「えっ、門木先生が旅行?!」
招集を受けたレグルス・グラウシード(
ja8064)は、驚きの声を上げた。
しかも一人旅だ。
「すごい、ひとりで電車とか乗れるようになったんですね!」
何気にヒドい言われ様だが、言われるだけの実績があるのだから無理もない。
依頼の帰りに電車やバスを使う際にも、門木は誰かに切符を買って貰ったり、ただ皆の後をくっついて来るだけだったのに。
しかも、目撃者の証言によれば今回は服装にも気を遣っているらしい。
「サンダルで廃墟に出掛けていたことを考えれば、先生の成長は嬉しいですね」
レイラ(
ja0365)がしみじみと呟く。
とは言え、心配だ。
ものすごく心配だ。
「そうだな、命狙われてるのに護衛も付けないなんて…高松が何もしない保障も無い」
ミハイル・エッカート(
jb0544)が、シリアスに眉間に皺を寄せる。
いや、まあ、それもそうなんだけど。
レイラの場合は――
「ああ、なるほど」
ミハイルが頷く。
顔に書いてあった。それはもう、誰にでもわかる程にはっきりと。
これで気付かないのは、当の本人くらいなものだろう。
まあ、理由はともかく。
「先生のふらり一人旅とか見逃せねぇ!」
伊藤 辺木(
ja9371)は、頭に巻いたタオルを気合いを込めて締め直した。
きっと行く先々で楽しいトラブルに巻き込まれてくれるに違いない。
それはまるで、年末特番ほのぼの追跡ドッキリ系バラエティの如く。
「撮影準備はばっちりですよ!」
用意の良いレグルスがデジタルビデオカメラを取り出した。
「せっかくですから、すてきな旅の思い出になれば…って」
「よし、携帯番号交換して、ついせきー!」
だが、ちょっと待て。
「いかな先生とて普段の俺のままではバレる! タオルに『伊藤運輸』って書いてあるもん!」
書いてなくてもバレると思うが…いや、門木なら或いは。
しかし万が一があっては元も子もない。
「てなわけで変装だ!」
ミハイルに借りたアフロのカツラを装着!
この寒い季節に反逆した素肌ジャケットにジーパン!
そしてアフロの上にもいっこアフロを作り…
「今日だけ俺はカガミモチ・パンクスだぜ!!」
なんだろう、皆の視線が痛い気がする。
「伊藤じゃないんだぜ! まじまじ見ちゃヤだぜ!」
で、それは良いけど何処に行けば?
レイラは何か行き先の手がかりはないかと、掃除のついでに科学室を探してみたが、特に何も見付からなかった様だ。
「テレビで何か特集でもやってたんじゃないかな?」
クリス・クリス(
ja2083)が首を傾げる。
「なるほど、それでふいに思い立って…という事はありそうだな」
牙撃鉄鳴(
jb5667)が頷いた。
現時点で掴んでいる情報から見ても、最終的に下車する場所は新潟駅と見て間違いないだろう。
「なら…あたしと鉄鳴さんは、新潟駅で待ち伏せするの、です」
華桜りりか(
jb6883)が、ちらりと鉄鳴の顔を伺う。
それを受けて、鉄鳴は小さく頷いた。
返す視線が柔らかく感じられるのは、気のせいではないのだろう。
「門木先生が楽しめるように頑張るの…」
ついでに、こっそりらぶらぶ…できたらな、なんて?
「では、お二人には新潟駅に先回りして頂くとして…」
ユウ(
jb5639)が他の仲間達を見る。
「私達はどうしましょうか」
「新潟に着くまで、どこにも寄らないって事はないわよね」
鏑木愛梨沙(
jb3903)が言った。
急ぎの用事という事もなさそうだし、きっと道草だらけに違いない。
「なに、寄り道しなかったら誘導してでもさせるまでだ」
ミハイルがニヤリと笑う。
「折角の一人旅だ、目一杯楽しんで貰うぞ」
準備完了、いざ出陣!
