●
ダンジョン第一層。
「お姉ちゃん、入るのやめようよ」
入口でいきなり涙目になっているのは、弟の鴇。
勇者の剣を持ち格好は整えているが、暗い通路におじけついてガクブル状態。
「こんなのお化け屋敷みたいなもんよ、全部うそっこなの!」
犬耳ローブの姉・燕に手を引かれ、無理やり連れ込まれた。
そんな二人の前に最初のアトラクションが現れる。
坑道に 黒いバスケウェア姿の女・雁鉄 静寂(
jb3365)が立っている。
「ふふふ、私は魔王様の門番、静寂。 ボールを保持したまま、最初の門をくぐる事ができますか?」
「なんで魔王の手下が勇者とバスケするの?」
さすがに十歳女児でも、そこは疑問に思う。
「最近の子は運動不足と聞きます、体を動かす楽しさを知って欲しいのです」
姉弟は顔を見合わせる。
「なにこの人、体育教師?」
「こういう先生、学校にいたよね」
「宗像先生でしょ? 今、産休中の」
学校の先生の話題で盛り上がり出す勇者たち。
「そこ! 喋っていないで早く進みなさい!」
ピッとホイッスルを吹く静寂。
本当に女体育教師っぽい。
結局、燕の方が最初の門を抜けた。
静寂も邪魔はするのだが、相手に合わせて手加減しているのだ。
対して鴇の方は、運動神経が鈍い。
ドリブルすら出来ず、静寂に基本を教わっているレベル。
前途多難である。
「この程度ではあなたたちを止められませんか……仕方ありません、ランチタイムです」
先の部屋にはなぜか食堂があり、野菜スープが湯気を立てていた。
「ええ! 魔王の手下でしょ、毒が入っているんじゃないの!?」
「大丈夫よ、私達がお腹でも壊したらこの人、パパにクビにされるもの」
お嬢様思考の燕、首にナプキンを巻きテーブルにつく。
だがとたんに、顔色が変わった。
「んー、やっぱり、毒入りだわ、だって人参が入っているもの」
第二層への階段へ駆けこむ燕。
「お姉ちゃん!」
弟は置いてけぼりである。
「子供にも飲みやすい味付けにしたのですが、飲んではもらえませんでしたか」
哀しげな顔をする静寂。
すると、
「僕が飲むよ」
鴇が、二人分飲んでくれた。
優しい子らしい。
鴇の優しさに免じて、静寂は秘宝を渡した。
小学校の先生って大変だな、と思いながら。
●
第二層。
敵幹部で二番目に出てくる奴は大体、ザコ。
ザコキャラといえばこの人。
「我輩が、Unknownなのであーる」
Unknown(
jb7615)閣下である。
「果たして、ボスである我輩を見つける事が出来るかな? なお我輩は勇者の剣一発で死ぬぞ」
ここは闇のモンスターハウス。
モンスターの着ぐるみを着たスタッフがフロアを埋め尽くしている。
逃げ惑う姉弟。
「どれがボス?」
「わかんなーい、帰りたーい!」
着ぐるみは皆、強そうでどれもボスっぽい。
まさかボスが一番ザコっぽい姿をしているとは、夢にも思わない子供たちだった。
「宝の部屋だわ!」
追いたてられた二人が逃げ込んだのは、宝物庫だった。
数多の宝箱のうち一つを開ける。
中身は、お菓子
心躍る子供の宝部屋!
