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「……斡旋所の会議室を貸して欲しいのですよぉ……」
月乃宮 恋音(
jb1221)は、椿にそう頼んだ。
「いいけど、何をするのだわ?」
「……“乳の無料配布”を始めようと思うのですがぁ……そのぉ、特異体質が発動する可能性も否めないのでぇ……」
巨大すぎる乳が悩みの恋音だが、手術等で切り落したりすると大変な事になる。
反動で、人を押し潰しかねないメガトン超乳に成長するのだ。
「確かに会議室なら、広いから周囲に損害はないのだわね」
そんなわけで、斡旋所の会議室を借りた恋音。
リストを見て、同じ薬を飲んだ撃退士たちに、“乳無料配布”の報をメール配信する。
「恋音、ちょっとだけバストとヒップを頂きにきましたー」
メールを見て、最初に会議室に入ってきたのは、チャイナ服の美少女だった。
ひんぬー……というか無乳である。
「……おぉ……まさかの袋井先輩……(ふるふる)……」
袋井 雅人(
jb1469)は男性である。
たまに女装はするが、あくまで趣味、本物の女性になりたいわけではない。
なぜ乳を欲しがるのか?
「自分が揉むばかりじゃなくて、たまにはみんなから揉まれてみたいからです」
安定の変態だった。
元々、恋人同士であるので、揉む事に心理的障壁はない。
「ふぉぉぉ! いつも通りの特盛ですねぇ!」
「……袋井先輩、触り方がいやらしいですぅ……」
恋音の顔が上気し、甘い溜息をつく。
「おっと失礼! このくらいで遠慮しておきましょう。 B85ってこのくらいですかね。 お尻は――残念ですが効果なしのようです」
程々で手を止めようとする袋井だが、恋音が妙な提案をする。
「……こういう機会に、一度、私みたいなサイズを体験してみませんかぁ?……」
「なるほど! これから先、長い人生を共に歩むのに恋音の苦労を理解しておいてあげたいですからね、いっそ全ていただいてしまいましょう!」
数分後、袋井は勢いよく会議室を飛び出した。
その胸には、すでに恋音の全乳が宿っている。
「さあ、揉まれるという快感……じゃなく感動を味わいに行きましょう!」
袋井が斡旋所を出てからさらに数分。
Rehni Nam(
ja5283)は、頬を赤らめつつ会議室のドアを開けた。
「その乳、本当にくれるんですか、チチノミヤ第六天乳魔王教授! そっ、それなら、えと、その……B、とか……Cになるぐらい貰いたいなぁ、って……」
だが、そこには誰もいなかった。
『乳の無料配布は終了いたしました』
という紙切れが一枚テーブルの上に置かれているだけだ。
「終わり? もう?」
へたりこむレフニー。
黒い瞳に、じわぁと涙が浮かぶ。
「やっと悩みから解放されると思ったのに」
微乳の劣等感は常日頃より文字通り、その胸を圧し潰していた。
恋音からメールを受け、喜び勇んで胸元が緩いセーターまで買ったのだ。
まさか買い物している時間で、肝心の乳が品切れになるとは
レフニーの中で何かが切れた。
座り切った目で、片手に包丁に握る。
口から洩れるは、不気味な呪詛。
「乳くれよ……乳置いてけ……」
妖怪・乳置いてけの誕生だった。
学園校舎の片隅にある男子トイレ。
「ここに隠れていれば、大丈夫かな?」
男子制服を着た人物が、トイレの個室に身を潜めていた。
長い髪をキャスケット帽に押し込み、大きな胸はさらしとコートを以てしても隠しきれない。
藍 星露(
ja5127)も、ぎにゅー特選薬を飲んでいたのである。
「なんで応募しちゃたんだろう? 変えたい部分なんかないのに」
――お尻まである艶やかな栗色の髪!
――可愛いというより綺麗系の美貌!
――透けるように白く滑らかな肌!
――モデル顔負けの長い手足!
――B92(G)W56H87のダイナバイトボディ!
