.


マスター:スタジオI
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
形態:
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/04/20


みんなの思い出



オープニング

※このシナリオはエイプリルフール・シナリオです。
 オープニングは架空のものであり、ゲームの世界観に一切影響を与えません。


 西暦2017年。
 天使軍、悪魔軍が奇跡の連合を果たした事により人間側は壊滅の危機を迎えるかに見えた。
 だが、久遠ヶ原の撃退士たちの奮戦により人間側は戦線を維持し、時には連合軍をあわやの所まで追いつめる事さえあった。
 戦いが泥沼の様相を呈し始めた翌2018年。
 その年末に、人間側と連合軍との間に和平協定が結ばれた。
 協定の内容は終戦、そして互いの戦力、及び戦力育成組織を解体する事である。
 完全なる平和が訪れるかにみえる和平協定。 だがそれは上辺だけの事だった。
 連合軍側にしてみれば、久遠ヶ原を始めとする戦力育成組織さえ凍結させてしまえば、新たな撃退士の誕生を心配しなくてもよくなる。
 あとは現在主力となっている“人間の撃退士”が老い衰えるのを待って協定を破り、再侵攻すれば良いだけなのだ。
 長寿を誇る天魔は現有の戦力を数十年後にも、ほぼそのまま使えるのだ。
 この企みは、人間側の首脳陣も看破していたが、戦力的に劣勢である事と、平和を望む市民感情に逆らえず、ひきつった笑顔を浮かべながら調印をするしかなかった。

 だが、人間側にも希望はあった。
 組織的な育成は協定により禁じられていても、個人的な育成は禁じられていない。
 久遠ヶ原に学んだ撃退士たちが、その力と技とを己の子供たちに伝え、新たな撃退士として育む事は可能なのだ。
 この子供たちが強く育てばかならずや、来るべき第二次大戦において連合軍を驚愕させる戦力となるだろう。
 そんな希望を以て、撃退士たちは久遠ヶ原を去り、愛するものと契りを結び、子を産み、戦士として育んでいた。

 そして2030年春。 
 久遠ヶ原学園跡地にて、“子連れ同窓会”と称した細やかな行事が行われる。
 個人育成した自分の子供たちの成長を披露し、互いに確認するための武闘会。
 一見、お遊戯のように見えるこの武闘会が人類の命運が占う事は、参加する誰もが認識していた。


リプレイ本文


 2030年3月。
 九鬼 龍磨(jb8028)は十数年ぶりに久遠ヶ原島に降り立った。
「にははー、ついたよー、ここがパパが通っていた学校だー」
 観光用のフェリーを降りる龍磨。
 だが、目の前に広がっていたのは龍磨の知る久遠ヶ原学園ではなかった。
「なーんにもないよ?」
 娘の有瑠磨が首を傾げる
 作業用に残されたこの港以外は全てが取り壊され、更地になっていた。
「おとーさん、こんなとこで勉強していたのー?」
「うん……でも壊されちゃったね」
 条約により全てが撤去されてしまった、九鬼家の道場でさえ取り壊されたのだ。
 撃退士育成のメッカであった久遠ヶ原学園を、そのまま残してくれるはずはない。
 ニュースなどでは知っていたが、実際に戻ってくると、何とも言えない切なさが喉元に熱くこみあげてくる。
「もしかして九鬼先輩ですか?」
 聞き覚えのある声に振り向くと、そこには懐かしい顔、雪ノ下・正太郎(ja0343)が立っていた。
 ほぼまんま、学園を離れた時の姿だ。
「正太郎くん! 久しぶり、変わらないねー!」
「俺はハーフ悪魔ですからね、来るべき時のために老け込んでいるわけにはいきません」
 天魔連合の戦略が、人間側撃退士の育成を止めさせ、現役の撃退士が老い衰えるのを待っている事は明かだ。
 ハーフやはぐれ天魔は少しでも戦力を温存するため、若い姿を保っていた。
「その子が正太郎くんの子供?」
 正太郎が手を引いている男の子に声をかけると、男の子はおもむろに変身ポーズをとった。
「雪ノ下・龍之助! リュウセイガーネクスト!」
「これは間違いなく正太郎くんの子供だねー」
 うんうんと頷く龍磨。
「いえ、実は」
 雪ノ下が言いかけた時、
「パパー、あそこー」
「人がいっぱいいるよ!」
 子供たちが指差した先には、本日の試合会場が広がっていた。
 かつては競技用のコロシアムだったのだが、観客席は取り壊され、今では石畳で出来た武舞台だけが残されている。
 その周りをレジャーシートを引いた観客たちが取り囲んでいた。
 ほとんど親子連れだ。 大部分は観客兼出場者とその家族なのだろう。
「みんな来ているかな?」
「誰と会えるのか楽しみですね」
 二組の親子は、戦いの地へと向かった。

