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マスター:STANZA
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
形態:
参加人数:10人
サポート:4人
リプレイ完成日時:2014/01/15


みんなの思い出



オープニング



 一人旅は無事に終わった。
 いや、無事に終わったのは追いかけてまでフォローしてくれた皆のお陰だし、全然一人ではなかった訳なのだが。
 そこで門木章治(jz0029)は、またひとつ新しい知識を得た。

 一人より、大勢が楽しい。

 そんなわけで。
「……次は、初日の出を見に行く……ぞ」
 その日、科学室に生徒達を呼び集めた門木は言った。
 ああ、うん。良いね。
 校舎の屋上にでも上がれば良く見えるんじゃない?
 そんな声が生徒達の間から聞こえて来る。
 しかし、ここは久遠ヶ原学園。
 そして門木は筋金入りの人界知らず。
 そんなマトモかつフツーな初日の出見物など、する筈もなかった。
「……初日の出というものは、高い山の頂上から拝むのが正式な作法だと……聞いたのだが」
 誰だ、またそんなデタラメ教えたのは。
 まあ山の頂上から初日の出を拝んでみたいと考える人々は昔から存在したし、近頃では大晦日の年越し登山というものも密かなブームを呼んでいるらしいが。
 で、山って何処の?
 まさか富士山とか言わないよね?
 あの周辺は今、とんでもなく物騒な事になってるよ?
「……青森の……八甲田山に、行きたいと思う」
 え?
 八甲田山って、あれですか。死の雪中行軍で有名な。
「……そうだ」
 こくり、門木は頷く。
「……頂上に辿り着き、ご来光を拝む迄に……苦労が多ければ、多いほど……その年は、充実した幸福な一年になる、らしい」
 だから、誰に聞いたんですかそんな話。
 何となく説得力はありそうな気も、しないでもない、かも……だけど。
「……大丈夫だ。……お前達なら……出来る」
 いや、そんな所でお墨付き貰っても。
「……普通の人々が、出来ない分……頑張って、御利益を貰って来よう、な」
 って、そんなニッコリ笑顔で言われても。

 わかりました。
 行きます、付き合いますよ。

 その代わり、ご褒美は奮発してもらいますからねー!




