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マスター:STANZA
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2013/10/02


みんなの思い出



オープニング


 種子島宇宙センターがある町、鹿児島県の南種子町(みなみたねちょう)。
 その中心街から少し外れた所に、昔ながらの床屋さん「ロケットバーバー」がある。
 赤と青の回転灯が回る店先と、木製の取っ手が付いた少し重たいガラスの扉。
 その扉を開けて、一人の青年が顔を出した。
 客のいない店内で新聞を読んでいた主人が、その気配の顔を上げる。
「よお、爽ちゃん。いらっしゃい!」
 青年は小さくペコリと頭を下げた。
 彼の名は、涼風 爽(すずかぜ・そう)、種子島宇宙センターの技術職員だ。
「何だい、今回は早いじゃないか。まだそんなに伸びてないだろ?」
「うん、そうなんだけどね」
 少し癖の付いた黒髪を片手で撫でながら、爽は慣れた様子で鏡の前に座った。
「さては何かあるな? デートか?」
「そんなんじゃないよ」
 ニヤニヤと笑いながら言った主人に、爽は少し照れた様に笑って首を振る。
「明日、ちょっと大事な仕事があるんだ」
 今、彼が所属する部署では新型固体燃料の開発計画が進められていた。
 明日はそのプロジェクトの一部が、特別に一般公開される事になっているのだ。
「このところの天魔騒ぎで一般の見学ツアーは中止になってるけど、それだけは特別でね」
 一般公開と言っても、見学に来るのは国内外の研究者や技術者などの専門家ばかりだ。
 それに半年以上も前から予定されていた事でもある。
「今更中止には出来ないし、俺達もその為にずっと頑張って来たわけだからさ」
「ま、天魔が出たっつっても、この辺にはあんまり関係ない話だからなぁ」
 手際よく準備を整えながら、主人はのんびりとした口調で言った。
 彼の言う通り、今のところ被害が出ているのは島の中央付近だけだ。
 専門家相手の説明会まで中止する程の事態ではないだろうとの、センター側の判断だった。
「で、わざわざ散髪に来るほど気合いが入ってる所を見ると……何か大事なポジションでも任されたか? ん?」
「うん、まあね……説明責任者を、任せて貰った」
「そりゃすごいじゃないか!」
 並み居る先輩達を差し置いての大抜擢。
 大卒で採用され、今年で四年目という経歴から見れば快挙という他はない。
「どうりで気合いが入るわけだ。よーし、じゃあ俺も持てる技の全てを注ぎ込んで、皆の注目を一身に集める様なデザインを……!」
「いや、普通で良いから。いつも通りで」
 あっさり言われて少し残念そうに肩を落としながら、主人は霧吹きで髪を濡らし、丁寧に櫛を入れる。
「いつも通りって言やぁ……」
 主人は爽の襟足に目を落とした。
 そこには赤黒く変色した、大きな火傷の跡が広がっている。
「後ろ髪をこう……もう少し伸ばせば、上手く隠せそうなもんだけどなぁ」
 何故、彼は隠そうとしないのだろう?
「良いんだよ、これで」
 爽は鏡に映る主人に笑いかけた。
「これは名誉の負傷だからね」
「名誉? 人命救助か何かかい?」
「まあね」
 十年ほど前、火事で焼け落ちそうな建物の中から二人の子供を助け出した。
 その二人は今、爽にとって大切な家族になっている。
 和幸(かずゆき)と、桂(けい)。二人の弟。
「この怪我のお陰で、俺は……今の俺に、なれたんだ」
 この火傷は、その時に負ったものだ。首筋だけでなく、両腕にも跡が残っている。
 だが、彼はそれを隠す事もなければ見せびらかす事もない。
 ごく普通に、自然に、そこにあった。
「あれ? でも爽ちゃん、一人暮らしだよな?」
「ああ。弟達は今、久遠ヶ原に通ってる」
「久遠ヶ原……撃退士を養成するって、あの学校かい?」
 こくりと頷く爽は、少し得意げに見えた。
「じゃあ、離れて暮らしてるって訳か。寂しいだろ?」
 それには答えず、爽は僅かに目を細める。
「……そうだ。明日のこと、教えてやったか?」
「いや……」
「教えてやれよ、きっと喜ぶぜ? 兄ちゃんも頑張ってるんだなーってさ!」
 言われて、爽はポケットから携帯電話を取り出した。
 待ち受け画面は、弟達の旅立ちの時に三人で撮った写真だ。
「……そうだな、後でメールでも入れておくよ」



