●それぞれの事情
「おかしい…こんな事は許されない…」
久我 葵(
ja0176)はまず己の目を疑った。
次に体重計の表示を疑う。
それはグラム単位ではあるが、確実に増えていた。
(正月太りには気を遣っていたし、トレーニングも欠かしていないのに、何故…!)
絶望に満ちた表情で恨めしく体重計を眺める。
しかし、いくら眺めても睨んでも、その数字は動かなかった。
「嘘…でしょ…」
シェリア・ロウ・ド・ロンド(
jb3671)もまた、我が目を疑った。
何かと食事の機会が多かった年末年始、けれど日頃から体重管理は抜かりない。
従って増えている筈がないと、そう思っていたのに。
目の前に突き付けられた数字は残酷だった。
「そ、そういえば最近ドレスの腰回りがきつくなった気がしないでもないですわ」
これは由々しき事態だ。
「何としても落としませんと…」
その為なら手段は問わない。
「…体重自体は、そんなに増えていないのですよ」
体重計の数字を見下ろし、シシー・ディディエ(
jb7695)は頷いた。
この程度ならきっと、増えたうちには入らない。
多分、きっと。
「でも、ここがちょっと…うん」
ぷに。
二の腕の辺りが、気になったりならなかったり。
前から気にはなっていたが、これは少し拙い、かも?
「また、こんなところのお肉が増えてる…」
岡田 百永(
jb8003)は、気になる部分のお肉をつまんでみた。
体型としてはごく普通、それほど気にする必要もなさそうに見えるが…そこはアイドルとして気になるし、体型維持は必須だった。
「よーし。がんばろう!!(キリッ」
腰周りや太ももを重点的に!
「お正月にどれだけ太ったかなんて、とても言えないけど…けど…」
針尾 碧(
jb8504)は、小さな溜息と共にお気に入りのスカートをクローゼットにしまった。
増えた体重は微々たるものだ。
けれど冬休みに入る前は丁度良かったスカートが、キツくなっていたのは事実。
「太っちゃた(><)」
痩せなきゃ。
でも、ダイエットなんてした事ないし――
「クゥちゃん、お正月はどうだった?」
紅 美夕(
jb2260)の問いかけに、クアトロシリカ・グラム(
jb8124)、クゥは「聞いてくれるっ!?」と涙目で迫った。
「はぐれ悪魔って、食物からのエネルギー摂取は必須でしょ? 人間界のご飯は結構美味しいわ、特に練り物系ね!」
「うんうん」
「冬はおでん! 奇跡の食べ物ばんざーい☆ お節に飽きたらカレーも美味しかった!」
――等と満喫していたら、この悲劇。
「あたしの芸術的ボディラインが…ッッ」
ぷにんっ。
「摘めるお肉の存在など、許されないのよーーっ」
その体型は、スレンダーつるぺったん。
美夕の目には少しも太ったふうには見えないけれど…でも本人がそう言うなら。
「だってね、だってね!」
どうやら太った事を兄貴分に馬鹿にされたらしい。
「うん、一緒に頑張ろう。お兄さんに自慢できるようになろうね」
「うう、ミユってば超優しい…! ミユが応援してくれるなら、あたし頑張れるー!」
だきゅーっ!
「…えっ」
美夕にとって、抱き付かれるのは初めての経験。
ちょっとびっくり、だけど。
(スキンシップってこんな感じなのかな)
でも、こうしててみると…やっぱり、ちょっとぷにってる?
お腹とか、二の腕とか。
「とはいえ、今までダイエットとかやった事ないのよね」
「私もダイエットは特に意識した事ないから…」
さて、どうしよう?
そんな同じ悩みを抱える者同士が自然と集まって出来た新設クラブ、それがこの「おデ部」だ。
「美しくありたい…綺麗になりたい…その気持ちを応援しないでいられるか? 嫌っしないワケがないっ!!」
マネージャーは唯一の男子、藤井 雪彦(
jb4731)だ。
これはまさに天が与えた役回り、自分がやらずして誰がやる。
「悩める女の子の望みを叶えるために、ボクは此処にいるのさっ♪」
ハーレム状態ラッキーなんて、考えてないよ! ほんとだよ!