リプレイ本文

 八甲田山とは、多様な高山植物や数多くの湿地や沼などを抱えた、ハイキングに最適な自然溢れる観光地である。
 ただし、雪の降る季節以外は。
 冬場の厳しさは、屈強な軍人でさえ命を落とす程だ。
「そう、あれは明治35年」
 元少年自衛官である新田原 護(ja0410)は、立て板に水の如くに詳しい解説を始める。
「寒冷地における戦闘の予行演習として行われた雪中行軍演習の最中に、記録的な寒波に由来する猛吹雪に襲われ――」
 そして話し続けること数分。
「陸自関係者としては一度は慰霊登山はせねばな。散っていった旧青森第五連隊の面々に会いに行こうか」
 しかし、ここまで詳しい事は知らなくても、日本人なら大抵の者が「八甲田山と言えば死の行軍」程度の知識は持っているだろう。
「冬の八甲田山?」
 レイラ(ja0365)は思わず自分の頬をつねってみた。
「この依頼は【初夢】ではないですよね?」
 正真正銘の現実です。
「なんだかくらくらしてきました……」
 それが通常の反応だろう。
 だが、外国の出身者や……ましてや天魔の生徒達が、その厳しさを知る筈もなかった。
 護の話を聞いてさえ、どうも実感が湧かないらしい。
「「ハッコーダサン?」」
 欧州貴族のレグルス・グラウシード(ja8064)と天使の鏑木愛梨沙(jb3903)が声を揃えて首を傾げる。
「初日の出! いいねー」
 並木坂・マオ(ja0317)も、今ひとつ厳しさの実感が乏しい様だ。
「今まではビルの間から昇ってくるのを見たり、起きた時にはもう昇っちゃってたりしたから、ちゃんとした初日の出って初めてかも?」
 しかし、初日の出を見るのにも作法があるとは知らなかった。
「正式な作法は雪山なのかー」
 マオは信じた。
 ちょっと胡散臭い気がしないでもないが、とりあえず楽しそうだから信じてみる事にした。
「でも……寒いの苦手なんだよね(−−;」
 コタツ背負って行っちゃ、ダメ?
 うん、ダメだよねー、山の上じゃ電源ないもんねー。
「へえ、雪山登山ですか! 面白そうですね、僕も行きます(=´∀`)!」
 いそいそと出発の準備を始めたレグルスが、大きなバックパック一杯に詰め込んだのはカップ麺。
「コタツは無理でも、これなら沢山持って行けますよ!」
 身体を内側から温めるカップ麺は、持ち運びの容易な内燃コタツだ。
 カップ麺と言いコタツと言い、こんなものを発明するなんて、日本人ってすごい。
「てっぺんでインスタントラーメンつくりましょうね!」
 今度こそ現地で最高の景色を見ながら大好物のカップ麺を食べるのだ。
 大丈夫、今度はちゃんと携帯コンロと水も持った。
 高山だと気圧の関係で生煮えの料理が出来るらしいが、八甲田山はそれほど高くない。
 カップ麺も問題なく出来る事だろう。
 寧ろ問題なのは、そこに辿り着くまでの過程にあるのだが……知らぬが仏の面々は期待に胸を膨らませる。
「よく判んないけどセンセが行くって決めたのならついて行くだけよね」
 愛梨沙はにっこりと微笑にながら門木を見る。
 センセの為なら例え火の中水の中、吹雪の中も何のその。
「もの凄く寒いって言っても、人間の世界には便利な道具が色々あるだろうし」
「そうそう」
 登山用具の分厚いカタログを引っ張り出して、マオが言った。
「ひとまず、登山に必要そうな道具、全部借りておけば大丈夫だよね」
 それは初心者が陥りやすい罠。
 何があっても対処できるようにと、あれもこれもと欲張りすぎてしまうのだ。
 結果、山に挑むよりもまず荷物の重さに挑み、そして負ける。
「うわ、すんごい大荷物……」
 敗北フラグ、がっつり立てちゃった気がするけど。
「……大丈夫、そこは根性で!」
 一方、アレン・マルドゥーク(jb3190)は手慣れた様子で軽量かつコンパクトにパッキングを終えていた。
 食料や簡単な調理器具、マグ等の食器と、必要なものは一通り揃っているのに、持ってみても余り重さを感じない。
「すごい、アレンさんってもしかして山登りのベテラン?」
 マオの問いに、アレンは「いいえ〜」と鷹揚に首を振る。
 どうやらそれは、何かのアニメから学んだものらしい。
「後は服装ですねー」
「うん、いつものじゃダメなんだよね。かといって、水を吸うような奴も危ないんだっけ?」
「換気性がよく雪や風から守ってくれるもの……汗をかかないことが重要なのですね〜」
「へえ〜、なんか色々難しそう」
 難しそうだから、お任せしても良い?
「はい、とりあえずセットで一式用意しておけば間違いはないと思いますよ〜」
 近頃は薄くて軽くて動き易いのに温かい、機能性に優れたウェアも多い。
 万が一、雪の中で天魔と戦う事になっても問題はないだろう。
「防寒着もやっぱり白を基調に……って、え? 天魔も出るの?」
 カタログをめくっていた愛梨沙が顔を上げる。
「きっと寝てないクマや冬でも元気なカマキリが出て来るんだよ!」
「そう思うなら、どうしてそんな紛らわしい格好をするんだ」
 私市 琥珀(jb5268)の発言に、サングラスを外したミハイル・エッカート(jb0544)は眉間のシワを伸ばす様に指でモミモミ。
 琥珀は緑色のカマキリ(きさカマ)だし、その隣の香奈沢 風禰(jb2286)は真っ白なカマキリ(カマふぃ)、そしてもう一人、或瀬院 由真(ja1687)は、くまの着ぐるみにすっぽりくるまっている。
 それはまさしく、冬眠しないカマキリ型天魔と冬眠し忘れたクマ型天魔。
「間違えて撃たれても文句を言うなよ?」
 何しろ今、ミハイルは機嫌が悪いのだ。
 いや、機嫌が悪いと言うより傷心モードと言うべきか。
 どうやら愛用のスナイパーライフルが突然変異を起こしたらしい。
「……頂上に着いたら、俺も祈ってやる…から」
 ぽむ、門木がその思いきり下がった肩に手を置いた。
 初日の出を拝むと御利益があるそうだから、信じて頑張ろう、ね。