 種子島宇宙センターは、宇宙航空研究開発機構(JAXA)に所属する大型ロケットの発射場だ。
 本来はロケットの発射とその管制等が主な業務だが、天魔による襲撃が激化して以来、業務の多様化が進んでいた。
 現在では、本来なら本部で行われる業務の一部も代行している。
 理由は――この島が天魔の侵攻から免れた平和な土地だったから、だ。

 しかし今、その平和は過去のものとなってしまった。



 翌日、宇宙センターには説明会の参加者が無事に顔を揃え、予定通りに事が運ぶものと思われていた。
 しかし――

「て……っ、天魔だあぁっ!!」
 その叫びで、全てが水泡に帰した。
 センター付近に、サーバントの一団が現れたのだ。
 海岸に、或いは付近の森や林に、人魚の様なサーバントの姿があった。
 彼等はその場で何かを探している様にも見える。
 今の所は施設を襲う気配はなかったが、万が一という事もあった。

「涼風!」
 所長に呼ばれ、爽が駆けつける。
「見学者を連れて安全な場所に逃げろ。出来ればこの島から脱出させるんだ」
 もしここが襲われても、職員はこの場を動くつもりはなかった。
 ここには人の手を必要とする機械や、継続的な観察、観測を要するデータが山の様にある。
 それを放置して逃げる訳にはいかない。
 しかし、訪問者は別だ。一刻も早く安全な場所へ逃がす必要があった。
 いつかまた、島に平和が戻った時に……再び訪れ、研究の成果を見て貰えるように。
「わかりました。車は出せますか?」
「いや、この先の道に天魔が溢れているらしい」
 そこに車で突っ込むのは自殺行為だ。
「町役場まで出られれば、そこで車を貸してくれるそうだ」
 そこから先、国道は今のところ安全だという連絡が入っていた。
 ならば、町までは道路を避け、森や畑を突っ切れば良い。
「お前、この辺りの地理には詳しかったな?」
「はい!」
 体力に不安がある者には、爽や撃退士達が手を貸したり、背負ったりすれば大丈夫だろう。
 それも町に出るまでの辛抱だ。

 指示を受けて、爽は見学者達の元へ走る。
 殆どが経験を積んだ研究者や技術者とあって、メンバーには中年男性が多かった。
 しかし中には杖をついた初老の男性や、車椅子の女性もいる。
 突然の出来事に不安を隠せない様子の彼等に、爽は名前の通りの爽やかな笑顔を見せた。
「大丈夫です、既に久遠ヶ原学園に救援要請を出していますから。ここで彼等の到着を待ちましょう」
 その後は彼等に護衛して貰いながら、屋久島行きのフェリーが出る北西の島間港を目指す。
 本来なら本土への直行便がある空港か、或いは北の西之表港に向かうべきなのだろうが、そこに至るまでのルート上には多数の敵が待ち伏せている可能性が高かった。
「しかし、久遠ヶ原の生徒というのはまだ子供なのだろう?」
 子供に任せて大丈夫なのかと、一人の技師が落ち着かない様子で尋ねる。
 それに応えて、爽はもう一度笑顔で繰り返した。
「大丈夫です」
 弟達の姿が脳裏に浮かぶ。
 今頃は彼等も、撃退士として立派に成長しているに違いない。
「皆さんの安全は、絶対に守りますから」
 撃退士達は勿論……無力な一般人である自分も。
 戦う力はなくても、誰かを守る事は出来る。
 あの日、幼い彼等を守った様に――