『幼年の部 第五試合は 雪ノ下・龍之助君VS九鬼 有瑠磨ちゃんです』
 係員が手持ちスピーカーから、直にアナウンスを流す。
「やっぱりそうなったか」
 ふうと溜息をつく正太郎。
 学園生時代、正太郎と龍磨はアウル格闘技者として大会で戦った。
 戦績は一勝一敗、親が着けられなかった決着を子に――というのは、大会の盛り上がりを考えれば当然だろう。
「パパが一敗でもするなんておかしい、卑怯な事をしたに決まっている」
 有瑠磨にその話を聞いた龍之助が、刺すような視線で見つめてくる。
 ヒーローである父親を、絶対視しているのだ。
「僕は卑怯な奴が許せないんだ! そんな奴の子供はやっつけてくるよ!」
 正義感を漲らせ、武舞台に向かう龍之助。
 正太郎は龍之助の背中にかける言葉を探していたが、見つからなかった。
「九鬼先輩は卑怯な事などしてない」
 と、言おうにも、龍磨に金的されて負けた身では、何とも言い難い。
(正義感が強いのはいいのだが、正義の味方を絶対視する部分があるな)
 学園閉鎖前年、最強のヒーローとして名を馳せていた正太郎――リュウセイガー。
 そのクローンとして悪の組織に生み出された存在。
 龍之助――リュウセイガーネクスト
 闇の世界で育った龍之助を、悪の組織から救い出し、この光ある世界に連れ出したのは他ならぬ正太郎なのだ。
 龍之助がヒーローを、父親を絶対視するのは当然の理だった。

 一方、龍磨は武舞台の下で有瑠磨に声をかけていた。
「行っておいで、勝つのは大事だけど、負けるとしても」
「生き延びて何かをつかむべし、だね? おとーさん」
 妻に似た凛然とした顔立ちが、戦意に燃えている。
 実にしっかりした気立てのよい子に育ってくれた。
「相手は正太郎くんの息子だ、きっと強い、全力でぶつかるんだよ」
「どんなつわものなんのその! どーんと来いっ!」
 光纏する有瑠磨。
 龍磨と同じで、光纏すると目全体が真っ白になってしまう。
 “恐ろしい光纏ッ!”と龍磨が呼んでいる現象だ。
「う、う〜ん」
 女の子だし、こればかりは問題かなあ、と思いつつ娘を送り出す龍磨だった。

 二人が武舞台にあがる、ここから十分間一本勝負の開始だ。
「痛い思いをしたくなかったら降参しな! チキン坊や!」
 “恐ろしい光纏ッ!”状態で罵声を浴びせる。
 相手を萎縮させる作戦だ。 あわよくば泣かせて勝ちも狙っている。
 だが、正義感の強い龍之助には逆効果だったようだ。
「正義の味方に恐れるものなどない!」
 変身ポーズをとる龍之助。
 本当に変身した。
 小さくはあるが、リュウセイガーと同じ青龍を模したヒーロースーツを纏っている。
「我・龍・転・新っ!! リュウセイガーネクスト」
 場内から“おおっ”という声。
 特にチビッ子たちから歓声が飛ぶ。
 だが、有瑠磨、変身の隙に近づき、腹パン一閃!
「うっ」
 蹲る龍之助。 
「苦しい? ギブしてもいいんだよ?」
 一発勝ち狙いである。 実に龍磨の娘らしい戦術。
「くっ、降参などするものか! 僕はパパの子供なんだ!」
 父親同士の激闘を彷彿とさせる格闘戦が始まった。
 駄津撃ちで急所狙いをする有瑠磨に対し、龍之助は古式ムエタイ風の格闘術でそれを捌く龍之助。
 腰から下に執拗な蹴りを続けダウンを狙う龍之助に対し、不動のスキルで耐える有瑠磨。
 その帰趨はは技量により決まった。
 基礎訓練を徹底した雪ノ下家に対し、子沢山(七人!)の九鬼家は部隊戦闘にも力を入れていた。
 その分、個人戦の練習量では龍之助の方が勝っていたのである。
「リュウセイガーウォール!」
 中国武術の鉄山靠よりいずる肩での体当たりに、有瑠磨が蹲り、膝をつく。
「ま、まいっ……た……」
「どうだ! 正義は必ず勝つ!」
 びしっとキメポーズをとる龍之助。
 振り向いて、父親に手を振る。
「パパ、勝ったよー!」
 だが、正太郎は笑顔の代わりに警告を飛ばした。
「後ろだ!」
 有瑠磨が背後から、剣を持って襲い掛かってきている!
 とっさに巻布を放ち剣を絡め取る龍之助。
「卑怯だぞ、“まいった”って言ったじゃないか」
「そんな事言ってませーん! “まいたけ“って言ったんですー! ウチの農家で栽培しているんですー!」
 小学生としてデフォな屁理屈を言う有瑠磨。 
 煽られムキになった龍之助は巻布を引いて相手の体勢を崩すと、最大の拳を放った。
「リュウセイガーパンチ!」
 烈風突きから父親が開発した技が、今度こそ本当に有瑠磨を武舞台に沈めた。

