「何となくだけど…急がなきゃいけないような胸騒ぎがするの」
天魔襲撃の報を受けた竜見彩華(
jb4626)は、仲間達と共に現場に急行した。
そこで見たものは――青いディアボロの集団。
しかも予想を遥かに超える数だ。
「うわぁ、わらわらとまるでG…」
Rehni Nam(
ja5283)がそんな感想を漏らすほどに多い。
ざっと数えて50体ほどか。それが国道の分岐点に溢れかえり、今まさに左右に分かれて北上を始めようとしている所だった。
「BWらと同程度以上なら、同数でもきついのに四倍か」
ブラッドシリーズに似ている様だが、性能はどうなのだろうかと、龍崎海(
ja0565)が呟く。
「BWらのように魔法耐性ありか? 逆に物理耐性?」
まあ、それは攻撃してみればわかる事だ。
「50越えとはずいぶん多いな、射って斬って、いつも通りやること同じ血みどろピクニック」
カイン 大澤(
ja8514)が壊れかけた笑みを浮かべる。
「そうね、大したことないわ」
ケイ・リヒャルト(
ja0004)が顎を上げた。
「良い? 冷静になって押し返すのよ。一人4体ちょっと倒せば良いんだから」
そう言われると、確かに大した数ではない様に思えてくる。
しかし、何だって今頃こんな所に?
「東北各地で群れが北上しているな。ザハークを倒してひと段落したと思わせて、新たにゲートでも開くつもりなのかな?」
海は首を傾げる。
しかしフィオナ・ボールドウィン(
ja2611)は、それはもう自信たっぷりに言い放った。
「敵の意図など関係無い。要は――叩き潰せばいいだけのこと。それも速やかにな」
それに、数のわりに指揮をしていると思われる個体や悪魔の姿が見えない。
この部隊は陽動か囮だろう。
「本気で潰す気なら悪魔なりヴァニタスなりが前線に出張っている上、兵の数もこの比ではなかろうさ」
「新型の性能観察か?」
何にしても悪魔が動かないならそのほうがいいと、海は頷いた。
「どんな思惑でも、街を守り、敵戦力を削るだけだ」
新型の性能を拝見といこう。
そして、叩き潰す――もう二度と使う気が起きない程に。
撃退士達は二手に分かれ、敵の侵攻を食い止めるべく南下を始めた。
東側の国道339号線を下る途中で、ケイはふと誰かの視線を感じ、その出所を探る。
傍らのビル、その屋上に人影が見えた。
子供の様に見えるが、普通の子供が鉄パイプで作られた細い手摺りの上などに立っていられる筈もない。
今この場に現れる可能性がある、子供の姿をした悪魔。
その条件に当て嵌まるのは一人しかいない。
「…また厄介な真似事をしてくれたわね」
ケイはその小さな姿に向けて呟いた。
「いいわ、その鼻っ柱、へし折ってあげる…。但し、マルコシアス、貴方には手を出さないわよ。貴方なんかより、住民の安全の方が何万倍も大切だもの…」
その声が届いた筈もないが、マルコシアスは自分を見上げるその姿を、じっと見下ろしていた。
「撃退士、か」
ぽつりと呟く。
「その戦いぶり、見せて貰おうか」
ふわり。
マルコシアスは鉄柵に腰を下ろすと、足を組んでそこに片肘をついた。
こちらは西側の国道101号線。
「些か数が多いが…やるしかないか。好き勝手させる訳にもいかないしな」
天風 静流(
ja0373)も視界の隅に悪魔の姿を捉えてはいたが、下手に藪を突いて蛇を出す必要もあるまいと、そのまま青い群れに向かって行く。
先頭を切って最前列に飛び出すと、まだ迎撃態勢が整わない敵の集団に向けて時雨を撃ち放った。
その重く鋭い一撃を食らって、二体の敵が揃って膝を付く。