リプレイ本文

「カマキリさん、また会いに来たなの!」
 転送されて来るなり、香奈沢 風禰(jb2286)は白カマキリの姿を探す。
 種子島と言ったらカマキリ、今度こそあの鎌をお持ち帰りするのだ。
 しかし目の前に現れたのは、見た事もない敵。
「スキュラ型ですね」
 礼野 真夢紀(jb1438)が小声で呟く。
 センターの周囲で何かを探している様だと報告があった、新手のサーバントだ。
 数は1体、まだこちらには気付いていない。遣り過ごす事も出来そうだが。
「どうしますか?」
「近付かせる前に、できるだけ対処…」
 真夢紀の問いに、リアナ・アランサバル(jb5555)が声を潜めて答えた。
 救助対象を連れていない今のうちに、危険は出来るだけ排除しておいた方が良い。
 それに、ここで戦いを経験しておけば、いざという時にも冷静に的確な対処が出来るだろう。
「大きな音を、立てない様に…」
「阻霊符も、今は使わない方が良いですね。使うと撃退士がいるって敵はわかるみたいですから」
 リアナの言葉に頷き、真夢紀はキューピッドボウを構えた。
 背後から近付いたリアナがその体を抱え上げ、頭から地面に叩き付ける。ひとつの頭が潰れ、残る五つは咆哮を上げる間もなくその衝撃で暫し自由を奪われた。
 そこを狙って、真夢紀がもうひとつの頭を矢で貫く。
「シーニーさん、お願いします!」
 一般人を連れている想定でストレイシオンを呼び出した日ノ宮 雪斗(jb4907)は、いつでも防御結界を張れる位置からのブレス攻撃を頼んだ。
 ただし「あ、出来るだけ鳴き声は出さない方向で!」というお願いも付けて。
 大きく息を吸い込んだシーニーさん、要求通りに無言のまま、普段よりも強烈に見える一撃を繰り出した。本当は叫びを上げながら攻撃したかったのかもしれない。
 そこに風禰の魔法攻撃が炸裂、光と陰の絡み合う刃が敵の脳天に突き刺さる。
「スキュラさんに、邪魔はさせないなのなの!」
 用があるのはカマキリだけ! なの!
「風禰さん、本当にカマキリが気に入ったんだね」
 苦笑いを漏らしながら、私市 琥珀(jb5268)がアンドレアルファスで残った頭部を撃ち抜いた。
 残る頭はひとつ、そこにナハト・L・シュテルン(jb7129)が放った鈍色の糸が絡み付く。
「余り騒がしくするものじゃないよ」
 糸を思い切り引くと、叫びを上げようとしていた首がぽろりと落ちた。
 初めての戦い。だが、予想以上に上手く行った。これで多少は不安や緊張も和らいだ気がする。
 残った胴体に、山科 珠洲(jb6166)がアサルトライフルで風穴を開ける。
 スキュラはその場に崩れ落ち、動かなくなった。
「他に、こちらに気付いた敵はいないみたいですね」
 周囲に目を光らせていた青(jb7050)が言った。
「今のうちに、センターで皆さんと合流しましょう」
 不意打ちや待ち伏せに注意しながら、一行は宇宙センターへ――


 彼等を出迎えたのは、後頭部に寝癖の立った二十代半ばの青年だった。
「涼風爽です、よろしく」
 案内人として同行する爽は、懐かしいものを見る様な目で撃退士達一人一人の顔を見る。
「涼風さん、見学者の情報と避難経路を教えて貰えますか?」
 それを頭に入れた青は、車椅子の女性の前に膝を付いた。
「青がおぶって行きますから、暫くの間我慢して下さいね」
「あらあら、こんな事なら少しダイエットしておくんだったわ」
 女性は恥ずかしそうに頬を赤らめるが、どちらかと言えば痩せ型の方だ。
 青は持って来たシーツを背負子の様な形にして女性を背負う。これなら両手が自由に使え、盾を構える事も出来る。
「車椅子は、置いて行ってしまうと困りますよね。涼風さん、お願いして良いですか?」
「了解」
 笑顔で頷くと、爽は折り畳んだ車椅子を軽々と持って非常口へ急いだ。
 撃退士に先導された見学者達がその後に続くが、中の一人、杖をついた初老の男性は平らな床でも足元が覚束ない様子だった。
「すみません。失礼かとは思いますが、この先は道が悪くなっていますので…」
 申し出た珠洲の言葉に、男性は僅かに抵抗を示す。だがその真剣な眼差しを見て考えを変えた様だ。それに、綺麗な若いお嬢さんにおんぶして貰うなんて、貴重な経験ではないか。
 珠洲は男性を杖ごと背中に負って、皆の後に続いた。
 最後になった青は、見送る職員達にぺこりと頭を下げる。
「見学者さんの安全は、全力でお守りします。だからセンターの皆さん、ご無事で」
 今はまだ、外の敵に動きはない様だが…念の為。
 やがて彼等は、入って来たのとは別の非常口に消えた。