時刻は昼の少し前。
郡山で無事に乗り換えを済ませた門木は、ドア近くに立ったまま磐越西線に揺られていた。
平日だというのに車内は観光客で一杯、座席は姦しいオバチャン達に占領されている。
そのオバチャン達が、一斉に降りる支度を始めた。
そう言えば、さっきアナウンスで「次は磐梯熱海」と言っていた。
どうも有名な観光地らしい。
「…降りてみるか…」
賑やかなオバチャン達に混ざって、駅に降り立つ。
とりあえず改札を出たは良いが、さて、ここから何処へどう行けば何があるのか。
「…さっぱりわからない…」
オバチャンの集団は、とっくに歩き去ってしまった。
駅前に残っているのは、門木と謎の女性二人組だけ。
高級そうなスーツにコート、そしてサングラス。
化粧もばっちりの大人な雰囲気の女性が、ガイドブックを片手に周囲を見回している。
その隣で、黒のスーツにサングラス姿の金髪女性がその手元を覗き込んでいた。
バリバリのキャリアな二人組が、日常の喧噪を抜け出して骨休みに来た…といった風に見えなくもないが、その正体はレイラとユウだ。
「このような格好で大丈夫しょうか?」
ひそひそ、ユウがレイラの耳元で囁く。
しかし問題はない。
「観光案内所はどこかしら?」
すぐ後ろでレイラが必要以上に大きな声で相方に尋ねても、門木が気付いた様子はなかった。
寧ろ全く気付かない方が問題である気はするが、今は置くとして。
「案内所なら、ほら、あそこですよ」
それに答え、ユウは向かいの建物を指差す。
「温泉街に行くなら、この道を…ああ、線路の反対側には綺麗な川があるようですね」
その声が聞こえたのだろう、門木は川の方に向かって歩き始めた。
「因みに電車は大体一時間に一本です。もし時間が余ったら駅前の足湯にでも浸かりましょうか。お食事なら駅前の…」
さりげなく注意を促し、観光案内もしつつ、二人は門木から距離を取った。
後は付かず離れず、こっそり見守っていれば良い。
「先生も一人になりたい時があるでしょうし、出来る限り旅を楽しんでもらえるように助力したいですね」
ユウにとっても電車での旅は初めてだ。
勿論、依頼の帰りなどに電車を使う事はあったが、それは旅と言える様なものではない。
この護衛が終わって電車に乗り込めば、次の護衛組にバトンタッチ。
それから暫くは休憩時間として電車の旅を楽しむ事が出来るだろう。
「凄く楽しみです」
そして、もう一人。
門木の下車と共に動き出したのは、黒髪のサングラス少年。
「この髪と目の色は、日本じゃあどうしても目立ってしまいますからね」
その正体は撮影係のレグルスだった。
「ふふ、似合う?(*´Д`)」
まずは自分撮りの写メをカノジョに送り、いざ出動。
のんびりと散策を楽しむ門木に、こっそりカメラを向ける。
撮られているとも知らずに、門木は気の向くまま足の向くまま、川沿いを歩き、また市街地に戻り、温泉街をぶらぶらし、果てはごく普通の住宅街に迷い込んでしまった。
しかし道に迷った筈なのに、その様子はまるでご近所を散歩する暇なオジサンの様だ。
他人の目にもそう映るのか、観光客と思しき御婦人が地図を片手に近寄って来た。
「すみません、駅へはどう行け?」
しかし訊かれた門木もわからない。
わからないながらも何とかしようと婦人の手元を覗き込むが、観光案内図に普通の住宅地が載っている筈もなかった。
と、その時。何処からともなく現れた頼もしい助っ人。
それはあの、駅前で見かけた二人組だった。
(門木先生は何となく人に頼られる方だろうと思いましたが…)
やっぱりと思いつつ、レイラは婦人の案内を買って出た。
勿論、わざと大声で門木にも聞こえる様に道順を説明しながら。
案の定、門木は距離を置いて後ろを付いて来る。
