闇の中を、列車は走る。
空には満点の星。
だが、乗客にそれを楽しむ余裕はなかった。
「ツアーの人達、何処行っちゃったんだろう?」
車窓に映る自分や仲間達の顔をぼんやりと眺めながら、犬乃 さんぽ(
ja1272)は手にしたヨーヨーを弄んでいる。
彼等がもし天魔に捕まっているなら大変だ。
何より、夏休みも終わりのこの旅行、みんな凄く楽しみにしていたことだろう。それを邪魔した何者か…天魔の仕業ではなかったとしても、絶対に許せない。
『ミステリー、そのまま客が謎に消えた、と』
雨下 鄭理(
ja4779)は、声に出す代わりにホワイトボードに書き込んで、皆に見せた。
『ツアー参加者全員が消えたことから考えて、敵は「一度に多人数を処理する能力を持つ」か、「敵自体が大量に存在する」のではないだろうか』
「その場で殺された痕跡はない様だな」
月詠 神削(
ja5265)が目的地の周辺地図や写真を皆に回していく。
それを見る限り、流血の跡はない。血を流さずに丸呑みされた可能性もないではないが、それは考えないことにした。
「何処かに連れ去られたなら、まだ生きている可能性が高い」
「大量誘拐か…デビルキャリアーあたりが思い浮かぶけど、ミステリーツアーの途中でとなると場所的にあの図体は厳しいよな」
千葉 真一(
ja0070)が呟く。
「そうだな、近くで木々が倒れているといった情報もない」
神削から回されて来た写真をざっと眺めて、翡翠 龍斗(
ja7594)が言った。
「相手の動きを確実に封じ、山間部でもそれを迅速に運び出せる」
そうした条件に当て嵌まりそうな生き物は何だろうと、真一は腕を組む。
「蟻は違うな。ジガバチ…刺される事を考えるとこれも違うか。モ○ラよろしく粘着糸でも吹きかければってとこか」
糸で繭でも作ってしまえば運ぶのも楽だろう。
「糸なら蜘蛛の可能性はあるかもな」
「一体につき、2〜3人運ぶのが限界とすると40体近くはいる筈だな」
龍斗が言った。
運搬能力を低く見積もれば、その数は2〜3倍になる。
「彼等の知能は、どうなのでしょう」
そう疑問を投げたのは、皆の会話を黙って聞いていたユウ(
jb5639)だ。
「もし今回また同じように襲撃してくるのなら、囮と知りながら襲撃してくる力を持っているか、知能の低い本能的に行動する相手のどちらかの可能性が高いですね」
なるべくなら、後者であって欲しいところだが。
いずれにしても小型で大量、それが彼等の出した結論だ。
勿論、それはあくまで「予想」にすぎないが――
『まぁ、なんらかの理由はあるのだろうが』
鄭理はボードを見せる。
「……だが、人、の身に危険、を近づ、かせるのはい、けない、な…」
特別な思いがあるのか、そこだけは声に出して言った。
「じゃ、敵に襲われたら対処は他の人達に任せて、私達は逃げた奴等の後を追っかければ良いんだね」
紫々堂 御奈(
jb7155)が皆の話を纏める。
「ああ。奴等が逃げた場所に、行方不明者がいるに違いない」
神削が頷いた。
その場所を探る為には、何人かが囮となって浚われる必要があるだろう。
「迎撃班には、何体か倒さず残すように頼んでおかないとな」
「わかった、それなら私が言って来るね」
龍斗の言葉を聞いて御奈が立ち上がり、フットワークも軽く座席の間を駆け抜けて行く。
それを見送り、神削が言った。
「救出段階では戦闘が発生するだろうが、彼等を巻き込まない為に手早い撃破・殲滅が重要だ」
