●
大会当日。
会場である公民館の大モニターに、最初のカードが表示された。
【源一&レフニータッグ】VS【ミハイル&レギタッグ】
「最初からでござるか、緊張するでござるよ」
「シズマ筆頭、落ち着くです」
ビビリワンコこと静馬 源一(
jb2368)が、胸の辺りがちょうど壁っぽいRehni Nam(
ja5283)を壁にしながら舞台にあがってくる。
一方、対戦相手である金髪の白人男性ミハイル・エッカート(
jb0544)と、黒髪に褐色肌の花見月 レギ(
ja9841)は落ち着きを醸し出しながら舞台上にあがってくる。
「レギ、いきなりだがアレを呼び出すときが来たようだ」
「あんな恐ろしいやつを呼び出すことになるなんて……しょうがないな」
脅し文句に、さらにビビる源一。
「レフニー殿! あんな事言っているでござる! 拙者辞退するでござる!」
「逃げるなです! どうせおっさんどもの戯言なのです」
ミハイルもレギもアラサーである。
「ふふっ、おっさんか……言われてしまったね」
「不良中年大いに結構! 社会に出た大人の協調性って奴を見せてやろう!」
この大会は互いに合体技一撃ずつを繰り出すのみ!
最初からクライマックスのシンプルな対戦方式である。
なおアバターの元となる選手は、音声入力マイクを付けてパソコンの前に座るので、画面内にある程度の介入が効く。
入力済の台詞だけではなく、アドリブ会話が可能なのである。
モニターの中で二組のタッグがアバター化し、一戦目が開始された。
レフニー『さあ、準備は良いです? 打ち出すのですよ!』
シズマ『レフニー殿! 今こそ駆け抜ける時で御座る!』
巨大なお玉を生みだすレフニー。
その上に源一が、小型犬の如くちょこんと座る。
タッグ技の準備は、これで完成した。
時を同じくして対峙するタッグ陣営では、レギが上空に手をかざしていた。
レギ『終わりにしようか』
大地に巨大な魔法陣が現れる。
懐から取り出した拳銃から魔法陣にアンタレスを撃ち込むはミハイル。
ミハイル『その目で地獄をしかと見るがいい』
魔方陣がアウルの塊となり獣の形をとり上空へと駆け上がっていく。
分厚い雲が立ち込める。
そこには、何かが潜んでいた。
レフニー『吠えなさい!ダイシズマー!! 武神の如く!!』
レフニーがおたまを持つ腕を振るい、その上に乗った源一を射出した。
風のアウルを纏った源一が螺旋の軌道を描きながら弾丸の如く直進する!
源一の風遁・韋駄天斬りを弾丸にレフニーのお玉アタックで打ち出すこの合体技は!
源一&レフニー『奥義!! シズマインパクトォォォ!』
ミハイルとレギの頭上の雲からは、とんでもない物体が出現していた。
レギ『出でよ!魔獣ケセラン!!』
赤いオーラを纏ったもふもふ召喚獣。
そのサイズは、元のケセランの数十倍はある。
その目は禍々しい光を放つ。
ミハイル『こいつは世界を七日間火の海にした伝説の魔獣だぜ』
レギ『ミハ君、俺のわたげに妙な伝説をつけるのはやめてくれ』
だが魔獣が口を開くと、伝説通りに大地が業火に包まれた。
源一『うわ〜! あのもふもふ恐いでござる! 止めるでござる!』
出現した巨大もふもふとにビビりまくる源一。
だが、その体は疾風を纏いてすでに弾丸と化している。
レフニー『覚悟を決めなさい! 静馬筆頭! 決め台詞の時間ですよ!』
画面外のレフニーが決め台詞ボタンをポチッと押すアバター達が入力済台詞を声に出し始める。
レフニー『ふっ、私達に』
源一『貫けぬもの無し!!』
この時だけ画面内の静馬の顔がキリッとするが、すぐ元に戻る。
ミハイルも決め台詞ボタン。
ミハイル『地獄の炎ですべてを焼き尽くせ!』
紅蓮の炎が一段と強まり源一を包み込む。
源一『うわーー!?』
ミハイル『骨まで焼き尽くされろ、灰はあとで集めておいてやる』
炎に包まれた風の弾丸!
