「彼女は死ぬつもりなのでしょうか…」
「気持ちは分かりますが……相手がディアボロなら、倒すよりほかに道はありませんねえ」
山道を急ぐ雫(
ja1894)の呟きに、エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)が頷く。
少し前、この同じ道を彼女も辿った筈だ。
その痕跡は殆ど残されていなかったが――
「…( ´∀`)」
見つけた。
一足先に上空から近付いたルーガ・スレイアー(
jb2600)が、仲間達に連絡を入れる。
現状では多勢に無勢。
しかし後続を待つ間、ただ成り行きを見ている訳にもいかなかった。
「…私がやるべきことは、( ´∀`)」
ルーガは天狗達の気を女性から逸らすべく、その姿を晒す。
「こいつらと戦うこと、だぞー」
小さな天狗を引き連れた個体を挑発。
「こっちへ来い、…哀れな抜け殻よ」
だが、事態を察した女性が彼等の前に両腕を広げた。
「やめて! 邪魔しないで!」
決意に満ちた眼差しがルーガを射る。
しかし、その願いを聞き入れる事は出来なかった。
出来ればこのまま引き離し、封砲で仕留めてしまいたい。
しかし彼女が見ている前でそれをするのは、余りに酷というものだろう。
(私は悪魔だ。人間によく思われないことも知っている)
彼女が生きていく為に、怒りや憎しみをぶつける相手が必要だと言うなら、自分はそれに相応しいのかもしれない。
けれど、仲間達が彼女を救おうとしている。
失ったものを負の感情で満たす、それ以外の方法を示そうと言うなら――今は黙って耐えるだけだ。
ルーガは盾を構え、敵の攻撃を受け続ける。
仲間達が合流する、その時まで。
「お前達の相手はこっちです!」
「さあ、ショウタイムといきましょうか」
飛び込んで来た雫とエイルズレトラが、それぞれの方法で敵の気を惹いた。
件の天狗はその注意を雫に移す。
だが女性は声を限りに叫んだ。
「ねえ、お願い! 私を殺して!」
その背に縋り、名を呼ぶ。
しかし、彼は振り向かなかった。
「おや、あれはひょっとして?」
その様子を見て、エイルズレトラは斡旋所で聞いた話を思い出す。
恐らくあれが彼女の家族……その成れの果てだ。
「……いやいや、だから何だという話ですねえ。敵は狩る、ただそれだけのことですねえ」
それに、天狗の方には彼女を何か特別な存在だと感じている気配はない。
今の彼にとって、彼女はただの獲物。その目を彼女に向けさせてはならない。
自分達がどれだけ傷付こうとも、今は一秒でも長く敵の目を惹き付けておく事が重要だった。
二人には敵の貫通攻撃から彼女を守るすべはない。
とにかく自分達が敵を惹き付け、引き離す……それが唯一の手段。
注目を切らさない様に注意しつつ、エイルズレトラと雫は女性との距離を広げていった。
もし今攻撃されても、その射線に彼女が入る事はない。
仲間が彼女を助け出すまで、この位置関係を維持出来れば――
だが、敵が広げた扇を振りかざした瞬間。
女性は自ら、その前に身を投げた。
ゴオッという音と共に巻き起こる旋風。
ルーガが身を挺して守ろうとしたが、渦巻く風は周囲の全てを巻き込み、切り刻み、一直線に駆け抜ける。
しかし、間一髪。
Erie Schwagerin(
ja9642)が飛び込み、その身体を浚った。
「離してよ! 余計な事しないで!」
折角の機会を奪われた女性は、エリーの腕の中で暴れた。
しかし、いくら暴れてもその腕が緩む事はない。
それを悟ると、女性は精一杯の想いを込めてエリーを睨み付けた。
「今度は、私が奪う側なのね…」
自らの過去と重ねつつ、エリーはその視線を受け止める。
きっと、かつての自分もこんな目をしていたのだろう。
(彼女にとっては何もかもが理不尽だけど…彼女の家族に、彼女を殺させるわけにはいかないわ)