 そして舞台はあっという間に八甲田山の麓に移る。
 辺りは見渡す限りの雪また雪、その眩い白さが真っ青な空に映えて美しかった。
「さぁ、張り切っていきましょう!」
 クマーな由真が指差すのは、正面に見える一際高い山。
 下から見上げる限りでは、その斜面はなだらかで起伏も少ない。
 天気も良いし、この分なら登山は楽勝だ――少なくとも日が沈むまでは。
 一行は新雪を踏み締めながら歩き出す。
 この時期に敢えて登山をする者は多くないのだろう、麓から続く登山道には誰の足跡もなかった。
 それどころか、何処が道なのかもよくわからない。
「道がなければ作れば良いのです」
 先頭に立った由真は、とにかく目的地に向かって真っ直ぐに、腰の高さ程にも積もった雪を掻き分けて行く。
 後ろに続く者達は、出来た道をただ歩くだけの簡単なお仕事だ。
「樹氷が綺麗ですねー。噂の温泉も楽しみなのですー」
 中ほどを行くアレンはすっかり遠足気分。
 最後尾に至っては雪もすっかり踏み固められ、全く不自由はない……筈、なのに。
「ちょっと待って、これやっぱり重い!」
 五分も歩かないうちに、マオが荷物との戦いに敗北宣言。
 中身、少し減らそうか。
 でも減らしたらイザという時に何かが足りなくて困るかもしれないし。
「――あ、そうだ。門木センセー!」
 持てぬなら、持って貰おう大荷物。
 女の子の荷物持ちは男のカイショーだって聞いた!
 でもカイショーって何?
「わかりました、では代わりに私が」
 手を差し伸べたのは、本日もお世話係を買って出てくれたレイラだ。
 どういう経緯でこうなったのかは聞かないとして、門木がそれを望むなら全力で叶えるのが自分の務め。
 本人の荷物も相当なものだが、愛の重さに比べれば荷物の重さなんて!
「それなら、あたしも半分持ってあげる」
 その後ろから、愛梨沙がひょっこり顔を出す。
「でも女の子に持たせるのはちょっと……あ、いいこと考えた!」
 いいこと?
「じゃんけんしよう! それで、負けた人が全部持つの!」
 ああ、小学生なんかがよくやっている、あれか。
 これなら勝負だから遠慮も気兼ねもいらないし、負けても恨みっこなしだ。
「じゃ、いくよー。じゃーんけーん……」
 そしてこういう場合、一番体力がなさそうな人が負けるのはお約束。
「……俺、か」
 四人分の荷物は流石に重い。
 でも飛行禁止のルールはなかった筈、飛んでしまえば重さもそれほど気にならなかった。
「じゃ、センセー。次の電信柱までねー!」
 下でマオが手を振っている。
 でも電信柱って、どこ?


 しかし、そんな遊び半分でふざけながら歩けるのも明るいうちだけ。
 日が沈むと、山の天気は途端に牙を剥いた。
「晴天のち吹雪か」
「なに、これも訓練の一環だと思えば構わん」
 護の言葉に、ミハイルは余裕の笑みを返す。
「皆気をつけようね!」
 視界の悪いこんな時こそ天魔の襲撃があるかもしれないと、きさカマが注意を促した。
「先生は大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
 ミハイルの問いには、代わりに愛梨沙が答える。
「フブキって言ったって、ただユキが降ってて風が強いだけでしょ?」
 しかし、人界の自然はそんなに甘くなかった。
 ライトで照らしても、ナイトビジョンを装備してさえ、目の前にかざした自分の手が見えない程の視界不良。
 おまけに正面から叩き付ける雪のせいで、呼吸も苦しくなる。
 体感温度も急降下で、防寒着を着込んでいても手足の感覚がなくなりそうだ。
「なに、これ……っ」
 出発前こそ「寒さのせいにして密着しても良いよね」とか「体力なさそうなセンセのフォローの為だもん」などと呑気に構えていた愛梨沙だったが。
 そんな余裕も下心も吹雪に吹っ飛ばされ、今はただ門木の腕にしがみつくのみ。
 しかし、何だかんだ言っても女の子は強い。
「この、完全無欠なもふもふさ。これならば、どんな吹雪が来ようと平気ですっ」
 由真は相変わらず先頭に立って、ざくざくと道を切り開いて行った。
 苦難の先に待つのは絶景――これは頑張らざるを得ないし、頑張らなければ女が廃る。
 体脂肪という名の天然の防寒具も装備している事だし……いや、太ってるとかそういう事じゃなくてね!
 しかし、細身で体脂肪率も高くないレグルスの体温は、あっという間に急降下。
「…((((;゜Д゜)))))))」
 あまりの寒さに声も出ない。いや、寒いと言うより痛い。
 そして遂にはその感覚さえなくなり――幻覚が見え始めた。
「わあ、兄さん! いつの間に来てたの?\(^o^)/」
 吹雪の向こうで、大好きなお兄ちゃんが手を振っている。
「あっ皆さん見てください! ほら、あそこで僕の彼女がシチューを煮込んでくれてますよ!」
 彼が指差した場所には勿論、誰もいない。
「美味しいんですよ、食べに行きましょう!(≧▽≦)ノ」
「待て、そっちは崖だぞ!」
 ふらふらと歩き出したレグルスの腕を、ミハイルが掴んだ。
 引き戻されたレグルスは意識も朦朧と夢うつつ、明らかに低体温症だ。
「拙いな、このままじゃ……おい?」
 うつらうつらと船を漕ぎ始めるレグルス。
「寝るなぁぁー、寝ると死ぬぞぉぉー!」
 その頬に、怒濤の往復ビンタが炸裂する。
 これ、一度やってみたかったんだ。
 と、両頬を真っ赤に腫れ上がらせたレグルスが目を覚ました。
「に、兄さん…?」
 あ、まだ錯乱してる。
「…兄さんが、兄さんが僕をぶつなんて…っ」
 溢れ出る大粒の涙はしかし、瞬時に凍り付く。
「目が、目がぁっ!!」
 こうした場合、本来ならどこかで休息を取るべきなのだろう。
 しかし近くには山小屋も洞窟も、吹雪を避けられそうな岩棚さえ見当たらなかった。
「ここで遭難した彼等も、こんな状況に陥ったのかもしれんな」
 ぽつり、護が呟く。
 しかし由真はメゲなかった。
「昔の事なんて何のその。私達は、今を生きる撃退士です。この程度の事ではへこたれません!」
 はぐれないようにと全員の腰をロープで繋ぎ、半ば強制的に引きずって行く。


