「目のやり場に困るんで、女子の皆にはスカートは遠慮して頂きたく…!」
現場に踏み込んだ月詠 神削(
ja5265)の、それが第一声だった。
しかしテントの真ん中に「ででーん」と横たわる物体の吸引力は凄まじく、それに惹かれた女子達は神削の声に振り向きもせずに走って行く。
でも大丈夫。皆ジャージやパンツスタイル、スカートの子も下はスパッツだし。
ギャラリー的には残念な気が(げふん
「…うさぎさん…ですか、このこ…?」
セリェ・メイア(
jb2687)は目をまん丸くした。
うさぎと聞いて、誰がこんな巨大な山を想像するだろうか。
「…の、口にお菓子を…?」
その口にしても、シャリシャリとニンジンを囓る様な慎ましいサイズではない。
持って来た菓子折の箱がミニチュアに見える程の大きさだ。
「不思議な悪魔さんですね〜。お友達になれたらいいですね〜」
結月 ざくろ(
jb6431)は、その反対側から笑いかけてみる。
「おかしくれたらトモダチっふ〜」
「わかりました〜、頑張りますね〜」
始まる前から和気藹々。
「うっはあ〜、もふもふだぁ…!」
日ノ宮 雪斗(
jb4907)は、その首っ玉に思いきり抱き付いた。
どこが首なのか今ひとつ判然としないが、多分その辺り。
「て違う! で、できるだけいたくないように飛ぶからね!」
と、その後ろから猛然と駆け込んで来る影ひとつ。
「も ふ も ふ だ ー !」
全力で助走をつけて側転二回にバク転二回、床板をブチ抜く勢いで踏み切って跳躍すると共に、空中で華麗に靴を脱ぎ捨て空中後方三回転に二重ひねりを加えつつ――
「もふもふ発見! 一番乗りはあたしがもらったー!」
ばいぃーん!
「やーん、ふわっふわでもっふもふでぽよんぽよーん!」
とてもしあわせ。
お仕事ってなんだっけ。
まあいいやー。
幸せそうにひたすら飛び跳ねている瀬波 有火(
jb5278)は、とりあえずそっとしておくとして。
「ワッフルと言ったか。とにかく、このもふもふを満足させて平和裏に帰ってもらうぞ」
「ルールを守れば大丈夫なのですね」
神削の言葉に、神谷 愛莉(
jb5345)が頷く。
「わかりました、頑張って救出します」
これはお仕事。だから頑張る。
(…でも、ふわっふわのうしゃぎ…もふもふしたい…)
いや、まずはお仕事だ。
既に遠慮無くもふっている人もいるけれど、誘惑に負けてはいけない。
「ゲームの前に腹ポの練習しちゃだめですかぁ?」
普通のトランポリンなら端の方が飛び難いから、檻が低くなった時にはそこで飛ぶ事によって高さを調節出来るだろう。
腹ポも同じかどうか、確認したかったのだが。
しかし、彼等がテント内に足を踏み入れた瞬間から、ゲームは始まっていたのだ。
頭上の檻では、お菓子が着々と生産されている。
「けっ…何をやらされるかと思えば、お遊戯か」
テントの隅で様子を見ていた着流し姿の阿手 嵐澄(
jb8176)が、肩に掛かるサラサラのロン毛をクールに払いながら言った。
「だが、まあいい…そんなことで人質が救われるなら、安いものさ」
しかし彼が飛ぶのは一番最後。
自分の番が来るまでは、パティシエ達の会話にじっと耳を澄ませてヒントを掴むのだ。
(誰のが次にでてくる、とかがわかれば…参考になるだろうしな)
だが、彼等は職人。
腕は悪くても心は職人。
仕事中に無駄口は叩かないのだ。
残念!