自分でも、ほれぼれするような完璧さである。
結婚、出産、育児を経ても、その美しさに翳りはない。
わざわざ男子トイレに隠れるに至ったのは、“妖怪・乳置いてけ出現”の報をネットで見たからである。
包丁片手に、誰彼構わず乳を揉んで逃げる銀髪の妖怪が、島内各所に出没しているのだという。
タイミングから見て、ぎにゅー特選薬がらみである可能性は濃厚だった。
盗る気はないが、盗られるのは御免なのである。
「薬の効果ってどれくらいで切れるんだろう? 製造元に聞いてみようかな」
スマホを取り出した、その時だった。
胸が恐怖に凍りついた。
銀色の髪を持つ少女が、トイレの個室と天井との隙間からじっと星露を見つめている。
「お前……巨乳か?」
少女は抑揚のない声で問いかけると、天井との隙間から星露のいる個室の中に飛び降りてきた。
「きゃあ!」
「巨乳だ!! 巨乳だろう!? なあ巨乳だろうおまえ!」
胸倉を掴んで揺すってくる少女。
これが噂の妖怪なのだろう。
妖怪は星露の胸を揉もうと手を伸ばしてくる。
「落ち着いて! 話せばわかるわ!」
友達汁を放つ星露。
すると、妖怪の動きが停まった。
「……わかった、私とお前、友達」
カタコトで頷く妖怪。
「そうよ、落ち着いて」
「友達なら、乳くれよ!」
妖怪は容赦のない腹パンを繰り出す。
乳への飢えは、友情を駆逐するのだ。
星露の意識が痛みに遠のいた。
意識を取り戻すと、妖怪は個室から姿を消していた。
ほっとしかけた星露。
だが、気付く。
「あたしの胸がー!」
完璧だったスタイルから、それを支えていた美巨乳が喪失していた。
星露は恐怖を振り払い、妖怪を追って走り出した。
舞台は再び斡旋所会議室に戻る。
「恋音、恋音やーい!」
満月 美華(
jb6831)は会議室をうろうろ歩き回っていた。
恋音が被験者全員に送ったメールは、美華の元にも届いていた。
なにせ恋音は特異体質である。
万が一のフォローのため駆けつけたのだが、肝心の恋音の姿がないのだ。
普通ならば恋音も子供ではないのだし、出かけたのだろうと納得する。
だが、いなくなった状況が普通ではない。
この会議室を出入りするには、斡旋所の事務所を通らねばならない。
そこには、椿、堺がいる。
彼らによると恋音が会議室を入ったのは皆が見たものの、恋音がここを出た姿は誰も見ていない。
恋音は透過が使えず、この会議室には人が出入りできるほどの窓もない。
つまりは密室。
理論上、恋音は会議室内にまだいるはずなのだ。
なのに、どこにも姿が見当たらない。
「どこに行ってしまったの、まるで神隠しよ」
美華がオロオロしていると、
「恋音ちゃんからタダ乳がいただけると聞いてやってきましたのに、御不在だそうですわね」
顔にヘビメタ風のペイントをした少女・咲魔 アコ(
jc1188)が入ってきた。
「でもあなたのモノも立派ですわ、分けていただけないかしら?」
突然、美華に襲い掛かるアコ。
「ちょっと何すんのよ!」
恋音が失踪した動揺で隙が出来ていた美華は、容易く揉みしだかれてしまう。
力ずくで振りほどいたものの、アコはDカップからHに、未華はKカップからGにと大きさが逆転していた。
「あんた元々大きかったじゃない、何でこんな事!?」
スカスカになってしまった服の胸元を気にする美華。