その行方は!?
「やりましたね、シズマ筆頭、上手く決まったのです!」
舞台上でハイタッチしながら小躍りするレフニーと源一。
見事に巨大ケセランの胴を貫いていた。
「俺の……わたげが……」
バーチャル上の演出とはいえ、どてっぱらに穴を開けられ、目を廻しているケセランの姿に茫然とするレギ。
「ちっ、アンタレスの熱を風のバリアで遮断しやがったか」
「相性の問題だね……仕方ない」
慰め合う大人二人の前で、レフニーと源一は手を取りあって喜んでいる。
「わふー! レフニー殿! さいこーで御座ったね! 自分達の一撃の前に敵はないで御座る!」
「シズマ筆頭! これ、今度実戦に参加した時も試してみませんか? 敵さん、絶対ぽかーんってなって無防備に喰らうのですよ!」
二人の間にミハイルが目を見開き、割って入った。
「待て、ぽかーん度では、俺達の技の方が上だ!」
「ミハ君……子供じゃないんだから張り合わないでくれ」
合体により、元の技にはないとんでもない事が起こる事が証明されたこの対戦。
二戦目以降では、何が起きるのか?
●
二戦目開始前。
舞台上にあがっているのは、米食い男子・鐘田将太郎(
ja0114)と、メカ少女・ラファル A ユーティライネン(
jb4620)。
二人ともタッグリーダーではあるが、パートナーは決まっていない。
合体技のみ用意し、パートナーをその場で探す即席タッグ方式である。
「お客様の中に、衝撃波スキルか、呪縛スキルを活性化される方はいらっしゃいますかー?」
運営委員の呼びかけに対し、銀髪幼女・雫(
ja1894)が、挙手をする。
「はい、衝撃波なら、烈風突が使えます。
奇術士の少年、エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)もシルクハットを取って挨拶した。
「僕のタップダンサーは、元が呪縛陣ですのでお役に立てるかと」
どちらも戦闘慣れした撃退士だが、これはタッグ戦。 即席で息は合うのか?
運営からのインタビューに対し、エイルズはこう吹聴した。
「心外だなぁ、僕はニンジャですからねえ。 サポートに徹して、おいしいところはおサムライさんに譲るんですよ」
モニターの中、ガチャコンウィィンとギミックが稼働する。
全エネルギーが、ラファルの右腕のリアクターに集中しつつあった。
その様子を相方のエイルズは、ただニヤニヤ顔で見つめている。
ラファル『どうした、打ち合わせ通りに台詞!』
エイルズ『僕の台詞? “俺ごとやれ“でしたっけ? ガラじゃありませんねぇ』
やれやれと首を横に振るエイルズ。
ラファル『なにぃ!』
エイルズ『そもそも自己犠牲技なんてキャラじゃないんですよ、いくらバーチャルとはいえ』
またやれやれと溜息をつく。
予想外の反応に泡を喰うラファル。
ラファル『言っている場合か! やられちまうぞ!』
エイルズ『やったら、貴方にやられちゃうじゃないですか』
一方、将太郎は飛燕を放ちつつ自信の象徴ともいえる台詞を叫んでいた。
将太郎『日本人なら米を食え! 米を!』
彼の飛燕は、粒子が米に見えるようエフェクトを施してある。
それに応じて雫が、身の丈を遥かに凌ぐ大剣を振った。
雫『伝播せよ、衝撃!』
巨大な刀身が衝撃波を生みだし、米に加速を付け、横殴りの米吹雪を作り出した。
将太郎・雫『ライスラッシュ・烈風突き!』
こちらは呼吸もばっちり合い、合体技が産声をあげる。
向かって来る米吹雪を前に、エイルズがシルクハットを空に放り投げる。
エイルズ『仕方ありませんねえ、死なばもろともって奴ですか』
エイルズの腕から夥しい量のカードが滑り落ちた。
呪縛陣の改造技・タップダンサー!