時折道を逸れたり、わざと反対に歩いたりして、いかにも無関係を装いながら。
そんな姿にカメラを向けながら、ほっこりと和むレグルスだった。
無事に駅へと辿り着いた門木が乗った次の電車は、小さな駅を次々と通り過ぎて行く。
「…あれ…停まらないのか…?」
三駅ばかり通り過ぎてから漸くそれに気付いた門木は、ドアの上にある路線図を見上げた。
と、向こうの座席から聞こえて来る、やけに通る男の声。
「これは快速だからな、途中の駅には停まらないんだ」
「へぇー、そうなんだ!」
見れば、ダウンジャケットにジーンズ、冬用ブーツ、キャップを目深に被った外人さんが、二段アフロの変な人と話している。
その正体はミハイルと辺木だが、今の彼等はただの通りすがり。
「じゃ、次は猪苗代か!」
「ああ。ここからだと猪苗代湖が近いし、反対側には磐梯山もあるな。今ならスキーも出来るぞ」
「スキーも良いけど、俺としては五色沼は外せないな! ここからバスで行けるんだぜ!」
そんなやりとりに触発されたのか、門木は猪苗代駅で電車を降りた。
天気は快晴、絶好の観光日和だ。
そしてここにも、尾行する影が二つ。
「あ、センセ…っと、いけない」
思わず声をかけそうになって、愛梨沙は慌てて物陰に隠れた。
ここでの担当は愛梨沙とクリスのペアだ。
愛梨沙は赤と黒のコーディネイトで、目には茶色のカラコン、いつもは帽子の中に入れている髪は2本のゆるい三つ編みお下げにしている。
一方のクリスは、ウシャンカと呼ばれるロシア風の帽子に、フェイクファーのコート。一見するとロシアの女の子の様だが。
「…浮いてる」
目的地は新潟。
「新潟ならロシアと交易も盛んだって聞いたから、この格好にしたけど…」
ここは福島、裏磐梯。
でもロシア人の観光客だって、きっといるよね、多分、少しくらいは。
と、クリスが浮きまくった己を落ち着け、愛梨沙が初めて目にする土地の風景に気を取られてキョロキョロしている間に――
「あれ、先生?」
どこ行った?
いた、今まさに発車しようとしているバスの中だ!
「待って! 乗ります! 乗りまーす! お姉ちゃん早く!」
愛梨沙を手招きして、クリスは走る。
姉妹には見えないが、気にしてはいけない。
幸い駅前に雪はなく、走っても転ぶ心配はなかった。
二人は間一髪でバスに転がり込む。
そこには勿論レグルスも乗っていたが、お互いに他人のふりだ。
やがてバスは五色沼の入口へ。
降りた途端、そこは一面の銀世界だった。
「…おぉ…」
これだけ積もった雪を見るのは、門木にとって初めての事だったに違いない。
早速足元の雪をすくって、ぎゅっと握ってみる。
「…冷たい」
そりゃそうだ、手袋もせずに触れば冷たいに決まっている。
しかし門木は妙に嬉しそうな様子で雪玉を握ると、人のいない林の方に向かって投げた。
もっとも、観光客の姿はそう多くない。
その殆どが案内のツアーを予約してあるらしく、気が付けばそこに残されているのは門木と、姉妹には見えない姉妹、そして物陰でこっそりカメラを回すレグルスのみ。
「あそこでツアーの受付とかしてるみたいだね」
クリスが指差してみるが、門木は団体さんに混じる度胸はないらしい。
ズボンの裾が濡れるのも気にせず、ざくざくと歩き始めた。
一体、何処に行こうというのか。
遊歩道に案内板はあるが、この雪では迷う可能性もある。
それに。
「普通の靴じゃ無理だと思うな。あ、ほら。あそこにスノーシューのレンタルがあるよ!」
その声に、門木はぴたりと足を止める。
暫し考え…引き返して来た。
「ボク達も借りて来ようか」
さりげなく、その後を追う二人組。
「歩道も雪で狭くなるから人とすれ違う時は譲り合いの精神で…あぁお姉ちゃん、雪道歩く時はつま先に体重かけちゃダメっ…」
つるん、ぼふっ!
