「舌の根も乾かないうちに、ってやつですか?」
偽りの依頼書を前に、小杏(
jb6789)は眉間に皺を寄せた。
「でも、本当にただの嘘なんでしょうか…」
エルム(
ja6475)は、そこに何か妙な引っかかりを感じている様だ。
「確かに。ブラック依頼人にしては、おかしな感じが拭えないわね…」
ケイ・リヒャルト(
ja0004)も首を傾げている。
「嘘はだめ、だと思いますが、なにか理由があったりするんでしょうか…」
小杏はその答えを求める様に仲間達を見た。
「何か悩みがあるなら解決してあげたいけど…」
エルムが頷く。
依頼書を偽ってまで、一体何がしたいのだろう。
「故意による虚偽の報告は依頼主が罰せられる可能性がある」
それを受けて、鴉乃宮 歌音(
ja0427)が分析を試みた。
「勿論それは知っているから当たらずも遠からずな依頼を申請しているのだろう」
天魔の危険性は承知しているから他の住人はしっかり避難させているのだし、撃退士も消耗品ではない事は解っているだろう。
「では何故偽るのか」
依頼人に何か事情がある事は間違いない。
詳しい事は調べてみなければわからないが――
「私はその亡くなったという娘について調べてみよう」
娘が亡くなった事が原因である事は間違いないと、歌音は踏んでいた。
その理由を明らかにすれば、この依頼の裏にあるものが見えて来る筈だ。
「どんな事にも、理由がある…全てはそれを知ってから…だねっ♪」
仲間とアドレスを交換しながら、藤井 雪彦(
jb4731)がその場を締める。
内心は「ほぼ女の子ラッキ♪」状態だったが、顔には出さ――あぁ、出てますね、思いっきり。
彼等はまず、依頼人の身辺に関する情報を集めてから敵に対応するつもりだった。
『(´・ω・`)なんかまずい依頼受けちゃったなう( ´∀`;)』
呟きつつ、ルーガ・スレイアー(
jb2600)は人々から話を聞こうと避難所に足を向ける。
他のメンバーも、それぞれに調査を始めようとしていた。
しかし。
「お前達は何をやっとるか!」
突然の怒声。
怒鳴りつけたのは依頼人、高野という名の男だった。
「化け物がすぐそこまで迫っとるんだぞ! 何の為にお前達を呼んだと思っとる!?」
言われてみれば、確かにその通りだ。
これは減点の対象とされても仕方がない。
撃退士達は調査を一時中断し、敵への対処に向かった。
その中で、諸伏翡翠(
ja5463)とミズカ・カゲツ(
jb5543)、そしてエルムの三人は一足先に現場に辿り着いていた。
(相手が誰であろうと、困っている人が居れば、その人の為に今自分が出来る精一杯のことをしたい。そのためにも、依頼を受けたからには責任を持ってそれを完遂する)
翡翠は自らと同じ名を持つ弓を構える。
(それが、撃退士としても、一人の人間としても、私がしたいこと)
依頼人の事も気になるが、まずは仕事の完遂が先だ。
三人の目の前に現れたのは、依頼書に書かれたものとは全く別のディアボロだった。
「やはり事前の情報通りでしたか」
ミズカが呟く。
「今後も嘘偽りの有る依頼を出す可能性があるので有れば、再発を防ぐ必要も有りそうですが」
まずは、これを片付けなければ。
「依頼を受けた以上、全力で事には当ります」
ミズカはその目の前に飛び出すと、ふさふさの狐尾を誘う様に振った。
付かず離れず、敵の武器が微妙に届かない距離を保ちながらじりじりと後退、時にはわざと転んで油断を誘う。
その間に割って入ったエルムが、日本刀「弥生姫」で斬りかかって行った。
しかし、歯が立たない――ふりをする。
翡翠の援護射撃も悉く外れるが、当たらないのではない、当てないのだ。