だから、助ける。
それが本当に「助ける」事になるのか、それはまだわからない。
しかし、ここで死なせる訳にはいかない――それだけは確実に言える。
暗い色に染まったその瞳を真っ直ぐに見返しながら、エリーはその意識を魂縛で刈り取った。
「家族を失うその瞬間を目にするのは…結構キツイものよ…」
これ以上、苦しい思いはさせられない。
目が覚めた時は全てが終わっていることだろう。
魂縛が効いた事を確認し、ソーニャ(
jb2649)は上空から急降下。
女性の身体を抱き上げると一目散に戦場を離脱し、後方で待機していたゼロ=シュバイツァー(
jb7501)に引き渡す。
「お願いします」
「…ちっ。怪我人には堪えるなぁ」
意識を失ったその身体は、思った以上に重く感じた。
「ま、これ以上迷惑かけるわけにはいかんしな。あとは頼むで?」
こくりと頷くと、ライトブレットAG8にアウルの弾丸を装填したソーニャはそのまま上空で護衛に就く。
その隣にはミズカ・カゲツ(
jb5543)が待機、上空を抜けて来る敵に目を光らせていた。
地上で壁を作るのは亀山 淳紅(
ja2261)、壁と言うには装甲が薄めな自覚はあるが、守るより攻めろだ。
阻霊符を使っておけば、木々を抜けて突破される事もない。
自分の手が届かない上空は、ソーニャとミズカが対処してくれるだろう。
背後の安全を確認すると、ゼロは更に距離をとる。
「見せれるもんでもないからな。もう少し離しとかんと…」
六時間は眠ったままの筈だが、念には念を。
それに、敵は弱い者から狙うのか、それとも逃げる者を追う習性でもあるのか。
注目の虜となったもの以外は、吸い寄せられる様に追いかけて来ていた。
いくら仲間が守ってくれるとは言え、流れ弾に当たる可能性は捨てきれない。
「そちらには行かせません」
残った敵への対処をエイルズレトラに任せると、雫は闘気を解放、ゼロ達を追って低空を滑る敵の背に地すり斬月を叩き込んだ。
獲物を追って一直線に並んだ事が仇になり、天狗達は次々と地に落ちる。
それを合図に淳紅が反対側からファイヤーブレイクを、更に上空からはルーガが封砲を撃ち放った。
その範囲を逃れたものは、ソーニャとミズカが上空から確実に潰していく。
一体たりとも、それより先には進ませない。
「所詮は別物。形だけや。やから…倒させてもらうで」
次々に倒されていく天狗達を目で追いながら、ゼロが呟く。
敵は倒すべきものだ。
…その敵に何も感情がないのであれば。
何もない事は、先程の一件ではっきりしている。
後はどうすれば、彼女にそれを納得して貰う事が出来るか、だが。
「難しいやろなぁ」
最後に残ったのは、あの四体だった。
大人の天狗と、その傍を離れようとしない三体の子天狗。
対峙する撃退士達の気も知らず、彼等は容赦なく攻撃を仕掛けて来る。
「暫く大人しくしていてください」
エイルズレトラはクラブのAで無数のカードを纏い付かせ、天狗の動きを束縛した。
それを庇う様に前に出た子天狗達には、淳紅が子守唄代わりのレクウィエムを。
「じっとしとってな。Canta! ‘Requiem’」
動きを鈍らせた所に、エリーが魔法攻撃を見舞った。
「旦那と子供の方は傷を少なく…だったわね」
淳紅を見る。
彼女に遺体と対面させるなら、顔はなるべく傷付けない方が良い。
その他の天狗達にしても、もし誰かの面影があるなら遺族を探してやりたかった。
「…難しいけど、善処するわ」
エリーは魔法で生み出した炎の剣を天狗達の腹部に集中させた。
彼等は魔法には弱い。
束縛で動きを鈍らせてもいるから、外す心配はまずなかった。
それでも、余計な苦痛を与える事のないよう、トドメは淳紅のライトニングで確実に――
暫く後。