しかし手応えを確かめる暇もなく、それを背後に庇う様に飛び出した戦士達が一斉に静流を狙って斬りかかってきた。
が、静流の背後から飛んで来た一発の弾丸が、振り上げた剣の軌道を変える。
「うむぅ…狙撃は苦手だけど、できる限りやってみるのだー…」
物陰に潜んだフラッペ・ブルーハワイ(
ja0022)がスナイパーライフルで狙い撃ったのだ。
苦手とは言うが、なかなかの腕前。無理に急所を狙ったりしなければ、充分に通用するだろう。
その援護を受けて静流は清姫の薙刀で時雨を連発、敵の前列を削っていった。
一度下がって距離を取る事も考えたが、上空に飛んだマリア・ネグロ(
jb5597)の姿を見て、静流はそこに踏み留まる。
次の瞬間、上空から彗星の雨が降り注いだ。
「黒きマリアの名において…其の道を示さん」
何体かの敵が直撃を受けて動きを鈍らせる。
続けて場所を変え、二発、三発。
混戦になってからでは使えない。敵が纏まっている今のうちに出来るだけ敵の行動を阻害するのだ。
「これはまた随分と面妖な敵ですね」
車椅子を進めた御幸浜 霧(
ja0751)は、一言そう呟くと紫色のオーラを身に纏った。
「…ただ、誰の許可を得てヒトのシマを荒らしよるのかえ?」
怒りの大分弁と共に立ち上がり、愛刀「惟定」を抜き放つ。
光纏さえしてしまえば、移動に不自由はなかった。そのまま敵の目の前まで走り込み、シールゾーンを展開する。
仲間を回復させようと青い戦士が杖を振り上げたが、何も起きなかった。
これで暫くは敵のダメージは溜まる一方だ。更に重圧によって多くの敵が動きを鈍らせているから、今が集中攻撃の好機。
霧はそのまま最前列に立ち、重圧の効果を免れたものを優先して攻撃を加えていった。
その隣では静流が薙刀を振るう。
後列からはカインがアサルトライフルによる攻撃を加えていった。
「分隊支援火器が欲しいよな、自動小銃型の瞬間火力の高いのが、普通の軽機関銃は重すぎる」
まずはどれも同じに見える死人の様な青い顔を狙って掃射、自分に注意を向ける。
「同じ顔の能面連中って天魔の連中って美的センスゼロだろ、作ったやつちょと美術部で修行しろ」
軽口を叩きながら側面に回り込み、そこで再びアサルトライフルを構えたが――
後方から飛んで来た海のヴァルキリージャベリンが、狙っていた敵を吹っ飛ばした。
CR上昇の恩恵を受けて、それは絶大な威力を伴って青い体に突き刺さる。
既にダメージを受けている敵は、その一撃で動かなくなった。
「俺の獲物が…ま、良っか」
少し不満そうに言ったカインだが、誰かがトドメを刺してくれるなら、それはそれで。
「数を減らすよりは敵の機動性を削いで、周りのやつにやらせよ、面倒くさいし」
カインは得物をブラッディクレイモアに持ち替えると、接近戦を仕掛けるべく敵の懐に飛び込んで行った。
曲線的な動きで敵の防御を乱し、腕や足を狙って斬り付ける。
「この大剣呪いたっぷりな剣らしいけど、俺はなんで狂わねえんだろ? パチもんかこの剣?」
或いは既におかしくなっているから、これ以上の影響はないのだろうか。
それとも、彼の精神は呪いなどには屈しない程の強さを持っているのか――
一方の国道339号線にも、ほぼ同数の敵が溢れていた。
「さて煮え湯を飲まされたアレと同じぐらいとは思いたくないが、まぁ考えるより全力で潰すのみか」
獅童 絃也(
ja0694)は、まずは後方からアサルトライフルを連射する。
「多い…でも負けられない」
まずは祖霊符を発動させた陽波 透次(
ja0280)も、それに続けてPDW FS80を撃ち込んでいく。
「まだ距離があるうちに、少しでも減らしておかないと」