カードが、将太郎と雫にまとわりつき、身を縛り上げる。
将太郎・雫『うっ!?』
ラファル『焦らせやがって!』
エネルギーを充填した右腕を掲げるラファル。
ラファル『アウルリアクターオーバーロード!! エネルギー変換6000万光年パワー、ぶっとべ冥界の果てまで!!!』
ラファルが放つは乾坤一擲の一撃!
躱されたら、戦場で動けなくなる可能性がある捨て身スキルである!
それを先に相手を動けなくしてから、ぶっとばすという必勝コンセプト!
カードに縛られた将太郎の体が、大きくふっとばされる!
だが……。
雫『あぶなかったです』
将太郎『助かったぜ雫』
将太郎がふっとばされたのは、先に呪縛を解いた雫が大剣で跳ね飛ばしたからだった。
技を躱されたラファルに米の嵐が襲い掛かる。
ラファル『うわぁーー!』
それを、エイルズは物影からニヤニヤ眺めていた。
リアルの舞台。
敗北したラファルは、エイルズに抗議を始める。
「何が自分はサポートに徹するニンジャだ! テキトーにやりやがって! 捨て身で相手を羽交い絞めにしろよ!」
「サポートと自己犠牲は違いますよ? 大体、自己犠牲を強いる技を即興の相方に強いるとか間違ってやしませんかねぇ?」
一方、通報必至タッグの鐘田は満足げに相手タッグを見下している。
「ふんっ、仲間割れした上、口を開けて米粒を受けとめんとは、日本人の心の無い奴らめ! お百姓さんに申しわけないと思わんのか!」
「鐘田さん、あの二人は外国人です……」
●
「雪ノ下先輩、あれがリア充というものでしょうか?」
「うむ、学生結婚はリア充の極みだな」
次に舞台にあがったのは、雪ノ下・正太郎(
ja0343)と咲魔 聡一(
jb9491)の非リアタッグ。
対するは浪風 悠人(
ja3452)と浪風 威鈴(
ja8371)の夫婦タッグ。
「ふっ、不憫不憫と言われますが、俺には威鈴がいる! 全然、不憫じゃありません!」
胸を張る悠人。
「悠人……ここで勝ち誇るのは負けフラグなの……」
バーチャル空間でリュウセイガーに変身する正太郎。
一方、聡一も悪の戦隊っぽい緑のゴーグルスーツに姿を変えている。
正太郎『咲魔君、よろしく頼むぜ』
聡一『自惚れるなリュウセイガー……僕にも奴が邪魔なだけだ』
ヒーロー&ツンデレライバルっぽい演出をしつつも、技に入る。
大きく跳躍するリュウセイガー。
乾坤一擲に格闘技の三角締め要素を足したオリスキ、リュウセイガートライアングルの体勢!
一方、咲魔は大地から食虫植物を生やす!
アイビーウィップの改良技、食虫植物の祭典!
この二つの技が合わさり、産みだされるは合体スキル!
聡一『天地照臨!』
正太郎『カーニバラス・トライアングルッ!!』
対峙する浪風夫妻は、手を繋ぎながら寄り添っていた。
悠人『不幸を幸に』
威鈴『想いを力に』
悠人『二人の愛が』
威鈴『世界を変える』
悠人『斬り裂け』
威鈴『降り注げ』
悠人・威鈴『これが二人の』
空いた手を空に掲げながら、合体技の名を同時に叫ぶ二人。
悠人・威鈴『千刃斬雨!』
天と大地に魔法陣が描かれ、そこから流星が降り注ぎ、立ち昇った。
聡一の食虫植物を、刃と化した流星が切り裂いていく
悠人のコメットが、威鈴のオンスロートにより刃のアウルに変化したのだ。
だが、植物も圧倒的な生命力を以て再生し続け、刃を主の元へは届かせない。
咲魔『今だ、リュウセイガー!』
聡一の声に応じ、天に飛びあがった正太郎が、巨大な青龍と化した
正太郎の三角絞めが浪風夫の首を極める!
刃を掻い潜った食虫植物が浪風妻の首を締める!