微かに消毒薬の匂いがする場所で、彼女は目覚めた。
枕元に、見覚えのある帽子やお揃いの小さなリュックなどが置かれている。
それは淳紅が山の中で見つけて来た物だった。
亡くなった者達が、愛した人に何か残してないか。
伝えたいことが残っていないか。
懸命に探した。
伝言などは残されていなかったけれど、多分これを見れば……何かが伝わる筈だ。
そう信じて持ち帰った品々を、彼女はただ感情の失せた瞳で見つめていた。
「人は何故、愛に嘆き悲しみ苦しむんだろうね」
その姿を物陰から見守りつつ、ソーニャが呟く。
「きっとそれは生きるのに必要なものだからかな」
今の彼女は、とても「生きて」いる様には見えないけれど。
「目が覚めたのなら、経緯を説明しないといけないわね」
エリーがそっと溜息を吐く。
「納得してもらえるなんて、思ってないけど…」
それでも。
「偽りの希望を与えるのは、間違っているのでしょうね……」
雫が呟く。
彼女がこれからも生きて行く為に、必要なもの。
それは――
力なくベッドに横たわったままの彼女を、撃退士達が取り囲む。
その様子を、ルーガはひとり距離を置いて見守っていた。
(この女は、悪魔に家族を殺されディアボロにされた…なおさら、悪魔の私が何を言えるものかよ( ´∀`))
そして、そのディアボロを殺したのは……
「あなたの家族を奪ったのは、紛れもなく私たち」
最初に口を開いたのはエリーだった。
「どんな姿をしていようと、あなたは彼らを家族だと感じたはずだから。そんな私が、希望はあるだとか、諦めるなだとか…そんなことは口が裂けても言えない」
女性の表情は変わらない。
だがエリーは構わず続けた。
「辛いなら、苦しいなら…自ら死ぬことも、あなたは選択できる。自分ひとり残されるのは苦しいって…私が、よく分かってるから…私も、目の前で両親を失ったから…。でも…」
でも、何?
僅かに動いた彼女の視線が、そう問いかけた様に見えた。
「私は死なない。苦しいけど泣きたい程に辛いけど、幸せだった日々が確かにあったから」
その思い出まで、失いたくない。
「それに…私しか…パパとママを、愛してあげられないから。嫌なことの方が、ずっと多いけど…それでも、愛してしたい」
「あなた、強いのね」
ぽつり、女性が言った。
「でも、私は違う。私には、何もない」
強くなんかない。
そう叫ぶ代わりに、エリーは小さく微笑んだ。
「ええ、あなたと私が一緒だとは言わない。だからこれは、私の決意」
同じ生き方をしろとは言わない。
でも……
「貴女が捨てようとしてる今は、ここは、お子さんと旦那さんが貴女と生きたくてたまらなかった、何より大切なはずの未来です」
震えるな、声。届け。届いて。
そう念じながら、淳紅は真っ直ぐに女性を見た。
「貴女が死んだら、旦那さんと息子さんの幸せな姿が、生きた意味が、愛を歌う声が、この世界に残らない」
彼等の言葉は遺されていなかったけれど。
でも、遺したものはある筈だ。
彼等と共に生きた者にしかわからない、何かが。
「人は誰かの為に生きているんだよ」
ソーニャが言った。
「自分の為になんか生きてる意味がない。そして死ぬのは自分のため。ねぇ、貴女のはもう生きる意味はない? してあげられる事はもうない?」
覗き込む瞳は無邪気で純真、それ故に残酷。
「愛する者の面影を追って逝きたいって気持ちはわかるけどね」
この場で死ぬ事は感情的で衝動的で利己的で、愛が足りない。
(まだ深さが足りない。ボクはまだ満足できないんだ)
心が張り裂けるまで嘆き悲しみのたうちまわり、その愛をもっと刻み込めばいいのに。
「さぁ思い出して。彼と出会い、キスしたこと。産みの苦しみ。初めてお乳をあげた時。彼らの笑顔、笑い声――貴女が死ぬとき、それは消える」
もう消えてしまった?