虚しく抵抗するその様子は追い詰められた獲物の様で、調子に乗った鬼達は脇目もふらずに追いかけて来る。
しかし、追い詰められているのは彼等の方だった。
「仕事はばっちり果たしてやるなう( ´∀`)」
ルーガは闇の翼で上空に舞い上がると、眼下を走る敵の様子を観察して仲間達に情報を送る。
「北東から12体、接敵まであと30mなう( ´∀`)」
ミズカ達は事前の打ち合わせ通り、前回も戦場にしたという休耕田に向かっていた。
鬼達を引き連れて、三人が走り込んで来る。
直後、周囲の畦道に生えた雑草の影から、待ち伏せていた仲間達が姿を現した。
「仕事は完璧にこなすわよ!」
三人のすぐ後ろ後に迫る敵を、ケイがヴィントクロスボウで貫く。
倒れたそれは、背後に続いた仲間を巻き込んで下敷きにした。
押し潰され、団子になった鬼達がもがいている所に、後続の鬼が躓いて転がる。
それに気付いて立ち止まった後方の鬼達を、今度は歌音がアサルトライフルで狙い撃ち。
足を撃たれた何体かが膝を付いた。
「逃げられると思うな」
危険を感じて踵を返したものには『決闘者』の早撃ちを見舞い、逃走を阻止。
それでも、全ての鬼を足止めするのは難しい。
しかし――
「ルーガちゃんのドーン!といってみよーう! なう( ´∀`)」
ドーン!
上空から黒い光の衝撃波が降って来た。鬼達の退路を断つ様に回り込み、三連発。
「ミーちゃん、囮役ご苦労様で〜す☆ エルムさんも諸伏さんも、ありがとね〜♪」
雪彦が灰燼の書を構え、ルーガのドーンでダメージを受けた鬼に狙いを付ける。
「それじゃ、ボクもお仕事はきっちりしないとねぇ〜☆」
炎の剣が空を裂いて飛び、鬼の身体に突き刺さった。
「炎の次は、氷でどうですか?」
今度は小杏がミーミルの書から生み出した水の刃を突き刺す。
その隙に、三人は敵との間に距離を取り、迎撃態勢を整えた。
「確かに大振りですが、油断は禁物ですね」
ミズカは闘気を解放して能力を底上げ、敵に近付く。
立ち上がった敵が闇雲に振り回す棍棒の間を潜って、日本刀「鋭雪」を一閃、その腕を切り落とした。
間髪を入れずに飛び出したエルムが横から弥生姫を振るい、トドメを刺す。
続いて迫って来た一体の攻撃をかわして背後に回り込み――
「秘剣、翡翠!!」
疾風の如き剣閃でその動きを止めた。
その隙を衝いて、翡翠の左手に村雨が閃く。
赤い身体から更に紅い血が迸り、休耕田の土を染めた。
もしこれで「農地が使い物にならなくなった」と文句を言われて報酬が減ったとしても。
「報酬を気にして仕事の手を抜く様な真似はしません」
翡翠は振り下ろされた棍棒を盾で受け止めると、その力を受け流して後ろに逸らす動きで背中に回り込み、村雨の一閃を見舞う。
「あと少しね、さっさと片付けましょう」
ケイは遠い間合いから弓銃で援護を続ける。
確かに事前情報よりは強敵だが、経験を積んだ彼等にとって然程の違いはなかった。
前衛を抜けて後衛に迫るだけの根性を見せる敵もいない。
来ないならこちらから行ってやろうかと、ふいに湧いたドS心。
ケイは距離を詰めると、その土手っ腹に弓銃を突き付けスターショットのゼロ距離射撃。
「これを避けたら褒めてあげるわ」
僅か数分後には、敵は全て片付けられていた。
一箇所に集められた敵の死体を、小杏が証拠として写真に収める。
しかし、それで終わりではない。
「私は依頼人が来る前に、出来るだけここを片付けておこう」
歌音が戦場の補修を買って出た。
来る前よりも美しく。
難癖の材料は減らしておくに越した事はないだろう。
他の仲間達は残った敵を根本から排除すべく、空と陸から敵の巣を探す。
