」
 非戦闘員の恋音、巨大な胸を撫で下ろす。
「構わないよ、僕には勝利の女神がついているからね」
「まあ、緋色ったら」
 相変わらずイチャイチャな緋色&瑞穂カップル。
「ふっ、ロシアの血が流れている俺を相手にロシアンシューとは、お前らうかつすぎるな」
 なんだかよくわからないが、とにかくすごい自信のミハイル。
 椿はすでに辞退しているので緋色、恋音、ミハイルの三人が一斉にシューを口に放り込む事になった。
 なお、カラシシューを食べた者が我慢してそれを悟らせなかった場合は、じゃんけんによる再試合となる

「うん、皮がしっとり中はトロトロだね」
 緋色、セーフの模様。
「ふっ、ピーマンが絡まなきゃこんなもんだ」
 ミハイルもセーフ。
 そして恋音。
「お、おぉ……おぉ……!?」
 我慢しているようだが、乳の揺れ方がいつもと違う。
「一目瞭然」
「大きすぎるのも困りものですわね」
 当たりを引いた恋音、魔界組から脱落。

「お、おぉ……魔力回路が使えなくなるとは……(ふるふる)……」
 ついに乳を封じられた恋音。 
 最大の武器を失いつつも、胸に秘めた巨大な目的を果たせるのか?

●秘密暴露パート
 数日後。
 アイリスは屋敷内の清掃をしていた。
 自分が拾ってきた猫の糞や毛が耐えないため、屋敷の清掃には果てがない。
 アイリスは休む間もなく掃除を続けていた。
 と、ポケットの中で携帯が鳴った。
 辺りを見回し、人がいないのを確認してから着信するアイリス。
「アヤメだ、どうした」
 それがアイリスの本名だった。
 彼女は屋敷の清掃人であると同時に、裏社会の“清掃人”。
 電話は、アイリスの所属する組織からのものだった。
「そうか貴神夫妻はやはり、もう――殺したのは――奴か」
 アイリスは瞳に決意を込め、屋敷のある部屋に向かった。

「また掃除か、ご苦労なこった」
 部屋に入ってきたアイリスを、ミハイルは面倒くさげな目で見た。
 相変わらず昼間から、ウィスキーなど口にしている。
「ノラ猫どもを捨ててきたらどうだ? いい加減、手に負えないだろう」
「我々の母親のようにですか?」
 アイリスの言葉に、ミハイルはタンブラーに酒を灌ぐ手を止めた。
「……どういう事だ?」
 アイリスが自らの金髪をむしり取った。
 その下から、九代目当主・安榮と同じ黒灰色の髪が現れる。
「ほう? お前も、あのクソオヤジのお手付きで生まれた子供だってことか?」
「そしてそのあげく捨てられた――飼い切れなくなった猫のように」
「なるほどな――だが屋敷でいびられ飼い殺しにされてきた俺と、どちらが幸せかわからねえぞ」
「それが実の両親を殺した理由ですか?」
 ごく自然に尋ねるアイリス。
 ミハイルは無言でタンブラーを床に落とした。
 懐の拳銃にその手を向かわせる。
 だがソファーの影に隠れていた猫が、ミハイルの手に噛みついた。
「くっ」
 猫は拾って来たのに非ず、裏組織で訓練を施したアイリスの武器だったのだ。
「ご安心を、私も同じ穴のムジナ。 実の兄を警察に突き出すような真似はいたしません」
「何が狙いだ?」
「わかりません」
「なに?」
「今までは行方不明になった二人を探しだし、この手で復讐する事が目的でした。 でも、もういない。 貴方に先を越されたのです」
 優勢にあるはずのアイリスの方がむしろ動揺していた。
 人生の目標を失い、これからどう生きていいのかわからないのだ。
「フッ、そういう事か。 なら手伝え」
「手伝う?」
「貴神の血を根絶やしにする」
 ミハイルの殺戮宣言に、アイリスは頷いた。
「どうせ同じ穴のムジナです、兄様」

 アイリスが出ていった後、ミハイルは琥珀色の液体に満たされたタンブラーを見つめた。
 グラスに移るその貌は、人ならぬ魔物の貌だった。
「いい駒を手に入れた。 ゲームとしては面白くなってきたぜ」
 