周辺地域でのサーバント活発化の情報から、敵は天界側の可能性が高い…と、これも予想でしかない訳だが。
「情報は少ないが…やるしかないだろ」
「一人でも多く助ける…それだけさ」
龍斗が頷く。
さんぽも、手にしたヨーヨーを握り締めた。
「銀河鉄道だからって、天国行きにもネジにもさせない、絶対助け出すもん!」
「…ネジ?」
その言葉に、並木坂・マオ(
ja0317)が首を傾げる。
「ほら、機械の体を貰いに行く方だよ」
ああ、なるほど。
東の空が白み始めた頃、列車は誰もいない早朝の駅に着いた。
「…いよいよ、か」
戦いに備えて仮眠を取っていた龍斗が身体を起こす。
ドアが開き、無防備を装った生徒達がぞろぞろとホームへ降り始めた、その時。
駅の東側に黒く蹲っていた山が、動いた。
巨大な蜘蛛が、その斜面に生える木々の間から押し寄せて来る。
敵の姿を確認すると同時に、さんぽは列車の中に身を潜めた。
「見つかったら、追いかけにくくなっちゃうし」
救助の際に適切な行動が取れるよう、まずは敵の動きや攻撃法をじっくり観察するのだ。
押し寄せる蜘蛛を前に、迎撃に当たる撃退士達がホームの左右に分かれて武器を構える。
その真ん中に、真一、龍斗、ユウの三人が取り残された。
勿論、わざと捕まる為だ。
携帯やスマホのGPSが起動している事を確認し、無力を装った三人はその場にじっと立ち尽くす。
狙い違わず、左右の攻撃陣を避けた蜘蛛達が中央の三人に向かって押し寄せて来た。
「蜘蛛型なら、やはり糸を使った捕縛になるのでしょうか」
ユウの予想通り、蜘蛛の口から白い糸が伸びて絡み付く。
反射的に動いてしまわないよう、ユウは念の為に練気で自分の行動を縛った。
吐き出される糸はどんどん増えて、視界はたちまち真っ白になる。
だが糸には通気性があり、また適度にひんやりとしていた。
天魔の餌にされるという状況を抜きにして考えれば、なかなか快適だと言えなくもない。
やがて細長い繭となった三人の体を一体の蜘蛛が纏めて抱え込み、逃走を始めた。
「上手くかかったよ!」
迎撃班に加勢しながら様子を伺っていた御奈が声を上げる。
それに応えて、物陰に潜んでいた仲間達が追跡を始めた。
鬼道忍軍のさんぽと鄭理が遁甲の術で潜行し、気配を殺しながら後を追う。
蜘蛛は追われている事に気付かないのか、一目散に森の奥へと駆け抜けていく――勿論、周囲の木々はすり抜けて。
神削は全力跳躍で追い付こうとするが、こちらは木々に阻まれて思うように進めなかった。
だが、こんな時の為のGPSだ。目では追えなくなっても、機械がその姿を捉え続けてくれる。
マオ、御奈と共に、神削は周囲を警戒しながらスマホの画面が示す光点に向けて歩を進めた。
(ここが奴等の巣か)
龍斗は指で開けた小さな除き穴から、外の様子を伺ってみる。
腕も足もグルグルに巻かれて動かす事は出来ないが、この為に予め顔の近くに腕を曲げておいたのだ。
勿論、いざとなれば全力でぶち破る事は出来るだろう。だが今はまだ、蜘蛛達に気付かれる訳にはいかなかった。
そこから見える景色からは、巣の詳しい構造はわからない。だが周囲の明るさから見て、洞窟などの閉鎖空間ではないだろう。
それが確認できたのは良いが、肝心の行方不明者達がどこにいるのか、この状態では全くわからなかった。
(さて、どうしたもんかね)
追跡班の姿もまだ見えないし、もう暫く様子を見ようか――
(止まった…?)