歯を食いしばり耐える悠人。
悠人『くっ、例え俺が世界一不幸な男でも構わない、威鈴と一緒に居られるならな』
威鈴『壁は……ボク達にとっては……些細なものだもの……』
二人の愛が重圧となり、巻き付いた龍にのしかかった。
その重みに振り落されかける龍。
正太郎『くっ、愛の力には勝てないのか』
咲魔が激を飛ばす。
咲魔『くじけるな、リュウセイガー! 今は辛くとも、あと十年経ってこのログを見返せば、悶絶するのは向こうに決まっている!』
悠人・威鈴『え?』
一瞬、素になってしまう浪風夫妻。
確かに掛け合い台詞が甘々過ぎた。
その隙をついて、食虫植物が勢いを強めた!
雪ノ下も最後の力を振り絞る!
正太郎『行くぜ、これが俺達の勝利の一本締めだっ!!』
浪風夫妻は絞め落され、同時に瞼を閉ざした。
「勝ったー!」
「やったな、咲魔さん!」
舞台上でガッツポーズをとる非リアタッグ。
一方、悠人はがっくりと膝を地に付けている。
「うう、俺だって十年後どころか、今だってログを見返すのが怖いですよ」
「……悠人……自業自得なの……」
●
ここでブレイクタイム。
唯一、非戦闘部門で参加してきた乳神様・月乃宮 恋音(
jb1221)が、癒しの合体スキルを披露する。
「……おぉ……マインドケアが必要なので、使える方おられましたらお願いしたいのですがぁ……」
ところが、誰も挙手しない。
「……おぉ……!?……」
恋音が戸惑っているとレフニーが手をあげた。
「ジョブチェン前は使えたから、設定弄れば何とかなると思うですよ、チチノミヤ教授」
顔無しが相方では味もないので、休憩時間という事もあり、ツール設定を操作してレフニーにご協力いただく事にする。
モニターに、恋音アバターとレフニーアバターが並んで登場する。
片方は直立しているだけでふるふる揺れまくっているのに、片方は跳び回っても微動だにしない。
「凄い差ですね」
思わず声に出してしまう正太郎。
声には出さないだけで、皆も同じ部位を見ている。
「がるる! なんですかこのアバターは!」
“爆乳“と“壁”では仕方がない!
モニター内に他の全参加者のアバターが現れた
それに向かって説明をする“爆壁タッグ”
「……私の合体スキルは、スリープミストの霧にマインドケアを乗せるものなのですぅ……不安や心配を取り除き、とても安らかな睡眠をもたらしますぅ……」
「ここにいるアバターさんたちが安眠してくれるか、実験をしてみようという事です」
モニター内実験開始!
過半数の十名が眠れば成功とする。
優しく恋音が囁く。
恋音『……もう大丈夫、ですよぉ……』
猫口で頷くレフニー。
レフニー『安心して、魔王に魂を捧げるがよいです』
恋音『……おぉ……違うのですよ、レフニーさん……(ふるふる)……』
アドリブで漫才を繰り広げる爆壁タッグ。
恋音『……お休みなさいませ、良い夢を……』
恋音の言葉と共に、合体スキル“豊穣の揺り籠”が発動した。
アバターの何人かは安堵した顔でうとうとし出したが、別の者は己の首を爪で掻きむしり、破りとらんばかりの勢いで瞼を引っ張り、死んでも眠るまいとしている。
恋音『……これは一体!?……(ふるふる)……』
予想だにしなかった反応にふるふるする恋音。
レフニー『魔王の伝説を知っている人たちです! 寝たらと死ぬとわかっているのです!』
恋音『そ、そんな事はないのですよぉ……(ふるふる)……』
恋音が説得すると、死の恐怖に抗い眠らんとしていた者たちも、全員力尽きたように眠ってしまった。
ふるふると震え続ける恋音の胸。
人の目を惹きつけてやまないそれが、催眠術の振り子となって最期の眠りに誘ったのだ。
レフニー『何人も、魔王の手からは逃れられないのです!』
恋音『……風評被害ですぅ……(ふるふる)……』
●
休憩あけ、舞台上にあがったのは、俺っ娘美少女な樒 和紗(
jb6970)。
「ファイヤーブレイク使える人いませんか? 似たような炎系範囲攻撃スキルでも構いませんけど……いないか、いませんね、ならいいです……」
早々に諦め、舞台上から降りようとする。
「あ、待って下さい! います! ファイヤーブレイク活性化していますよ!」
慌てて舞台上にあがってきたのは、二mはあろうかという大男、・仁良井 叶伊(
ja0618)。
叶伊の爽やかな笑顔を見上げた和紗は、溜息と共に呟く。
「やらざるをえないんですね……誰かと組んで技を発動するとか、ハードル高い……」
「何か?」
「いえ、何でもないです」
実は隠れ根暗ぼっち属性な和紗。 このまま下がった方が楽だったのにと思っていたりする。
「ところで我々の対戦相手は?」
叶伊が辺りを見回すが、舞台には相手タッグがいない。
数秒後、地震でも起きたが如く、舞台が揺らいだ。
「僕らなんだな!」
元力士・クレヨー先生!