 とにかく動いていれば凍死する事もないだろう。
「日の出までには晴れますように〜」
 祈りながら、アレンはスマホのGPS画面を……見ようとした、が。
「あれ、おかしいですね〜?」
 画面には何も映らない。
 ボタンも反応しない。
 どうやらここは、スマホも動かなくなるほど寒い様だ。
 今の気温は……いや、知らない方が良い。
 代わりにヒリュウを斥候に出し、一行は進む。
「こんなに寒いとコタツが恋しくなっちゃうね……って、あれ?」
 と、荷物に潰されそうになりながらも頑張って歩くマオの目の前に、コタツが現れた。
 しかも、みかんと猫もセットになって。
「起きるなのー! 寝ちゃダメなのー!」
 カマふぃによるシンバルとカスタネットの連打がマオの耳元でガンガン響く。
「はっ! アタシ寝てた!?」
 ありがとう、助かった。    
「登山中はアレだよ。歌わなくちゃいけないんでしょ?」
 こんな状況にぴったりの歌がある。どこで覚えたの分からない古い軍歌を口ずさんだ。
「元気出してこ! 寝たら死んじゃうぞ! 多分アタシが一番危ないけど!!(><)」
 と、目の前に何か大きなものが迫って来る気配。
 巨大な雪だる魔かと思ったが……違う、壁だ。
 そこには背丈の倍以上もある段差があり、上を見上げると積もった雪が庇の様にせり出している。
 その下は風も弱く、雪も吹き込んで来ない安全地帯。
「丁度良かったです、ここで少し休みましょう〜」
 アレンは早速、荷物を解き始める。
「私も温かいお茶を魔法瓶に入れて来ました」
 由真がいそいそと取り出したお茶はしかし……無情にも冷たくなっていた。
「ど、どうしましょう、どうしましょう」
 オロオロし始めた由真の口に、アレンがチョコバーの欠片を放り込んでみる。
 個人データには甘いものを与えると高確率で落ち着くと書かれていたが、どうやら本当らしい。
「コンロと鍋も持って来ましたから、これで温め直せば大丈夫ですよ」
 傍らで、レイラが煮炊きの準備を始めた。
 冷え込みの厳しい雪山ではボンベも専用の物が必要になるが、それもしっかり調べて来た。
(全ては門木先生の為です)
 まずは自分が率先して、おおよそ一般的な冬山での適切な行動を示さなければ。
 彼がトンデモ知識を正しい知識と認識しない様に……というのは、若干の手遅れ感がなきにしもあらず、だが。
 お茶を温め直し、カロリーブロックなどの非常食や、チーズやコンデンスミルクを乗せたクラッカーで簡単な食事を摂れば、身体も少しは温まる。
「パスタとスープもありますよ〜」
「おう、良いな……しかしなぜ緑色なんだ。ホウレン草でも練りこんであるのか?」
 ミハイルの問いに、アレンはにっこり。
「これはピーマンなのですよー」
 ぶっ!
 食べかけたミハイルは思いっきり吹き出した。
「この俺に毒を盛るとはいい度胸じゃないか!」
「毒なんかじゃありませんよー、美味しいのですよー?」
 それは友人からの頂き物。お裾分けしようと、わざわざここまで持って来たのに……食べてくれないの?
「いらん! 俺は自前の弁当を……くそっ、凍ってやがる」
 その他の食料は、既に皆が食べてしまった。
 腹の虫が食料を寄越せと声高に要求して来るし、背に腹は代えられない、か。
「これはホウレン草、ホウレン……っ」
 ぶつぶつ暗示をかけつつ、完食。
 でも却って体力減った気がするのは何故だろう。
 そんな約一名を除いて元気が出たところで……
「さあ、もうひと頑張りです」
 甘味で復活した由真が小天使の翼で崖を越えた先にロープを固定。
「これを頼りにすれば、崖登りも楽勝ですよ」
 頂上までは、あと少し。
 全然何も見えないし、この方角で合ってるかどうかも怪しいけれど、多分きっと。