 舞台を降りた後、龍磨の方が有瑠磨を連れ、気まずげな顔で雪ノ下親子の元を訪れた。
「正太郎ちゃん、ごめん」
 負けたふり戦術を仕込んだのは、他ならぬ龍磨なのだ。
 ただ指示を飛ばせる親が傍にいる環境では、不向きだったようだ。
 正太郎は首を横に振った。
「いえ、いいんです、九鬼先輩」
 正太郎は、しゃがみこみ龍之助の目を正面から見据えながら語りかける。
「龍之助、撃退士にとって大切な事は、格好よく戦う事ではない、人や、その大切な居場所を守る事なのだ。 そのために時にどんな手でも使うという手段もある。 それはそれで正しいのだ」
「でも……」
 抗議するかのように涙目で父親を見上げる龍之助を。
 それを優しい目で返す正太郎。
「だが、お前にそういう戦い方は教えない。 お前はヒーローだ。 人の憧れの形だ。 そういうやり方もあると頭に入れた上で堂々と戦えば良い。 良い勉強をさせて貰ったな龍之助」
 こくんと頷く龍之助。
 父親に促され、有瑠磨としっかり握手をする。
 闘いを経て産まれた親同士の友情は、闘いを経てまた子へと受け継がれてゆく。


 武舞台の東側では、ロットハール一家が第五試合を観戦していた。
「すげー! あいつヒーローに変身したぞ!」
 やんちゃな長男、カトルがリュウセイガーネクストの戦いを興奮して見ている。
 赤髪で三つ編み、面差しは父であるアスハ・A・R(ja8432)によく似ている。
「あんなコスプレがいいの? カトルはお子様ねえ」
 こちらは姉の、フィーア。 
 双子でも女の子の方が成長は早く、背も今は若干高い。
 母であるメフィス・ロットハール(ja7041)の幼少時代を彷彿とさせる顔立ちだ。

 第五試合が終わった。 第七試合がカトルの試合だ。
 対戦相手は楓というらしい。
「そろそろ僕の番だ」
「精一杯やってきなさい、負けてもいいから」
 息子に言葉をかけるメフィス。
「楽しんで来い。勝ち負けなんて、所詮運だ」
 アスハがリラックスを促す。
 フィーアが心配そうに背中を見守る中、カトルは両親に習った弓と剣とを準備し始めた。

 第五試合終了後、武舞台の西側入り口。
「お久しぶりです、九鬼様、雪ノ下様」
 聞き覚えのある声に龍磨と正太郎が振り向くと、眼鏡をかけたボブヘアの少女がそこにいた。
 時が十六年前に戻ってしまったかのような錯覚を覚える。
 同じアウル格闘大会に出たライバル三名が一同に介したのだ。
「神雷さんか!」
「うわ〜! 元気だった? 変わってないねえ」
「永遠の十四歳です」
 はぐれである神雷(jb6374)は正太郎と同じく、肉体の時を止めていた。
 いや、全く変わっていないわけではない、いくぶん母性が現れ、体つきがふくよかになっている。
 龍之助がスケベったらしい笑みで、その胸を眺めている。
 父親と同じく巨乳好きらしい。
 巨乳化の原因と思われる存在が、神雷の後ろに立っていた。
「神雷さんのお子さんか?」
 道着に袴姿の幼女。
 時を経て、神雷も母親になっていた。
「楓ちゃんご挨拶なさい」
「楓です、お母さんがお世話になっています」
 ペコリと礼儀正しい楓。
 神雷から眼鏡を外してロリっ娘化させた感じだ。
 ちゃんと挨拶したのに楓は怒られる。
「楓、お母さんじゃないでしょう、今は師匠と呼びなさい」
「は、はい」
 