その隣では、ケイが弓銃「ヴィントクロスボウ」を連射している。
彼等の援護を受けて、レフニー、彩華、フィオナの三人が敵の眼前に躍り出た。
レフニーはまず、敵の魔法攻撃力を計ろうとシールゾーンを展開した。
自分の攻撃力が上回れば、相手は範囲攻撃や癒やしの力が使えなくなる筈だ。
次の瞬間、走り込んで来た三人に向けて一体の敵が大剣を掲げた。
ブラッドロードが得意とした範囲攻撃だろうか――しかし、何も起こらなかった。
封印は効いた様だ。
それに、もうひとつわかった事がある。この青い敵は、大剣を装備しているものもロードと同様に何かスキルを使うらしい。剣と杖の装備の違いに意味があるのか、それはまだわからないが…
「全員が回復と全体攻撃の両方を使って来るとしたら、かなりの強敵ですね」
レフニーはその情報を仲間に伝え、それを受けた透次が別班のマリアにも伝える。これで全員に行き渡る筈だ。
「あれがBLと同じ様に統率固体程度の知能があるなら其処が泣き所になるやも知れんな」
絃也が呟く。所持スキルが同じなら、知能もやはり同程度なのだろうか。
しかし、フィオナにとっては敵の性能がどうだろうと、それで何が変わる訳でもなかった。
自分はただひたすら、前線で戦い続ける。シンプルに、ただそれだけだ。
フィオナは敵の前線に喰らい付き、その敵意を一身に集める。
敵が密集すれば、範囲攻撃のチャンスだ。
「構わん、やれ!」
躊躇うレフニーと彩華を振り返る。最大の効果を狙う為には、自身が巻き込まれることも厭わなかった。
それに応え、レフニーは頭上に彗星の雨を降らせる――ただし、自らが敵の群れに飛び込む事で範囲を調整し、フィオナへの直撃を避けながら。
「構わんと言ったであろう」
しかし、そう言われて素直に味方ごと吹き飛ばす者は、そう多くはないだろう。
高みの見物を決め込んでいるマルコシアスなら、許可が無くても平気で巻き込んで来るだろうが――
「行くよティアマット、これ以上何も奪わせないために」
ティアマットを呼び出した彩華は、まずホーリーヴェールと天の力でCRを引き上げ、レフニーの攻撃とタイミングを合わせてボルケーノを撃ち放った。
勿論、味方を巻き込まない角度と範囲を狙って。
「ディアボロにとって天界の影響を受けた攻撃は痛いはず!」
ただし、反撃を受ければ自分の痛みもそれだけ増す事になる。
一撃目は甘んじて受けた敵側も二撃目には体制を整え、シールゾーンや重圧を逃れた敵が遠距離からの反撃を狙って来た。
頭上に撃ち出された炎球が弾け、小さな炎の礫となって降り注ぐ。
降らせているのは後方に控えた大剣持ちか。
「…こっちもかなり痛いけど、私も一緒に耐えるから、頑張って…!」
それを耐えながら、二度目のボルケーノ。
フィオナが体を張って敵を引き付けてくれた、それを無駄にする訳にはいかない。
少しでも多くのダメージが蓄積した敵を狙って、撃つ。
コメットとボルケーノの波状攻撃が終わると、二人は治療の為に一旦前線を退いた。
しかし、防壁陣を発動させて攻撃を耐えきったフィオナはリジェネレーションを発動させ、その間も同じ場所に留まり続ける。
二人の攻撃で疲弊した相手を狙い、双剣「アスク・エムブラ」を振るってトドメを刺していった。
今回の作戦は、とにかく攻勢に出る事。
攻め続けていれば、結果として敵の意識は彼等に集中し、逃げ遅れているであろう民間人が標的にされる可能性が減る――という考えだった。
それは今のところ成功していると言って良い。
マリアが上空から見渡した限り、両側の国道を進む敵はこちらが倒した分だけ数を減らしていた。
