「ひのーよーじん!」
カチ、カチ。
「てんまにもーよーじん!」
カチ、カチ。
夜とは言え、皆が寝静まるにはまだ早い時間。
少しばかり痛みが目立ち始めた旧式のマンションに、白 乃美(
jb3735)の可愛い声が響く。
拍子木はないから、忠実な部下である猫ぐるみのクロッコ伍長に持たせたカスタネットをカチカチ。
「夜回りするのであります。これだけ目立てば敵の注目度も抜群であります」
住宅街ならともかく、マンションの中で夜回りというのは余り聞いた事がないが、乃美は頓着しない。
カスタネットを陽気に鳴らしながら、廊下の隅々からエレベーターの内部まで、くまなくチェックして回る。
大丈夫、ちょっとだけうるさくすると言う事で、管理人にはちゃんと許可を貰ったから。
マンションの四方では仲間達が見張っているし、阻霊符も皆で使っている。
今のうちに確認しておけば、後から入り込まれる事もないだろう。
『敵には自分たちの存在を教えたほうが良いと思うのであります。自分たちを先に襲ってくれれば、住民たちへの被害も減るのであります』
「ま、その理屈に異論はねぇな」
ハンズフリーのスマホから聞こえた声に呟きを返しつつ、ペアを組んだ叶 心理(
ja0625)は持って来た二つの提灯に火を入れた。
彼等の持ち場である建物左側には、灯りが殆どない。
その闇を、オレンジ色の優しい光がほんのりと照らした。
『只今五階を通過中なのであります』
スマホから聞こえる乃美の声に、建物の右手を守るルーガ・スレイアー(
jb2600)は声を潜めて答えた。
「そこはお年寄りが多いんだぞー。もう寝てるかもしれないから静かに、なんだぞ」
『了解であります』
各フロアの住民構成や空き部屋の情報などは事前にチェックしてある。
ルーガは通信を切ると、改めて自分の持ち場を見渡した。
目の前に見える自転車置き場には蛍光灯が点いているものの、切れかけてチカチカと瞬く様子は、いっそ暗闇の方がマシだと思える程に不安をかき立てる。
そんな中で、ルーガは今日もスマホでSNSなう。
『死神ですってよ奥様! 怖いなうー( ´∀`)』
呟く彼女の顔は今、首にかけたフラッシュライトで下から照らされている。
「いわば目印なんだぞー( ´∀`)」
目印と言うより、より一層の怖さを煽る演出に見えなくもない、が。
スマホの操作を終えると、ルーガは三階の一角を見上げた。
既に灯りが消えているその部屋の住人は一人暮らしの老人で、両隣は空き部屋になっている。
きっと、そんな場所は狙われやすい。
特に注意して見張る必要がありそうだった。
「…今日でこの騒ぎは終わりにしますの」
建物正面を担当する橋場 アトリアーナ(
ja1403)は、六連装式に改造したバンカー、グラビティゼロを手に周囲を警戒する。
目の前の駐車場を出入りする車も、そろそろ少なくなって来た。
もう暫くすれば、死神達も活動を開始する事だろう。
「んじゃちっと上見回ってくんぜ」
今のうちにと、ペアを組んだディザイア・シーカー(
jb5989)が光の翼で舞い上がる。
しかしその姿は黒い翼に黒い服、一見すると死神っぽく見えない事もない。
「間違えて撃つんじゃねぇぞ?」
冗談めかして言ったディザイアに、アトリアーナはこくりと頷いた。
ナイトビジョンで視界は確保しているし、そうそう間違える事はない筈だ。多分。
混戦になったら保証は出来ないけれど。
「念の為に、ライトも持ってくか」
一抹の不安を感じたディザイアは、フラッシュライトを点けてベルトに挟んだ。
これなら敵味方を識別するマーカーにもなるし、死神の目を惹く事も出来るだろう。