 そこからは一般人を守りながらの移動だ。
 歩ける七人を真ん中に、その周囲を撃退士達が隙間なく囲む。
 ただし青と珠洲は背中に負った人を守る為、前方中央寄りの位置へ。側面を真夢紀と風禰が、やや後方寄りを雪斗が、そして琥珀は全体の位置を見ながら隙間を埋める様に移動しつつ歩く。
 殿にはナハトが付き、ヒリュウを呼び出して監視の目を増やしつつ、奇襲や強襲に備えていた。
(誰も傷つけさせない、誰の笑顔も奪わせない…)
 まだ多少の不安は残るが、表には出さず、努めて明るく笑顔で振る舞おうとする。
「歩けなくなりそうだったら、後ろから押してあげるからねっ♪」
 そして前方、やや先行した位置ではリアナが目を光らせていた。
 木々の間や藪の影など、敵が潜んでいそうな場所では遁甲の術で気配を隠しながら進む。
 そのすぐ後ろには案内役の爽が付いていた。
 背後から聞こえる指示に従い、リアナは道なき道を慎重に進んで行く。
 暫くは何事もなかった。
 しかし、一行が森の中に足を踏み入れた時――


「疲れさせてしまってごめんなさい。でももう少しですので、頑張ってください」
 森に入る前の休憩で、雪斗は既に息が上がった様子のオジサン達にチョコやスポーツドリンクを配って歩く。
 彼女の言う通り、この森を抜ければ舗装された細道に出る。そこから町は目と鼻の先だ。
「歩けなくなった方がいたら、元気な方が手を貸してあげて下さい」
 青が言った。それに道路に出れば車椅子も使える…限定一名様だが。
 久しぶりの運動に悲鳴を上げる足腰をさすりながら、オジサン達はのろのろと歩き始めた。
「歌でも歌えれば、少しは気も紛れるんだけどねぇ」
 約束通り、ナハトがちょっとダブついたその背中を押してやる。
 と、先頭を行くリアナが立ち止まった。
 身振りで敵がいる事を示すと、全員の間に緊張が走る。
 気付かれる前に攻撃を加えて追い払おうと、リアナは十字手裏剣を投げ付けて不意打ちをかけた。
 無防備な胴体に鋭利な刃が突き刺さると、それは咄嗟に跳躍し、その場を離れる。
 しかし同時に、その影に隠れていたもう一体のカマキリが、鎌を振り上げながら突進して来るのが見えた。
 リアナは後ろに下がると、護衛の列に加わりながらアンブルの蒼糸を操り、その侵攻を食い止める。
「みゅぅ? カマキリさん。会いたかったなの!」
 それを見て、風禰が嬉しそうに飛び出して来た。
「れっつ、カマキリさん! 捕獲タイムなの!」
「え、いや、風禰さん! 捕獲じゃなくて!」
 琥珀が慌てた様子でその後を追う。
「深追いして倒そうとするより、護衛に専念しよう!」
「わかってるなの! カマキリさん! 引いてなの!」
 風禰は弱点の胴体部分を狙い、光陰の刃をひたすら投げ付ける。
 良かった、これなら任せておけそうだと、琥珀はオジサン達の前に立った。
「指一本触れさせないよ!」
 彼等を背中に庇いつつ、現れたもう一体の胴体を狙って弓を射る。
 反対側では、ナハトが召喚獣をストレイシオンに切り替えていた。
「大丈夫、護るから心配しないで?」
 その防御効果で味方の周囲に見えない壁を作り、自らも鈍色の糸で守りを固める。
「ごめんね、ここは通せないの…僕は「盾」だから」
 雪斗はナハトが守りの龍を呼んだと見ると、自分は攻勢に転じるべくルキフグスの書を取り出そうとした。
 と、その目の前に新手の敵が!
「ひいっ!? こ、こここれで帰ってください!?」
 これ…って、どれだっけ!?
 実は召喚腕輪以外の武器を取り出すのは、これが初めてだった。上手く取り出せるのか、ハラハラドキドキ。
「で、出ましたぁっ!」
 早速、本を開いてカマキリに一撃、黒いカード状の刃を叩き込んだ。
「よ、よよよかった…ちゃんと使えた…てまた出ました!」
 ほっと一息吐く暇もなく、目の前に新たな敵が姿を現す。
 雪斗は無我夢中で、再び本を開いた。刃が飛び、振り上げた鎌のひとつが切り落とされる。
 それを見て、風禰の目が輝いた!
「カマキリさんの鎌を、もうちょっと調べるなの! 私市さん、頑張るの!」
「な、何だか解らないけど鎌が欲しいんだね、頑張ろう」
 巻き込まれた琥珀は、引きずられる様に風禰の後を追う。
 しかし、そこにもう一体! 更に倍!
「風禰さん、今はダメだってばー!」
 慌てて首根っこを捕まえて、引きずり戻す。
 どうやらこの森は、カマキリ達の溜まり場になっている様だ。
 こうなったら、腰を据えて戦うしかない。
「少しの間、待っていて下さい」
 珠洲は背中の男性をそっと降ろすと阻霊符を発動し、カオスシールドをアルス・ノトリアに持ち替えた。
「胴体に当てれば逃げて行きますから」
 仲間達に伝え、自らも光の羽根でその弱点を狙う。
 その脇では、真夢紀が弓を放ち、或いは足元に炸裂符を投げ付けて前進を阻んだ。
「怖かったら、目を瞑っていて下さいね」
 背中の老婦人に声をかけ、青は背後に固まった人々をシールドで守る。
 しかし、仲間達の徹底した「寄せ付けない」戦法が功を奏し、そこまで敵の攻撃が通った事は一度もなかった。
 仲間達も殆ど怪我を負う事なく、その場の敵は全て逃げ去り、或いは逃げ遅れて息の根を止められ――

