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マスター:STANZA
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2013/11/19


みんなの思い出



オープニング




 会津、芦ノ牧温泉。
 阿賀川の渓谷を見下ろす高台にあるこの温泉街は、大勢の観光客で賑わっていた。
 ここの目玉は、何と言っても紅葉を眺めながら楽しむ露天風呂だ。
 川のせせらぎに耳を澄ませながら、色とりどりの紅葉に囲まれてのんびりとお湯に浸かる――それはもう、最高の贅沢と言って良いだろう。
 温泉は季節を問わず良いものではあるが、特にこの時期はどの宿も予約で一杯になる程の人気だった。

 しかし、今――

 安らぎを求める人々で賑わう温泉が、危機に晒されていた。
 川沿いにある露天風呂に、招かれざる客達が乱入する。
「きゃあぁぁっ」
 最初に悲鳴が上がったのは、竹垣で囲われた女湯だ。
 腰に布きれを巻いただけの貧相な姿の餓鬼が、風呂を囲む岩場を這い上がり、取り囲む。
 続いて、少し離れた場所にある男湯からも悲鳴が上がった――



「四匹目が出ましたね」
「ああ、今度は温泉の上流で毒さ吐ぎ散らかしてる」
 共に会津地方出身の学園生、中等部二年の東條 香織(とうじょう・かおる)と、小等部六年の安斉 虎之助(あんざい・とらのすけ)は、今日も斡旋所の一角で額を寄せ合っていた。
「今度は、私も行きます」
「ああ、俺も行ぐつもりだ……これ以上好ぎに暴れさせるわげにはいがねもんな」
 二人は顔を見合わせる。
 この学園に入学してまだ一年にも満たないが、二人ともかなりの実戦経験を積んできた。
 他の仲間の足を引っ張る事はないと自負していたし、何より地元の地理に詳しいという利点を生かす事も出来るだろう。
「つっても俺、芦ノ牧は小っちぇー頃にばんちゃと行ったぎりで、あんま覚えてねんだけんじょ」
「お婆様と?」
「んだ、俺ずっとばんちゃと二人で暮らしったがら……この喋りも、ばんちゃのがうつっつまってよ」
「ああ、それで……」
 香織は納得した様に頷いた。
 今時、ここまで訛りのある言葉を使うのは年寄りくらいなものだ。
「どうりで……何と言うか、古めかしい喋り方だと思いました」
「一応、しょーづんごも喋れるけどな」
 いや、それも訛ってるから。
 因みに今のは「標準語」と言ったつもりらしい。
「でも俺、ばんちゃのこど……忘れたぐねがら」
「え……?」
「ばんちゃ、死んづまったんだ」
 だから、他に身寄りのなかった虎之助はこの学園に来た。
 本当はもっと前に、アウルは発現していたのだが――
「あ、ごめんなさい」
 悲しい事を思い出させたかと詫びる香織に、虎之助は「さすけねよ(大丈夫)」と笑って見せた。
「んだがら、俺は余計に……会津を守りてぇ」
 祖母の思い出が、たくさん詰まった大切な故郷を。





 その少し前、会津近郊の某所では。
「なぁなぁ以号、温泉ってそんなにイイモノなのか?」
 子供の姿をした悪魔レドゥが、ディアボロ作成兼世話係のヴァニタス、以号に纏わり付いていた。
「そうですね、人間は……特に日本人は温泉が好きな様です」
「お前も好き? 行ったことある?」
「ええ……人間だった頃は、毎年の様に家族と」
「ああ、そっか。お前にも家族いたんだっけ」
 レドゥはくすくすと楽しそうに笑いながら、以号の回りをゆっくりと大股に歩く。
「でも、悪魔に殺されたんだよね。誰だっけ、お前の娘二人と奥さん殺した悪魔って?」
「……レドゥ様、あなたです」
 以号は抑揚のない声で答える。
 その顔には、何の感情も浮かんでいなかった。
「そうそう、ボクだったよね。それでお前は、復讐の為にボクを追いかけ回してた……ただの人間なのにさ!」
 レドゥはさも可笑しそうに、甲高い笑い声を上げた。
「ボクを探して、追いかけて……今じゃボクの下僕ってワケ。どぉ、今の気分?」
「どう、と言われましても」
「そうだよね、何とも思わないよね。お前の感情、ボクが取っちゃったもんね」
 そう、以号の感情はヴァニタスにされる際に、取り除かれていた。
 だから何も感じない。
 ただ事実を事実として受け止めるだけ。