 しかし、そのまま無事に終わる筈もなかった。
 と言うか無事に終わったら面白くない。
 一行の少し先を飛ぶヒリュウの目に何かが見えた。
 吹雪に紛れて判然としないが、あれは――
「って……この状態で敵襲か!」
 咄嗟に梓弓を構える護、しかしロープで繋がっていては思うように動けない。
「切るぞ、迷子になるなよ!」
 ミハイルが皆を繋いでいたロープを切った。
 敵襲と聞いて正気に戻ったレグルスが星の輝きで周囲を照らす。
「僕の力よ! 暗黒を照らし出す、恒星の輝きとなれッ!」
 お陰で明かりは確保出来たが、視界が悪い事に変わりはなかった。
 おまけに正気に戻ったのはその一瞬のみ。
「ああっ! 兄さんが、兄さんがいっぱいいるっ?!((((;゜Д゜)))))))」
 幻覚再び。
 しかし、それは勿論お兄ちゃんではない。
「種子島じゃないのにカマキリさんが居たなのー!」
「ほんとだ、この寒いのに元気だね」
 カマふぃ&きさカマを取り囲む、カマーな天魔。
「こちらにはクマーが!」
 クマーな着ぐるみの由真が叫ぶ。
 周囲はいつの間にか、カマーとクマーの混成部隊に囲まれていた。
「ならば、私が相手です」
 クマーの前にユマーが進み出る。
「見せてあげましょう。私こそが本当のクマだという事を!」
 クマ対クマ〜の雪山大決戦、ユマーは吹雪にも劣らぬ勢いで槍を繰り出し、クマーの腹を突きまくる。
 一方のカマーには、カマふぃが突っ込んで行った。
「カマキリさん覚悟なの!」
 マンティスサイスをぶん回し、周囲のカマーを薙ぎ倒す。
 少し離れた所から、きさカマは弓の援護射撃。
 視界が悪くても間違えて味方を撃つ事がないのは、きっと着ぐるみ同士にしかわからない謎の電波が出ているせいだ。
 しかし、戦いを彼等だけに任せておく訳にはいかない。
 愛梨沙は仲間達の身を守ろうと、アウルの衣を付与――って、それ違う。
「え、これ敵!?」
 がごんっ!
 慌ててシールドで殴りつけた。
「こちらも援護するぞ」
 護が索敵を使って敵の位置を確認する、が。
「く! 索敵情報はわかるが、敵味方の区別がつかん!」
 そこに何かいるのは見ればわかる、知りたいのはその何かの正体なのに。
 P37を手に狙いを付けるも、本物はどれだ状態。
「くそっ、さすがにこれじゃあ見えないぞ……そこか!?」
 スナイパーの勘がミハイルに囁いた!
 ガトリング砲、掃射!
 しかし、一流のスナイパーでも間違える事はある。
「あわーっ!?」
「フィーも巻き込んでるなのー!」
 雪煙の向こうから聞こえて来るのは味方の声。
 更には敵集団から離れている筈の、きさカマまでが蜂の巣に!
「ぼ、僕はカマキリだけどカマキリじゃないよ!」
「紛らわしい! 面倒くさいから気合で避けろ!」
 以前にもこんなことがあったような気がするが、デジャブか。
「待って! 僕はいいカマキリだよ!」
 きさカマは撃たないでのポーズをとってみたが、残念、吹雪で見えなかった。
 猛吹雪よりも痛いアウルの弾丸が雨あられと降りかかる!
 しかしカマふぃは素早く身をかわした。
「この移動力プラス1の着ぐるみの性能を見るが良いなの!」
 その代わり、残る二人が弾丸の餌食に!
 おまけに護が放ったトドメの爆裂焼夷榴弾が、混戦状態となった戦場のど真ん中に炸裂する。
「わ、私です、由真です! クマではなくユマです! 焼いても美味しくありません!?」
 ユマーはゴロゴロと転がりつつ、味方だよアピール。
 傍目には愉快な光景だが、やってる本人はけっこう必死だ。
 と、爆発の衝撃でレグルスが我に返った。
「ううっ、こんなにたくさんの天魔が…許せません!」
 天魔必滅、コメット発射!
「僕の力よ、邪悪を打ち砕く彗星となれーッ!」
 敵も味方も巻き込んで彗星の雨が降り注ぐ。
 我には返ったが、正気には返っていなかった様だ。
「先生、危ない!」
 愛梨沙が盾を構えるより早く、瞬脚を発動させたレイラは門木をお姫様だっこで掻っ攫う。
 見事な男女逆転っぷりだが、何故かそれほど違和感を感じないのは……どう見てもレイラの方が強くて頼りになりそう、だからか。
 しかしコメットの射程から逃れても安心は出来なかった。
「何だろあれ、新たな敵の大軍?」
 マオが目を懲らすと、そこには何か巨大な影が。
 と、それは見る間に膨れ上がり、轟音と共に全てを呑み込んでいく!
「雪崩だ、気を付けろ!」
 護が叫ぶ。
 でも気を付けろって言われても、何をどう気を付ければ!?
「アタシに任せて!」
 マオは雪崩を敵に見立てて鬼走りを放った。
 力強く踏み締めた両足から迸る大量のアウルが雪と共に噴き上がり、雪崩を割って一直線に突き進む。
 それはまるで、海を割ったと言われる聖人の奇跡の様に見えた。
 しかし、割れた雪崩はそれぞれに勢いを増し、互いに折り重なる様に再び合体、更にパワーアップして襲いかかる!
「来たなの! ビッグウェーブなの!」
 カマふぃはその流れを捉えると雪崩の先端に向かってジャンプ、波頭に乗った。
「へいへーいなの!」
 そのままサーフィン如く、雪崩と共に山を一気に下り……いや、下ってどうする、せっかくここまで登って来たのに!
 上れ、上るんだ!
「大試練なの!」
 しかし、ここできさカマの登場だ。
「大丈夫、この雪崩は僕が止めて見せる!」
 シールドで盾を活性化して真っ正面に構えつつ、勇猛果敢に雪崩に挑む。
「雪崩に負けない強いカマキリに、僕はなる。カマキリの底力を見せてあげるよ!」
 超えろ限界、外せリミッター!
「輝け! 僕のカマキリ力!」
 かまきりか、ではない。かまきりりょく。
 しかしヒーローの名前としては「かまきりか」の方がしっくり来るだろうか。
 かくして極限の中に誕生した我等がニューヒーロー無敵のカマキリカは――生まれて初めての敗北を喫した。
 誕生後、僅か三秒で。
「はいちーずなの!」
 そんな場面を、カマふぃはサーフィンしながらしっかり写真に……あれ、シャッター押せない。カメラも凍ってる!?
 そしてますます勢いを増した雪崩は愛梨沙の目の前に迫っていた。
「い、いやぁぁぁぁっっ?!」
 初めて見る雪の凶暴な一面に、本能的な恐怖心が湧き上がる。
 しかし、物理的には全く頼りにならないが、精神的には多少の期待が出来そうな門木は今、手の届く場所にはいなかった。
 咄嗟の判断で物質透過を使い、雪をすり抜ける。
 ダメージを受けない完璧な対処法だ。
 なのに何故かチクリと痛みを感じるのは……上空に逃れた門木が、その腕にレイラを抱えている姿を見てしまったせいか。
 そしてミハイルは――
「これも訓練だ、かかってこい!」
 雪崩を逆流で泳ぎきる……のは無理でした。
 大自然ナメたらあかんよー。


