.


マスター:STANZA
シナリオ形態:イベント
難易度:普通
形態:
参加人数:25人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/08/26


みんなの思い出



オープニング



「……日本の夏は、肝試しだ」
 夕方の食堂。
 エアコンで涼をとる生徒達の前にふらりと現れた門木章治(jz0029)は、何の脈絡もなく突然そう言い放った。
 本日の彼は、紺絣の浴衣を身に付け、頭には手ぬぐいの捻り鉢巻き。
 いつもの眼鏡は、その鉢巻きの上にちょこんと乗せてある。
 その右手には何故か、七夕の笹が握られていた。
 左手には短冊の束。

 えーと、ちょっと待って。
 さっき、肝試しって言ったよね?
 でも、その格好はどう見ても七夕モードなんだけど?

「……肝試しと、七夕は……一緒に楽しむのが伝統だと、聞いた」
 門木は、真面目くさった顔で解説を始めた。
 七夕、それは……
 真っ暗な神社の敷地を舞台に繰り広げられる、サバイバルホラーゲームである。
 道なき道を辿り、途中で遭遇する恐怖の怪奇現象を突破して、笹を神社の境内に奉納するのだ。
 笹に下げた願いの短冊を落としたり、破いたり、或いは汚したりせずに……つまりは無事に届ける事が出来れば、そこに書かれた願いが叶うと言う。

「いや、先生。ちげーよそれ」
 解説を聞いた生徒達は、揃って顔の前でヒラヒラと手を振る。
 誰だ、そんなトンデモ人界知識を吹き込んだのは。
 しかし、人界に不慣れな天魔生徒の一部には、すっかり信じ込んだ目をしている者がいた。
「おい、信じるなよ!? ウソだから! デタラメだから!」
「え、でも……」
 疑う事を知らない純真無垢な天魔生徒は、かくりと首を傾げた。
「門木先生は、先生なのですから……先生が、誤った知識を生徒に教える筈はないと思います」
「いや、ダメだよ、先生だって間違える事はあるんだからさ!」
 と言うか、何事も鵜呑みにしてはいけません。
 物事には常に批判精神をもって臨まなければ……
「……まあ、普通にやるより……その方が楽しい、だろ?」
 門木が言った。
「わかってやってんのかい!」
 生徒達から容赦の無いツッコミが入る。

 しかし、言われてみれば……それはそれで楽しいかもしれない。
 それが正統なる日本の伝統だなとという、トンデモ主張さえしなければ。

「……じゃあ、決まりだな」
 満足げに微笑んだ門木は、手にした短冊の束を生徒達の前に置いた。
「……決行は、本日……これから」
 今から!? 早いよ、急すぎるよ! 準備する暇もないじゃん!
「……日没までに、短冊に願いを書いて……笹に、飾りつけてくれ」
 笹はグループ又は個人に一本ずつ。
 短冊以外の飾り付けはボランティアの手で完了している。
「……参加希望者は……その笹を持って、再びここに集合、だ」
 舞台は久遠ヶ原の廃墟。
 その何処かには、名も知れぬ神を祀った小さな祠があるという。
 だが、その場所は誰も知らない――脅かす側の有志以外は。
 暗闇の中でそれを探し、短冊を付けた笹を奉納する事が出来れば、ゲームクリアだ。
「……勝ち負けは、特にない。……制限時間も、ない」
 楽しめれば、それでOK。
「……ゴールの後には、アイスが待ってる……あと、花火も」
 今回は手持ち花火だけになるが。



 そんな訳で……真夏の夜に肝試し、如何っすか?
 ついでに願いも叶う、かもしれませんよ?



リプレイ本文

 突然の発表に、夕方の食堂は俄に慌ただしく動き始めた。
 次々に捌かれて行く笹とランタン、それに短冊の束を見て、美森 仁也(jb2552)は苦笑いを浮かべる。
「信じた天魔生徒、多そうだね」
「でも、お兄ちゃんはちゃんと知ってるよね」
 自分達の笹を受け取りながら、美森 あやか(jb1451)が答えた。
 幼い頃、あやかに七夕を教えたのは仁也だ。彼女の保護者をしていた12年の間に、仁也は大抵の伝統行事に詳しくなっていた。
「さあ、願い事を書かないと」
 仁也に言われ、あやかは短冊に筆を走らせる。
『依頼に行く人達の怪我が出来るだけ少なくて済みますように』
『皆が進級試験に合格しますように』
『無病息災』
 えーと、それから…
 ふと気が付けば、仁也は笹の飾り付けを増やそうと、忙しく手を動かしている。
 吹き流しや飾り切り、カラフルなリング…
「…あたしばっかり書いているけど、お兄ちゃんはいいの?」
「うん、もう書いたよ」
 にっこり笑って、仁也は自分の短冊を下げた。
(願い事見られたくないもんな)
 過剰にも思える飾りに隠れて、短冊の文字は見えない。
「じゃあ、あたしも」
 あやかも黄色い短冊に一番の願い事を書いて、飾りの裏側に下げた。
 やはり、願い事は秘密だ。
 しかし二人共、願う事は同じ。
 口には出さないが、その想いは常に二人の胸の内にあった。

「ミハイルさん、お待たせー!」
 パンダ柄の浴衣に着替えたクリス・クリス(ja2083)が食堂に走り込んで来る。
「おう、可愛いじゃないか。似合うぞ」
 かく言うミハイル・エッカート(jb0544)も、日本の伝統に合わせて浴衣姿だ。
「あれ?」
 ミハイルが確保した笹を見て、クリスはかくりと首を傾げる。
「飾りが足りないじゃない」
「そうか? 七夕飾りはこんなものだろう…よく知らないが」
 しかしクリスはぶんぶんと首を振り、「ちょっと待ってて」と言い残して再び何処かへ走って行く。
 戻って来た時、その両腕には小判や鯛、福俵などの飾りが満載されていた。
 どうやら福笹と混ざった様だが、おめでたい物には違いない。
 一緒に飾り付けられた短冊には、こう書かれていた。
『大きなお友だちや小さなお友だちと仲良くなれますように』
 文字通り、そのままの意味だ。決してヒーローショー等で周囲の観客と一緒に盛り上がりたいという意味ではない。
 長幼の別なく友情を育む、素晴らしいではないか。
「ミハイルさんは何て書いたの?」
「俺か? 俺は…」
 さりげなく短冊を裏返してみたりするが、見られてしまった。
『ピーマン食べられるようになりたい』
『スナイパーライフル欲しい』
 …子供ですかい。
 うん、ライフルはサンタさんにお願いすると良いんじゃないかな。

