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マスター:STANZA
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
参加人数:25人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2013/11/02


みんなの思い出



オープニング


 季節は秋。
 空は青々と高く、吹く風は肌に心地よい。
 暑くもなく寒くもなく、身体を動かすには丁度良い季節だ。

 こんな季節は、ふらりと何処かに出掛けてみたくなる。
 折しも、東北地方は見事な紅葉に彩られていた。
 赤とんぼが舞う川原で、賑やかにバーベキューを楽しむのも良い。
 でも、折角だから手作りのお弁当を持って、のんびり紅葉狩りはどうだろう。



 東北地方のとある山中に、周囲を赤や黄色に染まった木々に囲まれた小さな湖があった。
 その水は底が見える程に澄み渡り、青く輝く湖面には紅葉が映り込んでいる。
 しかし、その湖は季節や時間帯によって、刻々と表情を変えるのだ。
 海底の様な深い藍色から、空を映した様な青、鮮やかなコバルトブルーに、時にはエメラルドグリーンに輝く事もある。
 そして夕刻にはオレンジ色に染まり、やがては闇の中に沈む。
 そこには星や月の姿が映り、まるで足元に宇宙がある様に感じられるという。
 また、運が良ければ日没前の一瞬、黄金色に輝く姿が見られる事もあるらしい。
 それを目にする事が出来た者には幸せが訪れると、地元にはそんな言い伝えもあるそうだ。

 そこは、知る人ぞ知る紅葉の穴場。
 つい最近までは険しい獣道を掻き分けて進む以外に辿り着くすべがなかった、秘境中の秘境だった。
 そこに麓から通じる遊歩道が整備されたのは、つい半年ほど前のこと。
 ところが、秋の観光シーズンを前にして、そこに天魔が現れた。
 幸いそれは、依頼を受けて駆けつけた撃退士達が無事に退治したのだが――


「いや、あんたらの仕事ぶりを疑うつもりはないんだ」
 地元の観光組合、その組合長が再び仕事を頼んで来たのは、退治から一週間ほど経った日の事だった。
「でも、お客さんにもしもの事があったら大変だろ?」
 だから、遊歩道を一般客に開放する前に、安全を確かめて欲しい――それが今回の依頼だった。
「何もなければないで、普通にピクニックでも楽しんでくれれば良いよ。こっちとしては、何て言うか……安全のお墨付きみたいなものが欲しいってだけだからさ」


 秋の佳き日に、ちょっと出掛けてみませんか?



リプレイ本文

「うわぁ、紅葉きれいだねー!」
 麓の駐車場から鮮やかに染め上げられた山の斜面を見上げ、エリン・フォーゲル(jb3038)は思わず声を上げた。
「異変あるとこ無さそうな感じかな…あ、あそこの枝折れてる!」
 遊歩道の看板が出ている所の、すぐ脇に生えた大きな松の木。
 一本の枝が折れて垂れ下がっていた。
「樹医さんの本によるとー…えーと…、ねえ、ルーディも手伝ってよー!」
 呼ばれて、ルーディ・クルーガー(ja7536)は下から手を差し伸べる。
「そうそう、そのまま支えててねー」
 エリンは正しい処置の方法を探そうと本のページを繰った。
 適当、よくない。
「んー、これは専門家にお願いした方が良いかな?」
 天魔の危険は殆どないと聞いたが、エリンの予想通り、周囲の木々は戦いの時に多少なりとも被害を受けていた。
 その殆どは軽微なもので、景観に影響を与えるものではないけれど――
「木って自分から辛いとか、もうダメも言えないじゃん。だからこっちできちんと対処しなきゃね!」
 とりあえず応急処置をして、二人は遊歩道へ。
 ルーディに地上を任せ、エリンは上空から枝の様子を見て回る。
「上の方は大丈夫そうかなー」
 と、下からルーディの声が。
「ここも折れてるぞ、どうすれば良い?」
「ちょっと待って、今行く…って、紅葉凄すぎて下降りられないどうしようむむむ…」
「透過すれば良いだろう、天使なんだから」
「そっか! ルーディ頭良い!」


「よぉ、お疲れさん」
 そんな二人の後ろから、ディザイア・シーカー(jb5989)が声をかけていく。
 暫く歩いて湖畔に出ると、開けた視界に湖の透明な蒼が飛び込んで来た。
「うむ、流石元秘境…見事なもんだ」
 しかし、まだ足は止めない。
 休むのは周囲の安全を確認してからだ。
「大丈夫だと思うが…ま、性分だな」
 やれやれと肩を竦め、ディザイアは再び歩き出す。
 それに――
「俺、飯持って来てねぇんだよな…」
 荷物の中身は男らしく(?)釣り道具一式と調味料、まな板とナイフのみ!
 そう、ワイルドな男を自認するなら食事は現地調達に限る。
 という事で。
「見回りがてら、釣り場でも探すかね」