これが極端に減りすぎている場合は、味方の攻撃が予想以上の効果を発揮したと見るよりは、残った敵が各所に分散し、身を隠したと見るべきだろう。
「悲観的に過ぎるかもかもしれませんが…甘く見ても良い事はないでしょう…」
当初は1対4ほどだった戦力比は、今や1対3程度にまで減っている。
このまま押し切れれば良いのだが――
「流石に数だけで押し通すのは厳しい様だな」
眼下の戦場を眺め、マルコシアスは「予想通り」といった風に鼻を鳴らした。
だが問題はない。勝利など最初から求めてはいない。ただ掻き回し、混乱させ、人間に恐怖を与えれば良いのだ。
マルコシアスは青い軍団に新たな指令を与えた。
封印の効果が切れると、戦場は乱戦模様となった。
道幅いっぱいに広がった青い壁を、静流がひとり切り崩していく。
「他の皆よりは打たれ強い、援護は頼んだぞ」
敵の懐に飛び込み横一閃、流れのままに脇に回り込んで正面を開けると、敵は後衛の射線の前に無防備な姿で晒される事となった。
「この一撃で確実に仕留めるのだ」
フラッペが物陰からスナイパーライフルを撃ち放つ。
何度か撃つうちにコツも掴めて来た様で、フラッペは仲間の攻撃に合わせ、或いは危険な動きをするものを優先的に潰していった。
そして、敵の動きに対処するべく注視しているうちに見えた事がある。
「どうやら杖持ちは回復専門、大剣の方は攻撃専門らしいのだ」
フラッペはそれを仲間に伝え、離れた場所で戦う友人レフニーにも同じ報告を入れた。
彼女は大切な友人だし、本気で護りたいと思う。しかし今は持ち場が離れている以上、こうして情報を伝える事で間接的な援護をする事しか出来なかった。
だがそれだけでも判明すれば、より効果的な対処が出来る。
「ならば、まずは杖持ちに攻撃を集中するのが良いでしょうか」
敵を牽制しながら霧が言った。
全体攻撃を受けるのもそれなりに怖いが、命中率はそれほど高くない。
ならば、せっかく叩き込んだダメージを帳消しにされない為にも、まずは回復手段を潰す。
霧は上段から大雑把な動きで大剣を振り下ろしてきた敵の攻撃を刀で受け流し、絡め取ってその切っ先を地面に向ける。
大剣の刃が勢い余ってアスファルトの路面を叩いた。その隙に霧は背後に回り、敵の体を前に押し出す。
そこに待ち構えていた静流が、薙刀でその胴を打ち払った。
背後に杖を掲げた敵の姿が見えたが――
「もう遅い」
続く一手で静流は素早くそれに近付き、弐式「黄泉風」で弾き飛ばす。
背後の敵を巻き込んで倒れたそこに、後方から海が放った光の矢が突き刺さった。
「物理も魔法も、同程度には効くのか」
ただしどちらも守備力そのものは高い様だが、熟練の撃退士の敵ではない。
「そろそろ数も減って来たか」
周囲を見渡し、カインは得物をショットガンに持ち替えた。
敵の側面に回り込む様に走りながら手当たり次第に引き金を引く。弱った敵をブラッディクレイモアの斬撃で仕留め――
「ナイスルーチンワーク! イピカイエー!」
だが、少し走りすぎたか。一人で孤立しない様に行動しようと、頭ではわかっていた筈なのに…気が付けばカインはひとり、敵に囲まれていた。
どこか身を隠す場所はないかと視線を走らせるが、そう都合良くは見付からない。
少しばかりピンチかもしれないと思った、その時。
上空から光の矢が降り注いだ。
見上げれば、マリアが裁きのロザリオを掲げている。
しかし、その視線は既にカインの方を向いてはいなかった。
「どうした?」
釣られてカインもそちらを見る。
と、後方に控えた青い一団が道を逸れ、中州の方へ流れて行くのが見えた。
その数8体。残った敵の半数弱だ。