だが、
「お姉ちゃん、そんなもの食べている場合じゃないよ!」
棘付き壁が動き出し、迫ってきた。
これに潰される前に鍵を探して階段への扉を開けよという趣向。
「お腹空いているのよ! さっきのスープにピーマンが入っていなければ」
ポテチをポリポリ食べながら、宝箱を開ける燕。
壁はどんどん迫っている。
「もうだめだー!」
鴇が絶叫したとたん、
「うなー、よこせー!」
宝箱の一つが、燕のポテチを奪い食いした。
実はこれ、ミミックの着ぐるみを着たUnknown。
本当は、宝箱の色を合せる超高難易度四色定理パズルを解かねばクリア出来ない仕掛けだった。
だが、食い意地が張っていたがため正体を現してしまったのだ。
勇者の剣をミミックに叩きこむ燕。
「うなー!」
「宣言通り一発で死ぬUnknown。
「こんなのが、ボスなの?」
二人が次のフロアに進んだ後は、宝箱ごとお菓子を喰うUnknownのお楽しみタイムである。
「うなー! 残ったお菓子は全部我輩が喰うのであーる」
●
第三層。
「俺は廃虚の町を牛耳るチンピラの地堂、この俺様に勝てるとでも思ってるのか?」
白スーツに、金ネックレスというアレな格好をして登場したのは地堂 光(
jb4992)。
このフロアのゲームは銃撃戦。
光線銃を撃ちあい、相手のライフを0にした方の勝利となる。
勝負開始。
「オラオラ、隠れてねぇで出てこいやっ」
チンピラっぽくドスを効かせながら、フィールドを歩く地堂。
あちこちに廃墟の模型が設置してある。
姉弟は、おそらくその影に隠れているのだろう。
「嬢ちゃん、足が震えてねぇか? くくく」
見えていないのに、ハッタリで見えている事にする。
「失礼ね、怖くなんかないわよ!」
意外にもこの挑発が効き、燕が物影から姿を現した。
勝気な性格に火を着けたらしい。
背後から撃たれ、一発目を喰らってしまう地堂
「おっと、だがまだライフはあるぜ」
振り向き、打ち返す。
その後は、乱射戦になる。
遮蔽物を巧みに利用する燕に対し、
地堂の方は正面からしか攻撃しない。
堂々たるバカという設定だ。
対して鴇は、物影に隠れたまま出てこようとしない。
「おい坊主、男気見せろや? お嬢ちゃんはもうライフ1だぜ」
教えてやると、すぐに鴇が出てきた。
「お姉ちゃん!」
気配には気付いたが、わざと気付かないふりで撃たせてやる。
その一撃でトドメ。
プレイヤー勝利のアナウンスがかかった。
「ば、馬鹿な。この俺様がお前達なんかにやられるなんて」
ガクッと倒れる地堂。
「ばかねえ、私まだライフ3残っていたのよ、あんた騙されたのよ」
実は地堂の台詞、鴇に自信を持たせてやろうという気遣いだったのだ。
「でも、私を助けようとして出てきたのは偉かったぞ」
鴇の頭を撫でる燕の姿。
その姿に姉を思い出し、ほっこりする地堂だった。
●
第四層に入ったとたん、不気味な声がフロアに響いた。
「……ここに隠された太陽の力を解放しようかて、そうはさせぬぞ……せいぜい迷い、絶望するがいい……ふふふ……ふあぁ〜」
なぜか高笑いが、欠伸になっている。
腹心・藍那 禊(
jc1218)は寝坊助。
寝ていてもフロアが機能するよう、仕掛けはあつらえてあるのだ。
その仕掛けとは、なぞなぞ。
例えば『よそ見げんきん チョキンとしまい』
これは、問題が書かれた扉の投入口に現金を貯金すれば、ロックが解除され先に進めるというものだ。
それを藍那、複数用意。
客に解かせている間に自分は昼寝という、駄目な腹心だった。
実際、姉弟が最後の部屋に入った時、藍那は寝ていた。
「なんやもう来たんか……」
魔術師ローブ姿で頭をかきながら、ソファーから体を起こす。
「小癪なやつらめ……ここで太陽と共に永遠の眠りについてしまえ……」
スイッチを押すと、部屋が暗くなった。
壁に貼られていた無数の太陽の絵が、淡く光を放って闇の中に浮き上がる。
