「そろそろクリスマスシーズン到来ですね〜」
八尾師 命(
jb1410)は、夜の町を彩る光の洪水に目を細めた。
キラキラ光る大きなツリーや、窓辺を彩るカラフルなライト、ドアに飾られたリース……そのどれもが、赤と緑を基調にしたクリスマスカラーに染まっている。
しかし、その周囲には場違いなオレンジ色の物体が漂っていた。
「軽く見られる事態でもないんだけど、あのカボチャがクリスマスのと一緒になると妙な感じが……」
こめかみを軽く抑えつつユリア(
jb2624)が呟く。
だが、その珍妙な光景に見とれている暇はなかった。誰か逃げ遅れた人はいないだろうかと、ユリアは咄嗟に周囲を見回す。だが、往来の絶えた路上に見えるのはカボチャの姿ばかり。
何処かに要救助者がいるとしても、すぐに見付かる様な場所ではないらしい……自分達にも、カボチャにも。
「ここに来るまでの間にも気を付けて見ていましたが、誰かが襲われている様子もありませんでしたね」
鷹司 律(
jb0791)が言った。とりあえず身を隠しているなら、救助はそう慌てなくても大丈夫そうだ。
ならば、彼等が発見される前に囮作戦で敵をこちらに引き付けてしまおう。
【季節に合わないカボチャはしょうどくだー!!】
更科 雪(
ja0636)が掲げたプラカードには、大きな字でそう書かれている。
「みんな大好きなサンタさんを呼ぶ前に、まずは季節外れのハロウィンを片付けないといけませんね〜」
命が頷き、部屋から持って来たプレイヤーにハロウィンっぽい音楽の入ったCDをセット。
大音量で流されるちょっと不気味で楽しい音楽に合わせ、スカートをモコモコに膨らませた真守路 苺(
jb2625)が進み出た。
(きらきらきれいなクリスマスの飾りをこわしちゃうなんて、ましゅろすっごい怒ってるんだからね!)
内心ではぷんすか怒りながら、表情は明るく楽しく。
道の真ん中まで来ると、ましゅろは膨らんだスカートをぺろんと持ち上げて見せた。
「スカートくるりんで、お菓子がじゃーん!」
そこに隠された、大量のお菓子。
「クリスマスなお菓子いっぱいだよー! ジャックたち、おーいでーー!」
叫んで逃げた。お菓子をぼとぼと落としながら、ましゅろは走る。
護衛役の秋代京(
jb2289)が、その後ろから落ちたお菓子を律儀に拾いつつ追いかけた。
逃げ遅れた人を早く助けないければと気は急くが、今は急がば回れだ。
町外れまで来ると、ましゅろはスカートを振って中のお菓子を路上に落とす。
チョコやキャンディ、マシュマロにクッキー。カラフルで可愛らしいお菓子の、ちょっとした山が出来上がった。
『トリート!』
嬉しそうな声を上げて、集まって来るジャック達。
山の中に頭を突っ込むと、大きく裂けた口でガバッっと……袋も包み紙も丸ごと呑み込んでしまった。
「ああっ!」
ましゅろの悲痛な声が響く。
「ましゅろががんばって選んで持ってきたお菓子なのに! 頭おかしいよ!」
頭はカラッポだから、それも仕方が無いのかもしれないけれど。
しかし、ましゅろは怒り心頭。お菓子を貰って大人しくなったものも、これから食べようとしているものも、ライトクロスボウで手当たり次第に狙い撃ちにする。
ちょっと値段は高かったけど、なるべく可愛くて美味しそうなものを一生懸命に選んだのに。
その思いを無にする行為、許すまじ。
別方向からはリンリンと鈴の音を響かせたトナカイ……いや、ヒリュウがお菓子の籠を提げて飛んで来た。
『トリック?』
『トリート?』
それに釣られて飛んで来たジャック達が、ヒリュウの周囲をぐるぐると回り始める。
「楽しそうなオバケさんたち」
それを見て、オフィリア・ヴァレリー(
jb1205)は微かに笑みを漏らした。
ヒリュウに持たせた籠の中から可愛いジンジャーマンクッキーを取り出し、ジャック達の目の前でちらつかせる。
『トリート!』
お菓子が貰えると喜んだジャック達はヒリュウの傍を離れ、清楚な人形の如き少女の周囲に群がり始めた。
だが……!
