●自己紹介編
ホテルニュー久遠、皐月の間。
大会社の入社式にも対応出来るこのホールで、陰謀と駆け引きうずまく合コンは開催された。
開幕の音は、ヤナギ・エリューナク(
ja0006)のベースが奏でた。
自己紹介の時間にも関わらず、赤いウルフカットの男は名を名乗る事もなく、プロ並みの技術を持つベースを速弾いた。
メロディアスなラインが、立食形式の会場を妖艶で色気のあるムードに染めてゆく。
それに染まらずとも、元来から妖艶な雰囲気を湛える女性・紅 貴子(
jb9730)。
彼女は隣に立っていた仏蘭西人の美青年・ルティス・バルト(
jb7567)に尋ねた。
「彼、どう思います?」
「どう、とはどういう意味だい?」
「私たちの仲間か否かという意味ですわ」
「派閥の事かな? あの容姿にしてベースの腕前、つまり、答えはこうだよ」
ルティスは、貴子に一輪の薔薇を渡した。
「あら、私をおとそうだなんて滅多な事を考える物ではないわよ?」
微笑んだ赤い唇の美しさは、薔薇にも劣らなかった。
通じきっているような会話をしているが、貴子とルティスは、互いが敵味方どちらの派閥に属しているか知らない。
第三者を値踏みする会話に見せかけ、その実、互いの腹を探り合っているのだ。
カップル成立率の高さから、リア充の祭典と言われた新垣合コン。
だが、今回は様相が異なる。
合コンを盛下げようとする、非リア充派の工作員が紛れ込んでいるのだ。
しかも、斡旋所職員・四ノ宮 椿が半ばヤケ気味に仕掛けた・少数派ゲームまで裏では進行している。
事態は混沌としていた。
ベースを奏で続けたヤナギは、最後の弦を指で弾く同時にこう宣言した。
「彼女募集中!」
その様子を見たゼロ=シュバイツァー(
jb7501)が、自らの浅黒い顎を撫でた。
仕草が着崩した感じで白シャツ、ノータイの服装と相まって、深い企業戦略を練る青年実業家のようにも見えた。
「今の一言で、またわからんようになったな、ジェラやん」
あまりにあからさまに出会い目的主張するのは、この場では却って怪しいと言う事である。
白い髪を持つ、ヴィジュアル系の美青年・ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)が、静かな笑みを浮かべて答える。
「ちょっと変わった趣向のパーティ……この趣向を楽しまない手はないね♪」
この二人は親しい間柄だが、今回の合コンでは味方同士だという確信はない。
何らかの口約束を、先にしていたとしてもだ。
開会前に、斡旋所に送った所属派閥表明が全てなのである。
趣向を楽しもうというからには、自分の派閥を明かすにはまだタイミングが早すぎた。
次に自己紹介のマイクを回されたのは、金色の前髪で顔を隠してしまっている少女・只野黒子(
ja0049)だった。
「参加目的は息抜きです。 惚れた腫れたに発展させるために参加したつもりはありません」
いきなりマイペース発言。
会場が小さくどよめいた。
合コンを盛下げんとする非リア充としての派閥表明か? あるいは、それを装ったリア充派の工作なのか?
「あの、黒子さん、ご趣味などは?」
空気を読んだホテルの司会者が、気を遣って尋ねた。
「資料整理と読書」
地味すぎる。
読書はともかく、資料整理はその後のフリー会話のネタとして、広がりの見込みが高い趣味ではない。
黒子はそばにいた金髪おさげの青年にマイクを回した。
「初めまして&ここで逢うなんて奇遇だね 、大学部三年の砂原ジェンティアンだよ。
気軽にジェンって呼んで欲しいな、出身は神戸、特技は歌、キミが眠れない時には、眠りにつくまで電話で子守歌を歌ってあげる……なーんて、今日は楽しもうね」
日英ハーフ、砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)がしたのは、典型的なチャラ系リア充の自己紹介である。
だが、よくよく聞いてみれば『眠れない時には、電話で眠りにつくまで電話で子守歌を歌ってあげる』など嫌がらせに近いのではなかろうか。
電話料金が気になって、ますます眠れなくなるのは必至である。
不眠症のリア充をドン引きさせるための、非リアの妨害工作ではなかろうか?