 そして、もう一人のヴァニタス、呂号は記憶を奪われていた。
「悔しいな。ただ戦う為だけに作られたのに、その戦いでさえ満足な結果を出せないとは」
 レドゥから解放されて、自室――と言っても寝台がひとつあるだけの殺風景な四角い箱だが――に戻ろうとした以号に、呂号が声をかけてくる。
「お前から声をかけて来るとは、珍しいな」
 抑揚のない声で言って足を止めた以号に、呂号は「ふん」と鼻を鳴らした。
「良いだろ、私だってたまには……誰かと話したい時もある」
 それに、これまでは何かを話そうにも話題がなかった。
 呂号は自分の名前さえ覚えていないのだ。
「お前は、覚えてるんだよな? 自分が誰なのか……今まで、どんな風に生きて来たのか」
「ああ。だが、頭の中に自分の全てが書かれたファイルが並んでいる……ただ、それだけだ」

 例えばこの、宮本章太郎という名前。
 それはただの識別記号にすぎない。

 かつて、その名の一部を分け与えた天使がいたが――
 それもまた、何の意味もないただの情報だ。

「それでも、記憶があるだけマシだ」
 呂号が首を振る。
「私の頭の中には、ファイルどころか紙切れ一枚だぞ」
 そこに書かれているのは、主であるレドゥと、目の前にいる同僚の情報……そして、先日刃を交えた撃退士達の僅かな記憶。
「ファイルが必要になる前に、私自身が消えそうだ」
「先日は良い勝負をしていた様に見えたが?」
「手の内を知られていなければ、有利にもなるだろうさ」
 だが、今度は違う。
 敵はこちらの手を知った上で、対策を練って来るだろう。
 今度はあの時の様にはいかない。
 それでも主が戦いを命じるならば、それに従う他はない。
 逆らうだけの自己というものを、呂号はまだ持っていなかった。
「その分、お前とて経験を積むだろう。それでも不安なら、こちらも小細工をすれば良い」
「小細工?」
 以号は頷き、頭の中から適当な情報を探し始める。
「例えば、人質を取る。或いは相手に不利な状況を作り出す」
 人であった頃、恐らく自分はその様な事を嫌悪し、拒否反応を示したのだろう。
 だが、今は何も感じない。
「人質には、温泉宿の客が良いだろう」
 それに、今度の大蛇は毒使いだ。
 被害も大きくなるだろうし、撃退士達とて呂号に勝負を挑んでくる暇などない筈。
「今のうちに、お前も敵の情報を集めておくと良い」
 本番は、まだ先だ――
 そう言って、以号は同僚の肩を軽く叩いた。




リプレイ本文

「毒を吐く蛇ですか…。趣味が悪いですね」
 現場に到着したアイリス・L・橋場(ja1078)は、温泉街を流れる川に目を落とした。
 どうやら、毒はまだこの辺りまでは達していない様だ。
 しかし、のんびりしてはいられない。
「わぁ、毒で温泉が台無しになったら大変だもん、それにお客さんも心配だ、急がなくちゃ!」
「毒を吐く大蛇をこのまま放置しておいてはどれほどの被害になるか分かりませんし、一刻も早い対処が必要ですよね。微力ながら全力を尽くさせて頂きます」
 状況を聞いた犬乃 さんぽ(ja1272)や、楊 玲花(ja0249)の言う通り、一秒たりとも無駄には出来なかった。
 撃退士達は事前の打ち合わせ通り、それぞれの担当に分かれる。
「安斉さんには…大蛇までの…案内をお願いします」
 アイリスに言われ、虎之助が頷いた。
 案内と言っても、川沿いの道をひたすら走れば良いだけなのだが。
「走るだけ…なら、ちょっと待ってて!」
 すぐに戻ると言い残して、さんぽが何処かに駆け出して行く。
「香織は俺達と一緒に露天風呂の方に回ってくれ」
 そう指示を出したのは、東郷 煉冶(jb7619)だ。
 作戦内容は、かくかくしかじか。
「っつーカンジでさ、頼むわ」
 まずはタオル等、女性の身体を隠す物の調達から。
「でないと俺も目のやり場に困るっつーか、うん」
 男たるもの、女性が嫌がる事をしてはならないのだ。
 裸体を拝むなど、もってのほか。
「ほいじゃ、見張りはあたいの役目かね」
 ノンアルコールの缶ビールを開けると、桃香 椿(jb6036)は露天風呂に続く階段を降りて行く。
「準備の間に下手な動きされちゃ敵わんけん」
「わかりました。では私達はタオルの用意を…」
 満月 美華(jb6831)は、香織と共に近くの旅館へと走った。