「じゃあまずは門木先生に顧問をお願いして、後は合宿の為の準備手続きだね」
トレーニングルームに温水プール、学校内の施設なら問題なく使用許可が下りる。
百永から希望があった乗馬も、馬術部に頼めば大丈夫だろう。
後は男女別の寝所も用意して――
(これだけ忘れようか迷ったけど…ボクってジェントルメンだし〜☆)
準備が出来れば、あとは実践あるのみ。
「笑顔が見れたら最高だねっ♪」
●まずは目標と計画を
「皆さん、よろしくお願いします」
これから苦楽を共にする仲間達に、美夕は丁寧に頭を下げた。
「体力作りを兼ねて、皆で美味しく楽しく、自分磨き出来れば嬉しいですね」
シシーが笑顔を返す。
これを機会に、自分で自信を持てる様になりたかった。
「皆と一緒なら、きっと目標も達成出来るよね」
碧が頷く。
「そうだ、皆で目標を書いておくのも良いかもね」
雪彦に言われ、それぞれの目標を大書した紙が壁一面に貼り出された。
【余剰○g成敗:葵】
【目標削減体重(秘密)kg:シェリア】
【美味しく楽しく自分を磨く:シシー】
【腰周りと太ももを細く:百永】
【あのスカートを再び:碧】
【腹とか腕の脂肪分駆逐:クアトロシリカ】
皆、気合いが入っている。
それを見て、美夕も刺激を受けた様だ。
(この前お姫様だっこされたっけ…)
重くなかっただろうか。
「…私も、ダイエットしなきゃ、かな…」
女の子、なんだし。
ちょっと頑張ってみようかな。
目標が決まった所で、具体的な計画を。
「短期合宿でスピードダイエット、これしかありませんわ」
シェリアが拳を握って力説する。
「断食より運動ですわよ皆さん!」
「そうだね、体重落ちても体調崩したらダメだから、栄養バランスは考えないと」
極端に食べない等はせずに、節制していく形にしようと碧。
「基本は、低カロリー・野菜中心の食事にして、運動する感じかな」
「えーと、とりあえず炭水化物系…あと油分を極力抑えること、だって」
雑誌のダイエット特集を見ながら、クゥが言った。
「タンパク質は植物性を中心にすればカロリー量を抑えられますね。でも減らしすぎてもリバウンドが怖いですから…」
シシーの言葉に全員が凍り付いた。
リバウンド、それはダイエット最強の敵にして最大の恐怖。
それを引き起こさない為にも――
「適度に食べてしっかり動いて、身体に溜まった要らない脂肪を尽く燃やしてしまいましょう」
シェリアの言葉に、乙女達は真剣な眼差しで頷くのだった。
●いざ実践
「早起きは気持ち良いですね」
まずはシシーの提案による朝のストレッチ。
眠っていた筋肉を念入りに伸ばした後は、朝の冷たい空気を胸一杯に吸い込みながらウォーキングでの有酸素運動だ。
万歩計をぶらさげたクゥは、美夕と並んで先頭を歩く。
腕をふりふりテンポ良く、校内の敷地を元気に――と、その時。
「! にゃんこ発見ー!」
「え、にゃんこ?」
コースを外れ、クゥは猫にまっしぐら。
「もふもふさせて〜〜」
「ま、待ってクゥちゃん…!」
美夕は必死に追いかける、吊られて後ろに続く皆も走り出した。
猫を追いかけ、塀を乗り越え垣根を潜って木に登り、さながら障害物競走。
追われる方は良い迷惑だが、追う方は良い運動になったかも?