「…無病息災健康第一、ですか…?」
 天ヶ瀬 焔(ja0449)が書いた短冊を見て、天ヶ瀬 紗雪(ja7147)が首を傾げた。
 何だか七夕の願い事と言うより、厄除け祈願の絵馬の様だ。どうせなら『家内安全』も入れたい気がする。
「そっちは皆の無事を祈った汎用短冊。本命はこっちだ」
 小さく微笑み、焔は別の短冊を表に返して見せた。
『これからも二人で仲良く、楽しく過ごせます様に』
 そう書いてある。
「ぁ…はい」
 嬉しそうに微笑み、紗雪は自分の短冊を見せた。
『焔と笑い合い幸せに満たされる時間を星の数くらい沢山重ねることが出来ますように』
 でも、もっと書いて良いなら。
「ちょっと待ってて下さいね」
 紗雪は残った短冊に、様々な願い事を書き始めた。
 友人達の顔を思い浮かべ、それぞれの幸せを願って…
(お友達も沢山ハッピーに!)
 沢山の短冊を下げた笹は、重そうに頭を垂れていた。

 そしてここに、門木の与太話を完全に信じた上に、独自の解釈まで付け加えた者がいた。
 ジズ(jb4789)の解釈は、以下の通り。
 ・願い事を書いた細い紙を笹に括って祠に持っていって刺したら叶う
 ・願い事は3つまで
 ・祠に刺すまで人に見せたらいけない
「なに、何て書いたの?」
 虚神 イスラ(jb4729)に手元を覗き込まれ、ジズは慌ててそれを隠した。
 ぶっといマジックで何やら簡潔に書かれていた様だが、残念ながら解読は出来なかった。
「太い方が、目立つ」
「目立つと、叶う」
「見せたら、叶わない」
 途切れ途切れにそう言ったジズの真剣な眼差しに射られ、イスラはつい「ごめん」と謝ってしまう。
「これ、余った」
「イスラに、あげる」
「願い事、書く」
 差し出された短冊に、イスラは内緒の願い事を書き入れた。

 それぞれが準備に余念の無い中、レイラ(ja0365)は…
「…先生」
 門木の目の前に立ち、深い溜息をついていた。
「浴衣を着ていらしたのは良いと思います。でも…」
 合わせが逆だよ。それじゃ死人だよ。それに履き物だっていつもの健康サンダルじゃないか。帯の結び方も何だか変だし。
「それに、先生にはこちらの柄の方が似合うと思います」
 レイラが取り出したのは、何だか高級そうな生地を使った浴衣と帯。それに下駄もセットだ。
「正しい着方を教えて差し上げますから」
 はい、お願いします。



 そして制限時間を過ぎて、いよいよ肝試し。
 真っ暗な廃墟に笹とランタンを持った生徒達が集まって来る。

「ルールはランタン一個、短冊のついた笹を持ちつつゴールを目指すか…俺は笹を死守する事にするかな?」
「では、ウチはランタンを持ってゴールを目指す事にしますかねぇ」
 落月 咲(jb3943)は、黄昏ひりょ(jb3452)の手からランタンを受け取った。
「ふふふ〜、こういうのも楽しそうですよねぇ」
 スタート地点は雑草が生い茂る廃墟の一角。足元には崩れたコンクリートの欠片や、折れた剣などが転がっている。
「肝試しの脅かし役よりも、本物が潜んでいそうな雰囲気だな」
「ここでランタンを落としたら、雑草に燃え移って大惨事になりそうですよ〜」
 などと気楽な様子で歩くこと暫し。
 カサリ。
 行く手の草むらが動いた。誰かが潜んでいるのだろうか。
 普通はここで怯んだりするものだが、このチーム【イタズラ隊】 は名前の通り、素直に脅かされる気はないらしい。
 二人が気付かないふりをして通り過ぎようとした時。
「くくく…リア充どもめ、一網打尽にしてくれるッ!」
 飛び出したのは、ゾンビマスクを被ったラグナ・グラウシード(ja3538)だ。
「喰らえ、シャイニング非モテオー…るぁっ!?」
 バチン、バチバチッ!
 ゾンビの足元で何かが弾けた。
 それは、ひりょが爆竹代わりに投げ付けた炸裂符。威力は弱いが、音だけは派手だ。
 反撃を喰らう事など予想だにしていなかったラグナゾンビは、思わずその場でたたらを踏む。
 その慌てた様子を見て、咲が言った。
「ごめんなさい〜、ゾンビさんを狙ったわけじゃないんですよ〜ぅ」
 だって…と、声を潜める。
「今そこに、白い手が見えてましたよぉ…?」
 それは、ただの脅しの筈だった。
 なのに…指差した先の地面からは本物の手が突き出している。
「…ぇ?」
 ボコッ。ボコボコッ。
 土気色の腕が天に向かって伸ばされ、引っ張り上げられる様に肩が、頭が、上半身が立ち上がる。
 茶色い悲鳴を上げたのは、偽ゾンビだろうか。
「本物、ですねぇ〜」
 ふらーり、咲は驚いたショックで死んだふり。
 ゾンビ出現よりも寧ろ、突然の悲鳴に驚いた気がしないでもない。
「さっちゃん、逃げるよ!」
 その身体が地面に倒れ伏す前に、ひりょが抱きとめ、かっさらって逃げる。
 咲はそんな状態でも、ランタンだけは死守していた。

「…くっ、まさかここで本物が出るとは…!」
 真っ先に逃げたラグナは、今度はしっかりと安全を確かめて再び身を潜める。
 さあ来いリア充、今こそこの非モテ騎士が天誅を下してやろうぞ…!

「よし、準備完了っと」
 照れ笑いを漏らしながら短冊を飾り付けた如月 敦志(ja0941)は、少し不安そうな面持ちで自分を見つめる栗原 ひなこ(ja3001)に笑みを返した。
『大切な人達と、大切な人と、ずっとバカやってられますよーに』
 そんな願いを書いた短冊の隣には、ひなこの願い事が揺れている。
『大好きで大切な人達と一緒にいつまでも笑顔でいられますよ〜に』
 なんだか、似た様な願い事だ。
「お揃いだね」
 微笑むひなこはしかし、すぐに表情を曇らせて、敦志の浴衣の袖をぎゅっと握り締めた。
「浴衣で遊べるって思ったけど、やっぱり肝試しは怖いよぉ…」
 涙目になっている。
「浴衣、着崩れない程度に頼むぜひなこ」
「う、う…うん。絶対離れちゃヤだからね?」
「大丈夫、離さないよ」
 と言うより、ひなこの方が離してくれそうもない。
「行こうか」
 苦笑しながら、震えるひなこの頭を撫で、敦志は笹とランタンの両方を持って歩き出す。
 が、その腕にひなこが思い切りしがみついてきた。
「じゃ、ひなこはこっち持って」
 ランタンを渡し、手を繋ぐ。
 二人のスタート地点は、殆ど障害物のない平坦な場所だった。
 脅かし役が身を隠せそうな場所もない。これなら楽勝だと、敦志は思うのだが。
「きゃあぁぁっ!!」
「うわぁっ!?」
 ひなこの突然の悲鳴に、敦志も思わず飛び上がる。
「敦志くん! な、な、なにかいたっ!? そこ、カサッって、カサッって!!」
 敦志の腕に思い切りしがみつき、ひなこは何もない空間を必死に指差している。
 多分、虫か何かだ。
「大丈夫、何もいないよ」
「ほ、ほんと…?」
 敦志の袖を握る手は、力を入れすぎて真っ白になっていた。
「ゆっくりでいいぜ、確実に進もうや」
 にっこり笑い、ひなこの頭をひと撫で。
 浴衣は既に着崩れ気味だが、もうこれは諦めるしかなさそうだ。
 そうして暫く歩いた頃。
「そう言やこのへん、ゲートに近かったっけ」
 目の前の闇に、ほんのりと浮かび上がる白い影。
 蹲った骸骨の様に見えた。多分あれは、敵だ。
「あー、悪いひなこ、幽霊じゃ無いの出てきちゃった。ちょっとだけ待っててくれや?」
 敦志は笹をひなこに預けてウインドフォールを展開すると、敵に向けて滅煉衝−零式−を放つ。
 離れる手。それを追う代わりに心細げに笹を抱き、ひなこは敦志を見守っていた。
(お化け違う、お化け違う…)
 が、その敦志を背後から狙う何者かの影が!
「いぃやぁぁっ!」
 コメット投下、無数の彗星が敵味方の区別なく降り注ぐ!