そんな筈はない。
「私は、人は二度死ぬのではと思います。一つは肉体的な死、もう一つは存在の死」
ソーニャの言葉を継ぐ様に、雫が言った。
「貴方の家族は肉体に死にました。でも、貴方の記憶の中には彼らがどのような人柄か鮮明に残っている筈」
それなら。
「貴方が生きている限り、彼らは二度目の死を迎える事は無いでしょう。生きる糧に力が必要なら一度目の死を確定させた私を恨めば良いでしょう。その代りに貴方は彼らの死に引き摺られる事無く生きて下さい」
「勝手な事を」
女性の瞳が揺らぐ。
「心の中で生きてる? それが何だって言うのよ!」
もう二度と触れない。
抱き締める事も出来ない。
「それでは、意味がないのでしょうか」
ミズカが問う。
答えはなかった。
「あなたの旦那さんと子供たちは、あなたが死んで喜ぶような人達でしたか? ……後は、あなたが自分で考えてください」
そう言った後で、エイルズレトラは肩を竦める。
「まあ、自殺者は地獄に落ちると相場が決まってますよねえ。あなたのご家族は、地獄に落ちるような人達でしたか?」
「だったら、どうして止めたのよ!」
彼等に殺されていれば、自殺にはならなかったのに。
しかし、ゼロは首を振った。
「あんたの気持ちは分からん。でもな、アレは形だけの別もんや。あんたの家族じゃない。それでもアレを家族やって言うんなら…もう、楽にしたれ。家族に人殺しなんかさせたくないやろ?」
自殺でも同じだ。
原因が彼等の死にあるなら、間接的に彼等が殺した事になる。
「あんたの魂に縛られたら成仏もでけへん。乗り越えろとは言わん。でもな、生きてほしいと家族は願ったはずやで? 会いに行くんは家族に認められるまで生きてから…や」
その頃、そっと病室を抜け出したルーガは霊安室にいた。
そこには淳紅の手で清拭された天狗達が安置されている。
生前の面影が残るというその顔を写した写真は、既に警察に提出されていた。
四人の他にも、捜索願が出されているなら遺族が見付かる事だろう。
(でも…このディアボロは、もう。抜け殻だ。お前の家族の魂は、もう天にある)
ルーガは心の中で語りかけた。
(家族は望むまいよ、抜け殻がお前を殺すなんて)
声に出す必要はない。
同じ思いの仲間が、言ってくれただろうから。
「ねぇ。彼等の命、一生ってなんだったんだろうね」
ソーニャが言った。
「いつかは死ぬんだから、ちょっと回り道してもいいんじゃないかな」
貴女が死ぬ時、誇らしく伝えればいい。
彼らが生きた意味が、彼等の命が、未来へつながっている事を。
「ねぇ。天魔のせいで親を失った子供がいっぱいいるよ。その子たちの世話をしてみない?」
死んだ家族の想い、未来をその子らに託し、彼らの命が子供たちの未来を切り開いたと言える時まで。
「この悲しみは、出会えた幸福でもあるの」
今すぐに動けとは言わない。
動けるとも思わない。
でも、覚えていて。
頭の隅っこで良いから。
「貴女に弔ってほしい。貴女に覚えていてほしい。貴女にしかできない」
淳紅が差し出したのは、あの天狗が身に付けていた時計。
「身勝手でごめんなさい。でも、お願いします。どうか。どうか捨てないでください…!」
それはまだ、動いていた。
きっと、これからも新たな時を刻んでいくのだろう。
誰かがネジを巻き続けてくれる限り、ずっと――