「三度目のカマキリさんなの! 二度ある事は三度ある!」
「風禰さん、しぃーっ!」
白いカマキリ達を前に、緑色の布製モコモコ鎌を振り上げて喜びを表現するカマキリ怪人――香奈沢 風禰(
jb2286)。
今にも小躍りしながら飛び出して行きそうな彼女の肩を、私市 琥珀(
jb5268)は慌てて押さえる。
「隠れてなきゃダメだよ、暫く様子を見る作戦なんだからさ」
「わかってるなの、大丈夫なの」
カマ着ぐるみに身を包んだ風禰は、そこらの雑草と同化した様にぴたりと動きを止めた。
その傍らで、田中恵子(
jb3915)は牛乳を片手にアンパンを頬張っている。
「ふふ、調査の基本はアンパンと牛乳食べながらだよ、あけちくん」
目の前では天使とヴァニタスが睨み合い、一触即発…という程の険悪な空気ではない気もするけれど、いきなり飛び出すのは危険だろう。
敵同士である筈の彼等が一体何を話しているのか、その内容に興味もあるし。
「人形遊びに興ずる天使か。抜け殻に執心とは、御苦労なことじゃ」
カマキリを率いる天使の姿を見て、リザベート・ザヴィアー(
jb5765)が呟く。
「戦闘もお互いに潰しあってからの方が、ボク個人としては嬉しいですね」
怪我を押して参加した峰山 要太郎(
jb7130)にとっては、戦いは出来るだけ避けたい所だった。
「正直、そうなってくれれば楽ではあるんだろうけど…」
首を振った虚神 イスラ(
jb4729)の言葉を、神谷 愛莉(
jb5345)が引き取る。
「多分このままつぶし合う可能性は低いと思うの」
恐らく途中で気付かれるだろう。
「そしたら、どっちもこっちの排除優先するよう命じるんじゃないかな?」
裏を取れれば良いが、戦闘になったら蟷螂も犬も放っておく訳にはいかない。
その場合は退治が優先になる。
情報収集をするなら、話し合う余地があるうちに積極的に動く事も必要だろう。
「見てるだけじゃ得られるものも少ないだろうしね」
イスラが頷く。
それに余りのんびりしていると、肝心の親玉が手下を残して撤退してしまう可能性もあった。
「その前に出るよ」
「はい、ボクもサポート位なら何とか」
要太郎が覚悟を決めた様子で頷く。
と、その直後。
天使と悪魔の交渉は決裂した様だ。
主人の前に壁を作り、鎌を振り上げて威嚇する白いカマキリと、そこに飛び掛かるピンクの犬達。
振り下ろされる鎌を軽やかに避け、犬達は所構わず白カマキリの身体に喰らい付く。
天使側が劣勢なのは、誰の目にも明らかだった。
後方で様子を見ていた天使はじりじりと後退を始め――
「そろそろだね…行こう!」
琥珀の合図と共に、風禰と要太郎を除く全員が飛び出した。
その一方で、リザベートは闇の翼で雑木林を突っ切って天使の目の前に降り立つ。
天使にとっては、挟み撃ちにされた格好だ。
「これ、そこな天界の者。妾の仲間が、汝にちと話があるそうじゃ。暫しこの場に留まってはくれぬかのう?」
その問いかけに、天使は探る様な目をリザベートに向ける。
と、彼等の存在に気付いたリコが頓狂な声を上げた。
「あっ、撃退士のみんな! やふ〜!」
配下に攻撃の中止を命じ、嬉しそうに手を振りながら駆け寄って来る。
「や♪ また会ったね、リコちゃん、だっけ。また『お仕事』かい?」
イスラの言葉に、リコは飛び跳ねんばかりに喜んだ。
「うん、そうだよ! 嬉しいな、リコのこと覚えててくれたんだ〜♪」
「おや、随分と可愛らしい形の女子じゃの」
その様子を見て、リザベートは天使からリコへと視線を移す。