 その影とは勿論、ラグナゾンビだ。
 重圧に苦しみながら這々の体で危険地帯を脱したラグナは、今度こそはとリベンジを誓う。
「なるほど。恐がりな女性ほど、パニック時の反撃は激烈になるのだな」
 ひとつ学習した。
 パニック状態、恐るべし。
 次はなるべく平静なカップルを狙うとしよう。

「あれ、おかしいな…門木センセと七夕の筈だったのに何故肝試し!?」
 藤咲千尋(ja8564)は、自分の置かれた状況を今ひとつ理解できていなかった。
 しかし、頼れる彼氏の櫟 諏訪(ja1215)と一緒なら、何があっても大丈夫。
 浴衣姿の二人は手を繋いで、崩れかけた校舎脇の道を進む。
「千尋ちゃん大丈夫ですかー? 無理はしないでくださいねー?」
 諏訪は千尋が怪談を苦手とする事をわかってくれてるので、ちょっと安心…だけど。それでも。
 膝は震え、冷や汗が出て来る。
「お化けは何とかしますから安心して大丈夫ですよー?(ぽふぽふ」
 そんな千尋を撫でてみたり、はぎゅしてみたり、あの手この手で落ち着かせようと、諏訪は一生懸命だ。
 そうして宥めながら、トラップはあほ毛レーダーで早期発見、回避。お化けは容赦なくスキルで攻撃して、どんどん先に進む。
 お化け役としては、脅かし甲斐がないにも程があるといった所だろうか。
(何も見ない、見えない、何もいないんだから!)
 千尋は目をしっかり閉じて、諏訪に手を引っ張って貰いながら先を急いだ。
 しかし、目は閉じても耳は塞げない。
「きゃはは、あははは…」
 何処からともなく、子供の笑い声が聞こえた。
 前から、後ろから、右、左。離れては近付き、渦を巻く様に…
「…大丈夫大丈夫いけるいけるだいじょ…だいじょばなかったあああうわあああああ無理ィィィィイイイぎゃああああああ……」
 千尋が壊れた。
 壊れながらも無自覚に索敵・罠回避、敵と認識したものには容赦無く精密殺撃の洗礼を浴びせる。
 そして脱兎の如くフィールドを駆け抜け――それでも握った手は離さないから、諏訪は思いっきり引きずり回される事と相成ったのでありました。

 その頃、ラグナゾンビは。
「…よかった、手を出さなくて良かった…」
 千尋の壊れっぷりに巻き込まれる前に、さっさと逃げ出していた。
 やはり恐がりな女性に手を出すものではない。
 いや、騎士たる者、標的にするのは男だけなのだが、カップルである以上は女性がもれなく付いて来る訳で。
 向こうから来る二人も、やはり同じパターンの様だ。危険、危険。
 しかし…一体彼は、いつになったら襲撃の成果を上げる事が出来るのだろうか。

「こうして一緒に肝試しは、一年ぶり、かな?」
 アスハ・ロットハール(ja8432)は妻メフィス・ロットハール(ja7041)の手を引いて、真っ暗な道なき道を歩いていた。
 周囲は月明かりがほんのりと照らす程度で、手にしたランタンの頼りない光の他に光源はない。だが、アスハはひとりナイトビジョンを装備していた。
「スキルは禁止されてる、が…装備に関しては問題ない、な?」
 お陰で罠や障害物、脅かし役の存在もよく見える。
 見えるけれど…メフィスには教えない。肝試しの何が楽しいかと言えば、そこはやはり彼女のリアクションにある訳で。
 …むにゅっ。
 足の裏に、何か柔らかいものを踏んづけた感触が。
 アスハの目には、それがジェルの入ったクッションである事が見えている。だがメフィスは。
「――ひっ!?」
 慌てて飛び退り、バランスを崩して倒れそうになった所を支えてくれたのは…アスハじゃ、ない!?
「きゃあぁぁぁっ!?」
 振り向くとそこには、特殊メイクを施した見知らぬ男が。
 メフィスの身体は無意識に動き、反射的に手加減なしのグーパンが飛ぶ!
「んぎゃっ!!」
 あ、鼻の骨…折れたかも。
「だからこういうの苦手なんだってばぁ!?」
 可笑しそうに笑うアスハの横でそう言い返しながら、メフィスは殴った相手に平謝り。
「…本当に何で、天魔は平気でコレや虫は駄目なんだろう、な」
「仕方ないでしょ! でも、虫は最近わりと平気に…きゃあぁっ!」
 ランタンの光に集まる巨大な蛾やカナブン。
 慣れたとは言え、やはり苦手なものは苦手なのだった。

「…『肝』って胃? それとも肝臓?」
「あー、ちゃうちゃう。その肝やない」
 七ツ狩 ヨル(jb2630)は、蛇蝎神 黒龍(jb3200)に肝試しの意味を教わりながら、のんびりと目的地を目指していた。
 笹とランタンはヨルが持つと武器と化してしまうので、黒龍が纏めて持っている。
「ところで、な」
「なに?」
 ふと立ち止まった黒龍を、ヨルが振り返った。
「好きな子と肝試しする時は、相手とキスすると二人の絆が深まるらしいで?」
「ふうん?」
 ヨルの返事は思わず腰が砕ける程に素っ気ない。
 それもその筈、ヨルにとって黒龍は未だに友達以上恋人未満、しかもその先に進む為に必要な「恋愛感情の理解」というものが全く出来ていないのだ。
 おまけにキスはスキンシップの一種、つまり友人同士のハグと大差ないという認識だった。
 だから特に躊躇もない代わりに、特別な気分の盛り上がりもない。
「したいなら、いいよ?」
 実に淡泊だ。
 しかし折角の機会と、黒龍はゆっくり顔を近付ける。
 誰かが物陰から覗き見している気配がするが、見せつける様にじっくり時間をかけてやろうか。
「ねえ、黒」
「…ん?」
「絆が深まるって事は、ずっと一緒にいられるって事?」
「…うん、せやな」
 そう言って黒龍は目を閉じ、そっと唇を重ね――
 …ん?
 なんか、冷たい?
 そして匂う。
 まさかこれは。
「「蒟蒻!?」」
 二人は同時に飛び離れ、迎撃態勢に入った。
「ふはははは、リア充撲滅!」
 蒟蒻を手に現れたのは勿論、ラグナゾンビだ。
 シャイニング非モテオーラで否応なく注目させ、アーマーチャージで黒龍を吹っ飛ばす。
「その竿、へし折ってくれるわ!」
 高笑いと共に、黒龍が持つ笹に手を伸ばした、が。
「俺に任せて」
 ヨルはテラーエリアを発動、周囲をアウルの闇で閉ざした。
「黒、こっち」
 自分は夜の番人で視界を確保し、黒龍の手を引いて範囲外に出る。
 残されたラグナは「目が、目がぁぁぁ」状態だ。
 と言うか、あの二人普通のカップルに見えたのに!
 まさかの男同士だったとは!
「不覚…っ」
 何故だか言いしれぬ敗北感に襲われる非モテ騎士なのでありました。