二百キロの巨体を揺らして登場!
「椿ちゃんに断られたから、新しい相方と新技を開発したんだな!」
「新しい相方?」
クレヨー先生に続いて舞台にあがってきたのは、金髪巻き毛の美女・リズ。
「私ざます!」
椿の親友で、撃退士としてはアスヴァンだったはぐれ悪魔である。
「これは手強そうです」
叶伊は二人と依頼を共にした事があるが、その実力までは知らない。
だが、歴戦の勇士の風格は対峙するだけで充分に感じられた。
モニターの中で和紗が弓に矢を番える。
その先に叶伊がファイヤーブレイクで火を灯す。
叶伊『フレイムフォース・チャージ……シュート!』
巨大火球を矢尻とした矢が、和紗の構えた弓の中で燃え盛り始める。
和紗『これで俺があのスキルを使えば』
その時、目の前にクレヨー先生とリズが駆け込んできた。
リズ『そのスキル、待ったざます!』
発動しかけていた和紗のスキルが突然、使えなくなった。
リズのシールゾーン!
クレヨー先生はド迫力の四股を踏んだ。
クレヨー『ここからは男の土俵なんだな!』
スキル封印より早く、死活が発動している!
男の気勢に応じるかのようにシールゾーンの効果範囲が、土俵の幻影と化した。
和紗『なんですこれ?』
リズ『スキルなしで男同士、ガチでやりあうがいいざます!』
クレヨー『相手を自分の土俵にあげ、肉弾戦で相手を倒す! 効果時間が過ぎるまでに倒せなければ相手のスキルが発動して敗死! それが僕らの合体スキル“土俵にかけた命”なんだな!』
それを聞いた叶伊は、武術の構えをとる。
叶伊『そういう事ですか、面白い』
矢に炎を宿したまま、構え続ける和紗。
和紗『仁良井さんを信じます!』
力士・クレヨーと武術家・叶伊、一対一の対決が土俵に巻き起こった。
巨猪の如く、ぶちかましをしかけるクレヨー。
叶伊『うおっ』
胸にそれを喰らう叶伊。
巨体を巨体が辛うじて受け止め土俵際に足をかける。
組みついたクレヨーに、武術の寸勁を撃ちこむ叶伊。
だが、手ごたえがない。
叶伊『死活か!』
クレヨー『倒れないのが、力士の矜持なんだな!』
叶伊を捕まえ、すくい投げに叩きつけようとするクレヨー。
だが、叶伊も武術家。 力士の丸太の如く右腕を脇に極めて投げを抑える。
叶伊『攻撃が効かないなら、防御に徹するまでです!』
クレヨーの攻勢。
必死に凌ぎつづける叶伊。
二人の全身が汗まみれになり、息があがった時、シールゾーンの効果が切れた!
仁良井『今です!』
引いていた弦にすでに込めていたスキルは、暴風の猛射撃技バレットストーム!
和紗『蒼炎によりて全てを滅す――ラグナロク・ブルーフレイムストーム!』
仁良井『ブラスト!』
蒼炎の宿った矢が、嵐の様に撃ち出され拡散した。
クレヨー『僕の死活はまだ続いているんだな!』
炎矢を、突っ張りの連続で叩き落とそうとするクレヨー。
だが、数が多すぎた!