「阻霊符使ってっから入りやすいのは正面と裏手……ま、周囲にも味方がいっから早々内部にゃ入られんだろう」
ディザイアは高い位置から視野を広くとって索敵に当たる。
地上を見張るアトリアーナと二人、死角を作らない様に――
裏口は静かだった。
人通りが少ない事もあるが、警戒に当たる二人が揃って無口なのだ。
『首切りとは趣味が悪い。めんどくさいけどやめてもらおう』
七瀬 夏輝(
jb7844)が紙にペンを走らせる。
が、それはパートナーのヴォルガ(
jb3968)に向けられたメッセージではなかった。
例えその姿が、どこからどう見ても死神そっくりであったとしても。
いや、間違われる筈がない。その為に、いつもよりも更にドス黒い色に染められたローブを着て来たのだ。
逆効果とか、言わない。
(死神とやらのその姿は不愉快であるが、経験値の残りカスでもきちんと回収はせねばなるまい)
二人は闇と沈黙に溶け込む。
そして待った。死神達が現れるのを。
「ひのーよーじん!」
見回りを終えた乃美は、今度は自分の持ち場で声を上げていた。
「てんまにもーよーじん!」
提灯の下でカスタネットを鳴らしつつ、行ったり来たり、行ったり来たり……
いいかげん疲れて声も出なくなって来た頃。
『出たぞ、上だ!』
ディザイアの声が、各自の携帯やスマホから響く。
それぞれの持ち場に散っていた仲間達は、一斉に上を見上げた。
暗い夜空を背景に、それより更に暗いものがふわりふわりと浮いている。
黒いローブに銀の大鎌……死神だ。
それはマンションの周囲を囲む様に輪を描き、ゆっくりと回りながら降りて来た。
既に殆どの部屋は灯りが消えている。
死神は寝ている人間しか襲わないらしく、幾つか残る灯りの漏れる部屋を避ける様にしながら獲物の物色を始めた。
一体が三階のベランダに降りる。ルーガが目を付けていた、まさにその場所だ。
そのまま中に入ろうとして、ガラス窓に弾かれた。
と、そのガラスに光が映る。
それに気付いた死神は、振り向きざまに大鎌を振るった。
三日月型の真空波が、背後に舞ったルーガを襲う。
間一髪でそれを避け、ルーガは弓で反撃しつつ死神を挑発した。
「万が一眠らされた時…墜落して死ぬのも、イヤだからなー!」
こっちに来いと、高度を下げつつライトを振る。
ふわり、死神が寄って来た。
あっちからもこっちからも、総勢五体。
彼等は何故、撃退士の姿を見つけると嬉しそうに(?)集まって来るのだろう。
邪魔者を片付けてから、ゆっくり狩りを楽しもうという腹なのだろうか。
それにしたって、集まりすぎじゃない?
ルーガさん、死神にモテモテなう。
その反対側では、二体の死神が提灯の明かりと乃美の声に誘われていた。
「さて、闇狩りの名は伊達じゃねぇってとこを見せねぇとなぁ。叶流は退魔弓術としての側面もあるんでね」
心理は赤熱の弓を取り出し、弦を引き絞った。
敵の射程外からブーストショットで派手な一撃を見舞う。
それは黒いローブに吸い込まれ、本体にダメージを与える事は出来なかったが、敵の気を惹くには充分だった。
更に二体の死神が近寄って来る。
「ここからが本番だぜ」
敵の射程に入ると得物を銃に切り替え、真空波を避けながら弾幕を張る様に連射した。
これ以上は近寄らせない。
逃げる事も許さない。
と、ふいに乃美の声がした。
「叶さん後ろ! であります!」
振り向くと、いつの間に寄って来たのか、一体の死神がその細く長い指を目の前にかざしていた。
「やれやれ、永眠への誘いはご遠慮ねがうぜ?」
身体の軸をずらして避けた心理は、その指にワイヤーを絡め、引く。