「中洲か、守るには、隠れられないからやりづらいな」
だが、やるしかない。
カインは敵の囲みを強引に破ると、中州へと走った。
その後ろから、地上に降りたマリアが走り込む。他の敵を刺激して、これ以上の中州への侵入を誘わない為だ。
走りながら、他の仲間に緊急の連絡を入れた。
再び前に出たレフニーは、メタトロニオスを装備してCRを上げ、敵陣に躍り込む。
二度目、そして最後のシールゾーンをセットし、後退しながら隕石を降らせた。
のしかかる重圧に耐えかねて動きを鈍らせた敵を、フィオナが双剣で斬り刻む。
影響を免れて突破し、或いはフィオナの背後に回り込もうとしたものは、後方の射撃部隊の餌食となった。
ケイがその足元に散弾をバラ撒き、透次が弾幕を張ってその足を止める。
それでも強引に抜けて来るものには、透次が鎖の付いた鉤爪を放った。
青い体に突き刺さった爪が緋色に煌き、自由を奪う。
「ケイさん!」
それを受けて、ケイは相手が動けない事を幸いに目の前まで近付き――
「いってらっしゃい、もう帰って来なくていいわよ」
能面の様な青い額に弓銃を突き付け、アウルの光を纏わせて撃つ。
「あら、なかなかしぶといじゃない」
頭が吹き飛んでも大剣を振るおうと腕を上げるその胸に、もう一発。
これで1体、あと3体ちょっとで目標達成だ。ケイは再び後方に下がると、前衛の援護に回る。
入れ替わりにシュトルムエッジを装備した絃也が飛び出して来た。
別班から入ったばかりの連絡によれば、敵は杖を持つ方が回復担当らしい。
「ならば優先すべきは杖だな」
絃也はフィオナのカバーに入れる位置に立つと、中国拳法にも似た独自の動きで敵を翻弄、爪での一撃を加えていく。
その間にレフニーは三度目の隕石を降らせ、一度下がってアウルディバイドで回復、それが尽きるまで隕石を降らせ続けた。
だが、やがてはその効果も薄れ、封印の効果も既にない。
敵の全体攻撃や回復が頻繁になってきた頃合いを見計らって、絃也は本気を出し始めた。
闘気を解放し、敢えて無傷の敵を狙っていく。
まずは肘撃による衝撃波で相手の防御を貫き、その同じ場所を狙って掌底を繰り出し、山をも砕く重い一撃を叩き込んだ。
「次、サンダーボルトいくよ!」
彩華はティアマットに命じて攻撃を切り替えた。
上手く行けばこれで麻痺させる事が出来る筈、少しでも封印や重圧の代わりになれば良い。
「バッドステータス…弱くはないけど、効かないって訳でもないのかな?」
ちょっと微妙な所だが。
彩華はティアマットを一旦還すと、再び呼び出して天の力とホーリーヴェールでCRを上げ、今度は別の標的にサンダーボルトを放つ。
「止めはお願いします!」
応えたのはケイだ。遠方から弓銃で一撃、これで2体目。
個人的には半分のノルマ達成だ。
戦場を見渡せば、敵全体の数も半分ほどに減っている様に見えた。
この調子なら殲滅も時間の問題ではないかと、そんな気さえする。
だが、やはり…そのままで終わる筈がなかった。
別班のマリアからの連絡を受け、透次はその場をケイに任せて中州へと走る。
その間に、こちら側の敵も後方の半分ほどが戦列を離れ、中州へと動き出していた。
「逃がすものか。今しばらく付き合え。…そして首を置いていけ」
前に回り込んだフィオナが問答無用で自分に注意を向けさせる。
その頭上から重力と共に重たい一撃を叩き込むと、置いて行くべき首が潰れてしまったが…それでも、それは動いていた。
「邪魔だ」
ばっさりと斬り捨て、フィオナは次の敵へ。
その隣に回り込んだレフニーは、ランタンシールドで大剣の攻撃を受け流し、そのまま押し返しつつ殴りつける。