一時間ほど歩いた後の朝食は、雪彦が用意しておいてくれたトーストと果物、野菜ジュースやヨーグルト。
メニューは葵が考えたものだ。
「それに卵料理も加えておいたよ」
朝食には良質なタンパク質が必要だからと雪彦。
しかしそれでも、クゥには何かと物足りない様で。
「…あー…おでん食べたい…ちくわ…」
「クゥちゃん、身体を動かしたら食べ物の事は考えなくていいかも」
じゃあ、次はヨガでもやってみようか。
元々身体を動かす事は好きな方だから、運動自体は苦にならないクゥ。
本やDVDをお手本に、見様見真似で――
「どうかな、ミユ? キマってる? イケてる?」
英雄のポーズをキめつつドヤ顔してみる。
「! クゥちゃん素敵…!」
しかし美夕はどうにも上手く出来ない。
けれど、一生懸命に頑張る熱意だけは伝わって来る。
その熱で脂肪が燃えたりは…残念ながら、しないけれど。
「とにかく頑張るだけです! 気合で痩せます!!」
百永は走った。
とにかく走った。
しかし。
「あ、痛…」
気合いとは裏腹に、余りハイペースで走る事は出来なかった。
「どうしたの? 大丈夫?」
一緒に走っていた碧が、胸を押さえて立ち止まった百永の顔を覗き込む。
「大丈夫、ちょっと…ずれてきちゃって」
スポーツブラをしていても、揺れて痛い様だ。
胸が大きいのも楽ではない。
「無理しないで、他の運動に変えた方が良いんじゃない?」
「そうですね、水泳なら…」
得意だし、胸に負担もかからない。
「じゃ、私も一緒にやろうかな」
意気投合してプールに向かった二人は、まず入念にストレッチ。
「すごい、身体柔らかいね」
百八十度開いた百永の足を見て、碧は驚きの声を上げた。
「開脚とかは得意です」
少し恥ずかしそうに微笑みながら、百永は足をさすった。
「でも、ここ太くて…」
「私はココ」
碧は自分のお腹をつまんでみる。
「腰をひねる運動とかすると、腰回り細くなって聞いたけど」
「本当ですか、私もやります!」
沢山ひねって沢山泳いで、縄跳び、乗馬――
「筋肉付けた方がいいなら、軽めのダンベルとかも上げてみようかな〜…」
とにかく、やるしかない。
痩せて綺麗になってみせる!
「何gだろうと私の敵だ。この合宿で元に戻してみせる」
葵はトレーニングルームで汗を流していた。
エアロバイクや筋トレ用のマシーンなど、普段は中々利用できない場所だけに、ここぞとばかりに使い倒す勢いで。
しかし、シェリアはその設備に少々ご不満な様子。
「ダイエットに必要な道具の調達はわたくしにお任せあれ」
「ここにあるだけで充分な気もするが…何か良い物があるのか?」
「ええ、お父様が運営する企業の子会社で、評判の良いストレッチマシーンが販売されていますの」
なんでも、それを使えば効果抜群、楽にしかも短期間で痩せられるらしい。
それを人数分用意しよう。
一台ウン十万はするブランド商品だが、これは緊急事態。
「お金に糸目をつけてもいられませんものね。出費は全てわたくし持ちで大丈夫でしてよ」
とは言うものの、学生にそんな大金を使わせる訳にはいかない。例えお金持ちでも。
それに、そのマシーンは恐らく一般向けに開発されたもの。撃退士の使用に耐えるかどうかは――
「あら、象が乗っても壊れないと評判ですのよ?」
しかし、撃退士は象より重かった!
いや、重さの問題ではないし、実際に重いわけでもない…いくら太ったからといって。
ただパワーが桁外れなだけだ。
かくして、シェリアの楽して痩せようという目論見は脆くも潰えた。
「こうなったら、門木先生にお願いしてダイエット用の薬を作ってもらうしか!」
いやいや、それはあくまで最終手段。
今はただ地道に頑張ろう、お菓子やケーキの誘惑を頭から振り払って――
「我慢よシェリア…!」
これも全て元の体型を取り戻すためなのだから。
でも、我慢しても効果がなかったら…自棄食いしても良いですか?