 恋音は屋敷の書斎で本を探していた。
 内容を吟味しているのではなく、ページの間に挟まっている何かを探しているようだった。
「とろうか?」
 背が届かずに苦心している本を、聡一が取り上げ恋音に渡した。
「……おぉ……申し訳ありません、聡一様……」
 恋音は意外そうな顔をしている。
 聡一が他人に親切にするなど考えもしていなかったのだろう。
「いや、あまりに見苦しかったでね。 ありもしない遺言状を探している姿が」
 蔑むような目が、恋音に向けられる。
「……すると、あの遺言書は聡一様が、持っておられるということですか……」
「――家を継ぐのは生まれ順などに捉われず最も優秀な者であるべき、そう思わないか?」
 乾いた目で恋音に問いかける聡一。
「……私は、法の下に手続きを行うだけですぅ……」
「ちっ、つまらん女だ。 先代の方がまだマシだったな」
 聡一は吐き捨てると、書庫から出た。

 部屋に戻った聡一は、姿見前で服を脱いだ。
 全身には、深い古傷が今も残っている。
 実の子であるにも関わらず、両親に虐待された痕だった。
「あの両親に正しい判断など出来るものか」
 姿見の裏に隠した遺言書には、封がなされたままだった。
 中身を見る勇気は、聡一にはなかった。

 一千風の部屋。
 そのパソコンモニターに、彼女らの父親である安榮のデスマスクが映っている。
 一千風は、ナイフ型に変えたマウスカーソルで実父のCGを撫でまわしていた。
 安榮は、拷問されつつ苦しげな表情で何かを喋らされている。
「そう……ミハイルだけでなくアイリスも、薄汚いノラ猫の子供というわけなのね」
 一千風は安榮の告白を聞き終えるとマウスをクリックした。
 ナイフカーソルが安榮の右頬を突き刺し、左頬まで貫く。
「苦しい? 手癖が悪い報いよ、あなた」
 苦悶の呻きをあげる安榮を小気味よさげに見つめる一千風。
 そこに、マッドサイエンティストの影はない。
 かつてカリスマ性を唄われた母・エリに酷似した美貌があった。

 その一千風を、天井裏から観察している影があった。
 金に釣られて魔物屋敷に来てしまった新人メイド――そうであるはずのアンジュだ。
(なるほど霊力的に不安定だと思ったら、あんな装置で霊界との穴を開けていたのね)
 アンジュは、貴神一族と悪魔との繋がりを調べるため屋敷に送り込まれた“武装巫女”だった。
 怪異と戦うために幼少の頃から、訓練を受けてきたのだ。
 屋根裏から這い出るアンジュ。
(面白いものを見つけたわ。 ま、悪霊だろうと悪魔であろうと、 私が怪異を相手にするのに変わりはないわねー)
 アンジュは、拳銃を取り出した。
 対怪異用に特化した最新モデルだ。
(来週には相続権を決める食事会――そこで怪異の力を顕わにする者がいるはず! こいつでぶち抜いてやるわ!)

 瑞穂の部屋。
「“清掃人“に”武装巫女“ そんなものまで我が家に侵入していましたの」
 緋色の報告に瑞穂は目を見開いた。
「それですと、今までの使用人たちのように緋色の本体を復活させる糧にするわけには……」
「いかないだろうね、あと二人ばかりで地下に隠している僕の本体が蘇るというのに――」
 緋色はこの地下に眠る魔神の端末のような存在だった。
 この家の繁栄と引き換えに生贄を捧げさせ、本体の復活を遂げるべく数百年の時を費やしてきたのだ。
 これまでに報告された“精神に異常をきたした使用人”は魂を緋色に喰われ、最低限の感情のみを残して捨てられた言わば“絞りかす”だった。
「ああ緋色、不安ですわ……本当にこの家を継げるのかしら?」
「大丈夫だよ、僕は屋敷の全てを把握しているけど、屋敷の人間は誰も僕に勘付いていない」
「貴方だけが頼りですのよぉ、もうわたくしぃ、貴方が居ないと駄目なんですのぉ♪」
 豊満な肉体を緋色に寄せる瑞穂。
 ソファーの上で互いの服を脱がせ合う。
 夕日の逆光に少女の豊麗な胸と、少年の薄い胸板が重なり合った。