「かといって、ここからは見えないしな」
腹ポには乗らず、仲間の支援に徹する事にした神削が檻を見上げる。
もう少し下がるまでは、運を天に任せるしかなさそうだ。
「もっふもふ〜♪ なかよくなれるかな〜?」
エマ・シェフィールド(
jb6754)は、挨拶代わりにひとしきりモフった後でブーツを脱ぎ脱ぎ。
「おじゃましま〜すっ、よろしくだよワッフルさ〜ん」
「おかし〜、おかしたべたいっふ〜」
「わかった、取って来るね〜。すごいよ〜、もふもふだよ〜、じゃーんぷっ、じゃーんぷっ」
ぼい〜ん。
「どれが美味しいのか、食べさせないとわからないのか〜」
ばい〜ん。
「香りとかでわからないかな〜、わからないか〜」
ぼよ〜ん。
「傾向とかわからないかな〜、わかないか〜」
ばよ〜ん。
「…おかし、まだっふ?」
「あ、ごめん〜」
とりあえず、目の前に現れたお菓子を取って戻る。
それを、ぱかっと開けたワッフルの口に放り込んでみた。
「まずいっふー!」
いきなりハズレだ!
しかし今、檻は最上部。ワッフルの大暴れにパティシエ達が巻き込まれる危険はない。
「今のうちに、対処法を練習しておくか」
逃げ遅れた仲間がいない事を確認すると、神削は暴れるワッフルを抑えにかかった。
もっふー!
真っ白でふかふかな腹毛に埋もれる神削。そして次の瞬間。
ばいーん!
勢いよく吹っ飛ばされた。
ちょっと腹ポに乗った気分、ただし横方向に。
ついでに切れ味の良い耳が腕を掠め、赤い筋を残す。
「力押しは難しいか」
だが、神削には奥の手があった。
「ならば、これでどうだ!」
懐から取り出したるは、デパ地下で買って来た高級ドーナツ!
さっきの攻撃で潰れてしまったが、味に変わりはあるまい。
それをひとつ、暴れるワッフルの口に突っ込んだ。
「おいしいっふー!」
餌付け成功。
「と、兎に角、ぱてぃしえ? さんを救います…!」
覚悟を決めたセリェが、恐る恐る腹に乗る。
「お、お邪魔、します…」
しかし,その間も遠慮なく跳び跳ね続ける有火。
その振動に驚き慌て、腹の上でおろおろわたわた。
だが、いつまでもそうしている訳にはいかない。
腹を括って、えいっ!
「きゃぁ…っ!」
予想外のジャンプ力に、再びおろおろわたわた、ついでに涙目。
だが、捕まっている人を助ける為に頑張らなくては。
三人のうち、どの人がパティシエという名前なのかは知らないけれど。
「あ、あの…お、お口を、開けてください…」
取ってきたお菓子を、恐る恐るワッフルの目の前に。
「えいっ」
ぽいっ!
「ど、どう、です…?」
「うん、わるくないっふー」
どうやら、ごく普通の味だった様だ。
「シーニーさん、いざという時は結界おねがいします…いってくるね!」
雪斗はストレイシオンのシーニーさんの頭を撫でてから、靴を脱いでそっと腹ポに上がった。
何度か軽く飛び、弾みを付けて、全身のばねを使って思い切りジャンプ!
地上ではシーニーさんが尻尾に付けた応援旗を振っている。
その姿が見る間に小さくなり――
ばすん!
天井、突き抜けちゃった。
「次はもう少しセーブしなきゃ」
飛びながら、雪斗は檻の中を観察。
誰がどんなお菓子を作っているかを確認してから、外周に出されたお菓子を取った。
不味いお菓子は出たばかりだし、これはきっと大丈夫な筈。筈。
「ふぅ〜…結構楽しいかも!? はい、どうぞ」
ニッコリ笑顔で差し出すフルーツタルト。
だがしかし。
「まずいっふー!」
暴れた。
「シーニーさん、防御結界をお願いします!」
避難、避難!
その隙に、セリェが――
「あ、え、えっと、お菓子折りあたっく!」
ワッフルの口に菓子折りを突っk…いや、箱のままは拙いし、不味い。
箱を開け中身を取り出すが、流石は高級菓子の詰め合わせ、しっかり個包装してあった。
「あ、い、今、開けます、から…っ」
しかし間に合わない!
ますます荒ぶる暴走ワッフル!
