「泥に蛇…今度はおまけも付いてきたんだな…」
蛇の周囲を守る様に取り囲んだ狐と、少し離れた所に見える人影――ヴァニタス。
おまけの方が豪華に見えるのは気のせいだろうかと、一月=K=レンギン(
jb6849)は思わず目を擦った。
豪華と言うのは語弊があるかもしれないが、おまけが本命というのは人間界では割とよくある事らしい。
「実りの秋に、野暮な輩だね」
その光景を前にして、ジェンティアン・砂原(
jb7192)は軽く溜息。
黄金色に輝く稲穂を汚すなんて、お米大好き半分日本人としては許し難い暴挙だ。
「開いて蒲焼にしましょうか? この蛇?」
この大きさだと何百人分の糧になるだろうかと、満月 美華(
jb6831)が呟く。
しかし残念な事に、ディアボロは食べられない。
ならば選択肢はひとつ。
「無事に収穫出来るよう早急に排除しなきゃね」
さっさと倒してしまおうと、ジェンティアンは蛇に向かって走り込む。
周囲を飛び跳ねていた狐達がそれに気付いて迎撃態勢を整えるが、構わずそのまま突っ込んで行った。
「ついでに狐も巻き込めたら儲け物かな」
蛇を射程に捉えると彗星の雨を二連発、敵の動きは目に見えて遅くなる。
しかし、素早い動きで直撃をかわした狐達が、飛び跳ねる様に近付いて来た。
四股の尾が上がり、その先端から四つの狐火が放たれる。
それは正確にジェンティアンを狙って追いかけて来たが、それは却って好都合。
上手く誘導すれば同士討ちが狙えるかもしれない。
「戦闘機モノでよくある手だよね」
だが蛇の周囲は既に泥で埋まっている。
狙った様な華麗な走りはおろか、自分が狐火を避ける事さえ難しい。
「ていうか、狐なら玉藻御前みたいな美人さんが良かったなー」
などと軽口を叩いた途端。
ぼんっ!
直撃した。ちょっと痛い。
「流石にそう上手くはいかないか」
やはり狐達は地道に倒すしかない様だ。
「あの炎、射程はそんなに長くなさそうだな」
少し距離を置いてその様子を観察していた影野 恭弥(
ja0018)は、PDWを手に動き出した。
狐の注意を惹こうと自ら囮になる様に動きながら、近寄ってきた狐に銃撃を見舞う。
射程ならこちらの方が長い。攻撃を受ける前に距離を取り、正確な狙いを付けて撃つ。
たまに死角から近付く狐もいたが、気にする程の事もなかった。
その場に指揮官がいなければ、狐達はそのまま恭弥の銃撃の前に次々と倒されていった事だろう。
しかし、狐達は誰かに命じられた様に、一斉に退き始めた。
恭弥を無視して自分の持ち場、蛇のガードに戻って行く。
だが、その行く手を塞ぐ様に躍り込んだ者がいた。
「…約束したのよ…守るって…守ってみせる…みんなを…人々を…!」
瞳を紅く染めたリーゼロッテ 御剣(
jb6732)は、鬼気迫る勢いで曲刀を抜き放つ。
狐火を真っ向から叩き斬り、そのままアウルの刃を飛ばした。
横に飛んで逃げた所に踏み込んで距離を詰め、黒鉄の糸をその身体に絡ませる。
しかし四本の尾は束縛を逃れ、特大の狐火を撃ち出そうと一本に纏められた。
その距離、手を伸ばせば届く程に近い。
リーゼロッテは咄嗟に冥闇鉄扇を活性化させるとシールドを発動、巨大な炎球を受け止める。
そのまま更に踏み込んで、鉄扇に反撃のスマッシュを乗せ思い切り叩き付けた。
何故だかわからないが、今日はいつも以上に身体のキレが良い気がする。
敵を屠る事に快感さえ感じる様な――?
