●
久遠ヶ原某所にあるテニスコートの入り口。
事情を聞いたミハイル・エッカート(
jb0544)は、椿に慰めの言葉をかけた。
「椿、そんなものはファーストキスじゃない安心しろ。 女同士ならふざけあってキスくらいするもんだろ?」
「した事ないのだわ、男同士はするの?」
「あってたまるか!」
「ユニスに勝ったら、お礼にクレヨー先生からのキッスをプレゼントするのだわ」
「いらねーよ!」
クレヨー先生は、四十路で体重二百キロ超の元力士である。
むしろ、やる気の萎える特典だった。
ここで、二人の撃退士が合流する。
「煌く夢はこの腕に
無限の愛はこの胸に
正義の確信この背に背負い
征くは王道 無限の彼方
そう、ボク参上!」
最近、登場台詞を小まめに変更しているイリス・レイバルド(
jb0442)。
「テニスってあれよね? ボールを打ち返して相手をやっつける競技だっけ?
わかっていない割に、大体あっている雪室 チルル(
ja0220)。
このW幼女(高校生)がダブルスでチームを組む。
ミハイルと組むのは、咲魔 聡一(
jb9491)。
「良かった。 体育の選択、テニスにしといて」
チルルよりは心得があるらしい
「ところで、シングルスの二人は?」
「もうスタンバっているのだわ」
●
「相手を重体に追い込めば勝ちという点が気になる……どこかの漫画みたいな話になっているな」
天風 静流(
ja0373)のスレンダーな長身に黒髪が靡いている
テニスコートに、純白のテニスウェアがよく栄えた。
これと対峙するのはさらに長身、二mの男・仁良井 叶伊(
ja0618)。
「格闘技ではないとはいえ、危険性はそれ以上かもしれませんね」
「安心するざます、多少の怪我なら試合後に私が治すざます」
主審のリズは、回復スキルが使える。
とはいえ、重体になってからでは手遅れ。
気を引き締めて二人はラケットを握った。
最初のサーブ権は静流。
(サービスエースを狙うか)
右ラインぎりぎりを狙って、鋭くサーブを打ち込む。
仁良井がラケットを持っているのとは、逆側。
これは取りにくいはずである。
だがそのラケットが掌から掌へと素早く移動した。
「そう来ると思いました!」
「!?」
左に大きくリーチを伸ばしたラケットが難なくサーブを打ち返す。
一瞬、相手の動作に困惑した静流は左を抜かれ、初得点を許してしまった。
【静0-15仁】
「ラケットを持ち替えた? あいつ、両手利きなのか!」
「ただでさえリーチが長いのに、これはカバー範囲広すぎですね」
驚愕するミハイルと咲魔。
(通常の戦い方でどうにかなる相手ではなさそうだな)
気持ちを素早く切り替える静流。
サーブ権は仁良井。
どちらかが得点するたびにサーブ権が移動という特殊ルールである。
高身長からの打ち下ろすようなサーブ!
だが、スキルを乗せているわけではない。
静流は“無窮”“影”二つのスキルで身体能力を強化している。
充分に対応可能である。
大地を割らんばかりの勢いで、ネット際へと踏み込んだ。
“参式「烈震」”をラケットに込め、打ちこむ!
(ここからが、戦闘テニスだ!)
至近距離から、仁良井の足元にボールを撃ちこむ。
「うっ」
凄まじい回転を残しつつ、コートに煙を立てているボールを仁良井は茫然と見つめるしかなかった。
【静15 -15仁】
サーブ権は再び、静流に移る。
これにも“参式「烈震」”を乗せたいところだが、残念ながら射程距離が短い。
今は、通常のサーブを打つ。
仁良井も通常のバックミドルでそれを返し、しばしラリーが続く。
静流はスキルを使うタイミングがない事に気付いた。
スライスのかかった球は力を以て伸び、横に跳ねたり、跳ねなかったりして静流を翻弄する。
体勢の崩れたところにスマッシュショット!