門木に言ったつもりが転んだのは脇を歩く愛梨沙だったとか、お約束。
やがて無事に防寒装備とスノーシューを借りた門木は、意気揚々とトレッキングコースへ。
勿論、二人の監視班と撮影係もそれに続く。
あ、レンタル代は立て替えておいたから、後でヨロシクね。
門木は尾行されているとも知らず、ましてや撮影されているとも気付かずに、どんどん歩いて行く。
雪の白さに映えるコバルトブルーの毘沙門沼から磐梯山を望み、時々コースを外れて雪の積もった木を揺らし、落ちて来た雪を頭から被ってみたりして。
「良いですねぇ」
カメラを向けるレグルスが,再びほっこり。
雪と戯れ無邪気にはしゃぐ中年、なかなか絵になるではないか。
しかも、時折人目を気にして辺りを見回す様子がまた良い。
誰も見ていない事を確かめると、わざわざ雪の中にダイブしてみたりして。
「先生、何してるんだろ」
それを遠くから見守るクリスは首を傾げる。
北国で生まれ育った彼女にしてみれば、雪など珍しくも何ともないのだが。
まあ、はしゃぎたくなる気持ちはわからないでもない。
同行する愛梨沙の様子も似た様なもので――
「あれ? お姉ちゃん?」
いない。
道を踏み外して沼にでも落ちたかと、クリスは慌てて周囲を探す。
その時、携帯がブルブルと震えた。
愛梨沙からだ。
『…ここ、どこだろ?(;_;)』
どうやら迷子になったらしい。
良かったね、電波の圏内で。
クリスが迷子を捜している間、門木は更に奥へと進む。
だが、流石に慣れない雪の上を歩き疲れたのか――
辺りに人の目がない事を確認すると、ふわりと飛んだ。
「これはいいアングルです!」
すかさずカメラを向けるレグルス。
門木は木の枝から雪を払い落としてみたり、高い所から景色を眺めたり、楽しそうだ。
「…大変でしたもんね、先生」
三度ほっこり。
「これからも、こんなふうに…人間界で、楽しく暮らしていければ…」
ちょっとしんみり。
五色沼から戻ると、辺りはすっかり暗くなっていた。
と、そこにまたしても天の声ならぬ誘導会話が聞こえて来る。
「今からじゃ新潟まで出ても夜中になっちゃうね」
「そうね、今日はここで宿を取ろうかしら…でも予約とか、どうすれば…?」
妹が世間知らずの姉を引っ張って行ったのは、観光案内所だった。
「こういう所では、宿の手配もしてくれるんだよ」
なるほど、そうなのか。
「気に入った所があれば、直接行ってみても良いけどね」
ふむふむ。
聞くとはなしに耳を傾けていた門木は学習した。
よし、今日はこの辺りで泊まろう。
でもその前に。
「…着替えも、欲しいな」
すると今度は磐梯熱海で見かけた二人連れが!
「この通りを真っ直ぐ行くと、スーパーやショッピングセンターがある様ですね」
「寒いですから、厚手のセーターでも買っておきましょうか」
うん、ありがとう。
助かったよ、どこの誰だか…何となく知ってる様な気もするけれど。
歩き出した門木の先回りをして、レイラは障害物を次々に排除していく。
それはつまり、道路を渡れずに困っている御老人や、重い荷物を持った妊婦さんなどを片っ端から助けて回ったと言い換える事も出来るが。
もっと切実に物理的に危険な、会話の端々から良からぬ事を企んでいる事がバレバレの連中には、ミハイル似のガイジンさんが変な外国語で攻撃する。
「○▼×△#▲※☆$◆□★↑↓!?」
「…ぁん? 何だコイツ?」
「なに言ってんかワカンネンェよ」
しかしガイジンさんは問答無用、門木を狙う様子があろうとなかろうと、不埒な者は強制排除だ。
「理解する必要はない、消えろ」
つまみ出し、抵抗するなら容赦なく銃口を突き付け、ビビらせ、追い払う。
「これでも優しくお願いしてるんだぜ」
流石プロは違う。
そんな仲間達の影の努力により、門木は無事に買い物を済ませ、宿も確保し…一日が終わった。
そして二日目。
今日も観光にはもってこいの快晴だ。
まずは会津若松で鶴ヶ城や城下町を見物し、昼は喜多方ラーメンで腹拵え。
再び電車に乗り込み、そのまま行けば明るいうちに新潟駅に着く…筈だった。
ところが、トンネルを抜けて新潟県に入った途端。
そこは雪国だった。
分厚く垂れ込めた雪雲から、静かに舞い降りる粉雪。
途端、それまでぼんやりと電車に揺られていた門木は、そわそわと落ち着きなく辺りを見回し始めた。
何だ?