「トリック・オア・トリートと仰るなら、わたくし流の悪戯とおもてなしをお受け取りになって」
目の前で引っ込められたクッキーの代わりに、差し出されたのはバトルアンブレラ。
その先端から鋭い針が飛び出して、オレンジ色の果皮に突き刺さる。
『トリック! トリック!』
お菓子を期待させておいて攻撃して来るとは何たる非道とばかりに、怒りに赤く染まったジャック達はオフィリアの周囲で高速回転を始めた。
しかし、オフィリアは慌てず騒がず、優雅な動作でバトルアンブレラを開く。
そこにヒリュウが吐いたブレスの一撃が襲いかかると、半ば潰れたカボチャがひとつ、傘に弾かれ弾んで落ちた。
残念なのはブレスの攻撃対象が一体きりである所だが、そこに自らの攻撃も織り交ぜればある程度の纏まった数は落とせる。
ブレスが切れれば片手に傘ともう一方には革鞭を持ち、ダイヤモンドダストの様なキラキラと煌く光を散らしながら、オフィリアはジャック達を叩き落として行った。
【何だか南瓜の煮物食べたくなってきた……】
そんなプラカードを掲げながら、お菓子作戦に加わった雪は自分の手持ちや仲間から提供を受けたお菓子を山の中に追加してみる。
ついでにプラカードをクリスマス風の赤と緑に塗り分けて、目立つように持ってみた。
【メリークリスマス!】
なんて言葉も書き足して、挑発してみる。
すると……クリスマスが気に入らないハロウィンのカボチャ達が、恐ろしい顔を更に怒りで歪めつつ、プラカードに群がって来た。
体当たりで破壊されそうになる寸前、雪はプラカードを山の近くに放り投げる。
お菓子に誘われて嬉しそうなカボチャと、クリスマスに挑発されて怒ったカボチャが入り乱れ、ちょっとした混乱が起きた。
【オープンファイア!!】
雪は自分の身長の倍ほどもある大きな弓を引き、そこにストライクショットの威力を乗せると、混乱するカボチャ達の中心を目掛けて矢を放つ。
その重すぎる一撃に、一体のカボチャが跡形もなく吹き飛んだ。
【お腹空いてきたからちょっと頑張るよー!】
スキルを使うまでもないらしいと判断した雪は、次々と矢を放つ。
攻撃されてますます怒ったカボチャ達は、一般人を襲う事など忘れてしまった様に見えた。
仲間達がそれぞれの方法でカボチャを退治する中、ユリアはその援護に回る。
まずは三日月型の刃でカボチャの乱切りを作り、ある程度の数を減らした後はアサルトライフルで狙い撃ち。
怒りにまかせて高速回転を始めたカボチャ達に対しては、その回転方向を見極めて外側に弾き出す様に撃つ。
ひとつ、ふたつ、次々と弾き出されて数を減らすに連れて、その回転速度も下がって来る。せっかくのコンビネーション攻撃を邪魔されたカボチャ達は、今度はユリアに狙いを定めて来た。
『トリック!』
その声に新たなカボチャが合流し、周囲を回り始める。ここまで接近されてはライフルは使いにくい。ユリアは機械剣に持ち替えて応戦の構えを示した。
だが、そこに聞こえて来た鼻歌のクリスマスソング。
歌っているのは命だった。ちょっとクリスマスっぽい真っ赤なマフラーを振りながら、お馴染みのメロディを口ずさむ。
「複数でタッグを組まれると厄介ですからね〜」
カボチャ達は迷った。あの忌々しい歌を封じるべきか、それとも危険な相手を先に潰すべきか。
しかし、その迷いが命取り。カボチャ達はユリアの剣の前に、またしても乱切り状態に……。
「かぼちゃ……食べれるのかな? これ……」
乱切りにされるカボチャ達を見て、天羽 伊都(