 いつの間にか、吹雪は止んでいた。
「皆さん無事ですか〜?」
 ヘッドライトを装着したアレンが、雪の下に埋まった仲間を引き上げていく。
「……今回の敵ってこんな傷になるような攻撃だったっけ?」
 生命探知で仲間の居場所を探し、引き上げた愛梨沙は、その傷の具合を見て首を傾げた。
 どうやら「事故」に気付く余裕はなかった様だ。
「雪山登山は危険がいっぱいなんだね」
 掘り出されたニューヒーローは、傷ついている仲間を怪我の重い順に癒していくが……自分が一番の重症かもしれない。
「…死ぬかと思いました(ノД`)シクシク」
 漸く正気を取り戻したレグルスも、泣きながら皆の回復を手伝う。
 雪山で真に危険なのは、自然よりも敵よりも、仲間の誤射。
 しかしそれもお互い様という事で……
「いいえ、勘弁なりません」
 すっくと立ったレイラが、レグルスの前に歩み寄る。
 故意でもうっかりでも、門木を巻き込んだ者には相応の罰を。
 ええ、それはもう鬼神の如く。
「闘気解放からの烈風突で再び雪に埋もれるのと、荒死でほっぺが巨大になるくらいに往復ビンタを喰らうのと、どちらがお好みでしょうか」
 その言葉に、レグルスはすっかり縮み上がってしまった。
「なんて、冗談ですよ」
 門木に止められたレイラは笑って見せたが、その目は……本気だった。
 恋する乙女は怖ろしいですね。
「そのカモフラージュ装備……それに加えて吹雪の悪条件と乱戦、誤射は仕方ないだろう」
 榴弾撃ち込んだのはミスだが、と口の中でゴニョゴニョ言って誤魔化す護。
「というか、思いっきり雪崩起こしたな。ははは……。まあ、気にせず、行こうじゃないか」
 苦笑いで水に流し、さあ頑張ろう。
 頂上までは、あと少しだ。
 多分。