 露天風呂担当が急いで準備を進める仲、大蛇担当は川の上流へ向かう。
 と、川沿いに流れる道路脇を走る彼等の横に、旅館のマイクロバスが急停車した。
「乗って! …流石に走っていったら、時間かかりすぎるかなって思って」
 運転席から、さんぽが身を乗り出して叫ぶ。
 先程は近くの旅館にこれを借りに行ったのだ。
 四人の仲間が飛び乗ったのを確認すると、助手席にナビ役の虎之助を乗せて、車は急発進。眼下に川を見下ろす道をフルスピードで突っ走る。
「ボク、日本の温泉大好きだもん、それを壊そうとする悪い奴は、絶対に許しておけないから!」
「でも、何故温泉に毒を流しているのでしょうか」
 ハンドルを握ったさんぽの言葉に、ミズカ・カゲツ(jb5543)が後ろで首を傾げる。
 雫(ja1894)がそれに答えるともなく呟いた。
「此方の戦力を分けるのが目的で2ヶ所で出現したのでしょうか?」
「其の本当の狙いは分かりませんが、放置する訳にもいきません。まずは蛇を倒して、毒の流出を止めなければ…」
 そう言いつつ川面に視線を落としたミズカの目に、異様な光景が飛び込んで来た。
 ある場所を境に、水が紫色に染まっている。
 しかもその境目は、ゆっくりと下流に移動していた。
「確かあと15分程で毒が温泉に到着するのでしたね」
 急がなくては。

