「挑戦状とはまた随分と豪気なものだな…まあ、こういう変わり者は嫌いでは無いが」
天風 静流(
ja0373)は指定の場所にのっそりと立つダルドフの姿に目を向ける。
「余程自信があるのか分からんが、まさか一人か?」
「そこに三本足のカラスがいる様だが」
クジョウ=Z=アルファルド(
ja4432)がフィールドの外れに立つ枯れ木に目を向ける。
たったの一羽、あれは監視役と見るべきだろう。
「こちらを甘く見ているという訳では無さそうなのだが…やってみれば分かる事か」
静流が仲間達を見る。
「んと…どうする、です?」
華桜りりか(
jb6883)がその視線を受けて尋ねた。
皆の希望を容れつつ、アミダくじを引いた結果――
一番手はクロエ・キャラハン(
jb1839)に決まった。
天魔が利益を得るなんて気に入らない。
天魔のせいで不幸が生まれるのも許せない。
天魔は等しくこの世界から駆逐すべきだ。
ただ、被害の程度によっては後回しでも仕方ないし、人類に組するなら自主的にこの世界を去るのを待ってもいい。
この妙な天使も後回しにできそうな相手だが――
(天界に属し、その意思に従う以上は侵略者の一員でしかありません。いつ情勢が変わるかわからない以上、先手を取って予防に努めるべきです)
クロエは両手で持った大剣に殺気を漲らせる。
だが。
「そう急くでない、勝負事には礼儀も大切ぞ」
言いつつ、ダルドフは丁寧に頭を下げる。
クロエも仕方なく、無礼にならない程度に小さく頭を下げた。
「もう良いでしょう、始めます」
答えも聞かず、クロエは自分の身体を軸に独楽の様に回り始めた。所謂回転斬りだ。
回転で体が流れることも計算に入れつつ、流れる様に、舞う様に。
しかし弾き返された独楽はバランスを失い、失速して倒れ込む。
「ならば、次はこれです」
クロエは大剣を抱える様にしっかりと持って、体ごとぶつかっていった。
剣を振るえば隙が出来るし、この体格差も明らかに不利。
その弱点を相殺しようと編み出したのが、この戦法だった。
だが太刀筋を変えても高さに変化を付けても、巨大な岩は微動だにしない。
どうやら小細工は通用しない様だ。
「最後は全力でいきます。準備に少し時間を使いますので、必殺技の用意でもしておいてください」
クロエは得物を冥闇鉄扇に持ち替え、冥府の風を纏う。
突撃と共に、闇の弾丸を乗せた攻撃が相手の心臓を穿った。
「ぐぅッ」
ダルドフの喉から、思わず声が漏れる。
鉄扇は直撃の僅か手前で止められたが、そこに乗せた追撃は止めきれなかった様だ。
「良い、攻撃だ」
しかし。
「次からは予告をせぬが得策だろうて」
本気の攻撃には、本気の反撃を。
ダルドフは鉄扇を受け止めた偃月刀を翻し、クロエの身体を薙ぎ払った。
「次は自分か」
神凪 宗(
ja0435)が進み出る。
個人戦と集団戦どちらでも対応するつもりだったが、どうやら他に集団戦を望む者はいない様だ。
「ダルドフと言ったか。面識はないが折角の機会だ、挑戦させて貰う」
軽く会釈をして、宗は雪村を抜き放つ。
「うむ。ぬしの輝き、見せて貰うぞ」
偃月刀を構えたその真っ正面から、宗は斬り込んでいった。
最初の一撃が止められるのは計算のうち、弾かれる様に退いた直後に闇遁を発動して、死角に回り込む。
だが、その一撃さえもダルドフは軽々と受け止めた。
「ならば、これはどうだ」
宗は風遁を発動、疾風をも切り裂く一撃を叩き込む。
攻撃が届けば、それなりの打撃を与える事が出来る筈だ。
しかしダルドフは効いているのかいないのか、全く表情を変えない。
波の様に寄せては返す宗の攻撃を受けつつも、巌の如く不動。
「足を使って攪乱する、その試みは悪くない」
ダルドフは片手で顎髭を捻りつつ、偃月刀を振りかざす。
「だが、それも一人では徒に己の消耗を速めるだけぞ」
唸りを上げた鋭い刃が、引き寄せられる様に宗の身体に吸い込まれていった。