一匹も通さないつもりだったが、そちらにばかり気を取られている訳にもいかない。
ふと見れば、彼等が進む先には人一人がやっと通れる程度の細い路地があった。
身を隠すつもりなのだろうか。
だが、そこに入り込もうとしているなら、そのまま見送って…背後から攻撃すれば、所謂「嵌め殺し」状態に出来るのではないか。
レフニーは脇に退き、道を空けた。罠とも知らず、2体の敵がそこに入り込む。
丁度その時、気配を消して中州に侵入していた透次から連絡が入った。
『今なら挟み撃ちに出来ます』
「わかりました」
レフニーがその背を追い、狭い路地でヴァルキリージャベリンを放つ。技が持つCR上昇効果と、装備した武器の効果が相俟って、ダメージは殆ど倍近くに膨らんだ。
手前の杖を持った一体が膝を付き、奥の一体は反撃の大剣を振り上げる。
が、それが技を発動する前に、息を潜めて待ち伏せていた透次のPDWが火を噴いた。
次いで間合いを縮めつつ、透次は得物を水鏡に持ち替える。そのまま踏み込んで、切っ先を突き出した。
敵はそれを大剣の一振りで打ち払おうとしたが、何しろ狭い路地のこと、思う様に振り回せない。
その隙を衝いて紅爪で動きを止めると、透次は壁を蹴って跳躍、頭上から刻の太刀『黒皇』を叩き込んだ。
脳天を割られ、敵は朦朧とした状態になる。
潰されても動けるあたり、そこに脳味噌が詰まっているとは思えなかったが…ともかく、効果はある様だ。
その時、膝を付いていた杖持ちが回復の技をかけようと震える腕を上げた。
しかし、二発目の槍がその胸を背後から貫いて行く。
回復を封じられ、残る一体も刀の露と消えた。
完全に沈黙した事を確認すると、二人はそれぞれの持ち場へ戻る。
レフニーは再び国道での足止め、そして透次は引き続き中州での敵の掃討だ。
と、その時。
「助けてえぇぇっ!」
何処かで声がした。しかも一人や二人ではない。
『少し南に下った所の県道です』
再び上空に舞い上がったマリアから連絡が入った。
近くの小学校に逃げ込もうとした所を襲われたらしい。
それを聞いて、透次は現場に急行した。
逃げ遅れた人々をいち早く発見したマリアは、バザルトロッドを掲げシールドを発動、彼等の前に立ち塞がる。
「私の命…それは儚き命を須く守るために…」
天も魔も無い。己が崇高と傲慢に、ただ弱者を貪る存在。
「私は汝等に、否…汝等を操る者に抗う」
目の前には3体の敵。いずれも大剣を手にしている。
ここで全体攻撃を使われたら、背に負った命を守りきる事は出来ないだろう。
せめて剣で斬りかかって来るなら、3体同時でも耐えて見せるのだが――
東の国道を守っていたフラッペは中州寄りに立ち位置を変え、そこに入り込もうとする敵の足を止めようとスナイパーライフルを撃ち続ける。
だが、遠距離からの発砲では狭い通路に入り込まれた場合は手出しが出来なかった。
その耳に、助けを呼ぶ声が聞こえた。
「ごめん、こっちは任せたのだ」
言い置いて、足元に蒼い風を纏う。
風はスノーボードの様な形に纏まり、それに乗ったフラッペは声が聞こえた方に猛スピードで滑り出した。
そこに居たのは3体の青い能面と、壁を背にして固まった数人の避難民。そして彼等を背に立つマリアの姿があった。
フラッペはマリアの更に前に割って入る様に滑り込むと、今まさに大剣を掲げようとしていた敵にリボルバーを撃ち放つ。
至近距離から一発、二発、敵が大剣を取り落とすまで、引き金を引き続ける。その姿はまるで西部劇に出て来る保安官の様だ。
その時、敵の背後に飛び込んで来た者がいた。
「お前達の相手は、こっちだ」