捌ききれなかった矢が、弁慶の最期が如く突き刺さっていく。
死活が切れた後、青い炎に包まれ、焼き尽くされる巨体。
クレヨー『うぉー!』
即席タッグにも関わらず、台詞の掛け合いもバッチリ決まり勝利した和紗・叶伊タッグ。
嬉しげに顔を見合わせる。
叶伊『やりましたね』
コクリと頷く和紗。
和紗『噛まずに言えました』
叶伊『そっちですか!?』
リアルに戻ると、クレヨー先生は本気で悔しがっていた。
「うう、相手が仁良井くんでなければ、絶対勝ててたんだな」
スキル禁止の肉弾戦となれば体格と格闘経験がものをいう。
叶伊以外で、制限時間までクレヨーの攻勢に堪え得る人材は少なかっただろう。
リズが、和紗に称賛を送る。
「見事な技だったざます、技名をもう一度教えて欲しいざます」
若干、頬を赤らめる和紗。
「中二な技名なんで恥ずかしいんですが……らぐなろく、うる……くっ」
舌を噛み、蹲る和紗。
何度もは言えないその正式技名は“終焉の蒼炎矢<ラグナロク・ブルーフレイムストーム>”である。
●
舞台上では恋音を黒百合(
ja0422)が説得していた。
「……ですからぁ……非戦闘員なのですよぉ……」
「困ったわねぇ? テラ・マギカを使えるのは貴女だけなのよぉ」
魔王とか最終兵器とか言われながらも非戦闘員を貫いてきた恋音、簡単には譲れない。
「仕方ないわねえ、今回は顔無しアバターを使うわぁ」
「おぉ……申し訳ないのですよぉ……(ふるふる)……」
戦闘しなくてすむと知り、恋音は巨大な胸を撫で下ろして舞台上を降りた。
その傍で対戦相手の雫は、雪室 チルル(
ja0220)を舞台に呼び出していた。
「さいきょーのあたい登場!」
「吸魂符をお願いしす、今から活性化出来ますか?」
「まかせてよ!」
内心、ほっとする雫。
実は、吸魂符相当のスキルは黒百合が活性化させており、厳密には優先権は黒百合にある。
黒百合2Pカラーを危険色の虎縞にでもして自分のパートナーにし、同キャラ対戦させるのも悪くないと思っていたのだが、ふと気づくと最終戦前。
残りの参加者は固定パートナータッグ二組なため、固定のタッグリーダーを持たぬ上、ここまで活性化スキルに“当たり”が出なかったチルルには、もう機会がない!
“一人だけ出番がないまま会場を去り、コンビニで夕食の弁当を温めて貰って家に帰るチルル”とか想像すると切なすぎるので、こういう采配になった。
モニター上に黒百合が相方にした顔無しアバターが登場した。
ホルスタイン柄のプロレスマスクを被り、巨大な胸を震わせている。
乳音『初めましてぇ……乳乃宮 乳音と申しますぅ……(ふるふる)……』
唖然としたのは、舞台下に降りていた恋音。
「あ、あのぉ……」
黒百合が笑顔で答える。
「ただのアバターじゃ寂しいでしょぉ? キャラ付けをしてみたのぉ♪」
「私のアバターにマスクをさせただけのようにもぉ……(ふるふる)……」
こうして、雫&チルルタッグ VS 黒百合&恋音……乳音タッグという、久遠ヶ原最強女子決定戦めいた対決が始まった。
黒百合『試合開始ねェ……正々堂々と頑張りましょうォ♪』
スポーツマンシップな事を言う黒百合。
だがその顔は、明らかに何かを企んでいる。
乳音『……我が乳力(ちちぢから)を以て、愚かな世界を粛清するのですぅ……』
乳音の台詞は、黒百合が即興で入力したもの。
恋音とは、断じて一切無関係なキャラである。
対峙する最強幼女タッグも、やる気は満々。
雫『手加減は抜きで行きましょう』
チルル『タイミングは任せて! 全力で行くわよ!』
チルルの方は平常運航だが、雫は赤い目を怪しく光らせている。