 そして数時間。
 真夜中の雪山を歩き続けた一行は、漸く頂上に到達した。
「や、やっと着きましたね……」
 まさしく疲労困憊といった様子で、由真がへなへなと座り込む。
 見上げた空には今までに見た事もない程、多くの星が光り輝いていた。
「日の出の方角はどちらでしょう?」
 星座を頼りに見当を付けようと思っても、見える星が多すぎてわからない。
 そのかわり、ちょっと不思議なものを見つけた。
 一面の銀世界の中に、何故か全く雪のない場所がある。
「これが、山頂の秘湯……!」
 お誂え向きに、近くには小さな洞窟もあった。
 しかもその地面は温かく乾いている。
「温泉か。あー、一応言っておくぞ」
 地獄に仏、雪山に温泉。凍り付きそうな身体を温めようと早速飛び込もうとする仲間達に、護が注意を促す。
「装備品のうち、濡らしては困る物は持ち込むなよ。後、着替えの服をキチンと用意すること。濡れた服で降りるなら氷漬けになるぞ。この寒さでは」
 が、誰も聞いちゃいなかった。
「温泉! 温泉!」
 着ていたものを潔く脱ぎ捨て、マオは真っ先に飛び込む――勿論ハダカで。
 あの大荷物の中に、水着は入っていなかった。
 だって登山に水着って、ねえ?
「大丈夫でしょ、真っ暗だし」
「そうだな」
 続いてミハイルが適当に脱ぎ散らかしてドボン。
「初日の出を温泉の中で過ごしながら見るか。しかしあれだな、混浴温泉を勧めるとは流石は堕天使というべきか」
 などと呟きながら入って来た護も、堂々とすっぽんぽん。
 勧めた覚えはないけれど……水着着用と言った覚えもない、気がする。
 いや、わざとじゃないよ? わざとじゃないから!
 因みに門木は、しっかり者のレイラさんのお陰でちゃんと水着を持って来てます。
 持ってない人は……まあ、どうにか切り抜けて下さいね、明るくなったら。