 この通り、神雷ママはスパルタだった。
 地元では木刀による打ち合いを日々、繰り返していた。
「腕の力で受けない! もっと正中線を意識しなさい!」
 娘の腕や体を容赦なく、木刀で打ち据える。
 痛い思いをしたくなければ、防御術を身に着けるしかないとわからせるためだ。
 お蔭で楓の服の下は痣だらけ。 
 技術を体に覚えさせる、そのため神雷は心を鬼にしていた。

 第八試合が開始された。
 ロットハール一家が武舞台下から見守る中、カトルが弓矢を放つ。
 メフィスとよく似た射形。
 だが、かわされる。
 もう一射。
 それも躱された。
「ああん、へたくそ」
 姉のフィーアが焦れている。
 その横でメフィスは首を横に振った。
「逆よ、うまいから躱されているの」
 おそらく、楓の使っているスキルは予測回避。
 カトルには弓道の基本を徹底させてある。
 それが予測をより容易にさせてしまっているのだろう。
「カトルは私に似てまっすぐなのよね」
 弓術、剣術ともに“やって見せ、やらせてみる“の精神でメフィスが指導していた。
 メフィスが溜息をついたとたん、隣りでアスハがカトルに激を飛ばした。
「カトル! 動きに変化をつけろ! まっすぐ動くのは阿呆だ!」
「なんですって?」
 夫の言葉に、目を釣上げるメフィス。
 フィーアが、またかとばかりに溜息をつく。
 いつもこれなのだ。
 仲が悪いわけではないが、両親の教育方針が真逆。
 自然、子供たちは己の気性にあった側の影響を色濃く受ける事になる。
 カトルはメフィス側、フィーアはアスハ側。
 双子ではあるものの、二人の戦闘スタイルはまるで異なっていた。 

 五本目の矢を躱した時、楓が攻撃に転ずる。
 両者の間合いが弓の間合いから、刀の間合いへと移行したのだ。
 磁場形成で石畳の上を滑り、相手の懐に高速で飛び込む楓。
 縦切り!
 満を持した楓の初攻撃。
 だが、それをカトルは受け止める。
「こっちが俺の本領なんだよ!」
 カトルは弓を捨て、獲物を剣に持ち替えていた。
 母親仕込みの剣術で、楓の刀と打ち合おうとするカトル。
「いくぜ、サムライ娘!」
 だが、楓は打ち合いを嫌いカトルから離れた。 
 カトルの矢を掻い潜りせっかく獲得した“刀の間合い”を、あっさりと明け渡したのだ。

 理由はわからないが、チャンス到来。
 だが、カトルは足元の弓を拾わなかった。
 代わりに剣先で素早く魔法陣を描く。
「あれは俺の技か」
「陰でこっそり練習していたのよ、格好いいからって」
 切札『戦乙女・穿』――アウルの一撃を戦乙女の姿に再錬成して放つ攻撃技。
 まだ幼いカトルに、父すら苦労して習得したあれが使いこなせるのだろうか?
 心配するアスハ。
 だが、魔法陣からは現実に戦乙女が解き放たれた。
「出来たか!」
「な!?」
 驚いているのはむしろ、練習を知っていたメフィスだ。
 戦乙女がメフィスそっくりの姿になっている。
 それだけなら母的に嬉しくもあるのだが、服装が鎧兜に槍ではなく、エプロンにフライパン姿。
 台所でのメフィスそのままだった。
 恥ずかしい。
 一方、これは予想出来なかったのか、今まで予測回避で攻撃を躱し続けていた楓があっさりと殴られる。 ペこんとフライパンに。
「やったぜ!」
 決めたつもりのカトル。
 しかし、具現化には成功したもののやはり子供のパワーでは威力不足。
 楓が頭に出来たタンコブの痛みをこらえながら、カトルの懐に飛び込んでいく。
 先程と同じ縦切り!
「同じ技なら!」
 先程と同じく剣で受けようとするカトル。

 楓は縦切りのみしか攻撃技を教えられていない。
 カトルとの切り結びを避けたのはそのためだ。
 だが、縦切りのみを愚直に日に何百回と繰り返してきた。
 手の内を締めが完成した時に振り下ろされる刀は、神雷譲りに、鋭い!
 剣が防御にあがるより早く、楓の刀がカトルの頭を穿った。
 脳天を撃たれ失神するカトル。
 第八試合は神雷の子、楓の勝利に終わった。