太陽の絵はそれぞれ、違った顔をしている。
「これどうすればいいの?」
「“囚われた太陽の涙を払え“ちゅうことや むにゃむにゃ」
それだけ答えると、部屋が暗くなったのをいいことにまた眠ってしまった。
「よくわかんないわね」
「太陽ってこれも太陽だよね」
手にしていた地図を裏返す鴇。
裏には、太陽の泣き顔が描かれていた。
「これと同じの押してみる?」
「わかんないしそうしようか」
地図と同じ泣き顔の太陽のパネルを押す鴇。
すると部屋が明るくなり、次の階への扉が開いた。
「え? クリア?」
あまりにも簡単過ぎる問題。
「結局“囚われた太陽の涙を払え“って意味がわからないわね、まあいいか」
実は、道中の謎に地図に”折り目”を付けて、そこに描かれた太陽に“檻”を作るという問題があったのだ。
それは難しくて解けなかった子供たち。
だが、地図の裏の太陽と同じ物を押したらクリア出来てしまったのだ。
眠りの腹心・藍那、子供の率直さに敗れる。
●
第五層は魔王に滅ぼされた町。
火の絶えた暖炉や、書きかけの日記、“この戦が終ったら結婚してくれ”という旨の手紙。
町民たちの無念の痕が酒場や民家を模した小部屋に残されている。
町には不気味な声が響いていた。
『タスケテー』
『コロサナイデー』
「ひっ!」
怯える二人の目の前に、金髪の少女が現れる。
「私たちに滅ぼされた人間どもが、まだ恨みに呻いているようですね」
レティシア・シャンテヒルト(
jb6767)は吸血鬼のコスプレをしている。
「私は、闇の音楽家・レテシィア。 彼らの魂を慰める音楽を奏でない限り、この街の呪いは続くのです」
このフロアのミッションをわかりやすく教えてあげる。
「演奏すればいいの、バイオリンでいいかしら?」
「お姉ちゃんはコンクールでいつも入賞しているんだぞ」
鴇、ドヤ顔。
「それは素晴らしい、さて、弟君は何を演奏します」
「僕は――口笛も吹けない」
恥ずかしそうに俯く鴇。
姉は誇りであり、コンプレックスらしい。
燕の演奏が終わると、スピーカーから流れていた恨み声が止まった。
成仏したという事だろう。
「はっ、私は何をしていたのでしょう、魔王の呪縛に囚われていたようです」
レティシア、わかりやすく、“おれはしょうきにもどった!”宣言。
「鴇! 次行くわよ!」
自信満々にずんずん進んでいく姉の背中を、憧れと劣等感の混じった複雑な表情で見つめる鴇。
そんな彼にレティシアが白い花を模したコサージュを渡した。
「魔王の所に行ったら、これをお姉さんに付けてあげるといいよ」
「ありがとう、でも変わった花だね」
鴇は、見覚えのない花を怪訝そうに眺めた。
●
第六層に入ろうとした二人の足を、見えない扉が止めた。
どうやら、透明なアクリル板のようだ。
その向こうに、男が姿を現す。
長い黒髪、中世の王族を思わせる衣装を着ている。
「よく来た……可愛い子孫たち。 私が初代クルト王、君達の遠い先祖だ」
「あら、味方キャラ?」
「一緒に戦ってくれるの?」
「フフフ、残念だが私は魔王様の腹心だ。 服従を誓い、その代償にこの国を手に入れたのだよ。 英雄だなどという話は偽りなのだ、イッヒヒハハハ!」
咲魔 聡一(
jb9491)、芝居と、変な笑い方には定評のある男。
「君達と戦っても良いが、私に与えられた使命は君達を足止めすること……十分もすれば魔王様の方も準備ができるだろう。そうしたら通してあげよう」
「十分待てば通してくれるのね? なら、お茶にしましょう」
「僕、疲れたから休む」
育ちがいいだけに呑気な姉妹。
本当に小休止モードに入る。
「待て待て! 国中に散らばる呪文を集め、唱えてみよ! 私が死ぬかもしれないぞ」
Unknown同様、自分の弱点を教えねばならない所に、子供相手商売の苦労が偲ばれる。
「今まで通ってきた階に、こういう物が落ちていたはずだ、気付いたかな?」