過去依頼で因縁を持つ雫と黒百合、ただならぬ雰囲気がぷんぷんだった。
乳音『乳貧しき者は滅びよ! テラ・マギカ!』
上空に巨大な魔法陣が出現した。
乳音がその魔法陣の上に舞い乗ると、地上にいるひんぬー二人をロックする。
黒百合『痛くしないから安心してねぇ♪』
そこに黒百合が、ダークハンドの改良技“パララサスパンデミック”の威力を乗せる。
乳音の魔法陣は強毒性ウィルスの散布器となり、死病の魔法弾を撃ち放った。
黒百合・乳音『テラ・パンデミック』
一方、雫とチルルも技の準備は出来ている。
眼を赤く光らせ全身から、魍魎めいたアウルを解き放つ雫。
雫『出よ、魍魎たち!』
続いてチルルが、鎌の形をした氷のアウルを手に出現させた。
吸魂符の改良技である氷鎌『ヘイルシックル』の力である。
チルル『あんたたち、これあげるから頑張ってね!』
鎌を受け取った魍魎の群れは死神を形作り、黒百合と乳音に襲い掛かる。
雫『喰らい尽くせ!』
チルル「さいきょーな合体技“大罪”なのよ!』
細菌の恐怖と、魍魎の恐怖、二つの恐怖が世界を覆う。
混沌が晴れたあと、大地に倒れているのは雫とチルルだった。
黒百合『あらァ、具合でも悪いのかしらァ? 病院にでも連れてこうかしらァ♪』
さしもの最強幼女タッグも、ダアト奥義テラ・マギカと死のウィルスを融合させた威力には打ち克てなかったのである。
リアルに戻ると、騒ぐチルルを雫が宥めていた。
「さいきょーなあたいが負けるなんて! こんなのバグよ! インチキよ!」
「黒百合さんと巨乳に敗れるとは無念です、この借りはリアルで返しましょう」
一方、黒百合は勝ち誇っている。
「あんな強い子たちを負かすなんて病気って怖いわねぇ♪ あなたたちも、魔王様を本気にさせたら、こうなっちゃうわよぉ♪」
「あのぉ……やはり私な気が……(ふるふる)……」
●
「消去法でわかってはいたが、やはりこうなったか」
翡翠 龍斗(
ja7594)は、やや複雑な光を眼鏡に湛えた。
「うわ〜、これは大変な相手と」
アイドル撃退士・川澄文歌(
jb7507)が、やや引き気味に対戦タッグを見つめている。
文歌の恋人であり、パートナーであり、余命宣告をされながらも撃退士を続けている少年・水無瀬 快晴(
jb0745)も呆然と呟く。
「家族対決だなんて」
快晴が家族と呼ぶ対戦相手、だがその間に血縁はない。
だからこそ、肉親に捨てられた快晴にとって、それ以上に心の繋がりは深いとも言えた。
快晴の義父である鳳 静矢(
ja3856)が閉じていた瞼を、静かに開く。
「お前たちの絆がどれほど深まったか、見せてもらうぞ」
モニターの中、静矢と龍斗が揃って抜刀の構えを取る。
龍斗『静義兄さん、相手が誰であろうと手加減なしですよ』
静矢『無論だ』
刀を抜き放つ龍斗と静矢。
龍斗『今こそ、羽撃き、天へ昇る』
静矢『紫鳳の羽搏きと、緑龍の咆哮……須くその身に受けよ!』
静矢の刀が放つは、紫鳳翔。
強力なエネルギー攻撃“封砲”を静矢が独自に昇華させたものである。
その力は、振り抜いた刀身から鳳凰の幻影を生む!
刀から放たれた紫の鳳凰が、前に立っていた龍斗の背中を目指して飛翔した!
力を背に受けた龍斗に鳳の翼が宿る!
龍斗は、快晴と文歌を目がけて飛翔した。
それを迎え撃つ二人は、すでに奥義を発動させている。
快晴『さて、二人のチカラを見せてやる、か!』
エネルギーブレイドを構え、兄たる龍斗に立ち向かう快晴。
一撃目を撃ちこむが、龍斗の古刀・八岐大蛇に軽く受け止められる。
龍斗『踏み込み速度が遅い』
快晴『くっ』
よろめく快晴。
その時、空を魔力の衝撃波が走った!