 勿論、他の仲間達もそれぞれに周囲の安全を確認している。
 その結果、やはり危険はないという事で――

 さて、存分に楽しもうか。


「ここ最近忙しかったからな」
 月影 透夜(ja0588)は、色とりどりに映える景色を楽しみながら湖畔を散策していた。
 やがて湖面に映る紅葉が美しい最高の場所を見つけると、そこで昼食のサンドイッチを頬張る。
「青森での戦いのときは、東北でこんなきれいな景色の中でのんびりできるなんて思わなかったな」
 それも、とりあえずは一段落。
 完全に平和が戻った訳ではないだろうが、今だけは忘れて、この景色を楽しみたい。
「あいつらも来られたらよかったんだが、写真となんかお土産でも買っていくか」
 まずはこの景色を写真に収め――
 さて、次は何を撮ろうか。


「やっと、落ち着いて来たよなぁ」
 湖畔を歩きながら、アレクシア(jb1635)はさも気持ち良さそうに大きく伸びをする。
「大きい戦いやら試験やらも終わったし、偶にはのんびりするのも良いわよね?」
 隣に並んだブリギッタ・アルブランシェ(jb1393)も、紅葉の木々を扇ぎながら深呼吸。
「そうそう。少しくらいゆっくりしたって、バチは当たらないよな」
 どこを見ても不審な存在は影さえ見当たらないし。
「時間もいいでしょうし、戻ってお昼にでもする?」
「え、わざわざ戻らなくてもここで良いだろ?」
 二人が立っているのは、湖面に向かってせり出した大きな岩の上。
 シートを広げて座ってみると、湖の上に浮かんでいる様な、ちょっと不思議な感じがした。
「…一応、作ってみたのよ」
 ブリギッタが籠の蓋を開けると、そこには「質より量!」な感じのサンドイッチがぎっしりと詰まっていた。
「何よ、何か変?」
「いや…ただ、その…」
「見た目? …うっさいわね、こんなの今まで全然しなかったのよ。そういうレアは…」
「オレもちゃんと、作って来たぜ」
 アレクシアが取り出した二段重ねの弁当箱には、手作りのおかずが彩りも綺麗に詰められていた。
「…美味しそうね」
 ぐぬぬとなったブリギッタに、アレクシアはおかずをひとつ差し出してみる。
「食べてみるか? えーっと…はい、あーん?」
「…ぁ、あーん…」
 美味しい。
 どうやら家事が得意だった母親の影響らしいが。
「得意なら今度、その、教えて頂戴?」
「わかった、教えるよ」
 可愛いなぁと、アレクシアはブリギッタの頭をなでなで。
 暫くそうして、あーんしたり、されてみたり。
「ご飯粒、ついてるぜ?」
 ブリギッタの頬に付いたそれを、アレクシアはキスをする様に口でぱくり。
「…っ!」
「だって両手塞がってるし?」
 真っ赤になったブリギッタに、少し悪戯っぽい笑みを見せる。
 これを恋愛感情と呼んで良いものかはわからないが――彼女が大切な存在である事、それだけは確かだった。
 それはきっと、お互いに。


「空気も景色も綺麗ですね」
「暖かな赤色ですね。不思議な色合いです」
 ウィズレー・ブルー(jb2685)とカルマ・V・ハインリッヒ(jb3046)は、のんびりと景色を眺めながら遊歩道を散策していた。
 種族を超えた茶飲み友達である二人は、やがて湖畔にレジャーシートを広げてお弁当タイム。
「人が外で食べる際はこういうものが定番だとか」
 ウィズレーが取り出したのは、定番の卵焼きや唐揚げなどが入った二人分の行楽弁当。
 知識としては頭に入っていたが、実際に作るのは初めてだ。
「どうでしょうか?」
「ええ、美味しいですよ。彩りも綺麗ですし」
 カルマは素直に友人の腕を褒めた。
 それに、この青空の下でというのも、また良いものだ。
「外での食事というのも案外落ち着くものですね」
 人の文化というものはユニークなものが多いが、彼等が好んでこうした事を行うのも納得出来る。
 食べながら、二人は澄んだ空気と周囲を囲む鮮やかな色彩を楽しんでいた。
「私と同じ色ですね、蒼は好きです」
 空を映す湖を見て、ウィズレーが呟く。
「そうですね。空の蒼とウィズの蒼は似ています。昔はそんな事を思う余裕はありませんでしたが」
 かつては敵同士だった二人。
 それが今はこうして共に在るのも、人間流に言えば何かの縁という事なのだろう。
「夜は月の姿が映るそうです。銀の月ならカルマと同じ色になりますね」
「どうでしょう。俺の銀はそこまで綺麗ではないと思いますよ」
 所詮は刃の銀と、カルマは自嘲気味に首を振るが。
「夜まで待ってみましょうか」
 そう言ったウィズレーの微笑に異を唱える事はなかった。