王道の技だけでテニスを作り、仁良井は二点を連取した。
【静15-40仁】
(仁良井が旨いな)
今、一点とられたら負け。
振り回された静流の足腰にも、乳酸が溜まってきている。
(いくら練習試合とはいえ、あっさり終わってしまっては不本意に過ぎる)
そもそも戦闘テニスの本質を知り、仲間とテクニックをわかちあうための試合なのだ。
普通のテニスに負けては意味がない。
「ここで試してみるか、本番で通用するか分からんしな」
静流はラケットに蒼白い光の粒子を込めた。
仁良井が打ちこんだサーブを、そのラケットで打ち返す。
すると無数の黒い蝶が出現した。
蝶たちは黄色いボールを囲む形で飛んでゆく。
「む?」
ボールの姿を蝶に覆われ、一瞬、躊躇はしたものの打ち返す仁良井。
瞬間、仁良井の膝が小さく崩れた。
「これは!?」
黒い蝶たちが、仁良井の生命力を吸い取ったのだ。
崩れた体勢を狙って、“参式「烈震」“を放つ静流。
スマッシュは決まり、静流は一点を返した。
【静流30-40】
静流は若干だが流れを引き戻せた事を感じていた。
(よし、足腰が戻ってきた)
黄泉蝶で吸った分、疲労も癒えている。
さらに大きいのは仁良井からの返球に、特段回転はかかっていなかった。
視覚的に球の位置を不確にするため、相手のテニステクを使いにくくしてくれるのだ。
「ならサーブからこれで!」
黄泉蝶を纏わせたサーブを放つ静流。
仁良井は、逃げない。
黄泉蝶はさほど威力のある技ではない。
吸い取られる感覚に動揺はしたものの、それさえわかってしまえば行動は一択だった。
「肉を切らせて!」
骨を断つ! スキルと元になった格言通りに!
黒い蝶に力を奪われつつも、カウンターで球を打ち返した。
だが、静流とて同じ手が続けざまに通用するとは思っていない。
己の全力、いやそれ以上を引き出すため血界を発動させていた。
もう点数で勝てる状況ではない。
だが、相手を重体にしてしまえば!
危険な賭けに出る。
血界を発動した状態で“参式「烈震」”を仁良井めがけて撃ちこんだ!
今撃ちうる最強のショット!
これで仁良井を倒せれば勝ち、打ち返されれば負け!
静流視点から見れば実は、かわされてもほぼ負け確定だ。
スキルの弾薬庫は尽きている
ただ、それに仁良井が気付いているかはわからない。
仁良井は――逃げなかった。
闘気を解放してラケットを両手で握り、全力で打ち返してきた。
球に込められた静流の力と、ラケットを握る仁良井の力。
力と力のぶつかり合い!
主審の得点コールが響いた時、球は静流のコートの中に落ちていた。
【仁良井WIN】
「強いな、攻撃技なしでここまでやられるとは」
感嘆する静流。
すると気まずげな笑顔が返ってきた。
「いや、実はまだ考えていなかったんですよ、必殺技というやつを」
底知れぬ大器・仁良井、初戦を制する。
●
「お前ら可愛いなー」
テニスウェアに着替えたチルルとイリスを見て、噴き出すミハイル。
イリスもチルルも小学生と間違われておかしくない体型をしている。
ロリコンでない限り、色気は感じない。
「うるさいのよ!」
「ふふん、期待しても無駄だぜ? ボクは守りもスカートも鉄壁だからね!」
大人の男二人と上背差も顕著なダブルス戦、果たしてどんな試合になるのか?
試合開始。
サーバーはチルル。
「最初から来るぞ、気を付けろ!」
ミハイルの警告に咲魔が無言で頷く。
なにせチルルである。
何も考えず全力で必殺技を放ってくる事は、目に見えている。
「B.C.サーブなのよ!」
来た。
白い閃光、氷砲『ブリザードキャノン』を纏ったサーブである。
それが、後方ラインぎりぎりまで飛んでバウンドする。
喰らい付く咲魔。
「簡単に抜かれてたまるかっ」
ガットがボールを捕えた!