「私はどうしてここにいるのでしょう…」
 震える声が闇に響く。
 奥戸 通(jb3571)は、お化け嫌いなのに肝試しに参加した自分に驚いていた。
 浴衣姿で気合いを入れてはみたものの、同行者が誰もいない事に今更ながら気が付くし。
 ちょっと寂しい、けれど。
「うん…来てしまったからには仕方ない…沢山脅かしますよ…」
 覚悟を決めた通は赤い髪を八本の束に分け、それぞれをタコ足の様に結わえてみる。
「妖怪蛸女ですよー」
 フフフ…。

「ふむ、七夕の夜に肝試し…中々面白そうじゃないか」
 相方の都合で単独参加となってしまった美影 一月(jb6849)は、さてどうしようかと周囲を見渡した。
「今回は脅かす側にいくか…別に脅かされるのが怖いわけじゃない、怖いわけじゃないからな」
 などと口の中でブツブツ言いながら歩き出す。
 そう言えば不良中年部の皆も参加している筈だ。
「チーム名は凸凹だったか」
 よし、先回りして待ち伏せしてやろう。
「浴衣を羽織って前髪を下ろせば何処かのTVから出てくる女霊に見えそうだしな…その姿で周りを飛び回ってやろう」
 そう考えて歩き出した時。
 ひたっ。
 誰かが背後から、その肩の触れた。
「ひぃあぁぁぁっ!?」
 一月は30cmくらい飛び上がっただろうか。
 別に怖かった訳じゃない、不意打ちに驚いただけだ。
 そう心の中で言い訳しながら振り向くと。
「やあ、すまないね。驚かせてしまったかな」
 ダンディな中年男が微笑を浮かべていた。
「ええと、確か…」
 その顔には見覚えがある。確か彼も不良中年部の部員だった筈だ。
 名前は確か、ディートハルト・バイラー(jb0601)と言ったか。
「覚えていてくれたとは、光栄だね」
 ディートハルトは一月の手を取り、その甲に軽く口付けをしようとして…さりげなく引っ込められたので、諦めた。
「どうだろう、一人というのも味気ない。一緒に行って貰えると有難いのだがね」
「私は脅かす側だが」
「なるほど、それも楽しそうだね」
 楽しそうだが、若者たちを驚かせるのは骨が折れそうだ。
「俺は大人しく驚かされておくとしよう」
 しかし目的の違う二人が組むのも面白いかもしれない。
 とりあえず誰かと出くわすまでは行動を共にしようと、二人は連れだって歩き出す。
「道中は暗い、足元には気をつけるんだよ」
 行ってるそばから段差に足を取られ、転びそうになった一月に、ディートハルトは慣れた様子で手を差し伸べた。
「大丈夫かな、お嬢さん」
「ありがとう…大丈夫だ」
 ああ、言っておきますけど…一月さんには大切なお相手がいらっしゃいますので、はい。
「しかし、このルートは何処に続いているのだ?」
 廃墟を道なりに進み、気が付けば崩れかけた建物の中を歩いている。
 他の参加者が何処にいるのか、見当も付かなかった。
 そして何故か階段を上る羽目になり…
「ちょっと待て、この階段…下から崩れて来るぞ!?」
 二人は慌てて駆け上がり、やがて屋上に出た。
「行き止まりか?」
「いや、あそこに渡し板があるね」
 ディートハルトが指差した先には、幅10cm程の頼りない板。
 それを伝って、隣の建物に移動しろという事らしい、が。
「…無理だ」
 一月は真っ青になって震えている。実は彼女、高い所が大の苦手だった。ついでに言えば、飛ぶのも得意とは言い難い。
 この建物は三階建て位だろうか。そんな高さで綱渡りの様な曲芸を披露するなんて、絶対無理。
 階段は既に崩れ落ちている。進退窮まり、絶体絶命!?
 だが幸いな事に、ディートハルトが退路を見付けてくれた様だ。
「どうやらエレベーターが生きている様だね。これで下まで降りられる」
 良かった、助かった。
 ほっと安堵の息を吐き、二人はエレベーターに乗り込んだ。
 一階に下り、扉が開く。
 と、安心して気の緩みまくった一月の目の前に――
「ぎゃあぁぁぁっ!!!」
 妖怪蛸女が現れた!
 泡を吹いて倒れる一月。少しやりすぎた?
 そんなに怖くはないと思うんだけどな…ちょっとシュールなだけで。
「お手柔らかに頼むよ。俺ももうこの歳だ、あまり驚きすぎると心臓に悪い」
 そう言いながら、倒れ込んだ一月を支えたディートハルトが楽しそうに笑っていた。

「肝試しとはまた懐かしい。昔はよく無茶をしたもんだ」
 笹とランタンを手に、花房羅文(jb6945)はひとり闇の中を歩いていた。
 孤独が好きだから、という訳ではない。寧ろ子供達と一緒に騒ぐのは好きな方だが。
「チームを増やした方が笹も増えるからな」
 途中で合流できる様なら、一緒に行くのも良いだろう。
 周囲の闇からは、既に悲鳴や怒号、爆発音や破壊音が聞こえ始めている。
 脅かし役は、なかなか頑張っている様だ。
「昔は肝試しと言えば墓場が定番だったものだが」
 あの頃は、ただ真っ暗な墓地を歩くだけで文字通り肝を冷やす思いをしたものだ。
 しかし今更、お化けに驚く様な歳でもない。
 誰かが仕掛けたものだとわかっていれば、尚の事だ。
「どれ、ここを通ってみようか」
 羅文は比較的保存状態の良さそうな廃校舎に足を踏み入れた。