ずっと感じていた振動が、ふいに収まった。
と、今まで横に寝かされていた体が縦に起こされ、地面に置かれる気配を感じた。
恐らくここが蜘蛛達の巣なのだろう。
何か聞こえないかと、ユウは聞き耳を立ててみた。
しかし、聞こえるのは早朝の森に響く鳥の声ばかり。仲間の気配や息遣いも、感じる事はできなかった。
(どうしましょう、今すぐに飛び出しても良いものでしょうか…)
仲間達が同じ場所に運ばれたのかどうか、それもわからない。
何か動きがあるまで、もう少し待った方が良いだろうか――
(よし、着いたな)
真一は全身を耳にして周囲の気配を探っていた。
その時――
ズシン。
地響きが起き、周囲で何かが一斉に動いた。蜘蛛達の慌てた様子も伝わって来る。
何だかわからないが、チャンスだ。
「変身っ!」
光纏と同時に繭を破る。
蜘蛛達が礼儀正しく待っていてくれるとも思えないので、名乗りは省略。
―BLAZING!―
「ゴウライ、流星キィィィック!」
焔と共に繭を蹴破り、外に飛び出した。
「なるほど、こんな場所に連れ込んでたって訳か」
見渡せば、そこは森の中に自然に出来た広場の様だ。周囲を囲む木々の間に、蜘蛛の糸が薄く張り巡らされて囲いを作ってある。
その囲いが一部突き破られ、そこから一体の蜘蛛が突っ込んで来る。
そして、振り向けばそこには白く細長い繭がびっしりと並べられていた。
上から見れば、蜘蛛の巣と言うより卵が詰め込まれた蜂の巣の様に見えるだろう。
「返して貰うぜ。この人たちを!」
―CHARGE UP!―
アナウンスと共に、アウルの黄金の輝きがアーマーの様な形で全身に装着された。
「ゴウライソード、ビュートモードっ!」
蛇腹剣を振り上げ、手近な蜘蛛の足を払う様に斬る。
「ゴウライ、ナッコォー!」
足を追った所にブロウクンナックルを叩き込むと、蜘蛛は完全に沈黙した。
それを確認すると、真一は次の獲物へと走る。
走り込みながら――
「ゴウライキィィック!」
この場に観客がいない事が惜しまれる程の見事な蹴りだった。
その少し前。
「地面は罠だらけだね」
御奈は膝の高さに張り巡らされた糸を慎重に避けて歩く。
「これに触れると、巣から一斉に蜘蛛が飛び出してくるのかな?」
試してみる気はないけれど。
ここに来て急に密度が濃くなったのは、巣が近い証拠だろう。
それを裏付ける様に、GPSの座標は現在位置のすぐ隣を指している。
「あれが巣かな」
木々の間に張られた薄い糸。それを透かして向こう側が見える。
まだ動きはない様だ。
少し離れた所には、鄭理とさんぽの姿もあった。
「合図で一斉に飛び込む?」
御奈が鄭理達に連絡を入れた、その時。
『すまん、一体逃げた! 手負いの奴がそっちに向かってる!』
鄭理の無線機が、迎撃班の声を拾った。
さんぽが気配に振り向くと、蜘蛛はもうすぐ目の前に。
二人が迎撃体勢を整える間もなく、蜘蛛は糸を吐きながら頭上を飛び越え、囲いを突き破って巣の中に飛び込んだ。
巣の中に緊張が走る。
蜘蛛達の動きが俄に活発になった。それはまるで、パニックに陥った様にも見える。
「捕まってる人達が危ない!」
二人は弾かれた様に走り出した。
その間にも、無線機からは仲間の声が聞こえてくる。
『奴等の糸は熱に弱い。だが本物の火はあっという間に――』
火気厳禁。ただし、アウルの炎は別だが。
「こっちも行くよ!」
御奈が立ち上がり、蜘蛛達の気を引く。こちらを向いた一体にクロスボウの狙いを付ける。
同時に、囮の三人が繭から飛び出すのが見えた。
「反撃開始だな」
状況が動いたのを見て、龍斗は繭を突き破った。
静動覇陣でリミッタを外し、その突進を盾で受け止める。
「…彼女のように、盾はうまく使えんが…やってやるさ」
押し返し、烈風突で後ろに弾き飛ばすと、それを負う様に自分も飛び出した。