「これは凄い、流石は神雷さんの子だ」
 武舞台の下で感嘆する正太郎。
「神雷ちゃんは、僕や正太郎くんを格闘大会で破っているんだもんね。 もしかすると最強なのかもって今でも思うよ」
 龍磨が言うと、神雷は楓をその深い胸に抱きしめた。
「最強なんて肩書きに何の意味がありましょう、この子さえ居てくれたら私は何も要りませんよ」


「フッ、久遠ヶ原島に俺参上だぜ」
 アイリス・レイバルド(jb1510)の子 大和・レイバルドは、しゅたっと港に降り立った。
 誰の真似なのか、本人としてはクールなイメージらしい。
「お兄様、雅も参上してよろしいかしら?」
 アイリスの背中に隠れながら、大和の妹である雅が囁く。
 二人とも黒髪黒眼。
 金髪碧眼のアイリスとはまるで似ていない。
 それもそのはず、アイリスは独身。 この二人は拾い子なのだ
 どこでこの二人と会い、なぜ養子にしたのかアイリスは一切語ろうとしない。
 学園生時代と同じく、謎なお人なのである。

「カトルがやられたか……だが奴はロットハール四天王の中でも一番の小物」
 武舞台西側ではカトルの姉・フィーアがなぜか四天王ごっこを始めていた。
「小物じゃない! そりゃ負けたし、背も小さいけどさ!」
「カトル! 動かないの、薬塗っているんだから」 
 メフィスに手当を受けながら、カトルが姉に抗議している。
「何度も言うが、勝ち負けなんて、所詮運だ。 とはいえ、甘い戦い方はするなよフィーア」
 アスハに背中を撫でられ、四天王ごっこの世界から顔をあげるフィーア。
 第十試合、大和・レイバルドとの試合に挑む。

 試合開始、同時に大和が手に持っていた投げナイフを解き放った。
 フィーアが、ナイフの軌道を見ながら拳銃の二連斉射で返す。
 互いに躱しながらの射撃は、そうそう当たるものではない。
 激しく動きまわりながら、遠距離攻撃を繰り返す。
「まずいな、ペースが向こう寄りだ」
 武舞台下で観戦しているアスハが呟くと、カトルが不思議そうな顔をした。
「そうかな? 互角に見えるけど?」
「足腰の出来に差がある」
「基礎体力造りに徹底してきているわね、相当なものよ」

 ロットハール四天王の大物二人が見抜いた通り、アイリスは基礎体力造りに徹底した教育をしていた。
 生活は基本、放浪生活。
 戦争被災地を巡り、復興に協力。
 特に山奥など人の手が入り難い場所に物資を届ける為に、大荷物を持って日常的に山歩きをさせた。
 食料確保のために獣狩りも行わせる。
 生きるための戦いを、幼い頃から行わせているのだ。
 数々の試合の末に荒れた石畳の上で今、大和は当たり前のように動いている、
 悪路を歩かせ続けた経験が生きていた。
 その経験に劣るフィーアは、崩れた石畳に足を取られ、バランスを崩してつんのめる。
「ふっ、地獄を見た男に勝てると思うなよ」
 トドメとばかりにサジタリーアローを狙い放つ大和。

 つんのめり相手を見失った一瞬、フィーアは焦っていた。
(やば! いいとこなく終わったら、私が四天王で一番の小物に!)
 大好きな父・アスハの失望する顔と、明日からさらに厳しさを増す訓練の様子が脳裏に浮かぶ。
 そのアスハの幻像が、厳しい顔で叫んだ。
『目だけに頼るな、音と気配を悟れ』
 過去何度も言われてきた言葉だ。
 石畳を叩く足音、土埃、目に頼らずともそれらが大和の居場所を教えてくれた。
「見えた!」
 大和を視界に入れないまま、背面打ちで銃を放つ。

「くっ」
 サジタリーアローを放つ瞬間に銃撃され、躱しざまに射線がずれた。
 必勝の一撃を外してしまう。
「なんだアイツ、背中に目がついているのか」
 訝しむものの、フィーアは背面射撃の反動でますますバランスを崩したようで未だに立ちあがれずもがいている。
 獲物を狩る絶好の機会!
「狩らなきゃ食えない!」
 大和は武器を槍に持ち替え、襲い掛かった。
 背後から格闘戦に持ち込めば、例え相手の背中に目があろうと圧倒的に有利なのは疑いない。
 だが、大和が近づいた瞬間、フィーアは動いた。
 掌に握っていたもの……砕けた石畳の欠片を投げつけてきたのだ。
「!」
 目つぶし! 
 今度は大和の視界が防がれる。

