「うわ、なんか一杯いると気持ち悪い」
女子指定水着、所謂スク水に着替えたテレーゼ・ヴィルシュテッター(
jb6339)は、プールサイドにしゃがんで中を覗き込んだ。
「あれって食べれないの? えー、見掛け倒しにも程があるよー」
美味しそうなのに、残念。
それでも、ご褒美に豚重(上)が食べられるなら良いか。
本当は鰻重の方が良いし、ついでに言うなら上より特上に興味があるのだけれど。
「天魔とは言え、これだけ立派なウナギだと食べれるような気がしてくるな」
水着の上から学園指定のジャージを着た梶夜 零紀(
ja0728)が言った。
しかし英国帰りの帰国子女である彼が思う鰻とは、日本人のそれとは若干異なる。
「うなぎゼリーやうなぎパイが懐かしい…ん? どうした?」
周囲が思いっきりドン引きした気配に、零紀は首を傾げた。
「うなぎゼリー、美味いよな?」
ああ、いや…ノーコメント。
「夏の憩いの場を占拠するなんて許せません」
「この暑い季節、プールで遊べないのは厳しいよね」
レイラ(
ja0365)の言葉に、白のワンピースタイプの水着に猫耳尻尾を付けた猫野・宮子(
ja0024)が頷いた。
それに食べられないのはやっぱり惜しいと思いつつ、頭を切り換えて変身!
「…マジカル♪みゃーこがうにゃぎを全部排除してあげるのにゃ♪」
一方のレイラは例によってスク水だ。
「夏の燦々としたまぶしい日差し、このような場所では水着を着用するのが作法と存じておりますが…変ではないですよね?」
うん、大丈夫。スク水は正義ですから。
「とはいえ、この敵は…」
嫌な予感がしてならない。
けれどそれでも、罠だと判っていても来てしまうのが芸人、いや撃退士。
と、深刻な様子でプールの底を覗き込むレイラの肩を、百夜(
jb5409)が閉じたままの白鶴翔扇で軽く叩いた。
「ただの人ならともかく、私達ならさして危険もないようだし」
大丈夫大丈夫。
「ここのところの暑さはうんざりしてたし、涼むついでに遊びに行かせてもらう位の軽〜い気持ちで…あら?」
ほんの少し、ちょんっと押した…いや、触った程度なのに。
次の瞬間、レイラの身体は宙を飛んでいた。
「きゃ、あぁぁぁっ!?」
どぼーんぬるーん。
ああ、言い忘れてた。本日はプールサイドが大変滑りやすくなっておりますので、お気を付け下さい。もう遅いけど。
「あぁ、やっぱりこうなってしまうのですね…」
ウニャギの群れに放り込まれたレイラは、ヌルヌルと纏い付くその感触に身悶えながら、その羞恥プレイを甘んじて受けていた。
しかし、無情にも彼女を助けようと手を差し伸べる仲間はいない。だって楽しそうなんですもの。
「さて、私は近接格闘が得意だから水に入らないとねー、うんうん、しかたない」
棒読み台詞と共に、百夜は巫女装束のままでプールに入って行った。
「泳ぐわけじゃないし、濡れた服が張り付く感触もこの暑さなら気持ち…」
良くない。ニュルっと言うか、ヌチョっと言うか。
期待していた爽やかな涼しさとは程遠い。
だが、これも慣れれば一種の快感、どうせヌニョるならいっその事――
「いらっしゃい…?」
両手を広げてウェルカムのポーズ。
するとウニャギは足元から這い上がり、その胸元に入り込んだ。
「ん…っ」
微弱な電気がその肌を刺激する。
「ん、確かにこの子、もぞもぞして気持ちぃ…」
それを興味津々の様子で見ていたテレーゼは、一瞬の躊躇いも見せずに自らもプールに飛び込んだ。
百聞は一見にしかず、いざそのモゾモゾを実体験。無造作に手を伸ばして、触れたヌルヌルを思い切り握り締めた。
「これがモゾモゾ…!」
手の先から全身に突き抜けて行くカイカン。
「あぁん、クセになりそう…!」
その様子を見て、宮子は「あの中には絶対に落ちるまい」と心に誓った。
「ぬるぬるするなら遠距離から攻撃してしまえばいいのにゃ♪」
プールサイドから猫ロケットパンチ!