 遊歩道を危なっかしい足取りで歩いて来るのは、癸乃 紫翠(ja3832)だ。
「十段のお重を運ぶピクニックははじめてだ…重い」
 ついでに前が見えない。
「え、作り過ぎちゃった?」
 その様子を、愛妻ミシェル・G・癸乃(ja0205)はわたわたしながら、しかし手伝う気は全くなさそうな様子で見守っている。
「でも朝早く起きて、気合い入れて作ったんだから、頑張って運んでね!」
 頑張った甲斐がある事は保証する。
 とは言え…
(このほとんどが、あの細い身体に入るんだよな)
 一体どこに消えるのか、多分それは気にしたら負けなのだろう。
 やがて無事に湖畔へ辿り着いた二人は、シートの上に重箱を並べる。
「これだけ作るの大変だったろ。お疲れ様」
「うん、味は勿論、色合いも完璧でしょ?」
 えっへん、妻はニコニコと得意そうだ。
 そして…
「お弁当はやっぱり、あ〜ん、で食べるんだし♪」
 しかし、紫翠は何故かピクリと頬を引き攣らせた。
「そういえば、前に俺が風邪引いた時、作ってくれた中華がゆで火傷したことあったな…」
 そう、病人なんだからと押し切られて…表面が冷めてもおかゆは熱かった。うん。
「だってあの時は知らなかったし…」
 うにょうにょと言い訳する嫁は、きちんと学習した様だ。
「…今度は熱くないから大丈夫だよ!」
 お弁当は熱くない。どんな猫舌でも大丈夫。
「うん、美味い」
 口の中一杯に広がった絶妙な風味に、旦那様はご満悦。
「あれも、今では良い思い出…かな?」
「だよね!」
 ご機嫌な笑みを向けられ、奥様も幸せ一杯だ。
「自然の中で気持ちいいな。良い天気になって良かった」
「お空も高くて気持ちいいし、ピクニックって家や外食ともちょっと違って、いいよね♪」
 ミシェルは紫翠の隣にぴょこっと座りなおし、腕を絡めて頭をこてんと肩に。
 でも手と口は休めない。
 一緒に食べるおにぎりは幸せ満点!
「おかわり!」
 十段重ねの弁当は、あっという間に消えていく。
 自分もおにぎりを頬張りながら、紫翠は幸せそうに目を細めてその様子を眺めていた。


「…真緋呂ちゃん、すごい量なの…食べきれるの…?」
 シートいっぱいに広げられた蓮城 真緋呂(jb6120)の弁当に、神埼 律(ja8118)は目を丸くする。
 しかし、聞こえた返事に今度は丸が点になった。
「え? 普通の量だけど」
 そう言い切った真緋呂の弁当は五段重。
 重ねられた数こそミシェルの十段重ねには及ばないが、一段のサイズは倍ほどもあった。
 そこに詰められているのは、自称「秋を表現した前衛的?な創作料理」だ。
 食紅で染めたおにぎりは紅葉の山。
 滝の岩場を表現した唐揚げの間を春雨の滝が落ち、滝壺にはコンソメゼリーがぷるん。
 あちこちに紅葉を模した赤と黄色のパプリカが散り…
「えへへ、前日から作ったの。どう、雰囲気あるでしょ?」
 うん、確かに雰囲気はある、かな。
 しかし食欲をそそるかと言えば…
「律ちゃんのお弁当、美味しそう」
 真緋呂本人も認める様に、それは律の弁当に軍配が上がる様だ。
 丁寧に作られた和風の弁当は、秋の雰囲気に合うよう旬の食材と彩りで飾られていた。
「食べ物も一緒に風流を楽めたら良いかなって」
「すごいね−、うん、美味しい美味しい」
 ちゃっかりつつきながら、真緋呂は自分の弁当も次々に平らげていく。
 料理の腕は平凡だが、綺麗な景色と済んだ空気が何倍も美味しくしてくれる。
「うん、こんな場所でのご飯はいつもよりおいしいの」
 二人で交換し合ったり、お喋りをしながら楽しく完食。
 けれど、真緋呂の胃袋はまだまだ満たされない。
 周りにはまだ食べてる人も多い様子で――?