ジグソーパズルのピースを見せる。
「これ? 何個か、これみよがしな場所に落ちていたわね」
重要ぽいアイテムなので、姉弟も目に着いた物は拾っておいた。
すでに五つある。
「では、あと一つだな、上の階へ戻って探してくるのだ、十分以内にな! よーいどん!」
タイマーのスイッチを押す。
「えー階段登るの? めんどくさいわねー」
十二分後。
「み、みつけたわよ」
燕がゼハゼハ言いながら戻ってきた。
ピースが落ちている一階まで、階段を走ったらしい。
幼い瞳に恨みがましげに睨まれ、たじろぐ咲魔。
「う、本当は、もう時間切れなのだが……ダメ元で呪文を唱えて見よ」
五つのパズルピースを組み合せる燕。
そこに浮かび上がった文字は、
「“ジャスティスヒーローDVD発売中”なにこれ?」
「そ、その呪文は! ……虎の威を借るつもりが、ここで終わりとは」
服に染み込ませた液体燃料に炎焼スキルで着火し、炎の中に消える咲魔。
「何か、変な呪文だったね」
「ステマってやつね、たぶん」
●
最深層。
「くくく、よくここまで来れたな。チビっ子勇者よ。 だがここを通り抜けられるかな?」
中央の高台に姿を現したのはミハイル・エッカート(
jb0544)。
今日はグラサンなしの角牙付き、イケメン魔王スタイルである。
魔王の元に辿り着くには、最難関の迷宮を通過せねばならない。
通過してきた。
「おい! やけに速いじゃねえか!」
「だって、おじさんとこの仕掛けが一番簡単だったもの」
「むう、ラスダンだけにかなり凝ったつもりだったんだが」
騙し絵やら、秘密の抜け穴やらいろいろ難所を配備したはずである。
もしやと思い、姉弟が手に持っているものの数を数える。
「な、その秘宝は! アイツら全員を倒したのか」
実はミハイルの迷宮、腹心を倒す事によって入手出来る秘宝の力で難易度が下がるように出来ていた。
姉弟は全部手に入れていたため、イージーモードで通過出来たというわけである。
「やるじゃねえか、だがこれから俺が出すなぞなぞを解かないかぎり島は俺のものだぜ」
石板を出す魔王。
そこには
まみむねも これは何?
とだけ書かれている。
姉弟、困惑。
「何といわれても」
「わからねえか、降参してもいいんだぜ。 魔王の恐怖をクニに帰って語り継ぐがいい」
なぞなぞを出しただけなのに、無駄に威圧感を醸し出す魔王。
燕が諦めかけた時、
「そういえば! お姉ちゃんこれつけてみて」
鴇がレティシアにもらった秘宝・白い花のコサージュを取り出した。
「あら、きれいだけど変わった花ね」
それを髪につける燕。
とたん!
「そ、そいつは!」
魔王が動揺し始めた。
「ピーマンの花じゃねえか! 見せるな! 見たくもねえ!」
視界を濁すためか、グラサンをかける魔王。
「どうしたの、おじさん急にめがねなんかかけて?」
パパより年上の男の錯乱ぶりに、幼い首を傾げる鴇。
とたん、頭上のスピーカーからファンファーレが鳴った。
『正解です! ありがとう勇者よ、この島は救われました!』
「え?」
正解した本人もわかっていないが“まみむねも”は本来“め”が入るべき部分に“ね”が入っている。
つまり“めがね“という問題だった。
だが、魔王の弱点を知っていたレティシアの秘宝の力だけで解かれてしまったのである。
クリア特典は魔王様の正体お披露目。
「俺はまだ諦めてないからな。 また戻ってきてやる」
猫耳と猫尻尾を着けて凄む、三十男。
怖くもなんともない。
●
鉱山の麓。
「楽しかったかい、小さな勇者さんたち」
魔王征伐を終えた子供たちに、パパが尋ねた。
「楽しかった! 色々あり過ぎて疲れちゃったけど」
「撃退士の人たちって、みんな愉快なのねー」
思い出はモノより、人との出会いにより残る。
本物の勇者たちとの出会いは、小さな勇者たちの胸に大きな思い出を残したようである。