やがて辿り着いたのは、藪に埋もれて崩れかけた廃屋だった。
周囲には、無数の大きな足跡が残されている。
「臭いものは根っこから絶つってね!」
雪彦が言う様に、確かにそこは臭かった――怪しいという意味でも、物理的にも。
鬼臭い臭気が漂うその廃屋に、撃退士達は踏み込んで行く。
残っていたのは匂いだけだが…いつかまた別の天魔が巣にしないとも限らない。
『破壊工作なう( ´▽`)V 』
ルーガの呟きと共に、全員でぶっ壊す。
完全に潰された廃屋を前に、小杏が再び証拠写真を撮った。
「さぁこれで、皆安心して暮らしていけるかな?」
雪彦が満足そうな笑みを湛える。
残る問題は――
今回の依頼は、寧ろここからが本番かもしれない。
再び全員が合流し、作戦会議を開く。
「直接会って事情を聴く、という手も有りそうですが…まずは事前に情報を集めておくべきでしょう」
ミズカが言った。
集会等に顔を出す、という事であれば、町の住人とは多少なりとも付き合いがあるのだろう。
「だったら丁度みんな集まってる所だし、集会所で話を聞くのが手っ取り早いかしらね」
ケイが頷き、作戦開始。
そこに本人がいない事を確認して、彼等は集会所に入って行った。
まず耳に入ったのは、撃退士に対する感謝と労いの言葉。
そして依頼人、高野への感謝も多く聞かれた。
「いや、彼は立派な人だよ」
いつも率先して住民の為に動いてくれるし、依頼の報酬は彼の自腹だし、流石は地元の名士…等々。
怒鳴りつけた事に関して、彼を責めないで欲しいと言って来る者も多かった。
撃退士を良く思っていないという話は聞こえて来ない。
ここに来る前に歌音が調べていた報告書にも、何か問題が起きたとは書かれていなかった。
「単なる遺恨や偏見から難癖を付けている、という訳でもないのでしょうか」
翡翠が呟く。
「立ち入った事を訊く様だけど」
ケイは娘の事を切り出してみた。
住民の話によると、彼女は近所の子供を庇って亡くなったらしい。
「撃退士は間に合わなかったのか?」
それで密かに恨みを持つ様になったのだろうかと、歌音が尋ねる。
しかし、住民達は揃って首を振った。
「いや、あの時は良くやってくれたよ。他にも犠牲者は出たが、仕方がないと思ってる」
「あの依頼人もか?」
ルーガの問いにも、彼等は一斉に首を振る。ただし、今度は縦に。
「こうして欲しかったとか、思ってる事はないのか?」
「そりゃ、一人も犠牲者が出なけりゃとは思うよ」
だが、それは言っても詮ない事。
「では…高野さんが撃退士に何らかの恨みを持っている可能性は…」
「ないない! ある筈ないよ!」
小杏の問いに、誰もがそう言った。
「高野さん、な。最期に一言だけ…娘さんと話が出来たんだ」
もう助からないとわかっていても、撃退士達は彼女を救護所へ運んだ。
そのお陰で間に合ったのだ。
「皆を守ってくれって、頼りになるお父さんでいて欲しい…それが最期の言葉だったそうだ」
だから彼は、今も一人で頑張っている。
「でもねぇ、かなり無理してるんじゃないかって、ちょっと心配なのよぉ」
いかにも世話好き噂好きな様子のオバチャンが言った。
「ここだけの話なんだけどさ、実はね…」
その頃、雪彦は依頼人の屋敷を訪ねていた。
明鏡止水を使ってこっそり忍び込んだ庭は、綺麗に手入れされている様に見える。
しかし、何処か生活感がない印象だった。
「怪しい者じゃないからね」
そう言いながら、窓から部屋の中を覗き込む。
室内には更に生活感がない。それどころか、家具さえもなかった。
と、その時。
「誰だ!?」
誰何の声に慌てて振り返ると、そこに立っていたのは――
暫く後、住民達が帰った後の集会所にて。