「ふっふっふ。こんなこともあろうかと準備は万端!」
そこに颯爽と現れた救世主、有火。
「さあウサギさん、これを食べて機嫌を直すんだー!」
懐からアンパンを取り出し不敵な笑みを浮かべつつ、シュート!
決まったー!
「ワッフルさん、痛くないですか〜?」
次はざくろの番だ。
腹ポで飛びつつ、まずはパティシエ達を安心させようと声をかけてみる。
「遊んでるようにみえるんですけど〜」
ばい〜ん。
「助けに来ました〜!」
ぼい〜ん。
「頑張ってお菓子を作ってくださいね〜」
目の前にあったお菓子を取って地上に戻り、ワッフルに食べさせてみる。
「おいしいっふー!」
一休みしていたエマが、それを羨ましそうに眺めながらもっふる。
「食べちゃダメなんだよね〜、これ終わったら食べる〜」
もふもふもふ。
「次は愛莉の番なの」
愛莉は靴と靴下を脱いで、腹ポに上がる。
服装はズボンタイプのセーラー服、髪は邪魔にならない様に三つ編みにして服の中へ。
どれがハズレかまだわからないから、とりあえず手の届く場所にあったお菓子を持って着地、投入。
「うん、まあまあっふー」
これで漸くプラマイゼロ。
「結構長くなりそうだね〜」
再び飛び跳ねながら、エマが言った。
「だけど頑張る〜」
交代しながら、慌てず着実に。
「まあ、最近運動不足だしな…トランポリンでエクササイズ、としゃれ込むか」
ローテーションの最後を飾るクールガイ・ランス、出撃です。
「おにーさんが乗っちまって大丈夫なのかい?」
すまなそうな顔で靴を脱ぎ、思いっきりジャンプ!
サラサラのロングヘアーをなびかせ、颯爽と!
しかし!
お菓子を手に着地を決めた、その時。
彼を見つめる周囲の視線が凍り付いた。
ワッフルでさえ、手にしたお菓子よりもその頭部に注目している。
「何だ、どうかしたのか?」
どうしよう。
教えてあげた方が良いのだろうか。
その、アレがナニしてる事を。
しかし本人は気付いていない様だし、もしかしたら秘密にしているのかもしれない――そのロン毛が、ヅラである事を。
よし、黙っておこう。
見事にズレちゃってるけど、誰も何も見なかった。
食べさせたお菓子は大当たりだったし、問題ないよね。
そうして一進一退を繰り返しながら、救出作戦は続く。
「まずいっふー!」
「ワッフルさん、これを〜」
ざくろが差し出した大きなペロペロキャンディを、ワッフルはばくんばりんぼりぼり。
「かじっちゃダメですよ〜ゆっくりペロペロなめるんです〜」
でも、とりあえずは落ち着いたから…良いのかな。
「まずいっふー!」
「ふみ〜、お願いだよ〜、落ち着いて〜、これ食べて口直しするんだよ〜!」
エマが饅頭をシュート!
温泉饅頭に、酒饅頭、紅葉饅頭に草饅頭――
ハズレを引く度に、あの手この手でワッフルを鎮める仲間達。
「次はこれなの!」
「俺の愛を受け取るが良い!」
愛莉がミニナッツタルトを投げ入れ、ランスがアンパンを突っ込む。
「ところであのお菓子、おいしそーだよね」
その様子を見ながら、ばいんばいんして遊んでいた有火がぽつり。
ワッフルにお願いしたら、ちょっと分けて貰えないだろうか。
「んー…トモダチだから、あげるっふ!」
「ありがとー!」
そのお菓子は最高に美味しかった。
余りの美味さに有火はヘヴン状態、夢見心地で思い切りジャーンプ!
ごーん!
勢い余って天国から地獄、檻の底に頭をぶつけて撃沈と相成りました。
ちーん。
今や檻は、地上からでも中の様子がどうにか窺える程に下がっていた。
「作るのが遅い奴はパティシエ歴が浅い、つまり必然的に下手くそだ」
それは絶対に取るなと、ランスが仲間達に伝える。
頭はズレたままだが、気にしてはいけない。
「もし間違えて取ってしまった時は…」
「これなら良いよね!」
だーん!