「麩…いや、挑戦状とは面白いおじさんだね」
くすりと笑いながら、ジェンティアン・砂原(
jb7192)が立ち上がる。
「ダルドフちゃん、『腐』を選ばなかった事は褒めてあげるよ」
「ちゃん?」
目を丸くしたダルドフ、次の瞬間には盛大に笑い出した。
「そう呼ばれたのは初めてぞ!」
大股に近寄り、面白い小僧だとその肩をばしばし叩く。
お陰で『腐』が云々の話は何処かに吹っ飛ばされてしまった様だ。
「いた、ちょっとダルドフちゃん、痛いよ」
「おお、これはすまぬ」
怠け学生ゆえに詳しくは知らなかったが、これは確かに強そうだ。
しかし強敵相手の腕試しも偶には良いだろう。
(腕に覚えがある訳じゃないけどね)
そんな二人の様子を見ながら、相棒のクジョウはぽつりと呟く。
「決闘、ね…」
力ある者は力なき者の為に。
その確固たる意志と心は、腕が折れようが脚が砕けようが死のうが燃え尽きる事がない。
だが、この男が人に仇なすものか否か、自分はまだ知らない。
それを自らの手足で確かめる、これはその為の戦いだ。
一礼し、神速の革鞭を振るう。
ジェンティアンの援護を信じ、ただひたすらに愚直とも取れる攻撃を続ける事で、相手の注意を自分に向けるのが狙いだ。
狙い通り、ダルドフは間断なく繰り出される鞭を偃月刀で薙ぎ払い続ける。
「あれ、僕が攻撃を受け止めている隙に、クジョウちゃんが攻撃仕掛けてくれるといいかなって思ったんだけどな」
しかし実戦では打ち合わせ通りにいかない事も珍しくない、ここは臨機応変に。
クジョウが織り交ぜたフェイントの隙に、ジェンティアンは大剣を振りかざして突っ込んで行った。
鋭い金属音が響き、偃月刀がその刃を受け止める。
「鍔迫り合いってのも、なかなか燃えるね…ダルドフちゃん」
「その、ちゃんはやめてくれぬか。腰が砕けそうで敵わぬ」
しかし言葉とは裏腹に、ダルドフは反対側から迫るクジョウの鞭を素手で捕らえ、引き寄せた。
同時にジェンティアンの大剣を軽々と弾き返す。
弾かれてたたらを踏んだ所に、鞭を掴まれ引っ張られたクジョウの身体がぶつかって来た。
「すまん、大丈夫か?」
「うん、何とか」
まだ戦える、せめてあと一撃。
クジョウは奪い返した鞭で偃月刀を狙う。
絡め取り、動きを封じ――
「ジェン、今だ!」
それに応え、ジェンティアンが渾身の一撃を叩き込んだ。
武器を封じられたダルドフに、下からの逆袈裟を防ぐ手立てはないと思われたが。
「え…っ!?」
大剣の刃は腕に食い込んでいた。
隆々と盛り上がる筋肉で万力の様に挟まれ、押しても引いてもビクともしない。
ダルドフは鞭に絡め取られた偃月刀をクジョウに投げ付けると、腕に大剣を食い込ませたまま指をベキベキと鳴らした。
殴る気だ。あの丸太の様な、大剣さえ受け止めてしまう腕で。
「ギブして、良いかな?」
「よろしくたのんますぜい! だんな」
紫苑(
jb8416)の登場に、ダルドフは思い切り相好を崩した。
どうやら子供好きらしい。
「これはまた、一段とちんまいのが出て来おったわい」
「ぴっちぴちのういじんですぜ、いっぱつどかんとあてさせてもらいやすぜぃ」
紫苑は一礼しつつ、後ろ手に持った爆竹に火を点ける。
開始と同時に投げ付けたそれはダルドフの足元で爆発、派手な音を立てた。
「おぅ!?」
気が逸れたと見るやアウルの弾丸を撃ち放ち、次いでミカエルの翼とダミーの扇子を投げ付ける。
しかし命中したのは何の効果もないダミーばかり、肝心の翼は見当違いの方向に逸れて行った――と見せかけて。
折り返したミカエルの翼は標的の後頭部を狙っていた。
しかし、流石に気配を察したダルドフは間一髪でそれを避ける。
だが紫苑の波状攻撃は止まらず、今度は捨て身の突進だ。
ただでさえ的が小さい上に、高所の攻撃を避けたばかりでは注意も逸れるというもの。
キィン!