透次は振り向いた敵の目を鳳凰臨で釘付けにすると、後退しながらその足元にPDWを撃ち込んでいく。
一匹釣れた。残るもう一匹も同じ様に引き付けて、じりじりと避難民達から引き離していく。
守りの脆さは自覚している。一撃でも当たれば身動きが取れなくなるだろう。
だが集中すれば何とかなる。いや、何とかする。
透次は刀に持ち替え、二体の敵と対峙した。
攻撃の軌道とタイミングを予測し跳躍で回避、だが、その着地点でもう一体が待ち構えていた。
咄嗟に体を捻って足より先に刀を突き出し、アスファルトの地面を弾いて着地点をずらす。
そのまま地面を蹴ると勢いのままに敵の剣を弾き返し、反撃の刃を叩き込んだ。
「この瞬間だけは、誰にも触れさせない」
だが、残る一体が背後から迫る。
間に合わないと判断した透次は限界を超えた急加速で回避しようと身構えるが。
物陰から飛び出して来たカインの赤い野太刀が、敵の背を切り裂いた。
「不意打ちは卑怯とか言うなよ?」
言いません。
敵に対してなら卑怯上等…と、透次の友人なら恐らくそう言うのではないだろうか。
その頃、国道に残ったケイは得物を双剣「青紅倚天」に持ち替えて、近接戦闘に切り替えていた。
遠くからちまちま削る段階は終わった。
残る敵はざっと見ただけでも片手で間に合う程の数、しかも殆どが既に何らかのダメージを受けている。
ここで一気にカタを付けてしまいたい。
敵の懐に飛び込んだケイは顔の前で双剣を交差させ、膝を屈める。その反動で伸び上がり、喉元を掻っ切る様に腕を振り払った。
「…くしゅんっ」
何故かその瞬間、くしゃみが出る。
「誰かが噂しているのでしょうか?」
お大事にと言いながら、彩華はティアマットを二度目の送還。
最後の呼び出し後は天の力だけを頼りに通常攻撃で削っていく。
絃也とフィオナも、これが最後とばかりに自らの負傷も顧みずに向かって行った。
そんな彼等に、レフニーは「痛いの痛いの飛んでいけ〜」だの「ちちんぷいぷい!」だのと言いながら、その傷を癒やしていく。
別の意味でも癒やされる光景だった。
一方の戦場でも、戦いは終局に向かいつつあった。
残った敵の突破を食い止めるのは、静流と海、そして霧の三人。数は少ないが、戦力としては充分だった。
「さて、もう一息だな」
静流は敵の側面に回り込む様にしながら、全力の攻撃を繰り出し続ける。
付近に障害物がない分は敵の体を盾にしてカバーし、ついでにそれを投げ付けて連鎖ダメージを狙った。
「あの範囲攻撃は誰かが隣接している時は殆ど使って来ない様だ」
戦いながら、そんな事もしっかり観察して仲間に伝える。
「なるほど、直接攻撃が届く範囲なら、そちらを優先するのですね」
ならば杖持ちはどうだろうかと、霧はその懐に飛び込んでみる。
そちらもやはり、近くに敵が居るなら回復よりも攻撃を優先する様だ。
振り下ろされた杖を真っ向から受け止めると、その先端から衝撃波が迸った。
もし抵抗値が低ければ、それで朦朧状態になったかもしれない。しかし霧は返す刀で反撃に出た。
それを狙って反対側から飛び込んだ海が十字槍を突き刺し、引き抜く代わりにその体ごと持ち上げて、地面に叩き付ける。
形勢はどう見ても敵側に不利、しかし彼等は前進をやめようとはしなかった。
「あくまでも命令に忠実なんだな」
海が呟く。なまじ知恵がありそうに見えるだけに、却って哀れに思えた。
前進をやめない敵に、霧は僅かに後退しながらヒポグリフォを撃ち込む。
流石に真っ正面からの突破は難しいと見たのか、残ったもの達は道を逸れて中州に向かい始めた。
そちらから迂回しようと言うのだろうか。
「自分から狭い場所に入り込んでくれるとは、助かるな」