心理学者の父譲りの思考を巡らせている鐘田将太郎(
ja0114)の元に、マイクが廻ってきた。
「久遠ヶ原学園大学部二年、鐘田将太郎だ。 彼女イナイ歴=現年齢だ。文句あっか! 合コンに来た理由?彼女探しだ。 よろしく頼む」
紫の着物にスニーカー姿という、個性的過ぎる衣装の将太郎。
彼がマイクを渡したのは、無個性過ぎる学生服姿鈴代 征治(
ja1305)だった。
「自己紹介、って言ってもあんまり僕は突飛な過去とかないしなあ、普通の家庭で育って高校からこの学園に来ました」
征治はマイクを降ろしかけてから、思い出したように付け加えた。
「あ、学園で彼女が出来ました」
余裕のリア充発言!
その一言に歯噛みし、心の中で拳を振り上げかけた者もいた。
だが、そうして感情を剥き出しにさせるための、ブラフである可能性も否定出来ないのだ。
この合コンの闇はどこまでも、深い。
「あたいは、学園さいきょーの異名を持ち氷雪を自在に操る、元気っ子な少女剣士だよー」
この際、雪室 チルル(
ja0220)の中二病なのかなんなのかよくわからない自己紹介すら、策謀渦巻く空間では心癒す清涼剤となる。
もっとも、その清涼剤に毒が含まれていないなどと、誰が断言出来ようか。
「ロジーと申しますわ。しがない堕天使の身ですが、何方か拾って下さる殿方を
募集中でしてよ」
サマードレスの女性・ロジー・ビィ(
jb6232)は銀髪艶めかせつつ、挑発のスキルを使った。
この容姿に加えて、他者の注目を集めるスキルまで使える。
なのに、彼氏がいないアピール?
これは果たして信用出来るのだろうか?
「ただのリア充目的には興味ないわ。 私は、そうね。楽しそうな笑顔よりも悔しそうに歪む顔の方が好みなの。 女性でも男性でも関係ないわ。 私の好みの人に声をかけさせていただくわね。 その人に……たとえ相手がいたとしても、ね。だから、今日は楽しみましょう? ふふふ」
薔薇色の唇をにっこり微笑ませるのは、先ほどルティスと含みありげな会話をしてい貴子。
敵味方、男女関わらず、全ての心を弄ぼうとしている魔女めいた自己紹介である。
腹に一物持つ者ほど、全てが怪しく見えてしまう。
そんな自己紹介の時間が終り、ホテルマンたちが次なるアトラクション・王様ゲームの準備を始めた時だった。
会場に突然、『恨み』をテーマとした陰鬱なBGMが流れ始めた。
皆が騒めく中、壁際のスクリーンに青色の肌と羊型の角を持つ、サッキュバスの女性が映し出された。
「合コンなどというリア充の極みの末に、お付き合いもといお突き合いなど学生として不純。 引きこもり歴うん十年の私が天誅を下してみせやう」
秋桜(
jb4208)はそれだけ言うと、スクリーンから姿を消した。
ホテルマンたちが慌てて機材をいじっているが、流れるBGMは陰鬱さを増すばかりだ。
秋桜の工作である事は間違いない。
彼女自身でなければ、BGMが停まらぬよう細工がなされている。
だが、秋桜は会場に来ておらず居所も掴めない、ホテルマンたちは、王様ゲームの準備を放置し、ひたすら目の前の対処に忙殺され始めた。
●フリータイム編
スケジュール通りに事が進まなくなったため、参加者たちは思い思いに時間を過ごし始めた。
「……ん。胃に。収めるまでが。 バイキング。油断大敵。頂いて行く」
銀髪の十歳女児、最上 憐(
jb1522)は光纏し、消化速度を増して、終始延々料理が無くなるまで、食べ尽くそうとしている。
派閥争いに興味は持たず、バイキングは弱肉強食、食物連鎖だと身を持って知って貰う事に主眼を置いているらしい。
一応、非リア充派所属だが、特に工作はしない。
合コンを盛り上げる労力を、食に割きたいだけなのだ。
その蓮に雑談をしかけているのが、天羽 伊都(
jb2199)、黒髪の日本人少年だ。
「蓮さん、カレー好きなんですねえ、僕も任務で京都に言ったんですが、九条ネギと鶏もも天のカレーうどんっていうのがあって……」
「……ん。カレーは飲み物。 カレーうどんも飲み物」
「え、両方、食べ物だと思うんですが?」
話しが噛みあわず苦戦している伊都に、アルベルト・レベッカ・ベッカー(