 やがて上流に元凶の姿が見えて来た。
 道端に車を乗り捨て、六人は川岸の斜面を転がる様に下る。
 しかし彼等の姿を目にした途端、大蛇は水の中に姿を隠してしまった。
「水に潜って攻撃を避けるつもりですか。でも、そうはさせません」
 それを追って飛び込んだ玲花が、フォトンクローから伸びる非実体の爪を鱗の間に突き刺した。
 息が切れるまで攻撃を続け、息が切れても息継ぎをして、再び水中に戻る。
 水中では攻撃の効果は余り期待出来ないが、大蛇にストレスを与えられれば上出来だ。
 執拗に纏い付く玲花のしつこさに、大蛇はとうとう沸点を超えた。
 何度目かの息継ぎに向かう玲花を追って再び現れた大蛇は、毒の塊を吐き散らしながら暴れ始める。
 水面を蹴ってそれを避けた玲花は、脇に回り込んで目隠しの発生させた。
 頭部に纏い付く霧が大蛇の逸らす中、玲花は八卦翔扇を投げ付けて反撃、闇の翼で舞い上がったミズカもそれに加勢する。
 玲花と同じく水上歩行が使えるさんぽは、側面から雷遁での麻痺を狙った。
 しかし、残る三人は川岸に留まるか、或いは動きが制限される事を承知で川の中に踏み込むか、どちらかを選ぶしかない。
「岸からでは…届きませんね」
 一対の直剣、干将莫耶を両手に、アイリスは遥か遠くにある大蛇の頭部を見上げた。
「大きな岩でもあれば、それを足場に出来るのですが」
 雫は川の中にじっと目を懲らす。
 しかし水は一様に深い色を湛え、足場に出来そうなものは見当たらなかった。
「上の方さ誘き寄せらんねぇかな」
 非ネイティヴ用に訛りを極力抑えた虎之助が上流を指差す。
「もう少し行けば、岩がゴロゴロした浅瀬になってっから」
 そこなら少しは戦いやすくなるだろう。
「わかった、ボクに任せて!」
 さんぽは大蛇の上手に回り込むと、ニンジャヒーローで名乗りを上げた。
「こらっ、綺麗な川とか温泉を毒で汚すなんて、絶対絶対許せないもん! ボクが相手だっ」
 大蛇の気を惹きながら、上流へと走る。
 更にその周囲を飛び回るミズカが、追い立てる様に建御雷で斬り付けた。
 まんまと釣られた大蛇はその巨体をゆっくりと上流に向けて、静かに動き出す。
 川は次第に浅くなり、やがて大蛇の胴体が水面に見え隠れし始めた。
 もう一押しで、大蛇の全身を剥き出しに出来そうだ。
「そこから出て貰いますよ」
 ミズカが掌底を撃ち込む度に、大蛇はその巨大な身体をくねらせ、水面に打ち付けながら後退して行く。
 やがて頭部は完全に岸に上がり、それに続く胴体もかなりの部分が水から出て、川面に道を作った。
「これで水中からの不意打ちも出来なくなるでしょう」
 鎌首を持ち上げた大蛇の頭部はまだ手の届かない所にあるが、その道を辿れば近付く事が出来る筈だ。
 Alternativa Lunaを発動したアイリスは友が作った道を駆け上がり、出来るだけ頭部に近い場所に両手の刀を突き刺した。
 滑り落ちながら、刀に体重を乗せて下に切り裂く。
 その傷に鋭雪の純白の刃を押し当てたミズカは、損傷した大きな鱗をメリメリと引き剥がした。
 痛みに耐えかねたのか、大蛇が大きく身を捩る。
 のたうちながら、川の中に戻ろうとしている様だ。
「そうはさせないよ、幻光雷鳴レッド☆ライトニング! …毒吐き大蛇もパラライズ☆」
 さんぽの声と共に、真紅の雷光が放たれる。
 大蛇の身体はその場に釘付けになった。
 だが、移動を封じられただけで、攻撃手段は残されている。
 頭上から次々に飛んで来る毒の塊、上から叩き付ける様に振り下ろされる巨大な首。
 その首を自分に引き付けた雫は、間一髪の所でそれを避ける。
 が、ただ避けただけではなかった。
 僅かに体をずらし、その開いた口に大剣フランベルジェの刀身を滑り込ませ、そのまま胴体に向かって一気に切り裂き開く。
 しかし大蛇はその痛みに対して声を上げる事も出来なかった。
「その意識…狩らせて貰いました」
 大蛇の頭が手の届く所に伸びて来たのを幸い、アイリスが渾身の力を込めて薙ぎ払いを叩きつけたのだ。
 それは丁度、雫の攻撃と重なり、大蛇はその場に死んだ様に横たわる。
「この蛇にはピット器官はあるのでしょうか」
 雫はその巨大な頭部を覗き込んでみたが、よくわからない。
 わからないから、適当に鼻先を斬り落としてみた。
 更にはアイリスがその顎をこじ開け、舌を切り取った挙げ句、喉の奥に発煙手榴弾を放り込む。
 毒の代わりに煙を吐きながら、意識を取り戻した大蛇は再び鎌首を上げようとする。
 しかし今度は雫が放った一撃により、大蛇の意識は再び闇の底へ。
「もう二度と、浮かび上がる事はありません」
 後の事を仲間に託し、雫はその頭部を目掛けて力が続く限りの連続攻撃を叩き込んだ。
 それに合わせて、玲花とアイリス、ミズカの三人が首筋の傷口を深く抉る。
 三人が武器を引き抜いて飛び退くのと入れ替わりに、さんぽが必殺の韋駄天斬りを繰り出し――
「僅かな点を穿ち一撃を通す、これがニンジャの速さだっ…疾風必殺くりてぃかる☆ひっと!」
 いずれも経験豊富な先輩達の活躍を、虎之助はただ口を開けて見守るしかなかった。