途端、目を輝かせたリコはその身体をひょいと抱き上げた。
「うわぁ、この子可愛いっ! リコ、これ欲しいなぁ〜。貰っても良い?」
「良い訳がなかろう! これ、離さぬか! 妾は人形ではない! 離せと言うにっ!」
じたばたと暴れ、やっとの思いで羽交い締めから抜け出したリザベートは、今度は用心して距離を置きながら尋ねた。
「力量はかなりのものと見るが、何故このような外れの島へ回されたのか?」
「回されたんじゃないよ、リコ自分で決めたんだもん」
「どうして?」
琥珀が訊ねる。
「君は一体何故こんな所に?」
「ふー様のため!」
言い切ったリコに、リザベートは首を傾げた。
「誰じゃ?」
「リコのダーリンだよっ☆」
ただし完璧に片思いだが、リコにその自覚はあるのだろうか。
(…あのヴァニタス、苦手…)
その会話を少し離れて聞いていた愛莉は、ふと天使の表情を伺ってみた。
そこにも同じ苦手意識が読み取れる気がして、この人なら話が通じるだろうかと声をかけてみた。
「天使の御姉さん、お名前なんていうの?」
だが、天使は冷たい目で愛莉を見返したきり、何も答える気配はない。
その態度を「マナー違反に対する抗議」と受け取った愛莉は、慌てて言い直してみた。
「あ、人の名前聞く時は自分の名前もいうんだったよね。お兄ちゃんにも言われたもん。えりはねー、かみやえりっていうの。お姉さんは?」
「そないな事、訊いてどないしはるん?」
視線と同じ、冷たい声。
しかし彼等は諦めなかった。
「やっと口をきいてくれたね、天使のお嬢さん」
イスラが微笑みかける。
「美しいものの記憶は、魂に刻み留めておきたいものなのさ。だから、改めて…お名前をお伺いしても? レディ」
「流石、天使は歯の浮く様な事を堂々と言わはりますな」
自分も天使である少女は小さく肩を竦め、言った。
「うちの名は、ジャスミンドール。これで満足しはりました?」
「うん、教えてくれてありがとう。僕は私市琥珀――」
「リコはリコ・ロゼだよ!」
琥珀が礼と共に改めて自己紹介をした所にリコが割って入る。
「よろしくね、コハくん♪ で、天使のおねーさんはミンたん、と☆」
「ああ、君はリコって言うのか…って、え?」
コハくん? 今、コハくんって呼ばれた? ミンたんって、ジャスミンドールの事?
い、いや。それより今は情報収集だ。
まずは…
「何でカマキリ型のサーバントなんて作ったの?」
え、最初にそれを訊く?
って言うか訊く必要あるんですか、それ。
「僕らにとっては大事な事なんだよ!」
特に、後ろで雑草に擬態している(つもりの)カマふぃにとっては、多分。
「なんでやろねぇ。何となく気に入ったから、やろか」
琥珀の背後でカマふぃが「同士よ!」のポーズを取っているが、気にしてはいけない。
めでたく会話が成立したところで、次に行こうか。
「君は何故この島に手を出してくるんだ? こんな小さな島に何かがあるとも思えないけど…」
「何か探してるんだよね!」
口を出したのは、またしてもリコだ。
しかし、天使は明らかにリコの存在を快く思っていない。
リコが口出しを続ける限り、天使は恐らく一言も喋らないだろう。
どうにかしてリコの気を惹かなければ。
それに…本当に、話をしたいとも思っていたし。
「リコちゃん、また会ったね。けーこおねーさんだよー」
ひらひら、恵子は手を振ってみる。
「あ、けーちゃん!」
手を振り返すリコに、警戒する様子は微塵もない。
本来なら仲が悪い筈の天使にも構わず話かけるし…もしかしたら、この子は誰かに構って貰いたいのだろうか?