静流は得物をグリースに持ち替え、その後を追う。
別の路地を通って先回りし、目の前に飛び出して喉元に極細の糸状にしたアウルを絡めた。
手首を返すと糸が張り詰め、食い込み、やがて首が落ちる。
しかしそれでも、それは動きを止めなかった。
踵を返して元来た道を戻り始める。
しかし、そこには霧が待ち構えていた。
「足場が悪いですから、避けられないでしょう?」
おまけに目も見えないのでは、避けられる筈もない。
首なし戦士は刀の露と消えた。
「やはり、解せぬな」
地上の様子を眺めながら、マルコシアスは呟いた。
彼等は何故、他の人間を助けようとするのか。
しかも、戦う力も持たないただの人間を。
撃退士同士で助け合うのはわかる。
戦える者の数は多い方が良いに決まっているからだ。
だが…
「あの様な、ただ逃げ回るだけの役立たずを助けて何になると言うのだ?」
しかも寿命は100年もない。
助けたところで戦力にもならなければ、明日にも死ぬかもしれないのだ。
「理解出来ぬ」
理解したいとも思わなかったが。
だが、どうやら人間とはそういうものらしい、という事はわかった。
次の作戦では、もっと上手く彼等を利用してやろう。
強力なディアボロを作るよりも、遥かに効果がありそうだ――
国道に溢れていた青い群れは、ごく短時間のうちに一掃された。
中州に散ったものも、虱潰しに探して叩いた。
だがそれでもまだ残っているものがいるかもしれないと、撃退士達は生命探知や足を使って、ありとあらゆる場所を調べて回った。
暫く後、確かに一体の敵も残されていない事を確認して、彼等は漸く緊張を解いた。
「この身体の反動か…良いね、最高にクソッタレだ 」
ひどい頭痛と吐き気に悩まされ、カインは道端に座り込む。
それは恐らく、どんなに高度な癒やしの技でも癒える事はないのだろう。
屋上の手摺りに座ったまま動こうとしない少年の姿を、フラッペはじっと見つめていた。
やはり、降りては来ないのだろうか。
(キミに聞きたい事があるのだ)
悪魔も天使も、人間と同じ存在だと、フラッペは考えていた。
だからきっと、話し合えば理解出来る。
何故戦うのか、何の為にここに来たのか、求めるものは、願いは…
もしかしたら、歩み寄れるかもしれないのに。
だが、ふと目を逸らし、再び見上げたその時。
彼の姿は、そこになかった。
「逃げたか」
フィオナが鼻を鳴らす。
「首謀者が見つからぬのなら、それはその者の意図を曲げたに過ぎず、再び訪れる災厄を意味するのでしょう…」
これで終わりではない。これこそが、予兆。
マリアは静かに未来の勝利を願う。
その耳に、微かな歌声が届いた。
避難所に出向いた歌姫、ケイが歌っているのだ。
平穏な暮らしを突然に引き裂かれ、恐怖の只中に突き落とされた人々に対して、せめてもの心安らぐ時間を。
(あたしに出来るのは…癒されるような、優しい歌を歌う…これ位、だけれど)
それでも、今の自分に出来る精一杯を――
数時間後。
列車の運転を再開した五所川原駅に、切符を買う少年の姿があった。
「函館まで、こども一枚ください」
それを見て、親切そうな婦人が声をかける。
「あらボク、ひとり? 小さいのに偉いわねぇ」
彼女も先程の襲撃で恐怖を味わった一人なのだろう。
だが、そんな事など微塵も感じさせない笑顔で、彼女は買ったばかりのキャラメルを少年に手渡した。
「この辺りはもう大丈夫だと思うけど、気を付けてね。良い旅を」
「ありがとうございます」
少年は、こんな場合に人間が使う言葉を知っていた。
だが、その意味はよくわからない。
わかりたいとも、思わなかった。