 一方、こちらは温泉街。
「まったく、温泉を襲うやなんて、つまらん真似しよる」
 タオルの調達に行った二人が戻ったのを見て、椿は空になったビール缶をぽいっと投げ捨て――
 え、ポイ捨て禁止?
 わかった、後でちゃんと片付けるから。
「さて、ツマミに暴れるばい♪」
 大きく伸びをすると、椿はまず女湯を囲む子鬼達の前に立った。
「ここは任しとき」
 烈光丸を閃かせ、躍りかかる。
「ええなぁ、どっちを向いても敵ばっか♪ 攻撃すりゃ当るってね!」
 両脚に雷のアウルを、身体に風のアウルを纏い、疾風迅雷の如く椿は舞う。
 突然現れた邪魔者に、包囲を解いた餓鬼共は怒りの声を上げながら飛び掛かって来た。
「そうそう、こっちやでぇ!」
 一匹でも多くの餓鬼を引き付けようと、椿は挑発しながら後ずさる。
 その挑発に釣られなかった分は、煉冶が引き受けた。
「要らんことせんでもええのに」
 苦笑混じりに言葉を投げた椿に、煉冶は「ほっとけ」とぶっきらぼうに答える。
 日本男児たるもの、女性を危ない目に遭わせる訳にはいかないのだ。
 例えそれが、自分よりもレベルの高い強そうなお姉さんであっても。

 敵の意識が二人に向けられた隙を伺って、美華と香織が入浴客にタオルや浴衣を手渡して行った。
「用意が出来た人から逃げて下さい、そこを上れば旅館はすぐそこです」
 美華が指差した先には、川原の土手に作られた石組みの階段がある。
 ところが、温泉客の中には怖ろしさに腰を抜かしたり、元々足腰の弱い老人も多かった。
「大丈夫、私が背負って行きます」
「では私も」
 だが、美華は腰を浮かしかけた香織を止めた。
「あなたには、ここをお願いします」
 手助けが必要な人数は多い。二人とも離れてしまったら、残った人々が敵に襲われる危険があった。
「私の方が体力ありそうですし…ね」
 微笑んで見せると、美華は老人をその背に負って階段を駆け上がる。
 その間に、男湯の方からは「こっちも早くなんとかしてくれ」と文句を言う声が聞こえたが、煉冶は敵を殴り飛ばしながらそれを一蹴。
「そう慌てんなよ、助けんのは女が先だ!」
 あくまでレディファーストを貫き、女湯は無事に避難を終えた。
「待たせたな、行くぜ!」
 今度は男湯、もう目を覆う必要も背を向ける必要もないと、煉冶が勢いよく飛び込んで行く。
「どーしたぁ? ガリガリのクソ野郎ども。もっと来てみろよ!」
 相手に僅かばかりの知能があるなら、それを利用しない手はなかった。
 挑発し、蹴散らし、熱い源泉に突き落とし――
 その間に、男性客は手持ちのタオルで最低限の部分を隠し、転がる様に逃げて行く。

「さて、強引に行ったあとは、ジックリとね…ふふ…色気の無い相手だこと」
 避難経路を守る為に残った椿は、不敵な笑みを浮かべながら敵を見据えた。
 餓鬼共は相手がたった一人である事を見ると、その脇をすり抜けて脱出路に入り込もうとする。
 しかし、椿がそれを許す筈もなかった。
「あかんなぁ、浮気はあかんでぇ」
 雷神の手が背後から掴みかかり、脳天を貫いて電撃が走る。
 麻痺して動けなくなった餓鬼を蹴り飛ばし、脱出路から遠ざけた。
 その道を、最後の一人が慌てて駆け抜ける。
「おう、こっちは無事に片付いたぜ」
「もちっと、ゆっくりしとってもええのに」
 合流した煉冶の声に、椿は再び減らず口を叩いた。
「さあ、競争や!」
 ここからは遠慮も手加減もナシの殲滅戦だ。
 舞う様に華麗に軽やかに、素早い動きで敵を切り刻むその様子は、実に楽しそうだ。
「死ぬも生きるも紙一重ってねぇ」
 敵の数が多いほど、怯むどころか不敵な笑みさえ湛え、押して押して押しまくる。
「競争か、望む所だ」
 三節棍を連結させて、煉冶は手近な敵を突き飛ばし、薙ぎ払った。
 スマッシュの威力を乗せれば、餓鬼など一撃で沈む。
 敵は素早く攻撃も当たりにくいが、三節棍の節を外して足に絡め、転ばせてしまえばこっちのものだ。
 それでも容易に数を減らさない餓鬼共の一角に、美華が斬り込んで行った。
「やれやれ。いっぱいいるわね…」
 大蛇の方も手伝いに行きたいし、こちらは出来るだけ素早く殲滅させたいのだが。
 心の中で溜息を吐きながら、フレイムクレイモアを豪快にぶん回す。
 ただし、温泉施設は壊さない様に…仕事の後のお楽しみを満喫する為にも、ね。