「乳は破壊の象徴、死と破壊を歌うメタラーの私が、それを求めるのは当然ですわ」
興奮気味にエレキギターを取り出すアコだが、胸が邪魔で上手く構えられない。
「破壊って、恋音のエピソードを誰かから聞いたんじゃないかしら?」
恋音の乳が爆発したとか、人を押しつぶしたとかいう話は島内の一部で有名である。
「恋音ちゃん、クレイジーですわぁ……次の曲のインスピレーションが沸いてくる」
恍惚としているアコを放置し、恋音を探す美華。
換気のため、部屋の窓を開けた時。
「誰! 何をしているの!」
庭に身を潜めている黒ずくめの少女を見つけ、声をあげた。
「ふむ、観察をな」
黒ずくめの少女はアイリス・レイバルド(
jb1510)と名乗った。
低身長の細身に人並みの乳がついているので、Dカップくらいはあるだろう。
「観察ってどういう事よ?」
「ぎにゅー特選薬についての考察材料にしたくてな、この薬はアウルの共有を起こすものではないかという仮説を立てたのだが、聞くか?」
「遠慮しておくわ」
義妹である恋音が失踪中の美華。 そんな余裕はない。
「それよりそのカメラでこの部屋を撮影していたのかしら? 見せて頂戴」
アイリスのハンディカメラを取り上げ、動画を再生する美華。
部屋に恋音が入ってきた場面。
謎のチャイナ服少女が入ってきた場面。
そして少女が恋音の全乳を奪って会議室から出ていった場面が映っている。
超化した少女の胸が一瞬アップになり、その後、恋音の姿は全く映っていない。
「消えましたわね、何かのスキルかしら?」
「可能性は薄いな、私は試験薬がスキルを使っているという仮説の元、シールゾーンを使用していたのだ」
すると、美華が声をあげた。
「思い出した、あのチャイナ服! 袋井よ!」
「え?」
「前に何かで女装を見た覚えがあるわ! 追うわよ! 恋音が消えた手がかりは袋井にあるはず!」
その頃、レフニーは文字通り胸を張って島内を闊歩していた。
「やりました! これでぺたーず脱会です!」
絶望感から妖怪化していたが、星露のロケ乳を手に入れた今、胸は満たされ人の心を取り戻している。
「でも、胸が痛いです……」
俯くレフニー。
奪った乳は星露のものだが、変装中だったのでレフニーには彼女が誰だったのかわからない。
見ず知らずの人から、乳を力ずくで奪ってしまったのだ。
痛みは、その罪悪感か?
「この痛みこそ、胸が大きくなった証拠です!」
サイズの合わないブラのホックを外して笑顔。
乳泥棒の罪悪感はレフニーにはなかった。
その時、背後から大気を揺るがす乳の振動音が届いた。
「……おぉ……そこにいるのはレフニーさん……(ふるふる)……」
人気のない交差点に、恋音が立っている。
珍しいチャイナドレス姿だが、いつも通りに超爆乳を震わせている。
「恋音? 今までどこに行っていたんですか、乳くれるって言ってたのに」
恋音が失踪したとか美華が電話してきたのだが、デマだったのだろうか?
「……申し訳ないのですよぉ……今から、差し上げますぅ……」
「くれるんですか?」
色めきたったものの、すでに充分すぎるほどの巨乳を手に入れている自分に気付く。
「もういらな……」
断りかけてその胸に、突如野望が燃え上がった。
乳界の覇者に最も近いと言われる女、恋音。
その乳を手に入れれば、自分が天下人となれるのではないか?
乳界では虐げられる存在だった自分が、天下を!