●楽屋裏パート2
「だめだだめだ! そこまでにしておけ!」
 一千風は生放送のカメラを、自分たちの入る楽屋に無理やり切り替えた。
「なぜですの? 私と緋色の愛の営みをお茶の間にたっぷりお送りしようというのに!?」
 音声だけで抗議する瑞穂。
「だからだ! 突然、ラブシーンが始まった時の、お茶の間に流れる気まずさはガチだからな!」
 顔を赤くして叫ぶ一千風。
 他何人かが、親と一緒の時は気まずさを思いだし、頷いている。
「……さてどなたが遺産を継ぐ事にいたしましょうかぁ……それに合せて、脚本を調整する事になりますがぁ……」
 残り少ない時計を見ながら、皆に問いかける恋音。
「ハッピーエンドじゃ面白くないな、腐った一族がいかに滅びていくか、視聴者は刺激を求めているんじゃないか? つまりは俺の手にかかって、全員皆殺しEDがベストだ」
 ミハイルは威嚇するかのように拳銃を構えた。
「そんな展開、刺激的なだけで後味が悪いですわ! ノブレス・オブリージュ(高貴なる者の義務)を体現しているわたくしが家督を継ぎ、緋色とともに種族を越えた愛を遂げてハッピーエンド! これが王道ですわ!」
 瑞穂は、自分&緋色ENDを主張。
「いや、エリが生きていれば相続権の大半はエリに発生するはずだな。 死んだはずのエリが娘の体を乗っ取って現れるのはどうだ? その後どうなるかなんてはっきりしなくてもいい。 視聴者の想像で恐怖を広げて貰えばいいんだ」
 一千風は和風ホラーENDを主張する。
「待て、遺言書を持っているのは俺だぞ! 全てはスタッフがこの中に何と書いたかで決まるんだ!」
 懐から、小道具の遺言書を取り出す聡一。
 本当に中身は見ていない、スタッフ任せだ。
 それぞれ自分ENDを主張する貴神兄弟役たち。
 遺産を継ぐ展開になれば、主役としてクレジットされるのだから必死である。
 と、突然ミハイルが妙な小瓶を懐から出した。
「クッククッ……さっき皆が飲んだ飲み物の中にこれを入れておいたぜ。 そろそろ薬が効いてくるんじゃないか?」
「なんだと?」
「なんて卑劣な!」
「大人ってのは卑怯なものさ! 解毒剤はこちらの瓶だ。 欲しければ俺の案を通せ!」
 卑劣極まるミハイルの脅迫。
 皆が睨み合っていると猫たちがにーにーとミハイルの足元にすり寄ってきた。
 アイリスが連れてきた猫だ。
「くっ、罠だとわかっているのにモフらずにはいられん! なんと卑怯な」
 たまらず猫をもふりだしたミハイルにアイリスが 『お前には言われたくない』とスケブに書いて差し出した。

 皆は、解毒剤を簡単に奪い分け合って飲んだ。
「なんかラベルに、ビタミン剤って書いてあるぞ」
「錠剤にも、そう書いてあるね」
 毒はハッタリだったようだ。
 その時、突然、瑞穂が声をあげた。
「しくじりましたわ!」
「どうしたの?」
「わたくし、魔神である緋色と契約して不死になっている設定がありましたの!」
「そういやそんな設定あったね」
「ミハイル案に乗ったフリをして皆殺しにされた後、わたくしだけ復活して立ちあがれば衝撃的かつハッピーなドラマが出来ましたのに」
 時すでに遅く、スタッフから巻きの指示がきた。
 出演者たちは追い立てられるかのように、最後の収録現場である食堂へ向かった。

●食事会パート
 貴神家の食堂。
 ワイン色のテーブルクロスのかけられた大きなテーブルに、貴神家の兄弟四人と弁護士の恋音が座っている。
 メイドの椿、アイリス、アンジュは、配膳をしている。
「お待たせしました、貴神家特製カロリー50%ローストビーフです(もぐもぐ)」
 アンジュは口に何か入れたまま配膳している。
 彼女が配った皿はアイリスが配っているものより、ローストビーフが二切れ少ない。
「アンジュさん、つまみぐいはおやめなさい」
 アイリスが先輩として注意したが
「つまみ食い? 何をおっしゃっていやがるのですか? 言いがかりですわ(もぐもぐ)」
「アンジュちゃ〜ん、ちょっとこっちへ」
 椿がアンジュの首根っこを捕まえて、食堂から引っ張り出す。
「離して! 怪異が……(もぐもぐ)」
「言い訳は、口の中のものを出してから聞くのだわ」
 対怪異用の武装を整えていたアンジュ。 ローストビーフの魅力の前に強制退去。