文歌『二人の愛の絆の力を今ここにっ』
文歌のマイク型兵器Sanctus M7 LV 10からの音撃だ。
龍斗『甘いと言っている!』
鳳凰の翼は音撃を軽くかわす。
快晴『まだまだ!』
文歌『アンコールだよ!』
文歌が再び音撃を放つ。
快晴がそれを受け止めると、エネルギーブレイドは澄んだ光を帯びた。
光と音の剣を以て龍斗に、ニ撃目を撃ちこまんとする。
対して、龍斗は龍の力を刃に乗せて解き放った。
龍斗『衣は亢龍とあい成りて、天へと昇る閃脚とならん!』
乾坤一擲を昇華させた“亢竜天昇”。
これを静矢の“紫鳳翔”と融合させた龍と鳳の合体技!
龍斗・静矢『龍鳳天翔!』
凌ぎ合う刃と刃。
押し合う力と力。
龍と鳳に抗う、光と音。
だが、その力は龍鳳天翔の方が勝っていた。
じりじりと快晴の体勢が崩れてゆく。
静矢『二人で“絆・連想撃”を放つ事による四連撃か、優れた技だが我らが奥義には一歩及ばなかったようだな』
静矢の言葉に、文歌が叫び返した。
文歌『二人じゃない、三人だよ!』
瞬間、龍斗の頭上に人影が現れた。
まだ学校にあがったばかりに見える幼い少女。
その顔立ちには快晴と文歌の面影を、両手にはエネルギーブレイドとマイク型兵器を受け継いでいた。
快晴・文歌『奏!』
快晴と文歌が名を読んだその少女に、一瞬、気を取られる静矢と龍斗。
龍斗・静矢『なっ!?』
少女はエネルギーブレイドに自らの音撃を乗せ、龍斗の背中に突き立てた。
快晴・文歌『絆・三重奏五連撃(バンズ・クインデッド)』
龍斗の背中を光と音の剣が貫く!
龍斗『がはっ』
鳳翼を持つ龍は、大地に堕ちた。
残ったのは一組の親子だった。
文歌『チカラを貸してくれてありがとう奏、未来でまた逢おうね』
快晴『奏、近いうちに必ず会おう。ありがとう、な!』
奏は頷くと笑顔を浮かべ、消えていく。
快晴・文歌タッグは絆により希望を掴んだ。
「完敗だな」
檀上で穏やかな顔の静矢が敗北を受け止める」
「あの少女は何者なんだ? まあ、察しはついているが」
龍斗に尋ねられると快晴と文歌は、ややはにかんで答えた。
「奏は、俺たちの未来の娘なんだ」
「少し前に二人で同じ夢を見て、それから時々、奏の事を話しているんです」
頷く龍斗と静矢。
「そうか、きっと会えるだろうさ」
「うむ、生まれたら顔を見せに来るがよい」
リアルに思い浮かべる事の出来る思いは、諦めなければ必ず実現するのだという。
余命宣告をされ、希望を失っていた快晴が、こうして未来の幸せに明確な想いを馳せられるようになったのなら、それは……。
龍斗と静矢は、同じ確信をするのだった。
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全試合を終えた会場で、主催委員により各賞が発表される。
なお、技自体が評価基準であり、対戦の敗者も受賞対象となる。
技の熱さが評価される“熱血賞”は龍斗・静矢タッグの龍鳳天翔。
タッグの絆を評価する“絆賞”は、快晴、文歌タッグの絆・三重奏五連撃。
“エフェクト賞“は、ミハイル・レギタッグの地獄の魔獣ケセラン。
巨大なもふもふ召喚獣というユニークさを評価。
そして“台詞賞”として正太郎の「行くぜ、これが俺達の勝利の一本締めだっ!!」
格闘技の絞め技を極める時の台詞として、気が利いている事が評価された。
こうして幕を閉じた合体スキル武闘会。
今はバーチャルに過ぎないが、いつか撃退士たちの熱い魂と絆が、これらの技を実現させてくれるかもしれない。