「我が故郷の景色も美しいが、日本の紅葉は別の美しさがあるな…風光明媚、とはこの事か」
 アレクシア・V・アイゼンブルク(jb0913)は鮮やかに染まった木々の様子に目を細める。
「こういうのんびりした時も良い物だな」
 隣では天風 静流(ja0373)が早速弁当を広げている。
 アレクシアの目は、思わずそれに惹き付けられた。
 俵型のおにぎりや玉子焼き、から揚げ、おひたし等々、定番のおかずが彩りも良く整然と詰められた弁当箱は、所謂ひとつの小宇宙。
 何と美しい。静流の弁当は、この景色に勝るとも劣らぬ美しさではないか…!
 しかし、当の静流は苦笑いをしながら首を傾げている。
「出来は悪くないだろうが…母親にはまだまだ及ばんな」
 謙遜か、それは日本人の美徳と言われる謙遜なのか。
「少し食べさせて貰っても良いだろうか」
「ああ、多めに作って来たし、こんなもので良ければ」
 やはりそれは謙遜だった。
(これが日本の味…!)
 初めて食べる日本食、その奥の深さに内心で感動に打ち震えるが、実はちょっと顔にも出ている。
 アレクシア持参の弁当は多種の具材を挟んだサンドイッチ。
「元の職業柄にしても、弁当は簡単なサンドイッチか、外食にする事が多くてな…」
 その出来も決して悪くはないのだが。
(そうか、これが出来る女性というものなのか…)
 しかもまだ上がいるらしい。
 恐るべし日本女性。
 と、そこにやって来たのは――
「あ、静流お姉さま発見なの」
 律と真緋呂の二人組。
「二人とも、一緒にどうだ?」
「お昼はもう済ませたの。でも、お姉様のお弁当も少し食べてみたいの…!」
 どうぞの言葉を待つ間も惜しむ様に、律はひょいと摘み食い。
「普通だろ? 少々拍子抜けだったかな」
「そんなことないの、すごく美味しいの」
「ごちそうさまでした」
 味をしめた二人は、おかず襲撃ツアーへ!
「突撃、隣のお弁当なの…っ」


 礼野 明日夢(jb5590)は、ひとり湖の畔にシートを広げていた。
「お姉ちゃん、何作ってくれたのかな」
 荷物から弁当箱をひとつ取り出し、わくわくしながら蓋を開けてみる。
 そこには、アルミホイルに小分けにされた栗入り中華おこわがぎっしりと詰められていた。
「え、これだけ? おかずは?」
 あった。タッパーに入った…これは酢豚風にアレンジされた鳥の唐揚だ。玉葱や人参だけでなく、茸に鶉の卵も入っている。
 他にも細切りピーマンとすき身鱈の炒め物や、大きなアルミカップに入れられた海老いっぱいのグラタン。
 リュックの隅に詰め込まれた包みからは、蜜柑がどさどさと。
 どうりで重かった筈だ…って言うか。
「…お姉ちゃん、作りすぎ」
 いや、そう言えば出がけに『分けたり交換出来るようにしておいたからね〜』と言っていた気がする。
「誰か一緒に食べてくれないかな」
 人数の多い所なら、一人くらい混ぜてくれるだろうか。
 そう思って周囲を見渡してみると――


