「種子島ってびっくりするほど田舎ねー!」
済んだ空気を胸いっぱいに吸い込んだポラリス(
ja8467)は、思い切り伸びをしながらそう言った。
「牧場とか…牛とか……ていうか何あのディアボロかわいー殺す前に写メっとこ」
ぱしゃー。
なんて、やってる場合じゃなかった。
「久しぶりの種子島だけど……どうやら、のんびりしてる暇はなさそうだね」
ウェル・ラストテイル(
jb7094)が牧場を見る。
広い敷地に散らばる白黒の牛達の中には、既に暴走を始めているものも多かった。
「天使勢の次は悪魔側ですか。どちらにせよこれ以上好きにさせるわけにはいかないですね」
新田 六実(
jb6311)が少し悲しげに呟く。
両方の陣営から狙われる事、それは即ち、この島がより大規模な戦闘に巻き込まれる事。
こんな綺麗な島に何故という思いは消えなかった。
そして向こうの柵に腰掛けている少女の姿――
「きみ、そんな所にいたら危ないよ!」
虚神 イスラ(
jb4729)が声をかける。
だが少女は可愛らしく首を傾げて見せただけで、動くそぶりは見せなかった。
すると、あれが例の新手のヴァニタス――牛を暴れさせた張本人か。
「ふぅん…見た目可愛いけど、企んでる事はなかなかえげつない、ねぇ」
くすりと苦笑いを漏らす。
「あるべき姿を軋ませる、その不協和音…調律させてもらうよ」
高みの見物と洒落込んでいる、その余裕の態度は気に食わないが、まずは牛の保護が優先だ。
折しもディアボロに操られた暴れ牛が一頭、鼻息も荒く撃退士達に向かって来る。
「パニックになった牛は厄介よ、ぶつからないように気を付けて!」
弥生 景(
ja0078)が注意を促した。
撃退士なら牛の体当たり程度で怪我などしないが、牛の方はそうはいかない。
「主要産業は大事だって部長さんとか言ってるし、牛さんも殺させたくないもん」
スレイプニルのぷーちゃんを呼び出した神谷 愛莉(
jb5345)が、暴れ牛の前に回り込んで超音波を浴びせた。
「ヴァニタスなんて放置、大事なのは暮らしと命を護る事!」
一般人や普通の動物なら、これには怯んで動けなくなる筈。
だが、敵の能力で強制的に操られている牛には効果がなかった。
このままでは体当たりされてしまうと、愛莉は慌ててぷーちゃんを牛の進路から退避させる。
しかし、そのすぐ後ろには牧場の柵があった。
あれに激突したら、牛は確実に怪我をする。
「力ずくでも止めるしかなさそうね」
景が両腕を広げ、牛の前に立ち塞がった。
「上手く行ったらお慰み!」
牛の頭突きを受け止めつつ、衝突の瞬間に上手くタイミングを計って後ろに飛ぶ。
上手く衝撃を吸収し、後はそのまま角を掴んで押さえ込んだ。
「今のうちに、そこのピンク色した奴をお願い!」
それを倒せば、恐らく牛は正気に戻る。
応えて、ポラリスがリボルバーの引き金を引いた。
それは狙い違わずピンク色の身体を貫き、ぬいぐるみの様なディアボロは地面に落ちて動かなくなる。
「あ〜、ひっどーい! そんなカワイイ子撃つなんて、撃退士ってキチク〜! 血も涙もない〜!」
少女の声が聞こえたが、構っている暇はない。
「この調子で、さっさと片付けちゃいましょう」
途端に大人しくなった牛の背を撫でながら、景が言った。
「まろん君には、一緒に牛の誘導を手伝って貰おうかな」
ウェル・ラストテイル(
jb7094)の言葉に、動かなくなったピンクの牛を見つめていた粟野まろんは、はっと我に返った。
それを見て、ポラリスが笑いかける。
「大事な友達がディアボロと似てたらちょっと悲しいだろうけど、これも牛さんのためだからね、がんばってやっつけましょうね!」