枯れ枝の様な指が千切れて飛んだ。
その背後から、壁を蹴って飛び上がった乃美が機械剣で斬りかかる。
「覚悟であります!」
上段に振りかぶり、死神の頭上から思い切り振り下ろした。
直後、心理のワイヤーが肉のない首に絡み付く。
思い切り引き絞ると、今度は頭がコロリと落ちた。
「ハッ、野暮な死神さんにはお帰り願おうか。あの世行きの超特急でな!」
ディザイアは死神の気を引く為に周囲を飛び回りながら、アサルトライフル「Deliver Judgment」を撃ちまくる。
「さぁ来い、相手してやんよ」
まずは釣られた一体を引き連れて地上に降りた。
そこで待ち構えるアトリアーナは、悔しいけれど自分より格段に強い。
「頼りにしてるぜ?」
言い置いて、ディザイアは再び上昇、残る敵を釣りにかかった。
その背後にしつこく追いすがろうとする死神の身体に、ハンズ・オブ・グローリー、別名ロケットパンチが襲いかかる。
「…今回は一人も犠牲者を出さないようにしないといけない」
紅い輝きがアトリアーナの瞳に灯り、紅い残光が粉の様に舞った。
距離を詰め、バンカーを撃ち込む。
相手の動きを見極め、突貫あるのみ。
喰らっても、喰らい返してやれば良い。
「…命を刈り取るのは自分達だけだと思わない事ですの」
敵の足元から現れた巨大な獣の頭部が、死神の首を食いちぎる。
と、その時。
駐車場に明るい光が溢れた。
車のエンジン音が近付いて来る。
何も知らない住民が帰宅したのだろう。
その光に誘われ、一体の死神が車に近付いて行った。
ガラス越しに中を覗き込み、乗っているのが撃退士ではないとわかると、興味を失った様に離れて行く。
しかし、そのまま逃がす訳にはいかなかった。
「ここはお願いしますの!」
入口の防御をディザイアに任せると、アトリアーナは車に駆け寄る。
そのまま中に居るようにとドライバーに声をかけ、死神にロケットパンチを食らわせた。
反撃の真空波をかわし、距離を詰める。
振り下ろされる大鎌の下をくぐって、ありったけのバンカーを撃ち込んだ。
「何もしていないからと見逃すほど、甘くないですの」
黒い塊がどさりと落ちる。
ふと顔を上げると、目を見開いたまま気絶しているドライバーの姿が目に入った。
正気を取り戻す頃には、残りの死神も片付いていることだろう。
一方のディザイアは正面入口を塞ぐ様に立ち、死神にガンを飛ばしていた。
「俺の屍を越えて行くがいい。越えれるもんならな!」
近寄って来る死神に、拳を叩き込む。
「さようなら、良い旅を。お仲間の道案内でもしてやるがいいさ」
いくらでも来い。
残り全部、その頭を叩き潰してやる。
裏手には二体の死神が漂っていた。
ヴォルガは黒色の大剣を手に、彼等の気を引こうと宙に飛ぶ。
しかし何故か、彼等は襲って来ない。
それどころか親しげに寄り添って来るではないか。
『………一緒にされては困るのだよ』
ヴォルガは大剣を一閃、死神の身体を叩き斬る。
途端、死神達は怒り狂った様に攻撃を始めた。
裏切り者と思われたのだろうか。
振り回される大鎌を避けつつ、ヴォルガは夏輝が振りかざす懐中電灯の光を目印に、死神達を地上へと誘導する。
その途中――
「うわあぁぁっ!!」
二階から悲鳴が上がった。
何事かと起きて来た住人が、ベランダに出て来たらしい。
「危ないぞ、鍵をかけて中にいろ!」
夏輝が下から叫ぶ。
人間は苦手だ。
声を出す事も、出来れば避けたい。
だが今は戦いの最中、人間は守るべき存在だし、余計な事を考えている場合でもなかった。
とにかく、任務の遂行が第一だ。