「やあ、晴れて良かった…雨道は、年寄りの脚には少々つらいからな」
 ディートハルト・バイラー(jb0601)は、眩しそうに目を細めながら、湖面に照り映える紅葉を眺めていた。
 日頃の運動不足を気にしての参加と言っていたが、それが建前である事は、その手に確りと握られたウイスキーの瓶が雄弁に語っている。
 出発前には「綺麗な場所ならさぞや酒も進むだろう」などと冗談めかして言っていたが、どうやらそれは冗談でも何でもなかった様だ。
 そんな訳で。
「皆揃ったかな。それじゃあ…今日の良き日に、乾杯」
 音頭に合わせて、グラスや缶、紙コップなど、様々な器が打ち合わされる。
 中身は酒やジュース、お茶等々。
「ピクニックなんて柄じゃないが、戦いを忘れて紅葉の美しさを愛でるのもいい」
 そう言って缶ビールを一気にあけたミハイル・エッカート(jb0544)の服装はしかし、いつものダークスーツ。
 美しい紅葉の下では一際目立つ。まあ、ここでは目立つからといって撃たれる様な事もないだろうが。
「ただし情緒には欠けますね〜」
 そう言いながら、アレン・マルドゥーク(jb3190)は盛んにカメラのシャッターを切る。
 でも、ダークスーツじゃないミハイルなんて想像出来ないし、仕方ない?
「しかし先生はまた化けたな」
 途中で買った駅弁を頬張りながら、ミハイルは門木を見る。
 今日の門木は美しい景色に映えて、かつ動きやすくて楽な服装をコンセプトに、アレンとレイラ(ja0365)が寄ってたかって整えたものだ。
 お陰でいつもより十歳近くは若く見える、気がする?
「門木先生、こんにちは」
 その向かい側で純和風の生徒、大和田 みちる(jb0664)がぺこりと頭を下げた。
「もし良かったらお弁当ご一緒してもええですか?」
「…ああ、好きな所に…座ると、いい」
「おおきに」
 もう一度頭を下げて、みちるはその場に膝を揃えて座る。
「先生は栄養不足っぽい気ぃするから、少しこういうところで心と体の英気を養うのも大事やと思います」
 そう言って、みちるはおにぎりをひとつ、お裾分け。
「…そ、そうか…ありがとう」
 確かに、普段から人工島の外には滅多に出ないし、今日だって誘われなければ科学室に籠もりきりだっただろう。
「門木先生も来られるって聞いて、楽しみにしてたんですよ(*´∀`)」
 隣に陣取ったレグルス・グラウシード(ja8064)は、自慢げに弁当箱を広げて見せた。
「ほう、自分で作ったのか。器用だな」
「はい、がんばってつくってみました(*´Д`)」
 脇から覗き込んだミハイルに、レグルスは嬉しそうに答える。
 料理上手の彼女に教えて貰ったメモと睨めっこしながら頑張ったのだ。
「レグルスくんの彼女さんはとても家庭的なのですね〜、将来が楽しみですね〜」
「はい!」
 アレンの言葉に、とりあえず深く考えずに元気に返事をしたレグルス。
 彼が作ったのは、おにぎり…と思しき黒い物体だった。
 爆弾じゃないのかとは言わない。
 思っても言わない。
 中身は…チーズ、焼いたベーコン、ゆでブロッコリー…それ、全部混ぜてあるんだよね? 一個ずつ入ってる訳じゃないよね?
 ブロッコリーがゴロンと入ったおにぎりとか…うん、健康的だね!
「あと、ラーメンが好きなのでカップラーメンも…」
 お湯は?
「( ゜д゜)ハッ!」
「うーん、魔法瓶の紅茶はあるけど、それじゃ無理だよね」
 ソフィア・ヴァレッティ(ja1133)が気の毒そうに首を振る。
 (´・ω・`) ショボーンなレグルスは、気を取り直して隣の手元をチラリ。
「門木先生はどんなお弁当を…えっ、松茸!?」
 ざわっ!
 その一言に、皆が一斉に顔を上げた。
 勿論それは門木が自分で持ってきたものではない。
 隣に座ったレイラが作ってくれたものだ。
 中身は栗御飯に焼鮭、素材のうま味を堪能できる味の数々、そしてその最たるものが、焼き松茸。
「…分けても、良いか?」
 訊かれて、レイラはこくりと頷く。
「まだ、他にもありますから」
 と、言い終わらないうちに四方八方から皆の箸が殺到する!
 頑張って作ってくれたものを、何だかちょっと申し訳ない気もするが…
 お弁当のおかず交換は日本の伝統文化。
 そして、それは必ずしも等価交換とは限らないのだ。
 皆のおかずは自分のおかず、自分のおかずは皆のおかず。
 シートの上には皆の弁当箱が並び、もはや取り放題のおかずバイキング状態だ。
「交換して食べるっていうのもいいですね」
 遠慮なく皆のおかずをつまみながら、レグルスは爆弾、いや、おにぎりを頬張る。
「秋の風景はいいですよね(´〜`)」
 モグモグ。
「私のもどうぞなのですよ〜」
 アレンが差し出した弁当の中身はカッパ巻に納豆巻、そしてピーマンの肉詰め。
「スパイスが効いててピーマンの臭みもなくて美味しいですよ〜」
 それはアレン自慢の逸品らしい。
「ミハイルさんもどうですか〜? 部活で頂いた手作りケチャップもよく合うのです〜」
「ほう、Mr.エッカートは苦手なピーマンに挑戦するのか」
 どれどれと身を乗り出したディートハルトが注目する。
 釣られて、多くの視線がミハイルに集中した。
 これは、避けて通る訳にはいくまい。
「お…おう、ピーマンとタイマン勝負だぜ。かかってこい!」
 カーン!
 ゴングが鳴り響き、強敵を睨み付ける挑戦者!
 そして――
 かぽんっ!
「これはピーマンという入れ物だ。ケチャップ美味だぜ」
 肉だけ外して食べた!
 反則! これは反則だ! ギャラリーの視線が痛いぞ! さあ、どうする挑戦者!
「く…っ、わかった、食ってやろうじゃないか!」
 目を瞑って、鼻を摘んで、丸ごと口に放り込む。
 噛む間も惜しんでゴックン、呑み込んで…喉に詰まった!
 慌ててビールで流し込み――
 カンカンカンカンカン!
 勝者、ミハイル・エッカート!!
「…お、おう、美味しいぞ」
 涙目でヒーローインタビューに答える新チャンピオン。
「頑張ったな、いい子だ」
 ディートハルトがその頭をなでなで。
 45歳に撫でられる28歳しかも男同士の図は、なかなかに…うん、あれだ。
「ちょっ、やめっ」
「やあ、すまないね…つい、うっかりだ」
 と言いつつ、悪怯れた様子もなく楽しそうに笑う不良中年。
「君達が楽しそうにしているのを見るのが、俺はとても好きでね」
 そこに、アレンがニコニコと実に良い笑顔でミハイルの肩に手を置いた。
「実は、お肉の方にもピーマン入っていたのですよ〜」
 みじん切りにしてね。
 気付かなかったでしょ。
 美味しいと思って食べてたでしょ。
 その後暫く、ミハイルは真っ白な燃え滓と化していたそうな――