「はい、大丈夫です……頑張ります!」
まろんは力強く頷くと、背中に負ったモーくんの尻尾をぎゅっと握り締めた。
「うん、そのちょーしそのちょーし」
良いお返事のご褒美に、田中恵子(
jb3915)は栗色の頭をなでなでしてみる。
「でも、あんまり気負いすぎないでいいからね、へーじょーしんへーじょーしん」
自分と殆ど変わらない外見の恵子に撫でられて、まろんは少し照れた様な困った様な顔になった。
けれど恵子さん、こう見えても実年齢は25歳の立派なおねーさんなのだ。
「じゃ、いくよー」
見える範囲の牛達の群れとディアボロの位置は大体把握している。
まずは攻撃班が仕事をしやすい様に、無事な牛達を遠ざけるのが先決だ。
「さて、ひとつ悪魔らしく恐ろしげに吼えてみようかな……ッ!!」
牛の群れに向かって、ウェルが世にも恐ろしい叫び声を上げる。
驚いた牛達は一目散に走り出した。
「このままだとなかなか止まらないからねー、まずはおねーさんがお手本を見せてあげよー」
恵子はストレイシオンのすーさんを召喚、牛達の行く手を阻む様に超音波を浴びせた。
操られていない牛にはちゃんと効くらしく、その足はぴたりと止まる。
そこに再び咆吼が轟き、牛達はまた……今度は別方向に走り出した。
目指す場所は敵から遠く、もし暴走した時にも危険が少ない、平坦で近くに柵や障害物がない場所だ。
「こーやって誘導するんだよー」
その隙に仲間がディアボロを攻撃、余裕があれば自分で倒しても良い。
「はい、わかりました!」
まろんはヒリュウのピーちゃんを呼び出して、その作業に加わる。
「じゃあ、えりは向こうに回りますの」
ぷーちゃんを連れた愛莉は、二人とは反対の方へ駆けて行った。
しかし、ディアボロ達もそれを黙って見てはいない。
逃げる牛達を追いかけ、或いは先回りをして、その精神を掻き乱そうとする。
その術にかかった牛達は誘導の流れを逸れて勝手な方向に走り出した。
たちまち、辺りには暴走牛が溢れかえる。
「これは先に敵の数を減らさないと、どうにもならないね」
可能な限りの牛をその場から追い払うと、ウェルは仲間に指示を出した。
ここらで敵の数を半分程度には減らしておきたい。
そして自らは闇の翼で上空に舞い上がる。
透過能力が上手く使えない今、暴れ牛を避けるにはそれが最も確実な方法だった。
それに、上からなら狙いも付けやすい。
「チェンジもレイズも無し。この一撃でショウダウンだよ」
急降下しながら打刀で斬りかかった。
混戦模様になった地上では、透過スキルを使える者以外は必死で牛を避けながら戦っていた。
「マタドールのように華麗に回避…できたらいいね」
イスラが肩を竦めながら、牛の動きを目で追う。
「皆で声をかけあって注意していくよ」
後ろからどつかれるのは勘弁だし、それでは牛が傷付いてしまうだろう。
しかし暴走牛の数は多く、回避に気を取られていては攻撃もままならなかった。
おまけに、下手に避けても牛同士が衝突する危険が――
「って、言ってるそばから…!」
左右から正面衝突コースで爆走して来る牛達。
その片方をタウントで引き付けてコースを変えようとしたが、操られた牛にはそれさえ効かなかった。
「大丈夫、こっちは任せて!」
飛び込んで来た景が、左側の牛を止めにかかる。
イスラは反対側から突っ込んで来た牛に向き合った。
だが、そのまま受け止めたのでは二人とも二頭の牛に挟まれてしまう。
何とかして方向を変える必要があった。
「全く、この僕が力任せの迎撃なんて柄じゃないったら…!」
そう言いつつ、牛の突撃を受け止めたイスラは、その勢いを殺すように受け流す。