股間に一撃、快心の頭突きが決まった!
「ぬおぉおっ!!」
ダルドフの背が、くたびれた座布団の様に折れ曲がる。
如何に屈強な戦士でも、流石にソコは鍛えられなかった。
自称ワルガキは、それを見てニタニタ。
「おんなの‘はじめて’はきすにしても【ピー】にしてもたかくつくってな、このせかいのじょうしきでさあ」
勝った。手段はどうあれ。
「でも、はじめてがだんなでよかったですぜ。さいしょがつええおひとなら、こっからさきびびることもねえや」
その言い分を、負けた方は涙目で――しかし何故かニコニコしながら聞いていた。
「実際に人の身で天魔にどこまで通用するのか。小細工はいらない…一撃だ」
静流は初手から全力でぶつかって行った。
武器の間合いは両者共に変わらない。
外式「黄泉」で力を練り、弐式「黄泉風」による渾身の一撃を。
「ぬうぅっ」
それを正面から受け止めたダルドフはしかし、足元に二筋の深い溝を掘りながら後ろに下がる。
「なかなかやりおるわい、ちぃと冷や汗をかいたぞ」
楽しそうに言い、反撃の構えを見せた。
静流としては一度退きたい所だったが、退いて勝てる訳でもあるまいと敢えて前に出る。
真っ直ぐに迫る刃をかいくぐり、死中に活をと懐に飛び込んで一撃離脱。
ところが、その背に予期せぬ衝撃が走る。
「く…っ」
どうやら偃月刀の石突でしたたかに打たれたらしい。
動きを止めた所に、今度は冷たい刃の切っ先が突き付けられた。
「ここまで、か」
流石、一人で戦おうというだけの事はある。
静流は静かに武器を収めた。
「これはまた、随分早い再会になったな」
苦笑いを浮かべつつ、黒羽 拓海(
jb7256)は白芥子を抜いた。
「だが、力を見せろと言うなら是非も無い。以前語った通り、俺の全力を以って挑ませて貰う」
「ほう、ならば見せてみよ!」
ダルドフが嬉しそうに歯を見せる。
余裕の態度だが、拓海は己の力が及ばない等とは考えなかった。
「一切の雑念無く、ただ全力の一刀で俺の意志と覚悟を示す!」
闘気を解放し、初手から全力で。
長物相手には懐に飛び込むのが常道だが、先の戦いでそれが必ずしも上策ではない事も知った。
ダルドフは見た目に反して小回りが利き、力押しばかりではない器用さもある。
だが、如何に武に秀でた大天使でも、どこかに必ず隙はある筈だ。
「急所だろうが背中だろうが狙わせて貰うぞ、殺すつもりはないが、天神の裏…黒羽の剣は殺しの業なんでな」
全力と言った手前、手抜きも手加減も無しだ。
とは言え、その隙がなかなか見出せない。
或いは拓海の技量が、相手に隙を作らせる程の域に達していないのだろうか。
ならば、己の全力が尽きる前に――鬼神の如き一が気を見舞う。
燃え上がる紫焔が白芥子の揺らめく刃に宿った。
決意を見たダルドフは、その正面に武器を構えて立つ。
「来い!」
声と共に、拓海のアウルが爆発した。
目にも留まらぬ速度で燃え立つ刃を一閃、それを受け止めた偃月刀が火花を散らす。
「…これが今の俺の全力だ」
「うむ、確かに受け取った…だが、某の刃を折るにはまだまだよ!」
返す刀が拓海に迫る。
全力を出し切った後でそれを避けるのは至難の業だった。
「たたかうのはあまり得意ではないの、です」
最後に挑むのは、りりかだ。
「でも…強い方がいると、たたかいたいと心が躍るの…」
何故なのか、自分でもわからないけれど。
「よろしくお願いします、です」
礼儀正しくお辞儀をし、戦闘開始。
陰陽桜双鉄扇を手に、最初は戯れるように刃を交える。
それに付き合うつもりか、対するダルドフも加減をしている様だ。
「ふふ…楽しいの、です。懐かしいの…」
ふいに湧き上がった感情に、りりかは心の中で首を傾げた。
(懐かしいって何…?)