住人は転がる様に部屋の中に逃げ込み、窓とカーテンを閉めた。
だが死神は、やはり起きている人間には興味を示さない。
執拗にヴォルガを追いかけ、夏輝の射程に飛び込んで来た。
まずはゴーストバレットで迎撃し、接近したところでチェーンソーに持ち替えて、その凶悪な外歯を叩き込む。
大鎌対チェーンソー、ホラー映画の新旧対決の様な戦いは、上を取っている死神の方がやや有利だった。
隙を衝いた一体が、夏輝の額に指をかざす。
抵抗力は高くない。
技を受けたら、確実に眠りに落ちてしまうだろう。
「触れるな、下郎」
夏輝はナイトミストで深い闇の中に身を隠すと、それをチェーンソーで払い除けた。
死神が僅かに怯んだところに、ソウルイーターを発動したヴォルガが大剣を叩き込む。
大鎌が乾いた音を立てて地面に落ちた。
それを追う様に、死神の首が転がる。
と、その時――
『ぴんちなう(;´∀`)』
ルーガの声が各自の端末から響いた。
「待ってろ、今行く!」
救援要請にそう応えると、心理は得物を再び弓に持ち替えた。
残った最後の一体に向けて弦を引き絞る。
叶流『闇払』、叶流弓術において口伝でのみ継承される退魔弓術のひとつだ。
放たれた矢は、蒼き破魔の雷を放ちながら死神の額を貫いた。
「左側面、掃討完了」
「援護に向かうであります!」
その頃、周囲を五体の死神に囲まれたルーガは、盾とシールドのスキルを頼りにひたすら耐えていた。
受けきれなかった分は剣魂で回復、額をつつかれても根性で眠気を吹き飛ばす。
もう少しだ。
あと少し耐えれば、仲間が来てくれる――
「キターー(゜∀゜)――!」
心理に乃美、アトリアーナ、ディザイア、ヴォルガ、そして夏輝。
「みんなありがとうなんだぞー!」
形勢逆転、今度はこちらが敵を包囲する番だ。
これで漸く思い切り戦える。
ルーガは仲間達にフォローを頼むと、得物を弓に持ち替えて、今までの鬱憤を晴らすかのように連射した。
「こいつらで最後か、さっさと片付けちまおうぜ」
心理がクロスファイアを撃ちまくる。
「お仲間が向こうで待ってるぜ!」
ディザイアはアサルトライフルを乱射。
三方からの集中攻撃に、死神達は身を寄せ合ったままじっと耐え、反撃の機会を伺っている様に見えた。
「そんな機会、永遠に巡って来ませんの」
射撃で削った所に、アトリアーナのバンカーが撃ち込まれる。
乃美が機械剣を、夏輝がチェーンソーを振りかざしながら突っ込み、ヴォルガが大剣を横に薙ぐ。
死神達に、勝ち目はなかった。
夜も更けた駐車場に、黒い布に包まれた細長い物体が並べられていく。
それは、首を切り落とされた死神の残骸だった。
『死んだふりは困るのだから』
首なしの死骸を運びながら、ヴォルガが呟く。
別に首を狩りたい衝動がある訳ではない。いくら少しばかり似ているからといって、一緒にされては困るのだ……とは、さっきも言ったが。
ただ依頼が完璧になるように、経験値の残りカスどもを収穫するだけだ。
流石に首を切り落とせば、死んだふりも出来ないだろう。
これで、安全の確認は万全だ。
その様子を、夏輝は物陰からそっと見つめていた。
皆それなりの怪我は負っていたが、いずれも大事に至る様な傷ではない。
戦闘後も皆で周囲を見て回り、敵が一体も残っていない事を確認した。
住人への被害は勿論、建物や周辺施設を傷付ける事もなく、任務は大成功。
だが、夏輝はそれを皆と共に喜び合う気にはなれなかった。
「人は苦手だ…」
いつかは、あの輪の中に入れる日が来るのだろうか。
ともあれ――
死神達は、自らの首を手土産に帰って行った。
何処か――もう二度と戻る事のない世界へ。