「高野さん、事件の直後は随分塞ぎ込んでたみたい」
「その影響で事業に失敗して、膨大な借金を抱え込んだとの噂も聞きました」
ケイとミズカの報告に、雪彦が言った。
「それ、ただの噂じゃないよ。あの屋敷、売りに出されてるんだ」
屋敷で会った男は不動産屋だった。
しかし天魔の襲撃を受けた土地では買い手が付かず、高野は町から離れた安アパートで暮らしているらしい。
勿論、町の皆には内緒だ。
「ブラックなのは、単純に経済的に苦しいから?」
エルムが首を傾げる。
だとしたら、何故素直にそう言わないのだろう。
依頼人は戦場となった休耕田にいた。
彼が提示した報酬は、やはり最低額にも満たない程度。
証拠写真も弁明も、全く取りあおうとしない。
どんなに完璧な仕事をしても、これ以上は絶対に払わないと最初から決めていた様だ。
にわかに表情を引き締めたルーガが、依頼人の目の前に戦いで受けた傷跡を突き付けた。
「撃退士は命を賭けて戦う」
本当は廃屋を壊す時に手が滑って着いた傷だが、それは秘密だ。
「そして、ときには、依頼の中で命を落とす。それと天秤にかけた時、信頼もされていない、しかも値切られる…では、受ける者がいなくなるだろう」
予言者めいた厳かな口調で付け加える。
「その時、この集落は滅ぶだろう」
と、おもむろにスマホを取り出し――
「あんまりひどいと、コレで悪口ゆっちゃうぞー( ´∀`)」
ちょっとしたジョークで締めて、後は仲間に任せる。
「どうして報酬を値切るような真似をするんですか?」
詰問調にならない様に気を付けながら、エルムが尋ねた。
「世の中、労働や商品に見合った対価が支払わなければその産業は衰退してしまいますからね。正当な報酬は支払ってあげた方がいいと思うんです」
「だから、これが正当な――」
言いかけた依頼人を、雪彦が遮る。
「良いよ、ボクはいらないから…金銭的な報酬はね」
「私も報酬はゼロでいい。いや、寧ろ受け取りを拒否しよう」
歌音が言った。
依頼人は珍獣でも見る様な目で、二人の顔を見比べる。
「その代わり、今後情報を偽らないで頂きたい。私の要求はそれだけだ」
ぽかんと口を開けた高野に、雪彦が屈託のない笑顔を見せた。
「報酬ってさ、金銭だけの話じゃないんだ。依頼者や天魔による被害者…そういった方を力づける…力になれるのが撃退士だと思う。貴方からの信用・信頼もボクにとっては報酬なんだぜ?」
勿論お金も大事だし、女の子達には奮発してあげて欲しいけれど。
「なら、お前達は来てくれるのか? 満足に金を払えなくても…」
「見くびって貰っては困るな」
「困っている人がいて、そこに天魔がいるのであれば殲滅する。ただそれだけです」
歌音が言い放ち、エルムが微笑む。
「理由を聞いて納得しました」
翡翠が頭を下げ、疑っていた事を詫びた。
安全で簡単な仕事に見合う分しか払えない。
だから依頼書には嘘を書き、仕事には難癖を付けた。
困窮している事を周囲の者に知られたくないという、名士のプライドもあったのだろう。
それが、この調査から導き出した答え。
「でも、そんなに頑張らなくていい、です」
小杏が依頼人の無骨な手に自分のそれを重ねる。
「高野さんは今でも自慢のお父さんだと、皆さん言ってましたです」
「それに、皆さん『事情』についても薄々気付いていらっしゃる様ですし」
ミズカが言った。
それでも彼等は高野を慕っている。
「正直に話せば力になってくれるのではないでしょうか」
俯いた彼の耳に、ふと歌声が届いた。
「町の人に聞いたの。この歌、娘さんが好きだったって」
ケイの喉がメロディを紡ぐ。
それは静かに皆の心に染み込んでいった。