「貴様の相手は俺だ。余所見はしてくれるなよ」
元々手負いだったものが、腹を上にして引っ繰り返っている。
「…天魔、お前という悪夢を終わらせる」
ブロウクンナックルを腕に嵌めると、全身を拘束するように神龍の紋章が浮かび上がった。
「複数の業が混ざりし古流の武…翡翠鬼陰流が業の一つ。無手の業をお見せしよう」
真上から拳を叩き付ける。
「我が拳によって、打ち砕く」
硬い筈の外殻が、劣化したプラスチックの様に脆く崩れた。
騒ぎを感じて繭から飛び出したユウは、その一瞬で自分の置かれた状況と仲間達の位置を把握した。
次いで背後に目を走らせると、整然と置かれた大量の繭が見えた。
「よかった、皆さんご無事ですね」
繭に閉じ込められた時の自分の状態を考えると、彼等もきっと繭の中で無事でいるに違いない。意識があるかどうかはわからないが。
ひとつ安堵の息を吐くと、ユウは気を引き締め直す。
手近な敵に向けて鬼神一閃、そのCR差を生かして突き出された槍の一撃はあっさりと外殻を貫き、一瞬で命を吹き飛ばした。
「一撃必殺、各個撃破でいくぞ」
神削はソウルイーターで下げたCRをキープ・レイで保ちながら、漆黒の大剣を振るう。
誘拐などという姑息な手段を使う事から、この蜘蛛達は捕縛や行動阻害といったバステ攻撃を得意とするのだろう。
だが、それを怖れていては迅速な殲滅は望めない。
「喰らったら喰らったで、力ずくで振り切るまでだ」
それに、喰らったところで慌てる必要はない。
神削の大剣を封じた糸に、マオが炎熱の鉄槌を一振り、燃えさかる魔法の炎が糸を伝って蜘蛛の口を焼いた。
「捕まえた人は返して貰うよ、行けっボクのヨーヨー達…鋼鉄流星ヨーヨー★シャワー!」
蜘蛛だけを狙ってさんぽのヨーヨーが降り注ぎ、それが当たった所を鄭理が火精之長鞭で焼き払う。
その頃には、蜘蛛達はすっかり逃げ腰になっていた。
餌を起き去りに、蜘蛛達はまさに蜘蛛の子を散らす様に逃げ出そうと、糸を吐き出し宙を飛ぶ。
しかし立体機動ならニンジャも負けてはいない。
「ヨーヨーニンポー空中殺法!」
さんぽは近くの木に駆け上り、そこから火遁を放って糸を焼き払う。
落下する蜘蛛を鄭理の弓銃が狙い撃ち、最後は落ちた所に大鎌の一振りで命を刈り取った。
「残り4体!」
手当たり次第に弓を射ながら、御奈が声をかける。
その矢が当たった一体に龍斗が迫り、怒濤の連続攻撃を叩き込んだ。
「拳と蹴りの味はどうだ? 無手の基本は『投げる』『折る』『極める』を一つの流れに組みこむ事だ…たかが人間と甘く見過ぎたな、天魔」
空中からはユウが槍の一突きで一体を仕留め、手が届かない所は助けを求める。
それに応えたさんぽが退路を塞ぐと、後ろから回り込んだ鄭理が闘術・墜でアウルを爆発させた。
残る一体は神削の大剣で真っ二つに――
「怪我はないか?」
繭から救い出した人々に、救急箱を提げた真一が声をかけて回る。
「落ち着いて。もう大丈夫だ」
酷い怪我はない様だが、打ち身や擦り傷を負っている者は多かった。
応急手当をしながら、一人一人に声をかけていく。
その後について、ユウが行方不明者の名簿を元に身元を確認していった。
「全員、いらっしゃいます」
今度こそ、安心して良い。
ユウは思い切り深く、安堵の息を吐いた。
『駅の方も片付いたそうだ』
無線を受けた鄭理がボードを見せる。
それに水と食料を持った救助隊が、こちらに向かっているらしい。
腹拵えをしたら、後は電車に乗って帰るだけだ。
「良かったね、もうすぐ帰れるよ?」
さんぽが夏休み最後の旅行を楽しんでいたのだろう親子連れに声をかけた。
「ありがとう、ニンジャのお姉ちゃん!」
これでちゃんと絵日記が書けると、満面の笑みを見せた少年だったが。
「ぼっ、ボク男、男だからぁ…絵日記にお姉ちゃんとか書いちゃ駄目ぇぇ(真っ赤」
少年、人生初の男の娘との接近遭遇だった。