「会議の前に、確認したい事がある」
 末っ子の聡一が口火を切った。
「そこにいる女は誰だ?」
 聡一が怪訝な目を向けたのは、次女一千風の席だった。
 そこを占めているのは、よれよれの白衣姿の娘ではない。
 艶やかなドレスを着た女だった。
 美貌の女性大臣としてカリスマを謳われながら、夫と共に失踪し世間を騒がせた貴神エリその人だったのである。
「母に対する口の利き方を忘れたのかしら、聡一」
 サディスティックな目を向けるエリ。
「これは何の会議なのかしら? 私が生きている以上、財産は私が管理するわ」
 だが、聡一はそれを鼻で嗤った。
「自分が選ばれるわけがないとやけを起して、お母さんごっこか? 一千風姉貴らしい屑戦術だ」
「一千風? あの娘はもういないわ。 命を捧げたのよ。 ノラ猫の子に殺されてしまった、この母の憑代になるためにね!」
 自分を殺したミハイルを睨みつけるエリ。
 だがミハイルは、すでに拳銃を手にし、銃口をエリに向けていた。
「蘇ってくれて感謝するぜ、一度と言わず何度でも殺してやりたい女だったんだ」
 だがエリも左手に隠し持っていた護身用の銃を、ミハイルに向けている。
「当主の妻として、屋敷に住みついたノラ猫は駆除させてもらうわ」
 憎悪をぶつけ合う義母子。
 次の瞬間、エリのコメカミに穴が開いた。
 給仕をしていたメイドのアイリスが、銃を放ったのだ。
 銃声の後に一瞬の静寂。
 アイリスは、ミハイルに頭を下げた。
「ミハイル様、申し訳ありません。 諦めていた復讐――この手でどうしても果たしたかったのです」
「ちっ、まあいい。 ――どうせ、後で全員喰うことになるしな」
 銃を懐にしまいこむミハイル。

「さて、本題に戻ろう」
 平気な顔で話を続けようとする聡一に、瑞穂が戸惑う。
「何を落ち着いていますの!? 人が、家族が殺されましたのよ!」
「貴神一千風は、オカルトに憑りつかれた末、正気を失って自殺した。 説得力としてはこれで充分だろう」
「そんな、妹の死をもみ消せと!?」
 慌てる瑞穂をミハイルが嘲笑う。
「世の中は金と権力でどうにでもなる。 散々いろいろやっておいて今更何言ってんだ」
「そうですの――なら、わたくしも容赦はいたしませんわ――緋色!」
 瑞穂が呼びかけると、そこに人形めいた容姿の少女、緋色の姿が忽然と現れた。
「貴神家の皆さんにとっては、初めして――かな? 僕が代々この家を繁栄させてきた守り神――本当の“貴き神”とは、僕のことさ」
「おーっほほ! わたくしがこの緋色に選ばれましたのよ! 跡継ぎに相応しいという事ですわ!」
 勝ち誇りの絶頂に立つ瑞穂。
 それに対応したのは恋音の事務的な声だった。
「……法的根拠が、ありませんねぇ……」
「な!?」
「魔神には、相続に関与する法的権限はありません……」
「な、なっ!?」
 狼狽える瑞穂。 
「クッククッ、魔神様もかたなしだな」
 ミハイルの笑いと共に、その背中に、魔物の影が映った。
「お前ら、皆殺しだ! 最後の一人になりゃあ自動的に富を手に入れられるんだからな!」
「貴方、なにものですの!?」
「俺は、ここを追い出されたメイドが、息子の命と引き換えに呼び出した悪魔だぜ」
 ミハイルの肉体を乗っ取った悪魔、それがその正体だった。
「クククッ、お前たちを皆殺しにし、人間界を乗っ取るため俺がこの家の財を――」
 言いかけた時、またも恋音が事務的に呟いた。
「それは相続放棄と見做して宜しいでしょうかぁ?」
「!?」
「今の発言は“ミハイル様ご本人ではない事を認める“という趣旨にとれますぅ……その場合、他の方が全員死亡されても相続権は発生いたしません……相続権を放棄するという事で宜しいでしょうかぁ?」
「う?……ぅ……何でもない」
 こんなはずではなかったと項垂れる悪魔。
 いつの間にか、爆乳弁護士のペースに乗せられている。
「いい年してオカルトごっこか! 屑どもが! 」
 聡一が、忌々しげに封書を突き出した。
「遺言書だ! 皆、消失したなどと騒いでいたが、僕が預かっておいたのさ!」
「なに!」
「開け、屑にもわかりやすいよう結果が書いてあるだろうよ」
「……では、弁護士として私が立ち合わせていただきますぅ……」
 封書を開ける恋音。
 固唾をのんでそれを見守る一同。
 そこに書かれていた相続人の名は――。
「……聡一様ですぅ」
 