「あの年齢でだまし討ちとは、我が娘ながら恐ろしい」
 武舞台下で、アスハが満足げに頷く。
 バランスを崩し続けているように見せかけ、実は砕けた石畳を集めていたようだ。
 相手や相手の親はおろか、アスハにさえ悟らせないしたたかさだった。
「アスハの影響よね、あまり教育上よろしくない気がするけど」
「常に殺す気でやらせている……俺は、メフィスほど優しくないぞ?」
「休日は甘々なくせに」
 スパルタに見えてアスハは褒めるところは褒めるし、四日に一度は訓練を休ませ、一緒に遊んでやっている。
 その辺りが、フィーアがアスハに懐いている理由でもあった。

「こども用の銃なら、これで!」
 アウルの鎧を身に纏う大和。
 視界が回復するまで逃げ回り、相手の銃撃を受けても耐えるつもりらしい。
 だが、大和の胸に押し当てられたのは銃ではなかった。
 アスハがかつて愛用していたV兵器、それを隠し武器としてフィーアは腕に装着していたのだ。
 使いにくい武器だが、相手の視界を奪っていれば話は別だ。
「こども用でも、こいつの威力はきついわよ!」
 バンカーから飛び出る杭はアウルの鎧を貫き、大和を轟沈させた。

 武舞台を降りた大和は痛みか、悔しさか咽び泣いていた。
 雅も、敗北した兄と向かい合って泣いている。
「お兄様、雅は悔しいですの、雅にアウルが使えたら……」
 そんな兄妹の頭をアイリスは、優しく撫でた。
「いいんだ、頑張ったんだから、好きに戦い好きに学べばそれでいい」
 血の繋がりに関わらず、アイリスも母親になっていた。


「……戻って来られるとは、あの頃は思いもしなかった……」
 港に降り立った水無瀬 快晴(jb0745)は感慨深げに辺りを見回した。
 最初にこの島に来た時、快晴は絶望に包まれていた。
 アウルの発現を忌み嫌った親に半ば捨てられ、学園に入学したのだ。
 その後の発病と余命宣告。
 絶望からさらなる絶望へ、それが久遠ヶ原との出会いだった。
 だがその後、信頼出来る仲間たちと出会い、そして――。
「懐かしいねー、アイドル部。の部室ってどの辺りだったかなー?」
 川澄文歌(jb7507)と出会った。
 川澄文歌は数年後、水無瀬文歌となり、病に時として後ろ向きになる快晴を支えてくれた。
 完治したのは医療技術の発達のお蔭であるが、それまで病の進行を留めてくれたのは文歌の笑顔と歌声なのだ。
 そしてもう一人――。
「……パパとママは、ここで出会ったんですね……」
 最愛の文歌との出会いにより、出会う事の出来たもう一人の最愛の人。
 娘の奏。
「……島は広い、はぐれるなよ……」
 最愛の二人に囲まれ、快晴は久遠ヶ原島を再び歩き出した。

「相手が欠場?」
 大会受付に行くと、意外な返事が待っていた。
「はい、申し訳ないのですが、お相手様に急用が出来たらしく」
 事務的に話す受付嬢。
「不戦勝――という事でも結構です。 ただ当大会主催者の静海が親御様のお名前に興味を示されて、自分の息子と戦ってはくれないかと申しているのです」
「私たちを知っている人かな?」
「静海って名字か?」
 全くピンと来ない快晴。
 文歌は、少し首を傾げている。
「聞き覚えがあるような、ないような」

 武舞台に東側にあがる奏。
 対する西側からあがってきたのは、燕尾服姿の少年だった。
 中世欧州の天才音楽家、その幼少期を描いた油絵を思わせるような繊細な顔立をしている。
「……戦士らしくは見えないが……油断するなよ、奏……」
 こくりと頷き、少年に挨拶をする奏。
「……水無瀬 奏、と申します……」
 この礼儀正しさは文歌に依るものだ。
 作法や社会常識を厳しくしつけている。
 すると少年は、貴族を思わせるような優雅な動作で挨拶をした。
「静海 黎と申します。 お母様には父・輝がお世話になりました」
 文歌の顔色が変わった。
「あわわ……静海 輝! 静海先生の子供だ」
「誰だ、それ?」
「現代クラシックの大作曲家だよ! プロレス技で人を打ちのめして、相手の悲鳴や、肉の爆ぜる音から曲を作るんだよ!」
「……なんで、そんな物騒な奴と知り合いなんだ?……」
「依頼で作曲を手伝ったんだよ!」
「……よくわからんが、プロレスが使えるなら面白い……奏、プロレスで相手をしてやれ……」
 プロレス好きな快晴、むろん娘にもばっちり仕込んである。