「あの、ボクも良いでしょうか…?」
 おずおずと訊ねた明日夢に、こっちにおいでとみちるが手を振る。
「うちも今さっき混ぜてもろたとこやし」
 最初は一人でのんびり、と思っていたのだが。
「こない綺麗な景色、一人で見てるのもちょっとわびしいなぁ思て」
 一人で眺めていると、まだ昼時だというのに「秋の夕日に、やね」などと呟きたくなる様な、ちょっとブルーな気分が入り込みそうになるけれど。
 大勢でお喋りしながら眺めると、同じ景色が鮮やかで賑やかで…楽しそうに見えるから不思議なものだ。
 お弁当だって、皆で分けっこでもしながら楽しく食べた方が美味しいだろう。
「最近はすっかり寒くなってしまいましたがまだ秋ですものね」
 その隣から、唯月 錫子(jb6338)が話しかけてくる。
「私も混ぜて貰ったばかりなんですよ。他の皆さんのお弁当が、ちょっと気になってしまって」
 そんな彼女が張り切って作った弁当は、鮭のおにぎりと、卵焼きに唐揚げ、ミニトマトといった定番のおかず。それに紅葉の形にくり抜いたにんじんの煮付けを彩りにして、秋の行楽に相応しい雰囲気を出してみる。
「お母さんが作ってくれていたお弁当も、こんなのでした」
 意識して似せたつもりはないのだが、自然とそうなってしまった感じだ。
「何だか懐かしいです」
 少し多めに詰められているところもまた、似ているかもしれない。
「美味しそうやねぇ」
 覗き込んだみちるが、自分の弁当も開いて見せる。
「うちのも定番やね」
 きのこご飯のおにぎりに、ふっくら卵焼きに鶏の唐揚げ、きんぴらごぼうも入って…うん、完璧。
「日本のお弁当ってやっぱり綺麗だね」
 そう言って目を輝かせたのはイタリアンシェフ、ソフィアだ。
「私も色々と作って来たよ。イタリアのお弁当って言ったら、こんな感じだね」
 リゾットやパスタ、肉の岩塩焼、野菜のマリネ、ピッツァまである。
「多めに作ってきたから、よかったらどうかな」
「あら、美味しそう。一つ貰うわね♪」
 と、手が伸びてきたのはソフィアの肩越し。
 振り向くとそこには、頬を一杯に膨らませた真緋呂の姿があった。
 更には、いつの間にかみちると錫子の間にちゃっかり座り込んだ律が二人のお弁当を絨毯爆撃。
「あ、私のは…その、料理はすごく得意という訳でもありませんし」
 あくまで自分用に作ったものだからと、錫子は恐縮するが。
「ごちそうさまなの、すごく美味しかったの」
 一通りの襲撃を終えると、二人は次の獲物を求めて旅立って行く。
「温かいお茶でも…と思ったけど、遅かったみたい」
 魔法瓶とカップを手に、ソフィアは呆然とその後ろ姿を見送っていた。
 喉に詰まらせたりしなければ良いけれど。
「コーヒーと紅茶、欲しい人いる?」
 その声に、何人かの手が上がる。
 と、そこに――
「お茶があるなら丁度良かった」
 上からぬうっと現れたゴツいお兄さんに、一同は思わず何事かと身構える。
 が、その全身から滲み出る「いいひと」オーラ。
 おまけに、その手に提げられた可愛らしい籠と、綺麗にラッピングされたお菓子の数々。
「ま、独り者の手慰みだけどな…良かったらどうぞ」
 そのお兄さん、藤堂 猛流(jb7225)はカップケーキやラスクにクッキーなど、様々なお菓子を配って歩く。
「え、手作りなんですか?」
 錫子が驚きの声を上げた。
「似合わないか?」
 言われて、錫子はぶんぶんと首を振った。
 似合わないなんて、そんな…ただちょっと、想像が付かなかっただけで。
 そういうのって、確か。
「ギャップ萌え、とか言うのんちゃうでしょうか?」
 かくり、みちるが首を傾げた。
 萌えか。萌えなのか。
「ああ、まあ…俺は向こうでのんびりさせて貰うから、じゃあな」
 そそくさと逃げる様にその場を離れる猛流、腰を下ろしたのは呑兵衛達の真ん中だ。
「やあ、改めて乾杯といこうか」
 猛流が取り出したウィスキーを見て、ディートハルトが上機嫌で自分の酒瓶を掲げる。
「久々の相手がいる酒だ、嬉しいね…」
 喜びすぎて飲み過ぎないようにとは言いつつも、既にかなり出来上がっている様子だ。
「ま、たまにはのんびりするのもいいよな。森林浴なんていつ以来かねぇ」
 ちびちびちとやりながら、猛流は周囲を染めた赤や黄色をゆったりと眺める。
「…これからは時々森林浴するか…やっぱり気分がいいしな」