ラケットは戦闘テニス用に簡単には壊れないように出来ている。
だが、それを握る人間はそうではない。
咲魔の体は、輝く球ごとコート外に飛ばされ、叩きつけられてしまった。
【男0-15女】
「なんですかあれ、バウンドしてあの威力じゃ対処がありませんよ」
痛む体で、再びラケットを握り直す咲魔。
「むう、何も考えていない奴だけに驚異だ」
ミハイルも戦々恐々としている。
ネットの向こう側で、チルルはドヤ顔だった。
「見てよ! たった一発で十五点も取れたのよ! これってあたいのサーブがさいきょーって事よね?」
「チ、チルルちゃん?」
女子チームもそれはそれで問題があるようだ。
「つけいる隙がないわけじゃなさそうですね」
「ああ、大人のやり方でいこう」
男子チームのサーブ。
サーバーはミハイル。
「チビっ娘ども、こいつがとれるか?」
軽く挑発してから、イリス狙いでサーブを打つ。
精密射撃でライン際狙いである。
「チビッ子じゃないから!」
ムキになってスキルを使ってくるイリス。
「必殺! レイフォースリフレクション!!」
バリィでライン際に打ちかえされたそれを、ミハイルが縮地で拾う。
「チビッ子の割にやるじゃないか」
また必殺ディフェンスを発動するイリス。
「レイフォースリフレクションパワード!!」
イリスは今度は防御陣を使用して返すしてくる。
「随分手堅い戦術じゃねえか」
「こういう、いぶし銀がかっこいいんだよ!」
「その割に技名が派手だぞ」
その時、ミハイルの前に咲魔が飛び出てきた。
「これは捕れるかな?」
咲魔はラケットからボールにアウルを込め、重量に変換して叩きつけた。
「ロードローラだッ!」
ボールが、巨大重機に変化した!
光景に圧倒されるイリス。
(あっれー? ボク停まった時の中にいるのかなー?)
巨大なロードローラーが、小さなイリスを轢き潰した!
「ぐふぅ!」
血を吐く、イリス。
威力以上に視覚的なダメージが物凄い。
一方咲魔は、
「最高にハイって奴だ!」
幼女を轢いておきながら、このハイテンション。
まさに悪魔の所業である。
【男15-15女】
「ふっ、流石と褒めておこう」
足をガクガクさせながら立ちあがるイリス。
鉄壁を名乗るだけあって、しぶとい。
「だがもう、ラケットの軽さには慣れた、魅せてやるぜボクの曲芸飛行!!」
イリスのサーブ!
背に翼を広げ、宙高く舞い上がる。
そこからカタパルト的な加速を以て、ボールを遥か彼方の天空に飛ばし星と化す荒業!
「落ちてこねえぞ」
上空からさらに空高くへ打ち上げられたボールは、何秒待っても戻って来ない。
「ふっ、地球の重力に引かれた星(ボール)はまさに流星! 教えてやる!星の力の前には天魔ですらちっぽけな存在だということを!!」
イリスが格好をつけ終えても、まだボールは戻って来なかった。
「あ、あれ? 地球の重力が」
「地球には、重力だけじゃなく風もあると思いますが」
仁良井の指摘にムンク顔になるイリス。
上空の風に流されては、狙い通りの場所に落ちるわけがない。
「しまったー!」
同時に、椿の悲鳴が響く。
「きゃー! なのだわ!」
ボールは観戦していた椿の頭上を、重力を以て叩いた。
高いとこからの落し物マジ危険。
今の判定はフォルトである。
「ダブルフォルトだけは、避っけないとねー」
素直に高空からサーブするイリス。
天の彼方になど飛ばさなくても、位置エネルギーで威力は充分である。
「まずは“主砲“を止めないとな」
椿の看病のためタイムをとった時、スキルを入れ替えている者もいる。
ミハイルはチルルに向かって、妖蝶を纏ったボールを放つ。
静流の黄泉蝶に似てはいるが、こちらは朦朧とさせる事が目的。
「あたい、虫取り大好きなのよ!」
何の躊躇もなく打ちかえしてくるイリス。
蝶の魔力が通用しない。
しかも、目いっぱいの奥義を込めてくる!