「とにかく、蛇の行動をやめさせないと」
これ以上田んぼへの被害を拡大させる訳にはいかないと、ヘリオドール(
jb6006)は闇の翼で上空に舞い上がった。
(水、風、土…なんだか最後は火が出てきそうですね)
そうなる前に、敵の狙いを明かしてしまいたい所だ。
幸い、今回は司令塔たるヴァニタスがいる。彼女に話を聞く事が出来れば――とは思うが。
(余計な事に気を取られてる余裕はなさそうな気がします…)
ヘリオドールは狐が撃ち出す弾が届かない距離を保ちながら蛇に接近、背後からサンダーブレードを撃ち込んだ。
既にコメットによる重圧を受けていた蛇は、その攻撃をまともに喰らう。
しかし、蛇は泥を吐き続ける事をやめなかった。
麻痺によってその場に釘付けにされてはいても、攻撃行動は可能なのだ。
だが足を止めてしまえば、その被害は射程内だけに限られる。
その隙に、マキナ・ベルヴェルク(
ja0067)は黒夜天・偽神変生で偽神を呼び覚まし、白蛇の盾で身を守りながら蛇に接近。
封神縛鎖の一撃を叩き込むと、その付随効果による黒焔の鎖で体を縛られた蛇は硬直、今度は移動どころか身動きさえ取れない状態に陥った。
「今のうちに、その口につっかえ棒をさせて頂きますわ」
泥に足を取られて転びそうになりながらも、美華は懸命に走った。
攻撃を仕掛けて来る狐には油揚げを投げて気を惹き(惹かれなかった)、足元の泥は「氷のルーン」の氷弾で凍らせてカチカチに(ならなかった)、どうにか黄昏珠の射程まで近付くと、黄色い光の矢を撃ち放つ。
それを顔面に受けた蛇は黒焔の鎖を引きちぎり、泥の塊で反撃に転じた。
「しまった…なーんてね」
美華は氷のルーンを投げ付けてそれを逸らし、泥の中から全力で跳躍、一気に距離を詰める。
「甘いわよ」
黒光りする胴体にスマッシュを叩き込み、更に迫って来た口に飛び込むと、そこに大剣マグノリアを突っ込んだ。
しかし、V兵器は手を離れると僅か数秒でその実体を失ってしまう。
美華はその柄を片手で抑えつつ、持って来たウォッカの栓を抜いた。
中身を蛇の口に注ぎ込み、双銃クウァイイータスを連射。
「全弾もってけ!」
つっかえ棒が外れて口が閉じられる前に、美華はありったけをぶちかまして離脱する。
残念ながらアルコールへの引火はないが、かなりのダメージは与えられた筈だ。
その口が再び開かれる前に、ジェンティアンが放ったアヴォーリオの象牙色の糸が絡み付く。
「これでもう、泥は吐けないんじゃない?」
しかし、鱗に覆われた外皮は流石に硬い。
マキナはヘリオドールに足止めを任せ、自身はその装甲を破る一撃を放つべく神天崩落・諧謔の構えを取る。
「僕が使えるのは、これで最後です」
サンダーブレードを放ったヘリオドールの言葉に頷くと、マキナはその外殻に衝撃波を撃ち込んだ。
黒い鱗が剥がれ、血飛沫が飛ぶ。
暴れ出した蛇の巨大な胴体が周囲の稲を押し潰したが、それも長くは続かなかった。
マキナは剥き出しの肉に渾身の四連撃を叩き込む。
同時に、糸を解き放ったジェンティアンが再び開いた口の中にトドメの銃弾を撃ち込んだ。
「吐いてばっかじゃなくさ、弾でも食らいなよ?」
地に倒れ伏した大蛇は見る間に形を崩すと、地中に染み入る様に消えていく。
「また、消えてしまうのですね」
ヘリオドールが呟いた。
この前もそうだった。倒した筈なのに、形を残さずに消えてしまう――
これは何を意味しているのだろう。
しかし今は、考えている時間はなかった。
まだ周囲には狐が残っている。
ヘリオドールは地上に降りると闇の翼を解除、鎖鞭バーゲストチェーンを構えた。
一体の狐が尾を上げる。それを錐の様に捻って纏めると、その先端から巨大な炎球が放たれた。