「ね、リコちゃん、おねーさんとお話しない? って言うかさ、私とお友達になろうよ」
「うん、けーちゃんはリコのお友達!」
リコは何の躊躇いもなく頷いた。
これはまた、あっさりと承諾したものだ。
「私はね、色んな人とお話して、喧嘩して、笑い合いたいんだ」
リコの様なヴァニタスでも、あの天使でも、皆と笑い合って…そんな世界なら、きっととても楽しいだろう。
「あ、ついでにコイバナなんかもしたいかも!」
「コイバナ、いいよね! リコ、ふー様オカズにゴハン10杯は軽いな!」
向こうは何だか意気投合して盛り上がっている。
今のうちにと、イスラは改めて天使に声をかけた。
「ねえ、宇宙センターに用事があるって事は…君達の欲するものの手がかりは、ソラにあるのかな? 若しくは、研究データか」
「さあ、どないやろね?」
小さく笑みを漏らしながら答える天使。
その表情を見て、イスラは「これは無いな」と感じた。
もし図星なら何かしらの動揺や、これまでとは違った反応が見られる筈だが、そんな気配は全く感じられない。
「そろそろええやろか? うちもこう見えて、それほど暇やないんよ」
「手ぶらで帰るの?」
続く問いに、僅かに表情が動いた。
これは図星だ。
「ふっふ〜ん! 探しものなら迷探偵けーこさんの出番だね。よっしゃー、まかせとけー」
リコとダベっていた恵子が、ここぞとばかりに顔を出す。
「何を探してるのか、教えてくれたら一緒に探してあげるよ?」
「おおきに。せやけど、余計なお節介はのーさんきゅーやわ」
天使は実に晴れやかな笑顔を返した。
「ほな、うちはこれで」
彫像の様にじっと動かなかった白いカマキリ達が再び動き出す。
彼等を残して立ち去ろうとするその後ろ姿に、リザベートが言葉を投げた。
「そなたの白き人形はこなたの黒き人形と随分深い縁があったようじゃが、そのままこの島に留まって良いものかのう」
黒くないよ、ピンクだよ――そう反論しようとしたリコの口を恵子が押さえる。
「たとえ燠火であろうとも、血の呼び起こす情とは強いもの。本人も知らぬままに流されて自ら壊れぬという保証はないぞ」
「ご忠告、おおきに」
足を止めた天使はふわりと微笑み、頭を下げた。
「せやけどうちはもう、とうに壊れとるんよ」
どういう意味だろう。
しかし、考えている暇はなかった。
白カマキリが大挙して押し寄せて来る。
愛莉は阻霊符を発動させると、ティアマットのていちゃんを呼び出した。
「ちょっときついけど、出来るだけわんこ優先で攻撃するの」
ティアマットならディアボロ相手に高い威力を発揮出来る。
それに、戦う事で攻撃方法のデータを取れれば今後の戦いが楽になるだろう。
ところが――
「リコもお手伝いするよっ」
何と、ピンクの犬が白カマキリに攻撃を始めた。
「えっ?」
愛莉は思わずリコの顔を見た。
「リコ達、トモダチだもんね!」
いやいや、愛莉自身は彼女と友達になった覚えはない。
今度は助けを求める様に仲間達を見る。
「良いんじゃないかな、とりあえずは」
琥珀が頷いた。
一度に戦う相手は少ない方が良い。
勿論、手放しで信頼するのは危険だし、警戒も怠らないけれど。
ピンクの犬がカマキリの退路を断つ様に回り込んだのを見て、琥珀は切り札を使った。
「君のカマキリと、僕の相方のカマキリのどっちが強いか勝負だ!」
先生、出番です!
「カマキリさん! カマふぃなの! ぐっじょぶ! 再び!」
呼ばれて飛び出したカマふぃは、白カマキリ達のど真ん中に突っ込んで呪縛陣を展開。
移動不能となった彼等は、偽カマキリに怒りの目を向けた。
「仲間じゃないって、もうバレたなの!」
こうなったら、なりふり構わず!