「暫くここで休んでいくなの! その間にフィーはカマキリさんの鎌を貰って来るなの!」
 いや、休んで行く事に異論はないけれど。
 お持ち帰りはダメですってばー!
 仕方ないので、せめてもの記念に写真を一枚と言わず、撮れるだけ。
「シャッターお願いなの!」
 爽にカメラを渡し、琥珀を引っ張って残骸の前に立つ。
「え、僕も!?」
「はい、ちーず、なの!」
 問答無用で腕を組んだ風禰は、満面の笑顔でピースを作った。

 暫しの休憩の後、一行は再び歩き始める。
 森はまだ続いていた。真夢紀は弓を構えたまま、頭上に注意を払いながら歩く。
 木に登って彼等を遣り過ごし、背後から襲いかかって来るかもしれない。或いは――
 樹幹の隙間から見える空に、白い影が過ぎった。
 その着地点を見極めて、真夢紀はすかさず弓を射る。カマキリがそれ以上近付いて来る事はなかった。


 やがて役場に到着した一行は、小回りの利きそうなマイクロバスを借り受けた。
 体力のない者に合わせてゆっくり歩いた為に時間はかかったが、慌てて転ぶといった事故もなく、皆が無事にバスに乗り込んで行く。
 その間にも、リアナは監視の目を緩めなかった。
「港まで行くのか。だが、あそこも天魔の襲撃を受けてるらしいぞ?」
 役場の職員が声をかけて来た。
「…?」
 聞けば今、ふいに現れた撃退士達が戦っているらしい。
 ふと気が付いて真夢紀が携帯を見ると、メールが届いている。
 着信は少し前、港の戦いに参加したという後輩からの戦闘開始の連絡だった。
「急ごう」
 加勢が必要かもしれないと、琥珀が促す。
「涼風さん、運転お願いしても良い?」
 その言葉に、爽は「ありがとう」と笑顔を返した。
「え?」
 琥珀は首を傾げる。礼を言われる様な事を言っただろうか。
「皆、俺を頼りにしてくれて…さ」
 爽はかつて弟達にそうした様に琥珀の頭をくしゃくしゃと掻き回すと、バスのハンドルを握った。