「うに、するっと避けて当たらないにゃ!?」
連射を試みるが、それでもやっぱり当たらない。
「うー、動くんじゃないにゃ…」
そして攻撃に夢中になる余り、足元が疎かになるのはお約束。
繰り返します。本日は足元が大変滑りやすく…
「しま、ふみゃー!?」
ばっしゃーん!
「あ、足を滑らせたにゃ…」
慌てて起き上がるも、時既に遅し。
あっちこっちから水着の中に潜り込んだウニャギで、宮子は大変な事になっていた。
何がどう大変なのか、詳しくは後のお楽しみ!
ウニャギに絡み付かれて嬉しそうに身悶えする女子の皆さんをクールに眺めつつ、秋姫・フローズン(
jb1390)はレラージュボウを構えた。
サテン地のビキニにビスチェ的なトップス重ねの黒い水着を纏う彼女が凛と立つのは監視台の上。ここなら見晴らしも良いし、何より滑らない。
「シュート…ストライク…レディ!」
ウニャギの密集地に狙いを付けて鋭い一撃を放つと、一匹のウニャギがプカリと浮いた。
それを素早く掴み取り、まな板の上に乗せた者がいる。男子用スク水の上にパーカーを羽織った島原 久遠(
jb5906)だ。
彼はプールの真ん中に置いた四角いちゃぶ台の上に長いまな板を置き、その前に正座していた。
本日の目的は、ウニャギを練習台にして、義兄のお酒の当ての為に鰻の捌き方をマスターする事。勿論、充分に堪能したら退治の方も頑張るけれど。
「師匠、ご指導よろしくお願いします」
頭を下げた先には、何故か鰻屋の主人。鰻を捌き続けてこの道50年の大ベテランだ。
師匠の指導のもと、久遠は掴んだウニャギの頭に苦無を打ち込んでまな板に固定すると、カッターナイフを取り出した。
え、それで捌くの? 包丁とか、せめて小刀とか…って言うか、カッターナイフってV兵器だったんだ?
ほんとだ、ちゃんと切れてる。背中側から背骨に沿って一直線に。
「関西と関東で開き方が違うのですよね」
関東は「切腹と重なって縁起が悪いから背開き」、関西は「腹を割って話そうという事で腹開き」という事は本で調べた。
続いて内臓を出し、背骨を外して…
「初めてなら、こんな所でしょうか」
かなり痛ましい姿になったウニャギを見せると、師匠も「そんなもんだ」と頷く。
「要領は、わかりました」
後はひたすら練習あるのみ。
掴んでは刺し、切って開いて…だんだん指先が痺れて来た。
「鰻の血には毒があってかぶれるといいますが、こういう事なのですね」
いやそれ違うから。電撃のせいだから。
そんなこんなで皆さんそれぞれにウニャギ退治に邁進する中、雁鉄 静寂(
jb3365)は…
「いちにっ、さんしっ」
まだ準備体操をしていた。水に透けないスポーツウェアを着込んで、それはもう念入りに。
「皆さんもきちんと準備体操をされましたか? 怠ると思わぬ怪我をしますよ?」
健康オタクを自負する静寂は仲間達にも声をかけるが、誰も聞いちゃいない。
仕方ないので一人で続ける。でもちょっと寂しいから、目標を声に出してみたり。
「いち、ミッションの遂行は絶対です! に、運動して良い汗をかくことです! さん、豚重を美味しく食べることです!」
以上、準備体操終わり! いざ討伐!
プールサイドに立った静寂は、雷鳴の魔法書で攻撃を加えていく。
下手に動かなければ滑らないし。
「目には目を、雷撃には雷で対抗です」
だが一匹ずつちまちま倒していたのでは、いつまで経っても終わりそうにない。
「はー、いつまでかかるんでしょうこの依頼」
いっそヘルゴート+ファイアワークスで纏めて掃除してしまおうか。
しかし彼女はまだ気付いていなかった。
この作戦の重大な問題点に…!