愛莉はダメージ覚悟で足元の床に着地、手にしたハズレ菓子をその場に置く。
「盗み食いも味見もしてないから、ルールに抵触はしてないよ? 美味しいお菓子が食べたいんだよね?」
床に置かれた菓子を食べたそうにしているワッフルの腹に乗り、再びジャンプ。
「そのケーキは大丈夫、Aクラスだ」
雪斗からの情報とランスのアドバイス、そして自らの観察結果から、神削はその菓子にお墨付きを与えた。
愛莉はそのまま、ワッフルの口にホールケーキを丸ごと突っ込む。
「おいしいっふー!」
しかし、その美味しいケーキを一口で食べてしまうとは…なんて勿体ない。
「これはどうですか〜?」
「それも大丈夫だ」
次に飛んだ、ざくろが手にしたシュークリームもAクラス。
「そのチーズケーキは不味い、そっちのクレープも駄目だ」
三人の中に、一人だけ作業が雑な者がいる。
残念な腕前なのは、そのパティシエに違いない。
後はその人が出して来るお菓子を見極め、避ければ良い。
「もう少しだ、ここまで来て逆戻りはさせない」
しかし――人間だもの、間違える事もあるよね。
「まずいっふー!」
ワッフルが暴れ出した!
今度は檻がすぐ近くに迫っている。
パティシエ達が危ない!
全力で突っ込んだ神削とエマが体当たり、気合いと根性でワッフルを逆に弾き飛ばした。
普通に美味しいミルフィーユを手に下りて来た愛莉が、狙い定めてその口に突っ込む。
「うん、そこそこっふ〜」
やれやれ、鎮まった。
そして、残り1m。
「おいしいっふー!」
ごろんごろんごろん、最高級のお菓子を腹一杯に詰め込んだワッフルが、テントの隅に転がって行く。
空いたスペースに静かに降ろされた檻の中から、三人のパティシエは無事に救出された。
「そして、ボクにもお菓子をちょうだい〜!!」
早速エマが手を差し伸べる。
勿論、最高級の腕を持つパティシエの前に。
さあ、レッツパーリィ♪
「…なんだかよくわからんが、まあ…悪くないぜ」
パーティ会場に早変わりしたテントの中で、ランスはワッフルに笑顔を向ける。
やっぱり頭はズレt…以下略。
「カンパ〜イ!」
雪斗が乾杯の音頭を取り、パーティは始まった。
お茶やジュース、パーティ用のお菓子は雪斗が用意した物だ。
そこに神削のドーナツや愛莉のナッツタルト、エマの饅頭各種の他、救出されたパティシエのお菓子が加わって、盛りだくさん。
「うんとね、人は殺さないでね」
最高級のお菓子を食べながら、愛莉が言った。
「美味しい料理やお菓子を作ってくれたり、そういう人の親になる人かもしれないから」
ざくろはペロペロキャンディを溶かしてウサギの形をした飴細工を造り、ワッフルに手渡す。
「ワッフルさん、あたし結月ざくろっていいます〜。お友達になれるでしょうか〜」
「もうトモダチっふよ?」
お菓子を貰えば、みんな友達。
天使も悪魔も人間も、それ以外でも。
「トモダチには、こうするのふ〜♪」
もっふん。
ワッフルは、ひとり離れて皆の様子を見ていたセリェに突撃&もふはぐ。
「え、い、良いの、です、か…?」
自分は天使だから、悪魔であるワッフルには嫌われている。
そう思い込んでいたセリェは目を丸くした。
ならば遠慮なく。
もふっ。もふもふもふ。
お腹周りをピンポイントに、これでもかと言う程、幸せそうにもふる。
もふってもふって、もふりまくる。
その様子に目を細めながら、雪斗が言った。
「もっふるさん、良かったらまた遊びましょうね。今度はうちの子達も一緒に!」
ワッフルは満面の笑みと共に頷く。
彼は幸せだった。
「来てよかったっふ〜♪」
名前を間違えられた事にも、気付かない程に。