見るからに威力が高そうなその攻撃を、ヘリオドールはその軌道を読んでぎりぎりで避ける。
別方向から飛んで来た小さな狐火は叩き壊して狐に接近、鎖鞭を振るった。
しかし、先程避けた炎球が最後から再び迫る。
そこに素早く割って入ったリーゼロッテが鉄扇を一振り、炎球を弾き飛ばした。
狐の方は美華が双銃の連射でトドメを刺す。
「お二人とも、ありがとうございます」
「残りは僅かですわね。手早く片付けてしまいましょう」
言いながら、美華は次の標的に向けて石弾の忍術書で応戦、狐の足元に石礫を投げ付けた。
「向こうはお任せで大丈夫かな…レディの相手を出来ないのは残念だけどね?」
銃で追い討ちをかけつつ、ジェンティアンはちらりと遠方を見る。
そこでは、残る仲間達がヴァニタスと戦っていた。
「よう。お前の相手はこっちだぞ」
まだ大蛇が暴れていた頃。
数多 雄星(
jb1801)は少し離れた場所に佇む女に近付き、いきなり氷の夜想曲を放った。
女は咄嗟に飛び退くと、じっと雄星を見つめる。
やがて準備体操をする様にその場で軽く身体を弾ませると、一気に距離を詰めて来た。
しかし雄星は一定の距離を保ちつつ、まるで何処かへ誘い込もうとするかの様に、手持ちのスキルを次々に叩き込む。
「それで、どうするつもりだ?」
女が口を開いた。
その足元には大蛇が吐き出した泥が堆積している。
「足場が悪ければ勝ち目があるとでも思ったか?」
勿論、それだけで勝てるとは思わない。
雄星は自身の周囲にテラーエリアを展開すると、その闇に女を巻き込んだ。
「この暗闇は一分間続く。それまで…愉しもうじゃないか」
と、その前に。
少し聞きたい事があった。主人である悪魔の事、その狙い…
「フン、何も言わないことくらい予想していた。ここは、俺達らしいやり方…いつもの様に、奪い合い、殺し合うだけだ。『化物』らしく…な」
雄星は闇の中で釘バットを取り出し、構える。
「さあ、来いよ。化物同士、どちらかが死ぬまで殺し合おうか。お前の持つ情報を搾り取るのはそのあとだ」
それで殴る訳ではない、投げ付けるのだ。
投げられたバットは狙い違わず女に向かって行く。雄星には夜の番人で全てが昼間の様に見えているが、相手はそうはいかないだろう。
しかし、女はいとも簡単にそのフェイント攻撃を叩き落とすと、両手の爪を振りかざして雄星に迫る。
咄嗟に後退した雄星は距離を取ってダークブロウ、しかし相手からも全く同じ攻撃が返って来た。
「こいつも、ナイトウォーカーのスキルを使うのか…?」
ならば、目も見えているのか。
ダークブロウは互いに相殺され、飛び出して来た女の爪が雄星の胸元を切り裂いた。
深い闇の中、そこで何が起きているのか、一月にはわからなかった。
ただ、何が起きてもいい様に和弓鶺鴒を構えて遠巻きに待つ。
(ヴァニタス…依頼として対峙するのは初めてだな…さて、どこまで通じるものか…)
苦手な蛇は仲間が退治してくれる。
自分は自分に与えられた役割をきっちり果たすまでだ。
(相手が誰であろうと私のする事はいつも通りだ…近付き力で制すのみ…)
と、黒い闇が霧となって散り始めた。
戦況はどうなっているかと、一月は目を懲らすが――
「…くっ」
牽制の攻撃を放つ間もなく、その身体に衝撃が走る。
飛んで来たのはゴーストアローか。
次の瞬間、今度は黒光りする爪が目の前に迫っていた。
咄嗟にエクスプロードに持ち替え、受け流す。
しかし刃が火花を散らしたその瞬間、一月はその手に何か違和感を感じていた。
「あの爪…何か特殊な効果でも…?」
ふと気になって雄星を見る。
彼は泥の中に膝を付いていた。
「…どうした!?」
一月は、その時ちょうど大蛇を片付け、加勢に来たマキナにその場を任せて駆け寄った。