jb9518)が話しかけた。
「フフフッ、大変そうね、年下の女の子と話すのは苦手かな?」
一見、亜麻色の髪の麗しい乙女であるレベッカだが、実は男性である。
男性陣に接近して、女の子たちとの出会いの機会をぶっ潰すのが目的の非リア充派。
今回も、憐と伊都の『機会』を破壊すべく割って入った。
「いえ、そんな事はないはずなんですが……一応、僕にも妹がいますから」
伊都が苦笑しながら答えた時、彼の耳元に語りかけてくる者たちがいた。
「異性の兄弟がいる者は、リア充に育ちやすいという……敵だ」
「妹などという生き物が実在すると思うてか……全ては脳内妹、愚かなる非リア充の妄想よ」
「誰!?」
不気味な声に当たりを見回す伊都だが、声の主らしき者たちは見当たらなかった。
そばにいるのは着流し姿の将太郎。
立食バイキング食いまくりながら、
「彼(彼女)とうまくいってんの?」
などと、うざったい口調でリア充丸出しの連中を冷やかしているだけだ。
この会場に渦巻く参加者たちの疑念が集結し、得体の知れぬ意志となり、伊都に幻聴をもたらしたのかもしれない。
●出張ホストクラブ編
一方、会場の奥にあるVIPルームでは、参加者有志による独自のイベントが展開していた。
「あはは…あ、アタシはいいわ、別に……何が非リア充よ……。アタシの幸せ取るって言うならぶっ殺すわよッ?!」
一川 七海(
jb9532)彼女は、完全に酔っていた。
この会場にアルコールは存在しない。
ジュースでも酔えるのは、彼女の周りを美形のホストたちが囲んでいたからだ。
ジェラルドが始めた出張ホストイベント。
パーティの女性陣を、誰が一番多く虜にできるか競い合い。
とはいえ、まだ客側はまだ七海しかいない。
対してそれをもてなすホストの方は、ジェラルド、ヤナギ、ゼロ。
そして雫石 恭弥(
jb4929)、藤井 雪彦(
jb4731)と、粒ぞろいの面子が揃っている。
『一川七海〜潤いの会〜』などという看板を勝手に設置し、七海がすっかり場に酔っているのはこのためだ。
茶髪のチャラ男・雪彦が、七海に何杯目かのコーラを注いだ。
いかせん手持ちぶたさだ。
女性一人にホスト四人、しかも七海は場酔いしていて、あまり色っぽい雰囲気になりそうにない。
「いや、七海もその……服装に気を使えばモテると思うぞ?……ちょうどここにこの間作ってみたフリフリ系の服があるんだ。着てみてもらっていいか? 試しに着るだけでいいから、頼むっ!」
やや大人びすぎた顔の高校生・恭弥が手縫いのドレスを手に、七海に絡み始めた。
雪彦は席を移動した。
「アヴァさんはガチに口説くよ♪ 椿さんも喜んで欲しいな♪」
ウィンクする雪彦だが、その先には壁しかない。
非リア充派の依頼主であるアヴァは、合コンへの憎悪が強すぎて、出席などしたら正気を失いかねない。
椿に至っては、とっくに学園生を卒業しており、出席権すらなかった。
お目当ての二人が、会場にいないのだ。
「ヒマやし、ちょいとナンパしてくるわ」
「俺も、壁の花を放っておくのも失礼だしな」
ゼロとヤナギが、客引きに出た直後のタイミングだった。
「やぁ、いらっしゃい♪」
主催者のジェラルドが立ちあがった。
VIPルームに来客が来た。
亜麻色の髪を持つ乙女……にしか見えない美青年・レベッカだ。
「良い子が揃ってるよ♪ ああ、勿論ボクを指名してくれても結構☆」
高級なスーツに上品なアクセサリーという格好で、もてなしを始めようとするジェラルド。
「指名出来るの? なら、あなたかな」
レベッカは雪彦を指名した。
「ご指名有難うございます☆ユ……『セツ』です」
源氏名を名乗り、レベッカの右隣に座る雪彦。
「じゃあ、僕も」
ジェラルドも負けじと左隣に座る。
「わーい、イケメン二人に囲まれてうれしいなあ」
レベッカにしてみれば、当初の計画通りだった。
フリーの男性陣に絡んでいって、女性陣に接触する機会を少しずつ確実に潰していく。
自分を口説こうとしているなら、どこかのタイミングで自分が男であることをカミングアウトして、それまでに絡んだ男性陣を絶望させる。
それが非リア充派としての、合コン盛下げ工作だった。