牛は僅かに進路を変えて後方に走り去った。
しかし、すぐにUターンすると再び襲いかかって来る。
景が止めた牛も角を掴まれたまま鼻息荒く足踏みをし、今にも手を振りほどいて走り出しそうな勢いだ。
「これは、きりがないね」
超音波もタウントも効かないのは少々誤算だった。
と、リアナ・アランサバル(
jb5555)が声をかける。
「牛だけでも透過できれば大分動きやすくなると思う……」
少なくとも、牛に怪我をさせる怖れはなくなる。
「牛は透過すればいいから、攻撃に集中……」
「そうだね、ここは集中攻撃で素早く撃破するしかないか」
暴走牛はひとまず放置、イスラは物質透過を発動すると攻撃にシフトした。
「いくら可愛くても、ディアボロに用はないのです。さっさとやっつけちゃいましょうね」
逃げる牛達を追うそぶりを見せた敵を、六実は審判の鎖で縛り上げる。
動きを止めた所で、イスラがトドメの一撃を加えた。
その瞬間、景が抑えていた暴れ牛がぴたりと動きを止める。
「よしよし、良い子ね。安全な場所に連れてってあげるから、もうちょっと我慢してて?」
牛の背を撫でると、景は再び術をかけようと寄って来たピンクの牛に狙いを定めた。
ダマスカス製バットを短く持って、コンパクトなスウィングで――
「野球部のバットコントロール、見せてあげるわ!」
好球必打を決めた。
ただし、どんなにジャストミートでも聞こえるのは「ぼすっ」という、サンドバッグを叩いた様な景気の悪い音だけなのが残念だが。
「動きが素早いから、確実に狙っていこうか……」
リアナは空中からの蒼雷縛でまず敵の動きを止め、次の一撃で確実に仕留める。
敵が牛達を盾にする様な動きを見せても慌てない。
「無駄よ、そんな事したって……」
真上からは丸見えだ。
ある程度の数が正気に戻った所で、ウェルが何度目かの咆哮を上げる。
そろそろ声が嗄れそうだが、大丈夫。まだ頑張れる。
「まったく、地味なのか派手なのか分からない真似してくれて……」
ちらりと一瞥をくれると、例の少女はこれ見よがしに「あっかんべー」と舌を出して見せた。
だが、襲って来る様子はない。
ディアボロ達に手を貸すつもりもない様だ。
「私達の実力を計ってるのかしら」
景が呟く。
「だったら、思う存分に見てもらおーじゃないの!」
小等部の子もいる事だし!
ここはいっちょけーこおねーさんがカッコいいとこ見せてあげる!
という事で、恵子は本気を出した。
いや、今までもちゃんと本気だったけど!
「可愛いからって何でも許されると思ったら大間違いだ!」
雷の剣がピンクの身体に突き刺さる。
「ゆるキャラ界は群雄割拠なのだ!」
……そっちですか。
「酪農家さんが一生懸命育てた牛さん達をケガなんてさせないよ!」
大丈夫、おねーさんはカッコイイ台詞も言えるのだ。
少し離れた所では、愛莉がぷーちゃんと共に戦っていた。
ぷーちゃんが攻撃する傍ら、愛莉は誓約の書から生み出された白い光の護符を撃ち込んでいく。
その戦い方を参考にして、まろんも頑張っていた。
力不足な所は素直にお姉さん達を頼りながら――
やがて、その周辺の敵は一掃された。
しかし牧場は広い。まだ何処かに残っている可能性は充分にあった。
「場所が広いし、効率良く探したい……」
リアナは闇の翼で飛びながら牛の群れを探す。
眼下に見える大きな群れは、最初に皆で追い込んだものだ。
その周囲にはもう、敵の姿はない。
高度を上げると、何カ所かに散らばる白い点が確認出来た。
そのうちのひとつ、十頭ほどの群れがおかしな動きを見せている。
「あの群れ、怪しい……」
連絡を受けて仲間達が向かったそこには、三体のディアボロがいた。