さて、そろそろウニャギ退治も佳境と言うか、カオスが最高潮と言うか。
「プールサイドからでは、狙えるうなぎに限りがあるな…」
特に、滑って落ちる事を気にしながらでは。
ハルバードで串刺しを狙っていた零紀は、その余りの効率の悪さにウンザリし始めた。
「やはり、中に入るしかないか…」
溜息と共にプールに降り、ショートソードに持ち替える。
忽ち、もぞもぞと何やら微妙な気持ちよさが足を駆け上がった。
それでも無表情を装い、頬をほんのり染めながらも声だけは出さない様に…
「んっ…いい加減、消えろ…!」
スピンブレイドで命中を上げ、ショートソードを叩き付ける。
しかし、足元から這い上がったウニャギに不意打ちを食らい、思わず何やら可愛らしい声を上げてしまった。
「ふ、不覚…ぁ、いや、そこはダメだ、そんな所に、あ…ッ」
そこにもってきて、目に入ったのは百夜の豊かな胸の谷間に挟まったウニャギの姿。
「ぁん、こら…暴れん坊ね」
寄せて上げて、圧迫して、百夜はそれを零紀の目の前に突き付ける。
所謂サービスショットに、純な少年は耳まで真っ赤に染まった。
「ほら、押さえてるんだから、この隙にしっかり手で捕まえて?」
「え、いや、その…っ」
しかし零紀が恐る恐る手を伸ばした瞬間、谷間にぴっちり嵌まったウニャギはニュルリと抜け出して、百夜の背中に回り込んだ。
「いやぁん、とってとってー」
腰をクネらせ、悩ましいポーズで背中を向けつつ、巫女装束の肩をするりと落とす。
もしかして、わざとやってませんか?
「ぁ、ちょ、何処に入ってるにゃ!? さっさと出るのにゃ、ふみゃん!?」
向こうでは、宮子が変な声を上げている。どうやら水着の中に入られた様だが…
「出ないなら、引っ張り出すにゃ!」
ワンピの胸元から大胆に手を突っ込んだ。
が、ヌルリと滑って背中に回ったウニャギは、更なる秘境を求めて宮子の身体を這い回る。
「こ、こうなったらこっちから出すのにゃ!」
前人未踏の地に辿り着かれる直前、宮子は水着の足側を少し開いて出口を作った。
それを無視して通り過ぎようとする所をふん捕まえて、引っこ抜く!
ずるーん。
あらぬ場所から飛び出したそれは、何だかとっても恥ずかしいモノに見えた。
「…ぁ、今見たにゃ? 何も見てないにゃよね?(///」
あー、うん、見てないよ、何も見てない(目逸らし
「さあ…踊りましょうか…!」
今までのところ実にクールかつ効率的にウニャギを倒してきた秋姫が動いた。
地の利を捨てて、果敢にも敵陣のど真ん中に踏み込んで行く。
しかしその決断は、完全に裏目に出た。
得物を雷桜に持ち替えて、武器の重さ・長さ、自分自身の体重、身長全てを利用して舞を踊るかのように攻撃…する筈が。
「ぁ、は…ん」
待ってましたとばかりに取り付いたウニャギが、ビスチェの中に入り込む。
パツンと音がして、前がはだけた。
しかしまだ、その下のビキニトップは健在だ。
「もぞ…もぞ…します…ひゃん!」
もぞもぞ電撃に身悶え、それが敏感な部分に触れると、弾かれる様に身体が震えた。
「そ、そこは…あぁんっ、はぅ…っ」
上気した頬に、潤んだ瞳。熱い息遣い。
見ている方まで、何やらモゾモゾと疼いてきそうだ。
そこに追い討ちを掛ける様に、魔の手が迫る。
「ぁ、きゃ…っ!」
ウニャギを踏んづけて転びそうになったテレーゼが、何かに掴まろうとして伸ばした手の先に…秋姫の姿があった。
何か柔らかい布を掴んだ気がする。が、それは倒れ込むテレーゼの体重を支えられるほど丈夫ではなかった。
ぷちっ。