雪彦、さらに自分から食いついてきたジェラルドは絶好のカモだった。
ただ、計算外だったのはどう見てもリア充にしか見えないジェラルドが、実はレベッカと同じ、非リア充派の工作員だった事だ。
その美貌と恋愛テクで、女性をその気にさせ、相手がしなだれかかってきた瞬間、
『キミの事…好きだけど……ボク、ホストだから♪』
と、笑顔でつっかえ棒を外す。
そういうトリックで、気分を盛下げる算段である。
要するに、レベッカとジェラルドは鏡写しの策を持つ、同じ穴のムジナなのだ。
互いの所属がわからないゆえ、同じ派閥同士でなぜか互いを盛り下げ合う不毛な駆け引きが、繰り広げられようとしていた。
だが、それを阻む救世主が現れた。
現れてしまったというべきだろう。
「フフッ、ここがホストクラブ? ……いい男がいそうね」
ジュルリ。
本能に恐怖をもたらす舌舐めずりが聞こえ、VIPルームに近づいてきたのは、御堂 龍太(
jb0849)だった。
レベッカとは対照的に、誰が見ても一目でわかる女装男子。
自他共に認めるオカマである。
「必ずいい人を見つけて、ハートをゲッチュウしてやるわ!」
死語とともに、扉を破壊しかねない勢いで開け、姿を現す龍太。
筋肉質な肉体を、極端に生地の少ないメイド服で包み込んでいる。
VIPルームに、ホストたちに戦慄が走った。
イケメンたちが顔を引きつらせ、声にならない悲鳴をあげている。
「ウフフ、さっきヤナギちゃんと、ゼロちゃんが、ここに素敵な場所があるって教えてくれたの」
ミニスカートのお尻をフリフリ、ホストたちの元へ近づいてくる龍太。
老成した高校生・恭弥も、七海に薦めていたフリフリの手作り服をサッと隠した。
このオカマにこれは着せられない、着てほしくない!
「あ、ごめんね、用思い出した」
「ちょっと、風に当たってくるわ」
七海とレベッカは、客の特権で早々に逃げてしまった。
龍太は取り残されたホストたちに、スカートから覗く太もも(ムキムキ)に手を置かせたり 、Cカップおっぱい(筋肉)を見せつけたり 、抱擁(全力)したりと誘惑を仕掛けてくる。
ホスト達にとって、甘い悪夢の刻が始まろうとしていた。
●幕間劇
一方、ホテルのロビーでは、藍 星露(
ja5127)が、十八歳の繊細な美貌に戸惑いを浮かべていた。
「……困ったわ」
リア充派に所属したものの、場を盛り上げる方法を思い付かなかったらしい。
「……あら? 」
一人の男子生徒と遭遇した。
リア充派、非リア派以外にも派閥争いに関係のない、普通の学生である。
彼は偶然、VIPルームを覗き見し、そこに展開されている悪夢の光景に会場から逃げだしてきたのだ。
「このまま二人で抜け出さないかって? えっと……」
実は星露、既婚者であり二児の母である。
当然、旦那や子供のことが頭を過ぎった。
だが……。
「……ちょっと、待ってて」
星露は、少し場を離れた。
夫にメールを打つために。
『依頼が大変で今夜帰れないかも』
少年との、甘く濃密な時間を過ごすためである。
少しの戸惑いの後、『ごめんね』と、夫に呟いて送信ボタンを押す。
罪悪感と甘い期待を胸に渦巻かせ、少年の元に戻る星露。
だが、そこに見たのは、漆黒の髪と薔薇色の唇を持つ貴子。
彼女に、少年が陥落されている光景だった。
「ふふふ、思った通りあなたのその顔、すっごくそそるわね」
少年の耳たぶに唇を近づけて囁いてはいるが、紅い瞳は嬉しげに星露を見つめている。
貴子の目的は、意中の相手をしとめることではない。
カップルになりそうな相手を見つけ、どちらかを誘惑して手のひらで遊ぶのが目的。
残された相手が悔しそうに涙目になるのが美味しくて仕方のない、どSな非リア派なのである。
この少年は心を奪われ、連れ去られたあげく、すぐ捨てられる事になる。
取り残された星露は、夫にメールを送ってしまった手前、どこで時間を潰そうかと、途方に暮れるのだった。
●王様ゲーム編
秋桜に乗っ取られた音響施設を、ホテルマンたちが物理的に破壊した。
ようやく陰鬱な音楽が停まる。
これにより、滞っていた王様ゲームの進行が可能になった。