「孤高の鴉と呼ばれた私が真の恐怖を教えてあげるよ…!」
 呼ばれてないけど、気にしない。
 鴉女 絢(jb2708)は廃校舎の玄関、埃を被った下駄箱の影に潜んでいた。
 何も知らない獲物が、笹を揺らして通り過ぎる。
 その後ろからサイレントウォークとハイドアンドシークで近付いて…
「わっ!!」
 どうだ、驚いたか!
 しかし…
「おお、驚いた驚いた」
 ニコニコと笑顔で振り向く獲物、羅文爺ちゃんは、ちっとも驚いた様には見えない。
 それどころか。
「よく頑張ったなぁ、びっくりしたぞ?」
 カッカッカッと笑いながら、絢の頭をくしゃくしゃと撫でる始末。
「もう、ちゃんと驚いてくれなきゃダメだよ!」
「すまんすまん」
 カッカッカッ。
「だが、どうせ脅かすなら…もっとこう、な」
 こそこそ、ひそひそ。
 何やらお化けにアドバイス。
「そっか、それならもっと怖くなるね。お爺ちゃん、ありがとう!」
 入れ知恵を授けられた絢は、次なる獲物を求めて廃校舎を後に、闇の中へ消えて行った。
「頑張れよ」
 にこやかに手を振ると、羅文は再び歩き出す。
 玄関から廊下を曲がり、幾つかの教室の前を過ぎると…
 ピチョン。
 何処かで水の滴る音が聞こえる。
「ふむ、蛇口が緩んでおるのか」
 音の出所を突き止めた羅文は、手洗い場にあった水道の蛇口をしっかりと閉めた。
 が…
 ピチョン。
 今度は屈み込んだ襟元に水滴が滴る。
 何だろうと天井を見上げた瞬間、蛍光灯の明かりが点いた。
 眩しさに思わず閉じた目を再び開けると、天井にはべったりと真っ赤なシミが!
『キャーーー!』
 何処からともなく、甲高い悲鳴が聞こえる。
 突然、蛍光灯の光が赤く染まり、壁や天井に青く光る無数の手形が現れ――
 それにいちいち反応し、驚いた羅文は最後に。
「いや、よく作ったもんだ。大したもんだな…ご苦労さん、ご苦労さん」
 カッカッカッ…豪快に笑いながら、羅文は廃校舎を後にするのだった。

 その頃、嵯峨野 楓(ja8257)は祠の手前で獲物を待ち構えていた。
「ここで待ってれば、必ず皆が通るよね!」
 ゴスロリ風の黒い浴衣を身に纏い、前髪で目を隠し、顔と手の所々には血糊が付いている。
 そこにやって来たのは、天ヶ瀬ご夫妻だ。
 ここに来るまでに、二人は数々のトラップをくぐり抜け、群がる敵を振り切…れずに、真っ正面から戦って。
 その様子を一部再現してみよう。
「ジェットコースターのどきどきは苦手ですが肝試しのどきどきはわくわくですね♪」
 暗闇の中を、笹を持った紗雪は開いた腕を焔に絡め、更に手を握って指先を絡めるという厳戒態勢で恐る恐る進んでいた。
 わくわくと言う割に、腰が思いっきり引けているのはご愛敬。
 焔が持ったランタンは、二人の足元を頼りなく照らすのみ。何か細工がしてあるんじゃないかと思える程に、その明かりは今にも消えそうにちらちらと瞬いていた。
 だが、それでも焔は余裕の表情を崩さない。
(肝試しより、怖がる紗雪を見てる方が楽しそうだ)
 寧ろ驚かす側を驚かしてやろうか。
 と、行く手の闇に誰かがぼんやりと立っている姿が見えた。
「人…いや、案山子か?」
 十字に組まれた竿に、ボロ布が幾重にも巻かれている。風に揺れるその姿は、まあ不気味に見えない事もないが。
「大丈夫、ただの置物だ」
 握った手に力を込めた紗雪にそう囁くと、焔は平然と歩を進める。
 案山子が目の前に来た、その時。
 置物だと思ったそれが、突然動き出した。
「…っ!!」
 声もなく全身を強張らせると、紗雪は焔の腕に思い切りしがみついた。
 驚きすぎて声も出ない様だが、ドッキリはそれだけで終わらない。
 ボンッ!
 いきなり案山子の全身に火が点いて、更には「タスケテ…」とすすり泣く声が。
「これは、逃げるが勝ちだな」
 完全に固まった紗雪の身体を抱き上げると、焔は走った。
 だが、飛び込んだのは無法地帯のど真ん中。ゾンビの様な影が数体、闇の中で蠢いていた。
「あ、あぁぁ相手がてて天魔なら、怖くありません!」
 紗雪は花蛍の光で敵の目を逸らし、その間に逃亡…出来なかった。
「紗雪、手…は、離して貰えそうもないか」
 仕方ない、コメットの雨で無差別攻撃だ。
 手加減なんて出来ないけど、相手が天魔なら思い切りやっちゃっても良いよね。
 …という訳で、現在に至る。
 その二人を脅かしてやろうと、楓は背後に回り込む。
 が、タッチの差で闇の中から現れた誰かに先を越されてしまった。
「だーれだ?」
 ぴとっ。冷たい手で紗雪の背後から目隠しをしたのは――
「…咲!」
 即答。
「ああ、びっくりしましたー」
 そう言いつつ全く驚いた様子もない笑顔のハグに、咲はちょっと拍子抜けの表情だ。
(相変わらず仲が良さそうだな)
 天ヶ瀬夫婦の仲睦まじい様子を見て、ひりょは素直にその幸せを喜ぶ。
(そう言えば、俺達はどう見えるんだろう)
 さっきはカップルと間違って襲われ様だが。本当にそう見えたなら、ちょっと嬉しいかも…?
 秘密の願い事、叶うと良いな。
「死んじゃダメですよ〜ぅ」
 咲が縁起でもない事を言って手を振り、二人と別れようとした、その時。
「…もしもし…?」
 背後からやたらと低い声が。
 振り向くと、そこには髪を振り乱した血染めの女が!
 それはターゲットを変更した楓の姿だった。
 楓は不動金縛で咲を捕縛すると、身動き出来ずに固まったその顔や身体をぺたぺたと触りまくり…
「綺麗なの、ちょうだい?」
 眼球を抉る様な動きで、ゆっくりと指を近付け――
 ぺしっ!
 フェイントで、最後はデコピン。
「さっちゃん!?」
 笹を死守しつつ、ひりょが助けに入るが…楓は既に脱兎の如く闇の中だった。