彼等の気配を感じ、牛達が一斉に襲いかかって来る。
それが接近する前に、ポラリスはロングレンジショットで遠くの敵を狙い撃ち。
ピンク色が弾け飛ぶと同時に、何体かの牛が足を止めた。
続けてもう一撃、残る一体には――
「すーちゃん、お願い!」
愛莉のストレイシオンがブレスを吐く。
残りの牛達も、それで次々と正気に戻っていった。
「怖い思いさせてごめんね?」
恵子は牛さんもなでなで。
落ち着かせてから、その集団を先導して他の牛達の所へ連れて行く。
「これで全部かな……」
集めた牛の様子を確認しながら、リアナがその数を数える。
「うん、漏れはないね」
重ねて確認したイスラが安心した様に頷いた。
無事を確認された牛達は、自分から牛舎へと帰って行く。
ただ、中には少し足を引きずったり、なかなか興奮が収まらない牛達もいた。
怪我は獣医に診て貰うとして。
「場が和んだら、牛さんの気持ち落ち着くかも…」
他とは分けた一角に収容されたそんな牛達に、愛莉はヒリュウの和気藹々を使ってみる。
そして恵子は、場を和ませれば良いのかとまろんを捕まえた。
「え?」
「かわいー子にはなでなでだー」
それは頑張ったご褒美。
「いや、ウェルちゃん式ご褒美はもっとすごいよ!」
魅惑のハスキーボイスでそう言うと、ウェルはノリと勢いに任せてまろんをだっきゅる!
「え!? あの、なんで……っ!?」
「いっぱい頑張ってくれたからね」
そんな真っ赤になって照れたりされたら、ますます弄りたくなるじゃないか。
ああ、癒やされる。
と、そんな至福の一時(一部限定)に、無粋な邪魔が。
「ふーん、あんた達って意外と強いんだ?」
声の方を見ると、あの少女が立っている。
「あなた誰? 悪魔?」
リボルバーに手をかけながら尋ねたポラリスに、少女は敵とは思えない明るい笑顔を見せた。
「うん、リコってゆーんだ♪」
「ふーん、結構可愛いじゃない…ま、私ほどじゃないけどー(ふっ」
鼻で笑ったポラリスに続いて恵子が話しかける。
「可愛いお洋服だけど、それどこのメーカー? あ、私は田中恵子。リコちゃんよりおねーさんだよ!」
「うっそぉー! どー見たって消防じゃん!」
盛り上がった会話はすっかり女子トーク。
しかし景はその雰囲気に流されなかった。
「天界が半分支配している島に、どうして冥魔が?」
それに何故、わざわざこんな場所で仕掛けて来たのか。
「リコ、知らなぁーい」
本当に知らないのか、それとも知っていてはぐらかしたのか。
その表情から読み取る事は出来なかった。
ポラリスは再び尋ねてみる。
「牛さんで遊ぶの、そんなに楽しい?」
「遊んでないよ、お仕事だよ♪」
「悪魔って大変ねー。他に楽しいコトなんていくらでもあるのに」
「楽しいよ?」
その顔は多分、本気だ。
「ま、せーぜーお仕事がんばってくださーい」
「あ、それと悪戯ばっかりしちゃダメですよー」
付け加える恵子おねーさん。
「はいはーい、悪戯じゃなくてお仕事だけど☆ じゃぁまったねぇー♪」
応えてリコは手を振り、上機嫌で帰って行く。
その顔には罪悪感の欠片もなかった。
「何時か。強く強くなったらヴァニタスだって駆逐してやるもん…!」
愛莉が悔しそうに呟く。
他の場所がどうなったのか、町は無事なのか、それが気がかりでならなかった。
その情報が入って来たのは、夕暮れも迫る頃。
無事の報告に、六実は思わず空を仰いだ。
地平線のすぐ上に一番星が見える。
「夜になるまで居たらだめかなぁ……? 星空、見たいなぁ」
もう少し、なんだけど。
だが、今日は遊びに来た訳ではない。
それはいつか、この島に平和が戻った時に。
その時までの、お楽しみ――