ラケットが氷の突剣に変化する必殺の一撃!
「ルーラー・オブ・テニスコートなのよ!」
打たれた球の行く先にいるのは咲魔。
「!?」
本能的に危険を察し、飛びのく。
だが、諦めたわけではない。
掌より空気の球を発生させ、バウンド直後のボールを押し返さんとする。
「たかが球ころ一つ、エアロボレーが押し返してやる!」
無理だった。
超威力を得たボールの前に、空気はあくまで空気だった。
【男15-30女】
「チルルさんは全部に必殺技を込める戦略っぽいですね」
「短期決戦だからな、多分、それが正解だろ」
仁良井のように経験やテクニックがあればいいが、ない場合は力で対抗するしかない。
本番で対戦するユニスが元プロプレイヤーである以上、チルル戦略がベターだろう。
むろんベストは両方を備えた状態であるが、
「こっちも、それなりにやらせてもらうぜ!」
サーブを放つミハイル。
いきなり技は使わない。
猪突猛進傾向のあるチルルを、ネット前に誘い出すためのサーブだ。
「こんなのよゆーよ!」
打ちかえしてくるチルル。
ここでミハイル、右目を赤く光纏。
最も良くダメージを与えられる角度を測る。
「ここだ!」
ピアスジャベリン!
チルルをぶち抜かんが勢いで放つスマッシュ!
だがチルルはラケットを氷結晶で覆った。
氷結晶が砕ける勢いで衝撃が和らげられ、ピアスジャベリンは打ちかえされた。
「ちぃ!」
氷結晶に跳ね返された球は、咲魔へと向かった。
「この技で同点だ!」
咲魔が放ったのは、カーニバラスドロップ。
レシーブを撃った後、ラケットから放ったアウルの蔦でボールを捕まえ、相手のネット際にノーバンで落とす変化球。
ルール上、サーブ以外の球はノーバンで地面に落ちればそのまま得点となるため、事実上無敵の魔球となる。
だが、無敵化させる代償として、弱点もあった。
後から放つアウルの蔦で捕まえやすくするために、必然、スローボールになってしまうのである。
イリスがネット際に踏みだした。
蔦に束縛される直前の浮き球を叩く。
「必殺レイスティンガー!」
狙撃するスピードスマッシュ!
単純な物理力、さらには恨みのパワーが籠っていた。
「轢かれた御返しだぁ!」
ここで咲魔は自分の技にあるもう一つの弱点を知った。
蔦でボールを絡め取る事に集中しすぎるがゆえ、完全なる無防備状態になるのだ。
閃光の矢と化した球が、咲魔の顔面に突き刺さった!
「ぐふぅ」
二度目の大ダメージに気を失う咲魔。
駆け寄ってミハイルが様子を見る。
「聡一!」
鼻の骨を折られていた。
「ギブアップ、降参だ!」
点数的にも圧倒的劣勢。
続ける執念を、ミハイルは持ち合わせていない。
ダブルスの試合は女子チームの勝利に終わった。
選手たちが、練習終わりのミーティングを始める。
「戦闘テニスの本質は見えてきたな」
「これを元に練習をすれば、椿さんたちを救えるでしょうか」
「さいきょーのあたいがいれば、大丈夫よ!」
「俺は椿たちより先に、聡一を救うべきだと思うが」
ミハイルが、テニスコートに倒れたままの咲魔をちらりと見る。
幼女ひき逃げ犯は、鼻血をどくどく流し続けていた。
「ボクを轢いた報いだから、しょうがないっよねー」
果たして、彼らはユニスに勝利し椿とリズを救う事が出来るのか?
次回、決戦編!