 お弁当タイムもそろそろ終わりかけ、皆が猛流に貰ったお菓子で別腹を満たし始めた頃。
「あの、これ…」
 レイラがそっと差し出したのは、直径40cmはありそうな特大のホールケーキ。
「皆さんと一緒に、先生のお誕生日をお祝いしたいと思って」
「…これ…持って来たのか、あの山道を」
 そう言えば、どうしても自分で運ぶと言って譲らない荷物があった。
 何を持ってきたのかと思っていたが――
「…ありがとう」
 くしゃくしゃ、門木はレイラの頭を掻き混ぜる様に撫でた。
 どうもこの辺り、子供扱いされている気がしないでもないのだが…
(どうしたら想いが伝わるのかしら)
 いやいや、焦りは禁物だ。
(今はこうして一緒にいられるだけで幸せで…)
「遅くなってごめんなさい。お誕生日おめでとう」
 手渡されたのは、手編みのマフラー。
 途端にあちこちから冷やかしの口笛や歓声やらが飛んで来る。
「あっ、あのっ、皆さんにも切り分けて…あ、その前にろうそくをっ」
 何本必要なのかわからないから、大量に持ってきたけれど。
「…47本、だ」
 全部は並べきれないから、大きいのを4本と、小さいのを7本、かな。
 ろうそくに火が灯されると、みちるが良く通るソプラノでお馴染みの曲を歌い始めた。
 やがてそれは合唱になり、ろうそくが吹き消されると拍手に変わる。
 それは、思いもかけない誕生日の贈り物だった。


「何だか向こうの方が騒がしいが…まあ良いか」
 湖畔でひとり弁当を広げたキャロライン・ベルナール(jb3415)は、少し離れた所で釣り糸を垂れる誰かの背中を見ながら、黙々とサンドイッチを頬張っていた。
 生ハムとカマンベールチーズのクロワッサンサンドイッチに、濃厚なブリーチーズとサーモン、ルッコラが入った五穀ブレッドサンドイッチ。
 飲み物はアイスコーヒーだ。
 食べ終わると、自分も釣りをしてみたい気分になったが…生憎と、道具を貸し出す様な施設は見当たらない。
 仕方なく、背後から釣り人の観察を続行――

「気張っていくとしよう」
 本日の昼食を確保するという、わりと切実な目的の為に釣り糸を垂れるディザイア。
 しかし釣れない。ちっとも釣れない。
 やがて盛大に鳴き出す腹の虫。
 でも釣れない。
 諦めて、木々のざわめきををBGMにのんびり昼寝でもしようかと思いかけた頃…
 背中に視線を感じた。
 しかも、かなり熱い。
 振り向くと、そこにはキャロラインの姿があった。
「釣り、したいのか?」
「そうだ」
「ここは釣れないぞ?」
「構わん」
 なら、やってみる?
 という事で、釣り道具一式を受け取ったキャロライン、早速湖面に糸を垂らしてみる。
 すると――
「おお」
 どうした事か、たちまち入れ食いに!
「釣れたが…何て名前の魚だ、これは。後で図鑑で確認するか」
「ウグイだな。小さいが、焼いて食べれば美味いぞ」
 手元を覗き込み、ディザイアが訊かれてもいない蘊蓄を述べる。
「ふむ…では、これは何だ」
「ヤマメ、それも塩焼きが美味い」
 って言うか、何だこの突然の大漁は。
「じっと見つめすぎたのが悪かったのではないか?」
 なるほど。
 とにかく、釣りは任せた。
「俺は竈作っとくからな」
 獲物は山分けでよろしく。


 暫く後。
 食事を終えた参加者達は、思い思いに湖畔の散策を楽しんでいた。

「こんな機会でもなければ来なかっただろうと思うと、何だか得した気分になりますね」
 紅葉の下をのんびり歩きながら、錫子はみちるやソフィアに話しかける。
 その向こうでは、五段重と強奪したおかずでもまだ腹八分目という真緋呂が、律と共に紅葉に埋もれて寝転んでいた。
 残りの二分は、この景色を堪能する事で…埋まるのだろうか。