最初に王様になったの、ボブカットの少女・黒神 未来(
jb9907)だった。
「うちはやるでーっ!」
バリバリーと音がしそうなほど、やる気が漲っている。
これだけ、ノリノリで臨んでくれたら、主催者のエヴァとしても嬉しいところだろう。
もっとも彼女も、合コン破壊工作の警戒に必至で、会場には姿を現していないようだが。
「六番とうちが撲針愚! これでどうや!」
文字通りのドヤ顔をして、未来は会場の片隅を指差した。
そこには、こっそり前日に忍び込んで設置したリングがある。
警戒している割に警備が甘いように見えるが、ボクシングをやると聞いて、エヴァも未来は味方、即ちリア充派だと確信し、黙認したのである。
リア充集う酒場でボクシングが余興として催されるのは、欧米では珍しくない事だからだ。
だが、エヴァは誤解していた。
未来がしようとしているのはボクシングにあらず、『撲針愚』なのである。
即ち、古代ローマの発祥の死闘。
足や頭を使っても構わず、スパイクのついた金属製グローブをはめて行うため流血必至の競技だった。
「六番は、僕だね」
未来の待つリングにあがったのは、トラッド系私服着用の青年・九鬼 龍磨(
jb8028)だった。
体格こそ立派だが平安貴族を思わせる、おっとりとした顔をしている。
「な〜んや大人しそうな兄ちゃんやな〜、これじゃあ盛り上がりそうにないわ」
余裕綽々といった顔で赤コーナーに寄り掛かる未来。
「じゃあ、あたいもやる〜」
挙手をしたのは、龍磨の三分の一くらいしか体がなさそうな少女・チルルだった。
「自己紹介で学園さいきょーとか抜かしていたお子ちゃまかいな? そうやって自分を大きく見せとると、痛い目見るで〜! ええわ、ウチが二人一度に相手したる! 自信過剰なお子様に世間勉強させたるわ!」
今のやりとりで、リングサイドで見ていた誰もが察した。
痛い目見るのは未来の方である。
この時点での撃退士としてのレベルは、龍磨が未来の二倍以上高い。
チルルに至っては、六倍もの差があるのだ。
そんな二人を同時に相手にすれば、当然……。
「あ、あんたら二人とも、非リア派やないのか!? 手加減したってや!?」
「ごめんねー、最後はこっちが少数派だと思ったの」
龍磨は頭突きで、キックで、未来をボコボコにしている。
「あんた彼女おるんかいな!?」
「仕事に料理に勉強に習い事に忙しい毎日! リア充は恋だけじゃないのだ!」
チルルに至っては、スパイクグローブを容赦なく使い、未来を血まみれのドロドロにしている。
「リア充とか非リアとか関係ないね! 楽しめればどうでもよいのだぁぁぁ!」
「関係ないなら、ウチだけやなくそっちの兄ちゃんも、公平にどついてや!」
「ん〜、なんかよくわかんないけど、リア充派に入った。 だから非リアどつく」
「なんでやねん!」
結局、撲針愚は戦闘経験が浅い未来を、強者二人が二対一で殴り続けるという凄惨な結末で終わった。
これには、リングサイドで見ていたリア充たちも声をなくしている。
「み、みんなドン引きしとる……ウチは勝ったんや……」
リング上で完全なボロキレになりながらも、未来は一人、勝利宣言をした。
合コン盛り下げ任務に、体を張った未来の功績は、非リアが世に存在する限り、永遠に語り継がれるものとなるだろう。
「このたび、王様に就任させていただく事になりました、下僕悪魔のステラ シアフィールドと申します、この会の一助となれますよう精一杯努めさせて頂きます」
黒髪に、オーソドックスなヴィクトリアンメイド服が似合う女性、ステラ シアフィールド(
jb3278)が、うやうやしく頭を下げた。
悪魔だと名乗っているが、外見的には完全に人間の美女だ。
「では、王としての責務を全うさせていただきます。 王様が七番の命令を一つ絶対遵守します、何なりとお申し付け下さいませ」
ゲーム内容など関係なく、心の底からメイドらしい。
さきほどのフリータイムには、誰にも気付かれる事なく、給仕の立場に様変わり、開いた食器の片付けやグラスへお酌をしていた。
さらにはリア充派としての役目もこなし、お酌の時には、相手が男性なら軽く肩を触れさせ、セックスアピールを極自然にしていた。