どうした?
こっそり様子を伺っていた追跡組も、釣られてそわそわと動き出す。
電車が次の駅に停まった時――
「おっと。先生が途中下車…みんなーいくよー」
クリスの号令一下、続々と降りて行く怪しげな人達。
せっせと編み物をしていたレイラも、慌てて飛び降りた。
そこは普段、通勤通学の時間帯以外には乗降客も殆どいない小さな無人駅。
それが一度に八人も降りれば嫌でも目立つし、互いの顔も丸見えだ。
なのに、門木は気付かなかった。
ふわふわとした足取りで改札を出て、空を見上げる。
「雪が降る中を、歩いてみたかったのでしょうか」
ぽつり、レイラが呟く。
見れば愛梨沙も、ユウまでもが、雪の舞い降りる空に見入っていた。
音もなく降りしきる、冷たい羽毛の様な――触れては消える白く儚げな欠片。
それは年若い天魔達には魅力的に映るのかもしれない…うん、門木もあれで一応、若い部類だし。
ふわふわの足取りのまま、門木は駅前広場を出て歩き出す。
周囲は普通の住宅地、近くには特に観光名所と呼べるものもない様だが、本人が楽しんでいるならそれで良し。
こんな所でトラブルに巻き込まれるとも思えないし、そもそも人っ子一人見かけない。
天魔だって、こんな所には出て来ないだろう。
「うー寒いね。今日は一番の寒気ってTVでも言ってたけど、雪がしんしんと降って…」
クリスが思わず首を竦めた、その時。
――どすん。
「…あれ? なにか重たい音が――」
家の屋根から雪が落ちた音だろうか。
それにしては、やけに重そうな音だったと振り返ってみる。
と、そこには。
「…っ!!?」
白くて丸い塊が…でん、でん、と二段重ねになっている。
上の段には、真っ黒い円らな瞳と尖った赤い鼻。
その天辺、高さ3m程の所には、逆さにしたバケツが乗っかっていた。
「いやー! なんか出たー!!」
なんかって言うか、雪だる魔!
「確かに天気予報は雪だるまマーク出てたけど、これ違うー!!」
しかし雪だる魔は、これこそが正しい天気だとばかりに次々と降って来る。
そしてクリスを追いかけ始めた!
半泣きで逃げるクリス、その先には事態を把握し切れていない様子のぼんやり門木が!
「せんせ…そこの方、大丈夫ですか? ここは危険ですので早く避難を!」
縮地で飛び出したユウが、門木とその後ろに隠れたクリスを背後に庇う。
ぼんやりと雪を眺めていた愛梨沙も、我に返ってヴォーゲンシールドを取り出した。
「ああ、こんなところにも天魔が」
溜息と共に闘気を解放したレイラは、烈風突で突き飛ばし、荒死で粉々に打ち砕く。
とりあえずの安全を確保して気を取り直したクリスは、門木の背後からルーンが刻まれた魔具をかざし力強く詠唱――
「って、これ『氷のルーン』じゃないのー雪だるまに効きそうにないよー(泣」
終わった。
と、向こうからなんかすごい勢いで走って来る!