 強烈な一撃を食らい、大蛇の身体は急速に縮みながら水中に没して行った。
 玲花が再び潜ってみたが、今度は影も形もない。
 と、川を染めていた紫色の毒素が見る間に消えて行った。
「倒したって事で、良いのかな」
 さんぽが呟く。
 以前戦った風の大蛇も、死体を残さずに消えた。
 この大蛇も同じ様に消えたのだろう。

 岸辺の高台からその様子を見つめていた人影が、その場をそっと離れる。
「…む」
 戦いを終え、周囲を警戒していたアイリスがその気配に気付いたが――
「今は放っておきましょう」
 ミズカが首を振った。
 まずは毒の影響を受けた生き物を探し、救助する事が先決だ。
「そうですね、残念ですが…」
 雫が頷く。
 あの気配は恐らく、前回もディアボロと共に姿を現したというヴァニタスだろう。
 その能力を測り情報を得る為にも、個人的には一戦交えてみたい所だったが…露天風呂の方がどうなったのか、それもまだ確認が取れていない。
 自分にも仲間達にも余力はありそうだったが、無理は禁物。
 それに。どうやら、既に気配は消えた様だ。
 乗り捨てた車の回収を虎之助に任せ、五人は救助活動を行いつつ川辺を下って行った。



 毒水は温泉の500mほど上流で消えた。
 観光客にも被害はなく、毒の影響を受けた生き物も、応援に駆けつけた撃退士達の協力で治療が施され、元の場所に戻された。
 勿論、温泉の施設が被害を受ける事もなく――

「いやー、極楽極楽♪」
 露天風呂に酒と肴を持ち込んだ椿が、ご機嫌で鼻歌を口ずさむ。
 今日は一日、この温泉は撃退士の貸切だった。
「頑張ったご褒美ですね」
 美華も遠慮なく、ゆったりと温泉に浸かる。
 そして竹垣の向こうでは。
「お前さ、女湯行っても問題なかったんじゃねえ?」
 煉冶にからかわれたさんぽが、真っ赤になってわたわたしていた。
「はわわわ、ぼっ、ボク男湯、男湯」
 温泉を管理する旅館の人にはナチュラルに女湯に案内され、うっかり脱衣場に入ってしまっても誰も悲鳴を上げなかったけれど。
 しかし、それも無理はない。
 男湯に首まですっぽりと浸かったさんぽは――

 違和感、少しは自重しても良いのよ?


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:6人

『九魔侵攻』参加撃退士・
楊 玲花(ja0249)

大学部6年110組 女 鬼道忍軍
踏みしめ征くは修羅の道・
橋場 アイリス(ja1078)

大学部3年304組 女 阿修羅
ヨーヨー美少女(♂)・
犬乃 さんぽ(ja1272)

大学部4年5組 男 鬼道忍軍
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
銀狐の絆【瑞】・
ミズカ・カゲツ(jb5543)

大学部3年304組 女 阿修羅
釣りガール☆椿・
桃香 椿(jb6036)

大学部6年139組 女 アカシックレコーダー:タイプB
チチデカスクジラ・
満月 美華(jb6831)

卒業 女 ルインズブレイド
鬼払い・
東郷 煉冶(jb7619)

大学部4年236組 男 ルインズブレイド