 奏は快晴譲りのハイアンドシークを用い、相手の懐に入った。
 黎の腹目がけてアウルを帯びたパンチを浴びせる。
 まず打撃で動きを止め、そこから大技に持ち込むのがアウルプロレスの基本形だ。
 奏の拳が相手の腹に食い込んだ。
「よし、背中をとってジャーマンに」
 快晴は指示を出そうとしたが、様子がおかしい事に気付く。
 動けなくなっているのは殴った奏の方なのだ。
「どうした?」
 尋ねた瞬間、異変は起きた。
 奏より細いかに見えた黎の全身の筋肉が、数倍に膨張。
 着ていた燕尾服が破け、ヘビー級の一流レスラーを思わせる、鍛えこんだ肉体が出現した。
 奏の拳は、黎の鍛えまれた腹筋の谷間に食いつかれ、動けなくなっているのだ。
「なに!?」
「静海先生と一緒だ! 芸術家なのにムキムキなんだよ!」

 黎は腹筋に挟みこんだ奏の腕をとると、アームホイップに投げ捨てた。
 奏の右肘関節から、嫌な音がする。
「素晴らしい音だ、ロックミュージックのいい前奏になる」
 恍惚と呟く黎。
 父はクラシック専門だったが、息子はロックも作るらしい。
 倒した奏を軽々と担ぎ、自ら横に倒れ込みながら頭部を石畳に叩きつける!
 死の谷落とし、デスバレーボム!
 思わず目を伏せる文歌。
 快晴も父親の本能として娘を救いに入りたがったが、これは子供同士の武闘会だ。
 しかも奏はまだ、立ちあがろうとしている。
 「ギブアップしないの?」
 思わず文歌がそう尋ねてしまうほど、黎との力量差は歴然だった。
 気絶しないのは、文歌が授けた召喚獣ピィちゃんの加護なのだろうが、それだけに痛みや戦いから逃げる事も出来ない。
 快晴が諦めようとしない娘の背中を見つめ、そして呟いた。
「奏は見せたいんだ、俺たち三人で築いた力を」

 水無瀬親子の特訓は、決して甘い物ではなかった。
 厳しい特訓に耐えるにはまずは持久力。 
 それを身に着けるため、短時間の休みを挟みながら、短距離の全力疾走を繰り返すインターバル走。 
 戦闘時の勘を養うため、実戦形式での訓練。
 さらには、格闘技の教習。
 奏は時に弱音を吐く事もあった。
 女の子だけあって、アイドル撃退士としての母親の華やかさには憧れるが、刀で切り結んだり、とっくみあったりする荒事は受け入れがたかったのかもしれない。
 特訓に疲れた奏に、文歌は飲み物を差し入れてやりながらこう諭したのだった。
「奏、いい? アイドル撃退士はいつどこで誰に見られてるか分からないの。 だからいかなる時も臨機応変に対応することが求められるのよ」

 奏は全身の痛みをこらえながら考えていた。
(……臨機応変に……どういう事なんだろう……)
 相手は圧倒的に強い。
 苦しい訓練に耐えてきたつもりだが、自分では勝てないだろう。
 パパからは全体を良く見渡して行動する事、ママからは皆の幸せを願って行動する事を教えてもらった。
 何も魅せられずに終わりたくない。
 けど、何をすれば?
 迫ってくる黎の巨体に怯え、奏の筋肉が硬直しかけた時、背後にいるパパが声を飛ばしてきた。
「……奏、三人で戦うんだ……」
 三人で戦う。
 奏は理解した。
 この武舞台にパパとママは助けにこられない。
 けれど、パパとママから授かった力がある。
 それをフルに活かすのだ。
 迫りくる黎の巨体に、奏はランカーを放った。
 あまりにも固い腹筋に、奏の体が跳ね返される。
 だが、跳ね返された反動で距離を開ける事が出来る。
 それがランカーという技。
 距離が離れた隙に、ママから習った治癒膏で右肘を直す。
 これで両腕とも使えるようになった。
 刀を構える。
 ダンスカマブル。
 踊るような動きで、相手の周囲を舞い、多方向から攻撃していく。
 ダンスはママに習ったアイドルダンスにアレンジ。
 だから奏はこの技が好きだ。
 今度は跳ね返されない。
 浅くではあるが、黎に傷を負わせることが出来た。
 筋肉に攻撃が跳ね返されたのは、相手が攻撃される部分に力を込めていたからだ。
 ハイアンドシークと併せて、どこから攻められるのかわからないようにすれば奏の力でも通用する!
 自信を取り戻しかけた時、黎が歓喜の声をあげた。
「艶やかだ! 僕の体が切り刻まれる音は実に美しい! 貴方の悲鳴とのハーモニーはさらに艶やかでしょう!」
 無茶苦茶な発言だが、静海家の人間にとっては悲鳴や骨折音も作曲の素材なのだ。
 黎は、右足をあげ、フィギュアスケートの如くその場でスピンを始めた。
 両腕を広げてトルネードラリアット、左脚でスピンキック!
 回転を続け、己を物理攻撃力の竜巻と化す奥義。
「テンペストーゾ ラルゴ!(嵐のように激しく 幅広く)」
 小さな奏など跳ね飛ばしてしまうかに見える、肉体の嵐。
 だが奏は耐えた、ママに習ったアウルの鎧で耐えて、相手の蹴り足に取り付く。
 相手の膝を絞るようにして、体を横回転させ始めた。
 アウルを体から溢れさせ、銀色の横竜巻と化す奏。
 ドラゴンスクリュー!
 パパの好きなプロレス技の一つだ。
 膝を破壊され、悲鳴を、そして泣き声をあげる黎。
 相手を泣かせた事により、戦いは奏のTKO勝ちに終わった。