「うおぉぉここはどこ私はカガミモチあれは何ーー!?」
アフロだ。
「雪だるまが! 雪だるまがロシアンガールおっかけとるーー!!」
アフロが、こんな所まで。
「そうか! 今日はこんなに寒いから…ならばそれに反逆するのがパンクスの役目!」
雪だるまは二段! アフロもカガミモチで二段! ならば――
「俺自身が雪球ボディになることで奴らを上回る三段ダルマじゃーー!!」
坂道を転がり、自らの身体に雪を纏わせるアフロ。
「わーっはっはっは!! 雪だるまごとき屋根から転がり落ちた雪ダルマカガミモチパンクスのこの俺の一部としてくれるわーーー!! 全ての限界を超えた四段ダルマは俺のも…」
しかしガトリング砲を構えたミハイルが、その行く手に立ちはだかる。
「…ミ、じゃなかったそこの人、ガトリング俺に向けてない?」
向けてますが、それが何か?
「待て! 俺は罪のない一般四段ダルマカガミモチ…」
無理、見分け付かないし!
「めんどくせぇ。そこのアフロ! 根性で避けろ!」
「ギャーーーーッ!!」
炸裂するガトリング砲、砕け飛び散る雪だる魔、爆発するアフロ。
カオスだ。
だがミハイルは気にしない。
「そこの眼鏡スーツ、危ないからこっちへ来い!」
叫び、残った雪だる魔にヨルムンガルドをぶっ放す。
「ああ、どうしよう、あんまり近づいたらいい場面が撮れない!」
怒濤の展開にもカメラを回し続けるレグルス、加勢はしたいがシャッターチャンスも逃せない!
「し、仕方ありません…僕の力よ! 邪悪を貫き通す、白銀の槍になれッ!」
ヴァルキリージャベリンで遠くから攻撃だ!
そして、何だかよくわからないうちに…脅威は去った。
「僕の力が、仲間の傷を癒す光になるならー」
爆発したアフロにこっそりライトヒールをかけると、レグルスは再び門木を追う。
駅ではミハイルに見送られた門木が電車に乗り込む所だった。
離れたドアから滑り込んだレグルスは、ぎりぎりセーフ。
ホームで見送るミハイルに親指を立てて見せ、尾行&撮影続行。
一方、新潟駅で待ち受ける鉄鳴とりりかは――
デートなう、だった。
「急に一緒に行くなんてどうしたの、です?」
訊ねたりりかは、返事を待たずにそっと鉄鳴の手を握った。
「でも鉄鳴さんといれて嬉しいの…」
手袋を通して、鉄鳴のぬくもりが伝わって来る。
それは今、他に誰も触れる事の出来ない、りりかだけのもの。
「まだ、時間あるよな」
鉄鳴が言った。
「折角だから、新潟名物のイタリアンでも食っていかないか?」
それは太麺の焼きそばにミートソースをかけた新潟っ子のソウルフード、新潟県民以外には恐らく未知の味だ。
食べ終わったら、待ち合わせの時間まで駅構内の店でも見て歩こうか。
そして、そろそろ陽も傾きかけた頃。
鉄鳴の携帯が鳴った。
「次の電車で来るそうだ…行くぞ」
門木到着の報を受け、二人は万代口へ。
海が見えるのはそちら側だから、特に誘導はしなくても現れるだろう。
「あ、来たの…」
人混みの中で、オロオロキョロキョロしている門木の姿があった。
いかにも右も左もわからない観光客といった風情で、あれでは手癖の悪い連中の良いカモになってしまうだろう。
二人は手を繋ぎ、いかにも仲の良いカップルを装いながら――装うまでもなく実際にそうなのだが――急いで門木の背後に近付いた。
「…海…どこだ?」
呟く声が聞こえる。
しかし残念ながら、新潟駅から海は見えない。
と、そこに――
「日本海が見えるところに行きたいの…」
その声は、やはり何となく聞き覚えがある様な気がする。