「ところで、門木先生はどこにいるのかな?」
 まだ何処かでモタモタしているのだろうかと、まんまと逃げおおせた楓が宿敵の姿を求めて視線を巡らせていた頃。

 門木はレイラと二人、肩を並べて瓦礫の中を歩いていた。
「先生はいつも損な役回りばかりですし、今日は思い切り楽しみましょうね」
 レイラが選んでくれた浴衣は、高級そうな白無地に裾の方だけモスグリーンがグラデーションで流れている。
 レイラの方も同じ生地に、こちらは小豆色が流れていた。つまりは色違いのお揃いという事で。
「さあ、行きましょうか」
 ランタンを手に、歩き出す。
 髪をアップにし、魅せたうなじが目に眩しいが…門木の反応は、特にない。
 男たるもの、こんな時は「綺麗だ」とか何とか、一言くらいはあって然るべきだろうに、この朴念仁。
 しかしまあ、あの門木が何か歯の浮く様な台詞を吐いたら、それはそれで気持ち悪いか。
 二人のルートは急な上り坂になっていた。
 途中、不気味な人形が置かれていたり、木の枝に首吊りにも見えるボロ布がぶら下がっていたりと、様々な仕掛けが施されていたが、レイラはさほど驚く様子を見せなかった。
「…こういうのは…平気、なのか?」
「はい、お化けなら我慢できます」
 寧ろいちいち驚いて固まる門木の反応を見て、楽しむ程度の余裕がある。
「…そうか…すごいな」
 と、門木がまた全身を強ばらせ、足を止めた。
 レイラが何事かと見れば、上から何かが転がり落ちて来る。
 何か丸い物が闇の中でほんのり光を発しながら、白く長い尾を引いていた。
「何でしょう、あれは…」
 とん、ととん、ころん…ふわり。
 障害物に当たっては方向を変えるその不規則な動きが、まるで意思を持った何かに見えた。
 お化けには耐性のあるレイラも、正体不明の現象にはやはり恐怖を覚えるらしく、門木の浴衣の袖をぎゅっと握り締めている。
 しかし。
「先生、大丈夫です。ただのトイレットペーパーですよ」
 わかってしまえば何という事もない。
 レイラがほっと胸を撫で下ろした、その時。
 …ふっ。
 背後からうなじに吹きかけられる、熱い息!
「きゃあぁぁぁっ!?」
 可愛らしい悲鳴を上げたレイラは、ふらり、門木にもたれかかる。
 だが、それも一瞬の事。
(門木先生をお守りしなければ!)
 振り向きざま、レイラは烈風突を繰り出した。
 突然の反撃に、為す術もなく吹っ飛ばされる襲撃者! ※ただの脅かし役です
「先生、もう大丈夫です…先生?」
 見れば、門木は転がって来たペーパーを回収している様だ。
 ゴミ拾いなら後で良いのに。
「…これは…使える」
 え?
「…ちょっと、付き合え」
 はい?
 返事も聞かず、門木はレイラの手を引いて歩き出す。
「先生、何処へ!?」
 普段は放っておけないというか、母性をくすぐる存在だが、たまにはこんな強引さも良いかも…なんて?

 その頃、クリス&ミハイルのチーム【凹凸】は。
 夜目スキルをこっそり使ったミハイルが大活躍していた。
 索敵とサーチトラップで待ち伏せも罠も全て見破り、罠は破壊、敵はぶっとばし、まさに無敵の工作員。
 サングラスをしていないせいか、見た目の「らしさ」には今ひとつ欠けるけれど。
 今もまた、何かの気配を感じた様だ。
 笹を抱えて後ろからてちてちと歩くクリスに、手で「止まれ」の合図を送る。
 行く手にほんのりと白く見える塊は、積み重なった人骨だ。
 ミハイルは少し離れた場所にランタンを置き、自分は反対側から回り込む。
 その気配を感じて人骨の群れがむくりと起き上がった時には、もうツインクルセイダーが火を噴いていた。
 どうやら作り物ではなく、本物の敵らしい。それに骸骨は隙間だらけで銃とは相性が悪いもの。
 しかし、無敵の工作員に弱点はなかった!
「ふっ、俺のガンカタ・アクションが冴え渡るぜ!」
 闇の中にフラッシュが瞬く。
 狙うは敵の頭蓋骨、頭を失ってもまだ動くものにはゼロ距離からの発砲でバラバラに解体する。
 硝煙の匂いと共に、辺りは瞬く間に静けさを取り戻した。
「クリス、もう大丈夫だぞ」
 しかし、意気揚々と帰還したミハイルに向けて飛んで来たのは、賞賛の言葉ではなかった。
「ミハイルさんの、ばかっ!」
「…え?」
 思い切り頬を膨らませたクリスによれば、ミハイルの行動には風情の欠片もないらしい。
「風情? 俺何かおかしかったか!?」
 ボディガードとしての役割は完璧に果たした筈だ。
 が、どうやら完璧すぎた事が徒になったらしい。
「女の子は怖がって殿方に『キャ〜』ってしがみつきたいのにー」
 唐変木っぷりを嘆きつつ、クリスは闇の中に駆け出して行く。
「待て、一人になったら危ないぞ!」
 ミハイルは慌てて追いかけるが。
「きゃっ!」
 不慣れな草履履きで転ぶのはお約束。
 その時…
「…大丈夫、か?」
 目の前に一本だけ生えていた、ひょろ長い木の影から声がした。
 ふらりと現れた白い影、伸ばされた手は汚れて破れた包帯に包まれて――
「門木先生?」
 何故バレたし。
 顔まで全身すっぽりと、拾ったトイレットペーパーでラッピングしてあるのに。
「ああ、うん、頑張ってるじゃないか」
 ミハイルがその頭をぽふぽふ。
「なるほど、ミイラ男か。それで俺達を脅かそうとしてくれたんだな?」
 よしよし、その熱意と努力は褒めてあげよう。
「だが、声色も変えるべきだったな」

 その同じ頃。
「門木先生、発見!」
 ミイラ男に扮した門木の姿を補足した楓は、ゆっくりと忍び足で近付いて行く。
(ふふふ、紅鏡霊符3枚分の恨み…)
 手にしたくず鉄を、ぐしゃりと握り締める。
(潰してやる、このくず鉄の様に!)
 潰した後は、シンパシーで色々覗いてやるのだ。
 だが、その時。
 別方向から近付いて来る者がいた。
 それは、悪魔をも一撃で倒したという伝説の妖怪蛸女!
 妖怪、いや通は門木の背後からそろそろと近付き――
 パキッ。
 ぁ、なんか踏んだ。
「…ん?」
 物音に気付いたミイラ男が振り返る。
「…うおぁああーーっ?!」
 驚いた通は思わず後ずさり、その拍子に木の根に躓いた。
 さて、普通ならここは素直に後ろに倒れるものだが。
「…お、おおっと…とっ…きゃー」
 どーん!
 通は根性で前につんのめった!
 転んだ勢いで門木にのしかかり、押し倒す。
 その猛アタックにトイレットペーパーの包帯は破れ、ついでに浴衣の前もはだけ…
「え、通? 何や…」
 それを見て一瞬驚いた楓は、事情を察してニヤリ。
「ははーん、意外と肉食系だな。ごゆっくりー」
 パシャッ。
 決定的瞬間をデジカメに収め、楓はひらひらと手を振ってその場を去ろうとする。
「えっと、そのっあのっ」
 おろおろと、懸命に弁解の言葉を探す通。
 その鼻に、何やら得も言われぬ匂いが漂って来た。
(こっ、これはもしや加齢臭!?)
 いや、違うから。蒟蒻の匂いだから。
 という訳で。
「私は何故脅かし役を手伝わされているのでしょう」
 首を傾げつつも、レイラは釣り竿を操る。
 そして見事、その先に下げられた蒟蒻が通の後ろ襟にダイレクトイン!
「あぎゃぁぁぁっ!?」
 はい、ばたんきゅー。