唖然と末っ子の顔を見つめるミハイルと瑞穂。
 だが、最も動揺しているのは聡一自身だった。
「は、はは……嘘、だろう……奴等が俺になんて、そんな…あってたまるか……」
 聡一は拳銃を取り出し、それを口に銜えた。
 虐待されていた記憶とこの結果の整合がとれず、精神が均衡を失ったのだ。
「聡一様、おやめ下さい!」
 アイリスの言葉も無視し、聡一が自ら死の引き金を引こうとしたその時だった。
「……この遺言書は無効ですねぇ……」
「なに?」
「実は祖父が現役の頃、もう一通遺言書を預かっていたのですよぉ……遺言書が複数存在する場合、新しいものの方が有効となります……今まで、そちらの遺言書を探していたのは、どちらの日付が新しいか、念のため確認したかったからですぅ……」
「……なん……だと!?……」
 恋音が新しい遺言書の封を解く。
 そこに書かれていた内容は、前の遺言書とは全く異なるものだった。
「“誰よりも早く相続権を放棄した者“に貴神家の全てを相続させる。 この遺言書開封前にそれが現れぬ場合は、遺留分等を残し、全てを孤児院に寄付する……だそうですぅ」
「慈善団体に全て!?」
「……安榮様が、祖父にそのように口頭で説明していたのを事務所で聴いていましたので、おそらくとは思っていましたがぁ……では、そのように取り計らいますぅ……」
 恋音は爆乳をふるふる震わせつつ、遺言書を小脇に退室してしまった。

 全てを失い、茫然と天井を仰ぐ貴神家の兄弟たちを背景にEDロール。
 ドラマに一度も登場していない孤児院の名が、主人公としてクレジットされていた。

●楽屋裏パート3
 ドラマ終了後、皆で楽屋に戻る。
「やられた、まさか遺言書をもう一通作っておいて最後まで隠しておくとは――後だしジャンケン最強だな」
 ふうと溜息をつくミハイル。
「まあ別に良いさ。 俺にとってはただの余興だ。 その程度のはした金、俺の頭脳があればすぐに稼げる」
 震え声の聡一。
 その聡一に“いいかげん役から抜けろ”と書いたスケブを突き付けるアイリス。
「財産を得るのに、オカルトに頼ったのはまずかったかもね」
「そうですわね、緋色とわたくしの持つ、愛と高貴なる魂で勝負すべきでしたわ」
「その意味では私も同じだな、エリ本人との入れ替わり劇にすれば勝ち目もあったか」
 敗因の近い緋色、瑞穂、一千風が身を寄せ合う。
「悪魔や魔神とドンパチするはずだったのにね、ローストビーフの味には勝てないわ(もぐもぐ)」
 スタッフに作って貰った退魔モデルガンを虚しげに見つめるアンジュ。
「……おぉ……魔力を奪われてどうなるかと思いましたが、うまくいきましたぁ……」
 切り札である乳を封じられても、さらなる切り札を隠し持っていた恋音。
 知恵でオカルトを制し、大勝利である。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 魅惑の囁き・帝神 緋色(ja0640)
 Eternal Wing・ミハイル・エッカート(jb0544)
 大祭神乳神様・月乃宮 恋音(jb1221)
重体: −
面白かった!:5人

ラッキースケベの現人神・
桜井・L・瑞穂(ja0027)

卒業 女 アストラルヴァンガード
魅惑の囁き・
帝神 緋色(ja0640)

卒業 男 ダアト
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
大祭神乳神様・
月乃宮 恋音(jb1221)

大学部2年2組 女 ダアト
深淵を開くもの・
アイリス・レイバルド(jb1510)

大学部4年147組 女 アストラルヴァンガード
絶望を踏み越えしもの・
遠石 一千風(jb3845)

大学部2年2組 女 阿修羅
そして時は動き出す・
咲魔 聡一(jb9491)

大学部2年4組 男 アカシックレコーダー:タイプB
ドS巫女・
加賀崎 アンジュ(jc1276)

大学部2年4組 女 陰陽師