しかし振り向いた所に立っていたのはコートの襟を立て、マフラーに顔を半分くらい埋めた見知らぬ少女。
トレードマークのかつぎは付けず、不思議色の髪を三つ編みに編み込んでいる。
更にそれを耳当てとニット帽で隠してしまえば、ぼんやり門木ならずとも、りりかだと気付くのは難しいだろう。
鉄鳴の方は、特に変装などしなくても気付かれる心配はなさそうだ。
「それなら朱鷺メッセの展望台が良い」
「とき、めっせ?」
「ああ、晴れた日には佐渡島まで見える…今日は生憎の天気だけどな」
二人は道順や営業時間、館内のコインロッカーやトイレの位置、果ては銀行のATMの場所まで事細かに説明しながら、門木の後ろをついて歩く。
と、鉄鳴の目つきが鋭く変化した。
人混みの中、怪しい動きをする男がいる。
尾行しながら目を光らせていると、その男はするりと門木に近付き――
だが、次の瞬間。
男の身体は人の目が届かない路地裏に引きずり倒されていた。
「盗った物を出せ、さもないと…」
鉄鳴はサプレッサーを装着した拳銃を男の眉間に押し当てた。
素直に出したところで、ぶっ殺す気は満々だったが。
「やりすぎはだめなの、です」
りりかに止められた。
「それに門木先生を見うしなってしまうの…」
可愛い恋人の頼みとあっては仕方がない。
「お前は運が良かった。だが、次があると思うなよ」
弾丸の代わりに一発蹴りを入れて解放すると、鉄鳴は門木を追いかけた。
「落としましたよ」
背中から声をかけ、財布を差し出す。
「…え…?」
どうやら盗られた事にも気付いていなかった様だ。
そして、どうにか無事に辿り着いた展望台。
ぼんやりと景色を眺める門木から少し離れて、二人は暫し二人だけの世界を作っていた。
「こんな俺と一緒にいると言ってくれてありがとう」
冬の日本海を背景に、鉄鳴はりりかの頭を撫でる。
その顔には、他人には絶対に見せない柔らかな笑みが宿っていた。
「鉄鳴さん…ずっと一緒にいるの、です」
微笑み返すりりかの言葉に、鉄鳴は決意を固める。
今はまだ手袋越しに撫でる事しか出来ないが――
(いつか、この手で直接…)
と、視界の隅で門木が動く気配がした。
二人の世界はひとまずお預け、最後の仕上げにかからなければ。
「○○のお宿が素敵らしいの…ご飯が美味しくて、お値段もお手頃で…」
展望台を出ようとした門木の耳にまたしても、天の声ならぬ誘導会話が聞こえて来る。
「それに、すぐ近くなの」
「じゃあ今夜の宿はそこにするか」
「行き方、わかる?」
「いや、教えてくれるか?」
等々――
まんまと誘導された門木がその宿に着いた時、ロビーには黒地に白文字で書かれた「歓迎・門木様」の看板が掲げられていた。
「…俺…予約、してたか…?」
そんな覚えはないのだが。
しかし、ともあれ宿は取れている様だ。
不思議な事もあるものだが、ひとまずは部屋でゆっくり休むとしようか。
だが最初に案内されたのは、部屋ではなく宴会場で。
しかも、そこで待っていたのは超豪華な夕食と――
「「門木先生、ごちそうさまです!」」
声を揃えて言ったのは、どれも見知った顔ばかり。
しかも皆しっかり浴衣に着替えて寛ぎモードだ。
「…え? …ええ?」
それを呆然と眺める門木、頭上に大量の「?」が飛び交っている。
まあ、事情は後でゆっくり説明するとして。
「ほら、センセの席はこっちだよ〜」
愛梨沙に腕を引っ張られ、門木は上座の空席へ。
ドサクサ紛れに愛梨沙が隣の席を確保したのは役得というものだ。
ついでにこっそりと耳打ちしてみる。
「センセ、お金足りる?」
よくわからないが、きっとこういった旅館は宿泊料金もお高いのだろう。