「島は7月だったものね」
 先月の真っ当な七夕を思い出しながら、笹を大事に抱えたあやかは仁也と共に崩れかけた校舎の中を歩いていた。
 サバイバルゲームと言うよりは、恋人と一緒に歩ける事が嬉しい。だから何があっても平気だ。
 廊下を歩く途中でレトロな公衆電話がいきなり鳴り出しても、受話器の向こうから誰かが助けを求める声が聞こえても、あやかは動じない。
 仁也と一緒なら、怖いものなど何もないのだ。ただひとつ、短冊に書いた秘密の願い事――それ以外には、何も。
 一方の仁也は驚くどころか「よくやるなぁ」と感心している。
 教室のドアがいきなり開いても、反対に出口のドアが開かなくなっても、全ては誰かが仕掛けたものだと余裕の表情だ。
「でも、閉じ込められるのは困るね」
 待っていればそのうち開くだろうとは思ったが、仁也はあやかを抱き抱え、抜け落ちた天井から闇の翼で舞い上がる。
 このまま暫く、空中散歩も悪くないかもしれない。
「でも、ずっと飛んでるのはルール違反にならないかな?」
 あやかに言われ、暫く飛んだ所で地上に降りた。
 ――と。
「おおう!?」
 真っ暗な空から突然降って来た二人に、下を歩いていた羅文は思わず声を上げた。
 今日、本気で驚いたのはこれが初めてかもしれない。
「すみません、お怪我はありませんか?」
 心配そうに尋ねた仁也に、カッカッカッと笑い声が返る。
「なに、少し驚いただけだ。ところで、わしはお邪魔かな?」
 合流してはどうかと尋ねる羅文に、あやかは笑顔で頷いた。
 あやかが良いと言うなら、仁也にも異存はない。
「そりゃ良かった。この先に丁度、敵の姿を見付けたもんでな」
「戦いますか?」
 尋ねる仁也に、羅文はこんな時だけ爺さんぶって首を振る。
「年寄りに無茶言うない」
 ここは、逃亡あるのみ。
 さあ、走れ!

「暗闇は特に怖くないけどさ、こういうのって楽しくて好きだな」
 何もない瓦礫の原を歩きながら、ランタンを持ったイスラは楽しそうに笑う。
 背後からの足音や、ぽつんと置かれた鏡にだけ映る人影。イスラは脅かされる度に大袈裟に騒ぎながら、初めてのイベントを存分に楽しんでいた。
「人間界には色んな娯楽があって飽きないよね」
 とは言え、相棒のジズは驚きや恐怖の感覚が薄いらしく、肝試しの趣旨をいまいち理解していない様だ。
 そして二人は祠の手前に広がる小さな雑木林に差し掛かる。
「なんか、蒟蒻臭くない?」
 そう、イスラが鼻を鳴らす傍から――
 べしゃっ!
 分厚い蒟蒻が、ジズの顔面を直撃した。
 だが、彼は動じない。それどころか、細い糸で枝から下げられたそれを、むしゃむしゃと食べ始めた。
「って、運動会か!」
 まったく、いつもの事だが調子が狂う。
 普段からこんな具合だと、ちょっと驚かせてみたくなったりして…
 イスラは持っていたタオルをランタンに被せてみた。辺りは突然、真っ暗闇に。
 その中で、こっそりジズの背後に回り、両手を挙げて――
「わっ!!」
 と、脅かすつもりだったのに。
「…って、何故僕はハグされているのか…」
 これはあれか、ドラマか何かの知識か。
「ハグ。…違う?」
 違うよ、ここは驚いて飛び上がる所だよ。
(もう、何なんだこの可愛い生き物は)
 可愛くて困るけど、その可愛さに免じて許す。
 やがて林の向こうに小さな祠が見えて来た。
「もしかして、一番乗りかな?」

 心地よい揺れに、通はふと目を覚ます。
「あれ、私…どうしたんだっけ?」
 確か蒟蒻で気絶して、それから…
「…気が付いたか?」
 すぐ近くで門木の声が聞こえる。通はその背に揺られていたのだ。
「え、あ、おぉ降ります、降ります!」
 慌てて背中から降りると、周囲を見渡す。
 そこは祠手前の雑木林。途中でいくつものチームと合流したらしく、随分と多くの仲間達がお喋りをしながら歩いていた。
 ゴールも間近とあって、雰囲気はもう肝試しと言うより夜の散歩だ。
 ところが、そんな気の緩んだ集団を出口で待ち構える者がいた。
 ざざっ!
 木々の間から飛び出したのは、髪を振り乱して低空を飛び回る着物姿の女の霊…!
 同時に、手のひら大の炎がふわりと浮かび上がる。間隔を置いて、ひとつ、またひとつ、まるで人魂の様に。
 すっかり油断していた集団のあちこちから黄色い悲鳴が上がった。
 流石に男性陣は冷静なものだが…例外が一人。
 門木は声もないまま、その場に凍り付いていた。
(…よし!)
 女霊に扮した一月は、思わず心の中でガッツポーズ。
 トーチで人魂を作り出していたのは、ちょっとした悪戯心を発揮したディートハルトだった。



 暫く後。
 笹を死守した各チームが、次々とゴールの祠に集まって来る。

「ゴールっと、よく頑張ったな、願い事も叶うな」
 微笑みながら、敦志はほっと笑顔を見せたひなこの頭を撫でた。
「浴衣しわくちゃにしちゃってごめんね?」
「気にすんなって。ほれ、アイス食おうぜ。何が良い?」

「これだけ頑張ったのですから、お願い事きっと叶いますよね?」
「うん、そうだな」
 天ヶ瀬夫妻は、早速祠に笹を飾りに行く。

「どうやってゴールしたのか覚えてません…」
 白目を剥いて倒れ込んだのは、壊れ戦車と化した千尋だ。
 それでも何とか笹を飾り終え、アイスで一息。
「今日も、どうもありがとね!!」
 はい、あーん。千尋は自分のバニラアイスを一口、諏訪にお裾分け。
「千尋ちゃん大好きですよー? これからもよろしくお願いしますねー!」
 お返しに貰ったアイスはチョコバナナの味がした。
 見上げた短冊には『強くなりたい』の文字。それに…
『すわくんとずっと仲良しでいられますように』
『千尋ちゃんと幸せな毎日が過ごせますように』
 うん、末永く爆発すればいいよ!

『この先も、こんな時間を過ごせる機会がありますように』
 二人で全く同じ願いを書いたのは、ロットハール夫妻だ。
「こんな環境だ、いつ離れ離れになるかも、分からんから、な」
 けれど、こうして無事に祠に収める事が出来たのだ。
 願いは、きっと叶う。

『ここにいたい』
 ヨルが書いたのは、その一言。
「…俺は悪魔だから。人間が本当に笑って暮らせるようになるには、いつか、ここから離れなきゃいけないのかな…って」
 黒龍は何を書いたのだろう。
 問われて、黒龍はヨルにだけ自分の短冊を見せた。
「いつか未来に繋がる言葉やから今は今を楽しもうな」
 首を傾げるヨルの髪に口付ける。
「今はこれを楽しもうな」
 はい、あーん?