「あの爪、毒があるぞ」
違和感の正体は、それだったのだろうか。
「待ってろ、誰か…」
「いや、大丈夫だ」
ただの毒なら放っておいてもそのうち抜ける。
それに、毒を受けたままでも戦う事は出来ると、雄星は立ち上がった。
「接近戦が得意なタイプか。まあやるだけやってみようか」
狐達に敬遠された恭弥は、標的をヴァニタスに変更した。
闇の霧が晴れた瞬間、恭弥はその足元を狙って白銀の退魔弾を撃つ。
「相性は悪いが、足止めくらいは出来る」
だが、女の飛び出しの方が一瞬早かった。
女は一月にその爪を見舞うと、次はマキナを標的に選んだ。
「…やるのですか」
マキナは相手がその気なら、拳で語らう事も辞さなかった。
傷付く事は厭わない――目的を果たせるのならば。
――戦場に終焉を。
それが我が求道なれば。
この身――この拳は、唯一その為に。
ニヴルヘイムを拳に巻き、終焉ノ刹那を活性化。
マキナの髪と、纏った光が黄金色に変わる。
女が嬉しそうに目を見張った。
暫し、二人は他の何者をも寄せ付けぬ勢いで拳をぶつけ合う。
マキナは諧謔を連続で打ち込み、羅刹天の連撃。
女は闇を纏ってそれを受け流し、避け、或いは受け止めて反撃に転じる。
先に離れたのは女の方だった。
受け止めきれないと判断し、飛び退る。
だが、その瞬間。
恭弥が再び白銀の退魔弾を放った。
脚を撃ち抜かれ、女はたたらを踏む。
その隙を狙って、雄星が背後から影狼を一閃。
更に一月が渾身の力を込めて両刃の剣を叩き込んだ。
堪らず、女はその場に膝を付く。
だがその一撃で、一月の剣は刃毀れを起こしていた。
「教えておいてやろう。この爪には毒と腐蝕の効果がある」
身体で受ければ毒、武器や防具で受ければ腐蝕。
腐蝕した武具は、修理するまで使い物にならない。
「私の爪に触れたものは全て、だ」
女は立ち上がり、不敵な笑みを見せた。
「まだやるつもりか」
いつの間にか距離を詰めた恭弥が尋ねる。
「続けるならいくらでも、お前を倒せば報酬も増えるだろうしな」
だが女は首を振り、自身の周囲を闇で覆った。
「――名を、聞いておきましょうか」
マキナの声に「呂号」とだけ、答えが返る。
闇が晴れた時、その姿は何処にもなかった。
その頃には、残った狐も全てが退治されていた。
「さて、これで美味しいお米が食べられるね☆」
ジェンティアンは怪我をした者にライトヒールを施していく。
だが、リーゼロッテが抱えた不調は回復術ではどうにもならない様だ。
(今日の私…変…いつも体が勝手に動くけど…今日は体の火照りが全然収まらない…)
それに、ふいに頭に浮かんだ約束という言葉。
(…誰と…約束したの…? …私は…誰…?)
記憶にない。何故か知っている気はするが、思い出そうとすると頭が痛む。
「リーゼ、大丈夫か?」
いつもと違う様子に、心配した一月が声をかけてきた。
「ええ、少し休めば良くなります」
その返事も、いつもの彼女らしくないが。
「なら良いが…とりあえず、泥だけでも拭いておけ」
タオルを手渡し、一月は美華と共に一足先に田んぼの復旧に向かった。
「見たところ本当の泥の様ですし、洗い流せば何とかなるでしょうか」
ヘリオドールの言う様に、泥を被っただけの稲はどうにか助けられそうだ。
踏み潰されたものは諦めるしかないが、その程度で済んだなら上出来だ。
後は皆で手分けをすれば、それほど手間もかからずに終わるだろう。
その光景を、雄星は一人木の上から眺めていた。
「…結局、どこまでいっても俺は『化物』なんだな……」
誰にも届かない、独り言。
「……まあ、いいか。俺のやる事は変わらん」
次こそは。
雄星は痛みの記憶が残る胸にそっと手を当てた。