料理も見るからに高そうだし。
「あんまり無いけど、もし足りなかったら足しにして? 学園に帰ってから返してくれれば良いからね」
封筒に入れたお金をこっそり手渡そうとするが。
「…いや、大丈夫だ…財布は無事、だし…」
と、そこで何かに思い至ったらしい門木は鉄鳴を見た。
そうだ、財布を拾ってくれたのはこの男じゃないか。
「門木先生、ごちそうさまなの…です」
その隣で、りりかが微笑みながら、ニット帽を被ってみる。
あのカップルはこの二人だったのか。
「冬の新潟は甘エビや佐渡のブリも美味しいって聞いたの〜」
クリスが満面の笑みを浮かべて頭にウシャンカを乗せる。
「…何ていえばいいか、そのご馳走になりますね」
金髪のカツラを頭に乗せて微笑んでいるのはユウだ。
「先生、後で一緒にお土産を選びましょうね」
その隣はキャリアなお姉さんだったレイラ。
「ほっこりしますね、こういうの」
黒髪のカツラとサングラスを手にご機嫌なレグルスも、言われてみればずっと一緒だった気がする。
しかし中に二人、見覚えのない者がいるのだが。
「先生、俺だよ俺!」
茶色のカラコンを外し、帽子を取ったその顔は。
「…ミハイル?」
「そりゃスーツ以外の服もちゃんとあるさ」
で、もう一人は?
「言うまでもなく見ての通り伊藤だよー!!」
いや、わからない。
ススだらけの爆発アフロな知り合いはいなかったと思うが。
「伊藤だよ、ほらここに書いてあるし!」
タオル装着、認識完了!
なるほど、そういう事か。
「…その、世話を…かけた。ありがとう」
ぺこり、頭を下げる。
「取り敢えず笹団子と新潟の地酒を奢ってください」
「先生、おみやげを買って欲しいの…です。部室で一緒に食べるの…」
「手間かかったのですからこれくらいいいですよね?」
カップルがおねだりして来る。
ところでこの「先生ごちそうさま」作戦の発案者がりりかだという事は、バラして良いのだろうか。
妹キャラ、結構な策士である。
そんなこんなで、食べたり飲んだり騒いだり。
夜中まで続いた宴会は、疲れのせいか愛梨沙が睡魔に抗しきれなくなった所でお開きとなった。
「…おい、愛梨沙?」
門木の肩にもたれてぐっすり寝込んだ愛梨沙は、揺さぶっても起きる気配がない。
これは、姫抱っこでお持ち帰りのチャンス――じゃない。
何もしないよ?
部屋まで送り届けるだけだからね?
大浴場でミハイルと辺木が待ってるし!
そして夜中の大浴場。
「泳ぎたい! 雪塗れだった身体あっためたい! いくぞー!」
ざっぱーん!
他には誰もいないのを良い事に、男達はマッパで泳ぐ。
ミハイル曰く、風呂で泳ぐのは男のロマン。
「先生も泳ぐか?」
しかし門木、実は泳げないのだ。と言うか泳いだ事がない。
なので大人しく湯に浸かってます。
「とりあえず先生は偉かったな、よく白衣で外出しなかったもんだ」
ところで。
「なぜ一人で新潟へ?」
「…海、が」
いつも見ている太平洋とは違うと聞いたから、見てみたくなったらしい。
特にブルーな気分になった訳ではない様だ。
「で、違ってたか?」
「…わからない」
そりゃ遠くから眺めただけじゃ、ね。
「よし、明日は日本海の荒波を被りに行こうぜ!」
辺木が二人の頭上に湯を跳ね上げた。
海を見て、土産を買って、記念写真を撮って、暫くゆっくり遊んで行くのも良い――財布の許す限り。
後日。
門木と参加者達の元に、一枚のDVDが届けられた。
「いい旅○気分・不良中年編」と題されたそれは、レグルスが撮影したビデオを編集し、テロップを付けたもの。
「ほっこりDVD、できました(*´Д`)ノ◎」