「さーて私も短冊飾りに…」
 一攫千金と大胆に書かれた短冊を手に、楓は祠に向かう。
 その背後から忍び寄る黒い影。
 回された手が、むにゅっと胸元を掴み――
「ぅひゃあっ!? …ッ」
 途端、本気の回し蹴りが飛んだ!
「び、ビビってないし誰だ! ってなんだ絢ちゃんか」
 あれ、何大丈夫?
 棒読みの台詞が、白目を剥いて意識を手放した絢の頭上を通り過ぎた。
 数分後、絢が気が付いた時には皆アイスと花火で盛り上がってるし!
 楓ちゃん、自分ばっかりアイス食べてるし!
 がばっと起き上がった絢は、復讐とばかりに横から楓のアイスをぱくり。
「ん、あいすおいしい」
 ごちそうさま。

「ボクをほっておいた罰だからね。花火に付き合って」
 そう言ってクリスが差し出したのは、線香花火の束。なかなかに渋いチョイスだ。
「わかった、付き合おう」
 ミハイルは素直に頷く。
 罰と言うのも腑に落ちない話だが、言い訳はしない。それが男だ。
 …ピーマン食べろと言われるよりは、よほど良心的な、罰とも言えない可愛い罰だし…ね。

「これでビールでもあればなお嬉しいのだがね」
 花火を楽しむ様子を眺めながら、ディートハルトは苦笑い。
 そんな彼の願い事は。
『Bier,Schnitzel,Whisky. und Gesundheit』
 酒もおつまみもないけれど、代わりにアイスは如何ですか?

 一月の願い事は…え、恥ずかしいから見せたくない?
 でも、裏返して隠す寸前に見えちゃったもんね。
『恋人(旦那)とラブラブ』
 はい、こちらも末永く爆発を。

『若人の未来に希望あれ』
 そう書かれた短冊は、羅文のものだ。
 昔も大変だったが、今は今で厳しい時代。
 子供達から笑顔が消えないことを心から願って――

「門木先生、一緒にアイス食べましょー!」
 妖怪蛸女の変装を解いた通が、アイスを手に走って来る。
「怖かったけど、とっても楽しかったです! 素敵な思い出がまた一つ増えました!」
「…ん、そうか。良かったな」
 隣に座った通からアイスを受け取り、門木はその頭をわしゃっと撫でる。
 そんな彼女の願い事は『想いが届きますように』だった。
「先生の願い事は何ですか?」
 反対側に腰を下ろしたレイラが問いかける。
 ちょっと何これ両手に花?
「…俺のは、あれだ」
 指差した先に、レイラの『来年も一緒にいられますように』と書かれた短冊が見える。
 その隣に。
『皆の願いが叶いますように』
 意外に綺麗な字で、そう書かれていた。

 皆がアイスや花火で盛り上がる中、ジズは隅っこでしょんぼり体育座り。
 その頭上には『帰る』『となり』と極太で書かれた文字が揺れている。
 だが今、彼は独りだった。
 相棒のイスラは祠に笹を飾った早々、不意に姿を隠してしまったのだ。
「叶えば、いい」
「けれど」
「叶わなければ、いいのに」
 物陰からその様子を伺い、イスラは罪悪感を覚える。
 あんまり可愛いから、つい意地悪をしてしまった。
 けれど、ほんの少しだけ満たされる独占欲。
「ごめんね」
 アイスを差し出し、隣に座る。
 極太の文字の隣で、内緒の願い事が揺れていた。


 さて、これで皆の願いも出揃っただろうか。
 いや待て、誰か忘れてないか?
 ふと祠を見れば、そこにはいつの間に飾られたのか――
『愛が欲しい!!』
『リア充滅殺!!』
『あの外道の妹弟子を、今年こそ倒す!!』
 ああ、うん。誰の願い事か、一目瞭然。
 何だか色々と切実さに溢れている。
 でも、書いた本人は何処に行ったんだろう。
 まさか敵と一緒に葬り去られてしまった訳じゃ、ないと思うけど。

 その夜、廃墟にはリア充に対する怨嗟の声が、いつまでも、高く低く鳴り響いていたと言う。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:36人

202号室のお嬢様・
レイラ(ja0365)

大学部5年135組 女 阿修羅
撃退士・
天ヶ瀬 焔(ja0449)

大学部8年30組 男 アストラルヴァンガード
厨房の魔術師・
如月 敦志(ja0941)

大学部7年133組 男 アカシックレコーダー:タイプB
二月といえば海・
櫟 諏訪(ja1215)

大学部5年4組 男 インフィルトレイター
アルカナの乙女・
クリス・クリス(ja2083)

中等部1年1組 女 ダアト
懐かしい未来の夢を見た・
栗原 ひなこ(ja3001)

大学部5年255組 女 アストラルヴァンガード
KILL ALL RIAJU・
ラグナ・グラウシード(ja3538)

大学部5年54組 男 ディバインナイト
君との消えない思い出を・
駿河 紗雪(ja7147)

卒業 女 アストラルヴァンガード
怠惰なるデート・
嵯峨野 楓(ja8257)

大学部6年261組 女 陰陽師
蒼を継ぐ魔術師・
アスハ・A・R(ja8432)

卒業 男 ダアト
輝く未来の訪れ願う・
櫟 千尋(ja8564)

大学部4年228組 女 インフィルトレイター
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
夢幻に酔う・
ディートハルト・バイラー(jb0601)

大学部9年164組 男 ディバインナイト
腕利き料理人・
美森 あやか(jb1451)

大学部2年6組 女 アストラルヴァンガード
最愛とともに・
美森 仁也(jb2552)

卒業 男 ルインズブレイド
夜明けのその先へ・
七ツ狩 ヨル(jb2630)

大学部1年4組 男 ナイトウォーカー
子鴉の悪魔・
鴉女 絢(jb2708)

大学部2年117組 女 ナイトウォーカー
来し方抱き、行く末見つめ・
黄昏ひりょ(jb3452)

卒業 男 陰陽師
撃退士・
奥戸 通(jb3571)

大学部6年6組 女 アストラルヴァンガード
208号室の渡り鳥・
鏑木愛梨沙(jb3903)

大学部7年162組 女 アストラルヴァンガード
微笑む死神・
落月 咲(jb3943)

大学部4年325組 女 阿修羅
硝子細工を希う・
虚神 イスラ(jb4729)

大学部3年163組 男 ディバインナイト
無垢なる硝子玉・
ジズ(jb4789)

大学部6年252組 男 阿修羅
黒翼の焔・
一月=K=レンギン(jb6849)

大学部8年244組 女 阿修羅
開拓者・
花房羅文(jb6945)

大学部8年227組 男 ルインズブレイド