そんな感じなので、『何でも命令を聞く』などと言われれば、いかがわしい妄想を膨らませ、自分が七番でない事を呪う男どもが続出している。
「貴方様が七番ですか、何なりと、ご命令を」
ステラはカーテシーと呼ばれる、相手の足元に跪く挨拶をした。
跪かれたのは征治。
自己紹介の時間に、思い出したように『彼女います』宣言をして、モテない男どもをイラッとさせた普通少年である。
「あ、じゃあ二十一番の人が、近い異性と二人組作って、どっちかがどっちかをおんぶしながらゲーム続けて下さい」
これだけ美味しいシェチュをステラが用意してくれたのに、それを活かさない命令をするのが、常識人の自覚なき罪深さである。
非モテ男たちの苛立ちが、殺意に近いレベルにまで高まってきた。
「二十一番は、ボク……だよ」
息も絶え絶えになりながら、配られていたクジを広げたのは元出張ホストの雪彦だった。
ジェラルドたちと協力して、どうにか魔窟化した・VIPルームから脱出し、ここへたどり着いたのである。
一番近くにいるのが、天使の血が混じった美少女・173(
jb9870)であるのを見て、雪彦は一瞬、嬉しそうな顔をした。
だが、嬉しさ一瞬だった。
体温を感じるほどのすぐ背後に、その気配はした。
「一番近い異性? あら〜、あたしじゃな〜い!」
筋肉オカマ・龍太。
VIPルームに封じ込めたつもりが、どうやってか、脱出してきたのだ。
「雪彦ちゃんに、ずっとおんぶだなんて嬉しいわ〜」
それはマズすぎた。
おんぶ中に、雪彦の大切な何かが失われそうだった。
「キ、キミは同性だよね、王様の命令違反だよ!?」
「心は異性よ〜」
オカマ定番の反論だった。
「ああ、もうそれでいいっすよ、出来るだけたくさんの人に順番廻した方が楽しいだろうし、ここで時間食うともったいないんで、今すぐ実行しちゃってくださ〜い」
普通少年の協調性あふれる言葉が、雪彦を奈落の底に突き落とした。
金髪美青年・ルティスが、王様を引いた。
「そうだね……王様が十番にハグする、かな」
この時の十番は、銀髪サマーセーターの美女・ロジーである。
「ハグって大事だよね」
「はい、身体が近付けば、その分、親密度も増すと思うのです」
二人は、甘いハグを楽しんでいる。
その間に決まった王様は、竜胆。
「十二番と十六番が、ポッキーゲーム」
十二番はジェラルド、十六番は……筋肉オカマ・龍太である。
「雪彦ちゃんにおんぶされながら、ジェラルドちゃんとキッスだなんて最高すぎるわ〜」
「もう、ボクを指名してくれなくても結構♪」
さすがのジェラルドも、営業スマイルを保つのがやっとだ。
この辺りの運が、プロのホストのルティスと、主催とはいえ遊び半分の出張ホストに手を出してしまった者の差なのだろう。
「それじゃあ……絶対君主ターイム! 皆、華やかな衣装に着替えなさい!」
まだ、酔いが醒めていない七海の命令がこれだった。
「じゃあ、これを着てくれ」
恭弥が、手作りのプリンセスドレスを取り出した。
なぜか全員分、用意してある。
男性陣の分も含めて。
不満そうな顔に満ちた会場に、恭弥は叫ぶ。
「いいじゃないか、男がプリンセスドレスを着ても!プリンセスドレスは女の子の服装だなんて誰が決めたんだ!?」
「その通りよね〜」」
真っ先に、ノリノリで着てくれたのは龍太だった。
その後数日、恭弥は服作りをしなかった。
「ん? 俺かいな。せやなぁ……んなら女性の皆さんが王様の俺と順番に2人っきりで話すって事で♪」
次に王様クジを引いたのは、雪彦と同じ元ホスト組のゼロだった。
かなりおいしいはずの命令だったが、
「すみません、ルールなんで番号指定して下さい」
司会者に怒られた。
仕方なく、番号指定すると……。
元ホスト組は完全に某オカマに憑依されたので、以降は割愛する。
「王様、あたしね」
黒い髪ロング、前髪パッツンの気弱そうな少女・佐藤 七佳(
ja0030)がそのクジを引いた。
大人しそうな外見に反し、彼女は暴政でしかない過激な命令を出した。
「十一番と二十四番が真剣勝負を行って! 武装、スキルの使用も当然可能、勝敗条件はどちらかが気絶するか戦闘不能になるまで、降参とかつまらない要素は勿論無しよ」