何かが切れる音と共に、盛大な悲鳴が上がる。
「あ…っ、ご、ごめん! ごめんねっ!」
結局派手に倒れ込んだテレーゼは、水飛沫と共に起き上がりざま、責任をウニャギに押し付けた。
そう、全てウニャギが悪いのだ。
自分が転んだのも、その拍子に秋姫のビキニをぶっちぎってしまった事も。
「千本でもあれば串打ちにも挑戦したかったのですけど…」
久遠は持参の道具を片付けながら、師匠に礼を言った。
千本とは投げ針的な武器の事だが、今日の所はこれで充分。練習は切り上げて、そろそろ真面目に攻撃参加しようか。
しかし彼が己の世界に没入する間、周囲は無法地帯と化していた。
「うふ、うふふ…」
見られた。どこかのおじさん(鰻職人)に見られた。
仲間に見られるのはまだ良い。だが、一般人にあんな所やこんな所、恥ずかしいアレコレを見られてしまったら…
「…っ(くわっ」
羞恥の余り、レイラ覚醒。闘気解放、無双モード、オン。ウニャギ、抹殺。
その同じ頃、静寂は自らの重大な過失に気付いていた。
「このままでは豚重を想定したカロリーを消費出来ません」
そう、プールサイドで魔法を撃っているだけでは、ごはん一口分のカロリーすら消費できないのだ。
「健康に問題ありと認定、これより強制消費に入ります」
得物をアイトラに持ち替え、プールに降り立つ。
「はあぁぁぁっ」
気合いと共に漲るオーラ。
「燃えよ脂肪、解き放て熱量、豚重を美味しく頂く為にっ!」
静寂は走った。修羅の如き形相で縦横無尽に走りながら、ワイヤーでうにゃぎを切る、斬る、キル。
使い慣れないワイヤーで無理やりねじ切られたウニャギの胴体が、血飛沫と共に舞う。
それは正に、地獄絵図。
「待て、彼女に近づくな血の海に飲まれるぞ」
何処かで恐怖に満ちた外野の声が聞こえた。
「今日もいい仕事しましたね、お疲れ様でした」
静寂がイイ笑顔で皆を労う。
プールを綺麗に片付け、ピカピカに磨き上げ、そして自らもシャワーを浴びてさっぱりした撃退士達は、約束の豚重にありついていた。
「いただきます」
きちんと手を合わせ、恵みに感謝しつつ美味しく頂く。
静寂が消費したカロリーは丁度豚重一杯分だった。
「…うまい」
零紀は初めての味にちょっと感動している様だ。
「奉仕の後の豚重の味は格別なものです」
レイラも先程の大暴れなどすっかり忘れた様に、爽やかな笑顔で舌鼓を打っている。
テレーゼなどはお腹が空きすぎて、喋る余裕もなさそうに夢中で頬張っていた。
ただ、久遠だけは…
「美味しそうではあるのですけども、如何せん量が…」
彼は小食な上、どちらかというとさっぱり系の方が好みの様だ。
「どなたかお腹に余裕がある方、半分引き受けていただけませんか?」
言った途端に、あちこちから手が上がる。
やがて皆が食べ終わった頃。
何となく鰻が食べたくなった宮子がぽつりと言った。
「鰻と言ったらひつまぶしだよね? え、邪道? 美味しいのに…」
お腹に余裕はあるし、帰りにちょっと寄って行こうか。
そう思った時。
「ひつまぶし…お待たせしました…」
厨房の奥から姿を現した秋姫は、何と全員分の鰻の蒲焼きとその他材料を自腹で用意し、調理まで行っていたのだ。
何と気が利く!
「お茶漬けにも…出来ますよ…」
だし汁も、ワサビ等の薬味もある。これなら久遠も別腹で入るのではないだろうか。
その厚意に甘え、皆は有難くご馳走になる。
「これが鰻…!?」
例の英国名物とは何たる違いかと、零紀が驚きの声を上げた。
想定外のカロリーは、どうにかして消費すれば良いよ…ね?