 通路側に座った九人のシートベルトを確認し、バスはゆっくりと走り出す。
 直後、雪斗は警戒の為にヒリュウを召喚、その視覚を共有して上空から広範囲の警戒に当たった。
 一方、青はバスの屋根に乗って近場の異変に目を光らせていた。
「上なら敵の動きが分りやすいと思うのです」
 阻霊符を使っている今、いきなり体当たりでもされたらバスが壊されてしまう。
 発見次第大声で知らせれば、後は仲間達が迅速に処理してくれるだろう。
 一方バスの中では、琥珀が運転席を守る様に立っていた。
 その隣にはナハト。
「もう少しだから頑張ろっ♪」
 爽には気を楽にする様にと軽く声をかけつつ、その目はじっと前方に注がれる。
「油断は禁物…。飛び出してきたりするのに注意しないと…」
 後ろに座ったリアナが注意を促し――と、その途端にバスは急ハンドル。
「右、右です!」
 青の叫びと同時に、すぐ脇の林からカマキリが飛び出して来た。
 咄嗟に珠洲が窓から飛び出し、闇の翼で飛びながら光の羽根で侵攻を阻止、続けて風禰が魔法を叩き込んだ。
「行く、なのなの!」
 敵を蹴散らし、バスはスピードを上げる。
「振り切ればいいんだから、足止め優先だね…」
 今度は左、という青の声に、リアナはアサルトライフルを一発。
 更にもう一体、今度は真夢紀が先手を取る。
 今やバスはちょっとした戦車並の火力と装甲を誇っていた。
「前方に二体、道を塞いでます!」
 ヒリュウの目でそれを見た雪斗が叫び、自分も窓から身を乗り出すが、まだ距離がある上に側面からでは上手く狙えない。
 ナハトも窓を開けて閃のリングで狙ってみるが、走るバスの中からでは思う様に当たらなかった。
「涼風さん、止めて!」
 降りて戦おうと、琥珀が声をかけるが。
「いや、このまま突っ切る!」
 爽は思いきりアクセルを踏み込んだ。
 それを見て、上空の珠洲は咄嗟に得物をアルニラムに替えて急降下、片方の敵に白銀色の糸を絡ませた。そのまま、一本釣りの様に引っこ抜く!
「釣れた、なの!」
 風禰と真夢紀が糸の先にぶら下がったカマキリを狙い撃ち。
 バスは空いた車線を突っ切って一目散、すり抜けざまにリアナが置き土産を数発ぶち込んで行く。
 そのまま、猛スピードで国道を走り抜けた。


「ありがとう、お世話になったわね」
「こちらこそ、皆さんのご協力のお陰で、無事に逃げ切る事が出来ました」
 車椅子に収まった老婦人の言葉に、青がぺこりと頭を下げる。
「平和が戻ったら、また来てね♪」
 バスから降りる人々に手を貸しながら、ナハトが言った。
 撃退士達の相互連絡により、港が既に安全である事は確認済みだ。
 後は彼等をフェリーに乗せれば、任務は無事に完了する。

 ところで。
 彼等にはまだ、爽に言っていない事が二つあった。
 一つは、その後センター周辺でも戦いが起きた事。
 もう一つは…爽の弟達がこの島に来ている事。
 本当なら今すぐにでもにとって返し、援軍に駆けつけたい所だが――

 向こうから、少年が転がる様に駆けて来る。

 今は…今だけは。
 この兄弟の再会を、静かに見守っていたかった。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:5人

芽衣のお友達・
礼野 真夢紀(jb1438)

高等部3年1組 女 陰陽師
種子島・伝説のカマ(白)・
香奈沢 風禰(jb2286)

卒業 女 陰陽師
温和な召喚士・
日ノ宮 雪斗(jb4907)

大学部4年22組 女 バハムートテイマー
種子島・伝説のカマ(緑)・
私市 琥珀(jb5268)

卒業 男 アストラルヴァンガード
空舞う影・
リアナ・アランサバル(jb5555)

大学部3年276組 女 鬼道忍軍
弾雨の下を駆けるモノ・
山科 珠洲(jb6166)

卒業 女 アカシックレコーダー:タイプA
撃退士・
青(jb7050)

大学部1年103組 女 アストラルヴァンガード
希望を繋ぐ手・
ナハト・L・シュテルン(jb7129)

大学部2年287組 女 バハムートテイマー