リア充たちが絶句する。
さきほど、リングで未来がボロキレにされたのを見たばかりなのに、さらに惨劇が繰り返されるのか、と。
「ああ、ホテルの備品には傷を付けないでね、あと手加減してると見なしたら、あたしが斬るわよ」
顔だち然り、恋愛経験ゼロだというプロフィール然り、真面目さがにじみ出ている七佳だが、どうやら真面目過ぎて、時々、ぶっ壊れた思考に及んでしまうタイプのようだ。
非リア派に所属の彼女は、恋愛系の甘いムードを完全に破壊する事を意図して、こんな暴政を施行したのだ。
そして暴政の犠牲者は常に、すでに虐げられている者なのである。
「じ、十番ウチや!?」
リング上で血まみれにされたのに、回復どころか、タオルも投げてもらていない未来が呻いた。
対戦相手は、学園最強かは怪しいが、少なくともこの会場では最も高レベルな少女。
「二十四番、あたいだー」
またもチルルだった。
チルルはこういう場面で手加減する性格ではない。
全力全開、脳筋少女である。
リア充たちが、惨劇に顔を背ける中、未来は、深く深く鮮血の底に沈んで行った。
非リア派、そして大阪人としての気概を貫き続けて。
「ウチ、美味し過ぎちゃいまっか……」
むろん、非リア派の手によるドン引きイベントばかりが起こったわけではない。
龍磨が命令で五番とのデュエットを指示したら、馬のお面をかぶった伊都が出てきて、馬ザイルで盛り上がったりもした。
だが、全体として運は非リア派にあり、盛り下げ工作の方が多く成功したと言える。
四ノ宮 椿が妙な事を言い出して以来、この合コンにおける運は、少数派となった者たちに傾いていたのだ。
●最終結果
【リア充派十三票、非リア派十一票 白票一】
合コン終了時間間際、参加者全員に送信されてきた四ノ宮 椿からのメールの表題に書かれていた数字がそれだった
相当な接戦だったのである。
さらに本文中には、各派閥の内訳が書いてあった。
【リア充派】
ヤナギ・エリューナク(
ja0006)
雪室 チルル(
ja0220)
鈴代 征治(
ja1305)
藍 星露(
ja5127)
天羽 伊都(
jb2199)
ステラ シアフィールド(
jb3278)
藤井 雪彦(
jb4731)
雫石 恭弥(
jb4929)
ロジー・ビィ(
jb6232)
砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)
ルティス・バルト(
jb7567)
九鬼 龍磨(
jb8028)
一川 七海(
jb9532)
【非リア充派】
佐藤 七佳(
ja0030)
只野黒子(
ja0049)
鐘田将太郎(
ja0114)
ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)
御堂 龍太(
jb0849)
最上 憐(
jb1522)
秋桜(
jb4208)
ゼロ=シュバイツァー(
jb7501)
アルベルト・レベッカ・ベッカー(
jb9518)
紅 貴子(
jb9730)
黒神 未来(
jb9907)
やはり、ジェラルド、ゼロ、貴子に対する驚嘆の声が多かった。
レベッカも、男性だと気付いていない者が未だ多く、なぜ非リア派なのか疑問の声が多くあがった。
騙された者も多い事だが、これはゲームである。
会場を出れば、遺恨は残らない。
仲間たちの争いさえ楽しみとし、明日はまた手を取り合い天魔との争いに臨む。
それが撃退士たちの宿命なのだ。
合コンを主催した新垣家。
リア充派の頭目・エヴァは強気な姿勢を崩していない。
「数はリア充派が多かったのです! つまり世にはリア充の方が必要されているという事! 勝負に負けても人生の勝ち組はリア充ですわ!」
その双子の姉にして非リア派の頭目・アヴァは、勝利を妹に見せつけている。
「クククッ、肝心なところで勝負に負ける時点で、リア充など数がいても烏合の衆! 世間の目など気にしない非リアの方が、本質的な幸せを手中に出来るのよ!」
リア充と非リアの争いは、今後も延々と続く事だろう。