 全ての試合が終わった後、出場者とその家族は誰からともなく島の片隅に集まっていた。
「久しぶりー、水無瀬夫妻は相変わらず若いねー」
 龍磨が水無瀬一家に話しかける。
「……ママは永遠のアイドル、十七歳なんです……」
 誰に教えられたのか、そんな口上を述べる奏。
「もう奏ったら」
 嬉し恥ずかしそうに頬を染め、奏の頭を撫でる文歌。
「フミカは若い、学園にいた頃より綺麗だ」
 うんうんと頷く快晴。
「カイったら〜」
 快晴の背中を叩く文歌。
 学園にいた頃より熱々デレデレのようだ。

 その脇でロットハール家のカトルが正太郎に、憧憬の目を向けている。
「リュウセイガーさん、凄いヒーローなんですよね! 握手して下さい!」
 握手をしながら正太郎は思った。
 この子たちの世代のためにも、やがては老いて戦えなくなる仲間のためにも、自分は永遠のヒーローであらねばらない。
 戦いの中で朽ち果てるその日まで、この幼い子たちの目に英雄の焼き付けておかねばならないのだ。
 心に宿るヒーロー、それがどんな苦境をも乗り越えさせてくれるのだから。

 神雷が娘の楓に話しかけている。
「今日はお母さんが腕によりをかけてご飯を作りますよ」
「お母さんの料理不味いからヤダ……」
 涙目になる楓。
 愛は感じるが――何とも言い難い空気が周囲に漂う。
「せっかくだから、我が家に集まらないか? 今後の育成方針なども話し合いたい」
 アスハの言葉にメフィスが頷く。
「そうね、鍋ならこの人数で賑やかにやれそうよね」
 それを聞いたアイリスが、無表情にコクリと頷いた。
「ぼたん鍋にしよう」
「猪か、旨そうだな」
「家の近くに猪の生息地はあるか?」
「いや、そこから始めなくても……」

 子供たちは先程までの戦いの事など忘れたかのように自然に仲良くなり、遊び始めていた。
 巨大な学び舎の姿は消えようとも、久遠ヶ原島は海の上に佇み続けている。
 かつて自らの上で育まれた友情と愛の成長、そして、そこから産まれた新たな生命たちの成長を見守るために。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 蒼を継ぐ魔術師・アスハ・A・R(ja8432)
 永遠の十四歳・神雷(jb6374)
重体: −
面白かった!:7人

蒼き覇者リュウセイガー・
雪ノ下・正太郎(ja0343)

大学部2年1組 男 阿修羅
押すなよ?絶対押すなよ?・
メフィス・ロットハール(ja7041)

大学部7年107組 女 ルインズブレイド
蒼を継ぐ魔術師・
アスハ・A・R(ja8432)

卒業 男 ダアト
紡ぎゆく奏の絆 ・
水無瀬 快晴(jb0745)

卒業 男 ナイトウォーカー
深淵を開くもの・
アイリス・レイバルド(jb1510)

大学部4年147組 女 アストラルヴァンガード
絶望を踏み越えしもの・
遠石 一千風(jb3845)

大学部2年2組 女 阿修羅
永遠の十四歳・
神雷(jb6374)

大学部1年7組 女 アカシックレコーダー:タイプB
圧し折れぬ者・
九鬼 龍磨(jb8028)

卒業 男 ディバインナイト