jb2199)がぽつりと呟いた。
しかし、カボチャのランタンは中身を殆どくり抜かれている。きっと煮込んでも皮ばかりで美味しくないだろう。
「そう言えば、元々食用でもないんだっけ……」
せめて美味しく食べる事が出来れば、こうして化けて出る事もなかったのに。
と、そこに何やら食欲をそそる匂いが漂って来た。
見れば、律がポテトチップスの袋を開けてガサガサと振っている。
すると、そこにもジャック達が寄って来た。
どうやら彼等には、クリスマスに対する恨みの念が強いものと、お菓子に対する執着が強いものがいるらしい。
『トリート?』
しかし、お菓子大好きな彼等に与えられたのは、無情にも火炎放射器の燃えさかる炎だった。
ヒャッハーという掛け声と共に使用すると汚物を消毒できるらしいが、律は黙々と周囲に向かって炎を放ち続ける。
とは言え、その炎で焼きカボチャを作る事は出来ない。アウルの炎で焼かれたカボチャはただ、地に落ちて割れ砕けるのみ。
その残骸を踏み越え、律は走った。
阻霊符を発動させ、周囲を漂うカボチャを焼き払いつつ、助けを求める人々を探す。
「皆さん、どこに隠れているのでしょうね?」
その問いに答えたのは京だった。
「こっちです!」
感知のスキルで神経を研ぎ澄まし、気配を探った京は公園に向かって走る。律と伊都がその後を追った。
救出に来たと呼びかける声に、どこかで応える声がする。
声を頼りに探すと、土管を組み合わせた迷路の様な遊具の中で数人の男女が身を寄せ合っていた。
「大丈夫ですか?」
律が声をかけ、手を伸ばす。
「……ああ、何とかな……」
中から疲れた声が聞こえた。子供用に作られた遊具の中に無理やり入り込んだは良いが、自力では出られなくなってしまった様だ。
「わかりました、今助けます」
救助班の三人は狭い土管の中に潜り込み、詰まった人達を引っ張り出す。
「……いやぁ、助かった……」
詰まっていたのは男性が三人、女性が二人。災害時の避難所に指定されているこの公園に逃げ込んだは良いが、逃げ込んでから、その「災害」の中に天魔は含まれない事に気が付いたらしい。
だが、逃げる途中で転んだり、狭い中に押し込められて体中が痛いといった事の他には、特に怪我もない様だった。
「救出に来た撃退士です、僕についてきてください!」
京の元気な声に、五人はほっとした様な溜息と笑みを漏らす。
「安全な場所まで護衛します」
だが、律がそう言って歩き出した時。
「ジャックだ!」
伊都が小声で叫んだ。周囲の木の陰で、ベンチの後ろで、噴水の回りで……オレンジ色の光が揺れている。
どうやら、クリスマスにもお菓子にも反応せず、ただひたすら獲物を探し求める勢力がいた様だ。
「皆、下がって!」
五人の一般人に声をかけると、双剣を手にした伊都が前に出る。その隣に京が立ち、律は五人を背に庇う様にして火炎放射器を構えた。
獲物の存在に気付いたジャック達がふわふわと近付いて来る。
まずは京がライトクロスボウで遠距離から攻撃を仕掛けた。それを突破したものは、伊都が剣で切り刻んでいく。背後からの襲撃には、律の火炎放射器が火を噴いた。
それでも捌ききれない敵は、氷の夜想曲で眠らせる。落ちて転がった所を、得物を剣に持ち替えた京が真っ二つにしていった。
「これで最後ですね」
残ったカボチャ頭をカチ割って、京はほっと一息。
「今のうちに、安全な所に急ごう!」
伊都が言い、三人で五人を取り囲む様に守りながら公園を出る。
お菓子とクリスマス作戦が功を奏したのか、町の中にカボチャの姿は見当たらなかった。