そうして各自各様、思い付くままに体を動かし、一日が無事に過ぎた。
夕食のメニューは鶏のササミを使った棒々鶏やサラダ、豆腐ステーキなど。
「低カロリーでも満腹感を感じられる献立にしてみた」
調理担当は葵とシェリア、それに碧だ。
「食べながらで良いから聞いてくれるかな」
続いて皆の様子を観察していた雪彦マネージャーからの、ワンポイントアドバイス。
「まずは葵さん。古武道やってるなら基礎代謝は高いね」
気にしてるから言わないけど、そこ大きいのは誇っていいと思うんだ☆
「献立も上手く考えてあると思うよ。でも、お昼はもっと重たくても良いかも、思い切って普通に揚げ物とか」
「え、でもそれじゃカロリーが…」
百永が難色を示した。
「夜さえ軽めにすれば一食くらいは普通に食べても大丈夫だよ」
寧ろ普通に食べて欲しい。
「健康を害しちゃったら何にもならないし。皆、ぶっちゃけ今のまんまで十二分に可愛いからねっ☆」
無理はさせたくないし、させないよ。
「碧ちゃんは料理上手だね♪」
でも実家のクセで砂糖を多く入れないように要チェック。
「シェリアさんは確り者☆」
意固地になると無理しそうだけど、皆の面倒を見る方向になれば本人も安心だ。
「クゥちゃん元気! テンション高い!」
でも若干ブレーキが必要かも?
「美夕ちゃんは真っ直ぐ純粋〜でも頑張り過ぎて倒れないようにねっ。シシーさんは自己管理も出来てるし、このままで問題ないね」
それぞれのアドバイスを元に翌日からの計画を練りつつ、食事の後はバスタイム。
といっても、折角だからそれもダイエットのサポートに活用しよう。
ぬるめのお湯で半身浴をしつつ、シシーは気になる部分を塩で揉んでみる。
「折角のいい機会ですから、足もスッキリさせたいですしね」
皆とお喋りをしながら、のんびりと。
「お正月は美味しいモノ食べたくなっちゃって。お正月ですし、実家まで帰ったら、アレ食べなさいとか、コレも食べなさい。とか…」
そうそう、あるあるーと、周りから声が返って来る。
「美味しい料理を目の前に出されたら、ねぇ? ですよね?」
「ねー」
風呂上がりには水分補給も忘れずに。
希望者には葵がマッサージのサービスをしながら励ましの言葉をかけていった。
「明日も頑張ろうな」
皆で目標を達成出来るように――
●数日後
「よっしゃー! あたしってばやればできる子!」
「クゥちゃん、おめでとう。頑張ったからね」
「ミユが付き合ってくれたおかげだよーv ミユも頑張ったよねっ!」
はぐはぐ、クゥと美夕は抱き合いながら互いの成功を喜び合っていた。
「うん、よく頑張った」
碧は毎日欠かさず付けていた記録を見返しながら満足そうに微笑む。
「これでまたお菓子やケーキが食べられますわ!」
シェリアも怪しい薬に頼らずに済んだし、シシーも百永も大成功。
これも皆の努力と、雪彦のマネジメントのお陰だ。
「報酬? んじゃデートで♪」
いや、冗談。その笑顔だけで充分さ☆
しかし、その中でただ一人。
「落ちている筈だ…いや、落ちている。そうでなければ皆と合宿までした甲斐がない!」
葵は確かな手応えを感じつつ、体重計に乗った。
しかし。
「失敗した失敗した失敗した…」
体重、変化なし。
それでも皆の前では明るく笑顔で成功を祝い労う。
けれど影ではがっくりと肩を落としていた。
しかし、その真相は。
「成長している…だと?」
そう、原因はバストの更なる成長だったのだ。
葵、脱力。
これで全員がダイエットに成功、おデ部はめでたく解散だ。
また来年、お会いし――なくて、いい?