わからない。
しかし身体が覚えていた。
一度戦い始めると、身体が勝手に動き出す。
くるりと回ってみたり、身軽に宙返りしてみたり。
隙を見て間合いを取り、かつぎを身につけたまま舞う様に。
(あぁ、また勝手に…)
でも、何故だか気分が良い。
「彼の者を縛れ…『呪縛陣』」
得物を風花護符に換え、遠距離から攻撃しつつ相手の自由を奪おうとする。
それが効かなくても、次の手を。
「彼の者に行動の制限を…舞え『胡蝶』」
無数の妖蝶に取り巻かれ、ダルドフは防戦一方だ。
バステは効きにくい様だが、今迄の戦いで遠距離攻撃は殆ど使っていない。
このまま遠くから魔法で狙っていけば、一方的に攻撃出来そうだ。
攻撃自体は、それほど効いている様には見えなかったが。
(強くなればきっと記憶に向き合えると思うの…)
何故こんなにも戦い慣れた動きが出来るのか。
(だからもっと強くなりたいの…)
最後の攻撃には持てる力の全てを乗せて。
「これがあたしの全力なの、です。切り裂け…『鎌鼬』」
その想いを、ダルドフは全て受け止めた。
「あたしはもっと強くなれる、です?」
「ぬしが望めば限度はなかろう、力という意味ではな」
その言葉に、りりかは首を傾げる。
「ぬしの求める強さが力だけであるなら、某の刃は折れぬであろうよ」
冬枯れの平原に、ダルドフの豪快な高笑いが響いた。
倒れない程度に傷を癒やした一行は居酒屋へ。
「あの…どうしてこんな事をしたの、です?」
意図を問うたりりかに、ダルドフは口角を上げる。
「ぬしらに興味が湧いた、それだけの事よ」
恐らくそれだけではないのだろうが、これ以上は口に出せない様だ。
「いずれまた矛を交える時も来るだろうしね」
ジュースを飲みながら静流が頷く。
所詮は敵同士、恨みはなくとも戦場の倣いというものがある。
「色々と侭ならない物だよ。生きるというのはそういう事なのだろうが」
「だが今日のこの場では敵も味方もない、存分に飲み食いするが良いぞ…のう?」
ぽんぽん、親しみを込めたつもりでクロエの頭を叩くが。
「なれなれしくぽんぽん頭を叩かないでください。私はよそよそしくしたいんです」
あっさり撥ね付けられて、ダルドフはしょんぼりと背中を丸める。
しかし、そんな彼の腕を引く者があった。
「おれのなまえ、しおんっていうんでさ。またあったらよんでくだせえ。きょうはありがとうごぜーやした!」
その言葉に、ダルドフは一転上機嫌で紫苑の頭を掻き混ぜる。
「だんなみたいなてんしがちちおやだったら、おれももうすこしましなモンになってたんでしょうかねぃ…」
ぽつり漏らした言葉と、僅かに覗いた子供らしい顔。
「ならば紫苑、某の子になるか、ん?」
冗談なのか本気なのか…戦いさえ終われば、或いは。
「で、感想は?」
相変わらず烏龍茶を飲みつつ、拓海が問う。
「うむ、なかなかに面白かった」
次に会う時が楽しみだ…そこが戦場でさえなければ。
「自分も訊きたい事がある」
酒杯を傾けつつ尋ねたのは宗だ。
「天使の存在とは何なんだ? 天界ではどんな過ごし方を…」
歓談は続く。
恐らく、こんな機会はもう二度と訪れないだろうから――