 やがて東の空が僅かに白み始める。
 温泉に浸かった面々は、じっと日の出を待っていた。
 しっかりとタオルを巻き付けた由真はみかんを、レグルスは待望のカップ麺を食べながら。
 アレンは山頂の雪に苺シロップをかけて。
「一度やってみたかったのです〜」
 これもやっぱり何かのアニメで得た知識、綺麗な雪はさぞかし美味しいだろうと憧れていたのだ。
「かき氷とは少し違った食感ですねー」
 でも美味しい。
「皆さんもどうですかー?」
 風禰と琥珀は熱燗で一杯やりながら――
「かんぱーい、なの」
「乾杯!」
 あ、中身は牛乳なので、ご心配なく。
「ミハイルさんもどうぞなの!」
 風禰が差し出したのは野菜ジュース、ただしピーマン入り。
「いや、遠慮しておく」
「遠慮なくどうぞなの! 野菜ジュースは身体に良いなの!」
 もしかして、誤射した事への報復?
 しかしそこは丁重にお断りして逃げ出したミハイルは、ひとり隅っこで酒を呑む。
「ん? 先客か?」
 ふと見れば、見知らぬ男達の姿がぼんやりと浮かんでいた。
「古風なオッサンだな」
 ん? 連隊?
「そうか、お前らも訓練か。この雪の中、お互い大変だったな」
 何処の誰かは知らないが、ここで会ったのも何かの縁だ。
「一杯やろう、雪見酒だ」
 と、その時。
「来るよ!」
 マオの声に、ミハイルは顔を上げた。
 雪の稜線をオレンジ色に染めながら、今年初めての朝日がゆるゆると登り始める。
 空気中を漂う細かな氷の粒が、その光に眩く煌めいた。
 由真は慌ててカメラのシャッターを押す。
 瞬きもせずに見つめていたせいで、その瞬間を危うく逃してしまう所だった。
「実に良い景色ですね。本当に、来て良かったです」
 モノクロの世界に色が付き始める。
「綺麗…」
 門木の隣で愛梨沙が呟いた。
 ただし、口元ぎりぎりまで湯に浸かった状態で、だが。
 理由は……お察し下さい。
「また今年もよろしくね風禰さん!」
 ご来光を拝みながら、琥珀が笑いかける。
 ところでカマキリ卒業はやっぱり本当なのだろうか。
「初日の出綺麗ですねえ…苦労したかいがありましたねー」
 充分に暖まったアレンは、水着姿で岩の上に腰掛けていた。
「この世界はやはり守らなくてはと思うのです」
 祈るのは、今年一年の仲間の無事。
 そしてミハイルが祈るのは、勿論これだ。
「スナイパーライフルが欲しいっ!!」
 魂の叫びが八甲田の連峰に谺する。
 そして、ふと振り返れば……見知らぬ男達の姿は、もうなかった。
 先に上がったのだろうか。
「風邪ひくなよ?」
 だが、ミハイルは知らなかった。
 消えゆく彼等の姿を、護が敬礼と共に見送っていた事を――


 さて、ご来光も無事に拝めた事だし。
「お食事にしましょうか」
 湯から上がってホカホカの皆に、レイラが持参したお節料理と雑煮を振る舞う。
 温泉の傍は地熱で温かく、湯冷めをする心配もなさそうだった。
「わあ、なんかすごくお正月っぽいね!」
 無事に着替えを済ませたマオが覗き込む。
 あれ、でも誰か一人足りない様な。
「風禰さん、早く来ないと食べちゃうよ?」
 琥珀の声に、洞窟の奥から答える声がした。
「待ってなの、お風呂上がりのお化粧はレディの嗜みなの!」
 記念撮影もあるし、すっぴんでは出られない、らしい。

 お腹一杯食べて、皆で写真を撮って、もう一度温泉で暖まって。
 さて帰りはどうしようか。
 面倒だから、転がり落ちる?
 それとも……
「雪崩サーフィン再び、なの!」
「わかりました! 僕の力よ、邪悪…いや、雪を打ち砕く彗星となれーッ!」
 さあ、どうなる。
 果たして彼等は無事に帰って来られるのだろうか――?


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:7人

魔に諍う者・
並木坂・マオ(ja0317)

大学部1年286組 女 ナイトウォーカー
202号室のお嬢様・
レイラ(ja0365)

大学部5年135組 女 阿修羅
Drill Instructor・
新田原 護(ja0410)

大学部4年7組 男 インフィルトレイター
揺るがぬ護壁・
橘 由真(ja1687)

大学部7年148組 女 ディバインナイト
『山』守りに徹せし・
レグルス・グラウシード(ja8064)

大学部2年131組 男 アストラルヴァンガード
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
種子島・伝説のカマ(白)・
香奈沢 風禰(jb2286)

卒業 女 陰陽師
Stand by You・
アレン・P・マルドゥーク(jb3190)

大学部6年5組 男 バハムートテイマー
208号室の渡り鳥・
鏑木愛梨沙(jb3903)

大学部7年162組 女 アストラルヴァンガード
種子島・伝説のカマ(緑)・
私市 琥珀(jb5268)

卒業 男 アストラルヴァンガード