少なくとも、すぐに目に付く様な場所には。
「僕はここで失礼します、まだ誰かが救助を必要としてる可能性があるので」
五人を無事に避難所まで送り届けると、京がにっこり笑って頭を下げる。
「ありがとう、あんたらも気を付けてな」
労いの言葉を背に、三人は再び要救助者を探しに行った。
その頃、攻撃班はまだ戦っていた。
倒しても倒しても、うじゃうじゃと湧いて来るカボチャ達にはいいかげんウンザリしていたが……それも作戦が効いている証拠だと思って、ひたすら潰していく。
だが、やがて任務を終えた救助班が合流した頃には、それもあらかた片付いていた。
「もう終わっちゃったの?」
少し残念そうに言った伊都に、雪が【エネミーダウン!!】のプラカードを掲げて見せる。
しかし、安心するのはまだ早い。
「時期外れな上に危険なカボチャなんて一つ残らず潰しちゃわないとね」
ユリアが言う様に、一個たりとも残しておく訳にはいかないのだ。
という事で、再び町に戻って捜索開始。
すると、一軒の店の中から助けを呼ぶ声が聞こえた。
そこは小さな菓子店だった。クリスマスディスプレイが施されたガラスの向こう、本来ならお菓子があるべき所に……カボチャが並んでいる。
どさくさに紛れて侵入した彼等を、店の主人はお菓子を与える事で大人しくさせていた様だが、そのお菓子も既にない。
お菓子がなくなったら、どうなるか……
【今、助けるよ!】
店の中に見える様に、雪がプラカードを掲げる。
しかし、気乗りしない様子の約一名。
「えー、だって急いで助けにいくなら、あの素敵なクリスマスディスプレイの窓壊したりしなきゃダメでしょ? もったいないよー」
いや、そこまで急がなくて良いから。普通にドア開けて飛び込んでも間に合うから。
「ほんと? だったら、ましゅろも戦おうかなー」
仲間達が飛び込み、残ったお菓子やクリスマスソングで外へ誘導する。
オフィリアは窓辺に飾ってあったリースを拝借し、それをヒリュウの頭に被せてみた。気付いたジャックが店の外に飛び出して来る。
ましゅろがチョコやキャンディを括り付けた矢を撃ちまくる中、伊都がスマッシュを乗せた攻撃を叩き込む。
纏まって出て来たものは律が火炎放射器で焼き払い、ツリーに喧嘩を売ろうとしているものはユリアがライフルで撃ち砕く……勿論、その背後にあるガラスは割らない様に角度を調整して。
撃ち漏らしは命がさくっと片付け、京がざくっと割って……
【状況終了〜♪】
はい、おしまい。
「怪我をされた方はいませんか〜?」
避難していた人々の姿が町に戻り始めた中、命はそう声をかけながら通りを歩いていた。
擦り傷、切り傷、打撲……小さな傷にも丁寧に応急処置を施して行く。
そしてましゅろは、クリスマスムード復活の繁華街を堪能していた。
「ましゅろ、クリスマスは初めてなんだ! 白くてきらきらでふわふわいっぱいで、きれいだねー」
上を向いてぽわぽわ歩いていると、靴の底に何かが潰れる感触が。
それは、オレンジ色をしたカボチャの残骸だった。
「靴が汚れちゃうー。早くだれか捨てちゃってよー」
だが、中には真っ二つに割れただけの綺麗な残骸もある。
伊都はそれを拾い、被ってみた。そして、きょろきょろと獲物を探す。
道路脇のベンチでコーラを飲んでいる京の姿が目に入った。
「疲れました〜」
囮作戦で余ったお菓子を頂戴しつつ、ほっと一息ついているその背後から忍び寄り……
「トリック オア トリート!」
クリスマスは、もうすぐだ。