「紅葉を見て季節を感じるのというも風情があって良いな」
 そう言いながらのんびりと歩く静流に、アレクシアが少し言いにくそうに声をかける。
「聞きたい事があったのだが…」
「何だ?」
「妹は、こちらで上手くやっていけているだろうか…? 送り出した者として、心配があったのだが…」
「ああ、それなら大丈夫だ」
 静流に太鼓判を押されると、アレクシアは大きな溜息をついた。
「そうか…良かった」
 気がかりも解消されて、これで心置きなく紅葉狩りを楽しめそうだ。

 風に舞う紅葉が、ひらりとウィズレーの掌に舞い降りた。
「栞にでもしましょうか」
「栞ですか。それはいい考えです」
 でも…と、カルマはふと思い付いて、一枚の紅葉をウィズレーの髪に飾る。
「蒼にこの赤は良く映えますね」
「ありがとう」
 微笑んで、ウィズレーは色を変え始めた湖に目を向けた。
「このような素敵な場所を壊されずに済んでなによりです」
 夕暮れの色を映して染まりつつある湖面。
「これから訪れる方々も楽しんで下さるといいですね」

 やがて夕闇が迫る頃、一同は申し合わせた様に湖畔の一箇所に集まって来た。
「黄金色に輝く姿に出会えるでしょうか…?」
 それまで写真を撮りまくっていたアレンは、カメラをしまってじっとその一瞬を待つ。
 エリンもお土産用の撮影を中断して、湖面を見入っていた。
 オレンジに輝く夕日が、向こうに見える山の稜線を燃え立たせながら沈んで行く。
 その、最後の一瞬。

 静かに波打つ湖面が、黄金色に輝いた。

 それはほんの僅かな時間だったけれど。
「今日の思い出は一生の宝物ですね〜」
 深い溜息と共に、アレンが呟く。
 その光景はきっと、彼等の目と心に焼き付いた事だろう。

 今日のこの時を共にした皆に、幸せが訪れますように――


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:12人

ラッキーガール・
ミシェル・G・癸乃(ja0205)

大学部4年130組 女 阿修羅
202号室のお嬢様・
レイラ(ja0365)

大学部5年135組 女 阿修羅
撃退士・
天風 静流(ja0373)

卒業 女 阿修羅
撃退士・
月影 透夜(ja0588)

大学部6年84組 男 ルインズブレイド
太陽の魔女・
ソフィア・ヴァレッティ(ja1133)

大学部4年230組 女 ダアト
愛妻家・
癸乃 紫翠(ja3832)

大学部7年107組 男 阿修羅
ユノの祝福・
ルーディ・クルーガー(ja7536)

大学部7年14組 男 ルインズブレイド
『山』守りに徹せし・
レグルス・グラウシード(ja8064)

大学部2年131組 男 アストラルヴァンガード
京想う、紅葉舞う・
神埼 律(ja8118)

大学部4年284組 女 鬼道忍軍
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
夢幻に酔う・
ディートハルト・バイラー(jb0601)

大学部9年164組 男 ディバインナイト
【流星】星を掴むもの・
大和田 みちる(jb0664)

大学部2年53組 女 陰陽師
守護者・
アレクシア・V・アイゼンブルク(jb0913)

大学部7年299組 女 ディバインナイト
伝えきれぬ想いを君に・
ブリギッタ・アルブランシェ(jb1393)

高等部2年2組 女 ルインズブレイド
伝えきれぬ想いを君に・
アレクシア(jb1635)

大学部3年216組 女 バハムートテイマー
セーレの友だち・
ウィズレー・ブルー(jb2685)

大学部8年7組 女 アストラルヴァンガード
仲良し撃退士・
エリン・フォーゲル(jb3038)

大学部4年35組 女 アストラルヴァンガード
セーレの友だち・
カルマ・V・ハインリッヒ(jb3046)

大学部8年5組 男 阿修羅
Stand by You・
アレン・P・マルドゥーク(jb3190)

大学部6年5組 男 バハムートテイマー
心の受け皿・
キャロライン・ベルナール(jb3415)

大学部8年3組 女 アストラルヴァンガード
リコのトモダチ・
礼野 明日夢(jb5590)

小等部6年3組 男 インフィルトレイター
護黒連翼・
ディザイア・シーカー(jb5989)

卒業 男 アカシックレコーダー:タイプA
あなたへの絆・
蓮城 真緋呂(jb6120)

卒業 女 アカシックレコーダー:タイプA
思い出に微笑みを・
唯月 錫子(jb6338)

大学部4年128組 女 アストラルヴァンガード
最高のタフガイ・
藤堂 猛流(jb7225)

大学部6年247組 男 バハムートテイマー