「魔王……その乳もらった!」
恋音を押し倒し、乳を揉み始めるレフニー。
「……おぉ……」
レフニーの乳がさらなる膨張を始める。
そのサイズがついにLカップに至った時、背後からレフニーの乳を鷲掴みにした者がいた。
「あたしの胸返して!」
無乳化した星露である。
「それがないと、あたしがあたしでなくなるのよ!」
星露も必死だ。
自信の源たる美貌から、乳が消えてしまったのだから。
トイレで乳を奪われてから後をつけ、妖怪――レフニーに隙が出来るのを伺っていたのである。
「いやです! Aには戻りたくないです!」
涙目で振りほどこうとするレフニーだが、星露は羽交い絞めをがっちり決めており、振りほどかせない。
無乳化していた星露の胸が、膨らみを取り戻し始める。
それに反比例し、レフ乳はしぼんでいく。
「全部、返してね」
「もうAはいやー!」
涙目で叫びながら、レフニーは微乳になるまいと恋音の乳を激しく揉みしだいた。
レフニーの胸が、かつてなく大きく膨らんでいく。
「ふぉぉぉぉ! 巨乳のレフニーさんとはレアですね!」
眼前にいつのまにか、袋井の興奮した顔があった。
レフニーが乳を揉んでいる相手は恋音ではなく、最初から袋井だったのである。
「そんな馬鹿な」
本人に許可をもらい、恋音爆乳を揉み始めたはず。
なぜそれが袋井に変わったのか?
呆然としているレフニーの乳に、袋井が手を伸ばしてきた。
「是非、私にレア乳を揉ませて下さい!」
瞬間、何者かの鉄拳が唸った。
袋井の体が宙高くに殴り飛ばされる。
「袋井! あんたには恋音っていう恋人がいるでしょ!!」
美華が駆けつけたのだ。
気絶する袋井。
その姿は、女装はしているが見間違う事なき袋井だった。
「何故レフニーちゃんは、袋井さんを恋音ちゃんと見間違いましたの?」
美華とともに、袋井を追ってきたアコが目を白黒させている。
「ふむ、私の観察結果から考察するとだな」
ハンディカメラを手に、追ってきたアイリスが語り出した。
「ぎにゅー特選薬というのは、元々は他人の身体的特徴をコピーする目的で作られた。 だが、技術不足で乳以外はコピー出来ない上、コピーの瞬間、コピー元を自動消去してしまうという厄介な代物になったのだ」
「自動消去? それで揉まれた人は乳が減るのね」
「でも袋井さんを恋音ちゃんに見間違えた説明にはなりませんわよ?」
「それは月乃宮個人の特質が関係している」
”乳が本体“”乳に脳みそが詰まっている“そんな風に言われ続けていた恋音。 無意識の自己暗示で”己=乳“にしてしまっていた。
乳に全自我を集中させてしまっていたのである。
恋音爆乳を自我ごとコピーした袋井は、己の自我を乳に乗っ取られた。
恋音本人として、自他ともに認識される存在になってしまったのだ。
「なら、本物の恋音は今どこに?」
美華が尋ねると、アイリスはそれにも答えた。
「斡旋所の会議室に倒れているだろう、自我を喪失したままな」
「あそこは散々探したわよ?」
「月乃宮を探す時、お前たちは何を探す?」
「乳」
「乳ですわ」
「だが今の月乃宮は無乳。 ゆえに、月乃宮が眼前にいたのに脳が認識しなかったのだ」
「なるほど」
「乳がなければ恋音じゃないものね」
この怪しげな仮説で全員が納得してしまうのが、恋音爆乳の威力である。
この試薬は危険と判断、全員が互いの乳を揉みなおし合い、My乳を取り戻した
「……おぉ……まさか私が袋井先輩を乗っ取るとは……」
意識と乳を取り戻しふるふるする恋音。
「……まさに三日天下」
レフニー、涙目でぺたーずに復帰。
「やっぱり今のあたしの胸がベストね」
本来のスタイルを取り戻し、満足げな星露。
「折角なので、もっといろんなおっぱいを揉みたかったです」
懲りずに、目を欲情にぎらつかせている袋井。
「……いいわよ、そういうクレイジーな変態は嫌いじゃあないわ。 胸でも尻でも、好きなだけお揉みあそばせ」
袋井に胸を差し出すアコ。
「まだ制裁が足りないようね」
アコに手を伸ばした袋井をボコる美華。
「アウルはいい加減で理不尽な変化をするものだからな、詳しい理屈は不要だ」
アイリスが今回の観察結果をまとめ、今回の騒動は終了。
ぎにゅー特選薬は、乳界制覇の野望とともに封印されるのだった。