「へいへいへい! カマキリさん、カマキリの鎌をぷりーずなの!」
八卦石縛風で石化させ、手も足も鎌も出ない所に光と陰を織り交ぜた刃が突き刺さる。
「こっちにも頼むよ」
自ら囮となって白カマキリを集めたイスラが、カマふぃに声をかけた。
「わかったなの、下がってなの!」
呪縛陣は味方も巻き込む大技だ。
しかしイスラは「構わないよ」と笑顔で言い放った。
「防御は強化してあるからね
ならばと遠慮なく結界が張られる寸前、イスラは光の翼で上空に逃れる。
そこから急降下したイスラはその勢いを乗せて、弱った敵の胴体を忍刀・血霞で両断。
これで一体、確実に仕留めた。
「魂の輝きを亡くした人の抜け殻を愛でるは所詮独り遊びよ。妾が欲するはそのような虚しき物ではない」
後方からは、リザベートがアモルの書で胴体を集中攻撃。
ハート型の矢尻を持った矢を次々に放ち、トドメを刺していく。
恵子はストレイシオンのすーさんを呼び出し、防御効果で仲間を守りつつ、ハイブラストで全力攻撃。
二発しか使えないのが玉に瑕だが、すーさんの持ち味は攻撃だけではないのだ。
「がんばれすーさん! きみこそしゅごしんだ!」
防御効果で味方の後衛を守りつつ、恵子は自身も雷の剣を撃ち放つ。
その戦いを横目に見ながら、要太郎は静かにその場を離れた。
「何やら妙なことになりましたが…」
あの調子なら、仲間達は大丈夫だろう。
それよりも自分は初志貫徹、当初の目的通りに地道な調査で頑張るのだ。
要太郎は、天使の後をこっそりと尾行する。
「何かを探している、ということですが…何を探しているのでしょう」
しかし尾行がバレたのか、それとも最初から調査は切り上げるつもりだったのか、天使はあっという間にその視界から消え去ってしまった。
仕方なく、要太郎は来た道を引き返してみる。
ヴァニタスと遭遇する前の行動を思い出し、そのトレースを試みた。
「んー。目の高さはこんな感じ。方向は…こっちの方でしょうか」
いや、バラバラだった。
海岸や近くの岩場、林の中。
一定時間ごとに立ち止まり、目を閉じて――こんな風に、ただ立っていた。
「足元を見ている様子も、遠くを見ている様子もなかったし…」
まるで、身体全体で何かを感じ取ろうとしているかの様な――
一方、残った仲間達は白カマキリを早々に片付けていた。
しかし、琥珀はまだ洋弓アンドレアルファスを収めない。
「さて、今度は君の番かな」
リコに狙いを付けて、弦を引き絞りながら言った。
「このまま人に危害を加えずに立ち去るなら…って風禰さん何してるの!?」
もふもふ、もふもふ。
例によって倒したカマキリの鎌を調べ終わった風禰は、ピンクのわんこと戯れていた。
「記念写真撮るなの! 私市さん、シャッターお願いするなの!」
「え? あ、うん…」
何だか妙な勢いに押し切られた琥珀は、白カマキリの残骸の前に並ぶ風禰とリコにカメラを向ける。
「はい、ちーずなの!」
わんこを抱いたカマふぃは満面の笑みでピースサイン。
これで良いのだろうか。
「良いんだよ」
リコが笑う。
「今はリコも仲間だもん。でも、ふー様の邪魔するなら、また敵同士だから覚悟してね!」
その時の為に手の内を見せる事を嫌い、今は敢えて戦いを控えたのではないか…そう勘ぐってみたくもなるけれど。
「わかった。その時は僕らのカマキリパワーでその柴犬を倒してみせる!」
そう言い放った琥珀の足元で、ピンクのわんこが盛んに尻尾を振りまくっていた。
後日、久遠ヶ原学園。
「そうか、ご苦労だった」
報告を聞いた誉は、無事に帰還した生徒達に労いの言葉をかけた。
「あの、先生はその天使の名前知ってましたか?」
訊ねた愛莉に、誉は首を振る。
「だが、重要な手がかりである事は確かだ」
天使が何かを探している事も、ほぼ確実。
これで一歩、求めるものに近付いた。
次の一歩は、またいずれ――